女神伝説第1部:出発前

 視察プランについては、

    「ミサキちゃん、頑張ったわね」
 コトリ部長に合格をもらいました。修正点はいくつかありましたが、
    「ホテルも一緒で、部屋のランクも同じでね」
 重役とヒラでは出張旅費が違いますから同じランクの部屋に泊るとわたしの持ち出しが大きくなります。
    「なぜそうしなければならないのかの理由を考えるのも、今回のお仕事だからがんばってね」
 こうやってイタリア行きが近づくほど気になってくるのはサンタ・ルチアと天使の関係です。コトリ部長とシノブ部長が天使と言うか、ある種の能力者であるのは、これだけ見せつけられたら信じざるを得ません。

 それだけでなく、この会社は二人の天使にすごく気を使っています。綾瀬副社長は実力者で、社内で副社長にまともに意見できるのは社長だけと言われるぐらいです。それぐらいの貫録と迫力があり、わたしなんて廊下ですれ違うときに挨拶するだけでも緊張してしまうぐらい威風堂々とされています。

 それぐらいの副社長にもあの二人の天使は対等以上に口を利かれます。むしろ副社長がやりこめられるぐらいなのは、入社式の懇親パーティで見ています。ただ、二人の天使は重役席に名を連ねてはおられますが、まだ末席なので普通ならここまで言えるはずがないのです。

 これはどう考えても、会社が二人の天使を特別扱いしてるとしか考えられません。そうじゃなきゃ、シノブ部長の異常な昇進ぶりを説明できないからです。ただ特別扱いと言っても、甘やかされていないのも事実です。シノブ部長なんて、

    「だから副社長はムジナ、専務はタヌキ、社長なんて大狸だからお相手するのは大変なのよ。ちょっとでも甘い顔をするとコキ使われるんだから」
 実際のところ、コトリ部長にしろ、シノブ部長にしろ、どれだけ働いているのか言うぐらい働いています。あれだけの仕事を残業もせずに、よく終れるものだと感心させられるぐらいです。だいたい、ブライダル事業とのフルタイム掛け持ちなんて常人に出来るものではありません。

 そういう二人の天使はミサキだけでなく、マリちゃんも含めた新入社員はイヤでも興味を引きます。ですから、あれこれ情報交換をしていますが、ほとんどわからないのが実情です。歴女の会に入った時の山村さんや、鈴木さんが、よくあれだけ話してくれたと思うぐらいに情報に乏しいのです。

 ミサキもあれこれ調べたのですが、とにかく天使について書かれている記述はどこにもないのです。シノブ部長が特命課で天使の調査を行ったとされる最終報告書も社内秘どころか、その報告書の存在さえ不明です。

 前にシノブ部長は、最終報告書の内容を知っているのは、調査に当たったシノブ部長と佐竹課長、それとその調査の責任者であった社長、副社長、専務しか知っているものはいないとしていました。コトリ部長でさえ、

    「特命課の最終報告書はコトリも読んでないよ。コトリが知っているのは、特命課はコトリのことも調べていて、コトリに質問するために、シノブちゃんが少し詳し目に教えてくれただけだよ」
 最終報告書の内容はこれぐらい厳重に秘されてることになります。もちろんシノブ部長は話してくれる素振りさえ見せません。それでも聞くだけ聞いてみたのですが、
    「たいした内容じゃないわよ、ミサキちゃんには関係ない話だし」
 最終報告書の内容も、最初は天使になれる方法が書いてあるかと考えていましたが、それであれば会社のためにもっと天使を増やしても良さそうなものです。しかし最終報告書が提出されてから二年ぐらい経つのに、未だに天使は二人だけです。

 ここから考えると誰でも天使になれるものではないぐらいは、わかります。さらに言えば、コトリ部長はどうやらですが、入社前から天使であったようです。つまり、会社がコトリ部長を天使にしたわけではないとするのが妥当です。

 それとシノブ部長だって、山村さんや鈴木さんの話を聞く限り、入社してから天使にはなっていますが、とくに会社から天使にされるようなエピソードや出来事があったとは思えないところがあります。どう聞いたって、天使になる前は、どこにでもいる普通のOLです。

 今度のイタリア行きの話だけど、ここまで聞いた限りで言えば、コトリ部長に関係するものなのはまず間違いありません。コトリ部長が会う予定の人物は、部長が天使になったのに関係した人物と考えられますが、そこで知りたい事とはなんなのでしょう。

 最後に気になるのは、コトリ部長だけでなくシノブ部長もわたしを妙に気に入ってもらってることです。ミサキがイタリア語を話せるのが第一だと思いますが、コトリ部長が知りたいことをわたしも当然知ることになります。明日はいよいよ出発、イタリアでミサキが待ちうけているものに期待と不安が交錯します。