新小児科医のつぶやき

2012-07-17 上小阿仁村・記録のためだけに書いときます

もはや風物詩ですが年表をまとめておきます。


Date 事柄 補足
2007年4月 現村長が24年ぶりの選挙の末に当選 三つ巴の選挙戦
2007年5月 3代前の医師が退職 この時点で無医村
2007年11月 2代前の医師が就職 6ヶ月の無医村状態が解消
2008年3月 2代前の医師が辞意を表明 2代前の医師が辞意表明まで4ヶ月
2008年12月 2代前の医師が退職 2代前の医師は13ヶ月で退職
2008年9月 先代の医師が応募
2009年1月 先代の医師が就職 ギリギリ無医村回避
2010年2月 先代の医師が辞意を表明 先代の医師が辞意表明まで13ヶ月
2011年5月 前村長の再選ならず
先代の医師が退職
先代医師は2年4ヶ月で退職
2011年6月 現在の医師が就職 ギリギリ無医村回避
2012年7月 現在の医師が辞意表明 現在の医師は13ヶ月で辞意表明


村内政治的に言うと先々代村長は6期24年の長期政権ですが、前村長は村の有力家(庄屋の家系だったと思います)出身とは言え、村を出て法学畑で成功を収めた人物です。現村長は村議出身で、2011年5月の村長選の結果としてあきた北新聞社は、

中田 吉穂 60 (無新) 1,227
小林 宏晨 73 (無現) 955

ちなみに2007年の前回村長選は、

小林 宏晨(無新) (69) 880票
小林 寛 (無新) (68) 841票
小林 俊悦(無新) (62) 665票

都市部のように浮動票の争奪戦は殆んどありませんから、前村長派以外が「反村長」に回った結果と見れなくもありません。でもって2007年から4人の医師が退職(現医師は辞意段階)されているのですが、気になったのは3代前の医師です。辞職した時期がなんとも微妙な前々回村長選(2007年)の翌月です。この医師についての情報を2007年当時にもう少し調べておけば良かったのですが、 かすかな情報として2代前の医師が

    初めての公募であった

そうなると3代前の医師は医局人事で赴任されていたと考えるのが妥当です。ただこの医局人事つうのも微妙で、上小阿仁村クラスの診療所はあまり歓迎される赴任場所とは言えません。ですから数年単位のローテーションである事が多いのですが、逆に妙にはまる医師(これは本人の意思の場合と、結果的にそうなるがある)がある時期から定年まで長めに勤務する事もあります。どっちだったのかと言うところです。

2007年5月の辞職は5月と言う点から考えても医局人事によるものと考えますが、この3代前の医師への扱いはどうだったのだろうです。その後の辞任劇を考えると、なんとなく「3代前の先生の頃は・・・」なんて比較が出ていた可能性もありますし、その後の医師と同様の仕打ちを受けながらも「そういう場所だから我慢する」もあるかもしれません。

この辺は曖昧でも期限の定めがある医局人事による赴任と、事実上の終生勤務の公募医師の就職の違いは出てくるところです。これ以上考えても材料が乏しいので、3代前の医師はそれなり(上小阿仁レベルで)に円満に退職したぐらいにしておきます。


2代前の医師

医局人事から外れた上小阿仁村診療所ですが、赴任時の状況を伝える河北新報記事を筍ENTの呟き様が保存されていました。一部紹介しておきます。

 内科医の松沢さんは、首都圏の病院に勤務した後、「医師を志した原点である『へき地医療』を担いたい」と、栃木県の農村部で開業。20年間、地域医療を支え続けた。地域の医療事情が改善し、「もっと困っている場所で診療したい」と考えたという。

 医師が切実に求められている地域を探すため、7月にインターネットで「へき地」「無医村」をキーワードに検索し、最初に目に留まったのが上小阿仁村だった。村に連絡を入れると、早速、強い誘いを受け、「そんなに喜んでもらえるのなら」と今月1日からの勤務を決めた。

 新潟県出身の松沢さんは、東大文学部に進学後、シュバイツァーの著作に感銘を受け、「恵まれない人の役に立つ仕事がしたい」と、1年で東大医学部に入り直した。文学への情熱も冷めず、医師になった後も小説2作を出版した異色の経歴を持つ。

当時の松沢医師は67歳と記事にありますが、経歴を見る限り僻地医療の適任者の資格は十分にあります。これだけの情熱と経験をもって赴任しても辞意表明まで4ヶ月、退職まで13ヶ月です。松沢医師は本を書くぐらい筆が立つので平成20年9月広報かみこあにに、

一度は書かなければならないと思っていたことを書いてみます。

 「診療所を守るために」としたのは、この診療所の存続があやうい状況になっているからです。その原因の第一は、医者がいなくなるということ。第二は診療所の赤字が続くということです。

 第一点は、この村の執行部の人々の、医者に対する見方、接し方、処遇の仕方の中に医者の頑張る意欲を無くさせるものがあったということです。

 報じられたように、この私はすでに辞表を出し受理されています。「次の医者」を見つけることは相当に困難でしょうし、かりに見つかってもその人も同じような挫折をすることになりかねないものがあります。

 医者のご機嫌取りなど無用、ただ根本的に医者を大切に思わない限りこの村に医者が根を下ろすことはないでしょう。村の人も「患者は客だ」などとマスコミの言う風潮に乗っていてはいけません。そういう道の果ては無医村なのです。

 最近も近在病院の院長・医者が辞めていきました。病院自体がもう危機的状況に陥っています。その医者たちは、私に言っていました、こんな田舎でも働きがいがあります、それは、皆の「ありがとう」と言う言葉と、にじむ「感謝の気持ち」です、と。

 そういう人たちを辞めるまで追い詰めたものは何か、人ごとでなくこの村の問題でもあるんだと考えてみて下さい。

探してみるともう一つ気になるのが平成20年6月広報かみこあにに、

診療所への一通の投書に、「血圧の測定なんてだれにでもできることは看護師にまかせて医者は診療に専念し、もっと待ち時間が少なくなるようにせよ」というのがありましたが他の医療機関に比べて長いとは私は思わないし、大いに努力もしているのですが、気の短い人もいるのでしょう。

2008年3月時点で既に退職願を出していますから、そんなものかもしれませんが、少し示唆的です。当時の松沢医師の忙しさについては、広報かみこあに平成22年3月号にあるので周辺情報も合わせて表にして見ます。


年度 赤字額 診療・経営情報
2005 4200万円 3代前の医師時代
2006 3800万円
2007 4000万円 5月から6ヶ月常勤医不在
2008 3000万円 外来42人
2009 2700万円 外来56人


3代前の医師時代の給与は不明ですが、仮にその後の公募医師と大差がないとすれば、3代前時代は1日平均42人よりもっとヒマだったのでないかとも考えられます。3代前の医局人事時代の給与が安ければ、なおさらヒマだったのかもしれません。そういう時代の記憶が残っていれば、先代や2代前の医師に対し「待ち時間が長すぎる」の不満が出たとは考えられます。1日平均30人、いや20人そこそこだったかもしれないからです。つまり受診すればホイキタ状態です。

それとこれは前にも書きましたが、1日平均56人も患者があって、なおかつ2700万円の赤字が出てくるのは、私のような零細経営者には理解し難いところです。やはり人件費でしょうか。


先代の医師

先代は有澤医師です。経歴を平成20年12月号広報かみこあにから引用します。

東京女子医科大学医学部を昭和45年に卒業後、東京女子医科大学附属第二病院の医局に入り、10年間小児科、内科医師として勤務され、その後平成3年から5年8ヶ月間、タイで国際医療ボランティアとして、発展途上国の医療に従事されていました。帰国後、北海道利尻島の道立病院で地域医療にたずさわり。17年9月から兵庫県にある聖隷福祉事業団真生園診療所長をしておられた方です。

ちなみに聖隷福祉事業団真生園とは障害者福祉施設であり、場所は兵庫県和田山市竹田です。皆様にわかりやすいように言えば但馬です。でもって赴任当時の有澤医師は63歳。ひょっとして定年にでもなったのかもしれませんが、2代前の医師に勝るとも劣らない僻地医療のプロです。有澤医師は松沢医師よりも頑張り、辞意表明まで13ヶ月、勤務期間は実に2年4ヶ月に及びます。

有澤医師の辞任の経緯は上小阿仁村上小阿仁村後日談で既に触れていますからもう良いでしょう。あえてこの村特有の政争の激しさで言えば、有澤医師は前村長時代に公募に応じた医師であり、前村長は2011年5月に落選、翌月に有澤医師は辞職されています。


現在の医師

あんまり情報がないのですが、年齢は49歳、前任地は北海道の北見市で2011年6月に赴任、2012年7月に辞意表明です。先代医師と同様の13ヶ月です。辞任理由は秋田魁新聞によると、

    退職理由について、取材に「内地の気候が合わないからで、後は特にない」と話した。

なんとなくですが「気候が合わない」のではなく「気候『風土』が合わない」のような気がしてしまうのが極めて不思議ですが、とにかく1年で耐え切れなくなるほど気候が辛くなったと言うことのようです。


上小阿仁村は特異例か?

地方勤務の医師が足りないとして、足りない地方に強制的にでも医師を送り込めの案さえ出てくる昨今です。そのために「地方枠」とか、「地域枠」とか、「○○枠」なんてものが花盛りになっています。それ以外にも地域医療に学生時から親しませるプログラムが絶賛される世の中です。また手を変え、品を変え官製医局による医師強制派遣システム構築に厚労省は突き進んでいます。

そういう派遣対象医療機関に上小阿仁村診療所も該当するかと思います。現在はそういうシステムは事実上機能していませんが、将来これが機能し、さらにその時に上小阿仁村診療所が健在なら当然のように該当します。

日本中の僻地が上小阿仁村同様と言う気はありません。2代前も先代の医師も上小阿仁村以外で僻地医療に励まれ、そこでは十分なやりがいを感じておられたのは確認できます。ただしヤリガイのある僻地とそうでない僻地の比率は現実としてどうなんであろうです。たとえば最後にミソをつけてはしましたが、夕張の村上医師に対するバッシングも相当なものでした。村上氏がかつて赴任された瀬棚も相当でした。

古典的ですが泉崎村も有名になりましたし、金木病院や彦根市民も記憶に残るところです。尾鷲も凄かったのはよく覚えています。この辺は赴任する医師と住民との相性もあるとは思いますが、漠然と思い浮かべるようなヤリガイのある僻地医療が実現している地域はどれほどあるのだろうです。上小阿仁村は少々特異度が強いとしても、セミ上小阿仁村状態の地域は案外多そうな気がします。

それでも柏原モデルと逆の意味で象徴的ですから、本当に医師を呼びたい地域の方々への他山の石ぐらいには本来は成るはずです。もっともヒトによっては、「あれぐらいでも医者は来るんだ♪」になるかもしれません。ま、教訓を深化させる為には、医師側の協力も欠かせないと感じています。


オマケ

上小阿仁村の件はぐり研ブログ様が調べられておりまして、その中にあきた女性チャレンジサイトの記事が引用されておりました。村内の有志が特定非営利活動法人上小阿仁村移送サービス協会を立ち上げ、その定款には、

この法人は、村内の高校生以上の人または村への来訪者などに対してその移動を補完する事業、ならびにその他の上小阿仁村の交通を補完するための事業を行う。これらによって公益の増進と福祉に寄与することを目的とする。

具体的は

 村内の交通事情として、鷹巣方面と五城目方面にそれぞれバスはあるものの、利用者数は非常に乏しく、タクシーは1台常駐していたが利用者はまれ。つまり、大多数の交通弱者は経済的には最寄の病院ですら利用がむずかしく、身体条件からバス利用も困難。車のない家庭は村内1100世帯中210世帯。

運転のロスがないように、また知っている人に乗せてもらえるように、女性は女性に乗せてもらいたいという要望等々の条件を考え、いろいろな部落から、また男性も女性も運転者として選びました。ほとんど定年後の方々です。

要は有償だが安価に近隣都市への移送サービスを行うぐらいの事業です。「一緒に乗せて行って」のビジネス化みたいなものと思えば良いでしょうか。これに対する村議会の反応が大変だったようで、

ところが、村議会が何回も反対しました。「病院帰りにスーパーで買い物されると、村内の店が売れなくなる。」「そんなことやってバスも撤退したら、バスもない村なんてイメージダウンだ。」「タクシー会社みたいに安全対策に大きな金をかけられるのか。」などがその内容でした。

ここでチョットだけ笑ったのは、

    「そんなことやってバスも撤退したら、バスもない村なんてイメージダウンだ。」

ま、「バスもない村」がイメージダウンになるのは同意します。ちなみにこの法人が認証されたのは、

法人設立認証年月日 2005年01月11日

つまり医師イジメ騒動の前です。今ならきっと「バスがない村」程度はさしたるイメージ問題にならなかったと思います。「医師をイビリ出す村」のイメージに較べれば無に等しいと存じます。

麻酔科医麻酔科医 2012/07/17 08:47 10年くらい前、、、親戚の葬式に、山奥の僻地にいったんですが、家の目の前にバス停があり、これは便利と時刻表を調べたら朝1本夕方1本しかありませんでした。もよりの駅にばんばんバスが走っている私には、信じられないことですが、田舎では当たり前。当然タクシーもほとんどいなくて、、、じゃ、どうなるかというと、遠方から来る人には、親戚の奥様がアッシーとなって乗用車で送迎して下さるのです。
特定非営利活動法人上小阿仁村移送サービス協会のシステムは、非常にすばらしいことなので、バスがなくてもこういう移送サービスがスムーズに稼動している村として、いいアピールになるのに、、と思いました。

luckdragon2009luckdragon2009 2012/07/17 12:01 医者が辞任した際に、引きとめ集会開きましたよね。(有澤医師)
でも、ご本人の辞任理由には、勤務に対する激しい糾弾がありました。

案外、この村には医師の診療所の存続に関し、相反する正反対の意見があって、それぞれが独自に活動してたりしませんかね。
引止め集会と、医師攻撃の双方がある、というのは、そんな気がします。

まあ、小さな村落でも、派閥の軋轢ってありそうなので。

でも、赴任する外からの医師にとっては、せめて、村の中核の意見ぐらい統一されていないと、安定した勤務に差し障ると思う。

ちなみに、退職の際の「差しさわりのない退職理由」って、口外したくない、嫌な理由が隠されている場合、結構ありますよ。(特に、その人が次勤務地で、順調に勤務を望んでいる場合)

YosyanYosyan 2012/07/17 12:58 麻酔科医様

最後に紹介した送迎事業みたいなものはイイお話です。ただチョット心配したのは、前に出ていた男尊女卑の気風です。村議会でもめたのも、その辺の関連もあったかもしれないと思っています。


luckdragon2009様

 >退職の際の「差しさわりのない退職理由」って、口外したくない、嫌な理由が隠されている場合、結構ありますよ

私は「察せよ」としているように何故か感じます。

なんだっけなんだっけ 2012/07/17 14:45 内地の気性があわないって言ったのに。
気象じゃなくて気候でしょって添削されちゃったの。

boyboy 2012/07/17 17:28 こっち(過去記事)に詳しい情報がありますね。
 → http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20110331

原因はどうも医師の高給に対するやっかみのようです。
ならば解決策はただ一つ。医師を二人にして、勤務時間を各人半分にして、給与も半分にすることです。(合計額は同じ。)
 週休3〜4日で、年収1000万円なら、勤める人もいるでしょう。(高齢の医師など。)
 そうすればいいのに。

sasimininjasasimininja 2012/07/17 19:11 既出かも知れませんが。

上小阿仁村−Wikipediaより

>2007年(平成19年)から2009年(平成21年)にかけて、毎年自殺者が4、5人出ており、10万人あたりの自殺率に換算すると、150ポイント前後と、きわめて高い値となっている。

10万人あたりの自殺率ですが、日本全体では23.8人/10万人/年、世界最高の韓国でも42.2人/10万人/年です。
上小阿仁村の誇る150人/10万人/年のスコアは、恐ろしく高い数字であると言わざるを得ません。
(実際は182人/10万人/年でもっと高い:5人/2747人で計算)

歴代の診療所長先生がご健在のまま退職されたことを、慶ぶべきなのかも知れません。

YosyanYosyan 2012/07/17 19:29 sasimininja様

自殺率のデータを補足しておくと、2010年データで全国平均は23.4人になります。ただし高齢になるほど自殺率が高くなる傾向はあります。それでも一番高い50-54歳でも34.4人です。これはあくまでも全国平均なので地域性を加味して考えると、内閣府資料の2009年版で全国平均で23.8、秋田平均が37.7になっており約1.6倍です。

これに本当は年齢人口構成による補正を加えないといけないのですが、そこまで手が回らないので単純計算すると50-54歳で55.0人までは計算可能です。データ上でも、どう考えても高いのは同意です。

失礼失礼 2012/07/18 01:23 >有澤医師は松沢医師よりも頑張り

揚げ足とりっぽいこと言うけど、これ書く必要無いでしょ

京都の小児科医京都の小児科医 2012/07/18 04:50 >「医師をイビリ出す村」のイメージ
これはちょっと表現が難しいと思いますが、医師が医師として仕事ができずらい地域は
全国に多数あると思います。 こういった地域のリストがあればと思いました。

>皆の「ありがとう」と言う言葉と、にじむ「感謝の気持ち」です
根本的な部分で勘違いしている気がします。そういった地域もまれにあるか知れませんし
別の言い方をすればそういった医師をおだてて上手に利用する医師つかいにたけた地域も
あるかとは思いますが、基本は日本全国でそういった地域はないと理解しています。
これは都会も田舎も関係ないと思います。仮に都会はともかく、田舎がそうだと思い
こまれておられるのならやはり勘違いでしょう。昭和期ならともかく、これが平成期の
日本の医療体制と理解しています。

とおりすがりとおりすがり 2012/07/18 09:15 >上手に利用する医師つかいにたけた地域
私の祖母は、大正生まれで20代の時に開腹人工肛門をつくったり、その後は、イレウス、がんと病気の固まりのような人でしたが、90歳で大往生しました。
お医者さんに連れていくと、本当にお医者さんへのあたりが上手だな、、、、と思いました。(つれていく人選からして、病院なれしている)一種の才能だと思いましたが、お医者さんに好かれて、大事にして貰うコツを知っている患者でした。

BugsyBugsy 2012/07/18 11:43 とおりすがり様のお婆様は 若いうちから一生医者の世話になると腹を括られたからこそ医師とお付き合いを上手にやろうと思われたからでしょう。実に有り難いことですが、残念ながら稀有なことでもあります。

若い世代は自分の健康に漠然と自信があります。怪我をしたところで治れば医療をうけません。まさか自分が脳卒中やガンにかかるわけがないと思いがちです。また若年発症の成人病も自覚症状がない事が多いのです。医療機関に定期的に通うなんて夢にも思っていません。従って自分たちの税金が医療に回されるのが不愉快で、税金を払ってその上に治療費も窓口で支払うのが不思議に感じています。だから医者がいなくなっても平気です。都市部だってそんな健康保険を払おうとしない連中は山ほどいます。だから彼らの態度をみればよくわかります。

ただまあ公然と声を出すのは ここの土地柄なんでしょうかね。普通は不満でも居酒屋談義で終わります。

医師の処遇が不満なら この村に最初から公務員として採用試験をして医師を採用してはいかがでしょう。道路の整備もゴミを集めたり、清掃も行政サービスであって事業自体に利益が上がるわけでもありません。村の診療所も行政サービスの一環として理解してもらいたいものです。当然処遇も他の職種の公務員と一緒で各種手当、残業、深夜勤務もきちんとすべきです。当然労働基準も他の公務員と一律にお願いします。退職金もです。そちらの方が相当厚遇に見えまよ。

それでも応募者がいなければ村の責任であって医師の責任でもなんでもありません。前任の医師が逃げても自分から応募してきた医師がいたそうじゃないですか。多分世間知らずの医師はまた数人はいます。気に食わないから追い出して また次の医者が来るなんて発想が異常です。仮にそこの村役場の土木のエキスパートを虐めて退職に追い込んで また次の熟練した専門家が簡単に来ますかね。大学医局だの県だの他人に頼めば 医者がやってくる時代はもう終わったのですがね。

ひんべえひんべえ 2012/07/18 15:12 北海道から来た医師が気候が合わないなんで、、、風ではなく土があわなかったのでしょう。察するべきですね。
ここまでひどいかどうか分かりませんが、やはりへき地に赴任した話を人づてに聞くと、自宅に石を投げ込まれただ、子供が学校でいじめられただの、そういう話は事欠きません。ある意味、特権富裕層的に思い込まれているのでヤッカミをうけるのでしょう。開業されていれば、田舎でなくても多かれ少なかれそんな目で見られている事をお感じになるのではないでしょうか。。。

京都の小児科医京都の小児科医 2012/07/18 19:18 いわゆる医療崩壊ストーリーが始まって何年もたっています。
当然だと思いますが、厚生労働省医政局監修 無医村地区完全医師利用方法マニュアル(裏)はあると推測します。
・医師募集の広告の仕方
・給料をどう抑えるか(給料を上げるより感謝状のほうが安上がり)
・相手を見て対応を変える(30代独身男性と70代既婚女性とはまったく対応が異なります)
・面と向かって言ってはいけない言葉(診療はいいので、さっさと薬を出してくれ。重症になったら自分の自己判断で
町の大きな病院へゆきます)
・まじで地域医療に貢献したいと来た医師への合理的な対応方法
・メディア対策
・医師をどうやってやめさせるか

元上小阿仁村の住人元上小阿仁村の住人 2012/07/26 08:29 今度のお医者さんも、結局1年程度しかもたなかったわけですが、一番の根本的な理由は、医者に対する村民の期待感がそれほどでもなかったということだと思います。自家用車だったら20分〜30分、バスでも30分〜40分のところに大きな総合病院及び診療所が2つあって、村の診療所に対しては、そもそも最初からそれほど期待していないんです。赴任してくるお医者さんたちは、村の診療所というと、村民すべての人から頼りにされるところだというイメージでいらっしゃるんでしょう。でなきゃ、いまどき、村と名のつく自治体にわざわざ赴任してこないでしょう。ところが、いざ実際に来てみたら、そんなに自分が当てにされているわけでもないと知ったとき、まだ49歳という働き盛りなら、ここにこのまま骨を埋めていいのかという思いにかられたとしても、全然不思議ではない気がします。そのギャップが一番の大きな理由だと思います。

北○市在住の札○市民北○市在住の札○市民 2012/07/28 01:10 このお医者さん、前の医院(無床診療所)に11年いたんだけど、相当な気分が激しい人で、職員や患者さんに暴力・暴言をする人で、患者さんは泣いて怒って転院してしまうし、看護師は退職してしまう人が多かった。昨年の春に理事長に退職(実際は解雇)させられて秋田に行ったようだよ。
千葉県(外房)出身で北○にくる前は西○部村の病院に副院長?でいたんだけど、同じことしてたみたいだよ。
昨年9月の上小阿仁村の人事異動で看護士2人が診療所から村役場本庁に異動させられたようだから、またけんかしたんじゃないか?内地の気候が合わないからじゃなくって、そのことで患者から嫌がらせされたから辞めたんじゃないの?

診療所の電話番号に慄然診療所の電話番号に慄然 2012/11/22 03:04 問題の診療所の代表電話番号を見て慄然としました。
末尾が42の「死に番」です。縁起が悪いとされ、特別な場合を除いてNTTが一般に割り当てることは有り得ない番号です。通常はNTT内部で内線直通番号などに割り当てて消費するので、家庭や企業、ましてや病院や診療所に割り当てるなど、特別な場合を除いてあり得ません。
特別な場合とは、電話回線契約の際に「死に番を割り当ててくれ」と言われた場合です。

なにか呪詛的な怨念を感じます。