食事が終わって部屋に戻ると、田口プロデューサーの使いみたいな人が来て、
「お席を御用意させて頂いてます」
その部屋に案内されると座卓が置いてあって、向こう側は四人か。田口プロデューサーと、池尻ディレクターと、やっぱりいたか、レミと石川ジョージだ。もうレミの顔はウンザリなんだけどな。
向こう側の四人は千草たちが部屋に入った時から平伏状態だ。まあ、そうなるよね。どう考えたって、あっちがこっちに詫びを入れる話合いだもの。千草たちが床の間の前に用意されていた座布団に座ると、田口プロデューサーと池尻ディレクターがテーブルににじり寄り、レミと石川ジョージがその後ろに位置を変えた。
ちゃんと謝罪の形式は整えてるか。だってあっちは座布団無しだもの。さてだけど、田口プロデューサーってごっつい体つきだ。学生の時は柔道とか、ラグビーとか、アメフトしてたんじゃないかな。
それに顔が怖いぞ。容貌魁偉ってやつだろうけど、浮き沈みの激しい業界で、大物とまでされるぐらいのプロデューサーになってるぐらいだから、タダ者じゃないのだけはわかる。海千山千の人物なんだろうな。
こういう時は、まずは挨拶を兼ねての自己紹介からになるはずだけど、顔を上げた田口プロデューサーの目に驚きが走ってるのがわかったな。なんに驚いたのだろうかって思ったのだけど、
「み、水鳥先生ではありませんか!」
コータローは、
「田口さん、ご無沙汰しています。こんなところで会うなんて思いもしませんでしたわ」
田口プロデューサーはもう動揺も隠し切れない様子で、
「こちらは奥様ですよね」
「ああそうや。初めてやったな」
田口プロデューサーの顔が見る見る真っ赤になるのがわかったよ。そっか、そっか、コータローに仕事を依頼したことがあったのか。それだけじゃなく、コータローの逆鱗がどこにあるのかも知ってるのか。田口プロデューサ―は赤鬼のような顔で後ろに振り向き、
「レミ君、石川君。君たちは、この御婦人に暴言を吐いたのだな」
怖いよ。あれは怒りに震えてるもの。それなのにレミは、
「千草は学生時代の友人ですから、冗談みたいなものです。千草も気にしてないでしょ」
どこの世界に面と向かってブス呼ばわりされて喜ぶ女がいるものか。そもそもレミは友人でもなんでもあるものか。それぐらいで答えてやったら、
「二人とも下がって宜しい」
どうにも拙い様子だけはレミも察したのか、
「千草、なんとかしなさいよ。あんたに取りなさせてあげるって言ったじゃない・・・」
千草はそっぽを向いたのだけど、田口プロデューサーの怒りが爆発した。
「下がれと言ったのが聞こえないのか」
「これは千草の誤解で、さっきだって・・・」
「黙れ。もう舌を動かすな。そして二度と私の前に現れるな。覚えが悪いようだから言っておく。どこへなりとも消え失せろ」
すると石川ジョージが、
「えっ、ボクもですか」
「お前には耳も日本語も理解する脳もないのか。出ていけ!」
部屋中が震えるぐらいの怒鳴り声。その剣幕に転げるように二人は部屋から出て行った。なんとか怒りを鎮めた田口プロデューサーが謝罪の言葉を並べたのだけど、長いよ。短かければ良いとは言わないけど長すぎる。
やっと終わったか。問題は謝罪を受けてどう返すかだよね。口火を切ったのはコータローだった。
「謝罪の言葉は受け取ったで。オレらの用事はこれで終わりやろ。お暇させてもらうで」
これに続いて藤島監督も、
「私もそうだ。田口君も聞いてるとは思うが、今は大事な友人の接待中だ。これでお暇させてもらう」
二人ともあっさりしてるな。ここでゴネたって時間の無駄ぐらいの判断かも。あれかな、責任者である田口プロデューサーの顔を立てたってやつだな。こういう時の定番の、
『責任者出て来い』
これを果たしたのだから、これぐらいで矛を収めようぐらいか。千草もレミが怒鳴られて部屋から追い出されるのを見れたから、少しは気が晴れたから、この場ではもう良いかな。別にクレーマーやりたい訳じゃないし。
だけど、それを聞いた田口プロデューサーが慌てだした。謝罪を受け入れてもらったら一件落着のはずなんだけど。
「こうやって席を囲めたのも何かの縁ですし・・・」
そりゃ、縁と言えば縁にはなるのだろうけど、お互いにあんまり嬉しくない縁じゃないか。田口プロデューサーにしてもトバッチリ喰らったようなものだから、こんな席は早く終わらせたいはずだろ。千草だって正座が辛いんだから。
「そう言わずに、こういう座でお話が出来るのも・・・」
こういう座って言うけど、お茶が出てるだけじゃない。ここでお酒が出るのはおかしいのはわかるけど、こんな時刻にこんな旅館で、大人がお茶だけで時間を過ごさなくても良いじゃないか。
「おたくが失言して、こっちがその謝罪を受け入れたんや。これ以上、何をしろって言うんや。部屋に戻って寝たいんやけど」
「水鳥先生とは久しぶりに話をしたいのに、こんなところにいつまで居させるつもりだ。これ以上、プライベートの時間を邪魔して欲しくないぞ」
千草だって、もうこんなところにいたくないよ。それでも田口プロデューサーはあれこれ話の接ぎ穂を探し回り、切羽詰まった感じで席を下がって土下座をしたのにビックリした。謝罪はもう終わってると思ったのだけど、
「藤島監督にメガホンを取って頂ければ・・・」
おいおい、いきなりそこに話を飛ばすのかよ。藤島監督は、
「その話は水鳥先生御夫妻には関係がないお話です。私もここで話をしたいとは思いません」
そう言うとさっと席を立ち、千草たちも続いたのだけど、部屋を出るか出ないかぐらいで、
「池尻、お前はなんてことをしてくれたんだ。この責任をどうやって取る気だ!」
部屋からビリビリ響き渡る声が聞こえた。