新小児科医のつぶやき

2010-08-10 ウェザーリポートの思い出

ホメオパシーの話題に胃もたれを起しそうなので気分転換です。

ウェザーリポートと言っても天気予報の会社の事ではなくある店の名前です。ウェザーリポートと言う名前の店は全国に幾つかあるようですが、今日話題にしたいのは神戸の、それも垂水と言うか舞子にあったウェザーリポートです。これが無くなっていると知って、軽い衝撃を受けました。もっとも最後に訪れたのが16年ぐらい前になるはずですから、どんな店でも栄枯盛衰はあり、無くなっても不思議はないのですが寂しいものです。

どんな店かといえば、そうですね・・・・・カフェレストランみたいと言えばよいのでしょうか。当時を知るものなら、この店が神戸だけではなく関西一円(ちょっと大げさかな)に知られた店であり、ここで「茶をする」と言うのが一つの憧れと言うか、デートコースの定番と言うか、そういう店と思って頂ければと思います。かくいう私も何度も訪れた店です。

いつごろ無くなったかの情報がなかなか見つからなかったのですが、2000年にはどうやらなくなっている事は、あちこちに書いてありました。もう少し正確な情報はないかとググって行くと、M.F DESIGN WORKS Blog様のWEATHER REPORT / ウエザーリポート 神戸に、

    時を戻して、1982年〜1994年ごろにかけてこの場所には、
    WEATHER REPORTという当時の神戸では特別な存在感を
    持っていた伝説的なレストランがあったのです。

2000年どころか1994年に閉店となっています。もっと驚いたのは13年ほどしか店が存在していなかった事です。そうなるとあの店に思い入れのある人間は、ちょうどその頃に青春の時間(とは限りませんが)を共有したものだけになります。それと私が最後に訪れたのは、閉店の年にあたる事になります。そんな事を覚えているのは、1994年の秋に結婚しているのですが、結婚前に一緒に訪れているからです。翌年の1995年には例の阪神大震災があり、さらに子供も生まれ、そういう店とは縁が切れる年月が続いたため、妙に覚えています。

それとウェザーリポートが閉店した理由に明石大橋の建設の関係が随所に書かれています。1994年なら海岸の工事がかなり進んだ時期なので、その時の影響と言われると十分可能性はあります。ただなんですが、16年も前の事なので、明石大橋とウェザーリポートの位置関係と言われてもまるでピンと来ないのですが、MIND CRUISING様の伝説の店−WEATHER REPORTに位置関係のわかる写真が掲載されています。

無断転載になるので抗議があれば陳謝の上で取り下げますが、

う〜ん、とりあえず打ち捨てられた看板が涙が出るほど懐かしいものがあります。確かに見覚えのある看板です。写真を見ると明石大橋を見上げる位置辺りに店があった事になり、あのあたりは海岸の工事がかなり広範囲で行なわれたはずですから、撤去の対象になったと言われるとそうかもしれません。

伝説の店−WEATHER REPORTには本当に懐かしい写真がいくつも掲載されているのですが、ウェザーリポートは前期と後期があります。同じ店には変わりはないのですが、前期の店はコンテナを幾つか集めて作ったような店でした。あの素っ気無い感じが、当時の感覚的にはオシャレと感じていたのは白状しておきます。

店内はもはやうろ覚えですが、当時のガイドブックに日本一長いカウンターテーブルと称されるものがありました。このカウンターテーブルも前期の時からあったのか、後期の時に出来たのか確かめる人間が周囲にいないので自信がありません。まあ長いと言っても、海沿いの窓に沿って、端から端までテーブルが作ってあっただけなんですけどね。

それとウェザーリポートと言えばウッドデッキになるのですが、ここには行った記憶がありません。理由は混んでいて行けなかったと言うより、夏は暑くて、冬は寒いので出る気がしなかったと言うのが本当のところです。オープンスペースは快適そうですが、日本では使える時間が案外短いですからね。

後期のウェザーリポートは、改装したのか改築したのか不明ですが、ガラッと様相が変わっていました。店自体も大きくなり、出入口が1階から、2階(いや天井が高い1階だったかもしれない)の屋上から入るスタイルになっていました。もちろん駐車場から木の階段を登って入る形式です。店内もコンテナ時代よりかなり豪華と言うか、シックに変わり、前期を知る人間は面食らったものです。

潮風にコンテナが傷んだのと、なんと言ってもバブル期に差し掛かってましたから、当時全盛を極めていたカフェバースタイルに近づけたのかもしれません。


今となってはあの店が何故にあれだけの人気を集めていたのかは謎です。場所は海岸に面した素晴らしいところでしたが、難点は行くのが大変なことでした。国道2号線に面する店なので交通の便は良さそうに見えるのですが、2号線の神戸明石間は渋滞の名所です。海沿いの狭いところを2号線、JR、山陽電車がほぼ並行して走るため、道路の拡張が容易でなく、交通量も多いので、当時はできれば避けたい道の一つでした。

それでも当時の若者は惹き付けられる様にウェザーリポートに集まってました。他府県ナンバーのクルマが多かったのは間違い無く、わざわざ渋滞の道を乗り越えて集まっていたのです。

理由の一つとして、他人の事は言えませんが、ガイドブックがこぞって取り上げていたのはあるとは思っています。ネット以前の時代ですから、どこかに出かけるにしても情報誌ぐらいしか情報源の無かった時代です。エルマガとか、ぴあみたいな情報誌を読み漁りながら、そういう店を捜す時代でしたから、かならず掲載されていたウェザーリポートは目標になった部分はあると思っています。

それと今と較べて、若者でも大手を振って入れる店がまだまだ少ない時代であったかもしれません。財布と雰囲気とロケーションがそろう店なんて、そうそうなかったと言っても良いかもしれません。そういう時代に情報誌とクチコミで伝説化した部分はあったんじゃないかと思っています。



たらたらとローカルな話題にお付き合い願いましたが、誰にでも思い出の店はあるはずです。とくに青少年期のものには強い思い入れがあります。そういう店はいつまでも存在していて欲しいと思う反面、歳を重ねる毎に、行くのがためらわれるようになる部分があります。記憶の中のその店は黄金色の記憶に彩られていますが、年数を経て再訪した時に同じ輝きの満足感を得られるかと言えば微妙だからです。

10年単位で再訪して、あの日と同じような満足感、もしくはその歳なりの満足感を得られれば良いのですが、失望感を味わってしまえば黄金色の記憶が色褪せてしまいます。どう考えても店の変化より、人間の変化の方が大きくて早いからです。

ウェザーリポートもいつまでも健在であって欲しかったと思う反面、無くなって、もう二度とあの店を見る事も、訪れる事も出来ないことに妙な安堵感を覚えています。あの店のあの時代の空気は、あの歳の自分でないと味あう事は出来ず、たとえ店が変わらず残っていても、私はその店にとって過去の人になってしまっているだろうと言う事です。

記憶は過去を美化します。限りなく美化できるものは美化します。寂しいですが、歳を取るとはそう言う事であり、時に立ち止まって過去を振り返るときに、記憶の中だけで輝いているのが、心の支えになっているような気がします。



つう事(どういう事だ!のツッコミはご勘弁で)で、しばらくブログも盆休みにさせて頂きます。スペシャル版のお盆歴史閑話を書く気はあるのですが、これもまた書けたら上げさせて頂きます。まだまだ暑い日は続きそうですから、皆様におかれましても体にはお気をつけ下さい。

詠み人知らず詠み人知らず 2010/08/10 09:06 ウェザーリポートは芦有道路じゃなかったっけ。舞子のその店は、私の青春時代よりも5年ほど後のようです。須磨方面は、塩屋倶楽部とか色々とありましたね。イーグルスのホテルカリフォルニアのジャケットのイメージの店が点々と。

YosyanYosyan 2010/08/10 09:45 詠み人知らず様

今回の件で調べて初めて知ったのですが、芦有の店と舞子の店は同系列(支点、本店関係)だそうです。それと塩屋異人館倶楽部もなくなったんですね。これはかなり前に聞いていたのですが、あそこも無理して訪れた思い出の店です。今では飲酒運転の規制が厳しいので、あってもいけないでしょうが・・・。

 >イーグルスのホテルカリフォルニアのジャケットのイメージの店が点々と

舞子の店のさらに西側にワニの肉を食わせる店もあったのですが、あれも無くなったんでしょうか。当時としては垢抜けたというか、訪ねてみたいの意欲をそそる店が点在していた様に私も記憶しています。神戸から明石に抜ける2号線は、エントリーでも書いた様に道路としてはあんまり走りたくない道ですから、もう長い間行ってません。すっかり変わっているんでしょうね。

10年ドロッポ10年ドロッポ 2010/08/10 09:55 私が子供の頃から行き着けwだったメキシコ料理の名店(創業1953年!)、いきなりなくなってまして相当面食らいました。
…店主のばーさん若作りだったけど、オレがガキの頃の時点で既にばーさんだったからなあ…。

それからなんとかあの味を再現すべく、レシピグクったり、ハラペーニョ栽培したりw相当苦労したのですが、数年後スタッフの方が開業されせっかく苦労して作ったサルサソースは敢え無くお蔵入りw。

以来贔屓にしてますが気になるのは他の客を見た事がない事w。前の店の正当後継者である事を謳えば客なんかもぉどばどばな筈なんですが何か大人の事情があるらしく関連を公言してないんですよね。まあさらに数年を経た現時点で潰れてないって事は大丈夫なんでしょうけど…。

…なんか心配になってきた。近いうちに行ってみようっと。

YosyanYosyan 2010/08/10 10:07 10年ドロッポ様

やはり神戸は地震が大きな節目になっていまして、あの時に潰れてしまった店、移転して場所がわからなくなった店、移転なり新築したものの、以前の風情が薄れてしまって足が遠のいた店が少なからずあります。とくに潰れた店は二度とあの味を楽しむ事が出来ないかと思うと、さすがに寂しいものです。

luckdragon2009luckdragon2009 2010/08/10 10:19 東京だと、湘南のイメージ?

いや、神戸だと、逗子の逗子マリーナ近くにあるレストランのイメージ?
あそこは、椰子の木もあるし...。

YosyanYosyan 2010/08/10 11:07  >東京だと、湘南のイメージ?

う〜ん、どうだろう。近いといえば近いですし、違うといえば違いそうな気はします。偉そうな事を言っても湘南と言われても1回しか通った事が無いですし、そもそも関東の人が湘南に対して抱いているイメージも私には実感としてよくわかりません。両方をよく知っている方にでも聞いてみないとなんともです。

luckdragon2009luckdragon2009 2010/08/10 12:28 稲村が崎や、江の島、には、シチエーションや、イメージがダブる店がありそうな気がします...。(多分、サーフィンのテイストが入ってそうな気がしますが。)

...関東で、渋滞、海岸と来ると思い出すのは、伊豆の付け根、熱海に近い、早川の山を上ったところにある、港を見下ろせるレストランですが、名前を忘れました。(苦笑)
...そう言えば、最終に行ったのは、1997年。
まだあるのかなあ。...自宅に戻ったら、調べてみます。魚介類の洋風料理が美味しい、洒落たレストランでした。

10年ドロッポ10年ドロッポ 2010/08/10 13:15 そういや我が実家の医院、数年前移転したのですがなんせ40年もやってたもんだから未だに間違えて前のトコに来ちゃう人多数。
ある時代診してたらものすごく戸惑った表情の患者さんが入ってきて、
「あの…○○前の…?」
「ええ。移転しまして。あ、私は息子です」
「そうですか…先生がお元気な頃はお世話になって…。」
いや今でも元気で母とイタリア旅行に行ってるんですが…w。

りゅうりゅう 2010/08/10 13:59 湘南育ちで、現在兵庫県在住です。

稲村ガ崎にあったメインというレストランを思い出しました。
ウェザーリポートよりは家族連れも多いお店だったかもしれません。
こちらも現在は閉店してしまい、温泉施設(垂水の太平の湯のような感じ)になっています。
30年前くらいに出来たロンディーニョというイタリアンレストランはまだ健在のようですが。

同世代同世代 2010/08/10 15:21 ウェザーリポートなつかしい・・・。そのころ同じようなイメージで
通ったお店を思い出しました。大阪北部の江坂ってところにあった「カーニバルプラザ」
枚方の山の中にあった「ポム・ド・テール」。青春が走馬灯のよーに・・・・。

moto-tclinicmoto-tclinic 2010/08/10 15:36 わたしは、たいした青春でもなかったんですが、それでも、名古屋から浜名湖にディンギーの1日講習に中古のチェリーに乗って通ったりしてました。
湖畔の道沿いに「彼女と空き缶は捨てないで」っていう立て看板あったりしてお洒落だなーと思ったもんです。
「寸座ビラ」っていうヤマハのリゾートがあって、輝いてたんですが、最近思い出して立ち寄ったら、建物古びたまま、ちがう施設になってました。

moto-tclinicmoto-tclinic 2010/08/10 15:38 まあ、しかし、若い頃通った店が懐かしいっていうのは、その店と言うよりも、若かった自分が懐かしいのの、鏡像なんでしょうね、きっと。

YosyanYosyan 2010/08/10 17:17  >現在は閉店してしまい、温泉施設(垂水の太平の湯のような感じ)になっています
 >建物古びたまま、ちがう施設になってました

栄枯盛衰があるので仕方が無いのですが、実際に見ると寂しいものです。とくに建物が残っていると侘びしさは数倍になる気がします。これはウェザーリポートとは別なんですが、ハイジ(洋菓子メーカー)の直営の喫茶店がありました。いかにもそれ風のシャレた木造の作りで好きだったのですが、ごく最近たまたま通りがかると仰天させられました。

建物はそのままでauの店に変わっていたのです。違和感バリバリなのは、建物はそのままで、看板だけ取って付けた様にauなのです。また一つ時代が変わったというか進んだ気がして、あの日は妙に物悲しかったのは覚えています。

rijinrijin 2010/08/10 18:17  学生時代に通ったススキノの安いバー。医者になってからしばらくして行ってみたら、店名も同じ、内装も同じで、居抜きで店長と経営者が変わっていました。

 当然、客層も違う。

 スゴスゴと逃げ出してきました。

…入れ替わりの激しいススキノでは、学生時代のなじみの店はもう残っていません。

moto-tclinicmoto-tclinic 2010/08/10 19:01 バーじゃなくて、ススキノの風俗店が、学生時代と同じ店と女の子だったりしたら、怖いかも(^^;。

昔勤務してた病院や医局に10年くらいして訪れて、知ってる人一人もいなくなってると、これは寂しい。記憶の中では全てが昔のままなんですが・・。
極めつけは、昔の彼女とか彼氏とかに、久しぶりに会ったときでしょう。

BugsyBugsy 2010/08/10 19:21 オイラにも湘南の思い出の、いや伝説の店があります。渋滞もさることながらあの辺ってチェーン店以外は駐車場が4−5台位のスペースしかなくって入れたことが無く いつのまにか無くなってしまった店ばかりです。友人が話題に出すとき ああ知ってるって盛り上がるのに誰一人入ったことがないですね。だから伝説の店に終わっちゃうんでしょう。

この間 初恋の女性の父上が偶然入院されて ご本人が挨拶に来られました。40数年ぶりにお会いしましたが まずは名前の同じ小母さんというしかなかったです。共通の思い出話もなく、初恋という淡い感情も消え失せて これといった感傷もなく、相手も自分が初恋の相手とも知らずに終わりました。お嬢さんが20歳のとき御子さんができたそうでしたから、もう御祖母さんだそうです。自分にとっては伝説すぎて何の感情もわきませんでした。楽しい思い出でもあればまた違ったかもしれません。湘南の伝説の店とやらも当時訪れることができたら また違っていたでしょうね。

luckdragon2009luckdragon2009 2010/08/10 22:01 早川のレストランは見つからなかったです。

現地に行く用事はないので、web がないだけなのかもしれないけど、まあ閉店もあり得るかなあ...。

そういえば、若い時に行っていた、六本木のとあるバーは、まだあります。
いわゆるプチライブをやるようなお店なんですけどね。
でも若い時に行ってたような店は、店が存在しても怖くて行っていない。

やはり、思い出を大切にすると、そうなってしまうのかも知れませんね。

思い出してみると、お店じゃないんですよね。
やはり、一緒の彼女だとか、会話だとか、失敗談だとか、
そういうのを含めての思い出だから、お店だけが残っていても、今、行ったら、多分違和感があるのだろうなあ...。

名古屋も栄と千種、あと瑞穂区に好きなお店があったのですが、もう30年前ですので、行くのが怖い...。

大阪、広島、九州、岡山、仙台、北海道、秋田、三重、岐阜、御前崎、富士、甲府、諏訪、...考えてみると、若い時は、びっくりするくらい色々なお店に行ってますねえ。(苦笑)

今は、異様に行動半径が小さいのに...。

uchitamauchitama 2010/08/11 00:02 ウェザーリポートは確か舞子公園の少し東側にあった記憶があります。舞子駅から歩いていくのは少し遠い距離だったように思います。並びにさびれたラブホテルがあったような?須磨〜舞子と海沿いの景観は素晴らしいと思っているのですが、その景観を利用した店はなく、ウェザーリポートは当時としては斬新なお店だったと思います。

>やはり神戸は地震が大きな節目になっていまして、あの時に潰れてしまった店、移転して場所がわからなくなった店、移転なり新築したものの、以前の風情が薄れてしまって足が遠のいた店が少なからずあります。

北野の異人館近くにある外人がたむろするAtticというBar、元町にある木馬という老舗のJazz喫茶などなくなってしまいました。大きな庭園の北野のファミリアも店が変わっていました。ライブハウスのサテンドールはまだあるのかなあ?

>あの店のあの時代の空気は、あの歳の自分でないと味あう事は出来ず、たとえ店が変わらず残っていても、私はその店にとって過去の人になってしまっているだろうと言う事です。

小生も東京に来て、28年が経ち、最近ではめったに神戸に戻ることもなくなりました。
記憶ってなんだろうと考えてしまいます。

樂 2010/08/11 02:33 サテンドール、健在ですよ。ソネも。
Attic、なくなったんですね。

ウェザー・リポート、いつか、こんなサークル連中と一緒じゃなく彼氏の車で来るぞ、みたいな店でした。Atticも。サード・ガールの世界と言うか。
アホでしたわ。恥ずかしい。

今あのあたりを通ると何か寂れた感が。

神大のとこのOld・Newはどうなってるかな。

とりあえず、もっかい摩耶観に泊まりたい。
今やマニア垂涎廃墟ですが。

YosyanYosyan 2010/08/11 11:23 樂様

 >アホでしたわ。恥ずかしい。

そこまで言わなくても良いんじゃないでしょうか。今だってあると勝手に思っていますが、そういう位置付けの店、スポットで当時はあったわけであり、そこにそういうシチュエーションで訪れる事に情熱を持っていた事は貴重な思い出と私は思います。醒めてしまって考え直すと、当時あれほどの想いを抱いていたか説明ができなくなりますが、説明でないうちが青春みたいに考えてます。

あれから20年あれから20年 2010/08/11 15:29 まさか、ここで”サード・ガール”という単語を目にしようとは・・・。JR六甲道駅周辺のように地震の後、大きく様変わりしたところは多いですね。地震とは関係ありませんが、ポートピアランドも無くなって久しいです。あの頃、ポートアイランドの南端の堤防の上からは大阪湾がきれいに見渡せたりしました。まさに、”街も変わる、人も変わる”ということなのでしょうね。

moto-tclinicmoto-tclinic 2010/08/11 22:52 そういえば昔は神戸ってお洒落な街でしたね。
ノンノンとかアンアンって雑誌が全盛の頃でしたか・・。
名古屋で言うと山手通りから石川橋の雰囲気かなあ?
今じゃ魔法が解けたようにオーラが抜けました。
ていうか、街中、日本中にあるレベル以上のお洒落なデザイン・スタイルが広がっちゃって、当たり前になっちゃったんでしょうね。

moto-tclinicmoto-tclinic 2010/08/11 23:02 今の時代にお洒落っていうか、かっこいいのって(注:若者にとって)何なんでしょうね?
暴走族もいなくなったしなあ・・。
やっぱIT起業で若くして成功して六本木ヒルズに住むとかかしらん。

polarisfapolarisfa 2010/08/18 15:02 Yosyan様

はじめまして。
ホメオパシー関連から来ましたが、懐かしい場所の名前があったので少しだけお邪魔します。
ウェザーリポートは震災後の1996年頃に行ったことがあるので、閉店はそれより後になると思います。

ワニを出す店も今はなくなってしまいましたが、空家状態が長年続いたところに、最近になり店が入ったようです。

uchitama様

木馬はトアロードに移転してCafe MOKUBA’S TAVERNになりましたね。

yakuchanyakuchan 2011/02/02 23:08 ウェザーリポートなんとなく21年前を思い出し検索してみました。涙が出そう…みんな青春してたんですね?mもう2度と須磨には行く事もないんだろーな〜?ソ六甲山からの夜景??→異人館。A君元気してますか?新大阪駅近くになんとかカーニバルってお店ご存知ありませんか?店員さんが記念日に唄ってくれるサービスみたいな事をしていたような…?[懐かしいけど記憶も途切れてます?ソA君色々連れて行ってくれてありがとう

yakuchanyakuchan 2011/02/02 23:09 ウェザーリポートなんとなく21年前を思い出し検索してみました。涙が出そう…みんな青春してたんですね?mもう2度と須磨には行く事もないんだろーな〜?ソ六甲山からの夜景??→異人館。A君元気してますか?新大阪駅近くになんとかカーニバルってお店ご存知ありませんか?店員さんが記念日に唄ってくれるサービスみたいな事をしていたような…?[懐かしいけど記憶も途切れてます?ソA君色々連れて行ってくれてありがとう

KENさんKENさん 2014/10/12 04:31 S63からH6年まで神戸に住んでいて週末にドライブがてらにデートで行っていたのが「ウェザーリポート」でした。先日20年ぶりに2号線沿いを走るJRの車窓からお店を探していましたが既に閉店していたんですね。少し寂しい気持ちになりました。姉妹店化わかりませんが1「ウェザーリポート六甲」というお店にも行ったことがありますが、ここもなくなったのかな?当時は芦屋山手俱楽部、デジャブ、苦楽園のハーティーパーティなどに出没していました。時が過ぎるが早すぎる!!

kyo-kokyo-ko 2015/04/21 20:42 今年の始めに脳梗塞になり、初めて入院生活を経験しました。今まで仕事家と事に追われ、こんなにゆっくりした時間を体験することが出来なかったのですが、そのおもいがけずやってきたゆっくりした時間の中で、ふと当時彼氏だった頃の旦那と行ったウェザーリポートを思いだし、検索したところ、皆さんの青春時代の想い出も沢山そこにあったんだと感動しました。S63年に結婚してから、毎年結婚記念日には旦那に連れて行ってもらい、ドライブして食事をしていました が、ある年に店がなくなっていて本当に哀しかったなぁ。私達にとって特別な場所でした。また行きたいな。2人ともすっかり風貌も変わってしまったけど(笑)

ひろぽんひろぽん 2017/07/13 15:07 当時は20歳で車の免許をとりたてで嬉しそうに女の子乗せてウエザーリポートに行った思い出が有ります。

奥池のウエザーリポートで上田正樹を目撃した事もあります。ポルシェ乗ってました。

その他、夙川のジゴレットとか、マイケルジェイズグラブとか…。もう54歳になりました。

ひろぽんひろぽん 2017/07/13 15:07 当時は20歳で車の免許をとりたてで嬉しそうに女の子乗せてウエザーリポートに行った思い出が有ります。

奥池のウエザーリポートで上田正樹を目撃した事もあります。ポルシェ乗ってました。

その他、夙川のジゴレットとか、マイケルジェイズグラブとか…。もう54歳になりました。

はるみはるみ 2017/08/14 00:52 探し物をしていて、ふいに昔の写真が出て来ました。白いMR2に乗っていた頃の写真です。その車に乗って、若い頃、ボーイフレンドとウェザーリポートに行ったことがあります。それから数年後、一人で何度か行きましたが、店内には入らず駐車場に車を停めて海を眺めながらB'zのTINEを聞いていました。そのことを思い出し、懐かしくなって、ウェザーリポートと検索したら 小児科医さんのつぶやきを見つけ、コメントしてみました。この気持ちを共感できる人がこんなにいて、嬉しいような切ないような気分です。

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