2011-12-01 謎が少しだけ解消した地域医療振興協会の不思議な人事
一応前編にあたるのが、
これについてToshikun様が改めて現在の横須賀うわまち病院のホームページ上の小児科スタッフを確認するという作業をされています。魚拓に残っているスタッフ表を見てください。
いつ改訂されたかまでは不明ですが、横須賀市民と重複していた小児科医は
(横須賀市立市民病院に出向中)
ただToshikun様も指摘されていますが、慌てたのか故意なのか不明ですが、出向中の5人の小児科医は重複して掲載されています。ですのでパッと見として、横須賀うわまちの小児科医が突然5人増えたような体裁にもなっています。それでも、とにもかくにも重複する5人の小児科医は横須賀うわまちから横須賀市民への「出向」であった事が明らかになったわけです。
出向についての正しい理解といわれても怪しいところはあるのですが、原籍を出向元に残しながら本籍を出向先に移すぐらいの理解をしています。原籍が出向元の横須賀うわまちにあるのでそこの所属と名乗るのも可能であり、もちろん出向先の横須賀市民所属であると言っても手続き上は問題はないぐらいのところでしょうか。そう理解するとペーパーの所属名が時と場合によって両方にあると理解できます。
なぜに異動ではなく出向であるかの理由は様々な内部事情があるのでしょうが、正式に出向と言う事になっても相変わらず謎が少々残ります。とくに小児科トップの要職におられる医師がそうです。少なくとも2011.5.19時点では、横須賀うわまちの
臨床研修プログラム責任者/小児医療センター長
こういう肩書きである事が確認されます。この医師を直接知る方からの情報では人望篤い非常に有能な医師であり、こういう肩書きの要職に勤められても何の不思議もないとはされますが、トップが出向で不在と言うのは組織として珍妙です。同じ市内ですから、行き来がある程度容易にあるにせよ、常勤医としての勤務場所は横須賀市民であり、常識的に考えると横須賀うわまちの不在が多くなるはずです。
こういう状態がいつから続いていたかですが、協会が横須賀市民の指定管理を始めたのが平成22年4月であり、この時にそれまでいた5人の小児科常勤医がすべて入れ替わったとなっていますから、1年半以上続いている事になります。横須賀うわまちも5人が出向で抜けても10人の小児科医がいる組織ですから、トップがほぼ不在状態はあんまり好ましいと思えませんし、普通なら後任を就任させるはずです。
これは下司の勘ぐりですが、横須賀うわまちから横須賀市民に出向している小児科医、とくにトップの医師は「非常にしばしば」横須賀うわまちに「出張」しているんじゃなかろうかと妄想したりします。そうすれば常勤医としてのカウントは横須賀市民に積まれ、勤務の実質として横須賀うわまちの「臨床研修プログラム責任者/小児医療センター長」の責任が果たせる事になります。
横須賀市民での小児科常勤医が5人カウントされる絶対の必要性は、小児入院医療管理料3の加算にあり、施設基準の中に、
当該保険医療機関内に小児科の常勤の医師が五名以上配置されていること。
この項目があるので極めて重要です。出向と出張を組み合わせれば横須賀市民の常勤医条件を満たしながら、横須賀うわまちの「臨床研修プログラム責任者/小児医療センター長」の重責を勤める事も可能ですが、一番基本的な疑問はなぜにそんなに複雑な方法を取るのだろうです。これも前にコメントで指摘されていたことですが、表向きはともかく本当の実態は横須賀市民と横須賀うわまちの小児科は一体運用されているとの観測があります。
つまりは名簿上は横須賀市民と横須賀うわまちに分かれてはいますが、あくまでも名簿上の事で内部的には両病院を医師がシームレスに動いているです。説明としては一番説得力があるのですが、それでもトップは横須賀うわまちにいるのが組織的には宜しい様に思います。外形上の話であるなら、横須賀市民にはNo.2の腹心なりを名目上のトップに置けば事足ります。
内部的に横須賀市民の名目上のトップを横須賀うわまちの小児科センター長の命令指揮下に置けば良いだけの話であり、わざわざ小児科センター長を出向させるのは何故なんだろうと言うところです。あえて言えば、小児科センター長が両病院の名目上のトップにいないと小児科内部の統制が取れない可能性も考えられなくはありませんが、そこまでの内部事情は知る由もありません。不思議さが残る人事であるのだけは間違いありません。
もう一つですが、委託管理から1年半しても横須賀市民の小児科医が抜けた穴が埋まっていないのは事実です。それ以外にも委託管理後に常勤医が不在となった診療科もありますが、未だに穴は埋まっていないようにしか見えません。今どきの医師を集める困難さは十分に理解しますし、一概に協会の怠慢と非難するのは慎みたいですが、穴埋めが出来ていないのは事実になります。
もちろん協会も穴埋めに懸命の努力を重ねられているとは思いますが、そういう状態で光が丘病院の小児科医を日大並みに充実させる事が出来るかはごく素直に疑問符が付けられます。そう簡単に集まるものなら横須賀市民だってたちまち補充できているはずだからです。
光が丘病院の小児科医数のハードルは結構高く、現在の小児科のスタッフはホームページで確認するだけでも9名おられます。プラス研修医も合わせて20人規模みたいな話も聞きますが、とにかく常勤だけで9人です。年間小児救急8000人規模ですから、それぐらいは必要でしょうし、4月以降も日大時代と同程度の水準が要求されているはずですから、常勤医だけで9人と同じないし近い数が望ましい事になります。横須賀の現状に不安を抱く住民がいても不思議ないところでしょう。
協会が本格的に光が丘病院継承に動き出したのは、事前の準備活動は置いといても今年の夏からです。正式には9月に正式に継承に承認されてからになります。4月までの準備期間は非常に短いと言うのは理解しないといけません。この日大撤退、協会継承については練馬区民の不安は大きいのですが、練馬区側は「協会は日大時代と同等の医療を提供する」と繰り返し説明しています。
そう説明しないと住民の怒りはさらに爆発するのですが、現在の光が丘病院にどれほどの医師数がとりあえずいるかです。調べてみると現在の光が丘病院の医師数は95人となっています。結構いるものです。病院の医療水準はある程度医師数に比例します。マンパワーに比例すると言っても良いかと思います。たとえば半分になれば、半分のスタッフが死ぬ気で頑張っても95人体制には絶対に及びません。
ほいじゃ協会は日大時代の100人近い医師を集められるかです。これは客観的には非常に難しいとしか言い様がありません。日大側が漸次撤退の協力をしてくれればまだしもですが、喧嘩別れに近いですから、そうそうの協力が仰げるかは未知数です。日大の協力があんまり仰げないとするならば、練馬区と協会が本音のところとしてかき集めようとしている医師数はどれほどであろうかです。
住民説明会も行われているようですが、練馬区の新山地域医療課長の応答を引用させて頂きます。
回答(新山) 協定書を結ぶまでは時間がかかると認識している。覚書は締結したところ。内容については、さらに区民のかたにも分かりやすい基本協定書というものを、来年3月に向けて締結していきたい。説明会については、今回を皮切りにあと3回やる。自治会の方から説明が十分でないというお話があれば、わたくしのほうからまたお話させていただく。
医師の数だとかについては、今本当に熱心に面接だとかを進めているところ。かなり多くの方から実際に申し込みがあるわけです。非常に短い時間のなかで、実質的に10月の後半から始めたということでまだひと月しかたっていないということで、相当数いろいろな方々、医師、看護師、事務系の人も、来ていただいています。大変申し訳ないが、具体的な数字について、これです、とはまだいえないが、もう少し時間がたてばご報告ができると思います。
この住民説明会ではついに具体的な医師数は明らかにされなかったのが一つの特徴です。まあ、本格的に募集にかかってまだ2ヶ月余りですから、具体的な数字を挙げ難いのも嘘では無いと思います。それ以上に感じるのは、4月時点の目標数がかなり低いラインでないかの観測も出来ます。とても今の時点で住民に説明できるような代物ではないの判断です。
協会と練馬区は覚書を締結したとなっていますが、練馬区議の池尻成二氏が区議会医療高齢者等特別委員会での覚書に関する練馬区側の答弁を紹介しています。医師数のところだけ引用しておくと、
■医師数について■
法的、医療法上の医師数というのは、病床の回転率それから外来数といったものによって数字は若干異なってまいりますけれども、概ね、病床利用率が90%、現実今光が丘病院は82〜3%、80切ることもございますけれども、90%。それから外来の診療者数を一日約800人、現在光が丘病院で約800には至っておりませんけれども、高め高めで設定しますと、41〜2人というところが法定で定められている医師数でございますが、当然のことながら、病院の機能を高度に維持していくということにおきましては、少なくともこの倍程度以上は必要になるということで、それが目標と掲げております。
医療法上の医師定数の講釈の内容は間違っていませんが、その講釈が答弁の大部分である点に注目します。日大水準が念頭であるのなら、医療法上の医師定員数は半分以下のレベルのお話です。にもかかわらずこれだけ講釈に時間を割くと言うのは、現実の目標数が「41〜2人」じゃないかの勘ぐりです。準備期間の短さを考えると「41〜2人」だって容易なものではありません。
現状の見通しは医師不足による病棟閉鎖を回避するのが精一杯ではないかと言う事です。日大水準を唱えながら、始まってみれば医師不足による病床縮小ではさすがに練馬区も協会も弁明が困難になります。そのため病床がなんとか全部動く体制の死守が、現在の目標死守レベルじゃないかと言う事です。だから住民説明会でそんな現状を今の時点で話すわけにはいかないです。
地域医療振興協会専務理事山田隆司氏が答えられた、
過渡的なところであれば、北、うわまち、場合によっては奈良も含めて支援できるところがあれば数十人の医者が数カ月の間、医師確保ができるまでサポートすることは不可能ではない
この言葉もなんとなく、協会が受け継いだ時点で日大水準のレベルを保つための動員と理解されているフシもありますが、考えようによっては、4月時点で全病床を維持するに足りない医師数であれば、それが集まるまでの動員計画と受け取る方が正しいかもしれません。
何回書いても同じところに話が行き着いてしまうのですが、今日は少しだけ捻りを加えて、東京の小金井市(だったかな?)で起こったゴミ処理紛争問題を頭に浮かべています。トップの不用意な言動によりこじれたゴミ問題を解決するために、市長が引責辞任を行い近隣自治体との話し合いの糸口を作ったと言うものです。
もし現在の協会継承路線を日大続投に変更するのならこれぐらいのリアクションは必要そうに思います。でもありえないでしょうね。ゴミ問題はあまりにも目に見える問題で、文字通り切羽詰ってがありましたが、光が丘病院問題はとにもかくにも4月までは問題を余裕で先送りできます。先送りしてしまえば継承は正式のものになり、日大続投の線は完全に消えます。
そうなると区長を力技で更迭する必要がありますが、区議会は市長支持派が多数とも聞きます。たとえ区議会が動いても、区長側が徹底抗戦すれば4月の時間切れはアッと言う間に訪れます。リコール運動も同上です。ほいじゃ、4月から「やっぱり」のリコール運動を行ったところで後の祭りで、日大復帰のハードルは途轍も高くなり、その上で協会まで撤退すれば病院の存続自体も怪しくなってきます。
時間的には詰んでいる様に思います。つうか、8月に突然の日大撤退問題が出た時点でスケジュール的には既に詰んでいたとも言えそうです。住民が希望をつなぐなら、4月の継承時期はともかくとして「将来的」に協会の基幹病院として「いずれ」日大水準に少しづつでも近づいてくれるのを待つだけになりそうです。協会の最低限の姿勢として、東京の拠点病院として力は入れてくれる期待だけはあるからです。
でも、まだまだもめそうですねぇ。

練馬区の区長は今年の4月に選挙が行われ、現在の区長が当選して4/27から3期目に入ったはずです。地方自治体の議員や首長などのリコールの請求は、地方自治法(84条)の規定で就任の日から1年間は出来ません。練馬区長をリコール請求するのは、来年4月末までは法的には不可能です。
リコール請求が受付られた後に全有権者の投票が行われ、その投票で解職賛成票が過半数にならないと解職は成立しませんから、区長の解職が法的に成立するのは来年の6月より後になります。
浦安市川医療センターも来年四月に新病棟が誕生予定。前々から封切り予定が決まっていたそこですら、医師確保がままならずフル稼働させられない振興協会。
この拡大路線全体に無理がある、と思われます。
地域医療振興協会専務理事山田隆司氏のいわれる
北、奈良とは具体的にはどこでしょうか 北はよくわかりませんが
奈良は奈良県と考えると
運営病院HPでは
http://www.jadecom.or.jp/hospital/ereaindex.html
奈良県での病院は
市立奈良病院だけです。
http://www.nara-jadecom.jp/
ここからという意味でしょうか
この年度末で、高久氏は学長降板ですし、次期学長は、これまでのように地域医療振興協会と密接な関係がある方ではありません。この状況で、医師、これはヒラのドクターもですが、各診療科の科長クラスの人事が決まるのか? 25日の説明会では、病院長の名前さえ公表できませんでした。信念をはさんで、もう4ヶ月を切っています。
練馬区は、議会委員会で、くりかえし、「協会は、(4月当初から)小児科15人、産婦人科常勤5人を確保するといっている」(文脈的に非常勤の換算でなく、ホンモノの常勤)を確保すると公言してきましたし、協会側が、これに対して反論したという事実は一切確認されていません。24時間小児救急の(外来だけでなく)入院受入を行うというのも選定理由に入っていて、練馬区長、吉新協会理事長の顔写真いりの区報(特別号)に大きく書いてあることがらです。こうしたことが、到底守れない状況になってきています。
日大医学部・病院は存続姿勢でいまだに病床9割近くが稼働、日大当局も、ボールは練馬区にあるという姿勢ですから(日大理事長は、区民の会と18日に面談)、地域医療振興協会が降りても、練馬区長さえきちんと動けば、十分存続可能という状況です。こういう状況で、12月に入ろうという段階で病院長命さえ公表できないというような事態の進捗を前にして降りなかったということになれば、地域医療振興協会と自治医大の医療主体としての矜持が問われるということなんだと思います。
まぁ、区の問題、そういう練馬区の立法や行政当局のありかたをそのままにしてきた区民の責任といった問題はおおいにあるわけですけれども、一番のしわよせは、患者さん、それも、重症で日々の生活を日大光が丘病院に頼っている患者さんのところにいくわけで、心が痛みます。
東京都北区赤羽にある、東京北社会保険病院であると思われます。
地域医療振興協会の東京城北地区における拠点病院らしいです。
赤羽から光が丘はだいたい9Km弱ですから、まあ出向させつつ、やたらと古巣に出張するとか可能な距離ですね。
北区赤羽にある、東京北社会保険病院です。横須賀市立うわまち病院と、横須賀市立市民病院は、受託元がおなじですが、北社保病院(そしてもちろん「奈良」「うわまち」も)、受託元が、光が丘病院とは異なります。市立奈良病院も、横須賀市立市民病院(受託元が「うわまち」と一緒)も、医師がまったく足りていない病院だと思います。
こういうところから、都心とまではいいませんが、少なくとも東京23区内の光が丘病院のようなところに、応援医師をさいていいのかどうか、はなはだ理解に苦しむところです。
公益医療法人で、税制上の各種優遇等も受けていると思いますし、そうしたことが可能なのも、「へき地医療に実績のある医師を会員として1986年に誕生したへき地医療のための団体です」(吉新理事長)からだと考えるのが普通なわけですから。
あくまでも仮定として出向先からの「非常にしばしばの出張」による出向元への勤務と言うのは問題にはならないのでしょうか。もちろん出張命令を出すのは出向先になりますから、それこそ年単位の出張を命じても差し支えないかもしれませんが、なんとなく違和感を感じないでもありません。
普通の会社であれば、そんな事をすれば単に損なだけですから、そうそうはあり得ないでしょうが、病院の場合は常勤医数の問題が出てきます。実質として働いていない病院に常勤医としてカウントされ、実質の労働はほぼ出張先みたいな状況です。常勤医数は病床維持のための必要数から、診療報酬、各種加算まで幅広く関ってきます。その辺が引っかかるところです。
つまり働いていなくとも名簿上の常勤医を確保するためにカネだけ払っても良いは成立してしまうところがあります。かつて問題になった名義貸しにも通じる部分はないとは言えません。たまたま必要定員より多めの医師がいれば、出向と長期出張の組み合わせにより、出向先に幻の常勤医が出現してしまうんじゃないかとも見れるからです。
それでも合法的にはなるんでしょうかねぇ。
> あくまでも仮定として出向先からの「非常にしばしばの出張」による出向元への勤務
実勢的に、それは出向先に通常勤務している、とは言いがたいような。
労基法の訴訟で、似たケースがあったように記憶しています。
残業未払いの過重労働(兼務で、しばしば両事業所を掛け持ちしていたため)で、過労死だったか、過労による体調悪化だったか、そういうケースで。ちょっと、裁定結果を忘れましたが。
実際、勤務環境としてもかなり悪化しそうだし、実務労働上も問題ありそうだし。
厚生労働省的にも、こういう勤務体制に何か物言いしそうな気もしますけどねえ...。
申し訳ありません。基本的には労働法規関連は「学部教育」+「今の職場での事務員として得た情報」なんですが、うちの職場では出向扱いを実際にしたことも、検討したこともないのでよくわかりません。
基礎法学だと「学部教育」+「一般人としての個人的趣味」なんで、自分の生活と関係ないことを知ってたり、個人的見解を持ってたりするんですが。
ありがとうございます。
いわゆる、名義貸しということがありましたが、病院HPに名前を公開されて
ゆく状態と思いますので、見せ金=見せ医師のように思いました。
Sakino様の
>地域医療振興協会が降りれば、問題の8割は解決する、あるいは転がりだすように思います。公募条件を到底守れそうにないのですから降りるのが当然(努力します……で、日大が戻れなくなる時期まで引き延ばして居座る)のは、医療法人、それも、自治医大を看板に掲げた法人としては、患者さんや地元・近隣地域に対してだけでなく、自治医大に対しても背信行為のように思います。
が正論のように思いますが地域医療振興協会が降りれない内部事情があるのでしょうが
無理なものを無理と言えない空気のただよった組織なのでしょうか。
【ケース1】2つの病院の医師や職員は、地域医療振興協会という一つの法人が雇用契約し、横須賀市立市民病院や、横須賀市立うわまち病院という、協会が指定管理者として受託している病院の一つに配置している。
【ケース2】協会が指定管理者として受託している横須賀市立市民病院と、横須賀市立うわまち病院とは、別の法人格を持つ事業体の経営であって、2つの病院の医師を含む病院職員も、各々別の経営主体(法人)と雇用契約を結んでいる。
ケース1であれば、うわまち病院の医師が市民病院に移るのは「出向」ではなく、単なる転勤とか配置転換です。両方の病院の勤務を掛け持ちするなら、それは労働法令上の解釈では「兼務」であって、出向や転勤のどちらでもありません。
ケース2であれば、雇用契約上異なる別の雇用主(法人)の指揮命令下に移ることになりますので、元の雇用契約を解除(退職手続)して再就職するのでなければ「出向」と言えます。
M先生は掛け持ちで、うわまちのNICUや小児循環器を取り扱っているようです。
2つの病院の距離が30分以内ですから、スタッフ間の相談しやすい環境は整っている感じです。
病院間の形態としては、かなり特殊ですね。
小生の住む杉並区は練馬の隣ですが、さらに隣の世田谷区を含めて大学病院と名のつく病院はありません。杉並区には公立病院すらありません。世田谷には成育医療センターがありますが、それ以外には公立病院はありません。ところが練馬大根で有名な練馬区は日大光が丘に次いで順天堂練馬病院まで誘致しました。しかも北隣の板橋区には帝京大、日大板橋、さらに旧都立老人医療センターがひしめき合っています。これはまるで本郷、お茶の水界隈に五つもの大学病院がひしめき合っているのに似ています。杉並、世田谷住民に比べてとても恵まれた医療環境にあるのです。
まあ、現状をできるだけ変えたくないという、特に小児救急を心配される親御さんの気持ちは分からない訳ではありませんが、光が丘の規模が縮小されても実際のところはそれほどの影響はないと思います。
同意します。 したがって、本件は巨視的(医政百五十年)の歴史において、いわゆる官制医局とは何かの視点で論ずるべき対象とも考えます。一般的に6年間のエージェント教育を受けていない大多数の医師にとって臨床研修必修制度からあるいは開業からいままでの医局をそのメリット・デメリットを冷静に客観的に議論する素地ができてきていると思われます。
日本の医師の大多数は長期にわたる厚生労働省によるマインドコントロールを受けていますから官制医局のメリット・デメリットを冷静に客観的に議論する素地はほぼないと考えます。私はないという自覚からスタートではと考えます。
さらに、官制医局は全体像が巨大なため群盲象をなでるあるいは木をみて森を見ずとなり
やすいのでは
追加:自治医科大学の次期学長に永井良三・東京大学大学院教授
http://medical-confidential.com/confidential/2011/11/post-238.html
私が最も気になるのは現場の小児科医への影響です。現場の小児科医にとって士気も含めて本当に影響はないかは検証作業が必要では。
損するのは保険支払基金・そこへ拠出している人で
法の厳格な適用によりそれが無くなると
病院の収入が減りますね
ほっておくわけにもいかないからその分補填が税金からなされるわけですね
(病院の倒産はそのあと)
公立病院のない逗子市葉山町鎌倉市、や国からいくら融通されているか知りませんが 三浦市は市立病院ありますが崩壊状態とか。少なくとも小児科は…
それらの自治体在住で横須賀市民病院を利用する人は
フリーライドとは言わないまでも相対的低負担での受益が可能になりますね
横須賀市民にとっては逆に相対的高負担での受益
街灯や道路なら市外の民に負担なしで使用されるのは前提織り込み済みでしょうが病院という営利も可能な組織でどこまで
支出と収入を
あの組織はもとの病院の所属を変えないでいろんなとこに出向させます。科長や部長が長期出向というのも普通にあります。時には院長までしばらくいません。
小児科トップの医師も、スタッフ医師も非常に真面目でまさに粉骨砕身して働いておりますのでよもや何か不正の意図などはないでしょう。センター長だけでなく他の上級スタッフも優秀な魅力あふれる方が多いのでセンター長の仕事を一部任せて、勤務終了後にmeetingなど行えば何ら業務に支障はないと思われます。(上級スタッフの健康に支障はあるかもしれませんが)
内部の方に聞くと、全体の医師数の約2割ぐらいが自治医大卒者で、残り8割がM&A以前から勤めていた医師のようです。下記アドレスからいうと130名がそうで、残り520名が違う出身医大。
http://www.jadecom.or.jp/overview/scale.html
ようは住めば都で経営者が変わっても元の病院がいいという医師がそのまま居残っているわけです。
そんなわけで、以前からいた医師がいてもらわなければ成り立たない組織なんです。
今回の、日大光が丘病院や横須賀市立病院、東京ベイ・浦安市川医療センターなどなど、居残ってもらえていないところは運営が滞ってしまってます。
練馬区の一件は日大の怒りを買ったので、近隣の志木市民病院も影響(日大出身の小児科医2名勤務(うち院長1名))も撤退されることになりました。
かの地域は自治医大(地域医療振興協会)がやれ、日大はもう知らんってことです。
以前から下記の問題も指摘されてますが、本音を言うと自治医大VS○○医科大学 となっています。
http://blog.goo.ne.jp/nogamiyukie/e/dbf676005e23079f6369d6902c27b683
練馬区健康推進協議会第七期会長である高久史麿(自治医科大学学長 日本医学会長)。この協議会では、H23年度から始まる新たな「練馬区健康づくり総合計画」を策定すること、
RT @itoshunya: そもそも、この協議会なるものが問題です。いわゆる御用協議会?僕はマトモな協議会を見た事が殆どありません。@nogamiyukie: 練馬区の医療や福祉政策に方向性を持たせる協議会メンバーが、自らの組織に有利なように政策を誘導し、関係事業の公募に自ら…
非常勤対応になるのかな?ここで指摘されている内容のように?
っということは、その地域から医師がいなくなるということですね。記事のとおり。
http://sankei.jp.msn.com/region/news/120201/tky12020110090000-n1.htm
−−運営を引き継ぐ地域医療振興協会はへき地医療の分野で貢献しているが、
全国から練馬へ医師を結集することで、他の自治体にかける負担を首長としてどう感じるか