新小児科医のつぶやき

2017-10-11 第2部桶狭間編:あとがきじゃなくて補足みたいなもの

5/19午前中が満潮だったのは信長公記の記述からわかりますが、具体的にはどうだったのかを海上保安庁の潮汐計算から見てみます。

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とりあえず1560年6月11日が旧暦の永禄3年5月18日で6月12日が5月19日になります。この潮汐表で仮定しなくてはならないのは、潮位がどれほどなら大高鳴海間の通行が遮断されるかです。これについてはデータも参考資料もないのですが、おそらく100〜150cmの間ぐらいで通行の可否が決まりそうな気がします。一応これを前提として考えると、

  • 5/18の10:30ぐらいから通行可能になり、17:30ぐらいに通れなくなった
  • 5/19は11:30ぐらいから通行可能になり、17:30ぐらいに通れなくなった

信長の熱田から善照寺砦への移動の辰の刻(7時)ですから満潮時に当たっており、上の道を通る必要があったのに符合します。おおよそこんな感じ

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辰の刻に熱田を出発した信長が善照寺砦に到着したのは9時から10時の間ぐらいと推測していますが、ここから信長は午の刻まで動きません。清州からの移動ですから決戦に備えて休憩の意味もあったでしょうが、もし大高城別動隊攻撃の意図があったのなら潮が引くのを待っていた可能性があります。それと義元の着陣が確認されたのが信長公記では午の刻ですが、今川軍が突然現れて「あっ」と言う間に布陣したとは考えられず、信長が善照寺砦に到着した頃には既に前衛部隊が見え始めていたとも考えられます。信長は桶狭間道に現れた今川軍の動向を善照寺砦で窺っていたのかもしれません。

もう一つ中島砦での信長の檄ですが

あの武者、宵に兵糧つかひて、夜もすがら来なり、大高へ兵糧を入れ、鷲津・丸根にて手を砕き、辛労して、つかれたる武者なり。

この檄の後に中島砦を出陣しますが、午の刻は回ってますから大高鳴海間の交通が可能になっている時期です。「あの武者」とは今川軍の大高城別動隊しか考えられませんが、道は通れるようになっているが「つかれたる武者」なのでやって来ない、もしくはやって来ても物の役には立たないと自軍を鼓舞していると解釈できます。これは大雑把な推測ですが

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ついでですから桶狭間の勝利後の信長の帰路ですが、

もと御出での道を御帰陣侯なり

おけはざま山の義元本陣を追い崩したのが未の刻(14時半)ぐらいと信長公記ではなっていますが、およそ2時間の戦闘時間があったとして16時半、そこから軍勢をまとめて清州に向かったのが17時頃とすると、古鳴海あたりは18時から19時ぐらいとも考えられ、また満潮に近づきます。その頃には下の道も中の道も使えなくなっていたたので、「御出での道」すなわち上の道を通って清州に戻ったと見ることができます。

これは本編では説明が煩雑になるので省略しましたが、信長公記の記録と潮の干満はかなり符合すると見ることは出来そうです。

JSJJSJ 2017/10/11 21:03 榎原雅治著「中世の東海道をゆく」(中公新書)の中で、
飛鳥井雅有の旅日記「春の深山路」(1280年)、作者不明「東関紀行」(1242年)の
潮待ちや当時としても異様に早い深夜の宿立ち等の記述から、
当時、熱田〜鳴海の干潟は潮位130cm以下で通行できたのではないか、という推測が述べられています。

300年経って干潟の堆積もすすんでいるだろうことを勘案すると、
潮位150cm以下で通行できたのではないか、というYosyanさんの仮説は説得力があると思います。

BugsyBugsy 2017/10/11 21:39 世界史から見て奇襲が成功した会戦はないんです。

だからJSJ様の話は正当です。鎌倉も10年で変わりましたね。

BugsyBugsy 2017/10/12 14:29 ああ日の下に新しきものなし。

年取って一通りやったので目新しいものがなく、日々退屈です。退屈だから仕事をしてまた退屈です。服装だって男ものは流行がなく、40年前の背広を着てゲンナリしています。だから食事も一緒で外で食べません。新しいのは研究雑誌くらいですね。

この潮の満干で推理するのは楽しくて繰り返し読みました。新しいことをして楽しませるのは勲章の価値がありますよ。退屈が死ぬほど嫌いで気分転換が苦手な自分ですから、北朝鮮がまた楽しいことやってくれないかしら。韓国はあいも変わらず同じことの繰り返しでうんざりです。ミサイルに寄付してやりたいくらいです。日本人はどいつもこいつも単調ですから。

BugsyBugsy 2017/10/12 15:45 歴史の楽しみは新しい世界を見せてくれるからです。だからローマの休日は新しい命をローマに与えました。それがない小説は意味がないです。不思議と日本では多いですね。研究論文は得意でも素人に面白く解説できる歴史研究家が少ないからでしょう。

JSJJSJ 2017/10/12 16:43 Bugsyさん
>年取って一通りやったので目新しいものがなく、日々退屈です。退屈だから仕事をしてまた退屈です。
そりゃ院長なんてやってるからじゃないですか?
ご自分を平医師に降格したら楽しくなると思いますよ。
私は療養病院の平医師ですが、日々楽しいですよ。

>研究論文は得意でも素人に面白く解説できる歴史研究家が少ないからでしょう。
こりゃまた大層なご発言を。そんなに読んでおられます?
もしまだ読んだことがなかったら、手始めに石井進なんていいですよ。
スタンダードな中世史で今となっては古典ですが、読みやすくて、1960〜70年代に学校で日本史を勉強した人間には目からウロコが落ちるようなことが書いてあります。
今回の潮汐の話に興味を持たれたのなら、上記の「中世の東海道をゆく」もお勧めですし、
以前このブログでも名前の出た足利健亮もいいです。「地図から読む歴史」 (講談社学術文庫) がお手頃だと思います。

BugsyBugsy 2017/10/12 17:18 自分がヒラになっても勉強は一緒だから変わりません。泣きたいくらいです。楽しみは学会だけですね。子供の頃の最初の趣味が歴史だから論文も読みふけりました。医学よりも発見がなくて 似たような遺跡が出たくらいで死ぬほど国内の歴史は退屈で むしろ遺伝子解析による民族の起源が新しい情報が多いから好きです。魚は海藻を食べるのでウィルスが移り、食べる日本人に移ったそうです。海洋民族しか魚の旨味が分からず動物の旨味は分からないそうです。この点でニホン人はベトナム人に近縁して、大陸の人間から分かれたのではないのはミトコンドリア解析の結果を裏付けています。だから公園で初めて見る花を眺めている方がマシです。女性もどうでもいいです。

BugsyBugsy 2017/10/12 19:29 続いて皆様は趣味はどうされていますか?

自分は靴はすぐにプロより上手くなったから飽きました。バラは何もしなくても咲くし、オペラは健康にいいからやってるだけです。

日本の小説が画一的なのも単一文化だからではなく読者がバカなんです。タイトルで結論が分かるから、読むだけ損です。シェークスピアは単語ひとつ新鮮ですが、日本語訳じゃわかりません。北方騎士団、ダビンチコード、ベオウルフ タイトルだけでワクワクです。

人は平穏な渡すを幸せって言ってくれますが、高揚感のない毎日が幸福なわけありませんよ。だから西洋史に絡めてコメントを書く方が楽しいのです。

YosyanYosyan 2017/10/12 20:49 足利健亮氏の影響は確実にあって、私の歴史ムックは地理とか地形とか街道の推測を必死こいてやってます。地名もそうです。一の谷も長い間ムックしてますが、藍那から塩屋に至る地形とルートの推測は面白かったです。多井畑厄神の義経の必勝祈願伝承も当初は便乗伝承と思っていましたが、ムックの末に宿営地じゃないかと考えるようになっています。

日本の歴史小説が面白くないと感じるのは主観ですが、これは長い間、定説に寄りかかって書かれたためかと考えています。桶狭間も甫庵信長記・太閤記が史実と信じて疑われなかった時代が長く、その「史実」の上で話を展開するので同工異曲にならざるを得なかったぐらいです。ただ最近は流れが変わりつつあるとは思っています。

そうそう私の歴史の楽しみ方ですが資料の多すぎる時代は基本的にパスです。資料が多すぎる時代は既存資料の把握と確認だけでお手上げになります。ですからエエ加減な定説に乗っかっているだけの話のムックが好きです。他の趣味? 今は秋のハイキング・シーズンですから毎週のように山に登ってます。なかなか楽しいですよ。

JSJJSJ 2017/10/12 23:18 >自分がヒラになっても勉強は一緒だから変わりません。
せっかく臨床医なのに。
私は、50人の入院患者を担当していると毎週毎週何かしら解決すべき問題が出来し、たいていは些細なことですが一人一人に合った解決法を見つけなきゃいけないので飽きません。
最新の医学とはほとんど関係ないです。
ちなみに外来は定期的に診ているのは月に一人しかいませんwww。新患もほとんど来ませんwwwwwww。外来は疲れるので、その点でも今の職場は気に入っています。

趣味は、合唱歴は長いです。3年x3回くらいのブランクもありますが馴れ初めは中学生の時なのでかれこれ40年近いです。
あとは家庭菜園ですかね。ベランダガーデニングを始めて5〜6年ですが、去年戸建てを買いまして、幅50cmのウナギの寝床のような畑で野菜を育てています。
今年の成果は、グリーンピース豊作、ソラマメ不作、サヤインゲンまずまず、エダマメ失敗、トウモロコシ失敗、トマトまずまず、シソ豊作、バジル豊作、サツマイモまずまず、カボチャまずまず、オクラまずまず、ラッカセイ・サトイモ・ショウガ・長ネギ収穫待ち、イチゴ育成中。
植物は土を作って種なり苗なり植えればあとは自主的に育ってくれるのでズボラな私には合っていると思っています。

BugsyBugsy 2017/10/13 13:47 JSJ様

私は本が読みたいのでわざと退屈な病院にしました。退屈すぎてベテランナースが逃げて大変結構です。レスピレーターやCVPを置かないので軽傷しかいません。胸を張ってヤブと言うので連絡しなくてもナースが病院に転送するので、褥瘡や肺炎すらいません。検査や処置は全員一緒で聞かれもしません。思うところがあって常勤医は全員廊下で失禁する認知症です。給料は小遣い程度でも家族は患者予備軍だから喜んでいます。当直医にも仕事はさせないので一晩二万で教授も押しかけます。酒もどうぞです。回復期リハビリで九割は慣れ親しんだ脳卒中の術後で原因疾患はかたがついています。

貴方くらいのガーデニングが楽しいですね。バラ以外にはベリーやオリーブで水もやらずに勝手に育ってます。鳥寄せに良いくらいで退屈です。

BugsyBugsy 2017/10/15 10:56 この辺りの遺構は残ってるのでしょうか。不思議と縁なない場所ですが行ってみたいです。自分はそう言うわけで今日は北関東の城跡巡りのバスツアーです。昔近所に勤めていたので唐沢山城しか知りません。遺構の方が想像の翼が広がるから好きです。霧と紅葉が手伝ってくれます。バスツアーは修学旅行以来初めてですが、観光に興味がなく名物料理も知らないから家族が飽きたからです。

それにしても後ろからはトムハンクス、前からはエリッククラプトンと毎回言われるのは笑いました。目つきは決して良くないけど、紺のブレザーでくつろいでいます。

YosyanYosyan 2017/10/15 14:26 Bugsy様

 >この辺りの遺構は残ってるのでしょうか

現代地図を見ればわかると思いますが、今の桶狭間はビッシリ住宅街になっています。そりゃ鳴海城とか大高城、鷲津・丸根砦の跡の石碑ぐらいあるとは思いますが、歴史好きの私でもあんまり行きたいと思いません。つうか桶狭間のムックで大変だったのは現在が変わり過ぎてて、当時の地形とか街道とか、汀線を推測するのに非常に難儀させられました。鎌倉往還のルートを比定するだけでも、そりゃもうです。

BugsyBugsy 2017/10/15 20:48 そういえば城塞というイメージが湧きませんが、横浜も神戸も城跡が無いわけじゃないでしょう。我が家の斜向かいには神社があり中世吉良氏の支城で一部土塁が残っています。世田谷でも多摩川沿いはこんな小高い丘にある神社が多くて、見晴らしも良く重要な多摩川の防衛ラインでした。中には古墳を利用したものもあり、今でも等々力渓谷や我が家の井戸から鏃や古銭が出てきます。歴史の古い場所というだけで何やら嬉しくなってきます。下町よりも古くて昔の東海道も近所に走っていたそうです。地盤がしっかりしているので地形は殆ど変わってないようで寺も鎌倉時代からの古いところが多いです。駒の名前がつく地名が多いのも高麗との関連というより、公設の牧が多かったようです。狛江、駒形、駒場なんてまさにそれです。

YosyanYosyan 2017/10/15 21:20 神戸にも城塞ありますよ、和田岬砲台なんてどうですか。布引の滝の奥にも城塞はあり、赤松円心も旧天上寺を城塞化して篭ってます。近世なら荒木村重が伊丹城から逃げて籠もったのが花隈城です。今は市営駐車場ですけどね。つかあんだけ兵庫津やったんですから兵庫城ぐらい覚えて下さい。

この辺は冗談ですが、神戸市も広くて端谷城はよく整備されてて一見の価値があります。また淡河城は牝馬の計で秀長を翻弄したので有名です。本丸と二の丸はよく残ってます

BugsyBugsy 2017/10/15 21:37 家内が神戸の女子大なのでパンの話しか出ませんが一度行きたいですね。実家の広島は広島城と三原しか知りません。先祖に水軍がいて海の城は知っていますが、別の先祖は毛利氏の家来でした。そこの毛利の山城には墓はあっても行ったことがないんです。

YosyanYosyan 2017/10/15 21:52 そりゃ神戸はパンでしょ。神戸ほど自家製パンの値打ちが低いところは少ないと思います。自家製は単なるスタート時点ですからね。ケーキも同上。

BugsyBugsy 2017/10/15 23:19 娘は御学友で自分は宮内庁によく呼ばれます。東京にいるからでしょう。

行くと江戸城や赤坂御所の昔が聞けて楽しいです。皇族の人も座談はうまいですね。r

BugsyBugsy 2017/10/18 10:13 信長は典型的な日本人でした。彼は最後まで法律を作りません。これは単一民族で習慣が一緒のため説明が要らず、彼の意図を配下が即座に分かったからです。他家の式目も同様で箇条書きで簡潔です。

一方ローマ帝国はまるで文化が違う異民族を支配したために細かいところまではっきりさせる必要があったために細かい法律を明記して法の遵守に厳密でした。法を破る時は新しい国を作る時であるとカエサルは述べています。法とは民族の生き方なんでしょう。生き方はラテン語ではチヴィタスですが、文明という意味でもあります。ローマはルビコン川を超えて多民族と接する帝国になってから急に法律が細かくなりました。

BugsyBugsy 2017/10/18 10:13 信長は典型的な日本人でした。彼は最後まで法律を作りません。これは単一民族で習慣が一緒のため説明が要らず、彼の意図を配下が即座に分かったからです。他家の式目も同様で箇条書きで簡潔です。

一方ローマ帝国はまるで文化が違う異民族を支配したために細かいところまではっきりさせる必要があったために細かい法律を明記して法の遵守に厳密でした。法を破る時は新しい国を作る時であるとカエサルは述べています。法とは民族の生き方なんでしょう。生き方はラテン語ではチヴィタスですが、文明という意味でもあります。ローマはルビコン川を超えて多民族と接する帝国になってから急に法律が細かくなりました。

BugsyBugsy 2017/10/18 14:25 JSJさま

歴史は叙事詩です。凡百の歴史家は細かいデータにこだわるだけで叙事詩を楽しむ素養がないので打ち捨てられます。マキアベリが愛されるのは人間を描くからで人間は時代によって変わるから永遠に愛されています。

自分は基礎研究者だったので人間と向き合った実感がありません。だから今では普通のお医者さんになったと満足しています。欧米では医師が人文科学を通じて最新の科学知識を元に人間を見ています。理科や数学が得意だから医師に向いているとする日本の風潮は明らかに間違っています。

BugsyBugsy 2017/10/18 15:09 それとご主人様の信長の描写はいつも優しいですね。これは日本には小物の悪党しかいないのでピカレスクロマンが育たないからです。

信長は全くチェーザレボルジアと一緒ですが、毒のない君主ほど困りものはありません。立ち居振る舞いはイタリアンルネッサンスと完全に一緒です。こういった描写の方が信長の本質をついています。女を徹底的に利用したのもです。ZbqEA

BugsyBugsy 2017/10/27 21:16 足利健壱という名前が分からなのですが郷土史家でしょうか。 勘弁してつかあさい。

こいつらは起こった事を見つけるだけです。そんな狭い地域のことばかりです。どうしてそうなったかを考えないのでそこで思考はストップです。つまらん人生が自慢でしょうか。
それを考えないから敷延的な考証がないのです。

文献だけで古事記を読み解くから朝鮮語で解釈する奴が出るのです。全部嘘で自分がそれと分からないので益々おかしな方向です。自称歴史家に多いのは東亜のみの特徴です。

YosyanYosyan 2017/10/27 22:00 足利健壱じゃなくて足利健亮です。郷土史家ではありません。まあ細かいところにこだわる研究家と言われればそれまでですが、個人的には影響が大きかった研究家です。

歴史は俯瞰的に見る部分と細部を見る部分があります。両方を同時に見るのは大変ですが、あくまでも細部があっての俯瞰だと思っています。細部の積み重ねが大事ない俯瞰はちょっと不安定かなってところです。日本史で思うのは俯瞰が通説の寄りかかり過ぎている気がする点です。また通説を覆す細部の根拠の論証がちょっと甘いかなってところです。

そうそう半島の影響。そんなもんあるに決まってるやないですか。記紀編纂時にまともに漢文が書ける日本人がどれだけいたか不安になるぐらいです。日本書紀も研究者によると、漢文として読みやすいところと非常に読みにくいところがあるそうです。さてどっちを誰が書いたにやらってところです。

BugsyBugsy 2017/10/29 11:33 これはこれは ごま塩頭の老眼で失礼しました。

なるほど地理で読み解く歴史とは自分にとっては全く新しいアプローチです。取り寄せて読んでみましょう。

ありがとうございました。

BugsyBugsy 2017/11/30 23:39 JSJさま

>私は、50人の入院患者を担当していると毎週毎週何かしら解決すべき問題が出来し、たいていは些細なことですが一人一人に合った解決法を見つけなきゃいけないので飽きません。

自分もようやく患者を100人近く見るようになったので忙しいのですが 忙しすぎて悩む暇もないのが良いですね。気分はさっぱりしています。それで趣味にのめり込むようになりました。通勤では映画ばかり見ています。やっとテナーでラボエームがオペラらしく歌えるようになり バラの冬剪定の準備で大わらわです。よほど喉を鍛えたせいか首回りが今年3cm減りました。

Yosyanさま

やっと時間ができたのでご指摘の書籍を読めました。どんな映画でも書物でも要は説得力convincingです。この人の文章は語彙の一つ一つのディーテールに神が宿ってますね。選ばれたのは正に慧眼です。

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