2011-12-16 日大光が丘病院問題・水面下交渉の50億円
光が丘病院問題の大きな謎の一つは、何故に日大が撤退声明を出したのだろうです。これまででもそれなりに情報がありまして、
- 1991年4月に経営を引き継いでから光が丘病院が出した赤字が90億円にも上っている事
- 施設の老朽化による新築移転問題へのさらなる投資の問題
- 同じ日大系列の駿河台病院も含めて、日大大学病院の整理
ぶっちゃけた話、日大も経営が苦しいは情報としてありました。カネの問題はなんのかんのと言っても大きな問題で、私学の雄日大といえども、無い袖はふれないのは確かです。大学経営と言っても企業経営と基本は同じですから、経営が苦しくなれば不採算部門は整理しようと動くのは不思議とは言えません。ですから日大と練馬区の間の交渉は、経営赤字の補填問題、つまりは援助の交渉の決裂と見ていました。新築移転問題も含めての費用負担問題です。
具体的にどういう条件を日大が提示し、練馬区がこれに答えたかは水面下の秘密交渉であるがために、これまで殆んど表面に現れて来ませんでした。わかる範囲で再掲しておくと、
| 年月 | 事柄 |
| 2010年2月 | 日大からの光が丘病院撤退の申し入れ |
| 2011年3月 | 日大は一旦撤退を撤回 |
| 2011年4月 | 練馬区長選挙 |
| 2011年7月 | 日大から撤退の決定通告 |
この情報も2010年2月時点で日大が撤退をいきなり申し込んだとは思いにくいところがあります。当たり前ですが、それ以前から交渉はあり、日大と練馬区の条件の溝が深くて広すぎて、日大側が交渉のためのカードとして切ったと考える方が自然です。2011年3月時点の撤退撤回の一時凍結は、4月の区長選挙のためのある種の政治休戦と見れます。もう少し言えば、再選を目指す区長が選挙前に日大撤退の情報を公にしたくなかったと考えても良いと思っています。
無事区長は再選されたのですが、再選からわずか3ヵ月後に日大が撤退を一方的に宣言する事態に急展開します。これは区長再選後に練馬区が日大に提示した条件に絶望したからではないかと考えるのが妥当でしょう。ここまでは今までの推測です。
とは言うものの具体的な内容がこれまでサッパリわかりませんでした。練馬区がここまで渋るぐらいですから、日大側の要求条件はかなり厳しいものであろうぐらいは推測されますが、わからない事には憶測ばかりが飛ぶ事になります。憶測の中に地域医療振興協会黒幕説みたいなものまで飛び出てしまいます。ここまで来たらもう出ないと思っていたのですが、日大側から転がりだして来ました。11/25付日大医学同窓新聞です。
本学の練馬光が丘病院は、もともと練馬区医師会が経営する病院だった。しかし、平成3年には、約95億円にのぼる債務を抱えて、経営に行き詰っていた。練馬区医師会は、資産を売却するなどして切り抜けようとしたが、それでも50億円もの債務が残る状態だった。それを救済したのが本学である。本学は、練馬区に50億円を融通した。詳細を省略すれば、練馬区は、その資金で練馬区光が丘病院を購入し、練馬区医師会は、その資金で債務を返済したものと言える。
本学と練馬区は、これを機会に契約を締結し、練馬光が丘病院を本学の附属病院として運営することになった。本学と練馬区との間の問題は、このときの契約に始まったと言っていい。本来、本学が融通した50億円は、契約のきっかけになったとはいえ、契約そのものとは関係がない。ところが、それを保証金と表現して契約を締結したのである。
そのため、年月を経て関係者が入れ替わるにつれ、見解の相違が大きくなってしまった。たとえば、本学は、少なくとも最初の契約期間である30年で、必ず返還されると考えてきた。ところが、練馬区は、それが過ぎても、契約が更新されれば返還されることはないと明言するようになった。それでは、本学の附属病院である限り、50億円は永遠に返ってこないことになる。
そこで、本学は、約3年前から、この問題を含めて契約を見直すよう練馬区に提案してきた。しかし、練馬区は、それを頑なに拒否して解釈を変えようとしなかった。そのため、本学は、そのような解釈をするなら、水面下での交渉とは言え、練馬光が丘病院の運営から撤退することも辞さないという意思表示をすることになった。それが約2年前のことである。
それでも練馬区の態度は変わらなかった。そのため、本学は練馬光が丘病院の運営から撤退することを公表することになった。大学としては、区民に事情を明らかにして、区民の声を借りつつ練馬区に良識ある判断を促そうとしたのである。
それでもなお、練馬区は、強気の姿勢を崩さず後継法人を公募した。それに応じたのは、わずか2法人だったが、そのうちの一つである地域医療振興協会を後継法人に選定した。あたりまえだが、契約のための保証金など要求しなかった。今どき巨額の保証金を出して自治体の所有する病院の経営に乗り出す法人などあるわけがない。
区民は、本学による練馬光が丘病院の運営が継続されることを強く求めている。それは、ひとえに、練馬区が「いずれ50億円は返還すべきものと認識している」と言えるかどうかにかかっている。なぜ、区民の医療を確保するために、それくらいのことを言えないのか。練馬光が丘病院の教職員の方々には、いろいろご心配やご苦労をおかけしており、心苦しく思っている。
やはりカネの問題であるのは当然として金額は、
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50億円
たしかにこれは交渉が難航化するに相応しい金額です。この50億円についての解釈で日大と練馬区は徹底抗戦したと言う事になります。この50億円は表面上と言うか公式上は日本大学医学部付属練馬光が丘病院の運営終了についてにも、
開設時に練馬区に差し入れた無利息の保証金50億円
これもよくよく考えてみると不可思議なものです。つうても詳しくは知らないのですが、病院の委託経営でここまで巨額の保証金がいるのだろうかです。1991年はまだバブル景気の最中であったとは言え、チト高額すぎる気がします。それだけあれば保証金を入れて借りなくとも、それこそ病院ごと買収できそうな金額です。
そこについての日大の見解として、1986年11月に前身の医師会立として運営された時の赤字の穴埋めでとして純粋に融通したものとしています。これもまた豪気な話で、幾ら景気の良かった頃の話としてもポンと50億円を無利息で融通したと言うのも驚かされます。
これは推測になりますが、当時の日大として関連病院を広げる計画があったんじゃないかと考えています。そこでたまたま目に付いた物件が光が丘病院であり、本当は買収交渉に動いていたんじゃないかとも考えています。ところが、それこそ色々あって、所有者は練馬区の方が継承がスムーズに進むみたいな話が展開し、買収する代わりに無利息の保証金と言う形で契約した様にも考えます。
推測なんですが、この辺の見解の相違が今になって表面化したのが今回の騒動の様に思います。つまり
- 日大は結果としてあくまでも「貸した金」であり、条件を満たせば返還されるのは当然である
- 練馬区は実態として「もらった金」であり保証金と言いながら返すつもりはない
この練馬区の保証金に対する見解が、区議会議員である池尻成二のブログ「50億円」の謎 〜裏側から見る光が丘病院問題〜 その7にあります。
2009年9月の議会答弁を見る限り、練馬区はそもそも保証金を返すつもりがなかった、日大が病院の運営を続ける限り返さなくてもよいと考えていた。「担保としての保証金の扱いは、それは今の時点で、はいそうですかというのは、なかなか厳しい」と、地域医療課長ははっきりと語っています。
日大が急に保証金50億円の返還問題を蒸し返したのは、やはり経営問題だと思います。光が丘病院運営はおそらく日大理事会でも問題となっていたと考えます。医学部としては維持したいの意向はあったかもしれませんが、日大としてはこれ以上の出費は困るぐらいの展開です。そういう状況で出てきたのが保証金50億円です。
50億円を赤字の補填なり、医療設備の更新に使えたら話は変わってきます。日大の見解としてあくまでも無利息とは言え返してもらえるカネです。たとえば10年後であっても確実に返却してもらえるのなら、貸した金でも価値が出てきます。ほいじゃ、その確認をまずしておこうとなったのが日大医学同窓新聞にある、
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そこで、本学は、約3年前から、この問題を含めて契約を見直すよう練馬区に提案してきた
練馬区が渋った原因も容易に推測できるかと思います。練馬区は50億円のカネをどうしたかと言うと、保証金と言いながら、
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詳細を省略すれば、練馬区は、その資金で練馬区光が丘病院を購入し、練馬区医師会は、その資金で債務を返済したものと言える
要は使ってしまって無いと言う事になります。その上で返済のために再び50億円を積み立てる事もしていなかったと見ても良さそうです。これは返済はどうせ30年後だし、練馬区の見解として敷金みたいなもので、30年もすれば補修費で使い尽くしてオシマイぐらいで流していたと見ても良いかもしれません。さらに返すつもりはないとの見解を議会答弁で行っていた経緯もあり、今から10年後であっても返還確約なんてトンデモナイの姿勢に終始したと考えるのが妥当です。
延々と50億円を巡っての交渉は続く事になり、交渉開始の1年半ばかり後の2010年2月についに日大は痺れを切らして撤退カードを切ったものと思われます。それでも交渉は平行線を辿り、なんとなく日大側が交渉内容を公表すると言い出した様な気がしています。これは再選を目指す区長にとって避けたい事であり、20113月の休戦は、そうとう甘い事を言って再選に臨んだ見れそうな気がします。
ところが再選後に出した区長側の回答は従来のゼロ回答を基本的に踏襲したものであり、さすがにこれ以上の交渉は無駄と見て、2011年7月の日大側の電撃発表につながったとしても良さそうです。日大の撤退発表の真意をこれだけで判断するのは危険かもしれませんが、
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本学は練馬光が丘病院の運営から撤退することを公表することになった。大学としては、区民に事情を明らかにして、区民の声を借りつつ練馬区に良識ある判断を促そうとしたのである。
11月末時点の話なので割り引く必要はあるとは言え、うなづける部分はあります。つまり現在後継とされる協会が苦悩している事態を読み込んでの発表です。誰が後継になろうが、4月までに現在の日大レベルの医療体制を提供できる団体など日本に存在しないという事です。
日大は7月に撤退を発表して、4月には後継法人が引き継ぐなんて無理です。無理な事は練馬区も知っているはずであり、2010年2月の水面下交渉の撤退カードのさらにバージョンアップ版を切ったと見る事はできます。ここまでの瀬戸際交渉に持ち込めば練馬区も翻意するのではないかの計算です。練馬区民が50億円返還を受け入れるかどうかは未知数ですが、練馬区民が受け入れないと言うなら日大も「撤退もやむなし」みたいな腹積もりであったとしても良い気がします。
ところが練馬区側は水面下交渉については完全に蓋をして、日本大学による日本大学医学部付属練馬光が丘病院の運営が平成24年3月31日をもって終了しますで、
しかし、平成22年2月に日本大学から区に対し「大学の理事会において、付属病院3か所の経営が思わしくないため、平成23年3月31日をもって日大練馬光が丘病院の運営から撤退することを決定した」との報告がありました。
撤退の理由として、日大練馬光が丘病院は開設以来支出超過が続いていることとしています。また、賃借期間については、民法第604条を根拠に、当然に20年に短縮され、期間満了により平成23年3月31日に運営を終了するものであるとの主張でした。
これに対し、区は、撤退は了承できないこと、基本協定書および公有財産貸付契約書に基づき、少なくとも平成33年3月31日までの30年間は日本大学が責任をもって病院運営を行うべきであることを主張しました。その後の協議によって、平成23年3月31日の撤退は一旦回避されました。
その後、区は、受診されている方をはじめ、区民の皆さまの混乱を防ぐため、病院の運営継続を求めるとともに、もし日本大学が撤退するならば、責任を持って引き継ぐ医療機関を探すように要請してきました。それにも関わらず、日本大学は撤退の意向を変えず、引き継ぐ医療機関の紹介さえなされませんでした。
そして、平成23年7月4日に、日本大学から平成24年3月31日をもって撤退するとの正式な申し出がありました。
ある意味決裂宣言を行って後継医療法人選定に突っ走る事になっています。
今日の情報に基いても不可解な部分は多々あるのですが、前身の医師会立病院が破綻した時に練馬区はその処理に苦悩したのだと考えています。そういう時に日大が50億円提供する申し出は本当にありがたかったと思っています。それこそ練馬区側はもみ手して日大の50億円を受け取ったと想像できます。そういう練馬区側が下手に出る状況下で「契約条件は形式上はこうさせて下さい」みたいな状況で、当初の契約は成立したと推測しています。
日大側の計算外と言うか脇の甘い点だったのは、練馬区側の担当者が代わると言う点であったと見ます。契約を交わした当事者間で幾ら口約束を交わしていても、20年間で担当者がコロコロ変われば口約束部分は消え去り、残るのは契約書にある条件だけになります。お役所相手の交渉ではママある事です。前任の担当者と合意寸前まで漕ぎ着けていたものが、担当者が変わるとすべてご破算になるなんてありふれたお話です。
日大側の言い分をある程度まで真実と取ると、溝深いですねぇ。最後の交渉相手の区長も3年前から同じだし・・・練馬区民は協会病院で我慢するしかなさそうな気がします。ただ7月時点で50億円が表面化していたら、日大残って運動が盛り上がっていたでしょうか。その点については神のみぞ知る世界になると思います。「日大に50億円返しても残ってもらえ」になりますからねぇ。

区の4回目の説明会にも、日大OBの方たちがたくさん見えておられ、練馬区の側の経過説明に意義をとなえておられました。「流れは変わっている」というご発言も……。
現時点では、ひとえに区の問題だと理解しています。
そういう事情だったんですか
じゃあしょうがないね
区がお金出さないのなら撤退はやむを得ないでしょう
地元民がなにがしか(25億とか)出すからお願いとかいえば
金額の大小として条件交渉の余地があったのかもしれないけど
http://www.izai.net/nerima.html
まあ、まずは残っている文書がどうかでしょうね。
50億円が練馬区にわたった経緯と名目をはっきりしなきゃ、税務署が黙ってないですよ。
贈与 施設充当費、貸与など税率が全然違いますから。下手すりゃ賄賂ですか?
少なくとも50億円もの使途不明金なんてみなされりゃ大問題です。
税務署で税務処理がしてあり、そこがはっきりとすれば練馬区と法廷闘争は可能だと思います。
長年、地域の救急医療に多大の貢献をしてきたのに、赤字の補填もしないばかりか
50億円ネコババしているんだから
「とんでもない恩知らずで日大の資源を割くことなどまかりならぬ」ではないでしょか?
ところで、当時日大に財産を救ってもらった、練馬区医師会のお金持ちのおじさん達は、どうおもってるのでしょうかね。何か恩返しみたいなこと、したんですかね?
あと、区の借金は、区が返せばいいというだけのことです。どっちにしたって返さないわけにはいかないんですから、ちゃんと、誠意をもって返せばよろしい。その原資はもちろん、私達が払う税金ですが。
なんだか、「わがままな住民登場」という構図ととらえて、恰好のフクロダタキのターゲットになりかねないリスクを感じますが、
医学部・病院は一貫して存続の姿勢を崩しておらず、住民が共鳴して弱体ながら必死でがんばっているという状態ですので、フクロダタキはご勘弁を。
日大の理事長とはじかに面談ずみです。はっきりおっしゃったのは、練馬区の側の問題であるということ。
『今どき巨額の保証金を出して自治体の所有する病院の経営に乗り出す法人などあるわけがない。』
おっしゃるとおりですねぇ。
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練馬区は区有地を練馬区医師会に無償賃貸し 光が丘総合病院(300床)を準区立病院として昭和63年開設した。医師会は454名の会員を擁する大世帯で多くの会員の意見を取り入れざるを得なかった。中核は東京医大であったが、13医大から各科別に医師を受入れざるを得なかった。院長が医師会長であり、選挙によって交替するため、責任経営は当初から期待できなかった。
案の定、開設後3年で早くも債務超過45億円に達し、医師会理事の個人連帯保証を金融機関が追及する破綻状況になった。練馬区は医師会館を医師会から45億円で買収するなどして95億円まで膨らんだ不良債務を解消した。金融機関からの債務免除は受けていない。日本大学は、病院の賃借保証金を練馬区に50億円差し入れた。賃料は固定資産税並みとすることとされた。練馬区は実質的な負担することなしに日大に実質区立病院の経営を任せることに成功したのである。
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準区立ってなに?そこが、練馬区が医師会理事連中を助けた理由ですかね?
どうなんでしょうね。弁護士さんの通達書とかは読めましたが。(あの 20年の奴)
なんか、産経が微妙に味わいのある記事を書いている。
ここを読んでいると、何か味わい深い。(記者もここを読んでいたりして。^^;;)
> http://sankei.jp.msn.com/region/news/111215/tky11121521510010-n3.htm
まるでシンクロするような記事だなあ、と思ったので。(12/15 付けですね。)
まあ医療水準は下がるでしょうが、かろうじて支えようとしている継承法人に噛み付いている姿を見ると、なんとも浅ましい限りです
中で働いている人達からも「自分たちのやりたい医療ができなくなる!」との声が出ているようですが、経営側からすれば、「赤字で倒産したら誰が責任を持つんだ!」「誰が赤字を埋めていると思っているんだ?!」ということになるでしょう
参照) ボスしけてるぜ (by RCサクセション)
”ボーズお前のために、ボーズお前のために、オレの会社は潰せねぇーな、ボーズ!”
無利息の場合、税務上は「贈与」とみなされてしまいますよ。
これ、身内でも同じ、というか身内こそ、生前贈与ですけどね。(相続時の利益相殺対象)
あんまり税務は詳しくないけど、確かそのはず。
で、抵当権設定とか、しなかったんですかね? (すれば、登記簿に載るから、してないんだろうなあ。) 登記申請書とか出てくれば、利息規定も載っているはずだけど。
何か、やっぱ税務署的にも、既に公開状態なんで、色々やばいんじゃないの?
区の担当者とか、区長とか、関係者、大丈夫なんかいな?
# 税務詳しくないので、外しているかもしれませんが、「贈与」扱いは間違っていないはず。
贈与です。
> 親子間の金銭の貸借、出世払い等の特別な貸付は贈与税がかかります。
> http://homepage2.nifty.com/shirayanagi/businessinfo/inheritancetax.html
30年後とかって、福島第一の解体と同じで、責任をもって関わった人が退職して関係なくなる頃って言う意味だったんだなあと感じる今日この頃です。年金制度にしろ、なんにしろ、少子高齢化でいろんな余力が減ってきたところで、昔の「30年後だしオレ知らないし」のツケがいろんなところで表に顔を出し始めている気がします。
「本来、本学が融通した50億円は、契約のきっかけになったとはいえ、契約そのものとは関係がない。ところが、それを保証金と表現して契約を締結したのである。」(同窓会新聞)
保証金でなければ、その50億円の支出名目は何ですか?って話になります。
50億円の「保証金」について。自治体が保証金を収入することはありません。収入の科目は決まっていて、おそらく「寄附金」でしょう。寄附には、一般寄付(何でもいい)と目的寄附(このお金は福祉に使ってね)と分類されますが、さらに、負担付寄附(寄附を受けて何かをしなければならない)という概念があります(にわかなので、目的寄附との違いがわかりません)。負担付寄附なら、それを受け入れるときに議会の議決が必要です。
当事の予算書決算書や議会議事録をみると(練馬区クラスだと図書館にあるはず)、それらがわかるはずです。
30年問題について。借地借家法が適用されるのは底地は「普通財産」という扱いです。そのほかに、行政財産の目的外使用という形式(庁舎や病院の売店など)とか、行政財産の独占的排他的使用(これは議会の議決が必要)という形式もあります。
ちなみに、前回のスレ(12/8)のコメントで、議会の議決とありますが、自治体の財産を無償で貸し付ける際には、議会の議決が必須です。
http://www.city.nerima.tokyo.jp/annai/rekishiwoshiru/60shunen/nerima60/shosai.files/12979_14_115-179_3syou.pdf
光が丘地区(米軍グランドハイツ跡地)再開発を推進したのが、昭和48年10月から昭和62年4月まで4期14年(初就任時は都庁から練馬区総務部長に天下っていた東京都官僚の非公選区長)に渡って区長をつとめた田畑氏(東京帝大法学部卒)。
光が丘地区の病院用地が都市計画決定されたのは、昭和53年1月
練馬区医師会立に決定されたのが昭和59年10月
開院が昭和61年11月
在任期間が長くなると、なんか記念になるような妙なものを建てたがる典型かも。
いかにも在任中に間に合わせましたっぽい。
平成3年4月に日大に移管ですから4年半…。ずいぶん短い導火線だったねぇ。
で、前任者の置いていった時限爆弾を日大に何とかしてもらった後任の区長が…。
日大法学部卒の岩波氏。(在任期間:昭和62年4月〜平成15年4月)
現区長がその後任で平成15年4月から在任中ですから…。
それでも練馬区民の皆様は前に進んでいかなければならない訳ですが、歴史的経緯を念頭に置けば、考え方も一味変わってくるでしょう。
にわか地方自治様
準公立ってそういうことですか、それなら区も医師会理事連中を突き放すわけにはいかなかったでしょうね
区の、「そのまま逃げ切り」もありそうな。
ただ、そういう事があった後の、以後の関係者の禍根も、ま、推して知るべし、のような。
ちなみに担当変更がらみのごたごたは、銀行なんかでもあります。
守秘義務効いているので、詳細はご勘弁を。 ま、ありがちな話なんで、世情に詳しい人は知っているかも。ま、公言するような内容ではないけど。
むろん、念頭においています。つぶさに見てきてもいますし、微力ながら関わってもきています。
この問題を、準モンスターペーシェントや、近隣住民のエゴというふうにしか捉えられない方たちには、ぜひ、医療圏という見方をしていただきたいです。
医療圏で2.5次的な仕事をしている病院(念のために確認しておきますが、土地・建物は区の所有物)、医療圏という逆ピラミッドを支えている(下側)頂点という病院がなくなる……という事態に、医療行政が、住民が、病院スタッフが、救急搬送担当者が、○○が、△△が……どう対応するか……ということです。
また、懸念されている状況は、いわゆる「ドミノ倒し」です。
手をこまねいて見ているか、できることをするかの二者択一ということになります。むろん、後者には、「どうやって」という問いがついてまわりますが。
いわゆる「50億問題」ですが、区が必死で隠蔽しようとしてきたこの問題を表面に出したのも、私達です。
この出所は、「区」です。
たとえば、こういう使われ方(http://sankei.jp.msn.com/region/news/110906/tky11090623230018-n1.htm)。
私たちが問題にしているのは、今なんとかギリギリのところで維持されている医療圏をどのように維持していくか……の一点につきます。
バラバラなのをつなぎ、アサッテ向いてるのをグイとまっとうな方を向かせ(るように努力し)……そういう地道な作業をやっています。
「水準」というのは、どうしても議会等で出てきてしまう用語ですから使いますが、私たちにいわせれば、それは、医療圏(もちろん、医療者だけでなく、患者・住民も含む)内の配分であり、構成であり、人間関係であり、水準であり、そういうもろもろのネットワークのことです。
ですので、「水準の維持」は、こちらの理解でいえば、高レベルの贅沢な医療がどうのこうのではなく(今日日、「崩壊してない医療」が贅沢なのはじゅうじゅう承知しておりますが)、ネットワーク・システムの維持と読み替えていただいてかまいません。
>いわゆる「50億問題」ですが、区が必死で隠蔽しようとしてきたこの問題を表面に出したのも、私達です。
そうですか。それではお尋ねしますが、この50億円は寄付金なのですか?それとも保証金の意味を含んだお金なのですか?50億円の経緯を記した何らかの公文書はありましたか?そのあたりで区と日大の認識に食い違いがあるように思いますが、食い違いが生じた原因は何だと考えていますか?外野としては興味あるところです。
また、住民にとっても、過去の経緯によって、どこ(区、大学、振興協会)にどのような役割を求めるかが違ってくるかと思います。「○○という経緯があったから、□□という部分は△△に責任を果たして欲しい」とか。そこが見えなければ、この騒動に関して外野が評価するのは難しいですね。
寄付金ということはないと思いますよ。「保証金」というのは、ことばの定義が双方によって異なるところだと思いますが、現在、不動産屋さんにいって賃借物件を借りようという場合のような「保証金」でないことは、双方とも認めるところでしょう。
経緯については、現在、もっともまとまっているのは、このエントリーの典拠の一つである区議さんの文章だと思います。公文書というところでは、議会の議事録に点々と残っています。まもなく、現時点で日大と区の間に結ばれたままになっている契約をめぐって議論が始まるはずだと思います。このいわゆる「50億円問題」は、日大と練馬区の交渉において、喉に刺さった骨のようなものですが、50億円というお金の問題というよりは、順天堂の誘致に際しての経緯ともども、両者の意思疎通の問題だと理解しています。
>住民にとっても、過去の経緯によって、どこ(区、大学、振興協会)にどのような役割を求めるかが違ってくるかと思います。
これはどうでしょうか。過去の経緯というところでは、なんといっても、日大光が丘病院が、日大板橋本院とともにこの地域ではたしてこられた実績でしょう。そして、練馬区の場合には、「経緯」以前に、医療行政をどのように担うのかという行政としての役割という問題があります。(もちろん、そのうえで、過去・現在・未来にわたってそうした役割に照らして、これまでがどうだったかというところが問われるものと思いますし、それも経緯といってしまえばそれまでですが)。
医療圏は何十年もかかって、相互に分担しながらできあがってきているものです。また、医療というのは継続が基本です。その余地があるのですから(日大側は存続の余地を残していると思います…その理解の正否は別途議論が必要かもしれませんが)、シミュレーションも検討も行わずの珍妙な実験を強行するのでなく、まずは、そうした体制が継続できるよう全力を尽くすのが本筋でしょう。
地域医療振興協会は、まずは、実情を直視すべきです。年が明ければあと、3ヶ月です。「もし」の議論をしている時期ではありません。土地・建物無料という条件での「公募」なのですから、その公募条件を満たせないなら、率直にその事実を認めること。「努力します」「きちんとやります」などと12月後半にもなって病院長公表できず、医師がいないがために日大側と引継ぎの折衝にすら入れず、看護師も集まらずという状況で、4月までにはなんとかなるかもしれませんなどと言っている時期ではありません。日大がまだ平常の診療をつづけている現時点で(病床稼働率は9割近くと聴いています)、無理なら無理と認めて、区に日大と再折衝するよう促すべきと思います。
詳しくは、http://www.geocities.jp/kuminnokai/TOP.html をどうぞ。
>それではお尋ねしますが、この50億円は寄付金なのですか?
いえ。保証金です。民間会計準則に従っての練馬区の貸借対照表上では負債項目に入ってます。というか、ずっとあいまいに処理してきたことが民間会計原則を当てはめよって言われてやったら、間違いなく負債項目に入ると、議会で答弁している。
詳しくは、練馬区議の池尻さんのブログをお読みください。
http://ikejiri.exblog.jp/17335505/
つまり、寄付か寄付ではないかについては、練馬区も議会で寄付ではなく負債であると認識している。それが大前提。
でも、練馬区は現在の契約が終了した後も、日大がいるんなら保証金は返す必要ないでしょ、と議会で言った。
日大の貸借対照表では、資産に計上されている50億円です。それが無利息で既に20年。さらに今後、光が丘で病院やっている限り練馬区はそのまんま絶対に返さん、と言い放った、ってことです。
つまり、30年満期での再契約交渉となったときも同じ論理でくるよねと、相手が堂々と議会答弁しちゃったんだからわかったんですよ。
>まもなく、現時点で日大と区の間に結ばれたままになっている契約をめぐって議論が
>始まるはずだと思います。
いえ。3年前から始まっていたんです。既に。
で、練馬区は返さん!
の結果です。
日大としては、これまで税務申告のたびに出してきた貸借対照表をどうしたらよろしいのかという重大な問題を抱え込むことになる。債務者が逃亡したという「不良債権」処理は、練馬区が存在する限りできないわけで。
>順天堂の誘致に際しての経緯ともども、両者の意思疎通の問題だと理解しています。
一度釣った魚に二度とはえさを与えない・・・が練馬区では。
企業会計準則すら知らないわけですから。
...何か、練馬区自体も色々と危ない気がしてきた。
池尻区議ブログの50億円問題連載を読みました。そこで練馬区が50億円を(現時点では)債務と認識していることが確認できました。その50億円を保証金と記した練馬区と日本大学が交わした基本協定書の存在も確認しました。保証金であるならば、来年4月以降も、この50億円の返還をめぐって、日大と練馬区のバトルは続くでしょうね。
ただ、そうなると11/25付日大医学同窓新聞記事に謎が生じます。「本来、本学が融通した50億円は、契約のきっかけになったとはいえ、契約そのものとは関係がない。ところが、それを保証金と表現して契約を締結したのである」とありますが、それでは、日大が融通した50億円を日大はどういう性質のお金と認識していたのでしょうか。
また、記事終盤の「ひとえに、練馬区が「いずれ50億円は返還すべきものと認識している」と言えるかどうかにかかっている」ですが、議事録からは2009年9月29日の決算特別委員会で50億円を負債として計上、つまり返還する可能性がゼロで無いものと表現していますから、ここは片山医学部長の誤認ですね。
病院は平成17年度以降、毎年5億円前後の赤字だったとのことですが、その額は民間法人が社会貢献として出費する額を大きく超えているという認識が練馬区にあれば事態はここに至らなかったのではないかというのが池尻区議ブログを読んでの私の感想です。