学会のお墨付

7/7付け読売新聞より、

くも膜下出血、5〜8%見逃す可能性…風邪や高血圧症と診断

 くも膜下出血の患者のうち約5〜8%が、最初の受診で風邪や高血圧症などと診断され、出血を見逃される可能性のあることが、日本脳神経外科学会の調査でわかり、7日に記者会見で発表した。

 激しい頭痛があれば、コンピューター断層撮影(CT)検査をするが、軽い頭痛程度の患者まで全員を検査できない、という。こうした見逃しの確率が示されるのは珍しい。

 同学会は昨年1月から今年5月に宮城県内の病院に入院したくも膜下出血の患者198人について、確定診断を受けるまでの経緯を調べた。開業医などの初診では、頭痛や肩こりといった症状を訴えた10人は風邪や高血圧症などとされ、CT検査もなかった。

 また、1996年から05年に山形県内の病院に入院した患者293人中23人も宮城と同様だった。

どこかで読んだような話と思っていたら、一昨年の桑名事件の時に論議になったテーマです。桑名事件では疾患が脳腫瘍であり、今回の記事はクモ膜下血腫ですが、医師が見える症状としてのテーマは「頭痛」です。頭痛の主訴に対してどういう対処を考えるのかが問題になります。

正統的には他の症状や所見もあわせてルールアウトしていくのが医師の腕の見せ所なんですが、「神の手」レベルならともかく普通の技量の医師なら完璧な診断は不可能です。「神の手」レベルの完璧とは100%無謬であり、普通の技量とは90%以上、いやこの記事によると92〜95%を指します。それでもって「神の手」レベルは「神」の名の通り、この日本に居るかどうか、いや世界中探しても居るかどうかのお話になります。

ただJBM的に頭痛の話になるとルールアウトの技量の話にはなりません。話の焦点は単純で頭部CT検査を行うか否かに絞られます。頭部CT検査を行っても時期によっては診断がつかなかったり、後日の所見と照らし合わせて「見落とし」騒ぎは現実としてありますが、とりあえず頭部CT検査を行わずでの「見逃し」は非常に大きな医師側の失点になるのだけは事実です。後日の「見逃し」騒動は回避できなくとも、当日の「見逃し」騒動を回避するために頭部CTをどうするかがJBM的な問題です。

当日に頭部CTを行なわないのは、JBM支配下の医療では医師のみがリスクを抱え込むのは周知の事実です。「見逃し」問題は技量では解消しません。ここでルールアウトの技量で100%回避する自信がある方は読まなくて結構です。私が対象にしているのは「神」ではなく「人」ですから、「神」に理屈を説く様な畏れ多い事をする気はサラサラありません。

「見逃し」問題は技量の問題でなく「統計学」の問題と考えます。技量ではカバーできない「見逃し」が「統計学的確率」で発生し、「見逃し」のうちこれも「統計学的確率」で訴訟問題に発展します。訴訟問題に発展すればこれもまた「統計的確率」で有責かどうかが決定します。当日に頭部CTを行なわないという判断はその後の

  • 統計学的な「見逃し」発生
  • 統計学的な「見逃し」からの訴訟発生
  • 統計学的な「見逃し」訴訟での敗訴
このリスクを必然的に背負うという事になります。主訴の一つに「頭痛」が含まれる患者を診察し、これに頭部CT検査を行わないという行為は、自動的にこういうオマケがついてくるのが現実です。またここには時にオプションがつきます。頭痛にCTは患者でも良く知られている知識であり、診察中に一言でも「CT」と患者が発言すれば、訴訟発生率、訴訟敗訴率は司法的要素が加わりに飛躍的に高くなります。この「CT」の発言を押しきるオプションリスクは計り知れないものがあるように思います。

そういう訳で、これは桑名事件に頂いたれい様のコメントですが、

 頭痛のある方が病院受診したなら、CTを置いているところであれば、ルーチンCT(単純)は必須だと思います。恩師の神経内科の先生が頭痛の統計を出していましたが(非公式か公式かはわからないけど)、初診1000例のうち脳腫瘍は5例見つかっております。この統計を知ってから、頭痛の患者さんはルーチンに単純頭部CTをとるようにしています。確率からいって、スクリーニングでCTは間違っていないと思います。

 ただ、単純CTだけでは判断できない症例も確実に存在し、その場合には、MRI(造影つき)をとることになりますが、設備の関係で造影MRIは1週間くらい先になるのは普通ですね。1週間で取れれば、早いと思うほどでもあります。

 自験例では、頭痛のみでの脳腫瘍は2例です。頭痛のみの人の頭部CTは300件もとっていないと思うので、確率は結構高いと思っています。

れい様のお話は脳腫瘍のお話ですが、くも膜下出血であっても意味合いは本質的に変わらないかと考えます。つまり「頭痛」で受診されたら

    頭部CTはルチーンである
現実問題はともかくJBM的には頭痛にCTは結論が出ているお話です。そういう観点からすると、日本脳神経外科学会の調査結果の発表はJBMの裏付け調査と考えるのがもっとも自然な解釈であると考えます。実際の調査報告にはそういう趣旨で書かれていなくとも、学会の公式データとして5〜8%の「見逃し」とあれば、今後は
    こんなに見逃されるのが分かっているのにCT検査をしなかった
こういう主張がJBM的には益々猛威を振るう事になります。これに対応するにはあくまでも「神」であるとして従来の正統的な手法を守るか、「人」として流されるかになります。自称「神」を除いて、学会報告のお墨付にしたがって「人」として行動する医師がどっと増えそうな気がします。