新小児科医のつぶやき

2012-10-02 双葉病院事件の説明会

ソースは、

ここからです。3つは同じ説明会(双葉病院)の様子を報じています。


まずは産経

院長「謝罪の必要ない」 怒りの遺族、退席相次ぐ 双葉病院50人死亡

 政府事故調の報告に続き、双葉病院は病院側の責任を否定したが、鈴木市郎院長(78)が「謝罪の必要はない」と話すなどしたことに遺族側は激高。途中で退席する遺族が相次いだ。

 「亡くなったことに対しては謝罪はなかった」。ドーヴィル双葉にいた姉=当時(79)=を亡くした会津美里町の男性会社員(67)はそう憤る。男性会社員によると、説明会で鈴木院長は「謝罪の必要はない」「家族が病院側に安否を問い合わせるべきだ」と神経を逆なでするような発言をしたという。男性会社員は公開質問状の提出を検討する考えを示した。

 浪江町の主婦(53)は双葉病院にいた兄=当時(62)=を亡くした。事故後1カ月以上たってから来た電話は兄が転院先で死亡したという連絡だった。「もう少し早く連絡がほしかった。誠意がない」と吐き捨てた。

 同病院で弟=当時(65)=を亡くした埼玉県越谷市の主婦(68)は1時間余りで説明会を途中退席した。「今までの経過説明だけ。新しい話はなかった」と不満を漏らした。

 また、ドーヴィル双葉で祖父=当時(92)と祖母=同(88)=を亡くした大熊町の男性会社員(33)は「どういう経緯で亡くなったか聞きたかったが、何もない。墓前に報告したかったが…」と不満そうに話した。

 さらに「同じような震災があったときにまた患者をたらい回しにしないためにも、今回の教訓を生かすべきだ」と指摘した。

 説明会後、記者会見した鈴木院長は「名誉回復を果たせたと思ったが、『説明よりも謝ってほしい』といわれてショックだった」と話し、以後は口をつぐんだままだった。

これを読んだ印象はまさに大荒れの会見です。印象は冒頭の、

    遺族側は激高。途中で退席する遺族が相次いだ。

怒号飛び交う説明会を想像しないほうが難しいです。産経記事では「激高」するなり「退席」した者のうち4人のインタビューを列挙した後、院長の、

 説明会後、記者会見した鈴木院長は「名誉回復を果たせたと思ったが、『説明よりも謝ってほしい』といわれてショックだった」と話し、以後は口をつぐんだままだった。

ここで抱くイメージは院長が茫然と立ち尽くす状況以外を抱くのが困難です。産経はこれも9/30付記事ですが、

双葉病院が責任否定、原発避難で50人死亡 調査結果公表

 東京電力福島第1原発事故の避難中に患者ら50人が死亡した双葉病院(福島県大熊町、鈴木市郎院長)が30日、独自に避難経過を調べた調査結果を遺族らに公表した。同病院は政府の事故調査委員会と同様に病院側の責任を否定し、県、国、自衛隊や町の連絡不足を指摘。原子力損害賠償法に基づいて遺族が東電に請求する支援をしていく考えを示した。

 会見した担当弁護士は「国や県、自衛隊などの大きなシステムの問題で、個別の病院には限界がある」とし、県が当初、「院長らが患者を置いて逃げた」と発表した点には、「県から虚報だとする謝罪があった」とした。避難指示が出た昨年3月12日、双葉病院と系列の介護施設「ドーヴィル双葉」には患者ら約440人がいたが、満足な設備のないまま避難が続き、50人が死亡した。

内容は政府の事故調査委員会と同様の病院側調査結果が同じ内容になった事を報じてはいますが、見出しが強烈で、

    双葉病院が責任否定、原発避難で50人死亡 調査結果公表

これだけ読むと、まるで病院が責任があるかどうかは予断を許さない、いや否定しているのは病院だけで本当の責任は病院に「いかにもありそう」の印象が湧きます。


記事が少々長いのでまずは冒頭部を引用します。

東京電力福島第一原発事故に伴う避難の最中に患者21人が死亡した福島県大熊町の双葉病院は30日、いわき市で開いた説明会で、当時の避難状況に関する病院側の中間調査結果を遺族らに初めて示した。患者らの救助を関係機関などに要請しながら、救助がなかった点を強調。病院側は患者の避難や院内でのケアに可能な限り尽くしたとした。説明会後の会見では、結果的に死亡者を出したことについて「断腸の思い」としたが、病院側に過失はないとした。遺族側からは、説明不足を指摘する声が出た一方、理解を示す人もいた。

産経が「遺族側は激高。途中で退席する遺族が相次いだ。」とした部分は、

    遺族側からは、説明不足を指摘する声が出た一方、理解を示す人もいた。

ここから思い浮かぶ状況は厳しい指摘もあったが、全般的には冷静を保った説明会のイメージです。記事はこの後、事件の状況の詳細を説明し、遺族の声の紹介に移ります。

 説明会は非公開で行われ、遺族ら約120人が臨んだ。病院側は、遺族が東電に賠償請求したり、原子力損害賠償紛争解決センターに仲介を申し立てたりする際には資料として調査結果を提供する考えも示した。

 

 遺族らから謝罪を求める発言が複数あったが、病院側は「過失が認められない」として謝罪はしなかったという。

 

 説明会に避難先の仙台市から参加した遺族の女性(54)は「起きてしまったことは仕方ないが、納得いく説明が聞けなかった」と釈然としない様子で話した。 

 一方、浪江町からいわき市に避難する男性(54)は「当時の状況を考えればやむを得ない」と理解を示す。避難の過程で父親の認知症が悪化したが、「精いっぱい対応してくれた病院には感謝している」とした。

ちょっと気になる表現があったのですが、説明会は「非公開」とし、病院の過失への謝罪問題についても、

    遺族らから謝罪を求める発言が複数あったが、病院側は「過失が認められない」として謝罪はしなかったという。 

ここは伝聞調です。つまり福島民報の記者は説明会には直接参加せず、説明会終了後に参加者から様子を聞いたことになります。これは福島民報だけでなく産経記者も同様であったと考えるのが妥当です。記者が直接取材したのは説明会後の病院長との記者会見であったようで、

 説明会終了後、鈴木院長と代理人の井上清成、山崎祥光両弁護士(東京)が記者会見した。井上弁護士は今後も行政に聞き取りするなど独自調査を進める方針を示した。遺族らから病院側に謝罪を求める厳しい声が上がったことについて、鈴木院長は「病院の名誉が少しずつ回復してきたと思っていたが、この説明会では院長に謝ってもらえればいいんだと言われ、かなりショックだ」と動揺を隠し切れない様子だった。

遺族からの謝罪要求に院長が困惑と言うか動揺したのは福島民報記事でも確認できます。


m3.com

m3記事も長いのでまず、

 30日の説明会は午後1時30分から開始、約2時間に及んだ。代理人弁護士の井上清成氏らが、独自に調査した結果を基に避難の経緯を約1時間30分説明、その後、質疑応答が約30分行われた。鈴木院長は、説明会の冒頭、双葉病院等に入院していたために、患者や入所者が大惨事に遭遇する結果となったこと、また家族と遺族への説明が原発事故から約1年半後と遅れたことについて、お詫びの言葉を述べた。

まず院長は謝罪の言葉ではなく「お詫びの言葉」を話した事が確認できます。続いて、

 しかし、質疑応答の際に、遺族からは、「悪くないのは分かっている。しかし、院長に謝ってほしい。それだけを聞きに来た」「誤るだけでも、謝らないとおかしいのではないか」「土下座しろ」などの発言があったという。説明会後の記者会見で、鈴木院長は、「亡くなられたのは断腸の思い」と述べた上で、遺族の発言については「かなりショックだった」とコメント。ただ、鈴木院長自身は、患者の救出に尽力しており、患者の死亡に対する法的な責任はないとの判断から、その意味での謝罪は毅然と断ったという。説明会から帰る遺族からは、「あれだけパニックの状態だったのだから、救出に問題があったことを責めても仕方がない。ただ、院長から『申し訳ない』との一言を聞きたかった」と感想も聞かれた。

遺族側の発言は約1時間30分の避難経緯の説明の後の質疑応答であった事が確認できます。ここも「あったという」ですから、m3記者も説明会場で直接取材していたわけではないのもまた確認出来ます。そいでもって、

    鈴木院長は、「亡くなられたのは断腸の思い」と述べた上で、遺族の発言については「かなりショックだった」とコメント。ただ、鈴木院長自身は、患者の救出に尽力しており、患者の死亡に対する法的な責任はないとの判断から、その意味での謝罪は毅然と断ったという。

m3記事では謝罪要求の遺族側の発言を「ショック」としながらも、それに引き続き謝罪を行わなかった理由についての行ったとなっています。もう1ヵ所、

 もっとも、遺族の発言を参加者の多くが拍手などして支持したわけではなく、避難の経緯についての質問もなく、参加者の多くは博文会の説明に納得したものと見られる。

これは会場の雰囲気についての物で、謝罪要求の質疑こそあったものの質疑自体はかなり平静に行われたと受け取る事が出来ます。もう一つ、

 説明会では、これらの経過説明に対する質問はなく、「一言で言えば、事故後の対応について、なぜいつまで経っても謝罪に来ないのか、という点に質問が集中した。これについては、法的な意味での責任はないと説明した」(井上弁護士)。

 遺族からは、「なぜ院長が説明に来なかったのか」との質問も出た。実際には、まず鈴木院長自身が、約10軒の遺族宅を訪問したが、ほとんど門前払いされたという。それ以降は、事務職員に任せて対応した。それでも電話連絡がつながらなかったり、弔問の予定が合わないなどの行き違いで、不満が募った遺族もいたようだ。

ここはそういう説明の是非を紹介したいわけでなく、説明会後の記者会見でそういう説明もあった事の指摘です。


記事評価

3つの記事から拾える事実は、

  1. 説明会は非公開で記者は実際に見聞した訳でない
  2. 主たる情報源は説明会後の記者会見である
  3. 遺族側の謝罪要求に院長は感情の揺れを見せたようだが、絶句するほどのものではなかった気配があり

問題はどれほどの遺族が謝罪要求を行い不満を表明したかです。これについては参加者以外は情報が無いわけです。それでもm3記事にある井上弁護士の言葉が状況を表していると考えますが、

    一言で言えば、事故後の対応について、なぜいつまで経っても謝罪に来ないのか、という点に質問が集中した。

質疑はこれが大半であったのは確率が高そうに推測します。それでもそのために大紛糾したのか、それなりに落ち着いて質疑応答がなされたのかは、私もその場にいた訳でなく、記者もまたいなかった訳ですから伝聞になります。ですから産経が伝えるように騒然としたものであった可能性もあり、福島民報やm3.comが伝えるように必ずしもそうでない可能性もあると言う事です。


謝罪の意味

今回の様な状況での「謝罪」の意味は結構微妙なものがあります。あえて大雑把に分けますが、

  • 責任付謝罪・・・賠償責任を認めた上での謝罪
  • 心情的謝罪・・・責任は認めないが、お気の毒な状況の責任者として「迷惑をかけた」の部分への謝罪

どちらも「謝罪」として使われる事があります。心情的謝罪はむしろ遺憾とか、お悔やみとした方が適切ではありますが、表現として謝罪を用いる事は確実にあります。でもって病院は責任付謝罪を明快に否定しています。m3.comにある井上弁護士の言葉からも確認できます。事は賠償問題への波及か否かの段階にありますから、民事を考え責任付謝罪は明快に拒否しておく必要があるのは弁護士として当然と見ます。

産経記事は謝罪に絞って記事が構成されているのは明らかですが、見出しに「責任否定」の文字を躍らせています。この「責任」もまた幅が出る言葉ですが、記事の文脈からして、産経も「謝罪」とは責任付謝罪を指していると考えるのが妥当そうだと見ます。


では遺族はどうかです。これは不明ですが、両方入り混じっていると見ます。病院が責任付謝罪をすべしと考える人もいるとは思います。ただすべてかと言えば疑問です。それなりの遺族が謝罪までの速度を問題視している気配があります。心情的謝罪は前にも解説した事がありますが、事件・事故が起こった時に責任の有無を別にして「とりあえず謝る」の日本的文化に基づく面があります。

心情的謝罪として「とりあえず謝る」は早い方が望ましいというのがあり、これが遅れるとマナー違反として怒りの対象になります。日本的なマナーとして、

  1. まず出来るだけ早期に心情的謝罪をする
  2. その後に責任付謝罪が必要かどうか協議する

こういう暗黙の段取りがあると考えています。是非は別にしてそう考えている人が多いので、心情的謝罪が遅れた事に対する非難がかなり出たのではないかとも私は見ます。もちろん責任付謝罪を求めた遺族もいたでしょうし、実際にどちらの比率が多かったかは現場にいなかった訳ですから不明です。


心情的謝罪が遅れた理由

これは確実にあります。双葉病院事件は震災の混乱で生じた悲劇ですが、第1報は県庁経由の「病院の不手際」です。これはマスコミによって広く周知されています。そういう状況で謝罪に赴けば責任付謝罪しか受け付けられません。ところがそうでないと病院側は考えていたです。病院側は早い段階で心情的謝罪にそれでも出向いていますが、これを断られたのは責任付謝罪でない部分もあったと推測します。

続報によりあの状況で病院に責任は問えないの事実が明らかになっては来ましたが、県の公式情報が否定されたのはいつかになります。つまり先に責任付謝罪を行わざるを得ない状況が作り上げられ、そういう状況下で心情的謝罪がやりにくい状況が続いていたと考えます。

ようやく政府の調査委員会の報告書も出され、県庁からの謝罪も出され、やっと心情的謝罪を出来る状況になったのが今回の説明会だと見ることが出来ます。院長はそういう裏付けで説明会に臨んだのですが、マナーとしての心情的謝罪が送れた件を厳しく追及されて動揺したのが真相では無いかと推測しています。もちろん本気で責任付謝罪をこの段階でも要求する遺族もおられてショックを受けたです。


産経の姿勢

ここまで考えると産経の姿勢が非常に特徴的であるのがわかります。説明会自体は非公開で産経記者も見聞していないわけです。説明会の質疑が謝罪に集中したのは説明会後の記者会見でも病院側は明言しています。説明会の状況をどう推測するかは記者の主観に左右されますが、産経記者は責任付謝罪を追及する声が満ち溢れたと想像したようです。

実際にそうであったかどうかは確認の術はありません。そうであったのかもしれません。それでも問題と考えるのは、産経記者は双葉病院事件をどう考えているのかです。遺族側が責任付謝罪を要求したとして、それが客観的に正当か否かです。病院側が責任付謝罪を認めなかった事を悪いとすれば、政府報告書も産経は否定し、あくまでも病院の不手際がこの事件の原因であると判断している事になります。

ここもそう考え、そう報道する自由は産経にありますが、

    さすがは産経

こう感じた次第でございます。

通りすがり通りすがり 2012/10/02 09:00 客観的にみて双葉病院の院長に謝罪を必要とするような瑕疵はなかったように
思えます。それでも謝罪を要求すると言うのは要求する側の心の納得の為でしょうが
それを逆手に金品を要求する輩もいますし、院長は正しい対応をなさったと思います。

10年ドロッポ10年ドロッポ 2012/10/02 09:22 アフガンに従軍して、「撃たれるとは思わなかった」とほざいてるような感がしないでもないw

ちなみに私は産経の報道姿勢を高く評価します。これで間違って福島に赴任しちゃう医師はさらに減るでしょうからw

sasimininjasasimininja 2012/10/02 09:36 鈴木市郎院長に敬意を表します。色んな意味で。

産経は色々と『さすが』ですけど、
>(会見した担当弁護士は)県が当初、「院長らが患者を置いて逃げた」と発表した点には、「県から虚報だとする謝罪があった」とした。

あれが虚報であることは周知の事実であるのに、「――とした。」と書いて病院側の一方的な主張にすり替えてしまう点に、産経の最大の悪意を感じました。

SeisanSeisan 2012/10/02 09:37 この件に関しては、マスコミ的マッチポンプのポンプ抜きに病院も遺族も踊らされた感が強いですね。

最初から「患者・入所者を放置して医師が逃げた」なんて報道がなければ、こんな話にはならなかったはずです。
最初の段階で「病院関係者は努力していたが、地震の混乱で行政などとの連携が取れず、かような次第となった」とちゃんと正確に報道していれば、「あの状況下では仕方がない」となっているような状況でしょう。

それが、「病院が悪い」という一次報道が広がってしまったため、その後「実は病院サイドは頑張っていた」なんて言っても、患者家族の気持ちにしこりを残してしまい、「本当に病院側は悪くないのか?」という疑問を残してしまった。そういう点で典型的な報道被害事例だと思います。

それをしたり顔で報道しているだなんてまさに「産経」ですねぇ。

京都の小児科医京都の小児科医 2012/10/02 09:47 >会見した担当弁護士は「国や県、自衛隊などの大きなシステムの問題で、個別の病院には限界がある」
と考えておられるのはわかるのですが、となると作戦として、会場にシステム担当者、国か県、自衛隊の担当者、可能なら県の担当者を招いてなぜ誤報となったのか、現在の県のシステムなどを説明したうえで、病院の調査結果を説明したほうがいいように思いました。
県は誤報を誤っているようなので、病院側としては、遺族に県の誤報の説明を求めることは可能なのでは

ただ、
>ちなみに私は産経の報道姿勢を高く評価します。これで間違って福島に赴任しちゃう医師はさらに減るでしょうからw
は共感します。もしかしたら、福島県は上記のことは無理な県のようにも感じますので。

京都の小児科医京都の小児科医 2012/10/02 09:55 >虚報であることは周知の事実

これは、遺族にとってはそうでないように思います。 たしか、県から医師会への謝罪はあったと思いますが
県から遺族への直接の誤報の説明はないと理解しています。(間違っていたらすいません)
したがって、上記のような会場設定が必要と考えました。

sasimininjasasimininja 2012/10/02 10:39 いや、そもそも無理ゲーである会場設定問題はともかくとしてですね、産経新聞記者は、「――とした。」と書くんじゃなく、福島県サイドに事実関係を確認することもできたはずだし、それをするのが記者だと思うんですね。

さらに言うと、この記者はおそらく、「県が謝罪した」という事実関係を知っているはずでもあります。

そのへんを鑑みて、『悪意』と書いたのです。

BugsyBugsy 2012/10/02 11:45 この記事は根本的におかしいと感じた部分があります。

まずは 謝罪を求めたご遺族もいれば 状況から仕方がないとあきらめた方もいたはずです。全員が謝罪を求め責任をひたすら追及することに終始したとは言い難いように思いますが この一点に絞ることははなはだ取材側の恣意的な部分を感じます。

それと 震災の直後、この記者はどこにいたのでしょうか。オイラは都内にいましたが、都内ですら食料品が買いあさられ、水も確保できるかどうか明日をも知れぬ状況でした。この病院ではなおさらだったでしょう。少なくとも交通やライフラインの確保がいつになったら確保されるとは誰にもしれない状況でした。都内でも余震はひどかったのです。眩暈発作を余震と勘違いした患者は実に多かったです。

そういった当時の状況で病院側に責任をなんて 信じがたい記事ですね。

放置医放置医 2012/10/02 11:57 >遺族からは、「悪くないのは分かっている。しかし、院長に謝ってほしい。それだけを聞きに来た」「誤るだけでも、謝らないとおかしいのではないか」「土下座しろ」などの発言があったという。

謝ったら謝ったでどうせ「謝られても○○は帰ってこない。」とか「○○を返して欲しい」とか言うんでしょ、マスゴミテンプレ的には。

元ライダー元ライダー 2012/10/02 17:15 この件に関しては当時私も大変失礼なコメントをして、大いに反省しております。
さて、今日のお題で考えたのは心情的謝罪文化です。遺憾とも違います。「とりあえず謝罪する」こういう文化は元々日本にあったのでしょうか?どうも近年マスコミが作り上げた文化のような気がしてなりません。だって論理的に非が無いのに謝罪はおかしいですもの。非がなければ謝罪する資格がありません。。「謝罪あるところにマスコミあり」のような気がします。医療事故の記者会見等で白衣の幹部がマスコミ記者に頭を下げるのも見苦しい。あれ止めればいいのに。どう見たってパフォーマンスとしての謝罪。勧善懲悪の象徴として謝罪する画が欲しいのでしょうね、善なるマスコミは。

BugsyBugsy 2012/10/02 17:33 たとえば 刑事裁判でも本人が無罪を主張するよりも素直に罪状を認め、悔悛の意を明らかにすると量刑が軽くなるなんてあります。

会社が社会的に指弾されたら(マスコミに叩かれたら) 言い訳がましいことは言わず事態が解明される前に記者会見では社長以下幹部が「皆様お騒がせしました。」と言いつつ 頭を深々と下げて謝罪するなんてよくある風景です。

ところが当の社長が「うんにゃ俺は悪くない。」なんて言い放ったら 翌日から報道各社からそれとばかりに袋叩きです。

今回の件でも院長が深々と頭を下げて当然とするマスコミの風潮の背景はあるんでしょうね。

元もと保健所長元もと保健所長 2012/10/02 22:06 患者を預かっている病院と、その病院を管理する院長の責任は重大で、そこで患者が不幸な死に方をすれば、とりあえず病院(管理者)の瑕疵が推定されます。
この場合、県の不手際は「患者を置き去りにして逃げ出した」との虚報を流したことですが、このことで県が謝罪したからといって、病院の管理責任が免責されるわけではありません。
自衛隊員の指示に従ったといっても、その指示に従う義務は法的にはなかったはずで、それをもって患者を死なせたことに対する責任を免れるものではありません。

とにかく、病院をきちんと管理できなかったことについては瑕疵が推定されるわけで、瑕疵がないことの証明責任は病院側にあるのですが、この説明ではいかにも不十分という印象はぬぐえません。
まあ、管理しきれなかったことについて謝罪し、賠償金を病院が立て替えて、盗電に求償するというのがオトナの解決方法だと思います。

BugsyBugsy 2012/10/03 00:32 >患者を預かっている病院と、その病院を管理する院長の責任は重大で、そこで患者が不幸な死に方をすれば、とりあえず病院(管理者)の瑕疵が推定されます。

オイオイ あんた あの震災の折どこに居やがったんだと聞きたいところです。
じゃ 該当する病院の院長だったら当時どうされますか。どうすれば納得しますか。

>とにかく、病院をきちんと管理できなかったことについては瑕疵が推定されるわけで、瑕疵がないことの証明責任は病院側にあるのですが、この説明ではいかにも不十分という印象はぬぐえません。

>瑕疵がないことの証明責任は病院側にあるのですが、

あの非常事態で証明責任は出来るわけがないだろ。

倫理倫理で夜も眠れず倫理倫理で夜も眠れず 2012/10/03 04:30 千年に一度の大災害のときに、愛する老親が老人施設にいて死んだ。
まことにお気の毒なことでした。
これに対して、「所長始め施設職員が入所者を見捨てて我先に逃げた」という誤報がもしなかったら、誰が施設の責任を追及する必要、謝罪を求める家族への共感を感じるのでしょうか。いったん刷り込まれた誤解や怒りの感情を消しゴムのように消すことはできない、という怖ろしさのみを感じさせられました。

luckdragon2009luckdragon2009 2012/10/03 06:52 こちらは、河北新報です。
> http://www.kahoku.co.jp/news/2012/10/20121001t63010.htm
> 「過失はなかった」 調査結果、遺族らに説明 双葉病院
///
報告に当たって、病院側は置き去りを印象づける記者発表をした福島県災害対策本部の「配慮を欠き、適切でなかった。おわびする」とする謝罪文も公表した。
 病院側の担当弁護士は「当時の状況の中でできるだけのことをした。病院側に(法的な)過失はない。患者の被害は、国や県、東京電力など全体の救助システムが機能しなかったことが原因」と語った。
///
...災害本部の謝罪文があり、「法的な意味での」過失を認める事はできない、という見解だったようです。

ちなみに、末尾に誤報の件も載ってまして、かなり報道するにあたって、色々配慮している感じが伺えます。

京都の小児科医京都の小児科医 2012/10/03 08:28 災害本部の謝罪文と病院側調査結果はどこかでネットでみれないかなあ〜〜と思いました。

麻酔科医麻酔科医 2012/10/03 10:02 >災害本部の謝罪文と病院側調査結果はどこかでネットでみれないかなあ〜〜と思いました。
病院のHPなり、m3なりに載せたらいいと思います。
マスコミは、報道するのに、字数や時間の制限がありますが、ネットにはありません。
一次情報をすべて再検証できるのがネットのいいところなんですから、図や写真みたいにm3に載せて欲しいものです。
たった1枚の紙切れで、県は別にたいしてことないと思っているからもしれませんが、その紙切れは永遠ですよ。

麻酔科医麻酔科医 2012/10/03 10:13 なぜ院長は「逃亡犯」にされたのか――見捨てられた原発直下「双葉病院」恐怖の7日間
森 功 (著) 講談社 (2012/3/13)
こんな本も出ていたんですね。
最初にm3ではじまった病院と医師の反撃ですが、ネットで始まり、次にネットを見ない層に本で反撃し、さらにリアル説明会で反撃ですか、、。ある意味、弁護士さんがんばっているなと思いました。

一般人一般人 2012/10/03 14:29 Bugsy 2012/10/03 00:32 様
>じゃ 該当する病院の院長だったら当時どうされますか。どうすれば納得しますか。

自分だってできないのに相手ができないときそれを責めるのはおかしい、という考え方は意外と少数派なのかな、と最近思いました。
「私なんかにはできないけどあの人は優秀で偉いんだからそれをやらなきゃおかしい」と憤慨する意見を身の回りでたて続けに聞いたので。
尊敬があるなら言ってもいいような気もするし、やっぱあかんような気もするし、よくわからなくなってきました。
門外漢の駄コメントで済みません。

京都の小児科医京都の小児科医 2012/10/03 16:51 Bugsy 2012/10/03 00:32 様
>じゃ 該当する病院の院長だったら当時どうされますか。どうすれば納得しますか。

本件に関して、現在、日本に病院の院長(医師)として正しい対応だったかを検証する機関がないことが最大の問題だと思います。今後も同様の事件は必ずおこります。 その場合の院長の医師としての対応、別の言い方をすれば院長が医師として医道に沿った対応であったかを一般の医師及び一般の国民が納得する報告書を出す必要があります。
これは、いわゆるお笑い型厚生医療行政(厚生行動省の医道審議会)とは一線を外す必要があります。
厚生労働省抜きの議論です。

京都の小児科医京都の小児科医 2012/10/03 16:58 厚生行動省→厚生労働省です。
失礼しました。

レクレク 2012/10/04 12:12 そもそもこの双葉病院がどんな病院であったのかは皆さんご存知なのでしょうか?もちろん、今回の報道姿勢や行政の対応には大いに疑問があるところですが、この双葉病院のあり方を理解しないと、なぜ一部遺族が高圧的な対応をするのかも含めて理解できないかと思います。

社会的入院という言葉がありますが、まさにこの双葉病院は現代のうば捨て山であり、わざわざ遠方の都道府県からも医療保護入院をさせるだけの需要があった医療機関です。当事者の意思は置き去りにされ、絶対に引き取りたがらない保護者、患者を囲い込む病院側との利害の一致があったのです。

報道被害は報道被害で別に考えるべき問題であるとは思いますが、こういう背景も是非知っていただきたいと思いました。

参考書籍:
精神医療に葬られた人々(織田淳太郎著:光文社新書)
なぜ日本は、精神科病院の数が世界一なのか(織田淳太郎著:宝島社新書)

JSJJSJ 2012/10/04 13:10 レクさん
コメントの趣旨がよくわからないので確認したいのですが、
社会的入院を受け入れる姥捨て病院なら、
行政から虚報で名誉を毀損されたり、
病院 自らの力ではコントロールできないような状況でも入院患者を死なせたら、遺族から高圧的対応をされるのは
当たり前である、ということでしょうか。

ちなみに、県外からも入院・入所者がいた、ということまでは分かりませんでしたが、
入院患者の身体状況、
また、いわゆる社会的入院が多いのだろうな
という事くらいは、新聞報道を読むだけで想像つきます。

レクレク 2012/10/04 13:23 社会的入院、うば捨て山という言葉通りです。

もちろん、全部が全部というつもりは全くありませんが、
社会的入院には保護者側に問題があるケースも多々あるということです。

JSJJSJ 2012/10/04 13:52 レクさん
なんとなくわかりました。
ただそうすると最初のコメントの
「絶対に引き取りたがらない保護者、患者を囲い込む病院側との利害の一致があったのです。」
という表現はコメントの趣旨に合わないのではないかと思います。

入院中 病院と良好な関係を保ってきた家族が、患者が死んだ途端「謝罪だ、慰謝料だ」なんて騒いだ例は経験したことありません。
そういう家族は患者の存命中からクレーマーであることが多いです。
そういうクレーマー家族と病院の利害が一致することはないと思います。
(確かに現場と経営者の思惑の違いというのはありますが、経営者にとっても後々「謝罪だ、慰謝料だ」などという家族は望ましいものではないでしょう)

レクレク 2012/10/04 15:05 趣旨に合わないとありますが、私は別に病院側擁護や遺族批判というスタンスが趣旨というわけではありませんのでご理解いただければと。

「通常の」病院であれば、患者が社会復帰できるように努力し、治療の必要のない患者さんはご家族に引き取っていただくように説得します。そして、散々そのような申し出を無碍に断っていたご家族に限って、いざ院内で事故が発生すると、なぜか突然家族思いの人間に豹変し、慰謝料やら謝罪やらとなるのです。これは私個人の経験かもしれませんが、同様の苦い経験をした医療福祉関係者を複数知っています。

この場合は、おっしゃる通り病院と良好な関係を保っている家族というわけではありません。通常の病院や施設であればそうなのですが、こういうご家族と「利害の一致」ができてしまう医療機関が存在するということに問題があるのです。

私は、今回の事件自体については、誤報を打った行政とそれを無責任に拡散した報道機関に責任があることについて疑いは持っていません。その問題はその問題です。

しかし、50人の命が失われたこと自体について、震災だから仕方なかった、ベストは尽くしたでは終わらない問題がそこにあることを少しでも医療関係者(当然報道や行政も)に気付いていただければと思いました。

病院側を一方的な被害者として終わらせず、事故以前の病院の運営の在り方と、社会的入院を取り巻く保護者側の問題、さらには精神保健医療福祉制度の問題にまで目を向けないと、亡くなった患者さん、入所者さんに申し訳ないと思った次第です。

JSJJSJ 2012/10/04 16:33 レクさん
極論すれば、この病院が存在しなければ、
あるいは一般化して 社会的入院というものがなければ
今回のような問題は生じなかったのだ、という理解でよろしいでしょうか。

あるいは社会的入院を受け入れているような病院は、
遺族からの非難や賠償請求は必要経費と思って甘受せよ、ということでしょうか。

それとも双葉病院が精神科病院だったことが問題なのでしょうか。
でも、あの避難中に亡くなった方々は、身体的には元気な精神疾患患者ではなく、身体的にも相当に医療依存度が高かったのではないでしょうか。
(自力では食べられない、人工栄養、頻回な痰吸引、そんな状態を想像していたのですが、ハズレでしょうか)

我ながら単純すぎる理解で釈然としないのですが。

もしかしたら、私がすんなり理解できないのは、私が社会的入院というものを必ずしも悪い事だと思っていないからかもしれません。
また、あの避難中に亡くなった方々が、普通の家庭で介護できたとは思えない、と考えているからかもしれません。
家庭介護は家族の負担も大きいですし、仕事をやめることで収入も減ってしまうとしたら、
要介護者を病院に預けてWin-Win関係になるほうがよほど良いのではないかと考えています。

道すがり道すがり 2012/10/04 17:02 横レスすみません

JSJさんは社会的入院の問題を本当には理解されてないのでは?

あと、私もレクさんが挙げた書籍の一つを読みましたが、遺族は必ずしも問題ある家族ではなかったと思います。レクさんの説明もあらぬ誤解を引き起こすことになりかねません。

そもそもあの病院に入院すると短期間で極端に身体機能と認知能力が衰え、寝たきりになる問題が挙げられていたと思います。

JSJさんの疑問も当然かと思いますが、そもそも精神科病院や社会的入院の問題への理解がないと噛み合わない議論になるだけかと思います。

JSJJSJ 2012/10/04 18:41 道すがりさんありがとうございます。
>そもそもあの病院に入院すると短期間で極端に身体機能と認知能力が衰え、寝たきりになる問題が挙げられていたと思います。

この一文で、レクさんが何にこだわっているのか今度こそ理解できたように思います。

でも
>JSJさんは社会的入院の問題を本当には理解されてないのでは?
これについては、「社会的入院の問題」の内容を明示しないまま議論しようとしたところに問題があると思います。
私に言わせれば、「病院に入院すると短期間で極端に身体機能と認知能力が衰え、寝たきりになる問題」のある社会的入院もあるし、そういう問題のない 患者家族を疲弊から救っている社会的入院もある、ということです。
社会的入院というとすべて極悪病院がやっていること、だというのならそれも一面的に過ぎる見方と言うべきでしょう。

JSJJSJ 2012/10/04 20:18 私の考えの背景も説明しておくべきかと思い、再度コメントを投稿します。

「ちょっと世話のかかる程度で入院させ、病院でもロクなリハビリもしないから短期間で極端に身体機能と認知能力が衰え、寝たきりになる」
これが社会的入院だというのなら、それは社会的入院の定義の問題、あるいは社会的入院のなかの特に問題のある例に焦点をあてた極論だと、私は考えます。

数年前、とある神経難病で長年在宅療養していた方を年老いた母親が殺すという事件がありました。
小さな記事でしたが、全国ニュースになったのではなかったかと思います。
その方は殺されたその日に、私が勤めている病院に入院し私が主治医になる予定でした。
在宅で診ていた開業医からの紹介で、もう在宅は限界だからということでした。
入院するその日に殺してしまったという点で、単なる介護疲れだけが動機ではなかったろうと思いますが、
紹介状から、医療としてすることは大してなさそうに思われましたし、リハビリしてもADLの改善が望めるとも思えませんでしたし、何より介護力さえあれば入院する必要はなかった点で、立派な社会的入院だったと思います。
極端な例ですが、これもまた社会的入院です。

問題のある病院は、個別に具体的にその問題点を指摘して頂きたいと思います。