新小児科医のつぶやき

2009-08-05 古橋廣之進氏を悼む

もちろんですが古橋氏の活躍時代は存じません。私の子供の時でも古橋氏は既に伝説の人物でした。なんと言っても子供向きのスポーツ偉人伝みないな本に登場するぐらいですから、「よくわからないが凄い人」に印象だけが植えつけられたものです。

今でも使われる「水泳日本」のキャッチコピーですが、私の子供の頃にも使われていました。ただし遥か昔に過ぎ去った過去の栄光としてです。私の子供時代の日本の水泳はあまりに弱体と言うか、今でも強いアメリカと異常に強かった東ドイツが驚異の世界記録を連発し、日本選手は予選段階で殆んど姿を消してしまっていたからです。メダルどころか決勝に進出するのさえ至難の業の時代です。

テレビ画面に世界記録と日本記録がよく映されていましたが、その差の大きさと、世界記録が次々に塗り替えられる勢いに、「水泳日本」はどこの国の話だと感じざるを得ない時期です。もっとも陸上よりはマシでしたけどね。

それでも歴史上には水泳日本は記録されています。これは財団法人日本水泳連盟からですが、


種目 '28 '32 '36 '40 '44 '48 '52 '56 '60 '64 '68 '72 '76 '80 '84 '88 '92 '96 '00 '04


100m











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200m * * * * * * * * * * * * * * * *
400m *
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800m * * * * * * * * * * * * * * *
1500m *

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400mR * * * * * * * * * * * * * * * *
800mR * * * * * * * * * *

100m  

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200m * * * * * * * * * * * * * * *

100m * * * * * * * * * * * * * *
200m



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100m * * * * * * * * * * * * * * *
200m * * * * * * * * * * * * * *

200m * * * * * * * * * * * * * * * *
400m * * * * * * * * * * * * * * *
400R * * * * * * * * * * * * *
1 5 4 0 1 0 0 0 2 0 0 1 1 0 0 3
1 4 2 3 4 0 0 0 0 0 0 0 0 0 3 1
1 2 5 0 0 4 1 0 1 0 0 0 0 0 1 4
3 11 11 3 5 4 1 0 3 0 0 1 1 0 4 8
*は競技行なわれず


競泳の全競技ではありませんが、主要競技の成績です。自由形の800mを除いて男子の種目でまとめています。ちょっと寄り道ですが、バタフライが平泳ぎから分離したのぐらいは知っていました。ただかつては自由形の200mがなかったり、背泳100m、平泳ぎ100mもなかったのには少し驚きました。

水泳日本を本当に誇ったのは戦前のロサンゼルス('32)、ベルリン('36)を頂点として、戦後のメルボルン('56)、ローマ('60)ぐらいまでであった事がわかります。以後は長期低落が続き、アトランタ('00)あたりから少し復活と言う感じでしょうか。歳がばれますが、私が五輪での日本の活躍を知っているのはこのどん底時代で、中継で「水泳日本」と叫ばれても「どこが」とツッコミを入れたくなる時代でもあります。

こういう時代背景がある事を示しておいて古橋氏です。古橋氏は1928年9月16日生まれです。これぐらいの年代の方々は戦争が大きな影を落としますが、終戦時で17歳であった事がわかります。戦争には行かずに済んだようですが、勤労作業中に左手中指を切断するという怪我を受けています。時代的にはそれでも死なずに済んだのは幸運だった時代ではあります。

その後、古橋氏は日大に進学して頭角を現すのですが、なんと言っても戦後の混乱期です。ソースが定かではないのですが、古橋氏が日大水泳部に入部する決め手になったは「イモを腹いっぱい食わせてやる」であったと伝えられています。実際は腹いっぱいには程遠い食糧事情であったともされますが、生きるために食べていくのが精一杯の時代をよく表しているかと思います。

古橋氏が日本に名を轟かせたのはwikipediaによると、

1947年の日本選手権では400m自由形を4分38秒4で優勝し、公式記録にはならなかったものの当時の世界記録を上回るタイムを出した。

この当時の世界記録が気になるのですが、1941年のビル・スミスの4分38秒5であったと思われます。もっともこの年の9月12日にはアレックス・ジャニーが4分35秒2の記録を出しています。この記録の更新度合いから、世界の水泳も大戦の混乱から復活しはじめている気配を感じる事が出来ます。しかし、この年に古橋氏は19歳であり、まさにこれから飛躍の時代に入る事になります。

古橋氏にとって惜しまれているのは、翌1948年であるとされます。大戦のため中止されていた五輪がようやく再開されたのです。しかしロンドンで行なわれた大会には参加を拒否されます。この辺の事情は様々に伝えられますが、そういう時代であったと言う事です。古橋氏は現役引退後も水連の重鎮であり続けましたが、1980年のモスクワボイコットの時にどう感じたかを聞きたかったところです。

この1948年ですが、五輪参加を拒否された日本水連は日本選手権を五輪と同じスケジュールで行なうというイベントを行なっています。同じとはロンドン五輪の決勝スタートと同じ時刻に日本選手権の決勝もスタートする企画です。確かロンドンと東京の時差は9時間ですから、ロンドンの決勝が夕方4時ぐらいなら日本では深夜を回る事になります。

出場する選手も調整が大変ですし、観客も大変だったと思うのですが、この時の明治神宮外苑プールは超満員の観客で膨れ上がったと伝えられています。この時の記録がwikipediaからですが、

400m自由形4分33秒4、1500m自由形で18分37秒0を出しロンドン五輪金メダリストのタイムはおろか当時の世界記録をも上回った

ロンドン優勝者のタイムはわからないのですが、400mはアレックス・ジャニーが4分35秒2、1500mは天野富勝(1939年)の18分58秒8ないしはアーネ・ボルグ(1927年)の19分7秒2であったと思われます。ただしこれも時代でwikipediaからですが、

これらの記録は日本が国際水泳連盟から除名されていたため世界記録としては公認されなかった

古橋氏が当時どれだけ国民的英雄であったかは、随所に語られています。終戦後の混乱期の中、印象としてはただ1人、世界と互角に戦えるヒーローとして称えられたのはよく理解できます。それと古橋氏は33度も世界記録を出したと伝えられますが、公式記録にはそんなに残されていません。おそらく非公認・未公認記録が多数あったのだろうと考えています。

古橋氏の活躍を認めたのか、米軍の占領政策の一環であったのかは不明ですが、日本は1949年の全米選手権に招待されます。ここで出した記録が

400m自由形4分33秒3、800m自由形9分33秒5、1500m自由形18分19秒0

いずれも世界記録で圧勝します。古橋氏のそれまでの記録の扱いは、「日本のプールは短いのだろう」「きっと時計が狂っている」「いやいやズルイ日本人の事だからみんなウソさ」ぐらいであったのが、全米選手権と言う晴れ舞台でそんな陰口を封じてしまう事になります。いやそれどころか、あまりの活躍に古橋氏の終生のキャッチフレーズになった言葉を贈られる事になります。

ちょっとだけ先日の話を蒸し返しますが、このキャッチフレーズはあくまでも古橋氏の超人的な活躍に対し贈られたもので、古橋氏がアメリカ遠征を行なうにあたり作られたものではありません。古橋氏に対し当初偏見の目を向けていたアメリカのジャーナリストが、古橋氏の活躍ぶりに感動して名付け贈ったものです。

思えばこの時期が古橋氏の頂点であったと思われます。待望の五輪には1952年のヘルシンキ大会に参加できましたが、1951年の南米遠征でアメーバ赤痢にかかった事、また能力としてもピークが過ぎていたと言われ、五輪では期待されながらも惨敗します。それでも日本人が古橋氏にかける期待は壮絶だったようで、惨敗した古橋氏の心情を思いやったのか、実況を担当したNHKの飯田次男アナウンサーは涙声で

    「日本の皆さん、どうか古橋を責めないでやって下さい。古橋の活躍なくして戦後の日本の発展は有り得なかったのであります。古橋に有難うを言ってあげて下さい」

戦後の混乱期の英雄、古橋氏の存在はそれほど偉大であったと証拠です。古橋氏は戦前から受け継がれた栄光の「水泳日本」の最後のスーパースターであったとしても良いと思います。古橋氏が惨敗したヘルシンキ大会以降、水泳日本はジリジリと衰退していく事になります。古橋氏は1966年から水連の役員になっています。しかし日本の競泳陣は散発的なメダル獲得はありましたが、かつての栄光とは程遠い水泳日本の活躍に歯噛みしていたとは思っています。

そういう目で見ると、2004年のアテネ大会の活躍は古橋氏への大きなプレゼントであったと思います。生きている間にようやく見れたとの感慨もあったんじゃないかと思います。ただそれでも古橋氏が最後まで心残りであっただろう事は、自分が得意中の得意種目とした自由形400m、1500mの世界記録、金メダル獲得をみれなかった事かと思っています。

そこから思うとアテネで柴田亜衣選手が自由形800mで金メダルを獲得したのは、古橋氏にとって一番嬉しかったと思います。

さすがに古い時代の選手で、情報をかき集めようにもwikipedia以上のものは殆んど無く、その点は陳謝させて頂きます。また古橋氏が作った数々の記録も、残酷なもので、今となっては大した記録ではありません。それでもあの時代を生きた日本人にとっては最高最大のヒーローであり、おそらく水泳界で二度と出現しないスーパーヒーローだと思っています。

これは記録ではなく、あの時代の空気を吸った人間の不滅の記憶だからです。謹んで御冥福をお祈りします。

京都の小児科医京都の小児科医 2009/08/05 09:04 wikipediaによれば
2009年8月2日に世界水泳選手権が開かれていたイタリア・ローマにて客死。
ということを知りました。
古橋廣之進氏の業績の記念と次の世代のために古橋廣之進賞みたいなものができればと思います。

追加:左手の中指を挟まれ、指先を切断したにもかかわらず練習の鬼となってというような話は今の時勢ではあまり出さないようですね

京都の小児科医京都の小児科医 2009/08/05 09:31 ここで抗議というわけではないのですが、古橋廣之進氏の御活躍はニュースフイルムなどに
残っています。 有料のDVDを購入すればいいという意見もあるとも思いますが、ユーチューブなどフリーの動画で見ることはできないでしょうか

文化勲章受賞者(オリンピックの関係もあるとも思いますが)ですし、そのご活躍の動画を
全世界の誰でも見れる情報環境になってほしいと思います。

numachinomajonumachinomajo 2009/08/05 09:32 「あとの4分の3の人生なんて、泳いでいたってことの残景みたいなものである。やはり泳いでいる時期が、私の人生のピークだったように思う。」

このあたりの哀しさがスポーツの美しさでもありますかね。
でも世界水泳選手権が開かれていたイタリア・ローマにて客死って本望だったかも。

numachinomajonumachinomajo 2009/08/05 09:38 「日本の皆さん、どうか日本の医療を責めないでやって下さい。日本の医療なくして戦後の日本の発展は有り得なかったのであります。日本の医療に有難うを言ってあげて下さい」

いんや、それでも石を投げちゃる!!!とかね。

不謹慎なコメですんません。

トーリス・ガリトーリス・ガリ 2009/08/05 09:42 練習の鬼、これは質より量を重んじた育成、強化方法として採用され、昨今の選手生命に表されるような中学生か高校生でピーク、そこから後は使い捨てと言う歪な結果をもたらしました。
心身ともに成長期である中学生で日本人全ての期待を負ってオリンピック、プレッシャーは相当なものです。心理的に歪んでしまいます。
つーか、泳ぎたくなくなるんですよ。この練習方法は。

現在は選手の身体能力や種目、距離に応じた細かいメニューに変わり、メンタル面の対応も考慮されるようになった為、岩崎恭子さんの様な事は起きないと思っています。代わりに北島康介さんの様な、欧米の選手並みに息の長い選手が輩出される事を願っています。

匿名匿名 2009/08/05 11:07 「学校から水路を泳いで帰った」というのを何かの本で読んだことがあります。すごいと思いますが、今やったら通報されますね…。

京都の小児科医京都の小児科医 2009/08/05 11:12 トーリス・ガリ様

ありがとうございます。1日3万メートル泳ぐっていう話は今はもう誰もやらないことと理解しました。
あやうく、水面下の努力とか言いそうになっていました。

蛇足 藤沢秀行氏の遺言『強烈な努力』も頭の片隅にありましたので。。。

YosyanYosyan 2009/08/05 12:54 トレーニング法は時代とともに確実に進歩していると思います。古橋氏時代なんて今か見れば野蛮と思われても仕方がないと思います。言ってしまえば「とにかく泳ぐ」以外の練習法はなかったんじゃないでしょうか。後に残った悪影響としては、古橋氏時代の「とにかく泳ぐ」練習法で水泳日本が栄光を誇った点かと思っています。

古橋氏以降の日本の水泳が衰えたのは様々な理由があるとは思いますが、他の強豪国がトレーニング法を進化させたのに対し、これを取り入れるのが非常に遅れた点は大きいと考えています。栄光を築いた練習法は絶対視され、成績が不振なのは「練習が足りない」と切って捨てられたのではないかと思っています。人間はかつての成功事例に頼るものですし、先人は後人の努力を常に足りないと思い込むものです。

古橋氏がそういう指導をされたかどうかはわかりませんが、古橋氏の練習法が教典化された可能性は十分ありますし、そういう指導法を支持した可能性もあります。五輪の成績だけで言うと、過去の栄光の練習法から、世界水準に切り替え、成績を再び残せる様になるまで30年以上はかかったと見れます。それぐらいの影響力は、良きにつけ、悪きにつけ出ざるを得ないほどの人物であったとは思います。

もちろんこれは古橋氏が独善を揮ったと言うより、古橋氏の権威にもたれかかった人間が小さな保身を繰り返した結果だと思ってはいます。

京都の小児科医京都の小児科医 2009/08/05 13:25 水泳という競技に人種的な肉体的な差がないという前提ですが。。。

今日では、世界的な記録が出るかどうかはメンタルな面も含めた指導方法の能力差であると理解しました。

あとは、橋爪四郎氏のような同時代のライバルの存在も大きいかなと思いました。

追記:成功体験を忘れよとは医療もそうでしょうか???

YosyanYosyan 2009/08/05 13:39  >成功体験を忘れよとは医療もそうでしょうか???

二分法で語れる問題ではありません。成功体験は自信になり、自信が持てるから次の難事に余裕を持って対応できる点はあります。医療に於ても成功体験は大事ですが、医療に限らず成功体験に酔って新たな知識のアップ・デートを怠るだけでなく、過去の成功体験のみを他人に押し付けてヨシとする態度は慎んだ方が良いぐらいには思っています。

 >水泳という競技に人種的な肉体的な差がないという前提ですが。。。

私も詳しくはないのですが、競泳では陸上競技では比較的小さい抵抗の問題が大きいように思います。大柄であるというのは水の抵抗も大きくなり、抵抗とパワーの得失が微妙に関係するように思っています。バルセロナの岩崎恭子氏が伸びなかったのは、他にも理由はあるとは思いますが、年齢を重ねてパワーが付いた分を帳消しにする体型の変化よる水の抵抗の増加もあるとの説があります。

陸上競技より競泳の方が世界との差が比較的小さいのもその辺かもしれません。もっともそれ以前にプールがあるかないかで、参加国が絞られる競技と言うのも大きいですけどね。

A.CA.C 2009/08/05 17:25 皆様こんにちは。競泳の話が出てきたので、うれしくて、参加させてください。

古橋杯というものはすでにあります。男子400m自由形の日本選手権獲得者に与えられるようです。現在、6連覇中の松田丈志選手(北京と今回200mバタフライで銅メダル)は国際大会では決勝に残れるかどうか・・・なのですが、国内での自由形を引っ張ってきた選手です。400m、800m、1500mと国内での順位に甘んじず、記録を更新し続けています。自由形のメダルのことでは注目されなくても、努力し続け、謙虚な姿に感動します。

ちなみに中・長距離選手でしたら、泳ぎこみの時期には10万mぐらいは泳いでいるようです。ただ、うまくピークを競技当日に持っていくようなトレーニングプログラムの組み方と、テーパリングなどを選手だけでなく、チームで取り組んでいることが、昔の選手の努力だけの時代との違いかもしれませんね。

メンタル面でも、結果に対して淡々と気持ちを切り替えられる選手が強く感じます。インタビューも、レース分析をして答えられる選手が増えたと思います。

海外選手と比べて体格の面もあると思いますが、体力の差もあるのでしょうか。
海外選手は、1種目だけでなく何種目ものレースをこなしながらも常に上位に入っている選手が多いように思います。

日大水泳部の監督のブログに、古橋氏が競泳だけでなく、水難事故による死亡者を減らすための水泳普及に努められたことなどが載っています。
http://www.nogutomo.com./archives/65340360.html
野口智博氏はNHKの競泳の解説もされています。

A.CA.C 2009/08/05 17:27 あ、10万mでなく、1万mです。(汗)すみません。
それでもすごい距離を泳ぎこんでいます。

京都の小児科医京都の小児科医 2009/08/05 18:44 AC様
色々と教えていただきありがとうございます。

京都の小児科医京都の小児科医 2009/08/05 18:48 Yosyan様

>二分法で語れる問題ではありません。成功体験は自信になり、自信が持てるから次の難事に余裕を持って対応できる点はあります。医療に於ても成功体験は大事ですが、医療に限らず成功体験に酔って新たな知識のアップ・デートを怠るだけでなく、過去の成功体験のみを他人に押し付けてヨシとする態度は慎んだ方が良いぐらいには思っています。

いわれるとうりと思います。

昔の知識が古くなっているのを確認、アップデートしてゆきたいものです。

moto-tclinicmoto-tclinic 2009/08/05 22:14 へんなところに反応しますが、トビウオってのは、一回に300m飛ぶこともあるみたいですね。(出典:wiki)
youtubeに映像もありました。
http://www.youtube.com/watch?v=OmWRCdUw17E

さて、エントリーと関係ない私事で恐縮ですが、m3にブログ開設しました。よろしければ、ご笑覧くださいm(_ _)m。
http://blog.m3.com/steroidwithdrawal

moto-tclinicmoto-tclinic 2009/08/05 22:19 いや、人間が泳ぐよりも、魚が空を飛ぶほうが、画期的というか、たぶん凄いんだろうなー、なんて、ちょっと思っちゃいまして・・。

はらきりはらきり 2009/08/06 00:50 http://www.nicovideo.jp/watch/nm7832240
実況だけで、静止画ですが、ニコニコにあがってますね。
ヘルシンキ大会

omizoomizo 2009/08/06 18:36 トビイカ :Sthenoteuthis oualaniensis でしたら、50mぐらい飛行?できます。 消化器系は短くできています、飛行重量の軽減から。

日本水泳連盟も
 オープンウォータースイミング(マラソンスイミング)の研究に入ったようです。 
http://www.swim.or.jp/11_committee/18_ows/pdf/0811101.pdf


確かマラソンスイミングはプロもあり、競技者として長くできると、松崎裕子氏はおっしゃられていたと記憶しています。

ドロッポ産業医ドロッポ産業医 2009/08/28 10:17 NHKラジオで紹介されていましたが、古橋氏曰く、「泳げるということはプールの中で数百メートル泳げるということではない。1.嵐の中で沈没寸前の客船から迷わずに荒海に飛び込めること、2.いち早くその沈没寸前の船から泳いで離れられること、3.そして救助が来るまで泳いでいられる事だそうです。なんとなく感動・・・