ツーリング日和20(第26話)真実は苦いかも

 帰り道で瞬さんに聞いたのだけど、

「いくつか対策を用意していたのだけど、まさかああなるとは・・・」

 まずイズミの旦那さんの腕は一流としてた。

「朱雀園の桑島さんに昔聞いたことがあったんだ」

 桑島シェフは名人とか達人とも呼ばれるけど、一方では地獄の閻魔様より怖いって言われるぐらいの人だそうなんだ。その弟子の中でお勧めできる人はいるかって聞いたことがあるんだって。そしたらしばらく考え込んでから、

『ロクな奴がおりまへんわ。そやけど・・・』

 一人だけ惜しがっている人がいたそう。家族の事情で辞めることになったのだけど、

『事情が事情やから認めんとしゃ~なかってんけど、あいつは惜しかった』

 その人って、イズミの旦那さん。

「それでよいと思う。東陽閣の味を受け継いでるのは桑島さんだけだし、ボクでもすぐにわかるぐらいの味を出せていたもの。あの桑島さんがあれほど惜しがっていたのがやっとわかったぐらいかな」

 だったら、

「だから困ったんだよ。ああは言ったけど、あれ以上町中華の味にするのは難しいと思う。というか、あの味なら神戸なら余裕で繁盛店になれるはずなんだ。あそこまでの味が出せる店なんてそうはないと思うもの」

 でも現実は銀将に押されまくって潰れそうになってるけど。

「それこそ地域性だ。それは結果が示しているじゃないか。あの味ではあの地域に受け入れられず、銀将に勝てないってことだ」

 だったら本来の腕を活かして、

「それは前に言っただろ。一流店路線はあの地域では成立しない」

 そうだった。でもなんかもったいないじゃないの。そこまでの腕があるのに、

「最初の腹積もりは、点心系の中に売り物を探し出してネットで売り出そうだったんだ。けどね、あそこまでの腕になると点心は無理だろう」

 本家中国でも点心の料理人は別系統になるのだそう。そうでない方の正統派料理をあそこまで極めてしまうと、

「そうなんだよ。その手は難しいと判断した」

 だから、

「それしか結論が出せなかった。あの地域のあの店にいる限り宝の持ち腐れにしかならないってことだ」

 なんてこと。

「あの腕があれば朱雀園だって雇ってくれるはずだ。それ以外でも一流ホテルなり、他の一流店でも歓迎してくれるはずだ。神戸でも、大阪でも、いや東京でだって隠れ家的な店を開けば、すぐに見つけ出されていくらでも客は集まるよ」

 でもイズミも、イズミの旦那さんも良い顔してなかったね。

「ボクの力不足だよ。マナミさんには力になれずに本当に申し訳なかった」

 そんな事ないよ。瞬さんだからこそそれだけの事を考えられたし、あれだけのアドバイスが出来たのじゃない。イズミにはまた相談しとく。

「不手際だった。あれほどの腕だってわかっていたら、いくらでも手立てがあったはずなんだ。いや、そういう可能性を考えて準備が出来ていない時点で大失態も良いところだ。なにがカマイタチだ、無能社員も良いところだ」

 聞きながら会社員時代の瞬さんがどれほどの凄腕だったか良く分かった。すべての可能性に対してあらゆる準備を入念にしてたんだって。今回だって不手際でも、失態でも、ましてや無能でもない。

 会社員時代はもっと事前情報を集められていたはずだもの。それが、今回はマナミの情報だけ。たったあれだけの情報で挑もうとするのが無茶だった。それにだよ、現役を離れてもう何年だよ。カマイタチの異名はダテじゃない、でもこんな上司の下で働く部下も大変だったかも。

 これって、恋人にも求められるだろうか。亡くなった奥さんはヒステリーだったと聞いたけど、もしかしてこんな瞬さんの要求に耐えかねてのものじゃなかったんだろうか。マナミにそれが出来る自信どころか、そもそも絶対に無理だ。

 やっぱり釣り合い悪いよね。そんなこと最初からわかってるのに、今回の事件で痛烈に感じてる。やっぱり出来る男には出来る女が必要だ。そうなだ、サヤカならお似合いだ。サヤカも話に聞く限り、仕事となると切れるなんてレベルじゃないみたいだもの。

 もうマナミが瞬さんに釣り合っていないとわかってるだろうな。いや、絶対にわかってるはず。なにしろカマイタチだ。マナミが気づかないうちにバラバラに切り刻まれてそのすべてを見抜かれてるはずだ。

 そうだよね。アラフォーのバツイチのブサイクなんて最初から恋愛対象にするわけないじゃない。あれだけ付き合ってくれるのも瞬さんにとっては、

「癒し」

 これだろうな。あまりにも頭が切れる人は、それを癒すためにおバカと話をするって聞いたことがあるものね。低レベルの会話をして頭の神経を休ませるぐらいだろ。だから瞬さんがマナミに抱いているのは愛情でなく友情だ。そりゃ、癒しをしてくれる友だちは貴重だろ。

 ひょっとしたらって思ったのがアホのアホたるところだった。最初っから恋愛対象でないって見切られてたはず。見切ったからこそ、逆にあれだけフランクに接してくれたんだ。それぐらいすぐにわかれよな。自分を誰だと思ってるんだって話だ。

 それでも時間こそかかったけど、ラブかライクかの問題に答えが出て良かった。勘違いしたまま突撃なんてやらかしていたら、どれだけ悲惨な目に遭ってたことか。これで終わった。そもそもあると思う方がおかしすぎた。

 それにしても、気づいてみれば簡単すぎる話だった。すべては思い込みと勘違いの積み重ねだってことだ。とは言うものの真実は苦いね。

ツーリング日和20(第25話)アドバイス

 家に帰ったからもイズミの店のことを考えていたのだけど、なんにもアイデアは浮かんで来ないのよ。だったら誰かに相談するのはありだけど、経営のことならサヤカはいるにはいる。だけど頼みにくいのよ。

 そりゃ、サヤカならカネ持ってるし、カネに物を言わせての再建だって出来るかもしれないけど、サヤカは社長なんだ。瞬さんにも聞いたけど忙しいなんてものじゃなく、結婚すらする間もないぐらいらしいもの。

 それにサヤカだって社長となれば皇帝陛下らしい。だから経営判断は鬼のように厳しいだろうから、イズミの店なんて、

『寿命よ』

 これぐらいで切って捨てるに決まってる。これはサヤカが冷たいのじゃなくて、常識的に考えたらそうなのぐらいはわかるもの。これだってせめてサヤカとイズミが幼馴染だとか、高校が同じであの店に通ったことがあるのなら少しは可能性があるけど、接点はゼロだものね。

 どうしようかと悩んだ末に、ダメモトで瞬さんに連絡してみたんだ。殆ど期待してなかったけど即答で、

「会って話を聞かせてくれ」

 こう返って来たのにビックリした。それも相談が相談だからって夜じゃなく昼間に会うことになった。ファミレスだったのだけど、

「ここなら長話がじっくり出来るからね」

 イズミの店の話を聞いてもらったけど瞬さんも難しそうな顔をしてた。だよね、そんなに簡単に奇跡なんか起こせるものじゃないよ。

「ところでだけど、マナミさんは食事をしましたよね」

 したよ。

「味はどうでしたか。これは忖度なしでお願いします」

 怖いぐらい真剣な顔だったのにビビったけど、あの時に食べたのは麻婆豆腐定食だったんだ。あの日のサービス定食だったからね。お味だけど、美味しかったけど昔と違う感じかな。この辺はマナミも高校生だったし、前に食べたのは何年前だの話だけどね。

「それは誰が作っているのですか」

 それはイズミの旦那だ。親っさんは脳梗塞を起こして、リハビリを頑張ってかなり回復はしたそうだけど、どうしても手の痺れが残ってしまったみたいで引退したって聞いたよ。

「どう違ったのですか?」

 グルメレポーターじゃないから上手く言えないけど、どう言ったら良いのかな、薄いと言うか、上品と言うか・・・でも美味しかったよ。

「美味しかったけど、薄くて、上品・・・」

 それからも瞬さんも考え込んでいたけど、

「飲食店が繁盛する理由はあれこれあるけど、やはり味が基本中の基本だ。とにもかくにも銀将を上回る味が出せないと手のつけようも無い」

 それはわかる。美味いからって必ずしも繁盛するわけじゃないけど、不味い店は間違いなく潰れる。それは鉄則みたいなものだ。

「不味くともライバル店が不在ならその地域のそのジャンルの唯一の店として生き残れる可能性はあるが、今回の場合は銀将がいるからな」

 そこなんだよね。

「さらに言えば銀将の中華は良く出来ていると思う。一流店には勝てないかもしれないがあの安さだ。あれだけの人気が出る理由がある。地域どころか近所に存在してるのは条件が悪すぎる」

 銀将はマナミも好きだもの。

「もう少し言えば銀将と同じ路線で競えば勝ち目はないだろう」

 たとえば値段で競ったら勝てるはずがない。あっちは巨大チェーンだもの。サービスって言っても限界があるし、店内の綺麗さは話にならないよ。

「勝機があるとすれば、路線をずらして対抗するぐらいしかないだろう。そのために何より重要なのが基本の味になる」

 それって高級路線にチェンジするとか、

「それも考慮に入れないといけないが、高級店の成立は難しいのだよ。神戸ならともかく、その店の地域では客層が薄すぎる」

 なるほど、なるほど、高級店となればお値段も高くなる。たとえばコース料理で一万円とかだ。神戸なら一万円のコースでも安いぐらいかもしれないけど、マナミの地元で一万円も払って食べる人なんて少ないもの。だったら、

「常套手段として一点突破はある。たとえば老詳記のブタマンだ。あれは専門特化してるが、そうだなラーメン屋ぐらいがわりやすいだろう。ラーメンにチャーハン、餃子ぐらいに絞って勝負するのはある」

 その分野だけは銀将を圧倒しようって作戦か。それならマナミの地元でも来る人はいるはず。

「けどね、ラーメンは難しい。人気を集めやすいがライバルが多すぎる」

 たしかに。ラーメン店ぐらいならマナミの地元にもあるもの。だったら、ラーメン以外で勝負となるけど、えっとえっと、

「中華料理には多彩なメニューはあるけど、ラーメンは別格なんだよ。あれはルーツこそ中華だが、どちらかと言うと、うどんとか蕎麦に近い位置づけなんだ。他のメニューで一点売りに出来るのはせいぜいブタマンぐらいだろう」

 餃子は。生餃子なんか売ってる店も増えてるよ。

「あれはオカズだ。ラーメンならそれで一食になり得るものなんだ。それに餃子もライバルが多すぎる」

 だったらどうすれば、

「だから言ってるじゃないか。基本は味だって。そこの店の料理人がどれだけの味を出せ、なにを作ることが出来るのかで変わって来る。少なくともマナミさんの評価は悪くない。まず食べてから次を考えるべきだ」

 だからって来週の土曜日に行くの?

「仕方ないだろ。日曜日は定休日なんだから」

 行ったよイズミの店に。瞬さんは青椒肉絲定食を食べたけど、もう怖いなんて顔じゃなかった。それこそすべてを調べ尽くすように食べてた。ニコリともしなかったから美味しくなかったのかな。食べ終わった瞬さんは、

「御主人とお話をさせてもらっても良いですか」

 イズミの旦那さんが厨房から出てきたのだけど、

「ありえないはずですが東陽閣におられたのですか」

 えっ、東陽閣ってあの東陽閣のこと。神戸でも一流中の一流とまで呼ばれた店じゃない。でもあの店も震災の時に潰れたはずだけど、

「東陽閣ではありませんが、朱雀園に勤めていました」
「そっかそっか、桑島シェフは朱雀園に変わられたのでした」

 朱雀園って・・・東陽閣がなくなってから神戸でも一番とされてる店じゃない。行ったことないけどね。

「ならばどうして」
「女房の親っさんが倒れたもので」

 イズミの親っさんが倒れたから助けに入っていたのか。

「はっきり申し上げます。あなたの腕はこの店には合っていません」

 そんな事はないでしょうが。朱雀園で修行したら一流じゃない。その味だって瞬さんは食べただけでわかるぐらいだからちゃんとしたものじゃない。なのにどうして、

「御主人ならわかっているはずです。この味では町中華に向いていません」
「そこまでわかるのですか。出来るだけ修正したつもりですが」
「不十分です。それは結果が示しています」

 どういう事だって瞬さんに聞いたのだけど、一流の店で修行した一流の料理人にしばしば起こることだって言うのよ。

「一流の店では一流の味がわかる客が集まります。料理人もそういう客が満足する料理を作ります。そういう客の評価が店の評価を決めるからです」

 それって海原雄山みたいな鬼グルメみたいなやつ。

「そんなイメージで良いと思います。だからひたすら繊細な味になるだけじゃなく、それを極める方向になります」

 悪いことじゃないはず。

「こういう店の客層が求める味はもっとシンプルなものです。御主人の感覚からすれば下品かもしれませんが、これでは上品過ぎてパンチが足りないの評価になるのが町中華です」

 それってマナミの舌がバカってことなの。

「そうじゃありません。美味い不味いは食べた人の評価がすべてです。そういう意味ではいわゆる舌の肥えた客の評価の方が偏っているとも言えます。一流の店は美味しいとはされますが、客のすべてが満足しているわけではないのです。ただ美味しいと言う食通連中の評価を盲信しているのだけかもしれません」

 つまり客がこの店に期待してる味じゃないってことか。だったらそこを直せば、

「難しいです。既にこの店の味の評価は定着しています。変えてみたところで、右から左に評判なんて変わるはずもありません」

 うむむむ、それそうだろうけど。そこから瞬さんは考え込んだのだけど、

「もしわたしにアドバイスを求めるのであれば、この店にこだわるのをやめるべきです。御主人の腕はこんなところで揮うものではありません。昔から良禽は木を選ぶと申します。この店は御主人には合っていません」

ツーリング日和20(第24話)相談

「この辺もお店が増えたじゃない」

 それは走って来たから知ってるよ。高校の頃に比べても増えてるよね。それもちょっとオシャレそうな店も出来てる。

「銀将も出来てたでしょ」

 あったな。あのチェーンは大きいけど、こんなところにも出来てるのにちょっと驚いたかな。

「あそこってさ、安くて旨いが売りじゃない」

 卵一日何万個のCMは知ってる。

「お客さん取られちゃって危ないのよ」

 なるほどそういうことか。イズミの店も安くて旨いだけど、どうしたって銀将に行っちゃうかもね。まあ、言いたくないけど昔のままで薄汚れてしまってる。中華は小汚い方が美味しいっていうけど、

「あれは都市伝説みたいなもの」

 入るなら銀将に行くだろうな。今日だってイズミに呼ばれたから来たけど、なんにも知らなかったら銀将に行くものね。じゃあ改装したら、

「カネがない」

 まあ改装したって、それで客が取り戻せるかと言われれば疑問符がテンコモリなのはわかる。もしするにしたって、改装したら繁盛するぐらいに見通しがないと借金だけが増えるものね。

「だからマナミが頼りなのよ」

 他にいないのかよ。こういう時にはコンサルってのもあるだろうけど、コンサルはコンサルでピンキリも良いとこらしいのは聞いたことはある。高いコンサル料だけ取ってロクな仕事をしないのも多いらしいものね。

「昔にそんなテレビ番組があったじゃない」

 あれか。潰れかけの飲食店を再建しますってやつだろ。あれはね、ごくシンプルには新たな看板メニューを作り上げ、それに見合うようなイメージに店を改装して、

「リニューアルオープンしたら大繁盛」

 そうなった店もあったかもしれないけど、そうならなかった店の方が多いのじゃないかな。あの番組のラストが曲者だと思うんだ。たしかにお客さんが来て繁盛してるように見えたけど、あの客がどこから湧いて出たかが問題なんだよ。

 テレビって台本があるのよ。台本以前にああいう番組だから、最後は繁盛しないと話にならないじゃない。あれだけやって失敗でしたのじゃ、放映なんか出来るものか。だから番組制作サイドはどんな手を使ってでも客を集めたはずなんだ。

「それってサクラとか」

 だと思うよ。少なくとも鳴り物入りみたいにテレビ局が放映するって宣伝してるだろうし、その番組が収録される日だってそう。そこまでになれば、

「テレビに映るかもしれないってだけで来るよね」

 そういうこと。似たような番組もあったじゃない。

「そっちも見てた。リフォームするやつね」

 あれがトラブル続出でなくなったものね。番組では完成したリフォームを匠の技の結晶みたいに絶賛してたけど、

「あれだけの費用を出したのに使いにくくて話にならなかった」

 余計に不便になった話もいくらでも転がってるぐらい。ああなってしまった原因は色々あるだろうけどまずは演出のエスカレートは絶対にあると思う。ああいうリフォームで視聴者が求めるのは、

「こんな家をどうするって言うんだ!」

 ここから入らないといけないじゃない。そのためには番組が続けば続くほど難度は上がるしかない。難度が上がり過ぎると誰が手を出しても無理なものは無理になるよ。だってあれこれ工夫を凝らすには面積が絶対に必要だ。

「あれだね、ワンルームマンションを4LDKには出来ないってことよね」

 それに近い感じだと思う。演出は小手先に求められるのもある。たとえばやたらと出て来る階段収納みたいなやつ。

「それ思った。あんなもの役に立つのかって」

 まだあるぞ。見た目上の演出だと思うけど、天井を取っ払ってしまうとか、壁をなくして広く見せようも、

「あんなことしたら、エアコン代が高くなるし、それより部屋が暖まらないし、冷えないよ」

 そういうこと。吹き抜け構造とか、だだっ広い大部屋を作れば解放感は演出できるけど、他はデメリットが多いのよ。掃除だってどうやってやるのかと思うぐらい。だけど番組演出として、

「見栄えはともかく実際は住みやすいは最初から無いのか」

 そんな感じになって行ったはずだ。

「途中からおかしくなってたよね。リフォームと言いながらほぼ建て替え状態になってたもの」

 それでも全面建て替えにしていないのは建築基準法の関係で、建て替えになれば築面積の問題がでるからだそうだけど、あそこまでぶっ壊せば費用も上がるし、

「求められるものだって高くなる」

 そういうこと。トラブルにならない方が不思議だ。とは言うもののイズミの店をなんとかしてあげたい気持ちはマナミにだってある。友だちの店でもあるし、高校時代の青春の思い出の店でもあるもの。

 とは言うものの潰れかけになってる状態から奇跡の復活をさせるようなアイデアがポンポン出てくれば誰も苦労なんかするものか。そんなにお手軽に出来たら、潰れる店なんてこの世からなくなるだろうが。

「それはそうなんだけど・・・」

 マナミぐらいが知恵を絞っても何にも出るはずがなく、最後に出た遁辞は、

「とりあえず考えてみる」

 申し訳ない気分で一杯だったけど、もうイズミの店に来ることはないかもしれない。だって放っておいても潰れるだろうし、もし次に行くなら再建のアイデア無しで行けるはずも無い。帰り道に涙が出た。

ツーリング日和20(第24話)旧友の問題

 今日は高校時代の友だちのイズミの店に来てる。ここも懐かしいな。高校の近くにあるのだけど、良く食べに行ってたんだ。いわゆる町中華だけど、ラーメンとかチャーハンとか良く食べてたもの。ギョウザもなかなかなんだ。

 花の女子高生に中華はちょっとミスマッチのところもある。これは田舎だから他に店が無かったんだろうと言われそうだけど、そんなことはないのよ。高校の近くに県道があるけど、そこにはロードサイドの店が当時から建ち並んでたんだよ。

 ファミレスもあったし、マクドもあったし、カラオケもあった。パチンコ屋は高校生には関係なけどカフェというより喫茶店も何軒かあったんだ。この辺も変わったところもあるし、店だって当時より増えてる感じもするな。潰れてなくなってる店もあるけどね。

「久しぶり」
「ホント、久しぶりだね」

 イズミは卒業してから実家の中華の店を継いでるんだ。

「子どもさんは」
「部活だよ」

 結婚して子どももいる。イズミの結婚は早かったな。成人式の翌年ぐらいだったじゃないかな。だからもう中学生だ。すぐに昔話に花が咲いたのだけど、

「あのクソ校長には参ったね」
「ホント、ホント。こっちは中坊じゃないっちゅうの」

 通ってたのは田舎の三番手校だったから、ノンビリしてたんだよ。しょっちゅう遅刻するのはいたしエスケープするのもいた。そんなに多くなかったけど、こっちからすると、

「いつものことだったものね」

 そりゃ、高校生だから遅刻やましてやエスケープは良くはないだろうけど、高卒就職組がとにかく多かったから、高校なんて卒業すれば十分ぐらいって感じだったもの。それに荒れた学校じゃなかったし、

「ヤンキーがブイブイ言わせる学校でもなかったものね」

 そんな高校に新しい校長が赴任してきたのだけど、理由は良くわからないけど風紀に異常に熱心だったんだよ。

「毎朝校門のとこに先公が立ちやがるし、エスケープする連中を追い回すんだもの」

 他に服装チェックも異常に厳しかった。だってだよ、リボンの結び方までケチ付けるんだもの。

「だよね、ブラウスのボタンなんて開けてたら、生徒指導室まで連行されちゃったよ」

 他にも靴とか、靴下とか、

「髪留めのゴムまで口出ししやがった」

 パーマや髪を染めてた連中なんて悲鳴をあげてたもの。トドメは、

「下校時の外食禁止」

 ファミレスとかマクドに寄るのを禁止されちゃったんだ。行きたくても先生たちが始終回って来るからシャットアウト状態になったもの。だからイズミの店に屯するようになったんだ。イズミのお父さんも学校から協力を要請されたみたいだけど、

「親父は怒っちゃってあんな張り紙を張り出したもの」

 あれは笑ったな。だって張り紙には、

『犬と高校の教職員は立ち入るべからず』

 思いっきり喧嘩売ってた。あれでイズミがよく退学にならなかったものだ。あそこまでやらかしたのは建前上では学校を良くするためだけど、

「点数稼ぎだよ。でもさぁ、うちらの高校でやるのは無理があり過ぎだよ」

 これは卒業してから聞いた話だけど、ある校長がいわゆる荒れた高校を建て直しただけでなく、進学実績もあげたらしいんだ。それが高い評価を受けたらしいけど、

「あれはド田舎の高校だから出来ただけよ」

 マナミの高校だって田舎だけど、うちの県って広いから、高校に進学するにも地域で実質的に一つってとこもあるんだ。そういう高校って地元の中学からゴソって感じでその高校に入学するじゃない。

「うちらの高校とは生徒の質が違うよ」

 これじゃあ、わかりにくいか。身も蓋もないような話だけど、勉強が出来るやつって持ってるものが違うと実感してる。もっとあからさまに言うと出来る奴の割合は決まってると思うんだ。

 地域に一つしか高校がなければ、そこには高卒で精いっぱいの者から、それこそ国公立だって狙えるのも混じるじゃない。中学なんてそうだもの。だけどさ、こっちは田舎と言っても三番手校だ。

 出来る奴は一番手校にまず入り、中学でサボっていて可能性があるのだって二番手校に入ってしまう。マナミたちの三番手校なんて、

「残りカス。ドラゴン桜の見過ぎだよ」

 実感としてそうだった。もちろん可能性を言い出せばキリがないけど、

「あれって成績と言うか、頭の良し悪しもあるけど、それより何よりやる気がない」

 少しでもやる気があれば三番手校なんかに入って来るか! あれって思うのだけど、

「そうよそうよ、ああいうのって滅多に起こらないから褒められる代物。ホント、エエ迷惑だった」

 風紀をギチギチに締め上げられて勉強にラッパを吹きまくられたけど、

「夏休みの補習だって、何人出たのやら」

 夏休みだよ、夏休み。進学校の連中は補習をやってるぐらい知ってるけど、就職組の連中にとってはどこの話だってことだ。頭の中は遊ぶことしかあるものか。ところで今はどうなってるの。

「学校はあるけど、名前が変わってる」

 どういうこと?

「この辺も子どもが減ったから四番手校と合併よ」

 あの底辺校と合併だって! あそここそ、田舎なりのヤンキーの巣窟みたいな高校だったんだけどな。歳も取ったし、時代の流れを感じるな。そうそう、今日はイズミから呼び出されて来たようなものだけど、

「ゴメンね。それにしてもマナミがバイクで来たのにビックリした。この歳から暴走族になるなんて意外だった」

 アホか。バイクを見ただろうが。乗ってるのはモンキーだぞ。あれって一二五CCの小型バイクだ。あんなものでどうやって暴走するって言うんだよ。

「バイクに変わりはないじゃない」

 なわけがないだろうが。マナミがやってるのはツーリングであって断じて暴走族じゃない。

「まあ、信じとく」

 信じろよな。

「でさぁ、今日来てもらったのはマナミと見込んでの相談なんだ」

 何を見込んだって言うのよ、

「マナミって頭が良いじゃない」

 どこがだ。同じ高校に行ってただろうが。もう忘れたのか、

「だって、大学に入ってるし、神戸の大きい会社にだって勤めてるじゃない」

 それは都合の良い誤解の塊だぞ。大学って言うけど、たかが三明大だ。あんなところの卒業生だなんていう方が恥ずかしいぐらいじゃないか。勤めてる会社が大きいって言うけど、あれはサヤカの口利きでなんとか入れただけ。あんなところにまともに就職できるわけがないだろうが。

「それはマナミがそれだけ良く出来るって事じゃない。だってだよ、イズミの友だちで大学に入れたのはマナミだけだもの」

 うぅぅぅ、それはそうだけど、そんなもの見込まれたってそれこそお門違いも良いところだ。ここまで来てるから話だけは聞くけど。

ツーリング日和20(第23話)温泉話

 武田尾って具体的にどこにあるかだけど宝塚の北側の山の奥なんだ。あの辺の地形を大雑把に言うと宝塚ぐらいまでが平地で、その北側ぐらいから山地になるぐらいで良いと思う。ここに温泉があるのだけど見つかったは寛永十八年っていつなんだよ。

 西暦なら一六四一年になるみただけど武田尾直蔵が薪拾いの時に見つけたとなってる。この武田尾直蔵って人は豊臣方の落ち武者って事になってるけど、そうなると大坂夏の陣の落ち武者になるよな。

 大坂夏の陣は慶長二十年じゃわからんやろうが! 西暦なら一六一五年だから夏の陣から二十六年後の話になるはず。武田尾直蔵って当時いくつだったんだろ。四十歳から五十歳になると思うんだけどね。

 武田尾に行くのは電車が便利なんだ。福知山線なら宝塚から生瀬、西宮名塩、武田尾だからね。宝塚から三つ目の駅だし、とくに西宮名塩は大きなニュータウンが作られていて大阪へのベッドタウンになってる感じだ。

 その西宮名塩の次の駅だから感覚的にそんなに秘境感はなさそうに思うのだけど、それもこれも福知山線があるからの気がする。道路で言えば宝塚から三田まで名塩道路があるし、これは国道百七十六号で、大阪から宮津を結ぶ道になる。マナミも三田から北に行くのによく使っている。

 名塩道路だけど昔から街道としてあったで良さそうだ。名塩も今はニュータウンになってるけど昔は名塩紙の産地として有名だったとなってるのよね。三田も九鬼藩があったから、名塩道路がなかったらどうやって大坂に出るかの話しになるものね。

 だけど名塩あたりから武田尾に北上する道は今も見当たらないのよ。明治になって福知山線が敷かれるまでどうやって行ってたのだろうって思うところなんだ。昔の人の足は強かったから山越えだったのかな。

 そうなのよ、宝塚からそんなに遠くないのに武田尾って別世界みたいな秘境になってるで良いと思う。でもなんだけど武田尾温泉は江戸時代からそれなりに栄えてたみたいなんだ。つまり、そんなところまで行ってわざわざ温泉に入ろうとする人が多かったってこと。

 その辺についても瞬さんに教えてもらったんだ。温泉は今でも貴重なものだけど、昔は桁違いに貴重で珍重されてたそうなんだ。どうしてだって聞いたら、

「今みたいにボーリングして掘れませんから、自然に湧き出たものしかなかったからでしょう」

 そ、そうよね。今なら温泉ってボーリングして掘り出すものだし、神戸市内にもそうやって掘り出した温泉が、たしかHATぐらいにもあったはず。でもボーリング技術がない時代なら地面に湧き出た温泉しか利用できないもの。

 それと近畿には昔からの温泉は少なかったそう。瞬さんは日本書紀まで読んでるみたいだけど、日本書紀が書かれた時代なら、

「有馬と白浜しかなかったで良さそうです」

 他に出てくるものとしたら、いきなり道後温泉って言うんだよ。道後温泉って愛媛の松山じゃない。あんなところまで時の天皇が温泉ツアーに出かけてるって聞いてビックリしたもの。道後温泉なんて今ですら手軽に行けるようなところじゃないもの。たとえばモンキーならどうやって行くかわかんないぐらい。

 それだけじゃない、道後温泉も遠いなんてものじゃないけど、有馬だって、白浜だって近いとは言えないよ。その頃の都は奈良にあったはずだけど、古代だよ古代。行くだけでアドベンチャーツアーみたいなものじゃない。日本人の温泉好きは異常だ。

「それですが、温泉にはあれこれ効果がありますよね」

 それぐらい知ってるよ。肌が綺麗になったり、胃腸の調子が良くなったり、他にもなんたらに効くって効能書きがごっそり書いてあるもの。

「これも現在との違いですが、昔は医療と言ってもプアでした」

 それも聞いたことある。昔のセレブはお殿様だけど、そのお殿様が病気になってもたいした治療が無かったとか。これが庶民になると、

「江戸時代にも町医者はいましたが、坊主とセットで呼ばれるなんて話もあったぐらいです」

 それだけ医療がプアだと温泉効果って、

「そういうことです。それこそ万病に効くありがたいものでした」

 それも聞いたことがある気がする。今でこそ温泉は観光旅行に行って入るものだけど、かつては病気治療のための湯治客が多かったらしいもの。病気治療だから長期滞在してひたすら温泉に入ってたんだろうな。

 そんな温泉の数が限られてるから遠くたって、それこそ川を渡り、山を踏み越えても目指したのか。今とは感覚が違うのがわかる気がする。武田尾だってあんな不便そうなところにあるのに、

「そこに温泉があると言うだけで人々は目指したのだと思います」

 考えてみれば有馬温泉だってトンデモないところにあるものね。地図で見れば六甲山を越えたらすぐみたいに見えるけど、今ですら行くのは手軽とは言えないもの。たとえばモンキーなら六甲山トンネルを越えて唐櫃から有馬街道で行くになるはず。

 新神戸トンネルを使っても良いけど、あんなものが江戸時代からあるわけないから、昔は六甲山を越えてたことになる。

「魚屋道は有名ですけど」

 それどこなんだと聞いたら、深江から有馬温泉まで毎日魚を運んでた道だそう。有馬温泉で魚を食べたい人がそれぐらい多かったことになるけど、古代の貴族とかそれこそ天皇さんはどうやって行ってたの。

「地形からして、やっぱり宝塚から名塩道路を通って有馬街道だったと思います」

 ふへぇ、奈良からだよ。京都に都を移してからだって遥かなるみたいなものじゃない。まさしくセレブ連中の優雅な物見遊山だ。まあ、それぐらい温泉ってありがたいものだったんだろうな。

 武田尾温泉が栄えた理由は他にもあるかもしれないと瞬さんはしてた。たとえばだよ、京都や大阪から温泉に入りたいと思えば有馬じゃない。古代からの名湯だものね。だけどさ、そういうメジャーなところって今だってそうだけど、

「昔もそうだと思います。宿泊費も高かったと思います」

 有馬なんてそういう宿泊客のためにわざわざ深江から魚を運ばせていたぐらいだものね。深江から有馬まで魚を担いで運んだりしたら、江戸時代でも値段が高くなる。そんな高い魚料理代を払える人じゃないと利用できなかったかも。

「その辺は温泉宿もピンキリでしょうが、江戸時代の有馬温泉が基本的に高級志向だったぐらいは言っても良い気もします」

 それに比べたら武田尾温泉の秘境感は半端じゃない。だから庶民向きの温泉宿だったのか。行くのは半端じゃないぐらい大変だろうけど、庶民の懐は寂しいものね。それこそ温泉には変わりはないって感じで押し寄せたのかも。

「押し寄せたって程じゃないと思いますよ。それは・・・」

 現在存在する温泉宿は二軒だそうだけど、かつては四軒だったそう。でもその四軒だってわりと最近の話でしょ。江戸時代とかはそれこそずらりと軒を並べてた時代が、

「そういう想像をしたくなるかもしれませんが、武田尾温泉があるところはそれこそ谷の奥なのです」

 瞬さんもグーグルマップを見た程度だとしてたけど、それ以上の温泉宿が建てられるスペースがなそうなんだって。この辺は軒数だけなら昔は小さい宿だったから増えるかもしれないけど、

「現在の温泉街みたいなものをイメージするには無理がありそうな気がします」

 その辺は行ってみてのお楽しみかな。

「今はネットであれこれ調べられますが、それでも実際に行って見て知ることの情報は大きなものです」

 それは絶対にある。ネットの情報量は充実してるけど、それでも実際に見ると全然違うことはいくらでもある。

「西宮砲台なんてそうだったでしょう」

 うん。そうだった。あれは西宮のえべっさんの南側の浜にあるんだ。そこにあるのだけはマナミでも知ってたのだけど、

「幕末の頃に勝海舟が大阪湾防衛のために築きましたが、有名なエピソードは・・・」

 砲台が完成して中から実際に大砲を撃ったら砲煙でエライことになり、こんなもの使い物にならないってされた間抜けな話だ。だからずっとショボイものだと思い込んでたもの。だって幕末とは言っても江戸時代だものね。

 でもって見に行ったんだけど、あのあたりは綺麗に整備された公園になってた。もっとも浜と言っても向かいに人工島が出来てるから、見晴らしとしてはそんなもの。バイクを停めて歩いて行ったんだけど西宮砲台を見た瞬間にビックリした。

 円形の建物なんだけどまず存在感が半端ない。砲台と言うより要塞って感じがしたもの。今は砲台の後ろに団地かマンションみたいなものがあるから画像で見たら小さそうに見えるけど、実際に見ると途轍もなく大きいんだよ。

「高さは十二メートルですが、ビルなら四階建てぐらいになります」

 出来た当時は周囲の高い建物と言ってもしれてただろうから、まさに巨大建造物として良いと思う。その上の方に大砲を撃つための窓みたいなものがぐるりって感じであるんだ。あんなものがあるだけで黒船だって警戒すると思うよ。

「だと思います。撃ち合いになったら黒船の方が不利のはずです」

 当時の黒船は木造船なんだよ。黒船だって大砲の弾が当たれば被害を受ける。だけどさ、あの砲台に黒船の大砲の弾が当たってもビクともしない気がするもの。命中率だって海の上で波に揺れながら撃つのと陸上からだったら砲台の方が有利そうじゃない。

「上陸戦をやっても落としにくいと思われそうです」

 近くまで攻め寄せたってどうやって砲台の中に入るんだろうと思ったぐらい。あんなものの相手をするより、他のところから上陸しようって考えるのじゃないかな。それだけに砲煙で使えないのが惜しいよね。

「あのエピソードなのですが・・・」

 当時は黒色火薬と言って、今の花火と同じらしい。だから煙は出るのだけど、

「思うのですが軍艦から大砲を撃っても同じ状態になるのじゃないでしょうか」

 当時の軍艦って、船の横っ腹に大砲を並べるスタイルだけど、あそこから撃った砲煙は船内に籠るよね。

「当時のことですから換気扇みたいな排煙装置があったとは思えません。だからそうなってしまうのは当時的には仕方がないぐらいで、それを我慢して使うのが常識だった気がしています」

 ここからは勝海舟の人物みたいな話になるけど、勝海舟のエピソードして有名なのは西郷隆盛と談判して江戸無血開城を成功させた話だと思う。だけどね、勝海舟は賢い人ではあったけどとにかく角の多い人物でもあったらしい。

 なんて言うか、周囲の人物がバカに見えるだけでなく、そういう態度をあからさまに示すタイプかな。それでも優秀だから幕府も登用してたけど、そういう性格だから敵も多かったぐらいかな。

「海舟は家茂派でしたから最後の将軍の慶喜と仲が悪かったのもあるそうです」

 ごく簡単には敵が多い人物で、何かあれば海舟の足を引っ張り、失脚させようとするのがウヨウヨしてたぐらいらしい。えっ、それってもしかして、

「あると思うのです。ああいうものは今でも同じですが、完成すれば上司とかが検分に来るのです。そういう人物って大砲の砲煙がどうだとか、実戦の常識なんて知りませんから、立ち込めた砲煙にケチを付けまくった報告書を出した気がしています」

 なんかありそうな気がする。でもさぁ、幕末って色んな意味で危機感があった時代でしょ。そんな時に国防を無視して足の引っ張りなんてするのかな。

「そりゃしますよ。国防なんて大きすぎる課題より、目先の地位とか、出世にしか目がいかないのが人間です。そのためには組織にとって必要な優秀な人材でも敵とか、邪魔とみなせば排除に走ります。それは今でも変わりません」

 時代が変わっても人がやることは同じなんだなぁ。