新小児科医のつぶやき

2017-02-01 ピラミッドテキスト・ムック その1:基礎の基礎編

エジプト学なんて高校教科書レベルしか持ち合わせていないので、毎度毎度の泥縄式ムックです。


エジプト王朝の始まり

簡便にwikipediaより

周囲には不毛な砂漠が広がっていたため、ナイル川流域分の面積だけが居住に適しており、主な活動はその中で行われた。ナイル川の恩恵を受ける地域はケメト(黒い大地)と呼ばれ、ケメトはエジプトそのものを指す言葉として周囲に広がるデシェレト(赤い大地、ナイル川の恩恵を受けない荒地)と対比される概念だった。このケメトの範囲の幅は非常に狭く、ナイル川の本流・支流から数kmの範囲にとどまっていた。しかしながら川の周囲にのみ人が集住しているということは交通においては非常に便利であり、川船を使って国内のどの地域にも素早い移動が可能であった。この利便性は、ナイル河畔に住む人々の交流を盛んにし、統一国家を建国し維持する基盤となった。

エジプトが上エジプトと下エジプトで分かれていたのは知っていましたが、具体的にどんな感じであったかですが、

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古代ではメンフィスあたりが上と下の境界線であったらしく、大雑把に分けると

  • ナイルデルタが下エジプト
  • ナイルデルタの上流のアスワンあたりまですが上エジプト

これぐらいの理解で良さそうです。地図を見ればわかりやすいのですが、エジプトの緑地帯はナイル川沿岸部のみに限定され、緑地帯の背後の東西は砂漠になっています。背後に広大な砂漠地帯が広がる地形は古代エジプトにとって防衛上のメリットになったようで、メソポタミア文明が交通の要衝であったが故に民族の流入による激しい興亡を繰り返したのに対して、一種の孤立地帯として文明をゆっくり育んだぐらいでしょうか。文明はおそらく上エジプトの方が一歩先であったと考えるのが妥当でしょう。ナイルデルタの恵みは言うまでもないですが、文明は大河の河口地帯ではなく中流域から起こるのは文明発達の原則です。それでも上と下の文明発達は言うほどの差はなかったようで、やがて上と下に統一国家が出現し、さらに上下統一戦争が起こる経緯になったようです。wikipediaより、

紀元前3150年頃、上エジプトのナルメル王が下エジプトを軍事的に征服し、上下エジプトを統一してエジプト第1王朝を開いたとされる。

統一したの上エジプト側だったようで初代の統一王は従来はメネス王とされていたようですが、現在はナルメル王となっているようです。とにかく紀元前32世紀のお話です。古代エジプトも古王国、中王国、新王国に時代区分されるのは知っていますがナルメル王の第1王朝、さらには第2王朝は古王国より前の初期王朝に分類され、古王国は第3王朝から第6王朝までを指すようです。


古王国

古王国は第4王朝の頃に最盛期を迎えたと考えて良いかと思います。理由は単純であのギザの三大ピラミッドを建設した時代になるからです。ここで第4〜第6王朝の歴代王と在位期間を見てもらいます。

王朝名 在位(年) 王名(英字表記) 在位年数 王朝存続期間
第4王朝 前2613 - 2589年頃 スネフェル(Sneferu) 24 113
前2589 - 2566年頃 クフ(Khufu) 23
前2566 - 2558年頃 ジェドエフラー(Djedefre) 8
前2558 - 2532年頃 カフラー(Khafra) 26
前2532 - 2504年頃 メンカウラー(Menkaura) 28
前2504 - 2500年頃 シェプスセスカフ(Shepseskaf) 4
第5王朝 前2498 - 2491年頃 ウセルカフ(Userkaf) 7
前2491 - 2477年頃 サフラー(Sahure) 10 153
前2477 - 2467年頃 ネフェリルカラー(Neferirkare) 10
前2467 - 2460年頃 シェプセスカラー(Shepseskare) 17
前2460 - 2453年頃 ネフェルエフラー(Neferefre) 7
前2453 - 2422年頃 ネウセルラー(Niuserre) 31
前2422 - 2414年頃 メンカウホル(Menkauhor) 8
前2414 - 2375年頃 ジェドカラー(Djedkare) 39
前2375 - 2345年頃 ウナス(Unas) 30
第6王朝 前2345 - 2333年頃 テティ(Teti) 12 161
前2332 - 2283年頃 ペピ1世(Pepi I) 49
前2283 - 2278年頃 メルエンラー(Merenre) 5
前2278 - 2184年頃 ペピ2世(Pepi II) 94

笑われそうですが三大ピラミッドを築いた第4王朝は113年間しか続いていなかった事を初めて知りました。三大ピラミッドは2代クフ王、3代カウラー王、5代メンカウラー王のものとされていますが、5代のメンカウラー王が死去してからたった4年で第5王朝に代っています。通説ではあまりに巨大なピラミッドを築いたために王朝の財政が疲弊して第4王朝は終焉を迎えたとなっていますがwikipediaより、

  • エジプト第5王朝に入ると経済は引き続き繁栄していたものの、ピラミッドの意味が変質してクフ王時代のような巨大な石造りのものを建てられることはなくなり、材料も日干しレンガを使用したことで耐久性の低いものとなった。
  • エジプト第6王朝も長い安定の時期を保ったが、紀元前2383年に即位し94年間在位したペピ2世の治世中期より各地の州(セパアト、ギリシア語ではノモスと呼ばれる)に拠る州侯たちの勢力が増大し、中央政府の統制力は失われていった。紀元前2184年にペピ2世が崩御したころには中央政権の統治は有名無実なものとなっており、紀元前2181年に第6王朝が崩壊したことにより古王国時代は終焉した。

wikipediaを信じる限りピラミッド建設により国経済が疲弊したとはなっていません。最近の研究ではピラミッド建設に動員された作業員には正当な報酬が支払われていたとなっていますから、おそらく富の再配分が行われたぐらいを想像します。国経済が発展しても中央政府の財政事情が悪化するのは江戸期を考えると普通にあり得ます。江戸期では富が武士階級から商人などに移動しましたが、古王国では地方豪族に移動したようです。この辺についてはwikipedia程度の知識で満足しておきます。


ウナス王

ウナス王は最後の三大ピラミッドを作ったメンカウラー王の死から129年後に即位した第5王朝最後の王になります。ウナス王のピラミッドはこころ動かす、旅ブログ様より、

第5王朝以降は石ではなく日干し煉瓦主体のピラミッドとなっていますから、4300年以上の歳月に耐えきれずかなり崩れていますが、ウナス王はピラミッドに新機軸を持ち込んだと私は思ってます。ギザの三大ピラミッドは今でも見る人を感嘆させますが、内部の石組の精巧さはともかく、装飾については殆ど施されてなかったとして良さそうです。ウナス王はピラミッドの素材こそ日干し煉瓦で劣りますが、玄室の壁いっぱいにヒエログラフを刻み込んでいます。この玄室にヒエログラフによる呪文を描く手法はウナス王から

  • 第6王朝の4人の王(テティ、ペピ1世、メルエンラー、ペピ2世)
  • ペピ2世の3人の王妃
  • 第8王朝イビィ

合計8基に確認されています。ちなみに第7王朝・第8王朝にはウアジカラーとイビィの2人の王しか確認されていませんから、ウナス王からイビィ王までの間にピラミッドテキストが彫り込まれたぐらいの理解で良さそうです。それと伝説では第5王朝の最後の王であるウナスには息子がおらず、やむなく娘の養子にテティを迎えたの説もありますから、王朝が変わってもテティ王がピラミッドテキスト様式を引き継いだのはおかしくないってところです。ピラミッドテキストをググって見つかったものだけ画像を紹介しておくと、

ウナス王(from ナショナル・ジオグラフィック日本版」) テティ王(from Wikipedia)

ピラミッドテキストは後になって死者の書として受け継がれたと見てよさそうです。ちなみに死者の書とピラミッド・テキストの違いは、

ピラミッド・テキスト 死者の書
登場年代 第五王朝 ウナス王のピラミッド
(ただし成立自体はもっと以前)
第二中間期

(内容はピラミッド・テキストから派生)

主な内容 オシリス神と一体化するための呪文、
ラーとなるため天へ昇る呪文
死者の国での暮らし、
ミイラを守る呪文
書かれた場所 ピラミッド内部の石 パピルス・ロール
または木片
使用文字 ヒエログリフ ヒエラティック、デモティック
呪文数 約760 200前後
時代 古王国時代 新王国時代以降

考えるまでもないですがピラミッドテキストに刻み込まれた呪文はウナス王が発明したものではなく、ウナス王の時点で伝承されていた古代エジプト宗教の集大成みたいなものじゃなかと想像します。エジプトが上下のエジプトに分かれていただけでなく、上下の中で覇権争いしていた時代は紀元前43世紀まで遡れるようですから、ウナス王が在位した時代でも既にエジプトに文明が興って2000年以上は経過していた事になるので、それだけの期間があれば宗教も成熟するだろうってところです。

ウナス王のピラミッド・テキストがほぼ完全な形で残されているだけでも十分驚異的なのですが、それ以前の2000年間の歩みについては残念ながら殆ど不明です。そりゃ石に刻んだだけでなく、その石が風化しないところに保存されでもしない限り文字としては残りようがないってところです。。


古代エジプトは遥かなり

今回の趣旨はピラミッドテキストが作られたウナス王の時代がどのあたりに位置するかを把握するのが目的でした。私なりに満足はしているのですが、とにかくエジプトの古さと連綿性に驚かされます。中国も古いのですが、近年になり実在が確認された夏王朝で紀元前20世紀から紀元前16世紀ぐらいのお話です。中国史でもウナス王の時代は伝説の堯舜時代を飛び越え、三皇五帝の時代に足を踏み入れそうになります。日本なんてお話にならず日本書紀を参考にして目一杯水増しした皇紀でも2677年です。

もう一つ古代エジプトの注目すべきところは連綿性です。メソポタミアはエジプトを凌ぐ古さがありますが、周辺民族の流入によりかなりダイナミックに変動しています。どっちが良い悪いではないのですが、何千年も連綿と継続された文明は多くの研究者を今も魅了してやまないと思っています。

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