新小児科医のつぶやき

2009-06-11 秋田で起こったよくあるお話

この話はアドバイスを考えるの続編になるのですが、簡単に経緯をまとめておきます。舞台になっているのは北秋田医療圏(北秋田市上小阿仁村)でここに新たな拠点病院を作ったというものです。ここで北秋田医療圏の人口がどれほどかと言うと、

    北秋田市:38365人
    上小阿仁村:2958人

合計すると41323人。面積は秋田県の10%ほどになるそうですが、4万人の診療圏への拠点病院構想です。それでもって北秋田診療圏に拠点病院が無かったかと言えばそうでもないらしく、現在も北秋中央病院と言うのがあります。話の原点の一つにこの北秋中央病院が老朽化したので、どうするかも多分に含まれているようです。現在の北秋中央病院と新設移転予定の北秋田市民病院の計画規模を示しておきます。

    北秋中央病院:16診療科 医師15人 199床
    北秋田市民病院:21診療科 医師31人 320床

新病院は診療科を5つ増やし、医師も16人増やし、病床数も121床増設する計画です。新病院建設の事業費は約91億円とされます。ちなみに北秋田市の予算規模はよしみの議会だよりによりますと、

一般会計は197億1793万3千円で、前年度当初予算費7億6463万4千円、3.7%の減となっています

市長交代のために骨格予算だそうですが、まあまあこの程度の規模の予算と考えて良いかと思います。この約200億円の予算の内、

主な歳出では、北秋田市民病院(工事請負費、備品購入費など)約39億6千万円

歳出の2割が新病院に費やされていると考えられ、北秋田市にしても渾身の大事業であると考えられます。ここで6/9付け読売新聞より、

病床154、医師19人に減少へ

10月開業の北秋田市民病院 津谷市長、赤字補填方針も示す

 北秋田市は8日、10月にオープンする北秋田市民病院について、病床数を当初予定していた320床から154床に減らし、医師数を当初の31人から常勤医、非常勤医合わせて19人で開業することを決めた。医師確保の見通しが立たない中で病院建設を進めた結果、計画変更を余儀なくされた。8日に開かれた市議会全員協議会で、津谷永光市長が病院の運営方針の変更を説明した。

 病院を運営する指定管理者のJA秋田厚生連に対し、岸部陞前市長は「赤字の穴埋めはしない」との考えを示していた。しかし、津谷市長は、2009年度は約3億5000万円、10年度は約3億8000万円の赤字が見込まれ、方針を一転させ、赤字を補填(ほてん)する方針を示した。

 また、当初は厚生連が半額を負担するとしていた建設費の企業債の利息分と減価償却費についても、全額負担することとした。

この計画は様々な混乱があったようですが、ごく素直に誰もが懸念したのは、そんなに計画通り医師も看護師も集まるかと言うことです。病院の建物自体は予算さえ調達できれば建設できますが、建物だけでは医療は出来ません。看護師の募集がどうなったかはわかりませんが、医師の募集結果は記事にあります。

常勤医、非常勤医合わせて19人で開業

移転前の北秋中央病院の医師数が15人ですから、なんとか4人は増やしたとも見えますが、この常勤・非常勤の内訳情報があります。ソースが怪しげな点は陳謝しなければならないのですが、6/9付けタブロイド紙より、

オープン時は医師19人(常勤医15人、非常勤医4人)でスタートすることが決まっている

病院の医師数の数え方はバラツキがあって、常勤・非常勤を合計する時も、常勤医数だけ数える時も、両方を分けて数える時もあります。これは非常勤医と言っても勤務形態は様々で、限りなく常勤に近い場合もあれば、週1回ないしそれ以下の程度の勤務の時もあります。タブロイド紙情報にある常勤医15人が現在の北秋中央病院の医師数15人と一致しているかどうかは判断の難しいところで、考えるシミュレーションは、

  1. 北秋中央病院15人にも常勤と非常勤があり、両方とも微増した
  2. 北秋中央病院の常勤医15人に新たに非常勤4人が加わった
  3. もともと北秋中央病院は常勤医15人+非常勤医4人であったのを、数え方を変えて表現した

どれが真相かはわかりませんが、新設の北秋田中央病院の計画医師数31人は常勤医であると考えられます。まさか計画段階で非常勤医をカウントしているとは思えないからです。320床のために31人が必要としていたので、医師数が不足すれば病床数を計画より削減せざるを得なくなります。この病床数の縮小は読売記事に、

320床から154床に減らし

計画病床数の48.1%に縮小しています。154床とはえらく中途半端な病床数と思っていたのですが、どうもこれは医師の充足率に比例していると考えられます。現在の勤務予定常勤医数は計画医師数に対して48.4%しかいませんから、これはほぼ一致しています。

    病床縮小率:154床 ÷ 320床 = 48.1%
    医師充足率:15人 ÷ 31人 = 48.4%

医師数の充足率と病床の縮小率を連動させるのは変な話ではないのですが、そうなると非常勤医4人は戦力的に余り期待されていないポジションである可能性が出てきます。加えて少し不思議なのは、現在の北秋中央病院と新設の北秋田市民病院の病床数です。

    現在:北秋中央病院(199床
    新設:北秋田市民病院(154床

医師数の頭数のうち常勤医数は減っていないと考えられますが、病床数は数にして44床、率にして2割少々減ることになります。病床数だけで医療能力は単純には評価できませんが、絶対値としての入院能力は確実に低下します。北秋田医療圏の4万の患者にしてみれば、約91億円の予算を費やして新築の病院は手に入りましたが、その代わり従来より2割少々入院規模が縮小した病院になったことになります。外野から見れば「???」てなところです。

もっともなんですが、診療圏人口が4万人程度で320床は大きすぎるという意見もあり、154床ぐらいでも本当は適正規模ではないかの意見もあります。また現在の北秋中央病院が15人の医師では負担が過重であり、これを適正化して勤務医の負担を軽減したという見方も出来ます。適正規模かどうかは現在の北秋中央病院の病床利用率などのデータが必要なんですが、残念ながら手許にありませんから、ドンブリな感覚としてのものである事をお断りしておきます。


ここでなんですが、199床から320床に病院規模を拡大する必然性が、本当にあったかどうかを本来は検証しないといけません。検証すると言っても基礎データは診療圏人口しかないのですが、とりあえず北秋田市としての事業計画は存在したと思います。そこには需要見積もりがビッチリ根拠付きで記載されているとは思います。もちろん黒字経営の計算です。

これは説明の必要もありませんが、公共事業での需要見積もりが当たる、ないしは見積もり以上になることは宝くじ並みの確率になります。実際の見積もり作業の多くは、需要見積もりに対してそれに必要な施設を作るのではなく、施設規模に応じて黒字になるように需要見積もりが作文されます。そういう実例を挙げるとキリが無いぐらいあります。

問題の要は計算の根拠となる施設規模の決定の経緯です。誰がどういう思惑で決めたかと言うことです。年間予算が200億円程度の自治体での総事業費約91億円ですから、地域への波及効果と言うか、工事によりメリットを受ける人々は少なくないかと考えられます。公共工事にはそういう面が多少はあるのは避け難い面があるのですが、それにしても約91億円の負の遺産は北秋田市民に長く残る事だけは確実です。チト大きすぎるという事です。

病院建て替えと言う千載一遇の好機に群がり潤った人々がいたのは間違いありませんが、後始末は大変だな〜というのが素直な感想です。大変と言うより果たしてできるのかどうかに不安を感じてしまいます。贈る言葉としては高額の投資は何であれ「ご利用は計画的に」です。派手に使った金は自治体でも穴埋めしないといけませんからね。

SeisanSeisan 2009/06/11 10:36 そのうち、ハコモノだけで医療ができるようになりますよ。
ええ、30年以上も前に手塚治虫先生がそのイメージを拓いてくれていますから。

TOMTOM 2009/06/11 10:45 >Seisan様
U-18ですら知っていた事を知らない男の人って...www

moto-tclinicmoto-tclinic 2009/06/11 10:56 「アドバイスを考える」http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20090302
のコメント欄続きになりますが、北秋田市長選はH21.4.12に行われて、ハコモノ批判・グループホームに積極的であった岩川徹氏は敗れていますね。
http://www.city.kitaakita.akita.jp/news/2009/04/0412/senkyo/shityou100.html

現市長の略歴は
津谷永光氏:家業は森林土木関係の建設業。若いときから商工会青年部に所属し、「地域の声を県政に届けたい」と87年の県議選に出て初当選した。県議会議長や自民党県連会長という要職を務め、今度は地元市民から請われて市のトップに。

前市長の略歴は
岸部陞氏:弘前大学大学院医学研究科修了後、北秋中央病院勤務。院長を務めた。2003年の鷹巣町長選挙に出馬、高福祉・合併反対を掲げる3期目の現職を破り、初当選。
その2年後に、鷹巣阿仁地区の4町合併により町長を失職。これに伴い行われた、北秋田市長選挙で、旧鷹巣町議との一騎打ちを制し、初代市長に当選した。

前市長は、市民病院→JA病院へ機能を移し、初期のハコモノ費用は負担するかわりに、その後の経営はJAにお願いして市民病院から撤退しようと考えていたのですが、新市長がJAに妥協した形になってしまいましたね。

ハコモノ作らずグループホーム方式の高齢者福祉をめざした旧高鷲町長の岩川徹氏の思いは市民には伝わりませんでしたね。

YosyanYosyan 2009/06/11 11:28 moto様

199床が320床に膨らんだ舞台裏はわからないのですが、間違い無く関係した人物として前市長とJAはいるでしょう。どっちが主導して320床にしたのか不明ですが、前市長に好意的に解釈すれば、JAに経営を丸投げする代わりに、JAの施設面の要求を丸呑みしたというのはありえます。もっともそれにしては医師の募集の面が双方とも杜撰なんですが。

前市長とJAだけと考えると説明が難しくなるのですが、ここに建設関係の地元有力者が入り込むともう少し説明がしやすくなります。建設規模は大きくなるほど動く金は大きくなります。つうか地元企業ではこれだけの工事の請負は難しいのでゼネコンに依頼することになり、大きくしないと地元に落ちるカネが小さいという意見が出た可能性はあります。
http://www.city.kitaakita.akita.jp/news/2007/07/0724/zenkyou/top.htm

地元企業も潤うほどの規模設定が320床であった可能性もあるかと思っています。簡単に言えば作れる上限の規模設定みたいな感じでしょうか。ひょっとすると規模設定の最終密談にはJAが絡んでいないかもしれません。つまりと言うほどではありませんが、

 第一段階:前市長とJAで経営丸投げの約束をする。規模は幾分拡張する予定。
 第二段階:前市長と地元建設業界有力者で地元が出来るだけ潤う規模の設定
 第三段階:幾分のつもりのJAに決定としての320床を通告

JAにしても31人の医師をどうにかできるものではなく、約束が違うと前市長に捻じ込んだところで前市長はサッサと退任。JAは新市長に撤退を含む交渉を行なって赤字補填の条件を勝ち取ったという寸法です。なんのかんのと言っても地方でのJAの影響力は強いですからね。

あくまでも憶測ですし、もっと複雑な背景があるかもしれませんが、今年4月の市長選時点では、転がりだした石は既にどうしようもなくなっていたと思います。蛇足をつければ新市長には赤字補填をさせる条件でJAが後押ししたかもしれません。

元山形移住者元山形移住者 2009/06/11 12:23 まあ、田舎ではよくあることです。結局は地域住民の責任ですね。
自然が多い、空気がきれいという点に魅力を感じ田舎へ移住しましたが、住んでみて分かりました。視野が狭く心の貧しい方がなんと多いことか。

はらへったはらへった 2009/06/11 16:43 北秋田市で勤務医をしております。(北秋中央病院ではありません^_^;)
前市長が計画をぶち挙げたころは医師不足が顕在化する前で、当院を含む近隣の病院でも足りないながらそれなりに医師がいた時期でした。
近隣の病院を統合して市民病院を建て、近隣の病院はサテライト的な外来機能+αでやろうという考想だったようですが、タイミングの悪いことにと言うか、前市長が視野狭窄に陥っていたため医師不足を見越せなかったと言うか、こうなってしまいました。

なお、シンパの方が書き込んでおられるように見受けられますが、旧鷹巣町長で市長候補者だった岩川氏はサヨっぽい(いや、そのもの)ビラを撒いたり、現実的に出来ル訳がないとしか思えない公約を掲げていたりしていましたから、倍近い得票差で大敗しておりましたね。

YosyanYosyan 2009/06/11 17:11 はらへった様

 >前市長が計画をぶち挙げたころは医師不足が顕在化する前

なるほど。現在の総務省の公立病院なんちゃら計画の先取りみたいな感じだったのですね。ただ私の探した範囲では北秋田市医療圏に病院は少ないように思います。当時はもう少しあったのか、北秋田医療圏をさらに越えた広域連携を構想していたのでしょうか。それとサテライト化は民間病院相手では不可能に近いのですが、自治体同士でも一筋縄では行かないところがあります。どの辺まで具体的な見通しがあったのか興味深いところです。

moto-tclinicmoto-tclinic 2009/06/11 17:23 >シンパの方が書き込んでおられるように見受けられますが

いや、わたしシンパってわけじゃないです。名古屋の人間で何の利害関係もないし。
前のエントリーあがったときに、こちら読んで、
http://homepage2.nifty.com/tfj/kishibe.html
なるほど、と思ったというだけのことで。
ただ、

>サヨっぽい(いや、そのもの)ビラを撒いたり、現実的に出来ル訳がないとしか思えない公約を掲げていたり

これって、いかにも、地方っぽい話ですねー(^^;。内容どうこうっていう以前の、住民の頑なさ感じます。
まあ、好きにすればいいんじゃないかな。

はらへったはらへった 2009/06/11 18:41 >Yosyanさま
レスありがとうございます。
まさにそんな感じで、前市長が構想を立ち上げたものでした。
北秋田市医療圏には病院は3つしか有りませんが、阿仁病院は医師不足で病棟閉鎖し、米内沢病院は大赤字と弘前大学からの医師派遣中止でかつて20人ほどいた常勤医が今は5人しかおらず、もうメッチャクチャです。
前市長は阿仁病院の院長や米内沢病院の元院長とつながりがあったので、こうなる前はそれなりに話が進んでいたのですが・・・。

>moto-tclinicさま
これは大変失礼いたしました。<m(__)m>
他所で明らかにシンパっぽい人が激烈な書き込みをしていたのを見たことがあるもので、先走ってしまいました。(^_^;)

ぶっちゃけ、岩川一派はこちらではかなり嫌われています。
旧鷹巣町長時代に福祉関係に金を掛けすぎたり、いろいろあったようで、かなり嫌われています。私も岩川が当選したら辞職する覚悟でした。(爆)

moto-tclinicmoto-tclinic 2009/06/11 19:15 うーん、だけど「福祉関係に金をかけすぎ」といっても、今回の新病院への支出と、それの追い金っていうか、JAへの補填ほどじゃないんでしょう?
好き嫌いてのは、個人の感情も入るから、ケチつける気はないんだけど(^^;。
わたしには、結果論ですが、岩川氏の考えてたことのほうが、正しかったような気がするのだがなあ。
まあ、だけど結果論だし、いまさら岩川氏が市長になったところで、新病院建設に支出したお金がもどってくることもないだろうし。

元外科医元外科医 2009/06/11 20:56 >新市長に撤退を含む交渉を行なって赤字補填の条件を勝ち取ったと
これはその通りだろうと思います(笑)

小生、秋田県には研修医の頃1年ほどいました。それからだいぶ経っていますが、医師数は増えていないのですかね。秋田大学は元祖合宿医師免許だったのかな。

bn2islanderbn2islander 2009/06/11 21:49 >岸部陞氏:弘前大学大学院医学研究科修了後、北秋中央病院勤務。院長を務めた。

前市長が、厚生連系の病院に勤務し、院長を務めていたと言うことですか。
出身団体を優遇していたり、出身団体の利益を誘導していたとも考えられますね。

市長になった後も、JA秋田厚生連とのパイプは切れていなかったのかも知れません。

内科医内科医 2009/06/15 16:27 ご参考下さい
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/akita/news/20090613-OYT8T01004.htm?from=nwlb

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