平穏な関西での避難者の治療に関するちっぽけな悩み

神戸は幸いな事に今回は直接の被害を免れています。お蔭で一部の物品(乾電池とか)の不足程度で平穏に過ごさせて頂いています。被災地外の開業医として、とりあえず今出来ることは避難者診療ぐらいになります。避難者診療と言っても、気軽にノコノコ被災地の避難所に出かけられる状態ではありませんから、神戸に避難してきた患者が受診したら、これを診療すると言う意味です。出来る事のささやかさに失笑されそうですが、当面できる事は、そんなものぐらいしかなさそうです。

さて被災者の医療については、厚労省平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震関連情報に公式情報が発表されています。その個人の方へ(お知らせ)に、

【被保険者証などを被災により紛失あるい家庭に残したまま避難している方へ】

東北地方太平洋沖地震による被災に伴い被保険者証を提示できない場合においても、氏名、生年月日等を申し出ることで医療機関を受診することができます。(受診する医療機関にお問い合わせ下さい。)

これはかなり早い段階で通達されていたはずです。元を確認すると平成23年3月11日付 厚生労働省保険局医療課事務連絡としてあり、またぞろ「事務連絡」であるのが確認できます。事務連絡とは何ぞやは新型インフルエンザ騒動の時に少しやったので今日は置いておきます。内容としては、

 平成23年3月11日の東北地方太平洋沖地震による被災に伴い、被保険者証等の紛失あるいは家庭に残したまま避難していることにより、保険医療機関に提示できない場合等も考えられることから、この場合においては、氏名、生年月日、被用者保険の被保険者にあっては事業所名、国民健康保険及び後期高齢者医療制度の被保険者にあっては住所を申し立てることにより、受診できる取扱いとするので、その実施及び関係者に対する周知について、遺漏なきを期されたい。

 なお、公費負担医療において医療券等を指定医療機関に提示できない場合の取扱いについては、公費負担医療担当部局等より、事務連絡が発出される予定であることを申し添える。

趣旨に異論はありません。ただ3月11日時点では「おそらく」ですが、被災地での被災者診療を念頭に置いていた様に考えています。規模は大きそうだの情報はあっても、どれほどの規模であるかが、まだまだ不明だったからです。もう少し具体的な情報が平成23年3月15日付 厚生労働省保険局医療課事務連絡にありますが、全半壊時の対応とか、保険医療機関の損壊時の対応とか、定床オーバーに対する対応とか書かれています。良ければリンク先をお読み下さい。


御存知の通り、被災者の避難は広範囲に及びそうな状況になっています。被災地やその周辺だけではなく、震災を免れた西日本への避難もそれなりの規模で行われつつある状況になっています。そうなれば、うちのようなしけた診療所にも被災者が受診する可能性も出てくるわけです。もちろん受診していただいて、何の問題もないのですが、ちょっとした問題が生じました。

これが起こったのは先週の前半なんですが、東京の某所から避難してきたと言う患者が受診されました。その患者は保険証を持って来ていないとの事でした。厚労省の事務連絡が思い出されたのですが、東京は事務連絡に該当する被災者かどうかです。東京も被災しているのは間違いありませんから、事務連絡に該当する気もするのですが、微妙といえば微妙な面もあり、今後の事もあるので確認しておく事にしました。

本当は東京都なりに問い合わせるのが一番確かなんですが、電話がつながるかどうかも不安でしたし、この程度のことで通信の負荷を増すのは好ましくないと判断し、しばし考えた末に医師会に問い合わせてみました。医師会なら情報を持っているでしょうし、私より以前に同様の問合せがあったはずと考えたからです。

それほど時間がかからず確認できると思っていたのですが、これがなかなか大変な作業になりました。話はどうやら区医師会から市医師会に持ち上がり、さらに県医師会に持ち上がったようです。県医師会でも判断がつかず、県医師会からさらに「どこか」に問い合わせが行われたようです。この「どこか」について教えてもらえなかったのですが、医師会からの返答として、

    東京の某所は被災者医療の地域に該当せず、通常の保険証忘れの患者として、医療機関の判断で対応されたし
その時の問答で確認した限りでは、保険証無しの受診特例は地域限定であり、その地域は指定されていると言う事でした。ほいじゃ、その指定地域をどこで確認すれば良いかと質問したところ、現時点で言えるのは「東京の某所」は指定されていない以上は不明であるとの事でした。もちろん当院の判断で善処させて頂きましたが、指定地域の問題は残ったわけです。


政府も東京都も混乱中ですから、いずれ整理された情報として提示されると考えていますが、指定地域がどこかを少しだけ考察してみます。指定地域は何らかの根拠により指定されているわけですから、こういう時に適用される法律からアプローチはアリです。厚労省のHPには平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震にかかる災害救助法の適用についてが公表されています。

指定地域が災害救助法適用地域と考えても、さしておかしい発想ではありません。ところが東京都は3月11日の時点で災害救助法適用地域に指定されています。当院を受診した患者の東京都某所も3月11日付で災害救助法適用地域に指定されています。私が医師会に問い合わせたのは3月11日より後なので、どうも災害救助法適用地域とは別に指定地域がありそうです。

他に災害時に適用される法律として思いつくのは激甚災害法です。今回の震災でももちろん適用されています。激甚災害法が適用される対象は、平成23年3月13日付公布 「平成二十三年東北地方太平洋沖地震による災害についての激甚災害及びこれに対し適用すべき措置の指定に関する政令」についてに書かれていますが、

主な適用すべき措置

  1. 公共土木施設災害復旧事業等に関する特別の財政援助(法第2章)


      公共土木施設、社会福祉施設、公立学校施設等の災害復旧事業等について通常の国庫補助のかさ上げを行います。


  2. 農地等の災害復旧事業等に係る補助の特別措置(法第5条)


      農地、農道や水路などの農業用施設及び林道の災害復旧事業等について通常の国庫補助のかさ上げを行います。


  3. 水産動植物の養殖施設の災害復旧事業に対する補助(法第7条)


      水産動植物の養殖施設が被害を受けた場合の災害復旧事業に対して補助率10分の9/10を上限に補助を行ないます。


  4. 中小企業信用保険法による災害関係保証の特例(法第12条)


      事業の再建を図る中小企業者等に対し、中小企業信用保険の保険限度額の別枠化、てん補率の引上げ及び保険料率の引下げの特例措置を講じます。
 その他、私立学校施設災害復旧事業に対する補助、罹災者公営住宅建設等事業に対する補助の特例、小災害債に係る元利償還金の基準財政需要額への算入等、雇用保険法による求職者給付の支給に関する特例など、合計18の措置を適用します。

医療と直接関連していないような気もしないでもありませんが、肝心の適用地域が容易に見つかりません。確認できる範囲では、平成23年東北地方太平洋沖地震による災害に伴う激甚災害の指定並びに災害関係特例の対応についてには、

1.適用区域 全国の区域

どうも激甚災害の地域指定とは別物のようです。たいした情報になりませんでしたが、先週の体験から推測される事は、

  1. 保険証無しの特例は、なんらかの地域指定に基いてあるが、事態が流動的であるためにまだ公表されていない
  2. 本当は災害医療法指定地域に基づくものであったはずだが、「どこか」の担当者が勘違いして返答した
  3. 災害医療法指定地域でもさらに細分化される地域指定がある
もちろん被災地からの避難者が受診されれば診療は行いますが、そろそろルールを明確化して欲しいところです。それどころでないと言われればそれまでですし、手続き上で保険診療の支払いが行なわれなくとも寄付したと考えれば構わないのですが、少しばかり当惑した次第です。そう言えばこんなFaxも舞い込んでいます。

東北地方太平洋沖地震に伴う予防接種の取扱について

時下ますます御健勝のこととお喜び申し上げます。
平素は、本市の保健行政にご理解、ご協力をいただき厚くお礼申し上げます。
さて、見出しの件について、平成23年3月16日付で厚生労働省健康局結核感染症課より、別紙のとおり依頼がありました。
つきましては、本市におきましても、下記により対応しますので、ご協力いただきますようお願い申し上げます。
なお、被災者の居住者が医療機関で接種する場合は、予防接種委託医療機関あて依頼文を持参させます。

  1. 神戸市に避難した被災地の居住者が本市の医療機関で定期予防接種を希望した場合は、「予防接種実施依頼書」がない場合でも、被災者からの申し出をもって居住地の長からの予防接種実施依頼があったものとして、予防接種を行う。
  2. 予防接種費用については、通常、本人負担または居住地の長の負担となるが、被災地及び被災者の状況を鑑み、本市では公費負担を行う。1.の希望者には、区役所で必要な予防接種券(MR、麻しん、風しん3期、4期含む)を交付するので、無料で接種を行い、当該接種券により神戸市に委託料の請求を行う。

これも措置としては異論はありませんが、誰を持って被災地の被災者であるとの具体的な定義がありません。もっともこの措置に関しては、予防接種券の交付を区役所で判断してくれるので、保険証無しの特例の様に医療機関が頭を捻る必要が無いのが助かります。神戸の診療所規模では今のところ大した問題になっていませんし、この非常時に何を細かい事をウダウダとの非難もあるかと思います。しかし被災者の避難の広域化、長期化が嫌でも予測される情勢ですから、順次で構いませんから、細かいところも整備して頂きたいところです。

順次といえば、今日書いた情報は先週時点のお話ですから、既に対応が行なわれているとの情報があれば、宜しく御提供お願いします。平穏である分だけ、手続きの細かいところがうるさくなるのが医療の常だからです。それと不確定情報が飛び交いやすい状況ですから、可能な限り根拠に基いた情報であれば嬉しく思います。