新小児科医のつぶやき

2012-08-12 東京都助産師会への質問メイル

石村あさ子氏は東京都助産師会会長か?

東京都助産師会HPでは山村節子氏が会長となっていますが、日本助産師会都道府県助産師会一覧では石村氏が会長です。どっちが本当なのかになりますが、東京都周産期医療協議会名簿で確認してみます。


会議名 肩書き 氏名
平成20年度 第2回東京都周産期医療協議会(平成20年11月5日開催) 日本助産師会東京都支部支部長 山村節子
平成20年度第3回東京都周産期医療協議会(平成20年11月28日開催) 日本助産師会東京都支部支部長 山村節子
平成20年度第4回東京都周産期医療協議会(平成20年12月17日開催) 日本助産師会東京都支部支部長 山村節子
平成20年度第5回東京都周産期医療協議会(平成21年3月11日開催) 日本助産師会東京都支部支部長 山村節子
平成21年度第2回東京都周産期医療協議会(平成21年7月29日開催) 日本助産師会東京都支部支部長 山村節子
平成21年度第3回東京都周産期医療協議会(平成21年12月22日開催分) 日本助産師会東京都支部支部長 山村節子
平成21年度第4回東京都周産期医療協議会(平成22年3月29日開催分) 日本助産師会東京都支部支部長 山村節子
平成22年度第1回東京都周産期医療協議会(平成22年9月14日開催) 東京都助産師会会長 山村節子
平成22年度第2回東京都周産期医療協議会(平成22年10月20日開催) 東京都助産師会会長 山村節子
平成21年度第1回東京都周産期医療協議会(平成21年5月21日開催) 東京都助産師会会長 山村節子
平成23年度第1回東京都周産期医療協議会(平成23年11月2日開催)  東京都助産師会会長 山村節子
平成24年度第1回東京都周産期医療協議会の開催について(平成24年7月10日) 東京都助産師会会長 石村あさ子


これからわかる事は、

  1. 平成21年度までは日本助産師会東京都支部支部長であったのが、平成22年度から東京都助産師会会長になっている。
  2. 平成20年度から平成23年度までは一貫して山村節子氏が支部長ないし会長である。

会長任期は年度単位であると考えるのが妥当です。また私が確認する限り山村節子氏が病気や死亡などで急遽辞任された経緯は見つからず、今もお元気のようです。つまりごく普通に任期を終了されたと言う事です。そうなると石村氏は平成24年度4月から第2代の東京都助産師会会長に就任されている事になります。


nichiokanicioka様の質問メイル

nichiokanicioka様の質問メイルは5/12にウェブで公開されているようですが、実際に送信されたのは5/9となっています。内容をあえてすべて引用します。

貴会専門部会理事・石村あさ子助産師の活動につき、貴会の見解を伺いたく、メールで問合せた次第です。

(1)特定宗教と助産業務との区分けが曖昧
(2)科学的効果のはっきりしない療養法を妊婦に勧めている
http://ameblo.jp/soncuba/entry-10814445698.html
>江東区東陽町で活躍される、助産婦石村あさ子さんから案内をいただき
>総合区民センターで開催されている「神霊教パネル展」に行ってきました。
>神霊教は安産の神様でもあり、私も妊娠中には
>助産婦石村にすすめられ、お参りにいったり、
>ご神水をわけてもらい飲んだりしていました。

(3)苦痛少ない出産の否定
(4)医学に対する偏見
http://srkblog.info/archives/219846.html
>しかし、理想とかけ離れた現実に落胆して退職したのです。
>親が楽なお産をすることだけを考えている今の医学に対して、
私はもっと心のこもったお産をしてほしいと考えています。
入院してしまうと、出産が他人任せになってしまいます。

(5)肝炎妊婦の出産取扱い
(6)宗教的信念の過剰
http://srkblog.info/archives/219846.html
>私は10年間で500ほどの家庭出産を手がけていますが、逆子だったり、
>妊婦さんが肝炎を患っていたりと、色々なケースに出合います。
>普通は怖くて難しい家庭出産ですが、神霊教の神様に守られているから
>こそできるのです。神霊教で家族の大切さを実感した私は、
>家庭出産だけを扱おうと決めています。欲を言えば、
>神霊教の理想的な自然分娩による無痛安産をしてほしいのですが。

とりわけ(5)は、貴会助産業務GLにて、助産院で取り扱わないことになっていたと記憶します。末端の一部不心得者が危険行為を犯しているのではありません。貴会幹部が堂々とそれを表明している。医療者として不道徳且つ危険なことだと私は考えます。

貴会のご見解を伺いたく思います。

読めばそのままなんですが、質問事項をあえて整理しておけば、

  1. 特定宗教と助産業務との区分けが曖昧
  2. 科学的効果のはっきりしない療養法を妊婦に勧めている
  3. 苦痛少ない出産の否定
  4. 医学に対する偏見
  5. 肝炎妊婦の出産取扱い
  6. 宗教的信念の過剰

この6項目について東京都助産師界の見解を質問しています。この質問は5/9に送信されていますから、受け取った東京都助産師会の会長は言うまでもなく石村あさ子氏になります。


東京都助産師会からの返答

まずなんですがnichioka様のリアルの肩書きは存じませんが、とにもかくにも東京都助産師会は返答を行っています。これは東京都助産師会の公式回答であり、私信であるとか個人的見解でないことになります。そういうものを出すとなると、これまた当然ですが東京都助産師会理事会の承認が必要になります。でもって、理事会は会長たる石村氏が議事進行を行います。

では東京都助産師会からの返信(回答)です。

5月9日付で電子メールによりご連絡頂いた内容について、ご回答致します。

前提として、当然のことながら会員の信仰について、当会として関知するものではなく、特定の宗教を推奨したり、否定したりする見解を持つものではありません。

問題は、会員の信仰が理由となり、助産師として必要な業務を怠っているか否かという点です。

当会として、石村助産師に確認いたしましたところ、「肝炎妊婦」の取り扱いに関して、15年位前に妊婦さんと病院サイドからの要望により、連携病院にてオープンシステムの下で分娩介助(医師立ち会い・病院助産師の間接介助のもと)をされた事例でした。
当時はリスクのある妊婦さんからの相談も多くあり、連携病院と対応して行っていたとの報告でした。現在も、ガイドラインに則り助産師業務を行っています。

ご連絡頂きまして有難うございました。

さてなんですが、nichiokanicioka様の質問と回答を対照表にして見ます。


nichioka様の質問 東京都助産師会の回答
特定宗教と助産業務との区分けが曖昧 前提として、当然のことながら会員の信仰について、当会として関知するものではなく、特定の宗教を推奨したり、否定したりする見解を持つものではありません。
科学的効果のはっきりしない療養法を妊婦に勧めている 無回答
苦痛少ない出産の否定
医学に対する偏見
肝炎妊婦の出産取扱い 当会として、石村助産師に確認いたしましたところ、「肝炎妊婦」の取り扱いに関して、15年位前に妊婦さんと病院サイドからの要望により、連携病院にてオープンシステムの下で分娩介助(医師立ち会い・病院助産師の間接介助のもと)をされた事例でした。
当時はリスクのある妊婦さんからの相談も多くあり、連携病院と対応して行っていたとの報告でした。現在も、ガイドラインに則り助産師業務を行っています。
宗教的信念の過剰 前提として、当然のことながら会員の信仰について、当会として関知するものではなく、特定の宗教を推奨したり、否定したりする見解を持つものではありません。


読めば判るとおり、東京都助産師会が問題として受け止め、回答を行なったのは肝炎妊婦の件だけであるのが確認できます。


宗教と助産師業務の関り

宗教と助産師業務についてはもう一文の補足説明があります。

    問題は、会員の信仰が理由となり、助産師として必要な業務を怠っているか否かという点です。

東京都助産師会の見解は、その回答の全体を読んで判断すると、信仰が理由となって本来行うべき助産師業務が為されなければ問題としています。これはもちろん正しい見解です。しかしnichiokanicioka様の質問の趣旨は、信仰が理由になり石村氏が必要な業務を行なっていないとの指摘とは必ずしも言えません。助産業務に直接信仰を持ち込んでいるのではないかの指摘です。

よくよく東京都助産師会の回答を読んで頂きたいのですが、信仰を持ち込んんだがために本来の助産師業務が阻害されれば問題としていますが、悪意で取れば信仰を持ち込んでも助産師業務に支障さえ無ければOKとしていると読めます。

東京都助産師会が一番熱心に回答している肝炎妊婦の件がわかりやすいと思います。この件は、助産師業務の範囲を信仰を理由に超えていると受け取られると判断したと見ます。そのため、病院で医師の監督の下に分娩を行ったものであり、本来の助産師業務を逸脱していないと詳細に説明しています。


ではなんですが、東京都助産師会が実質スルーした、たとえばここ、

(1)特定宗教と助産業務との区分けが曖昧
(2)科学的効果のはっきりしない療養法を妊婦に勧めている
http://ameblo.jp/soncuba/entry-10814445698.html
>江東区東陽町で活躍される、助産婦石村あさ子さんから案内をいただき
>総合区民センターで開催されている「神霊教パネル展」に行ってきました。
>神霊教は安産の神様でもあり、私も妊娠中には
>助産婦石村にすすめられ、お参りにいったり、
>ご神水をわけてもらい飲んだりしていました。

これに対しては本来の助産師業務を逸脱していないからノータッチ、すなわち東京都助産師会として認められる行為となります。この中には二つの宗教的行為が存在します。

  1. 石村氏が妊婦に「神霊教パネル展」に行くように勧めている
  2. 石村氏が妊婦に神霊教の安産教義に基づく「お参り」「ご神水」を勧めている

これは無問題であるとしているわけです。微妙といえば微妙なのは私も認めます。ここを東京都助産師会が認めた理由としては、あんまり厳格にやると

    戌の日に腹帯を巻く

これも宗教的行為になり、問題となってしまうです。「戌の日に腹帯を巻く」の延長線上で考えるなら、神霊教のみ異端視して妨げる理由はないです。宗教的行為と言っても、習俗レベルになっているものと、純然たる宗教行為の境目が曖昧になっているものは多々あります。厳格にやれば習俗レベルの宗教行為もすべて排除になると言う考え方です。だから本来の助産師業務にさえ支障を来たさなければなんでもOKとするです。

ただ少々危険な考え方でもあります。これはtadano-ry様のコメントですが、

 私はクリスチャンとしての信仰を持ちながら医療に従事するものですが、自分の顧客である患者に自分の信仰を勧めたり、自分の信仰に基づいた行為を勧めることは一切ありません。

 普段から患者さんに十分な説明を行い同意を形成しながら医療にあたっていますが、それでも医療に対する知識、医療行為の選択という点において、医療従事者と患者の関係は必ずしも対等ではないからです。

 自分が優位に立っている関係性において信仰を勧めることは、相手の選択する自由に強い制限をかけている可能性があると考えます。宣教はあくまで対等な人間関係において本人の自由意志が十分働く環境で行われるべきです。憲法がなぜ政教分離をうたっているかを考えれば自明のことです。念のため私の教会の牧師にも確認しましたが、私と同じ意見であったことを付言しておきます。

信教の自由は憲法でも言うまでも無く保証されていますが、優越的地位を利用した布教活動を認めている事にならないかです。出産と言う不安に対し、宗教的な加護を求めるのは多くの人にあります。そのために個人の意思でお参りに行く、お守りを買う、祈祷をしてもらうは誰も妨げるものではありません。うちの子供の出産の時だってやっています。

助産師は出産を主導する地位にあり、妊婦は出産への不安がある関係です。助産師と妊婦の関係ではわかりにくいなら、産科医と妊婦の関係に置き換えても構いません。もっと言えば、外科医と生死を分ける大手術を控える患者の関係でも変わらないと思います。そういう状況で、優越的地位にあるものが特定宗教の信仰を勧める行為はどうであろうかです。nichioka様も、

    医療者として不道徳且つ危険なことだと私は考えます。

人の生命を預かることにもなる医療の資格専門職として、倫理はどうなんだです。宗教行為は上記したように、世俗レベルと純粋な信仰活動がシームレスに広がっています。これに対し、医療の資格専門職は可能な限り宗教行為から離れた地位にあるべきだと私は考えます。ごく簡単には、医療現場に宗教を医療職が持ち込むのは極力避けるです。

持ち込むにしても、日本人の一般常識として世俗レベルであると見なされるものに限定するべきだと言う事です。具体的な世俗的宗教行為としては、

  1. 正月に正月飾りを置く
  2. 七夕に笹の葉に願い事を書く
  3. クリスマスにツリーを飾る

これさえも異論がある人はいるぐらいです。ましてや、これ以上の信仰活動的宗教行為を医療現場に持ち込むことを容認する姿勢は如何なものであるかです。個人の内心の信仰による精神活動は誰しも認めますが、外的な目に見える宗教活動・信仰活動を医療者が医療現場に持ち込む事は好ましいものではないです。


東京都助産師会会長バイアス

宗教の扱いは非常にデリケートです。宗教活動の制限は信仰の自由との問題もあり、下手に触ると弾圧ともされかねません。その点を東京都助産師会は重くとって、あえて宗教の医療現場への持込への見解を避けた、ないし玉虫色にして棚上げにしたはあるかもしれません。一通の質問メイルでそこまで反応しなくとも良いのではないかの判断です。

ただ今回の件はバイアスが嫌でもあります。問題行為の可能性があると指摘されているのは、東京都助産師会会長御本人です。回答メイルに、

    当会として、石村助産師に確認いたしましたところ

実際には理事会なりで会長自らが釈明し、他に指摘があった宗教活動に対する回答方針を主導したわけです。ですから、回答も読み様によっては、石村氏の宗教活動的部分は容認の結論を、東京都助産師会として出させているとも受け取られかねません。そういう風に受け取られるのは石村氏にとっても心外ではないでしょうか。

常識的に東京都の助産師会長の発言力は大きいです。日本助産師会の中でも最大の勢力を率いている事は自明です。かつての江東区助産師会副会長とは地位も責任も桁違いであるです。冒頭に書いた東京都周産期医療協議会だけではなく、多くの公的な場で助産師界の今後を左右する発言を行っていく立場にあるわけです。

なかなか興味深い対応と感じました。

n 2012/08/12 14:59 私個人的な考えとしては、医療では命を救えないものに関しては、補足的に宗教などの別の方向からの治癒的行為もあっても良いかなと思いますね。

患者の望む事は、病気に関して云えば

「病気の完全な治癒」

であり、今回の問題であるお産に関して云えば、

「安産」

なのですから、実績さえ残っているのであれば、その方法論としては、科学的医療も、宗教行為も関係ないと思います。
(若しそれが、患者として嫌ならば、その人の医療を受けないという選択しもありますし・・・。)

一見その石村氏の行為は、異端であるかも知れませんが、私はそういう形の助産師がいても
選択肢として残しても良いように思えます。もし、その行為が危険な行為であるというのならば、実際に、その助産行為でどれくらい医療事故が起こったのかを調べてからでも、批判をするのは遅くないと思います。

資料だけ羅列しても、結局は、医療従事者の本文というのは

「どれだけの患者を救ったか?」

という、実際の医療実績にかかっていると思います。

それに、科学的医療が前提で、補足的に宗教行為が絡んでいるという事であれば、余りそこまで目くじらを立てて、突っ込む必要もないのでは?とも思います。

BugsyBugsy 2012/08/12 15:08 >戌の日に腹帯を巻く

妊婦が腹帯を巻くのは 宗教というより日本の一般的な伝統であり習慣ですから、医師が口を出すことはありません。もはやこの習慣の由来に宗教的な背景があるのかどうか誰も知りません。水天宮という河童の神様がいて なんで犬の日に腹帯をそこで買って安産なんでしょ。

しかし医療側が妊婦に向かって腹帯を巻いたら御利益あるように方向づけることとは 全く意味が異なります。

八百万の神様が日本にはいますからね。クリスマスにツリーを飾って 仏様の誕生日に甘茶をかけて 正月には神様に柏手を打っていても 宗教とは無関係の生活習慣になっています。ほとんど宗教論争は起きえません。散々戦国時代に殺し合いをやらかして ばからしくなってるからでしょう。

日本にも宗教法人が設立した医療機関は少なからずありますが 少なくとも分娩や治療の場に宗教観念は持ち込んでいないです。はい オイラもそんな病院に勤務してました。

良く知りませんが 今回話題に上がった宗派はまだ老舗で世間とのお付き合いがこなれていないのでしょう。

BugsyBugsy 2012/08/12 15:14 訂正します。

>今回話題に上がった宗派はまだ老舗で世間とのお付き合いがこなれていないのでしょう。

今回話題に出た宗教はまだ老舗というわれている宗派のように 散々弾圧されたり権力者との闘争をしてはいないので世間とのお付き合いがこなれていないのでしょう。

ふぃっしゅふぃっしゅ 2012/08/12 15:39 Yosyan先生の情報把握と整理の緻密さに頭がさがります。

n様の「その助産行為でどれくらい医療事故が起こったのかを調べてからでも、批判は遅くはないと思います」という点ですが、2年前のホメオパシーの事件を思い起こしても、医療事故とはまだ認められていない類の危険性があることを危惧しています。

たとえば、昨日の記事の「助産婦石村」の旧ブログでは出産時の「用意するもの」のページを読むと、「れんこん(できれば節のあるもの)」がリストに載っています。

思い出しましたが、kikulogでたしか「分娩時出血を予防するためにれんこんジュースが効く」と勧めている助産師がいることが話題になりました。(現在kikulogは一旦閉鎖されているので詳細を確認できませんが)
飲んでも飲まなくても変らないものを産婦さんに勧め、分娩時出血が少なければ「れんこんジュースのおかげ」と言っていた可能性があります。

それが宗教に置き換われば、「○○の神様のおかげで出血が少なかった」と言うことも可能です。

医療事故には直結しなくても、現在の周産期医療の知識に基いたことを産婦さんに説明せず、適切な医療行為を軽んじたりあるいは忌避させている可能性があることが問題だと思います。

n 2012/08/12 15:59 ふぃっしゅさん

>飲んでも飲まなくても変らないものを産婦さんに勧め、分娩時出血が少なければ「れんこんジュースのおかげ」と言っていた可能性があります。

それは飽くまで可能性であって、実際にそのような事があったかは、これだけでは判断出来ません。

そのような段階で危険であると言及するのは、言い過ぎと云えます。

>それが宗教に置き換われば、「○○の神様のおかげで出血が少なかった」と言うことも可能です。

レンコンジュースと宗教行為に直接の連関性はなく、それこそ意見のすり替えだと云えますが。

>医療事故には直結しなくても、現在の周産期医療の知識に基いたことを産婦さんに説明せず、適切な医療行為を軽んじたりあるいは忌避させている可能性があることが問題だと思います。

これも、実際聞いてみないと、周産期医療の知識に基づいた説明をしているか、していないかの判断も出来ず、可能性の域を出ません。

toutou 2012/08/12 18:16 >医療者として不道徳且つ危険なことだと私は考えます。
nichioka氏が述べておられるのは、(5)についてではないでしょうか。

大学腫瘍内科大学腫瘍内科 2012/08/12 18:24 >私個人的な考えとしては、医療では命を救えないものに関しては、補足的に宗教などの別の方向からの治癒的行為もあっても良いかなと思いますね。

個人的に宗教からの癒しを求めるのは当然自由ですが、国家資格を持った職業人として特定の宗教を薦めるのはアウトだと思います。

>実績さえ残っているのであれば、その方法論としては、科学的医療も、宗教行為も関係ないと思います。

医療行為を行うのに、宗教行為の方法論はダメじゃないですか?やりたければ助産師の肩書きを返上して、宗教行為として行うべきでしょう。恐らく違法とはなりますが。
n様は震災の時にいたニセ医師も死人が出てないから容認するんですか?

n 2012/08/12 18:58 >大学腫瘍内科さん。

>個人的に宗教からの癒しを求めるのは当然自由ですが、国家資格を持った職業人として特定の宗教を薦めるのはアウトだと思います。

それは程度の問題だと思いますけど。特定宗教を薦めるというよりも

「こういうこともありますよ。」

程度だったら、問題ないと思います。つまり、最終的な判断は患者に預けるという事です。患者を含め、一般の個人に対しての特定宗教の強要は、不味い事だとは思いますが、説明や、その説明に患者個人が賛同をしたのであるのならば、特に問題はないと思います。(強要ではないのですから。)

まぁ、そこら辺の話は実際に聞いてみないとわかりませんので、勝手な思い込みの段階で判断をするのもどうかと思いますが。

>医療行為を行うのに、宗教行為の方法論はダメじゃないですか?やりたければ助産師の肩書きを返上して、宗教行為として行うべきでしょう。恐らく違法とはなりますが。

私は、医療行為が前提で、それで補えない範囲を、補足的に一つの方法として、宗教行為に答えを求めても問題はないと云う考えです。(飽くまで方法の一つ。)医療行為を否定している訳ではありません。もう少し突っ込んで云えば、病気が治り不安が取り除かれる事が、患者としての第一の目的であり、妊婦にとっては、母子が健康を保ち生まれる事が第一であり、そこに行き着く方法は、医療の他にもいろいろあると思います。

「医療行為」を前提とした範囲内での「宗教行為」が果たして違法なのでしょうか?

例えば、医学的、科学的に治癒が困難な事象であったり、いわゆる原因不明の病気に対し、医師の手の施しようがないものであるものならば、宗教行為も一つの手であると云う事です。

>n様は震災の時にいたニセ医師も死人が出てないから容認するんですか?

私は、そのような事を一言も言っておりませんし、それと、医療関係者の宗教行為とどのように関係するのでしょうか?

京都の小児科医京都の小児科医 2012/08/12 19:32 n様

>「医療行為」を前提とした範囲内での「宗教行為」が果たして違法なのでしょうか?

主旨は賛成なのですが、まず、前提として根拠に基づいた安全な医療行為であるかどうかが重要と思います。 
宗教行為によって、根拠に基づいた安全な医療行為の範囲を逸脱する場合は問題のある宗教行為と考えます。

>例えば、医学的、科学的に治癒が困難な事象であったり、いわゆる原因不明の病気に対し、医師の手の施しようがないものであるものならば、宗教行為も一つの手であると云う事です。

本件は、まず、正常な妊婦・胎児・新生児にとって根拠に基づいた安全な医療行為かどうかが論点になると考えます。

で、一般的には根拠に基づいた安全な医療行為かどうかの判断は助産師業務ガイドラインに
沿っているかどうかがひとつのポイントであると思います。

大学腫瘍内科大学腫瘍内科 2012/08/12 19:38 >私は、医療行為が前提で、それで補えない範囲を、補足的に一つの方法として、宗教行為に答えを求めても問題はないと云う考えです。(飽くまで方法の一つ。)医療行為を否定している訳ではありません。もう少し突っ込んで云えば、病気が治り不安が取り除かれる事が、患者としての第一の目的であり、妊婦にとっては、母子が健康を保ち生まれる事が第一であり、そこに行き着く方法は、医療の他にもいろいろあると思います。

それは、医療従事者としての肩書きを持ってやるべきことではないということです。
HNの通り、自分は切除不能進行再発癌を主に診ています。基本的には診ている患者さんは数年以内に亡くなる方がほとんどです。残念ながら標準治療では打つ手がなくなった患者さんから、こちらから見れば「怪しい」民間療法についての意見も求められますが、その時には敢えてはっきりとは否定はしません。本人や家族の気が済むのなら、自由だと思うからです。(あまりに非常識な金額であればやんわりと止めることはあるかもしれませんが)
しかし、自分でそれら根拠のない民間療法などを医療従事者として提示すれば(強要ではなくても)プロとしてはアウトです。
また中々死を受け入れられない患者さんを目の前にすれば、アメリカの様に宗教がバックグラウンドにあればどんなに楽かとも思います。しかし前の日記のtadano-ry様がコメントで書かれていたように、現実的には対等とは言えない関係で、患者さんに対して個人で信仰している特定の宗教を紹介するのはアウトでしょう。紹介するのであれば、職場とは無関係の場所で医療従事者の肩書きをはずして行うべきです。

>>n様は震災の時にいたニセ医師も死人が出てないから容認するんですか?

私は、そのような事を一言も言っておりませんし、それと、医療関係者の宗教行為とどのように関係するのでしょうか?

根拠がなくとも実績があればよいのであれば、死人を出さずに軽傷患者だけを診ていたニセ医者でもよいと思っているのかと思いました。違うのならば失礼しました。

n 2012/08/12 20:03 >京都の小児科医さん

>主旨は賛成なのですが、まず、前提として根拠に基づいた安全な医療行為であるかどうかが重要と思います。 
宗教行為によって、根拠に基づいた安全な医療行為の範囲を逸脱する場合は問題のある宗教行為と考えます。

その通りだと思います。ですので、実際の医療行為はどうなっているのかという確実な情報がない限り、現段階で、果たしてこの宗教行為は危険であるのか、ないのかが判断が出来ないとも云えるのではないでしょうか?


>本件は、まず、正常な妊婦・胎児・新生児にとって根拠に基づいた安全な医療行為かどうかが論点になると考えます。

で、一般的には根拠に基づいた安全な医療行為かどうかの判断は助産師業務ガイドラインに
沿っているかどうかがひとつのポイントであると思います。

これにも同意致します。助産師業務ガイドラインを遵守した上での宗教行為であり、なおかつ、妊婦さんに強要せずに賛同を得るものであるのならば、私はその行為は、妥当と見なしても良いと考えます。

n 2012/08/12 20:17 >大学腫瘍内科さん

>それは、医療従事者としての肩書きを持ってやるべきことではないということです。
HNの通り、自分は切除不能進行再発癌を主に診ています。基本的には診ている患者さんは数年以内に亡くなる方がほとんどです。残念ながら標準治療では打つ手がなくなった患者さんから、こちらから見れば「怪しい」民間療法についての意見も求められますが、その時には敢えてはっきりとは否定はしません。本人や家族の気が済むのなら、自由だと思うからです。(あまりに非常識な金額であればやんわりと止めることはあるかもしれませんが)
しかし、自分でそれら根拠のない民間療法などを医療従事者として提示すれば(強要ではなくても)プロとしてはアウトです。
また中々死を受け入れられない患者さんを目の前にすれば、アメリカの様に宗教がバックグラウンドにあればどんなに楽かとも思います。しかし前の日記のtadano-ry様がコメントで書かれていたように、現実的には対等とは言えない関係で、患者さんに対して個人で信仰している特定の宗教を紹介するのはアウトでしょう。紹介するのであれば、職場とは無関係の場所で医療従事者の肩書きをはずして行うべきです。

この質問は、大学腫瘍内科さんに取っては酷な質問かも知れませんが、

「自分でそれら根拠のない民間療法などを医療従事者として提示すれば(強要ではなくても)プロとしてはアウト」

ならば

「若し、腫瘍が治ったという確実な実証が伴えば、もし自分の施せない腫瘍ができた患者に対しその民間療法(宗教行為)を勧めますか?それとも勧めませんか?」

という事をお聞きしたいのですが、いかがでしょうか。実際、そのようなお話をなかなか、実際のお医者さんから聞いた事がありませんでしたので、ご意見をお伺いしたいです。

大学腫瘍内科大学腫瘍内科 2012/08/12 20:48 大規模なランダム化比較試験のように科学的手法に基づく検証により、生存期間や無増悪期間の有意な延長が示されて、きちんと専門家のレヴューにも耐えたものは科学的な根拠を伴う治療ですから、それが手かざしだろうが、飲尿療法だろうが薦められますね。
数例治ったという伝聞があるだけじゃ当然薦めません。それは確実な実証を伴うものではないからです。

ちなみにベンチャー企業などで開発が開始された抗癌剤のうち、実際に製品になるのは5%程度です。それくらい実地の医療での検証は厳しいものなのです。

YosyanYosyan 2012/08/12 20:54 n様

私の誤解であれば申し訳ないのですが、もしかしてn様は現代医学の信奉者は一切の民間療法を頭から否定しているとお考えではないでしょうか。もしそうであれば少し誤解があります。

どんな療法であっても科学的検証で効果が実証されれば採用します。そういう意味では、ビックリするほど幅広い範囲で各種の検証が行われています。それで否定されたもの、実証されなかったものは採用されません。それだけの話と存じます。

BugsyBugsy 2012/08/12 21:02 nさま

横槍をいれます。

>特定宗教を薦めるというよりも「こういうこともありますよ。」程度だったら、問題ないと思います。つまり、最終的な判断は患者に預けるという事です。

いえいえ 大問題です。医師の立場で言ったとして患者は必ず医学的背景があるものと誤解してしまいます。結果として患者の判断にゆだねることにはなりえません。

>「若し、腫瘍が治ったという確実な実証が伴えば、もし自分の施せない腫瘍ができた患者に対しその民間療法(宗教行為)を勧めますか?それとも勧めませんか?」

一言でいうと勧めませんし 同僚にも止めさせます。少なくとも個人的な体験が他の患者にも当てはまるかどうかは慎重に検討すべきです。

>「医療行為」を前提とした範囲内での「宗教行為」が果たして違法なのでしょうか?
法律に触れるというより 医療と宗教は相いれない部分があるからです。

宗教を語るのは神社仏閣教会ですべきで 患者に医療を語るのは医療機関においてです。
患者や信者にとっては場所によって受け止め方が違うからです。仏教を信じる医師がいたとして その仏教宗派に入ることによる利益を語るなら あくまで宗教的施設でそうするべきで医療施設において語るとするならば やはりおかしいと思います。

n 2012/08/12 21:51 >大学腫瘍内科さん

>大規模なランダム化比較試験のように科学的手法に基づく検証により、生存期間や無増悪期間の有意な延長が示されて、きちんと専門家のレヴューにも耐えたものは科学的な根拠を伴う治療ですから、それが手かざしだろうが、飲尿療法だろうが薦められますね。
数例治ったという伝聞があるだけじゃ当然薦めません。それは確実な実証を伴うものではないからです。

なるほど、解りました。つまり科学的実証を伴わないものは勧めず、専門家によるある一定の評価や、検証結果を統計、データ化し、確証が持たれたものであれば民間療法でも勧めるという事でよろしいでしょうか。

ありがとうございました。

京都の小児科医京都の小児科医 2012/08/12 21:59 なんとなく
n様VS常連のような印象をもちますが、楽しく議論しましょう。

一点だけ、本件は妊婦さんの話であって患者さんの話ではありません。
で、胎児には拒否権はありません。妊婦の意志のみがすべてです。

大学腫瘍内科大学腫瘍内科 2012/08/12 22:04 >つまり科学的実証を伴わないものは勧めず、専門家によるある一定の評価や、検証結果を統計、データ化し、確証が持たれたものであれば民間療法でも勧めるという事でよろしいでしょうか。

というかですね、このプロセスを経た治療法は、既にこの場で使われている意味での民間療法にはならないんですよ。
医療者は根拠を示さない治療はかなり懐疑的な態度で見ますが、逆に科学的な根拠が出ればそれまでの常識をひっくり返すことを全く厭わない人種なんですよね。

n 2012/08/12 22:05
>Yosyanさん
私の誤解であれば申し訳ないのですが、もしかしてn様は現代医学の信奉者は一切の民間療法を頭から否定しているとお考えではないでしょうか。もしそうであれば少し誤解があります。

どんな療法であっても科学的検証で効果が実証されれば採用します。そういう意味では、ビックリするほど幅広い範囲で各種の検証が行われています。それで否定されたもの、実証されなかったものは採用されません。それだけの話と存じます。

これも、ものすごく抽象的で答えづらい質問だと思いますが、

「もし病気が、抗がん剤や手術などの医学的療法を経ずに、治癒した事例が、数例ではなく少なくとも数十例(あるいはそれ以上)起きた場合、もしその治癒のプロセスが科学的検証では証明出来なければ、医学的にはどう説明をされるのでしょうか?」

という事なのですが、いかがでしょうか?
何か、屁理屈っぽいですが、実際あり得る事だと思い質問させて頂きます。

YosyanYosyan 2012/08/12 22:20 n様

えっと、私は「科学的検証」と申し上げました。答えはそれで必要にして十分と存じます。あえて付け加えればn様の仰る「数十例」とは科学的検証の俎上に登る十分条件ぐらいと存じます。段階としては、話がようやく始まるか始まらないかレベルのお話です。実地医療に用いるとは、すべからくそういう手続きを踏んでおります。

京都の小児科医京都の小児科医 2012/08/12 22:31 前に出しましたが・・・
「祈り療法」と「音楽等療法」
http://www.metamedica.com/asahi/200509.html

日本でもこういった研究をするグループがおられれば楽しいのですが・・・

>八百万の神様が日本にはいますからね。クリスマスにツリーを飾って 仏様の誕生日に甘茶をかけて 正月には神様に柏手を打っていても 宗教とは無関係の生活習慣になっています。ほとんど宗教論争は起きえません。散々戦国時代に殺し合いをやらかして ばからしくなってるからでしょう。

BMJのようにクリスマス特集をしてくれるようなまっとうな医学雑誌も日本にはありません。

BugsyBugsy 2012/08/12 22:33 >「もし病気が、抗がん剤や手術などの医学的療法を経ずに、治癒した事例が、数例ではなく少なくとも数十例(あるいはそれ以上)起きた場合、もしその治癒のプロセスが科学的検証では証明出来なければ、医学的にはどう説明をされるのでしょうか?」

実はあるんです 少なからず。
だけど 治癒のプロセスが科学的に説明できねば ほおっておくしかないでしょう。やはり他の患者さんに勧めるわけにはまいりません。「たまたま」という事例が重なれば 再度医学的に検証せねばなりませんね。治癒の機序が説明できない限り 医療側が施すのは無責任ですよ。今回の妊娠という話題からそれますが ガンでもあるなあ。ガンじゃなかったのかしらって。

しかし これまた別にもあるんです。偏頭痛へある種の抗てんかん薬、眩暈にメイロンという薬なんてね。全員効くことはないんだが それまで10数年既存の治療薬が全く薬効がなかった症例で 少なからず偏頭痛や耳鳴り眩暈でもデパケンやメイロンでぴたっと消失してしまいます。いまだに理由が分かりません。

>科学的検証で効果が実証されれば採用します。

要は科学的検証とはたくさんの症例で統計的に確かに効いたと吟味できてからの話なんであって たった一人に効果があっても他の人間に効いたかどうかは慎重に口に出すべきなんです。
だから宗教に入って医学的効果があったなんて口に出すのは 沢山信者さんの治療効果 この場合分娩でものを言うべきなんです。医療現場の人間がたった一人に効果があったからということで ほかの患者さんにも使ってみようと思い込むのも 実は多いのです。

n 2012/08/12 22:33 Bugsyさん

>>特定宗教を薦めるというよりも「こういうこともありますよ。」程度だったら、問題ないと思います。つまり、最終的な判断は患者に預けるという事です。

>いえいえ 大問題です。医師の立場で言ったとして患者は必ず医学的背景があるものと誤解してしまいます。結果として患者の判断にゆだねることにはなりえません。

確かに、医学的背景というのは否めませんが、若し善意の医者であるのならば、医学では治らない病気や、医療の限界を感じる場面に直面するのであるのならば、本源的には

「ひとりでも多くの患者を助けたい。」

という思いがあるのではないでしょうか。その際に別の方法を薦める医師がいてもおかしくないと思います。そうなると、若し、患者が納得しなかった場合の責任の所在という事になりますが、その方法を薦める以上、その医師に覚悟と責任が伴うと云えます。それでも問題があるのならば、その医師は何らかの社会的制裁を受ける事になるのではないでしょうか。

>>「医療行為」を前提とした範囲内での「宗教行為」が果たして違法なのでしょうか?
>法律に触れるというより 医療と宗教は相いれない部分があるからです。

宗教を語るのは神社仏閣教会ですべきで 患者に医療を語るのは医療機関においてです。
患者や信者にとっては場所によって受け止め方が違うからです。仏教を信じる医師がいたとして その仏教宗派に入ることによる利益を語るなら あくまで宗教的施設でそうするべきで医療施設において語るとするならば やはりおかしいと思います。

本来、宗教というものは、人間の営みや社会構成やあらゆる森羅万象の現象を全て包含するものであり、宗教の中の一部に医療も包含すると考えております。ですので、宗教について語る場を宗教的施設限定とする根拠はありません。又、先程から何度も言ってますように、

「医療行為を前提とした宗教行為」

ですので、先に医療行為が優先され、その補足(補弼)として宗教行為が為されるのであるのならば、問題はないと思います。

私は、全ての医療行為を否定している訳ではなく、医療行為が及ばない部分を別の方法で補完すれば、さらに患者の命は救われるのではないか?と考えているのです。

n 2012/08/12 22:55 >京都の小児科医さん

>一点だけ、本件は妊婦さんの話であって患者さんの話ではありません。
で、胎児には拒否権はありません。妊婦の意志のみがすべてです。

実は、一連の琴子ちゃんのお母さんにブログに関して、この点が一番引っかかったんです。

つまり、実際の事例を以て助産院や助産師の責任や危険性を唱えるのは、確かに重要な事だと思うのですが、では裏を返すと

「胎児に対する妊婦さんの責任はどうなのか?」

という事なのです。(琴子ちゃんのお母さんにはかなりつらい話になると思いますが。)

これはどういう事かというと、まず琴子ちゃんのお母さんには、選択肢として助産院か産婦人科でお産をするという選択肢があったと云えます。そこで果たして出産前に、双方に対してどのような、メリットとデメリットがあったのか充分精査したのかという疑問がブログを読んで感じた率直な感情でした。

また、自分の家族についても調べていたのか?という事も感じました。

 つまり、家族の中にお産で苦しんだ人がいる場合、科学的に見れば、「遺伝」をしている場合が多く、もしかしたら、そういう家系ではなかったのかという事も感じました。

 もちろん、子供を取り上げる助産師にも責任は伴いますが、やはりお腹の中のお子さんの事を考えますと、妊婦さんにも少なからぬ責任はあったのではないか?と不謹慎ながら感じてしまったのです。これについてはどうなのでしょうか?

YosyanYosyan 2012/08/12 23:01 n様

どこに結論を誘導したいのか存じませんが、リスボン宣言でも患者が望めば宗教的な救いに積極的に配慮するのは肯定されており、現実の医療現場でも日常的に行われています。

問題点はこれを医師主導で積極的に取り込む事の是非と存じます。医療者の考えとしてリスボン宣言と照らし合わせても否定的です。つうかリスボン宣言では明快に否定していると取るべきでしょう。

それと奇跡の数例程度の経験はどんな医師でも持っています。強調されても何を主張したいのか判りにくいところです。私が知っているのは奇跡の数例に溺れて、凄い医療を展開されている例が多いというだけです。

BugsyBugsy 2012/08/12 23:01 nさま

>「医療行為を前提とした宗教行為」
ちょっと思い浮かばないのですが 具体的にはどういった内容でしょうか。個人的には興味あります。
京都の小児科医様のおっしゃった祈り療法や音楽療法も実体験がないのですが 妊婦さんの心が安らぐ療法だったら良いですね。侵襲的な内容ならお断りです。

たぶんあなたのおっしゃてることとオイラの言いたい内容は大部分重なっているように思います。
八百万の神と申し上げたのは宗教といっても多種多彩だし 宗教と言わず縁起をかつぐような習慣もありますからね。腹帯を締めるのも根拠はそれなりにあるのでしょう。しかし犬と赤い字で書いてあるのはどうなんでしょ。根拠ありますかね。オイラには習慣とか縁起担ぎに見えますが 本人の勝手のように思います。なんでしたっけ 冬至にカボチャを食べるとか。あれも昔はともかく根拠ありましたっけ。

n 2012/08/12 23:02 >Yosyanさん

>えっと、私は「科学的検証」と申し上げました。答えはそれで必要にして十分と存じます。あえて付け加えればn様の仰る「数十例」とは科学的検証の俎上に登る十分条件ぐらいと存じます。段階としては、話がようやく始まるか始まらないかレベルのお話です。実地医療に用いるとは、すべからくそういう手続きを踏んでおります。

なるほど、やはり医療の現場に反映するには「科学的検証」が常につきまとうという事なのでしょうね。

大学腫瘍内科大学腫瘍内科 2012/08/12 23:15 >若し善意の医者であるのならば、医学では治らない病気や、医療の限界を感じる場面に直面するのであるのならば、本源的には

「ひとりでも多くの患者を助けたい。」

という思いがあるのではないでしょうか。


善意があることも医学に限界があることも、医療従事者として根拠のない治療を薦める免罪符にはなりません。


>本来、宗教というものは、人間の営みや社会構成やあらゆる森羅万象の現象を全て包含するものであり、宗教の中の一部に医療も包含すると考えております。ですので、宗教について語る場を宗教的施設限定とする根拠はありません。

「宗教の一部に医療も包含する」というのは今ひとつ分かりませんが・・昔はともかく、少なくとも現代医学は宗教とは独立して存在していますよね?キリスト教と仏教とヒンズー教でそれぞれ教義によって治療法に違いが出てきたら問題じゃないですか?

>医療行為が及ばない部分を別の方法で補完すれば、さらに患者の命は救われるのではないか?と考えているのです。

残念ながら現状、医療行為が及ばない部分が宗教行為によって「命」が救われる、つまり生存期間が延長するというような事実が示されていない以上、あまり意味のある話とは思えません。そのようなことがあるのなら、きちんと症例数を積み上げて検証するべきでしょう。

上でも書いたように、特に終末期においては宗教の果たす役割を否定するものではありませんし、仮に患者さんが「牧師さんやお坊さんを呼んで話を聞きたい」と言えばそれに対しても協力はするでしょう。しかし医療従事者が病院で特定の宗教を紹介することは全く別の話だと思います。

n 2012/08/12 23:30 Yosyanさん

>私が知っているのは奇跡の数例に溺れて、凄い医療を展開されている例が多いというだけです。

私が言いたいのは、果たして石村氏の行為がそれに当てはまるのかという点について、信憑性にたり得る情報が乏しい状態で、推察だけで決めつけて良いものかどうかと云う点なのです。

私は、現段階では、そこまでする必要はないのではないかとも思って発言を致しました。

n 2012/08/12 23:39 Bugsyさん

>「医療行為を前提とした宗教行為」
ちょっと思い浮かばないのですが 具体的にはどういった内容でしょうか。個人的には興味あります。
京都の小児科医様のおっしゃった祈り療法や音楽療法も実体験がないのですが 妊婦さんの心が安らぐ療法だったら良いですね。侵襲的な内容ならお断りです。

例えば、京都の小児科医様のおっしゃった「祈り」もそうですし、何らかの霊的な力のこもったものを、飲んだり、食べたりするとか(これは、自然界にあるものが条件。水であったり、塩であったり、天然の果物など)、同じく霊的な力がこもったものを身につける(お守りであったり懐紙であったり)等がこれに当たる例だと思います。

つまり、患者自身の体に負担をかけずに、祈念であるとか、そのような供物を戴くとかが宗教行為として妥当なものなのかな?と個人的には感じております。

BugsyBugsy 2012/08/12 23:57 思うに日本においては宗教と医療に接点がありません。

言い切ってしまいますが 十字軍がキリスト教の兵士が僧侶や医師から成り立って巡礼者の治療や施しを行ったり、教会が病人の治療を行ったという歴史的背景をもちません。教会などの宗教施設で医療を行っていた時代が西洋ではあったのですが どうも東アジアを含めた日本ではそれはなかったようです。伝統的な鍼灸も仏教とは無縁です。この際道教のことは置いておきますが 日本では近世道教の痕跡はないようです。

我が国の医療は漢方の時代から近代西洋医学にいたるまで宗教とは無縁でした。したがって現代の日本人が医師が仮に宗教に入信していようが 診療中では宗教の話題とは無縁です。これも一般的な習慣です。

だからこそ医師のみならず今回の話に戸惑うのです。医療側もおそらく患者側も同様でしょう。
現代日本において宗教とは歴史的背景をもつ生活習慣ではあるものの 職場や日常生活 ましてや医療施設で宗教が語られることはありません。


宗教と話題として大きく出ると話題は無限ですが 少なくとも現代の日本では一般的に宗教とは昔からあった伝統的な生活習慣に変化してはいませんか?

だからこそ石村氏の行為が医師側の戸惑いを呼び 推察を呼ぶのでしょう。助産師会の要職にいらっしゃる方が と驚いているのですよ。

YosyanYosyan 2012/08/13 00:08 n様

あなたの個人的な考えで「当てはまらない」とするのは言論の自由ですが、当ブログ及び私の考えは「当てはまる」です。べつにn様を説得する気はサラサラありません。あなたの意見が強固な信念に基づいておられるのなら、どうぞです。

宜しければご自分でブログなりを立てられて、ご自分の意見の啓蒙に務められては如何でしょうか。不毛極まる水掛け論は、存分すぎるほどになされたかと判断しました。これ以上の論旨すり替えの議論のための議論を続けたいのなら「笑って」進ぜましょう。ま、「もしもし論者のn様」としてしばらくぐらいは忘れないとは存じます。

BugsyBugsy 2012/08/13 00:09 >。水であったり、塩であったり、天然の果物など)、同じく霊的な力がこもったものを身につける(お守りであったり懐紙であったり)等がこれに当たる例だと思います。

いやいや どうぞどうぞ。
それで患者ご本人ならびに家族の皆様が気が済むのなら。
神社でお札をもらった人も多いのです。全然かまいません。医師として拒絶もせず お勧めもしません。

ただし
>>「医療行為を前提とした宗教行為」
にはならないように思います。行為としての連続性はないということです。もし安産に終わらなきゃ医療機関のみならず 水であったり、塩であったり、天然の果物などが悪かったんですかね。

そもそも縁起を担ぐのと宗教行為と混同されてませんか?

luckdragon2009luckdragon2009 2012/08/13 01:09 議論の道筋が見えないところもあるので、関連する資料の提示のみ。

リスボン宣言の宗教関連
> http://www.mi-net.org/lisbon/D_Lisbon_j.html
///
11.宗教的支援を受ける権利

a.患者は霊的および倫理的慰安(自分で選んだ宗教の聖職者の支援を含む)を受ける権利を有し、また拒絶する権利も有する。
///
ただし、あくまでも患者の権利であって、医療者の行動規範に宗教は載っていません。


///
c.患者の治療は常にその患者の最善の利益に照らしてなされるべきである。患者に適用される治療は一般的に受け入れられた医学上の諸原則に沿うものでなければならない。

d.質の保証は医療において欠くべからざる要素である。とりわけ医師は、医療の質の擁護者としての責任を担うことが強く求められる。
///
上記のように、医療の質を保持する、というのが医療者の目的になっています。


ちなみに。
宗教が医療の質に直接関与した例は見つけられませんが、宗教が医療ネグレクトとして、医療の質の悪化に寄与した例なら、たくさん見つかります。

> http://northpole587.blog17.fc2.com/blog-entry-84.html
> 「浄霊」による医療ネグレクトをめぐって(1/16追記あり)
殺人容疑で逮捕された事例もありますね。

ちなみに、宗教による医療ネグレクトとされてる例でも、無条件に拒否ではなく、例えば輸血拒否の場合は状況を総合的に考察するように、とされてます。

> http://www.yuketsu.gr.jp/information/2008/refusal1.pdf
> 宗教的輸血拒否に関するガイドライン
> 宗教的輸血拒否に関する合同委員会報告

ふぃっしゅふぃっしゅ 2012/08/13 08:06 ホメオパシーの件でも、日本助産師会は最初は「東洋医学、代替医療に関する日本助産師会の見解」でホメオパシーを否定しないようなニュアンスの見解を出していましたが、最終的に「助産業務としてホメオパシーを使用しないように徹底する」に変りました。

本来なら、あの時に助産師が代替療法を使用することについて考え方を整理して社会に提示する良い機会だったのですがそのままになっています。
(これは助産師会だけでなく、看護協会もそのままで同じですが)

今回の件でも、リスクマネージメントとして甘いなと思います。
社会から助産業務と宗教についてきちんと解答する機会として活かせていないわけです。
いつもこんな感じで何か起きて問題にならないと動かない、後手後手の印象を与えるのは残念ですし、助産師会に関係のない助産師としては本当に迷惑。

まぁ通常医療のリスクマネージメントに基いて考えられるのであれば、産科医のいない場所で分娩介助するのは最も危険ということがわかるはずですが。

呪術的なものを取り込んだり、出産は医療ではないという助産師がいるところあたりが、やはり助産師の中にある現代医療や通常医療に対するなんらかの信念が出ているのだと思います。

京都の小児科医京都の小児科医 2012/08/13 09:53 話を戻して
組織は色々とありますので・・
>東京都助産師会の公式回答

これが公式回答以外の可能性もあります。 具体的には
組織図から
http://jmat.jp/midwife/organization.html
本件メールのやりとりなので
単純に東京都助産師会広報委員会の回答の可能性もあると思います。
一般的には東京都助産師会広報委員会の回答=東京都助産師会の公式回答
が社会常識と考えますが、一般常識の通用しない組織も現日本には多数
存在すると理解しています。

tadano--rytadano--ry 2012/08/13 10:19  キリスト教にも神癒といって、主に按手(あんしゅ。患者の頭に手をかざすことです)によって病を癒すという奇跡が伝えられています。私の教団にも神癒を得意?としておられる牧師がおられ、全国を駆け回っておられます。

 私も信者であり、神癒についてはそういうこともあるという理解のレベルで信じています。実際に許可を得て画像や検査結果などを頂き医学的に検証していますが、確かに病理で診断された癌が消失した例があります。しかし残念ながら私の教団ではそのような効果が得られた例は2−3年に1例程度です。

 そういうこともあって、私の教団では以前から無闇に神癒を勧めることはしていません。前例西洋医学による治療を受けて効果が見られなかった方にお勧めするという内規ができています。神癒を受ける方は信者に限定しています。家族であっても信者でなければお断りしています。西洋医学による治療を拒否する人は受けさせない決まりになっています。

 信者の中にも医師が私も含め複数おりますので、私の呼びかけで去年から事前にデータを提供して頂き、医学的な観点から本当に効果がないのか、他の方法がないのかカンファレンスで検証する制度も動かし始めました。それぞれの伝手をつかって外部から専門医の方にも入って頂いています。主治医の先生にも可能な限り連絡を取っています。カンファに参加される先生もいらっしゃいます。

 事前に科学的に立証された方法ではなく効果がないことも多いという内容を記した書面を用意し、神癒をなさる先生がICをされます。

 治療の方法論以外は我々が病院で行うプロセスとほぼ同じです。

とらとらとらとら 2012/08/13 10:37 >nさん
>>これはどういう事かというと、まず琴子ちゃんのお母さんには、選択肢として助産院か産婦人科でお産をするという選択肢があったと
>>云えます。そこで果たして出産前に、双方に対してどのような、メリットとデメリットがあったのか充分精査したのかという疑問が
>>ブログを読んで感じた率直な感情でした。
>>また、自分の家族についても調べていたのか?という事も感じました。
>> つまり、家族の中にお産で苦しんだ人がいる場合、科学的に見れば、「遺伝」をしている場合が多く、もしかしたら、
>>そういう家系ではなかったのかという事も感じました。
>> もちろん、子供を取り上げる助産師にも責任は伴いますが、やはりお腹の中のお子さんの事を考えますと、妊婦さんにも
>>少なからぬ責任はあったのではないか?と不謹慎ながら感じてしまったのです。これについてはどうなのでしょうか?

琴子の母様は自分のブログの中で、自分が出産した助産院の助産師が、助産師としての実力も伴わず、
事後の対処にも無責任な人物であり、いわば屑の様な助産師だったことを、「事前に」見抜けなかったことについて
率直に反省し責任も感じていると思いますが。
しかしだからといって、今も屑の様な助産師が複数、助産院や自宅での出産を積極的に勧めていることを見逃して良いという
ことにはならないと思いますよ。自分の体験を踏まえてブログの中で家庭の事情等も敢えてさらして、
世の中のこれから母になる人や医療関係者に警鐘を鳴らしているのですから、賞賛すべき行為だと思います。
まして「遺伝」だの「家系」だの、一体なんの関係があるのでしょうか? 琴子の母様と件の助産師との係争の中で
「遺伝」も「家系」も全く無関係とされている訳ですから、助産師の責任逃れのための個人攻撃の類ですね。

タカ派の麻酔科医タカ派の麻酔科医 2012/08/13 13:02  医師であれ、助産師であれ、患者さんや妊婦さんにとっては肩書き相応の技術と知識を期待できる専門家。できることできないこと、自信のあることないこと、適切に情報を提供してこそ、選択肢あるいは自己責任自己決定権ということです。少なくとも琴子の母様は適切な情報を提供されぬままのことだったはずです。nさまの批判はブログを読んでの批判とは思えません。

放置医放置医 2012/08/13 14:23 自分の意に添わないものに対しては最大限の悪意を持って解釈・誹謗し、そうでないものには裏の裏を読むどころか当事者ですら考えていない様な詭弁を弄して擁護する・・・・・醜悪。「自称」STSでこんな人が何人かいますね。南無南無南無。

LiXLiX 2012/08/13 15:11 >妊婦さんにも少なからぬ責任はあったのではないか?
責任を分散させることによって、問題のある助産師と、妊婦さんに危険の伴う出産を勧める何者かの責任が減少するかと言えば、そんなことはありません。
そして、かつての妊婦としての責任を果たそうとしている琴子の母様を黙らせることにも決してつながりはしません。

tadano--rytadano--ry 2012/08/13 16:40  私は、あくまで標準的な医療を否定しないという前提の元では、患者さんの満足を得るために、宗教的な儀式や代替医療を開業助産師が行うのには反対しません。リスクを承知の上なら自宅出産も大いに結構です。個人として尊重すべき大人が信念を持ってやっておられるのなら反対のしようがありません。

 ただ、私が見る限り、多くの開業助産師さんはその信念をなるべく人に知られないようにしているように見えます。今回話題になっている助産師もある宗教の信者であり、助産業務の中にその精神を取り入れておられるようですが、そのことはHPのどこを見ても一言も触れられていません。琴子ちゃんの出産にしても、ビタミンKレメディー事件にしても、そのリスクが語られた様子は私が知る限りありません。

 我々は患者さんに医療行為をする際に、そのリスクについてしっかり説明するよう教育されています。説明を聞いている患者さんが「そんな恐ろしい話ばかりするのは止めてほしい」ということもありますが、結局そのリスクを背負うのは他ならぬ患者さんですから、そのことをちゃんと理解して頂いています。

 それに比べ、開業助産師さんのHPを拝見していますと、まるでお花畑にいるような印象しか受けないのはなぜでしょう? 開業助産師さんのブログを拝見していても、高リスクのため自宅出産をお断りしましたとか、残念ながら分娩中に搬送になりましたとか、そんな記事がほとんど見られないのは何故でしょう? 我々はそのような方々の受け皿であり、そのような例が決して少なくないことを知っていますが、何故そのことには触れようとしないのでしょう? 私はこれこれの信念をもってある宗教の教えや代替医療を取り入れています、というHPはなぜないのでしょう?

 そんなことを書いたら患者が来なくなるからでしょうか。しかし、もしそうなら、自宅出産や代替医療や宗教儀式は消費者のニーズに合致していないのですから、やってはいけないことなのではないですか? リスクを隠して行う行為は、医療行為に限らず、単なる自己満足にしか過ぎないと思います。

tadano--rytadano--ry 2012/08/13 16:41 訂正

そのことはHPのどこを見ても→そのことは「助産院の」HPのどこを見ても

元法学部生元法学部生 2012/08/13 16:53 一般に宗教と理解されていない宗教習俗はそこそこ得意分野ですが、そろそろ観察はおわりにして一言だけ。

お守りだの聖水だの腹帯だの、縁起担ぎや宗教的なものと了解の範囲でおこなわれることは宗教効果としては大したことないかもしれません。

宗教の最大の効果は「思考を縛ること」です。しかも縛られていること自体に気づくのが困難。個々の縁起担ぎなどよりも「どうせ大した効果はないだろうけど、いちおう縁起を担いでおこう」と考えさせること自体が宗教の効果なのです。
「現代医学が認めない効果があるが、それを認めないのは科学が狭量だから」という発想になることそのものが「科学を嫌悪する系統の」宗教の効果。

もし本当に「機序不明だが、二重盲検をクリアする効果抜群の何か」が報告されたら、科学否定宗教の期待する反応とは異なって、大喜びで追試や機序の研究を始めるのが科学。

元法学部生元法学部生 2012/08/13 17:00 >まるでお花畑にいるような印象

お花畑は、きわめて厳重に人工的コントロールを受けた環境ですから、まあ間違いでは無いかも。
お花畑を見たら、その環境維持の為にどれだけ人智が投入されているかを思い至るように訓練されている人間だけではないので、危険な宣伝だと思いますが。

あ〜るあ〜る 2012/08/13 18:11 ちょっとの間に、ずいぶんとコメントが付いていて驚きました。
「助産師の倫理にかなった行動とはどうあるべきか」を考えるうえで貴重な議論であったと思います。
現役の助産師、医師が一つのことにこのように真剣にまた深く意見を出される機会はそうあるものでは
ありません。看護倫理などを学ぶ際の具体的な事例として取り上げてもよいくらいと思います。
全国で助産師を目指して勉強されている学生さんも、自分の考え方を作っていくにあたって参考にして
いただきたいと思っています。そして、自分が教えていただいている先生方が、自分の考えている
倫理に照らし合わせて正しい行動をとっているか、今一度考えてみてください。

代替療法との関係、標準的な医療の否定、自宅出産の根拠のない礼賛
チェックポイントはたくさんあると思います。

問題があると考えられる教授陣の考え方を変更するのは困難でしょう。しかし、次の世代を担う方々は
倫理的に正しいと思う道を歩んでほしいと思っています。

nomnomnomnom 2012/08/13 21:44  僕自身も、ある宗教の門徒で、盆とお彼岸以外にも年に何回かはお寺に行って、お話聞いて、お経も一緒に読みますので、今の日本では比較的まじめな仏教徒かな。
 もちろん、終末期医療などに宗教的癒しが必要となる場合も多々あるし、患者さんの希望で終油の秘跡のために神父さんがこられたのも見たことがあります。
 ただ、これは上で皆さんが行っている通り、医者が進めることではない。

 例えばほかの職種で、そうですね、ある程度権威を持ってみられる学校の先生とかが、教育、特に道徳などには宗教と一致する面があり、いろいろな宗教の中には道徳的にすばらしい教えがあるから、といって生徒に特定の宗教を教えたらどうでしょうか。(もちろん公教育においてですが、宗教法人立の学校は違うのでしょうが。)教師個人がどんな思想、どんな宗教を持っていても自由ですが、それを生徒に押し付けるべきではない。

 >「もし病気が、抗がん剤や手術などの医学的療法を経ずに、治癒した事例が、数例ではなく少なくとも数十例(あるいはそれ以上)起きた場合、もしその治癒のプロセスが科学的検証では証明出来なければ、医学的にはどう説明をされるのでしょうか?」

 Bugsyさんの、おっしゃるとおり、まれではあるけれども、あります。悪性リンパ腫の自然軽快例の報告もありますし、患者よがんと闘うなの近藤先生がいうように、がんもどき(進行しない)っていうのもあるでしょう。もちろん、まれで自然軽快するものと、進行して命に関わるものの区別はつかない訳だから、奇跡に期待して様子を見ることはせずに積極的に治療介入しますが。

 逆に、健康食品なり信仰で病気が治ったとされるためには、そういった自然経過例や非進行例ではないことの証明が必要。なおったという症例をどんなにたくさん集めても全く無意味。全部の症例を集めてなおったもの何名、なおらなかったもの何名との解析が、個々に書かれている皆さんはお分かりでしょうが、後ろ向きな解析ではなく、前向きに解析することが必要。

琴子の母琴子の母 2012/08/13 21:53 Yosyan様、とても参考になります、ありがとうございます。

nさん、はじめまして(ですよね?)。
琴子の母です。

>実は、一連の琴子ちゃんのお母さんにブログに関して、この点が一番引っかかったんです。<
以降のお話は私のブログが再開したら、そちらで是非回答させていただきたいとおもっております。
件名はわかりやすくしますので、そのときは是非お越しくださいね。