リンドウ先輩:美人問答

 オレは硬派や。硬派の証拠に中学は野球部やった。軟派の野球部もあるかもしれんが、オレの中学の野球部は間違いなく硬派やった。オレがこの学校に進学したのは肘を痛めてもたから野球を断念するのも目的やったけど、県立の旧制中学以来の伝統校であるのもあったんや。そりゃ、伝統校といえば大概は『質実剛健』ぐらいを気風にしているはずやから、硬派にぴったりと思とったんや。ところがやねん、入学式の校長挨拶から変やと感じ始めたんや、

    「当校の校風は自主性と自由闊達です」
 これもベースに質実剛健があった上での自主性と自由闊達と勝手に思とってんけど、そやないことは段々やなくてすぐにわかったんや。なんちゅうか、信じられへんと言うか、訳わからんぐらいの自主性と自由闊達さが校風やねん。わかりやすいんで言えば、水橋がロック研のために二階建てのプレハブ作ってもたんもそうや。さすがにあれは桁外れやったけど、ああいう感覚というかノリで普通の高校では信じられへん事が日常生活として起るんや。これが伝統名門校、いやそれ以前にホンマに学校かと疑う時もある。だいたい県立校やで。

 言い出せば変なところはいくらでもあるんやけど、たとえばまだ高校生やから男女交際は普通はウルサイはずやし、さすがに不純異性交遊はうちでもウルサイ。例の妊娠退学ってやつはうちの学校でも十分ありえる。この辺は進学校やから、そない無茶するのはあんまりおらへんみたいや。もちろん硬派のオレには縁のない話やけど。

 ただやねんけど、不純でさえなければなんでも開けっ広げというか、大っぴらにOKみたいな気が狂いそうなぐらい軟派な校風やねん。それも他の学校の連中に話してもまず信じてもらえないぐらいのレベルの代物なんや。とにかく不純でなければOKやから、校内の美男美女をアイドルに見立てて、年がら年中大騒ぎやってる感じかな。それも校風がそんなんやから半端やないのよ。だいぶというかすっかり慣れたけど、はっきり言わんでも他所から見たら異常やわ。

 うちの新聞部は妙に活発で毎月新聞出るんやけど、記事の大半は美男美女番付とか、美男美女レポートみたいなのをやってるんよ。もちろんそれだけやないで、誰と誰の交際情報とか、正式発表とか、カップルが別れたとか、交際疑惑の突撃インタビューとかやで。オレも最初に読んだ時に芸能週刊誌とかスポーツ新聞かと思たぐらいやった。

 あんなものが高校の新聞部の新聞で認められるなんてホンマに信じられへんかったもんな。あれってPTAとかにも配ってるはずやと思うんやけど、文句一つ出えへんみたい。とにかく人気があるから、月刊やなくて週刊にする噂まであるぐらいやねん。号外が最近増えてるから、実質的には週刊になってるとも言えるからな。あんな軟派なもんオレには合うはずもないんやけど、学校の情報を知るためにやむなく読んでる。

 写真部だってそうで、あそこの伝統的な主要収入源の一つに校内アイドルのブロマイドの販売があるんよ。ブロマイドだけやないで、歴代アイドル写真集とか、大型のポスター、イメージビデオも充実してる。さらに別注すれば色んなアイドルの組み合わせの写真や、撮影依頼まで受けてる。

 美術部もそうやねん。アイドルの絵とかも描いて売ったりもあるけど、最近の人気はフィギュアやねん。手作りやから大量生産できへんから、一体が結構な値段なんやけど、予約待ちになるほど人気がある。美術部員はそればっかり作ってるようにしか見えへんもんな。まあ他にも小物を作ってるんやけど、これも笑たらアカンけど、購買部に堂々と売ってるんや。もちろん写真部のブロマイドとかもそうやねん。

 購買部も購買部で、入学した時に目を疑ったけど購買部特製の校内アイドル・グッズも売ってるんや。いわゆるキャラクターグッズってやつ。Tシャツやタオルまであるんや。これが結構な売れ行きで、文房具とかを全部そろえてる奴も珍しくない。さらに、そこに教師が買いに来ても誰一人不思議そうな顔さえせえへんのよ。つうか教師が普通に持って歩いてるもんな。

 そんな軟派すぎる校風やから、目ぼしい美男美女にはファンクラブがすぐ出来て、追っかけが始まるんよ。だから休み時間ともなると、自分の追っかけてる相手の教室に平然というか当然のように乗り込んでいくのは日常風景やねん。オレも入学した頃には腰抜かしたもんや。オレにはファンクラブ出来へんかったけど、冬月には出来とったもんな。さすがの冬月も最初は目をシロクロさせとったわ。これは硬派でもちょっと冬月が羨ましかった。

 それでもや、オレが一年の時は今から思たら、これでも『ちょっと軟派な高校』程度やってん。校内アイドルいうても、目剥くほどの美人がおるわけじゃあらへんし、追っかけしてる奴も言うほどおらへんかったんや。そんな校内アイドル騒ぎに無関心な奴も少なくなかったんよ。もちろんオレは硬派やから関心なかったで。

 様相がガラッと変わったんは一年下に加納と小島が入学した時やった。この時の騒ぎは尋常じゃなかったんや。新聞部が『開校以来の美人』て特集を組んで火が着いたんやけど、そりゃ物凄かった。新聞部も何回も二人の特集を組んだだけやなく、二人の特集雑誌まで出したんや。この雑誌は有料やねんけど、今でも続いてて発売されたら奪い合い状態や。手に入れるんは大変やが硬派のオレでさえバックナンバーそろえて持ってる。

 美術部も二人のフィギュア出したんやけど、いきなり一年待ちになってもたんや。オレはこのフィギュアが出る情報を早めにつかんでたから、発売日に朝一番の電車で買いに行ったんやけど、オレが着いた時には既に行列が結構出来てた。どうも徹夜組までおったらしい。軟派な連中を舐めたらアカンとあん時は思たものや。それでも三か月ぐらいでなんとか手に入って、家の机の上にショウ・ケースに入れて飾ってある。良く出来てるわ。

 購買部なんてアイドル・グッズの販売のためにそれ専用のスペースが出来上がり、笑いそうやけど購買部の三倍ぐらいの広さになっとった。それでも、半年ぐらいは入荷すれば売り切れる状態が続いてた。今でも新作が出れば行列が出来てすぐに売れ切れてる。これも硬派のオレでさえ一揃い持ってるわ。

 とにかく発売されたらすぐに買いに行かんとあかんから、そろえるんは大変で硬派の根性がいる。それにしても出せば売れるからって、なんでもグッズにするのは程ほどにして欲しい時がある。皿やコップや弁当箱の類はまあまあ理解できるけど、抱き枕にも参ったし、笑点みたいなゴッツイ座布団も往生した。そんなもん学校で売るもんかと思ってたら、その次にはこたつ布団が出てきてひっくり返った。全部二人分セットで買わなあかんから持って帰るんが大変なんや。もちろん硬派の根性で持って帰って愛用してる。そやけど次に何が出てくるか、いくら硬派のオレでも怖いわ。

 ちょっとだけ泣きを見たのは写真部やったかもしれん。加納が入部して部員が二十倍以上になったんは良かったんやけど、加納のブロマイドとかの商品は出してないんや。加納が止めてるからやと思うけど、部長は痛しかゆしの顔しとった。この時に加納も硬派やと少し感心したもんや。その代り小島関連の商品はこれでもかってぐらいそろえてる。硬派のオレも小島のブロマイドとポスターとイメージビデオと写真集を三冊持ってる。加納のが無いのは硬派としてホンマに残念やけど。

 ファンクラブも二人の人気が異常なぐらい高すぎて、女子アイドルではこの二人以外のファンクラブが殆どなくなってもたんや。残ってるところもあるにはあるけど細々程度やねん。実質的には二つしか無い言うてもエエぐらいや。これも、いうまでもないけどファンクラブに入ってなくとも、二人のファンは数えきれんぐらいおる。オレは硬派やからファンクラブなんて入っとらんよ、もちろん。

 そんなんやから、二人がいたクラスはそれぞれ連日物凄い数の追っかけが押し寄せて大変な状態になってたんや。おかげでなかなか二人の顔や姿を見るのは校内でも大変やねん。常に追っかけに囲まれてるから、その間からチラッと見えるぐらいやねん。だから写真や雑誌がドンドン売れる関係でもあるともいえるわ。

 今はこの二人は二年やねんけど、四月に事件は起こったんや。誰が思いついて、誰が決めたか不思議過ぎるんやけど、この二人が同じクラスになってもたんや。一人おっただけでもあの騒ぎやねんから、二人そろったらエライことになってもてん。つうか、なるに決まってるやんか。それでも一年早く生まれたのをあれだけ残念だったことはなかった。運が良ければあの二人と同じクラスにいられたのにって、硬派のオレでさえ思ったわ。

 加納と小島は別に仲が悪い訳じゃないから、同じクラスであれば話ぐらいするやんか。そうなればツーショットになるんやけど、これをなんとか見たいって、マジで学校中の男子が押し寄せることになってもたんや。見るだけやないで、二人の夢のツーショットをなんとか撮りたいって頑張ってたんや。オレもエラそうなことは言わん。硬派のオレでさえカメラ抱えて撮りに行ったからな。夏海も、秋葉も行ってたわ。良く撮れた写真は売り出されただけでやなく、プレミア付けて取引されてる。

 うちの校風的にはアリの光景とは言え、さすがに問題になったんや。そりゃそうやと思う。オレも実際に見たから知ってるけど、休み時間はまるでアイドル撮影会みたいやったからな。授業が始まって教師が最初にやる仕事が、そういう追っかけ連中の排除やったし、これが結構時間がかかってたし。

 結局そのクラスでのカメラ撮影に規制がかかったんやが、笑たらアカンけど、規制されたんは六月に入ってからやった。つまりは二か月ぐらい撮影狂想曲やらかしとったんや。理由はたぶんやけど、教師も一緒になって撮影しとったからやねん。そやからあのクラス分けは加納と小島のツーショットを見たかった学校側の策謀やと言われてる。教師も軟派な校風に染まりっきっとるわ。

 今はカメラ撮影が規制されたのと、委員長が見物人を追っ払うから、だいぶマシになってる。そりゃあの委員長は学校で一番怖いからな。校長なんか較べもんにならへんわ。あの冷え冷えする目でにらまれて退散しない人間は教師ですらおらへんやろし。そういや、氷姫も同じクラスやったんや。ホンマなんちゅうクラス分けやねん。まさかと思うけど、この騒ぎを見越して氷姫を同じクラスにしとったんやろか。それにしても氷姫は文字通り硬派やな。そりゃ、氷のように冷たくて硬いからな。

 ホンマに変な学校でファンクラブに入ってる教師もおるというか、普通におるというか、教頭が小島で、校長が加納のファンクラブに入ってるのは朝礼で言うとった。そんなもん朝礼で言う話かと思われるかもしれへんけど、うちの学校的にはアリやねん。みんな『あ、そう』ぐらいの反応しかなかったもんな。

 それでも勉強はみんなちゃんとやってる。つうかやらないとエライ目に遭う。授業内容と試験と成績評価はあのふざけた教師連中とは思えんぐらい厳しい。とにかく進級判定がシビアでクリアでドライで成績不振者への温情措置とか救済措置は事実上皆無。なんちゅうか、勉強だけはガチガチの硬派やねん。だから毎年のように留年者が発生する。二桁になるのも珍しいことやない。ここはもう少し軟派であって欲しかった。オレも三年に上がる時に冷汗かいたもんな。加納と小島に硬派として少々熱中し過ぎた。

 どうも、この学校の自主性って奴は遊ぶのにも強く尊重されて、ホンマに自由闊達に好き勝手できるんやけど、勉強の方にも同じぐらい強力に適用されてる感じやねん。自主的にちゃんと勉強せんと情け容赦なく留年させられるんや。校風はあんだけ軟派やのに、勉強の方はあんだけ硬派でおっとろしい学校やねん。

 勉強のことはともかく、こんな軟派な学校で硬派を押し通すには並大抵の事やないのよ。さてやけどそんな硬派のオレに夏海がちょっと相談があるって、

    リュウ、校内一の美人は誰やと思う」
    「そりゃ、写真部の加納か陸上部の小島だろう」
 二年のこの二人が抜けてるどころではないのは校内の常識以前のお話。加納は翳りなく燦々と輝く女神で、天使の小島は可憐に舞い踊る蝶ぐらいに喩えられる。最初に話で聞いた時は『いくらなんでも言い過ぎやろ』と思ったんやけど、実際に見て硬派のオレでも『ホンマにそうや』と見惚れてもたからな。タイプが違うから女神の加納派と天使の小島派がいるけど、他はちょっと考えられへんってところ。華やかさから加納派の方が多いかもしれん。オレは硬派としてどっちかと言うと小島派やけどな。
    「他にはおらへんか?」
 他にはって言われても困るんやけど、
    「綺麗さだけなら氷姫もいるけど」
    「二年の木村か」
    「でも木村は怖い・・・」
 二年の木村も綺麗と言うだけなら加納にも匹敵する美人やが、ありゃ、性格的にちょっと癖があり過ぎるわ。三年のオレでも、あの目でにらまれたらビビリ上がるぐらい怖いからな。なんちゅうか恋愛対象にするにはすこぶる難ありやもんな。氷姫を女神と天使と並べるには無理があると思うんやけど。
    「他は?」
 夏海は誰を思い浮かべているんやろ。他はドングリの背比べみたいなもんやんか。
    「他にも可愛いのや、綺麗なんはおるけど、加納と小島は別格やろ」
    リュウ、他にはホンマにおらへんか?」
 そない言われたって、思いつかへんわ。夏海だって前に言うとったやんか、
    『加納の女神ってあだ名はホンマにダテやないわ』
 てっきり夏海は加納派やと思とってんけど、加納以上の美人でも見つけてきたんかいな。それやったらそれで硬派として興味あるけど、おるんやったら一年やろな。二年や三年の格付けはもう済んでるし。
    「ダイスケ、一年に加納より美人でも見つけたんか」
    「全部は知らんけど、見たことない」
 そやろな。オレも見たことないし、おったら新聞部が書きたててるはずや。それぐらい加納や小島は抜けてるさかいな。加納や小島を凌ぐ美人が今まで話題にもなっとらへんかったら、そっちの方がビックリするわ。あれだけの美人はテレビや映画の女優やアイドルでもまず見かけへんぐらいや。いや硬派としてマジで見たことない。

 そんな加納や小島以外がどうかとしつこく夏海が聞くってことは、夏海が好きになった女のことやろな。昔から言うやんか、『あばたもエクボ』てな。惚れこんでもたら加納や小島以上に美人に見えても構わんと思うけど、それをオレに当てろというのは無理あるやんか。ほいでも無理はあるけど、オレも硬派やから知りたいのは知りたい。

    「誰か好きな子でも出来たんかいな。ダイスケが誰を好きになろうと勝手やし、誰を美人と思おうが勝手やけど、それをオレに当てろと言うのは無理あるわ」
    「好きなんは間違いないけど、リュウがどう思っているか知りたいんや」
 オレがどう思おうと勝手やと思うけど、妙に引っかかる話し方やな。
    「ダイスケ、降参や。誰のことを話しているのかサッパリ見当がつかへん」
 そしたら夏海が、
    「リンドウや」
 これは不意打ちやった。まさか夏海がリンドウの話をしているとは夢にも思わんかった。そうなってくると話は硬派としてガチやな、
    「リンドウは次元が違うわ。どれだけオレらがアイツの世話になってるかと思うと、感謝の言葉しか出てけえへん」
    「それだけか、リュウ、ホンマにそれだけか?」
 嫌な念押しをしやがる。ここで『それだけ』って答える訳にはいかへんで、そんなんしたらオレがピエロをさせられてまうやんか。いくら夏海でも硬派として譲れんもんは、譲れんへんよ。根性決めて問答せなあかん。
    「それだけや、あらへんで」
    「やっぱりそうか」
 まさかと思てたけど夏海も相当ガチやな。ホンマ油断も隙もあったもんやない。まあ、この辺はオレだけと思う方が甘かったかもしれへん。つうか、野球部の中だけに限れば、リンドウの人気はひょっとしたら加納や小島より高いかもしれん。リンドウだってあれは、あれで可愛い顔してるし。

 しかしやな、口に出させてどうするつもりやねん。別に夏海がリンドウを好きやってもかまへんし、オレが好きになってもかまへんやんか。ひょっとしてあれか、宣戦布告とか、それとも先制攻撃とか。まあ、口には出さんというか、練習では毎日口に出してるようなもんやけど、夏海も口先だけやなくて心底マジなのはようわかった。でも、それやったらそれで負けてられへん。オレだって硬派としてガチやからな、

    「それがどないしたん言うんや」
    「確認したかってん」
 なんの確認やねん。オレに下りろとでも言うつもりか、それとも下りてくれるって言うんやろか。
    「そこでな、相談があるんや」
 この場で決闘でもする気なら、硬派として受けて立ってやるつもりやってんけど、どうも話が違うみたいや。
    「ホンマにやるんか」
    「当たり前や、それともリュウは出来へんいうんか」
    「他の連中、えっと、ススムはどうなんや」
    「賛成した」
    「えっ、あのススムまでか・・・」
 聞いてみると、オレがどうやら最後みたいや。
    「それやったらオレもやるぞ、力いっぱいやったるわ」
    「よっしゃ、決まりや」
 なんかワクワクしてきた。やったろうやないか。それにしても、あの夏海がこの企画を持ちこんで来たのに驚いた。夏海も中学の時はガチガチの硬派やってん、そりゃ硬派の野球部のキャプテンやったし。それでも、まあ、こんなこんな軟派な学校で二年半ほど揉まれたら、ああなると思うわ。オレでさえ『ほんの少し』やけど軟らかなってるところがあるぐらいやから。あくまでも『ほんの少し』やで。

 でも思たわ、夏海の話の切り出し方はヘタクソや。あんな持って回った言い方するもんやから、エライ勘違いするとこやった。下手すりゃ硬派のオレがリンドウ巡って決闘しそうになったからな。もっと硬派らしくストレートに聞いてこんかい。たぶん冬月の話し方を真似したんかもしれへんけど、夏海には絶対向いとらへん。