新小児科医のつぶやき

2018-02-16 リンドウ先輩:あとがき

この作品は『天使と女神』のスピンオフ作品となっています。『天使と女神』がラブロマンスだったのですが、同じような路線では次回作の構想がさっぱり浮かばず、路線転換を図っています。

青春野球ドラマなんてこの世に掃いて捨てるほどあるのですが、マンガやアニメ、実写ならともかく小説にすると案外書きにくいところがあります。サッカーなんかもそうですが、テキスト・ベースでは試合のシーンの迫力の描写が難しいと言うのがあるからです。

そのためって訳じゃないですが、話の力点は試合の前後の人間模様をいかに描くかが重要になってきます。そのためにフォア・シーズンズの四人にはあれこれ働いて頂きました。ただですが、四人も立てたために冬月はなんとかなりましたが、残りの三人のキャラが立てきれず、少々心残りの部分になっています。

今回のテーマの一つに破格のスーパーマンである水橋に、いかにリアリティを持たせるかがありました。手法的にはある程度確立してまして、まず周囲との接点を丹念に描くのがまず重要です。次のポイントはスーパーマンにも人間としての弱みがあることです。そのために水橋のスタミナ問題を配しています。

これは個人的な好みの問題もありますが、普通人が時にスーパー能力を発揮して難局を解決するより、スーパーマンが普通人に近いところがある方が妙に親近感を覚えるというのがあると思っています。とは言うものの、理屈はそうであっても書いてみると大変なのはよくわかりました。

ほんじゃ、スーパーエース水橋を出さない話にする手もありましたが、今度はたかが五月から練習したぐらいで県予選の決勝までヘッポコ野球部が進出させるのに無理が出てきます。ヘッポコ野球部だって少しは上達するでしょうが、やはり奇跡の快進撃を起すにはジョーカーが必要だったぐらいです。


ヒロインの竜胆薫は作品構想で最初に思いついたキャラです。一行も書いていない時点で『天下無敵の竜胆薫』ってフレーズが出来上がり、このフレーズに相応しい活躍をヒロインにどうやってさせようかをあれこれ考えたのが、この作品だったとしても良い気がします。

最初はあれこれ校内の問題をバリバリ解決するような話も考えていました。学園ものによくある、ヒロインを中心とするグループがあれこれ活躍するストーリーです。これもある程度まで構想を練ったのですが、次々起こる問題を考え出すのが大変で、なおかつそんな総花式のエピソードをまとめて大団円に持っていくのがさらに大変で挫折しています。

そこで難問に体当たりして、力業でも強行突破するキャラに変更しました。決して天下無敵ではありませんし、出来ない事は出来ないのですが、何とかしてしまう役どころです。どちらかといわなくても健気なキャラですが、弱々しくて健気ではなく、元気いっぱいで健気ってところでしょうか。

でも好きなキャラでした。もうちょっと周辺人物を配置したかったのですが、猛練習で連日ヘロヘロって設定にしないと県予選に間に合わないし、他の部員に恋模様を出そうとすると他のヒロインも出さないといけません。そういうのも書きだしてはいたのですが、どうにも話が冗長になるというか、ストーリー展開のリズムの乗りが悪くなってすべてカットにしています。

最大の問題は私自身の歳でして、今の高校生活の感覚がイマイチつかめません。だったら高校時代の設定なんか書くなと言われそうですが、それはそれ『書きたかった』に尽きます。細部を書くとボロが出るので誤魔化しています。

でも毎度ですが、書いていて楽しかったのが最大の収穫です。やはり趣味ですから、楽しくなくっちゃね。

BugsyBugsy 2018/02/18 21:44 何度も読み直しましたが あなたが小説で何を言いたいのかさっぱりわかりません。

いえ これは私の最高の褒め言葉です。
理解を拒む小説は読者の想像力を掻き立てます。考えても考えなくても途中から そして最後から読んでも印象が違う小説は また読んでしまいます。
最初から作者の意図が判りやい小説が危ういのは 陳腐化して飽きられて二度と読まれないからです。読まれなければ 掌中の珠というべき可愛い子供の小説は命が終わってしまいます。

先生の文章は いつの時代の話か判りません。実にすばらしい。昔から人間の営みは変わりません、大昔の古典文学が今でも読まれるのは人間のやってることは一緒だから共鳴できるんです。ですからトロイ戦争を日本人が日本語でやっても違和感はありません。人間の生活が変わらない限り 先生の小説は将来も読まれるでしょう。

自分はオペラが好きです。知らない言語でやるから 理解しようと役者の表情や舞台装置に目を凝らします。字幕が出た途端興味は半減します。
わからない以上これからも同じオペラを見続けます。

YosyanYosyan 2018/02/19 21:40 Bugsy様

買い被り過ぎです。単に面白い話を書き綴っただけで、何かを世間に訴えようなんて代物を書いた訳じゃありません。ストーリーはシンプルで、熱血野球少女がヘッポコ野球部を甲子園に連れて行こうとするドタバタ話に過ぎません。深遠なテーマを書いたものではありません。

もっとも小説は作者がどんな目的や意図を込めようが、読者がどう思うかは自由です。作者の思惑を越えるのは読者の特権です。ある小説から「こう感じなければならない」は、高校まで試験で散々たったのでもう懲り懲りです。

JSJJSJ 2018/02/22 14:12 週末に一気読みするつもりにしていたのですが、予想外の用事が入りまして、月曜日から読み始めるとやはり一息で読むというわけにはいかず、今読み終えました。

この先どうなるんだろう?というハラハラ感は前作の方が上でした。
「黄色とエンジ」のPTA会長とのやりとりが一番面白かったです。
『天使と女神』のときもそうでしたがYosyanさんの文章は掛け合い漫才のノリの時が一番没入できます。

苦言を一つ。
地の文で語り手が変わらないのに突然「です・ます」調になることがあるのですが、このクセは直したほうがいいと思います。

それと気になったことが一つ。三作通じて本作の「志織とアルバムを眺めている今」の年代を特定する情報はないので気にしなければいいだけではあるのですが。
リンドウさんが年初の時点で2000年11月から日本でのサービスが始まったアマゾンに言及していますので本作の舞台は2001年以降ということになるかと思います。
そうすると当時2年生の山本君は2017年時点で30歳以下です。
山本君が大学を卒業して、シオリちゃんと別れて、コトリちゃんと再会して別れて、ユッキーと再会してユッキーが亡くなって3年経って30歳ですからムリありありかと思います。

JSJJSJ 2018/02/22 14:18 (上の続きです)
一作目の『恋する歴女』の時代を2017年と考えるのが一番しっくりくるでしょうか。

JSJJSJ 2018/02/22 14:28 恥ずかしい。
投稿してから勘違いに気付きました。
中二と高二の年齢を混同してました。

ということで2001年山本17歳とすると2017年は33歳となり年代考証上の問題はありません。
ゴメンナサイ。

YosyanYosyan 2018/02/22 15:51 JSJ様

年代辻褄の問題は実はありまして、ベンチ入りの人数の辻褄が微妙にずれています。舞台はモロ兵庫県でなんですが、兵庫県大会のベンチ入り人数の変遷がはっきりしませんでした。そこはまだエエのですが、2001年ぐらいの時代設定にすると、たしか本大会のベンチ入り人数は16人時代と18人時代の境目で、微妙なんですが16人時代になってしまうのです。ちょっと悩んだのですが、あくまでもフィクションですし、そこまでキッチリ辻褄を合わせなくても良いかと思って流しています。というのもその前の14人時代が1927〜1977年の50年間あったのに対して、16人時代は1994〜2003年までの10年間なんです。

それと県大会の日程とかはカレンダーまで書いて、実際のものと合わせたのですが、あれも実は時代考証に問題があって、2001年頃を想定すると、当時の県大会に休養日がなかった可能性が高いことに書いてから気づきました。これも悩んだのですが、エースの水橋が四連戦四連投になってしまう設定が捨てがたく、フィクションだからって言い聞かせて流しています。

BugsyBugsy 2018/02/22 22:41 神は細部に宿り給うがディーテイルがなくても神は宿ります。だから時代考証は不要と考えます。

ダンブラウンのようなストーリーテラーはジェットコースターのような切り替えで読者を惹きつけます。最後は大団円だろうと最初から分かっていても最後まで読んでしまいます。キリスト教の歴史に明らかに嘘が書いてあっても構わないのです。ひょっとしたらと思うからページをめくります。
ウンベルトエーコは時代考証の塊で引用文献が山のようにありますが 実際に知らなくても読んでしまいます。重いテーマを軽やかに踊っているので疲れません。ギボンズはローマ帝国の歴史を五賢帝の時代で終わっています。それでも燦然と輝く名著なのは五賢帝の時代を眺めただけでローマが滅亡した理由が分かるからです。逆にディーテイルにこだわった作品は全体像が見えてこないことが殆どです。史記がが優れているのは編年体で事実が詳しく書いてありながらも人間の息吹が生々しく伝わってくるからです。

小説の命は説得力で時代考証を無視しても読者が引き込まれたら作家の勝ちです。

自分は映画フリークですから例えるのは簡単です。タルコフスキーは宇宙を描いても主題は人間でストーリーはありません。観客は自分がどこに連れて行かれるか分からないので映像に目を凝らします。毎回見るたびに新しい解釈ができるので何度も見入ります。ストーリーはなくてもいいのはこの人の映像は壁に飾りたいほど凝っているからです。スターウオーズは最初は面白いけど一回で十分なのはそれが無いからです。
フェデリコフェリーニも全部持っています。キリスト教以前の爛熟期のローマ帝国の描写はこの人にしかできません。明らかにイギリスのシェークスピア映画と違います。まさに映像の爆発ですが こうなるとストーリーはどうでも良いのです。見るたびに効果音 音楽 照明に新しい発見があります。自分は最初に8 1/2を見たときに分からなくて席を立てませんでした。繰り返し見ても発見はあったものの理解に苦しみました。主人公と同い年になって初めて気持ちがわかったつもりで理解できた気持ちがしました。それでも最近見たら分からなくなっています。

読者の想像力をかき立てる作品こそ優れた小説です。読者は忙しいさなか 自分を知らない天体に連れて行って欲しいのです。行き先が最初から分かっている小説は読みません。

BugsyBugsy 2018/02/22 23:09 そしてそぎ落とした文体でしょう。行間に何かあるだろうと思ってしまいます。これこそが薀蓄です。語彙をちりばめて時代背景が明らかなチャールズディケンズよりもウィンストンチャーチルにそれを感じます。論文に引用するのでイギリス人から笑われています。英語と違って性別や年齢で文章用語がまるで違うので作者の背景があからさまに分かってしまいます。

BugsyBugsy 2018/02/22 23:20 下手な小説家や役者ほど喋ります。だから薄っぺらです。

ジャンギャバンは映画「現ナマに手を出すな」で ただ電話で相槌をうって急に黙り込みました。それで襲撃事件の仲間が逮捕されたことが分かりました。ビスケットを食べて髭を剃って眉も動かさずに仕事に出かけました。言わなくとも彼がギャングの大物だというのは分かります。トレンチコートの着こなしにも出ています。ピエールベルモントは好きで同じローファーを持ってますが 見ただけで気狂いピエロではいい加減なチンピラと一目瞭然です。

ディーテイルは語ってはなりませぬ。

BugsyBugsy 2018/02/23 00:10 自分はアランドロンには興味がありません。男前すぎて現実感が無いからです。むしろジャンレノやジャンポールベルモントはいかにもありそうで好きです。裾のシワにも出ています。ウェストンのローファーをこだわるのは彼らと同じチンピラをやりたいってせいです。007はイギリスに公務員で確かにあんな奴はいるでしょう。だからチャーチを履いてブリオーニを着て落ち着いています。

説得力ってそんなもんです。いくら格好良くてもエイリアンの格好をしたサラリーマンは電車ではいません。

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