新小児科医のつぶやき

2009-02-09 「どこを、どう改めればいいかもわかっている」社説

社説検証なんてジャンルは手垢がつき過ぎているのですが、今でも社説は新聞記事の中でも別格に高邁なものであるとの幻想があるようなので、ネタが無い時にはよろしいじゃないかと思っています。2/8付神戸新聞社説より、

救急搬送/「防ぎ得た死」をなくそう 

 課題は出尽くした。どこを、どう改めればいいかもわかっている。しかし、実践が伴わず、正解を示せないことがある。それが、いまの救急医療の姿ではないか。

 急病人や負傷者が、医療機関が見つからないために、取り残され、手遅れとなる例が各地で後を絶たない。今年一月、伊丹市で起きたケースもそうだった。

 深夜に自転車と単車が衝突し、単車の男性は西宮市内の兵庫医大病院に運ばれた。もう一人の比較的症状が軽いとみられた男性は、救急隊が病院を探している間に容体が悪化し、搬送先で亡くなった。

 「医師不在」「満床」などを理由に、十四の病院から受け入れを断られていた。早く運ばれていたら結果は違ったと思われるだけに、やり切れない思いが募る。

 このケースから、大きく二つの問題が浮かぶ。一つは阪神間の夜間の救急医療体制が、思いのほか脆弱(ぜいじゃく)だったことだ。

 六市一町を合わせた人口は神戸市に匹敵するほどだが、命にかかわる患者を受け入れる三次救急病院は兵庫医大しかない。これまでは入院可能な二次救急指定の病院が補完してきたが、救急医の退職などで十分に役割が果たせなくなっている。

 このことは、救急搬送の際に五回以上受け入れを断られる事例がここ数年、急増していることにも示されている。

 阪神間に限ったことではないが、こうした状態が改善されないと、同じ悲劇がいつまた繰り返されるかわからない。

 救急患者の中でも、交通事故などに多い多発外傷への対応は難しいとされる。命にかかわる傷はどれか、瞬時に判断し、的確に処置する必要があり、経験と高度な専門性が求められる。こうした人材が都市部でも不足しているのではないか。だとすれば、交通事故の多い地域だけに、政策的に人材の確保に努める必要があるだろう。

 もう一つの問題は連携プレーだ。救急医療ではすべてにわたってそれが重要だが、阻んでいるものも多い。

 今回、搬送が遅れた理由に、病院との交渉が救急隊任せになった連携のまずさがあった。同じ時間帯に消防への救急出動要請が重なったためだが、そんなとき消防指令は何を優先すべきか。普段から判断基準を明確にし、確認しておくことが大事だ。

 防ぎ得た死(プリベンタブル・デス)をなくすことは救急医療の使命である。搬送遅れによる死をなくすことも、その一つに含まれるという意識を持ちたい。

とりあえず書き出しが強烈です。

    課題は出尽くした。どこを、どう改めればいいかもわかっている。

どれだけ分かっているかの御高説を拝聴させて頂きたいと思います。社説は伊丹の事件からの切り口になっているのは一目瞭然ですが、なんと言っても「課題は出尽くした」こういう状態であり、「どこを、どう改めればいいかもわかっている」とまで言い切るのですから、極めて具体的な提案が展開されるものと考えるのが普通です。そこで話の展開が、

    このケースから、大きく二つの問題が浮かぶ

当然ですが冒頭の意気込みからすれば問題点とそれに対する具体的な「どう改めればいいかもわかっている」対策が提示されると考えます。そうでなければ嘘でしょう。「二つの問題」の一つ目は、

    一つは阪神間の夜間の救急医療体制が、思いのほか脆弱だったことだ。

失笑しそうになりましたが、「課題は出尽くした」まで高言しながら、今さら「阪神間の夜間の救急医療体制が、思いのほか脆弱」に驚くとは摩訶不思議です。「思いのほか」の表現は、新たな課題が見つかった時に普通は使うかと思います。「課題は出尽くした」まで高言するには、少なくとものぢぎく県の救急事情についての問題点を相当程度に把握していないと言えない言葉かと思うのですが、おもしろいところです。

まあ、そんな事はたいした事はないのですが、ではこの問題点をどう分析するかと言えば、

 六市一町を合わせた人口は神戸市に匹敵するほどだが、命にかかわる患者を受け入れる三次救急病院は兵庫医大しかない。これまでは入院可能な二次救急指定の病院が補完してきたが、救急医の退職などで十分に役割が果たせなくなっている。

この分析は問題ありません。ただ興味深いのは1/18付神戸新聞社説との比較対照です。伊丹も含めた阪神地域の三次救急が兵庫医大しかなく、伊丹の事件でも二人の負傷者のうち1人しか兵庫医大が応需できなかったことが一つの問題になっています。兵庫医大救急部が1人しか応需できなかったのは十分理解しますが、1/18の社説で兵庫医大教授の言葉を引用し、

四年前の尼崎JR脱線事故で、兵庫医大は百十三人もの負傷者を受け入れた。

 教授はそのとき、テレビが映し出す現場の状況から負傷者は数百人に上ると判断。どんな負傷者でも受け入れると決め、発生から約三十分で、緊急の診療態勢を確立した。脱線現場でのトリアージをあてにせず、大学内ですべての患者を振り分けた。

 病院の能力の限界まで負傷者を受け入れる発想は、震災当時、十分な医療を提供できなかった悔しさからきている。「大切なのは他人を思いやる心」と言う。

 トリアージは戦地の発想で、限られた医療資源を有効に使う考え方が基本にある。よほどのへき地ならともかく、医療資源が整う都市部で常に選別する必要があるだろうか。トリアージのためのトリアージになってはならないと、丸川教授は考える。

丸川教授の発言の真意はマスコミの編集権による切り貼りで不明としても、神戸新聞社説として強調しているのは、

    よほどのへき地ならともかく、医療資源が整う都市部で常に選別する必要があるだろうか

JR事故なら113人の負傷者を引き受けられたのに、伊丹の事故では夜間とは言え、1人しか受け入れられなかった矛盾が生じます。伊丹の事故は負傷者が2人でしたが、三次救急である兵庫医大に1人しか応需出来る余力がなかっため、いわゆるトリアージが発生しています。これをトリアージと言って良いか悪いかの議論もあるかもしれませんが、死亡した男性も骨盤骨折と言う重症を負ってますから「大切なのは他人を思いやる心」があるなら受け入れるべきだの主張が出てきます。

丸川教授を非難しているのではなく、神戸新聞社説が御都合主義で救急問題を論じているのが問題と考えています。それも「どう改めればいいかもわかっている」の高言つきです。本当に「どう改めればいいかもわかっている」かに疑問符が大きくつけられる主張のブレかと感じます。書いている論説委員が別だからの釈明もあると思いますが、日替わりで好き勝手に異なる主張を撒き散らすのは好ましいとは思えません。まあ、そういうのが社説と言う意見もありますけどね。

次は重箱ですが、

    救急搬送の際に五回以上受け入れを断られる事例がここ数年、急増していることにも示されている。

平成20年版消防白書に、

 全国各地で救急搬送時の受入医療機関の選定に困難を来す事案が報告されたことから、消防庁では、平成19年10月に産科・周産期傷病者搬送の受入実態について調査を行い、結果を公表した。また、平成20年3月には、

  1. 重症以上傷病者搬送事案
  2. 産科・周産期傷病者搬送事案
  3. 小児傷病者搬送事案
  4. 救命救急センター等搬送事案

に調査対象を拡大し、平成19年中の受入れ実態について調査を行い、結果を公表した。

消防庁によるデータは読めばわかるように平成19年10月に発表した「産科・周産期傷病者搬送の受入実態」(おそらく平成18年度分)と、平成20年3月に発表した平成19年分しかありません。どんなデータを基に「ここ数年」と書かれているかよく分かりません。少なくとも消防庁の全国調査によるものでないだろう事だけはわかりますが、どこの調査のデータであるかが不明です。ちなみに伊丹の事件は重症以上傷病者搬送事案に該当するかと思いますが消防庁の報道資料によるとのぢぎく県では、


1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
8709 1304 600 281 155 69 39 36 20 13
11 12 13 14 15 16 17 * 21以上
8 7 1 4 3 3 1 * 1


総搬送件数は11254件、そのうち社説が問題視した「五回以上受け入れを断られる事例」つまり6回以上の搬送依頼は205件、発生率は1.8%になります。

重箱はこれぐらいにして問題の解決策ですが、

 救急患者の中でも、交通事故などに多い多発外傷への対応は難しいとされる。命にかかわる傷はどれか、瞬時に判断し、的確に処置する必要があり、経験と高度な専門性が求められる。こうした人材が都市部でも不足しているのではないか。だとすれば、交通事故の多い地域だけに、政策的に人材の確保に努める必要があるだろう。

前段は正しいと素直に評価します。ただ後段の

  • こうした人材が都市部でも不足しているのではないか
  • 政策的に人材の確保に努める必要があるだろう。

しつこいようですが「どこを、どう改めればいいかもわかっている」とまで高言した方とは思えない頼りない主張です。社説の構成は、

    伊丹の事故が起こった → 受け入れがすぐに出来なかった → そうなるとどうも医師が足りないようだ → 政策的に増やせ

この程度の分析は新聞社の経営不振の原因が、「購読者数の減少と広告の減少」と分析し、対策として「だからどちらも増やせば解決する」としているのと同レベルです。こんな低レベルの分析で経営が改善するのなら誰も苦労はしません。少しでも考える事の出来る人間なら、なぜ購読者数が減少するのか、なぜ広告媒体として新聞の魅力が低下しているのかに行き着き、そこに対する対策を提言するのが通常かと考えます。

救急医不足は「どこを、どう改めればいいかもわかっている」まで高言されるなら、常識として分かっていなければならない問題です。鳥取県なんか、救命救急センター2ヶ所で救命医の常勤が1人になる危機を迎えているほどです。1人になる前でも5人しかいないのです。そこまで不足している現状がありながら「どこを、どう改めればいいかもわかっている」レベルがこの程度なのは普通は恥しいのですけどね。


一つ目でえらい手間がかかりましたが、二つ目の問題点を見てみます。

    もう一つの問題は連携プレーだ

これに対しての対策は、

 今回、搬送が遅れた理由に、病院との交渉が救急隊任せになった連携のまずさがあった。同じ時間帯に消防への救急出動要請が重なったためだが、そんなとき消防指令は何を優先すべきか。普段から判断基準を明確にし、確認しておくことが大事だ。

対策の一つとして間違っていませんが、どうにも「どこを、どう改めればいいかもわかっている」の「わかっている」の中に救急需要に対して医療側の戦力不足の認識が余りに低いと感じます。たしかに「政策的に人材の確保」の文言がありますし、医療側の戦力を救急需要を満たすようにするには救急医を増員する事は基本です。

ただ真の問題はどこから「確保」するかです。阪神地区に十分な人材を確保すれば必然的に起こる問題は、引き抜かれた他の地区が悲鳴どころか壊滅すると言う事です。それぐらい全国的に不足しているのが救急医療に必要な人材です。問題の本質は足りない事を大発見したかのように指摘する事ではなく、足りない人材でいかに賄うかの方法のはずです。いくら社説が喚こうが、いないものはいないのであって、国家が力瘤を入れても短期間で充足する問題ではありません。

伊丹の事件で司令部が機能麻痺に陥ったのは、1時間の間に6件もたて続けに入った救急要請のためです。司令部も、救急隊も、医療機関も無尽蔵の資源ではありません。救急隊の出動件数は平成9年度の348万件から、平成19年度には529万件に5割以上も増えています。増えた分は基本的に救急隊がどこかの医療機関に搬送し、どこかの医療機関が応需しているのです。救急件数の5割増に対し、救急隊は8%増、医療機関に至っては目減りしています。

需要と供給の根本に目を向けずに「どこを、どう改めればいいかもわかっている」とふんぞり返られても冷笑の対象にしかなりません。問題の本質は

  1. 増え続ける不要な救急要請をいかに抑制するか
  2. 救急現場から逃げ出す医師をいかに引き止めるか
  3. 救急医療の魅力を高め、これに志す医師をいかに増やすか

せめてこれぐらいの視点を持たないと「どこを、どう改めればいいかもわかっている」を高言する資格はないとしてよいでしょう。私が指摘した点ぐらいは医療関係者でなければ知ることのできない事柄ではなく、知ろうとすれば容易に知りうることの出来る事ばかりです。また私が指摘した点も神戸新聞社説に合わせて理解できるように簡潔にしていますが、さらにその背景となる問題があるだけでなく、ここで指摘した問題点も決して「どこを、どう改めればいいかもわかっている」と簡単に切って捨てられるものではありません。

もっとも社説と言う存在自体に、そこまで期待するのは非常に失礼かもしれません。

テキサンテキサン 2009/02/09 08:40 >「もっとも社説と言う存在自体に、そこまで期待するのは非常に失礼かもしれません。」
Yosyan様が書かれるように、その程度の社説だ、と思って読み飛ばせばいいのでしょうね。
新聞はテレビと違い、記事ごとの読欄率(番組の視聴率に相当する数字)はあまり細かくわかりませんよね(ネット配信は閲覧率がわかるようですが)。だからフィードバックして良い記事、良い社説を書く、というメカニズムが働かないのではないでしょうか。
もっともTV界のように視聴率優先になって国民に迎合的な番組を垂れ流すのとどちらが良いのかは難しいところですが・・。
結局はマスコミの気概と質にかかっているという事ですか。

通りすがり通りすがり 2009/02/09 08:43 そもそも戦力の絶対的不足を現場の限界を超えた努力に頼ってきた現実から
目を逸らしてるからこういう社説になるんじゃないでしょうか。

昨日の朝刊に自民党の市政報告が挟まれていて読みましたが、あれって自民党の
神戸市議会議員の努力と言うより医療機関の頑張り報告でしたね…

暇人28号暇人28号 2009/02/09 09:00 「新聞記者は高い給料とプライドの割には分析能力が伴っていません。」

ってことでいいですか?

「記事にされたくなければおれのこと優遇しろよ」なんてことを厚顔無恥にも言える人種ですからね。本当に新聞社は早く消えてほしいものです。

banch1banch1 2009/02/09 09:00 >課題は出尽くした。どこを、どう改めればいいかもわかっている。しかし、実践が伴わず、正解を示せないことがある。それが、いまの救急医療の姿ではないか。

「どこをどう改めればいいかもわかっている」のは、記者ではなく、救急医療のようです。
記者はそう理解しているのだと読みました。

Med_LawMed_Law 2009/02/09 09:28 宿直の原理原則に立ち返って、実質的に制度改変を求めるべき時期に来ていると思います

********************************************************************************
【(東京都)宿日直規定】平成7年3月16日 訓令第9号
(職員の服務) 第六条
3 病院(別表第二に掲げる東京都監察医務院以外の施設をいう。)で宿日直を行う医師は、患者の病状の急変その他により医学的な緊急措置を行う必要があるときは、直ちに適切な措置を講じ、速やかに院長、副院長又は医長に連絡し、その指示を受けなければならない。
********************************************************************************

宿直医が診察するなんて、極例外的なことなのだから、【速やかに院長に報告】しなければ訓令違反で、懲戒対象です。
東京都立病院の院長って・・・・・スーパーマンかい?!

『どこを、どう改めればいいかもわかっている。』とは、本当に言い得てズバリで、本当に分かっていて資料も準備しているのだけれど、改めれば一時的に数万人規模の傷病者が行き場を失うことになるだろうから、逡巡している。
単なる請願権(日本国憲法第16条)に基づく適法化要求をするだけで潰れてしまう救急医療ってなんなのだろう???

くらいふたーんくらいふたーん 2009/02/09 10:02 北阪神地区は高校まで生まれ育った地域です。
自身の感覚で言えば、急速にベッドタウン化がすすんで、医療のみならず何かにつけて他地域への依存度が高かったようにと思います。
私自身の眼科の加療はずっと県立西宮病院に通ってましたし。
なかなか難しい地域だと思いますね。

愛読者愛読者 2009/02/09 10:24 辛辣で素敵なエントリーですね。
辛辣度が徐々に上昇しているような気もします。
社説ごときに腹を立て、変に体調を崩されたりしないことをお祈りします。

REXREX 2009/02/09 11:24 1時間に6件の搬送を、並列処理しようとしたから司令部がハングったのです。Z80程度の能力なんですから、一件一件処理すればいいんです。どっかのお客様センターのように、「ただいま救急が込み合っております。恐れ入りますがしばらくそのままでお待ちください。」なんて自動応答メッセージ流せばいいんじゃないでしょうか。

お弟子お弟子 2009/02/09 12:01 お困りのようですのでネタ提供を。
ただちょっと話の発展に困るかもしれませんが、毎日詳細な文責までする必要もないでしょうから。
いくつかの記事は魚拓も取ってありますので、リンク先が消えていたら魚拓から見て下さい。
http://symposium.b-r.under.jp/?eid=1157225#comments

泥曰泥曰 2009/02/09 12:47 14カ所程度で驚いて社説まで書くなんて、兵庫県は恵まれている(た?)んですねぇとしか思えませんね。
#平日の真っ昼間に救急車を呼んだら5分で来て一発で受け入れ先が見つかったので驚いた@東京

樂 2009/02/09 16:01 神戸新聞購読の非医療です 

私もこの社説,もっともらしく書いているけど結局は具体的な提言が何もない,といういつものパターンだなあと思いました
ただ,どこがどうおかしいと思うかということを自分でも明確に説明できなかったのが,こちらを拝読してすっきりしました
ありがとうございます

あと
早く運ばれていたら結果は違っていたと思われる
という表現は
早く運ばれていたら助かったと思われる
の意味に取れるのですが,本当にそうなんでしょうか


そういう検証結果が出されているならいいのですが,もしそうでないなら少し軽率な書き方のように思います

どんなに早く治療開始しても救命できた可能性はゼロだった,とは断定する方が逆に難しいんじゃないでしょうか
可能性というだけならどんな可能性もあるでしょうが,その多寡が問題なわけで

(厳密な意味で,受け入れ先がすぐに決まらなかったがために亡くなった方というのは,全国的にもそんなに後をたたないと言うほどは多くないように思うのですが
根拠があっての表現なんでしょうか)

もちろん,理想としては可能性の多寡にかかわらず迅速に搬送されるべきだし
搬送がすんなりいかなかった患者さんが亡くなった時,搬送が迅速なら助かったのではないかと思ってしまうのも人情でしょうけれど

読者が人情や希望的観測と実際の救命可能性をごっちゃにしないよう注意を喚起した上で報道するくらいの慎重さがないと,救急医療に非現実的な期待を抱かせそうな気がします

moto-tclinicmoto-tclinic 2009/02/09 17:46  「防ぎ得た死」Preventable Tranma Deathというのは、JATEC,TPTECのキャッチフレーズ、合言葉のようなものですが、これは医療関係者が用いた場合と、非医療者(一般人、マスコミ)が用いた場合には、意味・語感が大きく違ってきます。
 医療関係者が用いる場合には、「皆で力を合わせて頑張ろう」的な、良い方向に作用する語感ですが、非医療者が用いると、医療者を非難叱責するような語になってしまいます。
 非医療者が用いたとたんに、この語の持つ、社会的有用性というか美しさが損なわれます。野に咲く花を摘み取ったとたんに、しおれて枯れてしまうようなものです。
 この文章を書いたかたは、社説を担当するくらいですから、日本語のプロであるべきです。そのようなかたが、なぜこのような愚行ともいえる、語の用い方をしたのでしょうか???
 その点において、大きな憤りを覚えます。雨風に耐えてけなげに咲く野の花を摘み取ってはいけません。

moto-tclinicmoto-tclinic 2009/02/09 18:15 続)
日本語、というよりも、コミュニケーション手段としての言語の操り方という点で、この社説の筆者には、非常な悪意、もしくは、救いようのない鈍感さを感じます。
わたしは、こういうの、生理的に嫌です。

moto-tclinicmoto-tclinic 2009/02/09 18:49 自分で書いていて、ふと思ったんですが、そういえば聖書の「野の花を見よ」っていうのは、人間本来がもつ、こういう自然発露的な、善意の美しさは至るところにある、そういうのはその気にならないと見えてこないから、よく見よ、そして大切にして生きよ、っていう風にも解せますね。
マスコミにも「野の花」は隠れてるんでしょうね、人間のやることだから。
まあ、それにしても今回の記事、内容は平凡ですが、表題に「防ぎ得た死」なんて言葉使った一点で、罪はとても深い。
もし、気が付かなかったというだけなら、筆者にお伝えしたい気がしますが、ここ読んでないだろうな。。

YosyanYosyan 2009/02/09 18:51 moto様

 >防ぎ得た死(プリベンタブル・デス)

私が調べるのをさぼったせいなのですが、この言葉はJATEC、TPTECでよく使われている合言葉なんですか。他にも使われる時はあるかもしれませんが、使い方が唐突と言うか、強引な印象があって印象として良くありませんでした。きっとどこかで小耳にでも挟んで「オレは知っているぞ」と強調したかったんでしょう。

使うにしても一般的な言葉でありませんから、通常はもう少し解説を入れても良さそうなものです。これを計算尽くで使ったのなら悪意であっても大したものですが、内容からしてそういうレベルではなさそうですね。

moto-tclinicmoto-tclinic 2009/02/09 19:07 よくつかわれるも何も、Preventable Trauma Death(PTD)の回避、ってのは、まさにこの一言・精神(の普及)のために、日本中の外傷医・救急医の先生がたは、頑張っているといっていいと思います。Yosyan先生、嘘でもいいですから、「そういえばどっかで聞いたことがあった・・」とおっしゃってください。Yosyan先生よりも先に、新聞記者が小耳にはさんだ、などということであっては、日本中の外傷医・救急医の先生が泣きます。いや、ほんと。

banch1banch1 2009/02/09 19:15 >防ぎ得た死(プリベンタブル・デス)

医療者が使う場合は「自戒」の意を内包するもの。
マスコミが使うと「糾弾」に近い。
好意的に解釈するなら同床異夢ってところでしょうか・・・

moto-tclinicmoto-tclinic 2009/02/09 19:15 ていうか、Yosyan先生が、この記事を通じて、PTDを知った、ということになったら、その点において記事は意味があった、なんてことになっちまうじゃないですか。困ったなー。
まあ、それでも、この語が本来働くべき美しさを損ねたという罪は免れないと思われますが。
だからまあ、野の花を咲く前に、つぼみのうちにちぎってしまった、って例えればいいのかしらん。

moto-tclinicmoto-tclinic 2009/02/09 19:24 >「防ぎ得た死」をなくそう 
>課題は出尽くした。どこを、どう改めればいいかもわかっている。

っていう文脈は、たぶん「俺は『防ぎえた死』っていう語を知ってるくらい、救急のことは勉強したぞ、だから、俺には語る資格がある」っていう感じだと思います。

丹波竜丹波竜 2009/02/09 19:26 阪神北救急医療圏は、丹波・北摂救急医療圏と統合されたので、機能麻痺に陥っている柏原の2病院の分も合わせ、負担が大きくなったのですよ。

moto-tclinicmoto-tclinic 2009/02/09 19:27 >医療者が使う場合は「自戒」の意を内包するもの。

「自戒」ではなく、もっと夢のある語だと思います。自分たちが、もっと頑張れば、JATEC、JPTECを通して若手を教育していけば、もっともっとPTDは減らせる、って希望の合言葉なんですよ。。

banch1banch1 2009/02/09 19:38 >希望の合言葉なんですよ。。
実は、「自戒」と「希望」、と書こうとも思いましたが、くどいかと思い「自戒」にとどめました。
今以上の向上を目指すからこそ自らを戒めるわけで、
「自戒」という言葉自体が「希望」を内包していると私は理解しています。

moto-tclinicmoto-tclinic 2009/02/09 20:04 自分は、前、JPTECを受講したときに、担当インストの消防士さんから「なぜ、開業医の先生が受講なさってるんですか?」と何人からも聞かれ、「開業医ではあるけれど、どこかで、事故に出くわすかもしれないし、万が一自分が初期対応せざるを得なくなった場合に、医師免許を持つものとして恥ずかしい思いはしたくないので」と答えたら、ほんとうに嬉しそうに、「ぜひお知り合いの開業医の先生にも、受講をすすめてください」と言われました。
社交礼事ではなく、心からの言葉だと感じました。その消防士(救命救急士)さん、夜勤明けでJPTEC講習の手伝いにきてました。
わたしは開業医ですから、救急車を受ける立場にはなく、ある意味、彼らにとってはわたしを教育することは、無駄な手間だったと思うんですよね。それでも彼らが喜んで教えてくれたのは、「PTDの回避のために」という精神の共有においてだったと思います。
だから、Yosyan先生ほか、未受講の先生がた、ぜひ受講してみてください。
http://www.jptec.jp/sosiki.html
から申し込めます。
一般人のかたも、各地の消防署で、救命講習会が催されているそうですから、ぜひ一度ご受講ください。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1116654971
「防ぎうる死」の意識は、皆で持つものです。
個人的には、この記事をかいた記者は、救急救命の講習を受けたことがあるのか?が関心あります。もし受講歴あるなら、まあ、ちょっとだけ許す(^^;。

moto-tclinicmoto-tclinic 2009/02/09 20:08 ×社交礼事→○社交辞令
それから、うえのほうで、×Preventable Tranma Death→○Preventable Trauma Death
ちなみに「防ぎうる死」ではなく「防ぎうる外傷死」ですね、よく使われるのは。

tadano-rytadano-ry 2009/02/09 20:23  お役人の作文はここで見られます

http://www.wam.go.jp/wamappl/bb13GS40.nsf/vAdmPBigcategory30/021C91DB8088CA4349257554001719C1

uchitamauchitama 2009/02/09 21:01 しつこいようですが、解決方法は単純です。

救急の受け入れと医療訴訟、労基法(医師の過労問題)は表裏の関係です。後者を解決せずにする施策などすぐに潰れるのは目に見えています。

賠償金、ん億円のトンデモ訴訟の撲滅と、病院の労働基準法を遵守させることが先です。

新聞やニュースがいつ本当のことを言い出すのか、それまで医療は崩壊し続けるのでしょう。その時が医療崩壊の折り返し点なのでしょう。

YosyanYosyan 2009/02/09 21:04 moto様

「防ぎえた死」は医療者にとって当たり前すぎる考えであって、そんなに重視されているとは知らず面目次第も御座いません。もう少し経営に余裕が出来たら講習を受けた方がよいですね。

moto-tclinicmoto-tclinic 2009/02/09 21:35 わたしもしつこく言わせてもらいますが、解決方法は単純です。

まず、この記者が、救急救命の講習を一度でも受けたことがあるのか?あるならば→そう記事に書け。
無いならば→まず受けろ。救命の連鎖の最初は、第一発見者であり、そばに居合わせたひとです。
そして、記事を通じてそう呼びかけてください。そのときはじめて記者は正しく「防ぎ得た死」について書くことができます。

繰り返しますが、解決方法は単純です。
皆が「防ぎ得た死」をなくすために、自分自身何ができるのか、を考え実行することです。「防ぎ得た死」は、そのように使われるべき社会的に重要なキーワードです。

BugsyBugsy 2009/02/09 21:55 >急病人や負傷者が、医療機関が見つからないために、取り残され、手遅れとなる例が各地で後を絶たない。

吐き気がしてきます。医療機関が仮に見つかっても結果的に亡くなられる場合もあるわけです。
本質的に「防ぎ得た死」というものが実質はどれくらいあるか 統計をとらず語っています。
皆さんが今まで本ブログでおっしゃってきたように 実質という数字を出さずに情において語っても知においては無視し、狭い意のみで語る意見は聴く意味がないでしょう。要は気分で行政方針の空気だけはしっかり読んでいるのですなあ。

この連中の意見では あくまで現場の医療機関に責任範囲を狭めるのであって、医療の大枠を決めた行政には決して歯向かいませんよと 宣言してますねえ。

moto-tclinicmoto-tclinic 2009/02/09 22:14 >医療機関が仮に見つかっても結果的に亡くなられる場合もあるわけです。

おっしゃる通りで「防ぎ得た死」=「救命できたケース」であるわけです。こちらは、労力かかりますが、具体的に算出可能です。
この記者の論調だと非常に漠然としています。「外傷死」=すべて「防ぎ得た死」とさえなりかねません。「外傷死」>>「防ぎ得た死」です。
そういう意味でも、用語の本来の使い方間違ってますね。

tadano-rytadano-ry 2009/02/10 06:54  わたくし、コンサルタントとして数々の経営者の方にお会いしてきましたが、
不幸にして「○○新聞の社説にこう書いてあったから、これからの経済はこうなる、
うちの経営はこうあらなければならない」と仰った方を知りません。以上。

樂 2009/02/10 07:54 >「防ぎ得た死」
moto先生からあとのコメントが偶然,私の疑問への答えになってました
みなさんありがとうございました
やはり,実際は 「外傷死>>防ぎ得た死」 であるところを,統計をとらず情緒的に語っていただけなんですね


>救命講習会
受講しました。私の時も消防士さん方は夜勤明けの方達でしたが,お疲れのはずなのにとても親切丁寧でした
上級講習というのもあるようなのでこちらも参加します

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