新小児科医のつぶやき

2018-04-21 第5作近日公開

次回作の位置づけは、

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天使のコトリの続編です。天使のコトリを書いている途中に思いついて盛り込もうと思っていた構想ですが、少々長すぎて一冊に入りきりそうになかったので、さらに膨らませて独立させています。作品の味付け的には天使のコトリの流れで謎解きミステリー仕立てにさせて頂いてます。作品自体は完成していますから、近日公開予定です。

毎度毎度、外伝方式なのは遺憾とするところですが、とにかくそっちの方が書きやすいのと、そうはヒロインを次々と創作できるものではないので、開き直ってシリーズ物と思っています。べつに小説で食べてるというか、小説で1円の収入も入っている訳ではないので御容赦のほどを。

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2018-04-17 天使のコトリ:あとがき

スピンオフも外伝の一種ではありますが、今回の外伝はサイド・ストーリー的な色合いを濃くしています。というか、もともとは「天使と女神」を書いている時に、コトリちゃんの人物像を厚くするために書きかけてボツにした部分だからです。

冒頭から歴女のエピソードあたりまでが元のアイデアなのですが、こんなエピソードを織り込むと長すぎる上に、まとまりが悪くて挫折したってところです。ただアイデア自体は活かしたいの構想があり、本来は第三作にするはずでした。そうしなかったのは、その続きをどうするかの構想がちっとも浮かばなかったからです。ですから先に全体構想が思い浮かんだ完全なスピンオフの「リンドウ先輩」を先に書き、ようやく着手したってところです。

コトリが不思議な能力を持っているというアイデアは気に入っていたのですが、問題はそれをどう活かしてお話を展開していくかです。ここが本作最大の難関でした。正直なところ、今回は無理とあきらめかけていた時期もあったのですが、なんとか着想を得てゴールまで到着したってところでしょうか。

突破口になったのはヒロインのシノブです。これも毎度毎度のことですが、当初構想では完全な傍観者としてナレーター的な役割にするつもりだったのですが、それではどうしても話は進まず、広がらず、膨らまずの状態になってしまいました。

そこで、シノブに事件に関わってもらうことにしたのですが、これが成功で、シノブが関わる事で話が広がってくれました。そしていつものようにヒロインになってしまったというところです。最初からヒロインを決め打ちしていた前作とは違うので、キャラ設定に甘いところは残りましたが、これはこれでお気に入りになっています。

今回の設定で案外苦労したのは会社です。私は会社勤めをしたことがありませんし、近しい人にも殆どおらず、どうにもイメージがつかめないってところです。肩書も今回初めて調べて、こんな風になってるんだと感心したぐらいです。

年齢と出世の関係、肩書が持つ社内でのイメージ、さらには肩書の給与なんてのも手探り状態で往生しました。シノブは総務部勤務の設定にしましたが、そもそも総務部ってなにをするところから始まる始末です。ただ、調べると業種と会社によってかなりの差があるようで、かなりの幅をもって書いても必ずしも荒唐無稽にはならないみたいだったので、誤魔化しながら書いています。

最後に遺憾だったのはファンタジー的要素も盛り込みたかったのですが、どう読んでも不発です。なかなか難しいものです。次回作以降に頑張ってみたい分野です。それと今回も同じ感想ですが、書いてて楽しかったです。さて、次はどうするか、エエ加減新設定で書かないと怒られそうですが、それが出来るかどうかも課題かもしれません。

JSJJSJ 2018/04/21 08:35 おはようございます。
木・金の二日で読み終えました。

最初に抱いた感想は「人物設定を上手いこと回収したな」ということで、
2番目が「今回は見どころ(しゃべくり漫才)がなくて残念」ということでした。
次回作に期待しています。

最後に、コトリちゃんのその後が気掛かりだったので、どうやら大丈夫そうで安心しました。

JSJJSJ 2018/04/21 18:56 そういえば作中で誰も指摘しないけれど、山本先生が交通事故で死にかけたのもコトリちゃんの天使能力のせいだったのですねぇ。
コトリちゃんに自分の能力を自覚させてはいけません。

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2018-04-16 天使のコトリ:天使伝説

特命課まで作って心配されていたコトリ先輩の恋の行方ですが、加納さんとの争いはやはり熾烈だったようです。先手を取ったのはコトリ先輩です。少しだけ聞かせてくれましたが、そりゃ、もう物凄い勢いで迫られたみたいで、ついに山本先生から、

    『ボクはコトリちゃんを選びたい』

ここまで勝ち取ったそうです。ところが先輩曰く、

    『ちょっとどころやないポカやってもて』

ユッキーさんの命日を境に白紙に戻ったそうです。この辺の微妙な事情はわかりにくいところですが、白紙でもまだ五分五分だったそうです。そこから山本先生が最終選択をされたのですが、

    『あかんかった』

そうなればコトリ先輩は悲嘆の涙になりそうなものですが、実はならなかったのでした。さすがに輝くような笑顔はなくなりましたが、むしろスッキリした笑顔になられています。

    『なにかね、シオリちゃんを祝福する気分で一杯になってもた』

さすがにちょっと悔しげな口ぶりを感じましたが、それでも微笑みに翳りは見られませんでした。それで、今後どうされるかと聞いたのですが、

    『不思議やねんけど、カズ君へのこだわりが日毎に薄れていく気がするのよ。あれだけ想てたのにね。人間、現金なものやわ。ひょっとしたらユッキーがなんかしてくれてるのかもしれないね』

コトリ先輩の見方はうなづけるところがあります。山本先生の心の中に住むユッキーさんは幸せのはずです。ユッキーさんが幸せなら、周囲も幸せになるはずです。それなにのコトリ先輩が山本先生と結ばれないだけではなく、誰も愛せないままなら悲劇です。そうならないようにしてもおかしくありません。

この辺はミツルとも話していたのですが、先輩と加納さんの山本先生への異常なこだわり自体がユッキーさんの影響じゃなかっただろうかとも考えています。ユッキーさんは山本先生の次のお相手候補に先輩と加納さんを選んでいますが、拘束する代わりに美しさと若さを与えていたぐらいです。

    「コトリ先輩、どうなっちゃうの。これから急速に年相応になっちゃうの」
    「ならないと思う。それはシノブを見てるとわかる。シノブはユッキーさんに綺麗にしてもらってるけど、日が経つほどますます輝き続けているもの。天使から与えられた恵みは変わらないと見て良さそうだ」
    「じゃあ、不老不死?」
    「不老も不死もないだろうが、非常に緩やかに、なおかつ綺麗に歳を重ねられていくと思うんだ。シノブもそうなってくれたら嬉しいけど」

こればっかりは十年、二十年、いやもっと長い歳月を経ないと確認できません。これまで見つかった天使で老後の写真が残っているものは一枚もないのです。由紀子さんは若くして亡くなり、ユッキーさんもそうだからです。

    「実は歳を取った天使の写真を見たことがあるんだ」
    「そんなの、あったんだ。誰の写真」
    「正確には天使じゃないけど、恵みの教えの教祖の写真が残っていて見せてもらったんだ」
    「どうだった?」
    「とにかく古い写真の上に、教団の広報誌への転載だから不鮮明でわかりにくかったのだけど、あれが七十代とは思えなかった。教団の伝承では亡くなるまで、とにかく若々しく美貌も衰えなかったとなっていた」
    「いつまでも若々しくて綺麗なままなら天使も悪くないね。そうだったらミツルも喜んでくれるだろうし、捨てられないだろうし」
    「怒るよシノブ、ボクがシノブを捨てたりするものか」

コトリ先輩の恋に巻き込まれて私も大変な事になってしまったのですが、こういう決着になって幾つかの謎と疑問が出ています。

    「加納さんって天使じゃないよね」
    「違うはずだけど」
    「あの人はなに」
    「なにって言われても困るけど、これから幸せな一生を過ごすんじゃないかなぁ。山本先生を見続け、愛し続けることで、ユッキーさんから恵みを受け続けると思うんだ」
    「じゃ、もっと、もっと綺麗になるの」
    「あれ以上なんて想像もできないけどね」
    「でも大きな疑問があるの」

私とミツルが探し出した天使の源流は二つで、大聖歓喜天院家と聖ルチア女学院です。加納さんがこの二つの源流と関係ないなら天使ではないと考えたいところですが、ずっと、ずっと、引っかかってたことが、

    「コトリ先輩は天使よね」
    「そうだよ、正真正銘のルチアの天使であることは、はっきりしている」
    「そこなのよ、そこ。私たちは、そこで大きな勘違いをしていると思うの」
    「どういうこと?」
    「ユッキーさんがコトリ先輩を綺麗にしたと信じ込んでいるところだよ」
    「えっ、あっ、そうか、言われてみれば」

コトリ先輩は天使ですから、ユッキーさんの力を借りなくとも自力で綺麗になれるはずです。そういう能力が付与されているのが天使だからです。その証拠にユッキーさんも自分の能力で綺麗になっていますし、恵みの教えの教祖だってそうで、ユッキーさんのお母さんだってそうです。この能力は天使に普遍的にあるはずで、ルチアの天使であるコトリ先輩にないと考える方が不自然です。

    「シノブ。そうなると小島部長が綺麗なのは、ユッキーさんの力のためではなく、自分の天使の能力のためってことになるよな」
    「そうなのよ、コトリ先輩は自分が天使であるとの意識は乏しいの。だから綺麗になって若々しいのはユッキーさんに、そうしてもらってると信じ込んでおられたのよ。でも、実はそうじゃなくて、自分の恋を実らすために自分で自分の魅力を高めていただけと見る方が正しいと思うの」

疑問が自分の中に膨らんでいくのがわかります。コトリ先輩は自分の天使の能力をフルに使って魅力を高めています。そこまで天使が全力を出し切って魅力を極限まで高めたはずなのに、選ばれたのは加納さんです。

    「そう言われると、どうして加納さんが選ばれたんだろう。もちろん加納さんの美しさは人並み外れているから、加納さんが選ばれたこと自体は不思議とは言えないけど、天使の魅力に人が勝てるかって話だよな。でも、ユッキーさんが加納さんをより魅力的にしていたで良いんじゃないかなぁ」
    「そういう説明もアリかもしれないけど、わざわざそうしてまで加納さんを贔屓する理由はないんじゃないの。だって山本先生のお相手候補は先に加納さんがいて、後からコトリ先輩が加わってるのよ」
    「そうなのか! 小島部長が天使の能力で魅力を高めた時に、ユッキーさんはそれに負けないように加納さんに一方的に肩入れして勝たせてたのなら、最初から小島部長を引っ張り込まなければ良いものな」
    「それだけじゃないのよ。詳しくは知らないけど、前回の失恋事件の時から延々と張り合ってるのよ。それはユッキーさんが登場する前からなのよ」
    「つまり加納さんはユッキーさんの助けなしでも天使の小島部長と互角の勝負が出来たんだ。そうなると答えは一つかもしれない」
    「どういうこと?」
    「小島部長は天使だけど、加納さんも女神様だったんだよ。天使がいれば女神もいてもおかしくないじゃないか。女神もまた自分の魅力を全力で高めて、天使の魅力に勝ったんだ」

ミツルの説明になんの根拠も求めようがありませんが、天使の実在の調査に深く関わった二人には、もっとも納得の行く答えかもしれません。世の中には少ないですが一定の頻度で能力者が存在します。加納さんが天使の能力者であるコトリ先輩と互角に渡り合えたのは、加納さんもまた天使に匹敵するなんらかの能力者であると考えるのが自然です。

そうなるとユッキーさんが山本先生の次のお相手候補を一人に絞り切れなかった理由も同じだったかもしれません。稀有の能力者がたまたま候補として並立してしまったぐらいです。さらに言えば、どちらと結ばれても幸せになれるのも見えてしまったのかもしれません。

    「ユッキーさんも能力者だよね」
    「これも間違いないよ」
    「でもユッキーさんがこの恋で果たした役割は、天使か女神を山本先生と結ばせるために、その心をつなぎとめ、あの奇妙な三角関係を山本先生が選択するまで維持していただけかもしれないと思うの」
    「そうなるね。ユッキーさんが二人を綺麗にしていた部分は無しと考えて良さそうだ。でも、そうなると、まさか、えっ、・・・」
    「そうなのよ、問題は私になってくるの」
    「そうだよシノブはなぜ綺麗になったかだ。でも、これはユッキーさんの能力と素直に考えて良いんじゃないかなぁ」

私の頭の中に夢で会ったユッキーさんの言葉が蘇ります。

    『私とカズ坊からのプレゼントは変わらないから安心して。シノブさんのこれからの人生で役に立ってくれると嬉しいわ』

大聖歓喜天院家の能力は継承されるものです。ただその継承は本人の意思によると考えて良さそうです。つまり、いつ誰に受け継がせるかは継承者の判断になるはずです。たとえば恵みの教えの教祖は死ぬ直前まで誰にも授けなかったから、亡くなった時に次の能力継承者が不明になっていたのかもしれません。

ユッキーさん能力の発現は異常なほど早かったとされますが、これも由紀子さんから伝ったのならわかります。由紀子さんはユッキーさんが四歳の時に亡くなっていますから、伝えるなら亡くなる前のはずです。だからあれだけ早かったと見て良い気がします。

    「ユッキーさんはコトリ先輩も、加納さんも綺麗にする必要はなかったでイイと思うの」
    「そうだよね。別に手助けしなくても自分の能力で魅力を高められるからな」
    「だとすればユッキーさんに綺麗にしてもらったのは、どう考えても私だけになるの」
    「それって、ハワイに行く飛行機で考えてた、能力を伝えられるのは一人だけって話かい」
    「ここまでくると、そう考えるしかないのかもしれない。綺麗にしてもらったのではなくて、能力を継承したから綺麗になったんだ」

たぶんですがユッキーさんが私に能力を伝えたのは三回目にお会いした時。あの時に私の心は山本先生に大きく傾き、ツトムが恋人に見えなくなってしまいました。四回目の時は、山本先生に綺麗に見られたい一心で自分で自分の魅力を与えられた能力で高めていたに違いありません。その効果は三回目の後に会っていた高野専務が、四回目の後に見て驚くぐらいの変化でした。

    「シノブ。ユッキーさんは親族には伝えたくなかったんだろうな」
    「私もそう思う。だって相手があれじゃ・・・」

大聖歓喜天院家の能力系譜は教祖から三女に伝わっています。三女は息子と娘を産んでいますが、娘の方は能力を受け継いだものの子どもが出来ず、息子の娘の由紀子さんに伝わっています。由紀子さんは一人娘のユッキーさんに伝えていますが、ユッキーさんも娘を産むことなく亡くなっています。

教祖の三女の孫は由紀子さんと息子さんが二人なのですが、ユッキーさんには従兄弟はいても従姉妹はいません。娘も生まれたのですが、早くして亡くなっています。つまり三女の大聖歓喜天院家の血縁者に能力を継承させたくても相手がいない状態です。そのうえ、由紀子さんの結婚相手が、木村一族の人間で教団とも関わりが深いとわかった時点で絶縁状態です。

こういう場合はどうなるかですが、大聖歓喜天院家の伝承では木村の一族の娘に能力者が出現するとあります。ユッキーさんの場合は木村一族だけでなく、教主家の大聖歓喜天院家も候補になるとは思いますが、どちらにも伝える気はなかったと思います。そりゃ、ユッキーさんを氷姫にした黒幕みたいなものだからです。

    「ユッキーさんは今さら恵みの教えの教主家の娘に能力を受け継がせる気はなかったんだろうな」
    「私もそう思う。それだけじゃないと思うの。ユッキーさんは自分の能力を誰にも継承させる気がなかったと思ってる」
    「でもシノブは受け継いでるじゃないか」
    「きっと、最後に気が変わったのよ」

ユッキーさんの生い立ちは不幸なんてものじゃなく、まさしく悲惨です。その経験から、その特殊な能力は封じてしまった方が良いと判断されても不思議ありません。天使の能力はあくまでも本人が幸せであれば周囲も幸せになりますが、逆の場合、周囲だけではなく本人も不幸の連鎖に取り囲まれてしまう恐ろしいものなのです。それを嫌と言うほどユッキーさんは体験しています。ですから自分の代で能力継承をやめてしまおうぐらいです。

そんなユッキーさんの気持ちが変わったのは、人生最後の束の間の幸せな時間と、山本先生の心に住んでからじゃないでしょうか。やっと、ユッキーさんがその能力の幸せな使い方を経験できたと思うのです。だからそう使える女性なら伝えても良いぐらいに心境が変わったぐらいに想像しています。そんな時に山本先生が私に興味を抱いたのです。その興味とは今から考えても恋愛対象ではなく、

    『ちょっともったいない子だな』

山本先生がそう思うことが少ないと言うより、そうそうないのはコトリ先輩も加納さんも証言しています。当然ですがユッキーさんもそう思ったはずです。だからユッキーさんは私の未来を見たのだと思います。私がその能力を良い方向に使うことができ、幸せになれるかどうかを。そして選ばれたのだと思います。

能力継承ですが私の経験から考えると、能力だけでなく伝える者の想いも同時に伝わるようです。ユッキーさんはまだ四歳でしたから、母の愛情が伝わっただけかもしれませんが、私の場合はユッキーさんの山本先生への一途すぎる愛情も伝わってしまったと考えています。だから、異様なほど山本先生に魅かれてしまったのではないかと思っています。ユッキーさんが能力を伝えられた時はまだ幼児でしたから、私にそんな心の変化が起こったのに驚かれた気がしています。だからあの夢の言葉、

    『でもね、あなたはだいじょうぶですよ。私が必ず守ってあげるから』

これになったと考えています。ここの『守ってあげる』の意味も謎でした。今だって謎なのですが、素直に結果から考えてミツルとの関係で良い気がします。ユッキーさんが具体的に何をしたのか確かめようがありませんが、たとえばコトリ先輩がミツルとの恋の橋渡しにあれだけ熱心だったのも、そうだったのかもしれません。

ここももう少し考えると、ユッキーさんは見える未来は確実なものではなく、そうなる可能性の高いものの一つだった気がしています。本当にすべてが見えていたのなら、加納さんだけを選んでいれば良かったからです。そうだ、そうだ、だからユッキーさんは守るって言ったんだ。私が一番幸せな未来に進んで行けるように守ってあげるって。

    「でもね、ミツル。私は能力継承者かもしれないけど、どうやって次に伝えるかわからないよ」
    「それなら二つ考えられる」
    「二つって?」
    「一つはそのうちわかるってやつ」
    「能力の発達みたいな感じ。じゃあ、もう一つは」
    「ユッキーさんはシノブにこそ能力を伝えたものの、それ以上の伝承を望まなかった可能性もあるじゃないか」
    「どういうこと?」
    「シノブから次に伝承させる能力は与えなかったぐらいだよ」

能力者が必ずしも幸せにならないのは、大聖歓喜天院家だけではなくルチアの天使もそうです。能力を上手く使って幸せになるのは簡単じゃないってところです。天使は自分で幸せをつかまえれば、周囲も幸せになって自分も幸せになれます。しかし、幸せになるための必要条件は与えられても、十分条件は自分で獲得しないといけないのです。

追い求めていた答えが見つかった気がします。真実は時に平凡です。男と女が出会って恋をして結ばれます。結ばれた時には、その相手こそが自分の運命の人で、自分も幸せになり、もちろん相手も幸せになると信じて疑ったりしません。しかし世の中、そうは上手く行くときばかりじゃないので、離婚したりもありますが、そうさせなければ良いだけなのです。

結ばれた時の心のままで、相手をずっと愛し、幸せにし続ければ良いだけなのです。それだけで幸せいっぱいのカップルになれますが、私にはさらに能力が授けられています。私の幸せは相手も確実に幸せにします。相手だけでなく自分の周囲の人間も幸せにします。相手も周囲も幸せになれば、私は幸せになり・・・幸福の連鎖の中で暮らすことができるのです。

    「どうしたんだ、シノブ」
    「ちょっと、考えごと。もし私が本当に天使だったら、歴代で一番幸せな天使になれるかもしれない」
    「どういうこと」
    「それはミツルがいるから」

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2018-04-15 天使のコトリ:シノブ部長

ボクは特命課から営業一課に戻った時に、特命課の仕事の評価もあって課長補佐をスキップして課長代理に昇進しています。もっともシノブは課長から次長をスキップして部長に昇進しているので、当分追いつきそうにありません。

    「・・・営業の若いの連れて飲みに行ったらシノブのとこのと鉢合わせして一緒に飲んだんだ」
    「悪口言ってたでしょ」
    「ボクも気になってたから水を向けたらそりゃ大変。大称賛の嵐だったよ。あれだけ恥ずかしげもなく褒めれるものだと思ったもの」
    「ホント?」
    「営業の若いのが軽く冷やかしたら、アイツら目がマジになって睨まれたよ。ボクらの輝く天使を侮辱するのは許されないってね。なんとか仲に入って宥めたけど、放っていたら殴り合いの喧嘩になりそうだった」
    「だから私は天使じゃないって」

シノブの評判はとにかく高いなんてものじゃなくて、情報調査課の輝く天使に憧れる若手社員はゴッソリいます。もちろんシノブの美しさも大きな理由の一つなんですが、それより卓越した指導育成能力に感嘆されています。目に見えてまずわかっているのが情報調査部のレベルアップの早さです。綾瀬副社長に聞いたのですが、

    『結崎君の育成能力の高さには驚かされた。たった半年で、あの七人が結崎君の仕事を肩代わりできるようになってしまった。嬉しい誤算に社長も喜ばれている』

どうやったのかとシノブに聞いたんだけど。

    赤ペン先生やってた」
    「赤ペン先生って、具体的にどんな感じ」
    「コトリ先輩に教えてもらった時と同じなんだけで、資料が来るでしょう。それをパラパラっと読めば着目点と問題点がわかるじゃない」
    「ちょっと待った。そのパラパラってどれぐらいの時間?」
    「二、三分かな。そこでメモ書いて渡して、メモの方針でやってくれって」
    「そんな短時間でわかるの?」
    「それぐらい誰でもわかるよ。後はね、時々見回って、変な方向に走りそうだったり、足りていないところがあったらメモ書いて渡してた」
    「どれぐらい見てるの」
    「歩きながらだからチラッと見る程度だけど」
    「たったそれだけでわかるの」
    「そうだよ」

シノブが渡しているメモは『天使のメモ』と呼ばれています。とにかくそのメモに従って仕事を進めれば、本当に無駄なくメキメキと力が付くと情報調査部の連中は讃嘆しています。連中はそのメモを本当に大切にしており、一生の宝物だとなんの衒いもなく話します。シノブの指導育成力はそれだけでないのは連中を見ているだけでわかります。連中がシノブのことを話す時は、まるで崇拝する神を語るみたいで、その表情は憧憬と陶酔に溢れかえっています。ボクは婚約者として気になるというか心配なので、

    「誰か口説いたのはいる?」

こう振ったら、

    「部長とボクらを侮辱する気ですか」

目がガチマジでホントに怖かった。安堵はしたのですが、本音のところは『なんじゃ、それ』ってところです。どうにもシノブは恋愛の対象にするのも畏れ多いって感じみたいなのです。これじゃ、シノブと結婚するなんて言おうものなら石を投げられるどころか、殺されそうです。


情報調査部も七人がシノブがやっていた仕事量をこなせるようになったのは良かったのですが、シノブ一人の時は二人がかりのサポート役が付いていました。それぐらいのスピードでシノブは仕事していたのですが、これが七等分されるとサポート役が回らなくなったのです。そこでヘルプ要請が出されました。

どこの部署もヘルプを出したら、自分のところが苦しくなるから渋ってました。でも業務命令ですから営業からも行ったのがいますが、これが帰ってきてビックリ、短期間で見違えるように力が伸びてます。二回目のヘルプ要請の時にはそれこそ奪い合いになるほどの人気になりました。ヘルプに行った連中にシノブのことを聞いても、まるで夢の中にいたような目で話をします。シノブが美人だからかと聞いたら、

    「結崎部長の美しさは語る必要すらありません」

これじゃ『なんじゃ、それ』ですが、じゃあどんな指導を受けたかと聞いたら、

    「あの光輝く情報調査部の中で仕事できる嬉しさ、楽しさはとても言葉では言い表せません」

これまた『なんじゃ、それ』ですが、今じゃ天使の学校と呼ばれ、若手の特進コースみたいな扱いになってます。もっともシノブはカンカンで、

    「ミツル、もうたまんないよ。やっとこさヘルプが使い物になったと思ったら、帰っちゃうのよ。そいでもって、また初めから指導のやり直し。専務にも専属を何回もお願いしてるんだけど『待ってくれ』しか言われないの。もう参っちゃう」
    「人手はどこも十分じゃないから・・・」
    「違うのよ。ヘルプのグルグル回しは専務の陰謀よ。専属寄越せって何回文句言ってもヘルプの増員の提案しかしないのよ。あのタヌキめ」
    「おいおい相手は専務だよ。タヌキは言い過ぎじゃない」
    「情報調査部は社長直属になってるじゃない。だから私の直属の上司は実質的に専務とか副社長みたいになってるの」
    「そうだよな、特命課と同じような位置づけだものな」
    「副社長も専務も、特命課の時は仲間みたいな感覚だったけど、仕事の上司となると専務はタヌキだし、副社長はムジナよ。ついでに言えば社長は大狸。利用できる物はなんでもニヤニヤ笑いながら使いまくるんだ。副社長だから、専務だからといって愛想よくハイハイ言ってるとエライ目に遭うんだから」

シノブに周囲の人間の能力を伸ばす力があるのはボクにもわかります。特命課の二か月でどれだけ力が付いたことか。課長代理に昇進した時に陰口を叩くやつもいましたが、目に見える実績ですぐに黙らせることが出来たぐらいです。ボクの昇進も陰口を叩かれましたけど、シノブの昇進はなおさら酷い陰口が叩かれてました。社長の愛人説も当然のように出てました。でも、今は誰も言いません。情報調査部がいずれ経営戦略本部に拡大された時に本部長になるのは、シノブ以外にありえないと誰もが思ってます。下手すると二十代の本部長誕生になるのに誰も疑問を抱いていないのです。


結婚の準備ですが、これがなかなか進んでいません。とりあえずシノブが情報調査部の立ち上げに忙殺されてしまっているのも大きいですが、結婚どころか交際している発表さえ綾瀬副社長から、

    「粛清人事による社内の動揺が収まるまで待って欲しい」

さらに、

    「結崎君とは人目につくところで会わないように」

こう釘を刺されています。クーデター騒ぎの時にハワイに二人で雲隠れしていたことを、当分は表沙汰にしたくないとの説明です。シノブはこれにもプリプリ怒ってまして、、

    「ハワイ、ハワイっていうけど、その前に特命課でミツルと二人きりだったやんか。そこで恋が芽生えて、結婚に至っても誰も変やと思うはずないやん。これには必ず裏があるよ。あのムジナだからとんでもない裏がきっとある」
    「裏って?」
    「副社長だけど、ブライダル事業に進出する責任担当になってるみたい」
    「まさか、ボクらの結婚を利用しようとしているとか」
    「すっごく怪しいと思ってる。水を向けられたら絶対断ってね」
    「部長のシノブが断れないものを、課長代理のボクが断れるわけないじゃないか」

情報調査部にはその手の情報が集まりやすいのですが、うちの会社がブライダル事業に進出する噂は前からあります。そんな時に社長から呼び出しがありました。シノブと一緒に料亭に来てほしいとの事です。行ったら腰が抜けそうな高級料亭でしたが、シノブは女将さんとも親しげに挨拶しています。

    「シノブ、来たことあるの?」
    「うん、三回目だよ」

出て来た話はブライダル事業への協力要請でした。シノブの予想通りボクたちの結婚をブライダル事業のイメージ・キャンペインに使いたいの話でした。料亭には社長、副社長、専務のトップ・スリーが顔をそろえていましたが、この三人相手でもシノブは猛然と怒る、怒る。

    「どうして私なんですか、どうして私が輝く天使なのですか。天使をブランド・イメージにしたいのなら、微笑む天使の小島部長を起用すべきです」

さらに、

    「私が情報調査部長を受けた時に、余計な負担をかけない、立ち上げにのみ専念するようにバックアップするって仰られたのは、副社長と専務ではないですか」

ちょっと感心しながら見てました。良くあそこまであの三人相手に怒鳴れるものだと。ただ怒られてる三人も見ようによっては可笑しくて、怒りまくるシノブをあれこれ宥めまくっているのは珍妙といえば珍妙です。

ボクは蚊帳の外に置かれたようなもので傍観者でしたが、シノブの本当の能力というか、輝く天使の本質がわかった気がします。シノブは仕事に集中すれば鬼になりますが、怖い鬼ではなく、まさしく光輝く天使になります。光輝く天使は周囲の者を陶酔させ、熱狂させ、なんの疑問抱かせず頑張らせ、なんの無理なく力を伸ばしてしまいます。

それだけじゃ、ありません。シノブが頑張ればなんでも成功させてしまうと思っています。成功させるのに必要な能力を周囲の者に速やかに確実に与えます。シノブを使いこなせば会社の発展は間違いないのですが、問題はシノブが怒っている時もまた光輝く天使になるのです。それも神々しいほどの輝きを放ちます。

シノブは社長を大狸、副社長をムジナ、専務をタヌキと呼んでいましたが、本当にそうかもしれません。神々しく光輝くシノブを相手に、なんとか自分の意図する方向にシノブを持って行くことが出来ているからです。普通なら、光輝くシノブの前に退き下がってしまいます。シノブは大狸やムジナやタヌキの相手が大変と愚痴ってましたが、こりゃシノブの相手をする方がもっと大変そうです。


結局のところ『うん』と言わされてしまいしたが、ボクはブライダル事業の成功を確信しました。シノブは『うん』と言った限りは頑張るし、頑張れば光輝き周囲も引っ張られて頑張ります。だからこそ会社は微笑む天使の小島部長でなく、輝く天使のシノブを選んだと思っています。もっともシノブは、

    「コトリ先輩のキツネにやられた。先輩って、この手のものは好きそうに見えるんだけど、ルチアの天使に選ばれた時に懲りまくった話を聞いたことがあるの。だからどんな手を使っても次は逃げるって言ってた。たしか、

      『次が来そうだったら、悪いけどシノブちゃん使ってでも逃げるからヨロシクね』

    先に相談されたのを悪用して、全部私に押し付けて逃げたんだ。とにかく仕事が出来る人だから、逃げるとなったら全力で逃げるのよ。間違いなく大狸も、ムジナも、タヌキもがっちり根回してグルになってる。あの部屋に入った瞬間にキツネの悪知恵で作り上げられた完全な包囲網が完成してたんだ。悔しい、やられた、呪ってやる、祟ってやる」

それでも挙式費用が浮いた分だけラッキーと思おうよと言ったのですが、

    「モデルだけじゃないのよ。ブライダル事業も宜しくって話なのよ。あの連中はそんなに甘くないの。出したカネのモトはキッチリ取るの。こうなったら微笑む天使のブライダル・プランを作り上げてやるんだ。えっと、えっと、輝く天使のモデルが教会式だから、コトリ先輩は神前式で白無垢着せてやる」

シノブの気持ちはわかりますが、それも策略のうちの気がしています。なんとかシノブをブライダル事業に引っ張り込めば、必ずのめり込み、輝く天使ブランドの成功だけではなく、微笑む天使ブランドも作り上げて成功させると。でも、それは黙ってました。とにかくシノブが手がけたからには成功疑い無しだからです。

シノブの頑張れば周囲も頑張ってくれて成功させる能力は、これからも次々とこういう事業に投入されると思います。さらにシノブはそれを片っ端から成功させてしまうと思います。シノブの前途はまさに洋々としています。ただ洋々とはしてますが、

    「ミツルさぁ、天使の取り扱いについては天使伝説の最終報告書に書いたはずだけど、これだけ天使をコキ使ってもイイの。これのどこが天使を大切に取り扱ってるってことなの。こいつら天使を大事にするって言ってるけど口先だけやん。こんなにコキ使われる天使なんているはずないやんか。だって、だって、だって、コトリ先輩の微笑みにはあれだけ神経質になるのに、私の扱いはまるで馬車馬じゃないの。まさか、まさか、天使としての私の取り扱い要領は『しゃぶり尽くすように、コキ使う』とか。ヤダ、絶対ヤダ、そんな扱いをされる天使なんてヤダ。私は絶対天使じゃない」

そうやって憤慨しまくっていましたが、シノブが頑張れば周囲の人間は間違いなく幸せになれます。でもシノブ自身が幸せかどうかは、これじゃ確かに微妙です。だからこそボクがシノブを幸せにします。それがボクに与えられた役目だからです。こんな幸せな役目は他に絶対ありません。

ここまでシノブと付き合ってわかったのは、どうにも事件というか騒動に巻き込まれやすいみたいです。だからこそボクが支えるのです。シノブは輝く天使ですが、ボクだって微笑む天使に選ばれた男です。なにがあってもシノブを守り切って幸せにしてみせます。

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2018-04-14 天使のコトリ:台風一過

ハワイで過ごして二週間が過ぎた頃に綾瀬専務からミツルに連絡がありました。ほとんど片付いたから、そろそろ帰ってきてくれです。もっとも、

    「この際だから、もうちょっと居ても良いぞ」

明るい声で言われたそうですが、そうそう遊んでばかりでは申し訳ないので、荷物をまとめて帰国しました。出社して綾瀬専務や高野常務に話を聞かせて・・・いやお二人は既に副社長と専務に昇進されています。とにかく大変な騒ぎだったようです。

社長は私たちがハワイに出発した日の朝に緊急の取締役会を招集しています。綾瀬副社長によると、前副社長は翌月の定例取締役会に向かってクーデター計画を進めていたようですが、これに対して先手打って逆襲をかけたみたいな感じでしょうか。ただ粛清人事を断行するにも大義名分が必要なはずです。

    「クレッセントを使ったんだよ」

クレッセントとは前副社長の肝煎り事業で、高齢者向きの新たな高級ブランドを狙ったものです。この事業には反対意見も多かったのですが、前副社長が押し切るような形でスタートしています。とにかく評価がイマイチの前副社長が失地回復、起死回生をかけたのではないかの噂もありました。

ところが大苦戦。原因は最初に『高齢者向き』を謳ったのが失敗で、逆に反発をくらったぐらいです。何度かテコ入れが行われましたが、目先の売り上げに走ってしまい、クレイエール・ブランドと食い合う迷走状態です。私も経営分析を何度もやっているので知っています。

    「前副社長がクーデターに走ったのも社長の椅子が欲しかったのはもちろんだが、クレッセント事業の失敗を覆い隠すのも目的だったと見ている」

社長はクーデター計画を知る前からクレッセント事業の撤退を考え、そのための調査を密かに進めていました。その調査の過程で不明朗なカネの動きをつかんでいたそうです。最初はクレッセント事業の赤字を覆い隠すための粉飾決算とか、副社長が私腹を肥やしているのではないと見ていたそうですが、結果的にはクーデター計画の資金源にしていたことになります。

    「今回のクーデター計画がなくとも前副社長には退いてもらうつもりだったのだ。それなりの花道を用意して穏便に済ます予定だったのだが、クーデターとなれば戦争だから粛清になった」

緊急の取締会の席上でクレッセント事業の失敗の指摘と不明朗なカネの流れを暴露され、責任を追及された前副社長は、社長のスキャンダルを持ち出して抵抗したそうですが、不明朗会計の証拠の前では他の出席者の支持を得ることなどできず、その場で代表取締役も解任され退職に追い込まれています。その後に粛清人事が断行されたのですが、驚いたことに本社の半分ぐらいの人間がいなくなっています。そんなに前副社長派って多かったのか聞いてみたら、

    「そんなにはいなかったが、この際、人事と組織の大幅刷新をかねて断行された」

『そんなには』と綾瀬副社長は言いますが、あの鬼瓦部長までいなくなっています。鬼瓦部長は中立派だったのですが、新人の頃に前副社長に目をかけてもらっていた時期があったそうです。そのため前副社長から誘いがあったのですが、鬼瓦部長は断られています。

    「それだったら部長は問題なしじゃないのですか?」
    「いや、我々にその動きを通報しなかったのは問題だ」

これだけの理由で鬼瓦部長は名古屋支社に左遷気味の横滑りとなっています。鬼瓦部長だけではなく総務部次長も巻き添えの形になって福岡支社に異動です。社長はやる時には徹底してやる怖い人だと聞いていましたが、背筋に薄ら寒いものが走る思いです。権力闘争ってここまでやるのかの怖さといえば良いのでしょうか。

鬼瓦部長の異動は私に思わぬ余波をもたらしています。組織改革の一環として、総務部から情報調査部が分離独立する事が決まっています。社長が前に仰っていた腹案はどうやらコレのようで、クーデター計画がわかる前から構想が練られていたようです。

この部署は従来、コトリ先輩がチーフで、私とサキちゃん、一つ下のミドリちゃんの四人で担当していたのですが、情報調査部長にはコトリ先輩が抜擢される予定だったようです。ところが鬼瓦部長と次長が粛清人事で本社からいなくなり、ここでさらにコトリ先輩まで総務部から抜けられると総務部の機能低下どころか機能不全も危惧されたのです。

    「総務部長には小島君になってもらう。小島君がいくら優秀でも総務部と情報調査部のかけもちは無理だからな」

コトリ先輩が部長なら総務部は安泰でしょうが、

    「そこでだ、新設の情報調査部には結崎君にお願いしたい」

えっ、えっ、えっ、なんで、なんでって、アタフタしていたら、

    「そりゃ、そうなる。小島君が抜けたなら情報分析のトップは課長の君しかおらんじゃないか」

あっ、そういえば肩書は課長だったんだ。とかいう前に、もともと四人しかいなかった上に、実質的に情報分析やってたのは私とコトリ先輩で、サキちゃんとミドリちゃんはサポート役なのです。繰り上がったら人事的にも実務的にも肩書的にも私が部長になるのは理屈ですが、いくらなんでもです。

    「それと情報調査部は大きく育てる方針だ。将来的には、情報分析部、調査部、企画部を従える経営戦略本部にしたい。とはいえ、とにもかくにも人を育てないとならない。まずは従来からの君の業務を代替できる人材の育成が目的だ」

指導育成と聞いて目眩がしています。だってまだ二十五歳の小娘ですよ。課長になったのだって、訳の分からないお手盛り人事みたいなもので、管理職の経験自体が無いじゃありませんか。

    「あの佐竹君を顎で使ったのだから、管理職としての適性は十分ある」
    「でもあれは、部下として使ったというより、コンビみたいなもので」
    「その点は社長にも『くれぐれもよろしく』と頼まれている。私と高野専務でバックアップするから安心したまえ。君はとにかく情報調査部の育成にさえ専念すれば良いようにする。他には一切負担をかけないと約束する」

前から疑問だったのですが、本社の情報分析担当は以前がコトリ先輩一人、私が加わって二人になったら先輩はヘルプで抜け抜けになってしまい、今度は私一人みたいな状態です。サキちゃんとミドリちゃんはサポート役で分析は担当していないからです。

    「・・・その程度の仕事のためにわざわざ情報調査部が必要なのでしょうか」

そしたら副社長も専務も、

    「ぶははは」

腹を抱えて大笑いです。

    「その程度だって。そりゃ、君は小島君の仕事しか見たことがないから、そう思うかもしれんが・・・結崎君は支社に情報調査室が既に設置されているところが多いのは知っているね」
    「はい」
    「たとえば東京支社の情報調査室は二十人を越える一大セクションだ」
    「そんなにいるのですか」
    「それでだな、本社の仕事量は支社全てを合わせたものの三倍以上は軽くある。それなのに本社に専門の情報調査セクションがなかったのは、小島君や君が一人で余裕でこなしてしまっていたからだよ」
    「そうなんですか」
    「質だって高い、いや我が社の宝と言って良いほど高い。支社がやっているレベルとは桁が違うのだ。君が小島君と並んで課長なるぐらいの功績は、これだけでも余裕で挙げてるのだよ」

実感ないけどなぁ。

    「これまで小島君や君に頼り切って我々は仕事をしてきたが、君たちの能力を情報分析だけに縛り付けるのは、宝の持ち腐れであると社長はお考えだ。これは小島君が君の成長によって自由に動ける時間が増えて思い知らされた。あれだけの能力は他に活用したいのだよ」
    「でも、それなら従来通り情報分析は私がやれば・・・」
    「我々は小島君の能力の本当の活用法を知るのに、かなりの遠回りをした。同じことを君にはしたくないのだ。君の部下には支社からの選り抜きの精鋭七人を配属させる。七人で君の仕事をすぐに肩代わりさせるのは難しいと思うが、目標は一年で五割、三年で十割だ。相当高い目標だが頑張ってくれたまえ」

課長だって重すぎる肩書なのに、今度は部長ってなによ。それも新設部で指導育成なんて肩の荷が重すぎるじゃないの。だいたい指導育成なんてされたことはあっても、やったことなんてないんだもの。

あれこれ遁辞を構えてみましたが、社長も含めて名実ともにトップ・スリーからの直接要請を拒み切れるはずもなく『うん』と言わされちゃいました。でも不安がテンコモリ。社長がいかに怖い人かは今回思い知らされましたから、情報調査部設立に失敗したら降格左遷は十分あり得ます。

降格したって別に構わないんだけど、左遷となるとミツルと離ればなれになってしまいます。それだけじゃありません。そういうレッテルを貼られた女は嫌がられて捨てられるかもしれません。いや、絶対捨てられる。

やっぱり頑張って『NO』って拒否しておいたら良かったかも。でもそうやって拒んだら、拒んだで、また違うレッテルが貼られてしまうやんか。貼られたら、やっぱりミツルに嫌われて捨てられてしまう。うぇ〜ん、逃げ場がないじゃないの。どうなっちゃうんだろう。どうして、どうして私はこんなものに次々と巻き込まれちゃうんだろう。どこか間違ってる気がする。そうだお祓いに行ってこようっと。

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2018-04-13 天使のコトリ:ハワイへ

翌朝は出勤前に綾瀬専務から電話があり、会社に行く前に是非会いたいと言われました。かなり切迫した様子が電話越しでもわかりましから、急いで指定された喫茶店に向かいました。そこにはミツルも先に到着していました。

    「結崎君。急で悪いが、今から佐竹君と二人でハワイに行って欲しい。パスポートは持っているよね」

去年、サキちゃんと香港に行った時に作りましたからあります。

    「飛行機のチケットはこれだ。それとハワイではコンドミニアムを手配してある。向うでの滞在費用はここに用意した。期間はとりあえず二週間。場合によってはもう少し伸びるかもしれん」
    「ハワイでの業務は?」
    「何もない。というか、有給休暇で行ってもらうから、仕事ではない。そうだな、婚前旅行ぐらいと思ってもらえれば良いかもしれん。ただし、これからハワイに行くことは誰にも言ってはならない。連絡法は佐竹君に伝えた。必要があればそこからする」

婚前旅行って聞いただけで顔が真っ赤になりましたが、専務の様子にはタダならぬ緊張感が漂っています。

    「話がわかりにくいのですが」
    「時間もないから手短にだけ話しておく」

要は次期社長というか、社長の座を巡る権力闘争なのですが、次期社長の有力候補に専務がなっているのは私でさえ知っている社内の常識です。そうなると浮いてしまうのが副社長なのですが、この方も社長の椅子に執念を燃やしているぐらいです。

副社長が社長の椅子に執念を燃やすと自然に副社長派が形成されるのですが、とにかく評価がイマイチですから、専務派に較べると劣勢で、このままでは社長の椅子は回りそうにないと判断したみたいです。

そこである種のクーデター計画が進められているみたいです。社長の不祥事というかスキャンダルをネタに主導権を握り、社長と専務を叩き落として一気に社長の座を奪うぐらいでしょうか。そのスキャンダル・ネタがなんと、なんと特命課になってるそうなんです。

    「そんなぁ、私たちは命じられた業務を忠実に行っただけです」
    「そんなことは、社長も私もよく知っている。だがな・・・」

特命課の設置経緯も目的も不透明な部分があるのは確かですし、私が五階級特進になった理由だって社内に公表できるようなものではありません。さらに、特命課が調べ上げた天使伝説も、その内容から社内秘どころか、社長と、このプロジェクトに関わった五人だけの秘密になっています。つまり見方を変えれば成果は無しです。そこで副社長派は私を社長の愛人に仕立てる作戦のようです。

    「さらにだ、結崎君の潔白を証明するには天使伝説を公表せざるを得なくなる。これだけでも避けなければならないのだが、天使伝説も見ようによっては根も葉もないオカルトみたいな話だから、そんな酔狂な調査にムダ金を注ぎ込んだ責任問題として食いつかれかねない」
    「そんなぁ」
    「とにもかくにも、結崎君も、佐竹君も会社にいるだけで拙いのだよ」
    「どうなるのですか」
    「これから副社長派を粛清する。それが落ち着くまでハワイでバカンスだ」
    「勝てるのですか」
    「はははは、社長は怖い人間だよ。やる時には徹底的にやる」

ふと、社長が苛烈な権力闘争を勝ち抜いて今の地位に就いたことを思い出しました。就任後の粛清人事も徹底していて、そのために天使の調査が難儀したこともです。私が特命課の仕事で顔を合わせる分には、人の良さそうな優しいオジサンですが、よく考えれば実力者の専務も、高野常務も社長に心服しているのはわかります。

とにかく急いで旅行支度を整えてミツルと空港に向かいハワイに飛びます。妙に張りつめた感覚がずっと続いて、私もミツルも飛行機が飛び立つまでほとんど無言状態でした。飛行機が水平飛行に入った頃にようやく緊張が少しゆるんで来て、

    「ミツル、私たちどうなっちゃうんだろう」

ミツルは綾瀬常務からもう少し話を聞いていたみたいで、副社長派のクーデター計画は中立派の取り込み工作も進められていたようです。最終的には取締役会議での多数派形成が必要だからです。ここも私にはわかりにくい点が多いのですが、スキャンダルで社長を追い詰める時に、中立派と見なされている人物の付和雷同があれば、一気に中立派が靡くだけでなく、社長派も動揺して副社長支持に回るぐらいでしょうか。社長派にクーデター計画が漏れたのは、中立派からの通報か、これも工作に動いていたと考えられる有力株主からの線もあるのではないかとミツルは推測していました。

    「社長は勝てるかな」

とりあえず、もし負けると特命課の二人は良くて左遷、懲戒解雇も十分ありえるとミツルは言います。特命課は社長の肝煎りで出来てますし、実質的な監督者は綾瀬専務ですから、ガチガチの社長派に見られているはずです。なにより私は社長の愛人疑惑の当事者にされているのです。

    「でもシノブ、天使に逆らっている副社長が勝てるとは思えないよ」
    「えっ、コトリ先輩もからんでるの」
    「違うよ、シノブのことだよ」
    「またぁ、私が天使のはずないやん」

とにかく私は不安で、心配で、あれこれミツルに聞いてしまうのですが、ミツルだってそんな上層部の動向に詳しい訳でもありません。そりゃ、ここ二ヵ月ばかり特命課に隔離されてたようなものだからです。

    「そうそう、昨日、営業の連中と飲んだ時だけど、シノブの評判が凄まじかった」
    「なんて言われてるの」
    「輝く天使と二人っきりで仕事しているなんて、羨ましすぎるって」
    「そんなぁ、私が輝く天使ってなによ」
    「どれだけ責められたことか。もし、ボクがシノブを奪ったら殺してやるって、そりゃ怖いぐらいの勢いだった」
    「私は、もうミツルだけのものよ。他にはなんにも見えなくなってるんだから」

ミツルは二人でやきもきしたって、どうしようもないから、この際、楽しもうって言ってくれました。『それでも、それでも』って私は食い下がっていましたが、時間が経つにつれて、そうしようって気分になってきました。

そんな気分になった途端に、急に顔が真っ赤になっていくのがわかります。二人っきりでハワイのコンドミニアムで過ごすわけですから、当然そうなります。というか、そうならない方が不自然です。もう何も二人がそうなるのを遮るものはないのです。

    「どうしたんだ、シノブ、熱でもあるのか」
    「ううん、熱なんてないよ。これからミツルと二人っきりで過ごすと思うと」
    「そっか、そういうことか。でも、まだ小島課長の決着はついてないよ」
    「ミツルは嫌なの」

そこまで話した時にミツルの顔も赤くなっていくのがわかります。

    「誰が嫌なもんか、シノブに夢中にならない男なんていないよ」
    「またぁ、ミツルはもてるから心配なの」
    「ボクだってシノブがもてるから心配なんだ。それと何度でも胸を張って言えるよ。シノブを一目見た時から、シノブ以外は何も見えなくなってる。シノブは間違いなくボクの天使だから」
    「ミツルだけの天使なら許す」

そこから話題はいつしか天使伝説に流れて行きました。

    「ところでさぁ、大聖歓喜天院家の能力って血縁者の女性に受け継がれるんだよね」
    「そうなってる。それも一代につき一人ってなってる」
    「あれって、どうして血縁者だけなんだろ」
    「ボクもなんとなく血縁者でなくても良い気はしてるんだ」
    「ミツルもやっぱりそう思う。たぶんさ、昔は一族の財産とか、宝みたいな扱いで、外に流出しないようにしていたと思うのよ。だから、あんな変わった風習持ってたと思ってるの」
    「実はね・・・」

これはミツルが叔母さんから『絶対に内緒だよ』って言われて教えてもらった話だそうですが、教祖は本当に観音様みたいに慈悲深い人だったそうです。現世利益も惜しみなく振りまいていたともなっています。だから熱狂的な信仰を受けたぐらいでしょうか。

ただ教団となると、教祖の現世利益をカネに換えようとする幹部がドンドン増えて勢力を増やしたそうです。教団運営にもカネは必要ですが、これが目に余る状態になっていたのを教祖は苦々しく感じていたとされています。

教祖も晩年になると長女に利権派幹部がベッタリとくっ付いていたそうです。教祖は現世利益を利権に換える行為を苦々しく思っていたので、利権派幹部はより自由に幅広く利権行為を行うために二代目教主候補の長女を取り込んでいたぐらいです。

    「でもさぁ、長女が能力者になるかどうかわからないじゃない」
    「そうなんだけど、大聖歓喜天院家では必ずしもでもないけど、やはり長女に能力が受け継がれる事が多かったみたいなんだ」

長女は利権派幹部に取り込まれた状態になり、やがて母である教祖との関係も険悪になったそうです。教祖と長女の対立が出て来た時点で、利権派幹部は保険を掛ける意味で次女の取り込みも図っていたとされています。

    「三女はどうだったの」
    「三女は教祖の考えに賛同していたから利権派幹部と対立関係にあったんだ」
    「ちょっと待って、ちょっと待って、それって教祖は能力を伝える相手も時期も自分で選んでるって事なの」
    「そうとしか解釈できないんだよ。だから血縁者以外にも伝えられるんじゃないかと思うんだ」

ミツルは付け加えて、叔母さんも能力継承が具体的にどうなっているかは教団の秘密を越えて、大聖歓喜天院家の秘密になっていて具体的には良くわからないとしています。

    「もう一つ、良くわからないのは、なぜ一代に一人だったかなの」
    「そりゃ、複数いたら家督相続争いになるからじゃないかなぁ」
    「それもあるかもしれないけど、もしかしたら一人にしか伝えられなかった可能性はどう?」

ここまで話が進んだ時に、私の脳裡に浮かんだものがあります。ユッキーさんの夢の中の言葉です。

    『私とカズ坊からのプレゼントは変わらないから安心して。シノブさんのこれからの人生で役に立ってくれると嬉しいわ』

まさか、まさか、ユッキーさんからのプレゼントって、大聖歓喜天院家の天使になり、誰かに天使の能力を伝える力だとか。もしそうだったら、これからは大聖歓喜天院家に能力者は出現しなくなります。

    「ミツル、天使になるって幸せなことなのかな」
    「それはボクもこの調査でずっと考えてた。わかってる範囲で幸せになってない天使が多い気がするんだ。由紀子さんもそうだし、由紀恵さんだってそうだよ。もっといえば、由紀子さんの叔母さまも、そうの気がする」
    「コトリ先輩だって、あれだけ素敵で綺麗で、あれだけ出来る人が、未だに独身のままなんだよ。それに今度の恋だって、選りによってのライバルがいるもんね。天使だったら、もっと思うがままに、自分の選んだ人と結ばれて、そのまま幸せに暮らしていけそうなものなのに」

ミツルもなにか思いついたようでした。

    「天使っていうから誤解しやすくなるけど、能力の本質は周囲への影響力の気がする」
    「それはわかる。コトリ先輩もそうだし、ユッキーさんもそうで、良い事ばかりが影響する訳じゃないものね」
    「でもね、善悪両方の面はあるけど、なるべく善の方にしたい設定があると思うんだ」
    「どういうこと」
    「善の影響力を周囲に及ぼすためには、本人が幸せであることが必要だろ。女性が幸せになるために綺麗になる、魅力的になる能力はあるんだよ。単純化すれば、女性は綺麗な方が幸せになりやすい」
    「とは限らないでしょ」
    「限らないけど、綺麗であって不利なことは少ない。わかりにくいかなぁ、女性として幸せになれる条件は、ちょっと過剰なぐらい与えられるけど、それを使って幸せになれるかどうは本人次第で、能力とは無関係ってところかな」

ミツルの言葉から由紀子さんのことを思い出していました。由紀子さんの選んだ男は、結果的に由紀子さん、さらには由紀恵さんに大きな不幸をもたらしています。後からみれば、天使なのに何故に回避できなかったかの疑問がありましたが、天使だってそこまではわからないのです。

それをいえばコトリ先輩もそうで、ある意味、危険な山本先生への恋に走ってしまっています。山本先生がイイ男なのは認めますが、べつに山本先生じゃなくたって、コトリ先輩なら幸せ一杯の結婚が出来るはずです。

    「じゃあミツル、仮にだよ、あくまでも仮にだけど、私が天使ならどうなるの」

ミツルは少しだけ考えた後に、

    「ボクがシノブを幸せにしたら、シノブの笑顔は輝き、ボクだけじゃなくて、周囲も巻き込んでみんなが幸せになれる。逆にボクがどうしようもないハズレだったら、シノブの笑顔は消え、周囲は確実に不幸に見舞われる」
    「なら安心した」
    「なにを?」
    「だってミツルは天使が選んでくれた相手だよ。保証付で私を幸せにしてくれるもの」

そのあたりで朝から緊張しまくっていた反動か眠たくなってしまいました。ミツルもそうだったみたいで二人ともぐっすりオネンネ。目覚めたのはホノルル空港に到着する頃でした。空港からまず専務が手配してくれていたコンドミニアムに。

    「ホントにここなの」
    「間違いないよ」

ちょっと圧倒されそうな建物でした。チェックインを済ませ、部屋に案内されると、

    「うわぁ、広い、それになんて豪華な・・・」
    「シノブ、ワイキキ・ビーチが一望できるよ」
    「きれい・・・」

しばらくは部屋の中ではしゃいでいました。とにかく急な出発だったもので、長期滞在するには服とか日用品とかをもう少し買いたいと言ったら、近所の様子の探索も兼ねてお散歩。もう完全に婚前旅行ムードです。水着もバッチリ買いこみました。ディナーをホテルのメイン・ダイニングで取り、部屋に戻ったところで、

    「やっとだね」
    「だけど、ずっとだよ。お願い、約束して」

そしたらミツルはいきなり私の前にひざまづき、

    「シノブさん、こんなボクで良かったら結婚してください」

もうビックリしましたが、

    「喜んで」

私はミツルの胸の中でひたすら泣きじゃくりました。こんな幸せな夜はありませんでした。そこからは、もう誰にも遠慮することなくミツルと甘い甘い日々を過ごしました。会社のことは気にはなりましたが、ひたすら楽しんだって感じです。もし社長が負けたら、会社からオサラバしたら良いだけと開き直っちゃったんです。副社長派が勝ったって、別に殺される訳じゃないんだしって。

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2018-04-12 天使のコトリ:ルチアの天使

社長への報告も済み、特命課の仕事も終ったようなものです。それでも最終報告書を仕上げるのと、かき集めた資料の整理・返還が必要です。どちらも大変でしたが、一週間ぐらいでなんとか終えました。

    「終わったね」
    「なんとかね」

午後も遅くになってようやく片づけが終わった特命課で、ミツルと二人でなんとも言えない満足感というか達成感に浸ってました。ちょっとムードが盛り上がって来て、ミツルは私をそっと抱き寄せてくれて、私はミツルの胸に顔を埋めさせてもらっています。

    「ずっと二人だったのに、こんな甘いことをするのは初めてじゃない」
    「そりゃ、課長が仕事始めたら」
    「鬼になる」

そうやって笑ってました。

    「それにしても、社長も言うことに事欠いて、私が天使だって言われて焦っちゃった」
    「いや、ボクも間違いなくそう思う」
    「もう! ミツルまで」
    「だって京都の時のことを覚えてる?」

そういえば、由紀子さんを知ってられた方は、誰もが私に天使の雰囲気があると言ってました。

    「私、べつに天使じゃなくてもイイの。ミツルにさえ嫌われなければ満足なの」
    「それはこっちのセリフだよ。天使のシノブを他の男に盗られないか、毎日ヒヤヒヤしてるよ」
    「私なんか、誰も盗みに来ませんよっと」

そうやってふざけあって時間を過ごしました。ところで今夜はミツルと別々。別に喧嘩した訳じゃなくて、とにかく二か月、ほぼベッタリで仕事していたもので、ミツルは久しぶりに営業の連中と飲みたいとのこと。そうだよね、特命課の仕事が終わればミツルは営業に戻るだろうから、その前に挨拶ぐらいしておきたいだろうし。そいでもって、私は歴女の会の飲み会に。

    「シノブ課長は総務に戻られるのですか」
    「だからサキちゃん、課長と敬語はやめてよ」

ミツルは特命課に来るにあたって、とくに肩書の変更がなかったから、営業に帰れば元の席に戻るだけだろうけど、私はどうなるんだろう。とにもかくにも課長になっちゃったから、素直に元の席に戻るって事にはならないもんね。

そうなのよね、データ分析のチーフはコトリ先輩で肩書は課長だけど、ひょんな事から同格になっちゃったんだ。同じ部署に課長が二人もおかしいから、どっちかがいなくなるかもしれない。でも、そうなったらコトリ先輩と同じ仕事を出来なくなっちゃうやん。それも、寂しいな。

でも、私がデータ分析のチーフになる可能性はあるよね。とにかくコトリ先輩、あちこちのヘルプに忙しすぎて、特命課に行く前だって、実質的に私がチーフみたいな役割だったもの。ヒョットしたら、コトリ先輩、次長にでも出世されるかも。私が課長だから、先輩が次長でない方がおかしいもん。そうなったら、また先輩の下で働けるかも。そんなことをサキちゃんと話しながら考えてたら、ポンポンと肩を叩かれて、

    「シノブちゃ〜ん、じゃなかった、シノブ課長」

コトリ先輩です。

    「今日はシノブちゃんでもいいよね」
    「も、もちろんです」
    「聞いたわよ、特命課の仕事って、大変だったって」
    「そんなでも・・・」

先輩はジョッキでビールをぐいぐい飲みながら、

    「ところで先輩。例の秘儀って何年生の時に受けられたのですか」
    「二年の時だよ」
    「あれっていきなり選ばれるんですか」
    「これって、特命課のお仕事の続き?」
    「違いますよ。やっぱり聞きたいですもの」

コトリ先輩によると、聖ルチア女学院では毎年のように天使を探していたそうです。

    「それがね、変な試験なのよ。今でも残ってるけど、あの聖堂の祭壇の前で順番に祈りを捧げるんだけど、そこから何人か除外されるの」
    「祈り方とか、その姿勢とかですか」
    「それもあるかもしれないけど、たぶん関係ないわ。だって、その祈りの時にさぁ、なんか裾ひきずるような服着せられるのよ。とにかく歩きにくくて、祭壇の前に行くときに裾踏んづけて、転んじゃったもの」

コトリ先輩ならやらかしそうな。スカートよりパンツが今でも好きだものね。

    「次もあるのですか?」
    「次はね、これはもうなくなっちゃったけど、池の周りを歩かされるの」
    「歩くだけ?」
    「そうよ、これも理由はしらないけど、なるべく池の近くを歩けって。とりあえず一周回ってきたら、そこから何人かまた除外されるの」

たしかに変な試験だ。

    「それで終わりですか?」
    「次もあって、これは日を改めてだったけど・・・」

どうやら何段階もの試験みたいなものがあって、段々絞り込まれていくのだけはわかります。聞いてると、試験はある時期にまとめてやったり、一か月ぐらい開くことがあったりみたいですが、驚いたことに最終的には一年がかりになっています。

    「そうなのよ、結構メンドクサイのもあったから、途中で逃げ出そうとしたんだけど、コトリが行かなかったら、その試験ごと延期になってて、ごっつい叱られた」

半年もしないうちに残っているのはコトリ先輩だけになり、試験の準備も大がかりになったようです。

    「ルチアの天使って、入学する前は格好良さそうっと思ってたけど。選ばれるまで、あんな大層なものやと、ようわかったわ。それとね、試験は色々あるけど、その課題みたいなものが出来るかどうかが合格基準じゃないのよね。もう鬱陶しいから『やめたれ』思て、わざと失敗しても合格って言われるんだもの」

聞いてると試験官である神父は天使候補者の何かを見出そうとしているのだけはわかります。

    「最終試験ってのも、今から考えても変やった。真っ暗な部屋に入れられるの」
    「それだけですか」
    「訳わかんないけど、そのうち神父さんが涙流しながら入って来て、コトリの前にひざまづくのよね。それから祝福ってやつかな、なにか言うんだけどさぁ、神父さんってイタリア人でさぁ、日本語はカタコトもイイとこだったの。あれイタリア語だったのかなぁ、ラテン語だったのかなぁ。とにかく何言うてるか、サッパリわからんかった」
    「コトリ先輩はカソリックですか」
    「いいや、家は曹洞宗やけど」

宗派なんて関係なく、やはり何らかの能力を見出そうとしてたのかなぁ。

    「それで、ルチアの天使になられて良かった事はありますか」
    「う〜ん、う〜ん、う〜ん、別に試験でラクさせてもらったことはなかったし、学費免除になったわけでもないよ。やらされた事っていえば、聖堂での儀式の時には、なんかキラキラの服着せられて、これもなんかゴテゴテした変な椅子に座らされた」
    「天使のユニフォーム?」
    「かなぁ。でもね、シノブちゃん、離れて見たらキラキラやったかもしれへんけど、実際に着せられるとカビ臭くて往生した。クリーニングとかせえへんみたい」
    「他には」
    「他? あんなもんメリットやないけど、天使の教会でのミサにも引っ張り出されて、同じような格好してエライところに座らされた。あの学校、とにかくガチのミッション系やったから、その手の儀式や行事が多くて、そのたびに引っ張り出されて参ったよ。ホンマ、エライもんになってもたと思ったもん」

コトリ先輩の話を聞いていると、ルチアの天使に選ばれてもロクなことはなかったみたいですが、聖ルチアの話を漠然と思い出していました。聖人伝によるとルチアは母親の病気を治すために聖アガタの墓に参り、そこで聖アガタから母親の病気が治る事と殉教者になることを告げられます。

シラクサに帰ったルチアは婚約を破棄し、全財産を貧者に施します。これに怒った婚約者はルチアがキリスト教徒であることを密告し、ルチアは拷問を受けたとなっています。しかしルチアはあらゆる拷問に屈することなく殉教者になり、さらにシラクサの保護者になったと言われています。

聖ルチア女学院の神父たちは天使ではなく、聖ルチアの再来を探していたんじゃないかと考えたりしています。変な試験はルチアが受けた数々の拷問を模したものです。またルチアの名前の由来は光を意味するルクスまたはルーシッドからなのですが、ひょっとしたら最終試験の真っ暗な部屋に入れられたのは、これを最終確認するためのものだったとも受け取れるからです。キラキラの服だって天使に因むというより、聖ルチアに因んでいると考えると筋が通ります。

ただルチアの天使が聖ルチアの生まれ変わりであるなら、気になる事があります。ルチアは婚約を破棄し、真の婚約者である主キリストを選んだともなっています。真の婚約者が山本先生であれ問題ないのですが、違っていたら結ばれずに一生独身の可能性があります。

実は初代天使は不確かなところもあるのですが、どうやら未婚で終っている可能性があるのです。三代目については不明ですが、妙な胸騒ぎがします。こんなことを考えても仕方がないのですが、

    「どうしたんシノブちゃん」
    「うん、ちょっと」
    「実はね、来週カズ君に会うんだけど、なにかいつもと違うことが起こる気がしてならないの」
    「それは、ひょっとして」
    「わかんないけど、あの日かも」
    「先輩が必ず勝ちます。勝った先輩の笑顔を楽しみにしています」
    「うん、頑張るわ」

ついに来週か。どうなっちゃうんだろう。

    「ところでシノブちゃん、イイ笑顔になったねぇ」
    「そうですか?」
    「傍で微笑んでもらうだけでファイトが湧いてくる気がする」

そう言ってコトリ先輩は帰っていかれました。

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2018-04-11 天使のコトリ:最終報告

コトリ先輩の謎の一つにあれだけ優秀なのに、なぜにうちの会社に入社されたかです。そんなことを考えたこともなかったのですが、出身大学が三明大学であったからと考えても良さそうです。コトリ先輩が卒業された頃の三明大学はイマイチで、社長も言っていましたが、指定校制で足切りにされてしまうような扱いです。当時的には三明大学から経営不振で喘いでいても、うちに入社できれば上出来ぐらいでしょうか。

社長は人事部の手違いによるラッキーと仰ってましたが、これはそうでなく、コトリ先輩が三明大学卒業であっても、もともとは聖ルチア女学院出身であったことを人事部が知ったからです。これは当時の面接官に確認しました。人事部は当時の三明大卒業生に聖ルチア女学院出身者が含まれることを知っていたのです。

ルチアの天使については祖母に聞いたことがあったのです。祖母も聖ルチア女学院出身なのですが、祖母の時代には天使は現れなかったそうで、私も聞いた時は学校伝説の一つぐらいに思ってました。そりゃ、私が受験する時には聖ルチア女学院自体が既に消滅してましたから。

ルチアの天使は教会で聞かせてもらった話から、やはりある条件に合致した人物が選ばれるようです。その条件についてはもう確認しようがありませんが、コトリ先輩を見る限り、生まれつき天使の素質を持っているというしか考えようがありません。能力は大聖歓喜天院家の能力者に非常によく似ていますが、誰かに継承される訳ではなく、基本的にその人のみに限られていそうです。この辺は、ルチアの天使の数も少なく、コトリ先輩も誰かから受け継いだ形跡もないので『たぶん』です。

私とミツルが資料の山から探し出した天使の記録の断片は、他の資料と照らし合わせて、うちの会社に初めて女性社員を迎え入れた時のものと判断して良さそうです。うちの会社は最初から衣料品メーカーだった訳でなく、戦前はミシン・メーカーでした。

この迎え入れた最初の女性社員が衣料品部門を立ち上げ、そこが大きくなって今に至るみたいな感じでしょうか。これも確認するのが大変だったのですが、聖ルチア教会の資料を探し回った結果、この最初の女性社員がルチアの天使とほぼ特定できます。

この成功に味を占めて、聖ルチア女学院の卒業生を積極的に採用していた時代があったようです。当時の女性の就職先として悪くもなかったので、聖ルチア女学院側も積極的に協力していたのかもしれません。そういう聖ルチア女学院の二人目の天使もまたうちの会社に就職されていたと見ても良さそうです。

ルチアの天使の人数も不明なのですが、多くても五人もいないだろうとされてました。それと天使の能力も類似しているとしても良さそうです。この類似しているのが、そういう女性を選ぶ基準であったのか、天使に施された秘儀によるものなのかは不明ですが、秘儀の内容についてはコトリ先輩に聞いてみました。

    「あれ? 言うたらアカンことになってるの」

と言いながらある程度教えてくれました。天使の教会の祭壇の前にひざまずいて、祝福の言葉を授けられるようですが、

    「ラテン語やと思うけど、何言うてるかチンプンカンプンやった」

その時に神父に特別の所作があったかどうかですが、

    「目を瞑っとけって言われてたし、頭にベールみたいなもの被せられるから、なんも見えへんかった。なんか動いとった気はしたけど」

秘儀を受けた感想も聞いてみたのですが、

    「あれなぁ、後で聞いたら三時間ぐらいやっとったらしいねん。でも、そんな長いと感じんかった。なんかとにかく気持ちよくなるって感じで、終わった時も『もう終わり』って思たもん」

それ以上は秘密だからといって教えてくれませんでした。聞く限り、なんらかの影響をコトリ先輩に及ぼした感じもありますが、それ以上はわかりません。おおよそこの程度の報告を終えると社長は、

    「結崎君、よくぞ二か月でここまで調べ上げてくれた。いくつか質問して良いかね」
    「どうぞ」
    「そうなると我が社には合計五人の天使がいたことになるのかね」
    「確認出来る限り、そうなります」
    「昭和三十年代から平成の始まりまで天使がいる時代が続いたのは偶然と見て良いのかね」
    「少し微妙で、あくまでも推測ですが由紀子さんの叔母様の時に継承される能力者の家系を知った可能性があります」
    「どういうことかね」
    「由紀子さんの採用の経緯です。由紀子さんは病弱なところがあり、大学四年の時も入退院を繰り返していました。就職活動もままならなかっただけでなく、卒業時も入院中なのです。そんな人材を普通は採用されますか」
    「なるほど、そういうことか」

続いて綾瀬専務が、

    「聖ルチア女学院は既に無くなっているから、新たなルチアの天使はもう出て来ないと考えて良いのかな」
    「これは秘儀の効力の問題になりますが、あの秘儀が仮に天使の能力を目覚めさせるものなら、出現しない可能性はあります。ルチアの天使の能力の近似性から考えて、秘儀に一定の効果があるのは確かかと」
    「なるほど、では大聖歓喜天院家の方はどうだね」
    「確認できる最後の能力者である木村由紀恵さんの後がどうなるかです。大聖歓喜天院家の伝承では血縁者の誰かに受け継がれるとなっていますが、これがどこに生まれるかはわかりません」
    「それはそうなんだが。最後に確認されている継承者の木村由紀恵さんだが、歴代でも卓越した能力者だったらしいな」
    「そのように聞いております」
    「その最後の継承者が、血縁者以外の人物に能力を継承させた可能性はないかね」
    「どういうことですか?」
    「君のことだ」
    「はぁ???」

社長までが

    「我々は君が六人目の天使に見えて仕方がないのだ。もう、それ以外は考えられん」
    「でも、由紀恵さんには会ったこともありません」
    「いや、会ってる。山本先生の心の中に住む由紀恵さんに四回も会っている。会っただけで君は驚くほど変わった。これは能力を授けられた証拠じゃないのかね」

たしかにユッキーさんは夢の中で私にプレゼントを贈ってくれると言ってたけど、まさかそれが天使の能力とか。

    「でも、私と小島課長では月とスッポンぐらい差があります。顔だって、スタイルだって、仕事だって・・・」
    「天使は天使である自覚に乏しいことがあるとも言ってなかったかね」
    「小島課長はそんな感じです」
    「君もそうだと思う」

頭が混乱しています。私が天使、まさか冗談でしょ。そりゃ、ユッキーさんに少し綺麗にしてもらったのは認めるけど、天使には遠すぎるやん。もし天使だったとしても、歴代で一番ブスの天使やんか。

    「あるいはこうとも考えられる。君の天使の能力を木村由紀恵さんが開花させてくれたのかもしれん」

山本先生は私を食事に誘ってくれたけど、そんなことを山本先生がするのは非常に珍しいと、コトリ先輩も加納さんも言ってました。また山本先生はユッキーさんと結ばれてから異常に勘が鋭くなったとも言ってました。もしかして、山本先生は無意識のうちに私の中に天使がいるのを感じられて、ユッキーさんもそれを知って天使として目覚めさしたとか。でも、でも、たかが結崎忍だよ。

    「御冗談はそれぐらいでお願いします」
    「いや冗談じゃないのだ。もし君が我々の見込み通りの天使なら、我が社は救われる可能性が出てくる」
    「どういうことですか」
    「小島君の話せる日は来月中にもある。その時に負けても天使が代わっていれば、いくら小島君が嘆き悲しんでも影響はないことになる」
    「理屈ではそうなりますが、私は天使ではありません」
    「特命課の業務ご苦労様だった。特命課というか君をどうするかは、ちょっと考えさせてくれ。腹案はあるのだが、重役会議を通さないといけないので、ここでは保留にしておく。来月はちょっとゆっくりしてくれたまえ。そうだなデートでも楽しんだらどうだ。出張扱いで旅行にいっても良いぞ。でもまあ、国内で我慢してくれ」

そう仰られて報告は終りました。

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2018-04-10 天使のコトリ:聖ルチア教会

うわぁ、立派な教会だ。この教会も震災の時に大きな被害を受けたはずだけど、見事に修復されています。受付を探して名前と要件を伝えると事務室みたいなところに案内されました。

    「いらっしゃい、今日は学校の話を聞きたいんだってね」
    「はい、お忙しいところ申し訳ありません」
    「イイのよ、どうせヒマだから」

聖ルチア教会はもともと聖ルチア女学院の聖堂でした。聖ルチア女学院は今は無くなっており、この教会だけが当時の建物として残っています。話してくれたのは、聖ルチア女学院の教員をやっておられ、今は残された聖ルチア女学院の記録の管理みたいな仕事のようです。

    「・・・わたしもね、知らされて驚いたのだけど、ものすごい負債を抱えてたのよね。教育の質は良かったと思うけど、一方で赤字を垂れ流し続けていたみたい。バブルの時の投資の失敗なんて話もあったわよ」
    「それで三明大学と合併された」
    「合併とはなってるけど、ほとんど学生だけ引き取ってもらったようなもの。この聖堂がなんとか残ったのは、指定文化財で保存運動に行政が動いてくれたからで、他の建物や敷地は何重もの担保に入っていて跡形も残っていないわ」
    「当時の在学生はどうなったのですか」
    「せめて最後の入学生が卒業するまでとわたしたちも頑張ったんだけど、借金には勝てなくて、三明大学に移籍となっちゃったのよ」
    「では移籍された在学生は三明大学卒業になったのですね」
    「可哀想だった。だって、今でこそ三明大学もそこそこだけど、当時は言っちゃ悪いけど、三流よりマシってぐらいだったからね」

やっぱりそうだったんだ、いや、そうのはずなんだ。

    「その聖ルチア女学院に入学したものの、卒業した時に三明大学になった方の名前はわかりますか」
    「三明大学を卒業したかどうかはわからないけど、移籍時の在学生リストならあるわよ。でも、見せられないよ」
    個人情報保護法ですね」
    「ゴメンナサイね」
    「では、覚えてられる範囲でお願いします。聖ルチア女学院に小島知江さんはおられましたか」
    「それならよく覚えているわ。最後の天使だから」

もう間違いない。やはりコトリ先輩はルチアの天使だったんだ。

    「ルチアの天使について教えて頂きますか」

聖ルチア女学院の教育方針は聖女の育成なんですが、聖女の中でもとくに選ばれたものが天使となります。言ってみれば、聖女の優等生みたいなみたいなものですが、成績優秀とか、容姿とか、立居振舞とかで選ばれるわけではないようです。

    「・・・わたしたち一般教員も知らないと言うか、天使のエレクチオにはタッチしてないの」
    「エレクチオとは?」
    「ゴメン、ゴメン、英語ならセレクション、選抜って意味よ。知っての通りミッション系だから、天使を選ぶのは神父さまで、神父さまに歴代伝えられている選考基準があったらしいのだけは聞いてるわ」
    「天使は毎年、何人ぐらい選ばれるのですか」
    「毎年じゃないよ。滅多に選ばれることはなくて、わたしも小島さんしかしらないわ」

そのはずなんだ。そうじゃなくっちゃおかしいもの。

    「小島さんが選ばれた時にどう思われましたか」
    「そうね、小島さんが天使でなければ、もう誰も選ばれることはないって思ったものよ」
    「天使に選ばれると何か儀式みたいなものがあったのですか」
    「ありましたよ、今でも思い出すわ・・・」

聖堂の中の荘厳な儀式で天使が見つかったことを宣告された後に、天使は別の小さな教会に導かれ、そこで神父から秘儀を授けられるってお話です。

    「その小さな教会は天使の教会と呼ばれてたんだけど、学生もわたしたちのような一般教職員も立ち入り禁止で、神父さまと聖職者だけしか入れなかったの。中がどうなっているのか、中でなにしているのかも厳重に秘密にされてたのよ」
    「その儀式を受けられて小島さんは何か変わりましたか」
    「そうねぇ、もともとそうだったけど、笑顔がもっと素敵になったかな。あれこそが天使の微笑みって言ってたものよ」

歴代のルチアの天使の記録はないかと聞いたのですが、

    「それがね、学校の公式記録には一切残っていないの。残っていないというか、理由はわからないけど、いかなる記録に残すのを神父さまから固く禁じられていたのよ。噂では天使の教会の中にその名を刻まれてるって話もあったけど、教会の中は私たちには見れないし、天使の教会も跡形も残ってないからね」
    「取り壊しの時に何か出て来なかったのですか」
    「実はね、私も野次馬根性丸出しで見に行ったのよ。その時に作業員の人に無理に頼んで、取り壊し前の教会の中を見せてもらったの。そしたら何も残っていなかったのよ」
    「何もとは?」
    「それこそ壁板も床板も天井板も剥がされていてカラッポだったの」

ではコトリ先輩以外のルチアの天使は調べようがないのかと聞いてみたのですが、

    「学校の公式記録には残ってないけど、同窓会誌とかにはチラホラ書かれてるわ。だって神父様だって、そこまで禁じることが出来ないじゃないの。誰がルチアの天使だったかは、その時の在校生とか教職員はみんな知ってるわけだし、それを誰かにしゃべるのも禁じれるはずないもの。たとえばあなたに小島さんがルチアの天使だったことを教えるようにね」

それからもあれこれ話を聞かせて頂いて、特命課に戻りました。これでうちの会社の天使伝説の謎は、ほぼ解けた気がします。天使の源流はやはり二つだったんだ。

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2018-04-09 天使のコトリ:コトリ先輩の背中を追いかけて

これまでにうちの会社に天使は四人いたのは確実です。そのうち三人は判明し、さらにその中の二人は能力者家系の大聖歓喜天院家の女性であるのもわかっています。問題はコトリ先輩と非常によく似たもう一人の天使です。

これが杳として不明です。業務成績の分析データ上には確実に存在するのですが、大聖歓喜天院由紀子さんの先代ですから、さすがにこれを知ってそうな人物を探し当てるのさえ困難です。ミツルも頑張ってくれているのですが、由紀子さんを探し出すのさえ、あれだけの困難が伴ったのですから、見つけ出すのは無理じゃないかと判断しました。

そうなるとコトリ先輩から考えざるを得ません。ただどう聞いても、調べても、普通の家です。由紀子さんみたいに能力者の家系出身みたいなものは影も形もありません。ミツルはコトリ先輩の家まで訪ねてご両親にお会いしたのですが、

    「頑固そうだけど、話してみたら気の良い人だった」

仕事は鍛冶職人で鎌を作っておられまして、それこその職人気質の人だそうです。どれぐらい続けておられたかですが、

    「よう知らんけど、親父も、爺さんもやっとった。でもオレの代で終りやけどな」

御親戚の話も聞ける範囲で聞いたそうですが、取り立てての話もありません。ミツルも大変だったそうで、すぐに鎌の話にもっていかれそうになるし、それを嫌がったら機嫌を損ねそうになるわで半日仕事になったと苦笑いしてました。お母様に子どもの頃の様子も聞かせてもらったそうですが、活発で、可愛かったぐらいで、今のコトリ先輩を彷彿させるところはあるものの、それ以上の収穫は無しってところです。

ここで見方を少し変えることにしました。そもそもコトリ先輩はいつから天使になったのだろうかです。これもミツルとあれこれ仮説を考えましたが、うちの会社に入った時に既にそうであったぐらいしかわかりません。これはコトリ先輩が入社した途端に長期低落で苦しんでいた業績が上昇気流に乗ったからです。ただそれ以前となると、ずっと『天使のコトリ』と呼ばれていた事がわかるぐらいで、それ以上となると皆目不明です。そこでふと思いついた事があります。

    「ミツル、歴代の天使って、自分が天使である自覚ってあったのかなぁ」
    「小島課長はどうなの」
    「コトリ先輩はどうみてもなさそう」
    「でもさ、シノブ、小島課長とそれまで三人はちょっと違う気がする」
    「どう違うの」
    「三代までは連続してるんだけど、小島課長は途切れた後に出現してるからね」

実は私もある仮説に基づいてデータと格闘していました。二代目天使とコトリ先輩の業績変動パターンが本当に一致しているのかどうかです。もし違えば、二代目とコトリ先輩は関係無くなり、ちょっと苦しいですが、突然変異みたいな説です。しかし期待も空しく、違うとするには無理がアリアリです。なにかヒントはないか、どこかに手がかりがないかと二人であれこれ仮説を立てては潰し、潰しては立てる日が続きます。何日も悪戦苦闘していたのですが、

    「ミツル、天使って救世主みたいなところもあるよね」
    「見ようによってはそうだなぁ、天使不在時代の長期低落を見ればそうだもんな」

そこで閃いたものがあります。そこからはデータとの格闘が始まります。さらに社史の古い部分の資料になるものを可能な限り取り寄せました。下書きの類も、当時の記録の断片でもなんでもあれば取り寄せただけではなく、社員が保管していたものも退職者にお願いして集めてもらいました。皆さまが協力してくれたおかげで特命課はそういう資料の山に埋め尽くされる状態になりました。

    「ミツル、見つかった」
    「だから、社内では佐竹って呼んでください」
    「じゃ、佐竹さん見つかった」
    「これは、どうです」
    「それじゃ、ない」

そんなところに綾瀬専務がひょっこり顔を出されて、

    「こりゃ、大変なことになってるな。なにかヒントがあったのかね」

私は資料の山の中にいるような状態ですから、

    「専務、申し訳ありません。今、ご挨拶のために動きますと、資料の山が崩れてきて大変な事になります。専務も動かないで下さい。お願いします」

ほうほうの態で専務も退散していきました。そんな作業を二週間続けて、今夜もミツルと晩御飯。

    「シノブ、見つからないものだな」
    「実在はデータ上確かなんだけどね」
    「それはわかるけど、震災で無くなってる資料もあるものな」
    「でも、あれが出て来ただけでも成果よ」
    「そうだな、見つけた時にはビックリした」

二人がやっとこさ見つけたのは、戦前に編纂されかけた社史の下書きの中に紛れ込んでいた一枚のメモのようなものです。そこには、

    『恐慌ヲ乗リ切ランガタメ、我社ハ非常手段ヲ取ルコトニナレリ。反対意見モ多ケレド、他ニ方策ナク・・・・』

ここからしばらく読める状態で無くなっているのですが、末尾に辛うじてですが、

    『天使来タレリ』

こう読み取れるのです。そしてこの時期の業績データは、大恐慌の中、ゆっくりですが上昇傾向を示しています。変化が少なすぎて、見つけ出すのが大変だったのですが、ここにも天使がいた可能性があります。

ミツルと出した仮説なんですが、昭和の三十年代半ばから天使の存在が続いていた方が異常で、本来は経営危機に際して現れる救世主的な存在じゃないかです。コトリ先輩の出現はちょうどそれに当たります。

問題は天使の出現になんらかの人為的な手段みたいなものがあるかどうか。というか、なぜうちの会社に現れてくれるのかです。なんらかの手段が存在していた証拠が残されたメモになります。もう少し、はっきり書き残されたものがないかと資料と格闘していたのですが、これ以上のものはどうしても見つかりません。

    「でもシノブ、これ以上、資料を集めるのは無理だよ」
    「後は社長や専務、高野常務に聞いてみるしかないね」
    「そこでわからなければお手上げかもしれん」

翌日は直接三人に聞いてみることにしました。綾瀬専務は札幌に出張に出かけられて不在だったので、まず高野常務を訪ねました。

    「失礼します、結崎です」
    「これは結崎君悪いな。特命課長が私に用事があるのなら、私が出向かないといけないのに」
    「いえ、常務の部屋の方が都合が良いものでして」
    「そう言ってくれると助かる」

いくらなんでも常務を呼びつけるわけにもいかないし、それより何より特命課の中が足の踏み場も無い状態になっているので、呼ぶも何もあったもんじゃありません。

    「専務、震災前から、いや平成に入ってから我が社の業績は長期低落を続けてました」
    「それは結崎君の方が詳しくなってると思うが、我が社も苦しい時期だった」
    「その時に取った、打開策を教えて頂けませんか」
    「そりゃ、色々やってたよ。ただ当時は総務部長だったから、詳しくは社長に聞いてもらった方が良いと思う」
    「わかりました。社長にもいずれ伺いたいと思います」
    「では小島課長の入社時の状況を教えて頂けませんか。というか、小島先輩が入社しときの採用計画です」

高野常務は昔を思い出すように

    「あの年の採用計画はもめたそうなんだ。というのも、人件費節約のための大規模なリストラを断行したのだが、今度は人が減り過ぎてというか、有能なものほど逃げ出したがってしまって、残った人員では計画通りに仕事がこなせない状況になってしまったんだ」
    「社史にもありますね」
    裏目に出る時はそんなもんだよ。そこで嫌でも補充人員を増やさざるを得ないという判断になったんだ」
    「その前、三年間は採用ゼロですし」
    「その通りだ。新人は即戦力になるわけではないので、この穴をどう埋めるかについて、新卒採用派と中途採用派に意見が分かれていたと思う」
    「結局は新卒採用になった」
    「まあ、そういうことだ」

後はコトリ先輩が総務部に配属されて、盛り上がったこと、さらにその年、いやその年の四月から業績が回復していき、社内に明るさが戻った話をお聞きしました。これ以上は高野常務からは情報が取れそうにありません。ただ気になるのはなぜに新卒採用になったかです。やはりそこになると、社長に聞かないと仕方がないようです。

    「どうだ、参考になったかな」
    「もちろんです。特命課への御協力、感謝します」

社長へのアポも簡単に取れました。しっかし、特命課の要請ってホント、なんちゅう強力なんだと毎度思います。さて社長室に入るのは実は初めてなのですが、さすがは社長室です。専務の部屋も立派と思いましたが、社長室となると格が違うってところでしょうか。

    「結崎君、なにかわかったかね」
    「これは社長でないと判らない事なので、是非お聞かせいただきたいのです」
    「なんだって聞いてくれ。教えられることなら、なんでも教える。なにせ特命課の要請だからな」
    「ありがとうございます、お聞きしたいのは・・・」

社長が言うには、あの年の採用が新卒に決定したのは最終的に社長の決断であったようです。でもそれだけでは、天使出現の理由になりません。

    「採用基準はどうでした」
    「そりゃ、我が社にとって有用な人材だが」
    「他にその年に限ってみたいなことはしませんでしたか」
    「う〜ん、そう言われても・・・」

ひとしきり考えた後に

    「とくに変わった基準は出していないと思うが、採用結果はちょっと意外なものになった」
    「意外と申しますと」
    「たいした話ではないのだが、当時は今と違って、内々で指定校制を取っていたんだよ。募集はオープンでも採用時には指定校で足切りする感じだ」
    「そうなんですか」
    「これは先代社長、いやもっと前からの慣習でな。今は改めておるが」
    「それで」
    「理由は覚えていないが、人事部の方でなにか手違いがあったみたいで、指定校以外の採用者があったんだ」
    「指定校以外の採用者を誰か覚えておられますか」
    「ああ覚えておる。君も良く知っている小島君だ。ありゃ、ラッキーだと思ったよ。小島君の成功を見て、私は指定校制を廃止にしたようなものだ」

社長の話を聞いた瞬間に、今まで点として散らばっていた情報が線として結ばれていきます。ついにコトリ先輩の背中が見えてきた気がします。

    「社長。近日中にまとまった報告が出来ると思います」
    「そうかね、楽しみにしている」

特命課に戻るとミツルに必要な情報の整理をお願いして、私は教会にアポを取りました。ミツルがそれを見て、

    「課長、ボクたちの式の予約ですか」
    「そうしたいけど、最後の扉になりそうなの」

特命課での二か月がもうすぐ終わりますが、ついに終着点に近づいた実感があります。必ずそこに答えがあるはずです。

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2018-04-08 天使のコトリ:ユッキーの生い立ち

とりあえず特命課の次の課題はコトリ先輩がなぜに天使になれたか、二代目天使となぜコトリ先輩があれだけ似てられるかです。ミツルと二人で作戦会議です。とびついてキスしちゃいたいのですが、これは仕事だから我慢、我慢。今日は先代天使とユッキーさんのおさらいです。

    「ところでさぁ、大聖歓喜天院家のこと良く知ってたね」
    「社内名簿を調べていた時から気になってたんだ。あれだけ目立つ苗字だからね」
    「たしかに目立つもんね。氏名欄が二行になってるもの」
    「それだけじゃ、ないんだ」

ミツルの叔母に当たる人が『恵みの教え』教団の熱心な信者で、教団内でも、かなりの地位にいるみたいです。その叔母さんから教主の苗字が大聖歓喜天院って聞いていたのを、京都の時に思い出したそうです。

    「どんな教義なの、カルトじゃないの」
    「明治からの新興宗教だけどカルト的なところはないと思うよ。教義は浄土宗系に近くて、阿弥陀様の代わりに観音様がいるって感じかな。浄土宗系に比べると、死後の救いに加えて、現世利益的な面も濃いぐらいかな」
    「だから分かれたんだ」
    「さすがに歴女、理解が早いね。極楽教はあの世に行った観音様である教祖が、来世の救済を確実にするのを重点に置いたのに対して、恵みの教えは生身の観音様による現世利益にこだわったぐらいかな」
    「教祖の人はうちの会社の天使の先祖みたいな人物だろうから、本当に現世利益もあったんでしょうねぇ」
    「そうだったらしいよ」

なるほどね。現世利益を軽くした分だけ極楽教は浄土宗系に近くなって、今の繁栄があるのかもしれないわ。一方の恵みの教えは、能力者を確保し損なって、肝心の現世利益が期待出来なくなって今の規模ってところかも。

    「ミツル、恵みの教えの方は大聖歓喜天院家の能力者を失ったことをなんて言ってるの」
    「うん、そこはなかなか教えくれなかったんだ。教団でも教主の家に能力者が伝えられていないのは最高機密扱いらしいんだ」
    「そりゃ、そうかも。生身の観音様と崇めてる人が、そうでないとバレたら事だもんね」
    「そうなんだ。でも、叔母さんはある事件に関わったんで知っていたんだよ。固く口止めされてたから、聞きだすのは大変だったんだ」
    「だからなかなか帰って来なかったんだ」

ミツルの話によると、分裂した時にとにかく二代目教主を早く立てる必要に迫られたみたいです。その当時は長女が能力者の可能性が高いと判断したのか、たんに長女だからかは不明だそうですが、教祖の長女を二代目の教主に祀り上げたのですが、後で能力者問題が判明して大問題になったそうです。

    「で、どうしたの」
    「能力者を教主の家に取り戻そうとしたんだ」

能力者の系譜は教祖の三女から、その娘に伝わった後、教祖の三女の息子の娘、つまり大聖歓喜天院由紀子さんに伝わっています。教団の作戦として、由紀子さんの娘の誰かに能力は伝わるはずだから、これを教主家の養女にして取り込もうと考えたみたいです。

    「でもさぁ、モノじゃないんだから、養女にするっていっても、そんなに右から左に話が進むと思えないんだけど」

教団の取った作戦は周到というより狡猾なものでした。教団関係者の男性に因果を含めて由紀子さんと結婚させ、能力者として産まれた娘を養女に差し出させるというものでした。

    「でもさぁ、でもさぁ、結婚っていっても由紀子さんに気に入ってもらわないといけないし、由紀子さんだって天使なんだから、いったん結婚してしまったら、相手の男性もメロメロになっちゃうんじゃない。それに経緯から教祖の三女の家と、教団の仲も悪いんだし」

その点は教団側も頭を悩ませたそうですが、教団としてラッキーなことに、由紀子さんが愛した男性は木村一族の人間だったのです。

    「なんなの、木村一族って」
    「大聖歓喜天院家は女系で、能力者しか家名を継げないルールなんだ」
    「それは聞いた」
    「当たり前だが家名を継げない娘や息子は入り婿なり、嫁に出されるんだが、そういう受け皿的な一族もいるんだ。平たくいえば親戚だけどね」
    「それって、影の大聖歓喜天院家みたいな感じ?」
    「そう言っても良いかもしれない。ボクの聞いた感じでは、分家筆頭みたいにも思ったけど、見方を変えれば男系の大聖歓喜天院家とも言えるかもしれない」

木村家は大聖歓喜天院家と違い普通に分家もするので一族って広がりになり、昔から本家に当たる大聖歓喜天院家を支えてきたぐらいの理解で良さそうです。木村一族は『恵みの教え』教団設立にも深く関与し、極楽教が分裂した時にも引き続いて教団の有力者の地位にあったようです。

    「でもさぁ、でもさぁ、でもさぁ、木村の一族って聞いたら由紀子さんも警戒するんじゃない」

大聖歓喜天院家にとって木村家との因縁は深いですが、木村の姓自体はありふれたものです。それと木村一族の広がりは大きくて、由紀子さんが好きになった人物はたしかに木村一族の端には連なりますが、当時は教団とも木村本家ともかなり縁が薄い関係だったようです。そこに教団は目を付けて、その男を説得したようです。ミツルがいうには説得というより、脅迫とか買収に近かったんじゃないかしていましたが、最終的にその男は教団の提案を受け入れています。

    「で、どうなったの」
    「二人は結婚されて、娘も生まれた」
    「由紀恵さんね」

結婚自体は天使の魅力に男はメロメロ状態だったそうです。これは娘が出来ても変わらず、何年経っても新婚みたいとまで言われたそうです。幸せいっぱいのカップル状態なのは良かったのですが、男としてはどうしても二人目の子どもが欲しかったそうです。教団との約束で能力者の娘は取られてしまいすし、この時点で娘一人ですから、このままでは一人娘を失うことになるからです。

ただ由紀子さんの体は華奢で弱かったそうで、由紀恵さんを産んだ時にも大変だったそうです。そして悲劇が起こります。二人目を身ごもった由紀子さんは出産を待たずに母子ともに亡くなってしまったのです。

由紀子さんは失った男は悲嘆に暮れた余り、精神までおかしくなってしまったのです。おかしくなって迎え入れたのが後妻です。これがハズレも良いところの女なんですが、精神に変調を来してしまった男にとっては唯一無二みたいな存在になってしまいました。

そうなると由紀恵さんの扱いは酷いものに変わります。継母からの定番のイジメに加えて、実父からも邪魔者扱いみたいにされたぐらいでしょうか。寒風吹きすさぶ中で育った由紀恵さんは氷姫になられてしまったのです。

    「でもさぁ、でもさぁ、でもさぁ、でもさぁ、由紀恵さんって一人娘だから能力者確定みたいなものじゃない。教団が養女として引き取ったら良かったんじゃない」

精神に変調を来していた男は、仕事も上手くいかず、経済的にも苦しくなっていました。そこに後妻の悪知恵を吹き込まれて、由紀恵さんをダシに経済援助を教団から引き出したのです。教団は一刻も早く由紀恵さんを引き取りたかったみたいですが、最終的には男の了解が必要です。それを上手く人質みたいに使われて、カネを渡さざるをえなくなったとの話です。

    「どれぐらい続いたの」
    「由紀子さんは由紀恵さんが四歳の時に亡くなって、小学校卒業までそんな環境に置かれ続けてる」

由紀恵さんの能力の発現は非常に早かったと考えられているそうです。通常は早いといっても十代の前半ぐらいだそうですが、由紀恵さんの場合は小学校に上がる頃には出現していたと推測されています。ここまで早いのは異例というか異常だそうです。

天使の能力は、それが微笑む時には恵みを与えますが、そうではない時には災厄さえもたらします。天使が氷姫になってしまったのですから、由紀恵さんの能力が発達するにつれ、大変なことが起こっていくことになります。

教団は経理担当者の多額の横領事件があったり、教団幹部のスキャンダル事件が週刊誌を賑わしたりで振り回されます。さらには本殿を始めとする多くの建物を失火で失うまでに至ります。そんな不祥事が続いたため信者が減少を続け、ついには教団存続の危機さえ懸念される状態に追い込まれていきます。

一番被害が大きかったのは木村一族かもしれません。教団幹部には木村一族の者が多かったので、スキャンダルにも巻き込まれますが、それ以外にも次々と不幸が一族の有力者を襲い、とくに由紀子さんから能力者の娘を取り込む計画に関与していたもので、まともに生き残っているものはいなくなったとされます。

実父は精神の変調で仕事が上手くいってないとしましたが、それだけでなく勤めていた会社が倒産してしまいます。失業者になった実父は教団からの養育費にだけ頼る生活になるのですが、やがて酒に溺れ、ギャンブルに溺れ、多額の借金を作って由紀恵さんを置いて夜逃げしてしまいます。

    「その夫婦が夜逃げして由紀恵さんはどうなったの」

取り残された由紀恵さんは警察に保護され、そこから親族に連絡が行われたのですが、母の実家の大聖歓喜天院家は由紀子さんの夫が木村一族であり、教団から養育費を受け取っていることを知った時点で絶縁関係でした。父の実家は父が後妻をもらってからトラブルを山ほど起し、これもまたほぼ絶縁状態でした。

唯一駈けつけて来たのは父の兄の伯父夫婦。伯父夫婦も弟夫婦のトラブルに散々手を焼かされていましたが、伯父夫婦は由紀恵さんをとても可愛がっていました。伯父夫婦は弟より一回りぐらい年上なのですが、なかなか子どもに恵まれず、やっと出来た子供も生まれつきの難病で早くに亡くしています。そんなこともあって、

    『うちが引き取ります』

遅れて事情を知った教団関係者が駆けつけた時に伯父夫婦は由紀恵さんの姿を見せ、

    『こうなってしまったのは弟夫婦の責任だから尻拭いは兄の私が取る』

これまで教団関係者は由紀恵さんの姿をロクロク見せてもらってなかったのですが、由紀恵さんを見て恐怖に震え上がってしまったとされます。何を話しかけても、何をしても氷の無表情。それだけでなくその冷たく怖ろしい目は、睨まれただけで体が震え、足がすくみ、前に立っていることさえ出来なかったとされます。

    『由紀恵がこうなってしまったのは弟夫婦だけの責任ではない。教団の責任でもある。こうなってしまった由紀恵が周囲に災厄しかもたらさないのは、私も木村の一族だから知っている。災厄は私たち夫婦がすべて引きうける。その代り、教団は今後一切関わりを持たないで頂く』

この時に教団関係者は、教団や木村一族に起っていた災厄はすべて由紀恵さんからのものであるのを悟りました。せめてもの罪滅ぼしに引き続きの養育費の提供を申し出たようですが、伯父夫婦は一切受け付けませんでした。そして由紀恵さんには、

    『恨みがあればすべてこの伯父にぶつけてくれ。な〜に、由紀恵に殺されたって本望だ』

こう何度も、何度も言い聞かせていたそうです。伯父は温厚な人格者にして教育者、妻は見るからにお人よしの世話好き。かけられる限りの愛情を由紀恵さんに注ぎ続けたそうです。伯父夫婦に引き取られてからも、伯父が大怪我したり、伯母が大きな病気をしたりの災厄は起ったそうですが、年とともに減って行ったそうです。

    「それでどうなったの?」

小学校の時もそうだったのですがいつも氷の無表情です。そうなればイジメの対象になりかねませんが、由紀恵さんが睨むと誰もが震えあがり、触れることさえ出来なかったそうです。それはただの怖い目ではなく、能力者の怖く冷たい目です。それでも手を出すクラスメートはいたそうですが、それは、それは、大変な目に遭ったそうです。

これは伯父夫婦に引き取られ中学生になっても怖く冷たい目は変わらなかったそうですが、表情に変化が起こったそうです。氷の無表情だけだったのが、わずかに不機嫌そうな顔を時にするようになったのです。これを見た伯父夫婦は涙を流して喜び合ったとなっています。

    「不機嫌そうな顔がそんなに嬉しかったの」
    「うん、不機嫌な顔になるってことは、それだけ由紀恵さんに感情が戻ってきた証みたいな受け取りようだったみたいだ」
    「そこまで・・・」

ただ不機嫌そうな表情の時の目はさらに冷たく怖ろしく、これに耐えられる人はいなかったとされます。

    「そして高校生になったのね」

ミツルの調査は高校時代の由紀恵さんにも及んでいました。県立の名門進学校である明文館なのは知っていますし、その校風というか学校生活の様子は以前に山本先生から聞いたことがあります。まあ、ミツルは初めて聞いたもので、ひたすら『信じられない』を連発していました。

由紀恵さんが山本先生を高校時代に好きになった話は、コトリ先輩からも聞いています。そういう人を好きになる、愛せるようになるまで由紀恵さんがなれたのは、引き取った伯父夫婦がどれほどの努力を重ねられたかを考えると気が遠くなる思いさえします。由紀恵さんは山本先生とユッキー・カズ坊の漫才をやられていますが、これを知った伯父夫婦は文字通り狂喜乱舞したそうです。

    「伯父夫婦はどうなったの」
    「由紀恵さんは医学部に進学されたのだけど、在学中に相次いで亡くなられている」
    「これも由紀恵さんがもたらした災厄?」
    「そうでないと信じたい」
    「それにしても由紀恵さんの生い立ちって、聞いてるだけで涙が出そうになるね」
    「ボクもここまで大変だったとは思わなかったよ」
    「コトリ先輩しか天使って知らないから、天使だったらもっとハッピーな人生になると思ってた」

ミツルは由紀恵さんの最後の時の様子も調べていました。本来は医療情報なのですが、由紀恵さんのことは病院でも超が付く特別扱いで、由紀恵さんの話を聞く時にうっかりではないでしょうが、山本先生の話もセットで、つい出てきてしまったようです。というかセットで話さないと由紀恵さんのことを語れない雰囲気だったとミツルは話していました。

山本先生は交通事故で由紀恵さんの勤務する病院に担ぎ込まれ、患者と主治医として再会したそうです。かなりの重傷だったようで、入院生活は半年にも及んでいます。入院中の二人の関係も興味深いものがありますが、山本先生が退院する頃には恋人同士になっていたようです。

ここまででわかるのは、由紀恵さんの能力は伯父夫婦に引き取られてから、徐々に封印されていったようです。その封印が解き放たれたのが山本先生の恋人になられてからで良さそうです。

    「シノブ、凄いんだよ。由紀恵さんのお墓参りもさせてもらったんだけど、ただのお墓じゃないんだ」
    「どんなお墓?」
    「立派なお堂になってて、中に由紀恵さんの姿に似せて作られた観世音菩薩像があるんだよ」
    「じゃ、最後に由紀恵さんは観音様になったんだ」
    「病院じゃ、今でも菩薩様として崇め祀られてるよ。病院の屋上にも由紀恵さんの観音像を納めた小さなお堂があって、たくさんの花が飾られてた。そうだそうだ、写真ももらってきたんだ」

ユッキーさんはこれまで話に何度も聞いていますが、写真を見るのは初めてです。

    「可愛い・・・」

他に言葉が出てきません。やっぱり、あの時に夢に出て来たのはユッキーさんです。でもこれで、ユッキーさんが亡くなる前に数々の不思議な現象を越し、今なお山本先生の心の中に住み続ける理由もわかった気がします。

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2018-04-07 天使のコトリ:リッチにイタリアン

ミツルと夕食に行ったのはイタリアン。ハンター坂のもう一本西側の坂を上がったところにある、ちょっと隠れ家的なレストランです。ここは完全予約制なんだけど、行く気マンマンで既に取ってたの。これぐらいさせてもらってもイイぐらいの経過報告したもんね。

    「課長、リッチ過ぎませんか」
    「イイの、今日はこれぐらいさせてもらうの。専務の許可だって取ってるようなものだし。それと外で二人の時に課長はやめて。ホントに照れくさいんだから」

とりあえずシャンパンで乾杯です。

    「思うんだけどさぁ」
    「なに?」
    「シノブって、本当に仕事になると鬼みたいになるね」
    「えっ、それって褒めてるの、貶してるの」
    「ほとんど褒めてる」
    「残りは貶してるの」
    「ちがうビックリしてる」
    「どういうこと?」

ミツルが言うには、二人だけの特命課だから、もっと甘い雰囲気になるんじゃないかって思ってたって。そりゃ、私もそうなると思ってたけど、言われ見ればあんまりなってない気もする。

    「う〜ん、やっぱり昼間はミツルが外に調査に行く日がほとんどだったからじゃない」
    「そのせいもあると思うけど、夜だってそうなってないもの」

ほとんど毎晩のようにミツルと夕食を一緒に食べてるんだけど、あんまりデートって感じにならないものね。私は一緒に居るだけでワクワク・ドキドキしてるんだけど、甘い雰囲気になった記憶がないし。

    「それって私に魅力がないから?」
    「そんなわけないじゃないか。今だって正面にシノブがいるだけでドキドキが止まらないもの」
    「私もそうよ」

どこか間違っているのかな。おかしいな、おかしいな、まさかこれってミツルが私を嫌い始めてるとか。やだ、やだ、ここで捨てられたくない。ミツルがいなければ生きていけないように、もうほとんどなってるもの。

    「ミツル、ごめん。何か悪いところがあるのなら、お願いだから言って、すぐに直すから、絶対直すから」
    「誰もそんなこと言ってないよ。本当に感心してるんだ。一旦仕事モードに入ったら、それこそ一心不乱になってこれだけ集中できるんだって。凡人にはここまで出来ないよ」
    「だから仕事の鬼?」
    「ボクも相当引っ張ってもらってる。だって、外回ってきて、これだけ調べたら十分じゃないかと思ったら、シノブは二歩も三歩も先のこと見すえて突っ走ってるんだもの。だからシノブと仕事する時は、こんなレベルで満足していたら置いて行かれるって必死だったんだ」

これって褒めてもらってるのかなぁ。そうこうしているうちに料理が来て、コースを順番に楽しみます。

    「噂通り、やっぱり美味しい。こんなところ経費じゃなくちゃ、そうは来れないものね」
    「あれ、シノブ課長でもですか」
    「だから課長は・・・そう言えば給料日過ぎてた。そういや明細もらってたんだ。とにかく経過報告まとめるのに必死だったし、ミツルが帰って来ないから心配で、心配で、見る気さえ起らなかったんだもん」
    「そんなところがシノブの魅力だよ」

やっぱり褒めてもらっているのかな。課長になって一か月、無我夢中だったものね。まあ仕事も仕事だったし。さ〜て、課長様っていったい、いくら貰えるんだろ、

    「ぎょえええ、なにこれ、こんなにもらってイイの」
    「えっ、どれくらいなの」
    「ほら」
    「これは・・・」

ミツルによると、うちの四十代ぐらいの課長なら五十万ぐらいだそうです。私の場合はまだ独身ですし五階級特進なので年功が少ないはずだから、もうちょっと下回るはずだってことです。ところが、ところが、なんか意味不明の手当てがドカンと付いてます。

    「これって今までのシノブの功績への反映じゃない」
    「たいしたことやってないよ」
    「綾瀬専務から、特命課の仕事を頼まれた時に聞いたんだけど、シノブはそれこそ命削るようにこの業務に尽くしていたと言ってたよ」
    「たんにチクリやってただけよ」
    「専務なんて、ボクが死んでも惜しいだけで代わりはいくらでもいるけど、シノブの代わりは絶対に見つからないってさ」

へぇ、そこまで買われてたんだ。ちっとも知らなかった。

    「専務に言われた時には良くわからなかったんだけど、シノブと一緒に仕事をやって良くわかったよ。こりゃ、桁が違うって。ボクはちょっと天狗になってかもしれない。本当に仕事が出来る人って見本をシノブに見せてもらった気がする。ありがとう」
    「そんなぁ、買被りすぎだよ。私は不器用だから、人より時間がかかってるだけなの」
    「そうじゃないのは、傍で見ていてよくわかったよ。シノブがやってた業務分析だけど、あれを一か月でやるのは人間業じゃないって綾瀬専務も言ってた。普通なら一年でも上出来だって」
    「それは言い過ぎだよ、あれぐらい誰だって・・・」
    「まだ気づかない? あのデータ分析が一か月で出来た意味を」
    「どういうこと」
    「シノブは無駄な分析作業を一切せずに、まるで最初から答えを知っているように一直線に仕事をしてるんだ。これだけの難題だから、もっと寄り道とか、迷走するのが当然なのに、シノブはなんの迷いもなく答えに行き着いてるってことだよ」

ミツルに言われて思い当たるところがあります。データ分析の仕事で重要な問題を任せられるようになり始めた頃にコトリ先輩に、

    『シノブちゃん、凄いね。もうできちゃったんだ』

あの頃はコトリ先輩がもっと凄いスピードで仕事を進めているを見てましたから、単なるお世辞と思ってましたが、私も少しは仕事ができるようになってるみたいです。あかん、あかん、どうしたって仕事の話をしまうやんか。今日は甘い話に絶対するの。

    「佐竹さん」
    「どうしたんだ急に」
    「課長命令です」
    「なんでしょうか」
    「仕事の話は今夜は禁止にします」

ミツルが笑ってます。そこからは他愛ない話で過ごしてレストランを出ました。

    「美味しかった」
    「うん」
    「もうちょっと飲もうよ」

ミツルは私の手を握ってくれたのですが、その瞬間に、もう離れたくないって気持で胸が一杯になったのです。

    「私を離さないで・・・お願い」
    「離したりなんかするものか」
    「なんか怖くなることがあるの、ある日突然、ミツルがいなくなっちゃうんじゃないかって」
    「心配しないで、なにがあってもシノブはボクが守ってあげる」

私はミツルの胸の中に飛び込みました。ミツルがしっかりと抱きしめてくれます。

    「ミツル、愛してる。だからお願い、キスを・・・」
    「まだ早くないかい」
    「ここまで待たせてゴメン。もう完全に振り払ったと思うの」
    「ボクが見えてる?」
    「もう、ずっとずっと前からミツルしか見えてないのよ」

ミツルの唇からは最後に食べたデザートのケーキの甘い味がします。きっと私の唇からもしてると思います。やだ涙が溢れてる。でも、これはうれし涙、やっと、やっとだもの。本当にここまで待ってくれたミツルに感謝の気持ちではちきれそうです。

    「今から?」
    「それだけは待ちたいの。ううん、ホントは今すぐの気持ちで一杯だし、ミツルが望むなら喜んで。ただね、今やってる仕事で行き着くところに、何かが待ってる気がするの」
    「わかるよシノブ。なにかが待ってそうな気がするのはボクも同じ。それも、もうすぐみたいに感じてる。そのときには・・・」
    「そう、その時には・・・」
    「ところで結崎課長、命令違反ですよ。仕事の話を持ちだしました」
    「ゴメンなさい」

ケーキの甘い甘い味を、時間をかけてゆっくりと楽しみました。

    「これで許して頂けますか」
    「もちろんです」

そこからはミツルの左腕にしがみついて離しませんでした。忘れられない夜になりそうです。ありがとうミツル。

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2018-04-06 天使のコトリ:経過報告

ミツルと特命課で昼間もゆっくり過ごせると喜んでたら、社長たちへの経過報告をする日だったのをウッカリしてました。もうどうして、そうなっちゃうのと地団太踏んでましたが、本来の仕事ですから文句も言えません。

会議室には社長、綾瀬専務、高野常務、そして特命課の二人が出席しています。まずは業績からの天使の実在の証明です。コトリ先輩が現在の天使である仮定したうえで、過去の不自然な業績の変動を指摘し、これがコトリ先輩の微笑み伝説との類似性の説明です。

    「なるほど、たしかにそうだ。昭和三十年代半ばぐらいから平成の初めぐらいまで天使がいたと考えて良いと思う。ところでだな、天使は居た方が良かったのか、悪いのかどちらだと思うかね」

この質問も予想していましたから、

    「たしかに短期的には被害を及ぼす事はあります。一方で長期で見ると、我が社の発展は天使の存在期間に飛躍的といって良いぐらいトータルでは伸びています。一方で平成に入ってからの天使の不在期間は、現天使が現われるまで延々たる長期低落です。ここから考えて、天使の存在は我が社にとっては非常に有益と判断します」
    「うむ、君の意見に基本的に同意する」

続いてミツルです。こちらも社長以下の関心を強くひきました。天使の能力はどこで生まれ、どこで引き継がれ、それがこの会社にどう関わったかは、天使伝説の調査の核心に近いところがあるからです。

    「佐竹君、よく調べてくれた。おそらく私が社長を引き継いだ時に、受け継ぐことが出来なかった知識だと思う。ところでだな、初代と二代の天使はそれで説明がつくとして、現天使はどうなのかね」
    「そこは残念ながら調査中です。天使の能力の系譜は、明治期の教団教祖からその三女に伝わり、そこから三女の娘に伝わった後、教祖の三女の息子の娘に伝わっています。そこまでは判明しているのですが、最後の伝承者の木村由紀恵さんの後が杳として不明です」
    「その木村さんから小島君に伝わった可能性はどうかね」
    「否定はしませんが、木村由紀恵さんが能力を発現した頃には、小島課長は既に三代目天使です。さらに小島課長の家系が大聖歓喜天院家につながるかと言えば、現時点では否定的です」
    「そうだな、天使が被っているものな。でも、天使は被ることはあるのじゃないかね」
    「どういう事ですか?」
    「たとえばだ、親子で能力が継承されたケースなら、親が死ぬまで能力が発現しないってことになるじゃないか」
    「御指摘ごもっともです」

ミツルかわいそう。あれだけの事を調べて報告してるのに、あんな言われ方ないじゃないの。まだ怪しいところがあるけど、あれを言ってやろっと。

    「よろしいですか」
    「なんだね結崎君」
    「まだ仮説ですが・・・」

これは業務成績分析中に気づいた微妙な差なのですが、コトリ先輩の変動パターンと先代天使のパターンは少しですが明らかに差があります。一方で先代の叔母にあたる天使が在籍している時代の変動パターンは先代と同じとみなして良いかと思います。この先代の叔母がいつまで在籍していたかの記録が残っていません。震災の時に失われてしまったのです。ただ先代と先代の叔母の間にコトリ先輩の変動パターンの時期があるのです。

    「つまりだね、小島君の前に三人の天使がいたということかね」
    「そう考えられる可能性があります」
    「では二つの変動パターンが混じる交代期はどうかね」
    「それが今までの分析結果として、混在する時期はなく、切り替わると見るのが妥当と考えています」
    「ふ〜む、そうなると、もう一つの天使の源流があるかもしれないと言うことだね」
    「その可能性を考えています。つまりは二人の天使が同時に社内に並立しても、真の天使として会社に影響を及ぼすのは一人みたいな感じかと」

社長と綾瀬常務がコソコソと何事か話されていましたが、

    「この短期間でよくここまで調べ上げてくれた。君たちの努力と成果は高く評価する。そのもう一つの天使の源流について引き続き調査をお願いする」

とりあえずだけどやっと終わった。今晩はミツルとむちゃくちゃリッチしてやるんだ。

BugsyBugsy 2018/04/06 20:50 自分は論文に書くとき引用文献の10倍は読んで抜粋します。構築を参考にして自分のフレーズを編み出します。だから文章の艶とスタイルは気にしません。あくまで分かり易ければ良いのです。

小説だとどこにオリジナリティーをアピールするんでしょう。確かに色合いは皆さん違いますね。この色気というのが自分は出せません。

BugsyBugsy 2018/04/06 22:51 もう一度最初から読み返しました。

人間は考える葦でパンツをはいた猿だから文章と服装は一緒ですね。

自分のスタイルだから嫌なら他に行ってくれという人が多いから仕事ができません それに気づきません。午前中で終わる仕事を残業でやるよなもんで不要です。個性を出したいと言っても他人に訴求することは稀で 普通以下の評価です。普通が身についてからの個性でしょう。普通さには上品な普通さがあり簡単なはずが 普通のやり方を分かろうともしません。今月新人がやってきて嬉しいのですが 学生の普通は社会人の普通とは違います。それがわからない限り仕事は任せられません。ファッション雑誌がダメなのは 高級なブランドがマニアのためで普通の服装は教えません。オシャレは着こなしですが 普通のスーツを何年も着ていれば着こなして意識しなくてもオシャレに映ります。白人やモデルでもないのに同じ服を着て似合わないのです。鏡を見れば直ぐに直せます。一流の人間は上品な普通さを通じて自分の社会的能力を演出するのに長けていますが それがない人間は絶対出世しません。他人の見てくれで判断してはいけないと言っておいて他の何で判断できるのか誰も答えは知りません。

見た目で判断できない人間は愚かです。普通であればあるほど小説は時代を超えて長らく読まれるのです。ローマ帝国史が今でも読まれるのは普通さゆえなんです。あなたの文章を読むとそれを思い出しました。

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2018-04-05 天使のコトリ:大聖歓喜天院由紀子

今日は特命課でミツルと一日過ごせるとルンルンで出勤したら、机の上に書置きが、

    『結崎課長。申し訳ありませんが、もう少し確認したいことがあり、今日も調査に出かけさせて頂きます。それと今日は帰れないかもしれませんから夕食は御一緒できませんので、悪しからず。』

しょぼん。まさか、こんなことになるなんて。調査に行くなら連れてってよ。それにしても先代天使の名前が判明してからのミツルの様子はおかしかった。何かを見つけたというか、トンデモないことに気づいたって感じだった。どうも天使伝説の核心に近づいた感じがしてる。

それにしても先代天使の苗字は物々しいな。こんな苗字の家は日本で一軒かもしれない。見るからにお寺さんに関係してそうだけど、ミツルは何か知っていそうだった。まあこんな特徴的な苗字だから、社員名簿見たら一発で覚えちゃうだろうけど、それだけじゃない感じ。

まさか何か危険なことに関係してるとか、だから私を連れていかないとか。ミツルさんらしいけど、なんかよそ者扱いされてるみたいでちょっと悔しい。でもまあ、そろそろ中間報告というか、経過報告をしなくちゃならないから、その準備をやらなきゃいけないのも確かだからね。

京都の野田さんの話で妙に気になったのは、先代天使がユッキーとも呼ばれていたこと。そりゃ名前が由紀子だからユッキーでもおかしくもないのだけど、あのユッキーさんとたまたまだけど同じなんだよね。そのミツルだけど、翌日も、その翌日も特命課には顔を出さなかったの、もちろん連絡は入れてくれるのだけど、

    「もう少しだから待ってくれ、もう少しなんだ。帰ったらまとめて報告するから」

社長たちへの経過報告の話をしても、

    「それまでに必ず間に合わせるから」

ミツルが特命課にようやく顔を出したのは、経過報告の前日の夕方近くになってからでした。私はミツルの無事な顔を見ただけで泣いちゃいました。

    「すっごく心配してたんだから・・・」
    「ゴメン、でも面白い報告ができるよ。長いから今日は簡単にするけど」

夜はデートじゃなかった、ミツルからの報告を聞きました。

    「・・・大聖歓喜天院家は蘆屋道満の末裔と言われてるんだ」
    「でも、蘆屋道満は架空の人物って話じゃなかったっけ」
    「さすがは歴女の会だね。現在は架空とされているけど、大聖歓喜天院家の家系伝説ではそうなってる。これについての真否は問題じゃなくて、大聖歓喜天院家には不思議な能力を持つ人物が現れるみたいなんだ」
    「それって霊能力とか、超能力みたいなもの?」
    「まあ、そんなところでも良いと思うけど、もうちょっと違う感じもしてる。その能力を持つのは大聖歓喜天院家でも女性に限られるそうで、それも一代に一人だそうなんだ」
    「だから天使になれた」
    「まあ、そうなんだけど・・・」

ミツルの調査はさすがで、明治の頃に大聖歓喜天院家の能力をもつ女性がある新興宗教を起しています。教団名は『恵みの教え』だそうです。教義の元は仏教系みたいで、観音様信仰ぐらいと見て良さそうです。ちょっと変わったところは、架空というか、想像上の観音様を信仰するのではなく、教祖である大聖歓喜天院家の女性自身が生身の観音様として信仰された点でしょうか。熱狂的な信仰を集めていたそうですが、教祖をしていた女性が亡くなった後に教団が大騒動になったそうです。

単純化すれば亡くなった教祖を観音様として引き続き信仰するグループと、次代の大聖歓喜天院家の能力のある女性を新たな観音様として信仰したいグループで争いが起こったそうです。スッタモンダは色々あったそうですが、最終的には分裂しています。

    「分裂してどうなったの?」
    「教祖を観音様として信仰するグループは新たな教団を作って、今でもあるよ」
    「どこ?」
    「極楽教だよ」
    「高校野球が強いところだね」
    「まあ、そうだけど、大学を作ったり、附属高校を作るぐらいに繁栄している」

大聖歓喜天院家は娘に能力者が現れ、その能力者が当主となる関係から完全に女系です。それだけでなく、息子は養子に出され、能力のない娘も嫁に出されて、一軒しかなかったようです。この能力のある女性なんですが、代によって能力にかなり差があったそうです。それだけでなく、能力が発現される時期も早ければ十代の時からもあれば、かなりの年齢になってからようやくってのもあるそうです。

能力者重視の大聖歓喜天院家では、能力の有無がはっきりするまで、娘たちは暫定的に大聖歓喜天院の苗字を名乗り、能力がわかった時点で他の娘は大聖歓喜天院の苗字を外す慣例だったそうです。教祖の娘は三人いましたが、教祖が亡くなった時に能力の発現がまだなかったというか、ハッキリしなかったそうです。教団としては後継者を早く決めたいので、能力がありそうと判断した長女を二代目に選んでしまったのです。

ところが能力を受け継いでいたのは三女だったのです。この時に次女の家は大聖歓喜天院家の苗字を外しましたが、長女の家は教団教主家ですから、そのまま名乗りつづけています。それだけでなく、その後も教主家を真の大聖歓喜天院家とし、三女の大聖歓喜天院家とは絶縁状態になったそうです。

    「ミツル、えらい込み入った話だけど『恵みの教え』教団は今でもあるの」
    「あるよ、極楽教よりはるかに小さいけどね」
    「でも、大聖歓喜天院家の観音様は普通の人だよね」
    「そうなるんだ。教祖の血筋こそ受け継いでいるけど、能力は受け継いでいないからね」

教団と無関係になった教祖の三女の大聖歓喜天院家は普通の家になったそうです。普通って変な言い方ですが、ごく当たり前に学校に通い、ごく普通に就職するみたいな感じです。教祖の三女はそれだけでなく大聖歓喜天院家の能力重視による後継のこだわりさえなかったそうです。

    「それでだけど、三女は能力重視の家督相続は時代に合わないと考えて、息子に家を継がせて、娘は嫁に出しちゃったんだ」
    「ほんじゃ、能力者の血筋は?」
    「ここを調べるのが大変だったんだけど、嫁に出していた娘が結婚後にうちの会社に就職してるんだ」
    「当時としては珍しいケースじゃない」
    「まあパートに毛が生えたような採用だったみたいだけど、これが時期的に考えて初代の天使と見て良さそうなんだ」
    「なるほど」
    「ところがね、その初代の天使は子供に恵まれなかったんだよ」
    「じゃ、能力者の家系は途絶えちゃったの」
    「そうならなかったんだ」

これも信じるしかないようなお話ですが、大聖歓喜天院家では能力者に子どもに恵まれなかった、もしくは娘を産めなかったケースはあるそうです。その時は血筋の誰かに能力者が必ず出てくるそうなんです。

    「やっと話がつながった。教祖の三女の孫、というか息子の子が大聖歓喜天院由紀子さんね」
    「そういうこと、ここまで調べるのは大変だった」
    「そりゃ、そうでしょう。ミツル凄い」
    「まだ続きがあるんだ」

二代目天使である由紀子さんは家を継がずに嫁に行っています。木村って家に嫁いでいるのですが、そこで娘を産んだものの、娘が小学校に上がる前に亡くなっています。

    「由紀子さんを深く愛していた旦那さんは、妻の名前をとって娘に由紀恵と付けてるんだ。つまりは木村由紀恵さんになるのだが、明文館高校に進学してるんだ」
    「明文館って、コトリ先輩や加納さんと同じじゃない」
    「そうなんだ、それも同級生だ」

私の中でミツルの話が一つにつながりました。木村由紀恵さんこそがユッキーさんなんです。

    「木村由紀恵さんも亡くなってるよね」
    「そうなんだ、勤務していた病院に聞いたんだが・・・」
    「やっぱりユッキーさんだ」
    「そういうことになる」

そうか、そうなんだ大聖歓喜天院家に伝わる能力って、単なる霊能力とか、超能力みたいなものじゃなくて、ユッキーさんみたいな能力者だったんだ。人を愛し、人を幸せにする能力みたいな感じかな。まあ機嫌を損ねるとシッペ返しがくるところもあるけど、素直にその能力者を好きになったら、確実に恵みを与えてくれる感じかな。だからこその『恵みの教え』教団だったのかもしれない。

時刻も遅くなったので、続きは会社ですることになって今夜は別れました。明日こそ特命課でミツルと一緒に過ごすんだ。

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2018-04-04 天使のコトリ:京都での探索

京都まではちょっとリッチだけど新幹線を使いました。ミツルも初めの頃はJRとか、阪急を使ってたんですが、綾瀬専務から、

    「時間の無駄」

こう言われたそうです。さすがに早くて新神戸から三十分で京都駅に到着です。さらに、そこからもリッチにタクシー移動です。タクシーだって、その日は借り切り状態なんです。ラクチンと思いましたが、ミツルの仕事の大変さが良くわかりました。

とにかく訪ねるのが個人の家なもので、タクシー使って近くまではたどりつけても、そこからは一軒一軒見て回って探すことになります。GPSがあるので簡単そうなものですが、そんなにお手軽なものではないのは良くわかりました。家が発見できれば、お話を伺うのですが、何故か天使の存在を知ってる人も

    「名前は・・・」

どうもなんですが、先代天使はあだ名がもろ『天使』で、いつもそれで呼ばれていたものだから、他部署の人になると苗字とか名前を覚えていないのです。それでも同期だとか、職場の同僚とか、上司の人が見つかると良いのですが、これがなかなかいないのです。

この点については実に不思議で、先代天使が現在五十代なら社長クラスなら知っていても良いはずなのですが、誰も覚えていないのです。この辺は、社長にしろ、綾瀬専務にしろ、高野常務にしろ、本社一筋の人ではなく支社からのし上がったところがあり、どうにも記憶に残っていないとされていました。

ここについては、少しだけ綾瀬専務から聞かせてもらったのですが、先代社長が震災による激務で倒れた時に、本来の後継者であった副社長も少し前に亡くってしまっており、後継者が不在であったが故に、かなりというか猛烈に激しい社長の椅子の争奪戦が行われたそうです。

詳細については口を濁されてる面がありましたが、当時の東京支社長であった現社長が、クーデター同様の手法で社長になり、そういう権力闘争の後始末として、当時の本社の社員は管理職どころかヒラまで総入れ替えに近い異動が行われたみたいです。

とにかく本社の管理職クラスは、本社にいた何人かの社長候補のいずれかの派閥に属していましたから、悉く左遷の憂き目に遭い、恨みを呑んでやめて行った人も多かったようです。その結果として、ちょうど先代天使を知っていそうな頃に本社勤務であった人間がいなくなったとされていました。


名前についてはミツルのこれまでの調査からある程度判明しています。

    『アサカワ』

苗字だけで、どんな漢字を使うのか不明です。それより、なにより、アサカワって人物が当時の社員名簿をいくら探してもおられないのです。ですから『アサカワ』って音に近い苗字ではないかとミツルは推測しています。それでなんですが、先代天使はコトリ先輩に驚くほど似ています。とにかく飛び切りの美人で、この世の人とは思えなかったなんて話もあります。仕事も良く出来ていたみたいで、夢のような人だったとも話されます。私がビックリしたのは、

    「たとえば、どんな感じの人でしたか?」

こう聞いたら、私の顔をマジマジ見られて、

    「あなたの雰囲気にソックリ。いえね、玄関でお会いした時に天使の再来かと思ったもの」

なんか照れくさいのですが、先代天使を知っている人たちは私のことを口をそろえて、そう言います。そうやって何軒も回ったのですが、もうちょっとのところで何か壁があり、そこを突破できない状況が良くわかりました。京都で予定していた最後の訪問宅に向かう途中でミツルから、

    「次の人は田中さんって言うんだけど、旧姓は野田さん。天使がいた時代に勤めていた可能性が高いんだ。それだけでなく、天使本人であった可能性さえあると考えてる」
    「でも天使の名字はアサカワさんでしょ」
    「そうなんだけど、記憶違いの可能性も残ってるからね」

お宅にお邪魔すると、御歳の割にはとっても綺麗な方でした。ひょっとしたらと思ったのですが、

    「天使と較べられるだけで光栄よ。そうねぇ、較べるのなら、結崎さんって仰ったっけ、あなたクラスじゃないと、私なんて足元にも近づけないわよ。ヒョットして今の天使はあなたなの」

なんで私がって、今日何度目かわからない疑問がおこりましたが、もうそこは軽く流して、

    「お名前とかご存知ですか」
    「天使の名前は、えっと、えっと・・・」

またダメかと思ったのですが、

    「とにかく誰もが天使としか呼ばなかったですからね」
    「ひょっとしてアサカワさんて言いませんでしたか?」
    「アサカワ? それは違うわよ。それはね・・・」

当時の大口の取引先に浅川商店ってところがあり、天使がなにかの関係でこの会社に関わった時に、大口であるのをかさに着て相当酷い対応をされたようです。

    「今でも天使はいるの?」
    「はい、おられます」
    「だったら同じかもしれないけど、浅川商店は大変な事になっちゃったの」
    「わかります」
    「天使の恵みを袖にした間抜けな浅川商店ってバカにされてたんだけど、これじゃ長いじゃない。いつしか短くなって『天使の浅川』って、うちの会社だけじゃなくて業界で陰口叩かれてた時期があったのよ」

これでアサカワの謎が解けましたが、天使の名前については振り出しに戻ってしまった事になります。それにしても、これだけ先代天使のことを知っている人物は初めてかもしれません。

    「でも、よくご存じですね。仲が良かったのですか」
    「まあね、可愛がってもらってたし。天使の名前なんだけど、当時の社員名簿を探せば見つかるわよ」
    「でもお名前を誰も覚えていらっしゃらないのです」
    「私も覚えていないけど、とにかく長くて物々しい苗字だったの。そんな苗字だったから誰も呼ばなくなって天使と呼んでたぐらいかな」

ミツルの顔がハッとしてます。思い当たる苗字があったようです。

    「そうそう、殆どの人が天使としか呼ばなかったけど、他の呼び方をしていた人もいたわよ」
    「どんな呼び方ですか」
    「ユッキーって呼んでた人が少ないけどいた気がする」

一日京都で頑張った甲斐がありました。ついに先代天使の名前が判明したも同然です。ただミツルはずっと難しそうな顔をしてました。何度か天使の名前を聞こうとしたのですが、神戸に帰ってから話すと言って、新幹線では寝込んじゃしました。神戸に着いてからも何を聞いても生返事、一緒に晩御飯を食べていた時にたまりかねて、

    「教えてよ、わかったんでしょ」
    「あ、うん」
    「もう、これは課長命令よ」
    「あ、はい」

さんざん考え込んでから

    「京都の野田さんの話に該当する人物は一人しかいない」
    「だろうね、そんな珍しそうな苗字の人がたくさんいるとは思えないし」
    「これは明日、改めて確認したいんだが、ボクの記憶が間違っていなかったら既に亡くなられている」
    「えっ、そうなの?」
    大聖歓喜天院由紀子さんは、既に亡くなられているはずなんだ」

この件についての話は明日にしてくれとミツルが頼むから、明日はミツルも外回りしないで特命課でこの人の調査をすることになりました。やったぁ、明日もミツルと昼間も一緒に居れる。うれしい、うれしい。

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2018-04-03 天使のコトリ:特命課

    「課長」
    「課長はやめてよミツル」
    「でも、ここは社内ですから我慢してください。それと佐竹とお呼びください」

綾瀬専務の言葉通り、特命課への辞令が出て、私とミツルが配属されました。それにしても綾瀬専務にあそこまで白状させられたのは参りました。だってあの時に結婚まで決められそうな勢いでしたもの。OKしておいたら良かったかな。それでもなし崩しみたいに友達から恋人関係になってます。だから呼ぶ時にお互いに『さん』が取れちゃいました。なんかうれしい、いやすっごく嬉しい。

恋人同士が二人っきりの特命課なんてシチュエーションに、毎日ワクワク・ドキドキしています。でなんですが、あの時に課長は私と聞いていたのですが、驚いたのは正式の課長になっていたことでした。形だけの一時的なものと思っていたのにビックリ仰天しました。だって私はヒラだったんですよ。課長っていえば、主任、係長、課長補佐、課長代理の上です。五階級特進で、コトリ先輩と同じってことになります。もうこれだけでも茫然自失状態だったのですが綾瀬専務は、

    「時限的な設置ではあるが、特命課は正式の課だ。やってもらうのは我が社の最重要業務だ。そこの課長は正規の課長が就くのが当然だ。ましてや佐竹君は係長だから、その上に立つ君がヒラでは組織としておかしくなる」

さらに、

    「私は特命部にせよと社長に進言したのだが、さすがに部員が二人じゃおかしいだろうと特命課になってしまったんだ」

なにそれ、もし専務の進言が通っていたら、いきなり部長とか。さすがに、それはないと思いますが、正式の課長の肩書が恥しいやら、照れくさいやらです。だって名札に課長って書いてあるし、どこに行っても課長って呼ばれるんですもの。名刺にも、もちろんそうなっています。とはいえ、仕事がもちろんあります。というか、私の課長への辞令は正式でも、特命課自体は、あくまでも特命の仕事が済むまでの臨時の設置ですからね。その仕事なんですが、かなり雲をつかむようなお話で、

    『天使伝説の調査』

うちの会社で天使と言えばコトリ先輩なんですけど、先輩みたいな天使がこれまでもいたらしいってお話なんです。でもって関連資料が現時点ではほぼゼロで、社史ぐらいには何も書かれていませんし、社長ですら良く知らないって事なんです。こんなものどうやって調べろってところですが、だからこその特命課って言われちゃいました。ミツルと相談したのですが、現天使であるコトリ先輩を参考にすることにしました。例の天使の微笑み伝説です。

これは私の考えなんですが、もし以前も天使がいれば、景気に関係しない突然の業績不振や、不自然なV字回復があったはずなのです。データ上だけですが実在の傍証になるはずです。そこで、これまでの業績についての調査は私が担当する事にしました。ミツルの方は資料の掘り起こしと、過去の天使の聞き取り調査を担当してもらいました。

私の方が簡単と思っていたのですが、やってみたら手強いというか、とにかく歴史が戦前まで遡る会社なので、まず手書きのデータのデジタル化に手いっぱい状態になっちゃったのです。そんなデータと格闘している時に綾瀬専務が特命課を訪れられまして、

    「結崎君、こんな単純作業は財務部を使いたまえ。君がやっているのは最重要業務なんだ」

こう言われちゃったのです。その時に綾瀬専務に言われたのですが、特命課の仕事は会社でも最優先に指定されているので、どんな部署を、どう使ってもまったく問題ないことになってるみたいです。

    「君の肩書は課長だが、この件に関しては君の指示や要請は社長命令に等しいことになっている。だから私にだって命令が出来るのだ。このことは重役会議で正式に決定されているし、各部署にも伝達されている」

えっ、えっ、思いながら、さっそく財務部長にお願いに行こうとしたら、

    「結崎君、そうじゃないんだ。君が行くのではなくて、財務部長を呼び出すんだ」

積み上げられた台帳の山を専務は見られて、

    「この程度のデジタル化なら、明日までに仕上げさせなさい」
    「そんなことをしたら、財務部の仕事に支障が・・・」
    「君がやっているのは、それぐらい重要な仕事なんだ」

専務の言葉に従って、財務部長を呼び出したら、本当に飛んできましたし、明日までに出来ますかって尋ねたら、

    「必ず明日の朝一番にお届けさせて頂きます」

私は呆気にとられてしまいました。他にも資料とか、参考書類が欲しいと連絡すると、部長でも、本部長でも飛んでくるのです。それも皆さん、この私に鄭重な敬語を使われるもので、こっちが恐縮しまくって大変です。

それでも、そうやると仕事が捗るのも確かで、景気の循環、同業他社の動向と比較してのうちの会社の業績変化が分析できるようになってきました。これが興味深いもので、戦前とかはさして特徴があるものは見られないのですが、昭和三十年代の半ばぐらいから、妙な動きを示しているところが目につくのです。ちょうどその頃からうちの会社は発展期に入るのですが、景気との連動と外れた動きがしばしば見られます。妙な時にやたらと業績が伸びたり、他社が好景気に浮かれてる真っ最中に深刻な業績不振に見舞われたりです。

その原因についても調べました。それなりのありきたりの理由はありましたが、突然の業績不振が起こった時には、そんな理由が団体さんで突如押し寄せるって感じです。そんな突然の業績不振ですが、回復する時は、それこそある日突然って感じなのです。まるでジェットコースターみたいなものです。それとは別に、妙にギクシャクした業績の時もあります。良さそうに見えたら落ち込み、落ち込んだと思ったら浮かぶみたいな感じです。そんな状態も、それこそある日を境に突如安定するみたいな感じでしょうか。

さらに、さらに、そんな起伏の激しい時期とは別に、平凡というか、なんの特色もない時期もあります。特色のないは語弊があって、その時期は長期低落って感じなのです。なんか数字を見ているだけで停滞って感じがよくわかる感じなのです。でも、この会社の社員なら、ピンと来るものがあります。そうなんです、天使の微笑み伝説との一致です。あの時の動きと不思議なほど符合しています。その辺をもっと明確にするために分析をさらに進めています。

ミツルの方は、私の分析に基づいて、ベテラン社員や、すでに退職された方からの聞き取り調査を進めています。さすがに物故者が多くて、古い時代の調査は大変そうですが、精力的に進めてもらってます。そのため、昼間は特命課といっても、私一人のことが多くてちょっと寂しいです。せっかく二人っきりになれるのにってところです。でもね、夜は打ち合わせと称してデートしてます。それも会社経費で。これについても綾瀬専務は、

    「二人しかいないから変と思うかもしれないが、昼間に外勤で飛び回っている部下から、夕食を一緒にとりながら報告させるのは経費のうちだ。まあ、これはちょっとした好意だが、少々贅沢しても大丈夫だ。ただし、ホテル代は遠慮してくれ」

最後の言葉に赤面してしまいした。だって恋人同士になったとはいえ、まだ手を握るぐらいしか行ってないのです。私はもうキスぐらいならもうイイと思ってるのですが、ミツルは、

    「この仕事が終り、小島さんの問題が片付くまでは待ちたい」

こうやってミツルと一緒にいて、一緒に過ごす時間が増えれば、増えるほど、あの時に山本先生から受けた影響が薄れ、消えていくように感じます。でも、そうなればちょっと心配なのは、私が綺麗になったのも元に戻ってしまっていないかです。夢の中のユッキーさんは心配ないとしていましたが、

    「ミツル、私ってまだ綺麗に見える」

そしたら、

    「正直にいうよ。もう、眩しくて、眩しくて、昼間まで一緒にいたら、目が潰れるんじゃないかと思うぐらいだよ。もしシノブにキスしたり、ましてや抱いたりしたら、そのまま死んでしまわないか真剣に心配してるんだ」

お世辞が半分どころじゃないとは思っていますが、思い当たるところはないとは言えません。特命課の仕事で、あれこれ資料を持ってきてもらってるのですが、いくら社長命令に等しいといっても、こんな小娘に顎で使われて嬉しいはずがありません。でもどう見たって、嬉しそうというか、喜んで持ってきているようにしか見えないのです。だって、資料やデータを持ってくるだけなら、部長や、ましてや本部長じゃなくても、部下にやらせれば良いはずだからです。

これはサキちゃんに久しぶりに会った時のことですが、とりあえず『課長、課長』って思いっきり冷やかされました。その辺はしかたがないのですが、

    「シノブちゃん、また綺麗になってる」
    「もう、そんなに変わるわけないじゃないの」
    「じゃあ、最近なんて呼ばれてるか知ってる」

とにかく特命課にこもってデータと格闘していますし、部下といってもミツルしかいませんし、そのミツルも昼間は調査に飛び回って留守ですから、社内の噂話に疎くなっています。

    「今度はなんの鉈になったの」
    「もう鉈なんて誰も呼んでないよ。特命課の輝く天使だとか、光る天女ってなってる」
    「冗談でしょ」
    「ホントよ、総務にも資料依頼来るじゃない。そしたら、鬼瓦部長ったら、絶対に自分で持ってくもんね。私だってシノブちゃんに会いたいから、

      『私が持っていきます』

    こう言っても、

      『これは現在我が社の最重要業務だから私が行く必要があるのだ』

    こう言ってさぁ、嬉しそうに特命課にイソイソと行くんだもん。それだけじゃないよ、朝一番に聞かれるのが、

      『特命課からの依頼は来てないか』

    無いって言ったら、ガッカリした表情がミエミエでわかるのよ」

どうもユッキーさんに綺麗にしてもらったのは変わっていないようです。だって元に戻ったら、ミツルにガッカリされるだけじゃなくて、捨てられるかもしれないでしょ。それぐらい綺麗だったら、ちょっとは安心できるもんね。


夜のデートですが、仕事もしっかりしてますよ。最初は雲をつかむような天使伝説でしたが、こうやって調べれば、調べるほど、コトリ先輩に匹敵する人物が存在していとしか思えないのです。これはミツルも同意見です。ミツルの聞き取り調査の方が難航しているのですが、それでも断片的ですが、私がデータ上で天使のいたらしい時代に、それらしい人物が存在しているらしい証言が出てきています。

    「シノブ、この天使A時代と、天使B時代は良いと思うんだけど、天使C時代はどう見る」

天使A時代とは急速に落ち込んで、突然V字回復する時期のことです。天使B時代とは、ちょうどコトリ先輩が失恋で作り笑いをしてギクシャクしていた時期になります。問題の天使C時代は、長期低落状態の時を指しています。

    「やっぱり、天使不在の時代の気がするの」
    「そう取るのが自然だものね」

ミツルの調査の現在の焦点は、今までの天使の発見です。そこでの問題は、先代の天使でさえ、存在していた時代が、かなり前らしい点です。というのも、震災を挟んで、天使不在と考えられる時代が結構長いからです。それでもです、先代天使がいた時代は、今から三十年ぐらい前なので、その頃に二十代であれば、今は五十代で健在の可能性が高いはずです。コトリ先輩みたいに三十代であっても六十代ですからね。

    「思うだけどさぁ、この昭和三十年代半ばから、平成に入るぐらいまで天使がいて、そこからいなくなって、次に現れたのがコトリ先輩でイイ気がするの」
    「シノブもそう思うか。でも、なぜ、天使の系譜が切れたんだろう。いや、逆に見た方が良いのかもしれない」
    「どういうこと」
    「どうして天使が続いていたのだろうだよ」
    「途切れた理由も、続いていた理由も先代天使なら知ってるかもしれないね」

先代天使が伝説を解明するカギになりそうで意見が一致しました。私のデータ分析の方は、ほぼ終わっていますし、エエ加減部屋に籠ってデータと格闘するのも、あきてきましたから気分転換がしたくなりました。

    「明日は一緒に探そうよ」
    「手分けして?」
    「やだ、一緒に行くの」
    「それは課長命令?」
    「当然よ。部下の仕事ぶりをこの目で確認するの」
    「それは光栄です」

ミツルも本当に頑張っていて、先代天使の可能性のある候補、または先代天使を知ってる可能性のある人物のリストまで作成してまして、現在は虱潰しに当たってるところです。とにかく微妙な問題なので、可能な限り直接会って聞き取り調査をしています。

    「明日はどこ行くの」
    「京都を回る予定だけど」
    「泊ろうか」
    「公私混同はダメだよ」
    「意地悪」
    「もうちょっとだけ、もうちょっとだけ待とうよ。ボクの予感だけど、この調査はなにかトンデモないところに行き着きそうな気がしてならないんだ」

やったぁ、明日はミツルと京都でデートだ。仕事だけど。でもミツルが言った、トンデモないところに行き着きそうな予感は私も同じ。それを知ることが二人にとって重要なことになりそう。

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2018-04-02 天使のコトリ:社長室にて

    「・・・綾瀬君、本当にそう思うのかね」
    「その可能性は十分にあると考えています」
    「ああなったからか」
    「はい、小島君と同じことが起こったと判断して良いかと思います」

社長は椅子から立ち上がり、

    「でもその調査を結崎君にやらせるのはどうなんだ」
    「リスクはありますが、彼女でないとわからないとも考えています」
    「それはそうだが・・・」

社長は窓から外を見ながら、

    「君も知っての通り、私が社長になったのは、前社長が脳出血で急に倒れられたためだ」
    「それは私も良く存じております」
    「あの時には、さらに当時の副社長が先にあの震災で・・・」
    「先代の社長も副社長も、震災とその対応に命をすり減らしたようなものでした」
    「そのために、私が飛び級みたいな形で若くして社長になることになった」
    「ここまで我が社が発展したのは社長の尽力の賜物かと存じます」

綾瀬専務の方に振り返った社長は、

    「我が社には先代の社長まで、次期社長は社長心得として過ごす期間があったのを知っているか」
    「聞いたことはあります。あれは、権力継承を円滑に進ませるものだとなっていましたが」
    「それもあるが、他にも目的があったのだ。これを見給え」

かなり黄ばんだ紙に走り書きのようなものが書かれています。

    「これは、社長心得として学ぶべきものの断片らしい。この社長心得については原則としてメモとか書類は一切残さないのが慣例らしく、社内にも資料らしきものは殆ど残されていないのだよ。このメモは急死した当時の副社長の引き出しから出て来たものだと言われている」
    「こ、これは・・・」
    「綾瀬君の推測を裏付ける証拠になりそうな気がする。とにかく私がこの会社を引き継いだ時には、遺憾ながら社長心得として伝えられる事柄が失われてしまったのだ。もちろん時代は変わるのだから、その伝承のすべてが必要だとは思わないが、そこに書かれていることは、現在の我が社の危機に関して重要なことなのは間違いない」
    「だから社長はあの時に・・・」
    「そうだ。私とて半信半疑だったが、このメモを思い出して、藁をもすがる思いで頼ったのだよ」

綾瀬専務は何度もメモの内容を確認しながら、

    「やはり継承されると見て良さそうな気がします」
    「私もそう思う。ただ、どうやって継承し、どうやって守っていくのかのノウハウが失われてしまっている。それを伝承していたのが社長心得のもっとも重要な役割の一つだったようだ」
    「佐竹君も優秀ですし、結崎君の分析能力については社長もよくご存知かと思います」
    「それは知っておるが、君の推測が正しければ・・・」
    「はい、継承の実態は不明ですが、継承期には次期候補が出てくると考えるのが妥当です。これまでそんな候補は出現する気配もありませんでした。この出なかった事の意味もわからないところもあるのですが、我々は次期継承者を見ている気がします」
    「私にもそうとしか考えられん。それにしても、出る時にはああやって出てくるのだろうか」
    「それについては、二人の調査に期待するしかありません。ただ・・・」
    「そうだな、とにかく資料が乏しいから、あまり期待を寄せ過ぎてもいかんのも承知している」

綾瀬常務の見るメモには、

    微笑み絶やすべからず、
    微笑み遮るべからず、
    微笑み守るべし、
    微笑み受け継ぐべし、
    微笑みは我が社の恵なり

この謎めいた言葉の上に『天使』と赤字で書かれていました。

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2018-04-01 天使のコトリ:綾瀬専務

料亭の日から、私はコトリ先輩の件から手を引いています。わかった範囲だけでも報告するって約束したけど、なんか疲れちゃって、そうやって一度足が遠のくと、もともとあれだけ雲の上の人ですから、高野常務ですら会いに行くのに気が重くなっています。

そんな時に綾瀬専務から呼び出しがありました。内心『やべぇ』って感じです。私が報告をサボっているのを注意するためじゃないかって。でもさぁ、私の担当は基本的に高野常務だったはずで、なんで綾瀬専務なんだろ。

    「結崎です、失礼します」

ちょっとじゃなく、かなりドキドキして専務の部屋に入りました。ほほぉ、高野常務の部屋も立派でしたが、さすがに専務の部屋はもっと高そうなものがそろっている感じです。綾瀬専務は実力者でして、次期社長とも噂されています。本来のナンバー・ツーは副社長なのですが、次期社長となればナンバー・スリーの綾瀬常務の声が社内では高いところです。この辺は、副社長の評判が今一つってのもあります。

    「よく来てくれた、かけてラクにしたまえ」
    「では、失礼させて頂きます」

なんか豪華そうなソファに座るように勧められたのですが、これがエライ柔らかくて、

    「うわぁ」

てな感じで、後ろにひっくり返りそうになりました。そしたら専務が、

    「いや、悪かった。そのソファ、ちょっと柔らかすぎて、沈み込みすぎるから、知らずに座ったら、そうなるのを言うのを忘れてた」

なんか最初からドタバタでアタフタさせられたのですが、おかげでちょっと空気が和んだ感じです。

    「どうだね、少しは元気が出て来たみたいだね。前に料亭で会った時には、最後にあまりに悲壮な顔つきになっていて心配していたんだよ。あれから高野常務のところにも顔を出していないようだし」
    「申し訳ありません」
    「謝る事はないんだよ。君にかなりの無理をかけたことは、社長も私も良く知っている。あのまま潰れてしまわないか心配していたんだ。今日は元気そうな顔が見れてホッとした気分だ」
    「お気遣いありがとうございます」
    「そういえば仕事の方の評判も高いみたいだな」
    「まだまだ、勉強中です」
    「えっと、なんて言ったかな、鉈の結崎だったかな」

だから鉈は嫌だって、

    「最近では黄金の鉈とも呼ばれてるそうじゃないか。悪かった、悪かった、君は鉈って呼ばれるのを嫌がってるのも聞いてるよ」
    「ありがとうございます」

どうも注意とか、叱責ではなさそうですが、なんの用事なんだろう。

    「今日来てもらったのは、他でもないのだが、ちょっと私とデートしてくれんか」
    「デートですか?」
    「うむ、前に高野常務が行った話を聞いて羨ましくてな。君のような素敵な女性とメシを食べたらどんなに美味しいかと思ったんだ」
    「はい、いつですか」
    「急で悪いが、今晩どうだ」
    「かしこまりました」

場所とタクシーチケットを渡されちゃいました。仕事が終り店に行ってみると、こじんまりした感じでした。中に入るととにかく狭くて、狭くて。カウンターの和食屋さんみたいなのですが、椅子の後ろがすぐ壁って感じなのです。なんとか専務の隣に座れました。

    「専務の誘いだから、もっと豪華な店を予想していたかな」
    「いえいえ、とんでもございません」

話を聞いていると、専務の昔からの行きつけらしくて、大将とも話が弾んでいます。

    「専務、その子でっか。専務が綺麗、綺麗ってあんだけいうもんやから、どんだけかと思てましたが、ウソつきましたな」
    「ウソなど言ってないぞ」
    「こんのもの綺麗やおまへん。むちゃくちゃ綺麗っていうてくれへんと全然足りまへん」
    「そりゃ、そうかもな」

私はどう口を挟んで良いかわからず、ドギマギしてましたが、

    「ホンマに別嬪さんやなぁ。そういえばだいぶ前に、これもゴッツイ別嬪さんを連れて来られたことがありましたなぁ」
    「小島君のことかね」
    「そうそう小島さん言うてはったわ。あの人と変わらんぐらい別嬪さんやと思います」
    「大将もそう思うか」
    「今やったら、社内で一番ちゃいまっか」
    「私はそう思ってる」

なんか無暗に褒めちぎられて、ちょっと居心地の悪い感じです。でも料理はなかなかです。どうも素材に凝っている店らしくて、出るたびに

    「沼島の赤うにです。須磨の海苔でどうぞ」

こんな感じの説明が付きます。それが変にこねくりまさずに出てくるんで、素直に美味しいってところです。そうやってしばらく時間を過ごしていたら、

    「専務、遅くなりました」

あれっ、専務はデートって言ったはずなんですが、もう一人いるみたいです。それもなぜかミツルさん。

    「佐竹君、先に始めてたぞ」

そういえば、綾瀬常務は営業畑あがりで、今でも主に営業の担当をやっておられます。

    「結崎君、佐竹君は将来有望の我が社のホープだ。間違いなく、私ぐらいには出世する。社長だって夢じゃない」

そこにミツルさんが、

    「専務、いくらなんでも言い過ぎです」
    「いや、私はそれぐらい君を買っとる。それだけ能力と才能が君にあるのは間違いない。まあ重役レースは複雑だから、社長までは一筋縄にはいかんだろうが、君の前途は洋々としている」
    「過分のお褒めの言葉ありがとうございます。今後の精進の糧にさせて頂きます」

ミツルさんが将来を嘱望されているのは知ってましたが、綾瀬常務派ならますます有望なのは、社内力学に疎い私でもわかります。それはイイとして、どうしてミツルさんと私が呼ばれたのかってところです。

    「ところで結崎君、君はなかなか『うん』といってくれんらしいな」
    「専務、こんなところでやめて下さい、結崎さんに失礼じゃないですか」
    「実はだな、佐竹君に前に相談を受けてたんだよ」
    「だから専務、堪忍して下さいよ、お願いします」

ミツルさんが慌てふためいているのがわかります。でも、ミツルさんってこんな個人的な相談を専務とできるぐらい仲が良いのもわかりました。

    「どうだ結崎君、この綾瀬の顔を立てて、この場で『うん』と言ってくれんか。もちろん媒酌人は私がすると言いたいが、社長も高野常務もやりたがるだろうから、三人でのバトル・ロワイヤルに勝てればの話にしておく」
    「専務、ちょっと待ってください。まだ結崎さんとはお付き合いもしていない、タダのお友達です。それなのにいきなり媒酌人とか・・・」
    「佐竹君、君は前に私に言ったじゃないか。この世で考えられる最高の女性を見つけたと。あの時にどれほど結崎君の美しさを褒め称え、素敵さを力説したことか。二時間ぐらい延々と、結崎君がどれほど素晴らしい人であるかの大演説だったぞ。それなのに君は、お試し期間のお付き合いが必要だと言うのかね」

ミツルさんの顔も真っ赤でしたが、私もおそらく真っ赤っ赤だと思います。目だってシロクロがグルグル状態に違いありません。なんとか平静さを装いながら、

    「綾瀬専務。御言葉は有難いのですが、もう少しだけ時間を頂けませんか」
    「時間とはどれぐらいだね」
    「理由はこの場では・・・」
    「佐竹君は私の腹心みたいなものだ。話してもかまわん」
    「いえ、例の問題に関わる事なので」
    「ああ、あの問題か。それでも構わん。今日、佐竹君に来てもらったのは、あの問題に協力してもらうこともあったんだ。この件については君に負担をかけ過ぎたのは、社長も反省しておる。四人で担当と言いながら、実質的に結崎君にオンブに抱っこみたいなものだったからな」

えっ、ミツルさんも加わるの。それはそれで嬉しいけど、

    「では、お話します。話せる日がいよいよ近づいています」
    「前もそう言っていたが、どれぐらいだと見てるかね」
    「長くて三か月以内かと」
    「ついにか」

綾瀬専務は宙を見上げます。

    「佐竹君はどう思うかね」
    「ボクも同じ意見です」
    「その結果を待ちたいのか。結崎君、君にはまだ影響が残っているのかね」

微妙な問題をミツルさん前で話すのはためらわれましたが、

    「だいぶ減りましたが、まだ完全には」
    「それなら、仕方がない。でも君は佐竹君が好きかい」

もう耳まで真っ赤だと思います。

    「はい、だからこそ、この影響が残るうちは避けたいのです」
    「そういうことか」

ミツルさん怒らないかな。それともこの件に関わるということで、既に聞いてるのかな。『話せる日』のことも知ってたみたいだし。

    「この場で結崎君の返事を聞けなかったのは心残りだが、ここまで言ってもらえれば佐竹君も少しは満足しただろう」
    「専務、この辺で堪忍して下さい」
    「はははは、結崎君の結婚問題も重要なんだが、今日は二人に頼みたい調査がある。佐竹君には既に始めてもらっている、後で詳しく聞いてくれ、大雑把なところでいうと・・・」

調査の内容は、うちの会社のある問題というか、伝説というか、伝承に関わるお話です。この調査のために臨時の特命課が作られ、形式上は社長の直属、実質的には綾瀬専務の指揮下に置かれるということです。そこに配属されるのが私とミツルさんってお話です。近日中に辞令も出されるそうです。

    「結崎君、了承してくれるかね」
    「はい、承知しました」
    「それと特命課では君が課長で、佐竹君が部下になる」
    「そ、そんな。佐竹さんは係長で私はヒラです」
    「これは佐竹君も了承しているというか、そういう希望だ。この件に関しては、君が一番詳しいからね」

なんかまた大変な仕事が待ってるみたいです。

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