ツーリング日和20(第33話)武田尾ツーリング

 地図も見てたけど、武田尾なんてどうやってバイクに行くのだろうって思ってた。だって宝塚あたりから行けそうな道なんてないんだもの。昔は武庫川の河原を歩いたのかもしれないけど、そんなところをバイクで走れるはずないじゃないの。

 そう思ってたら、なんと六甲山トンネルを抜けて六甲北有料道路を走るんだ。そのままウッディタウンを通り抜けて、さらに国道一七六号を横切ってしまった。この道は北摂里山街道ってなってるな。

 この街道は有馬富士公園を通り過ぎ、やがて香下ってところに出てきた。そこでなぜか瞬さんはバイクを停めたのだけど、この街道って昔からあった道なの?

「明治の地図では・・・」

 その頃に福知山線はあったみたいだけどウッディタウンも新三田駅もないそうなんだ。当たり前か。明治の地図では杣道は置いとくとして、道路としてはっきり記されてるのは三田駅あたりから香下に向かう道だけらしい。どうもあそこの道みたいだけど、どうしてそんな道があったんだ。

「向こうのあの辺に羽束山があるのですが、この山は丹波の修験道のメッカみたいなところで、今でもかつての寺院の名残みたいなものが残されています」

 おそらく羽束山にあった寺院への参詣ルートとして出来たのじゃないかとしてた。なるほど、道に歴史ありだねぇ。この先は、

「今は猪名川の道の駅に通じますが、明治期の地図では途中で杣道になります。ですがそれでもある種の街道として使われていた可能性はあると考えています」

 この辺は推測も入るとしてたけど、猪名川まで出れば南に下ればダイレクトじゃないけど能勢の妙見さんの方にも行けるし、そのまま下れば猪買いで有名な池田にも行けるらしい。だったら三田からのルートとしてあってもおかしくないか。歩けりゃ良いんだものね。

 でも今日は猪名川まで行かない。千刈の水源地の北側を通り抜け、なんかごしゃごしゃしたところから、県道三十三号に入った。この辺は昔のままなの。

「だいぶ変わっています。明治の地図ではもう少し手前で曲がり南下する道になっています。今でもあるみたいですが、良くわかりませんでした。いずれ合流するのですけどね」

 そうなのか。だいぶ変わっているんだろうね。県道三十三号も田んぼの中の田舎道だけど、段々と山の中に入って行くな。この道を進めば武田尾に着くそうだけど、やっぱり明治の頃は途中で杣道に変わってたの。

「いえ最後まで道路になっています。これは江戸時代からそうだった可能性もありますが、もしかしたら福知山線の工事のために整備されたのかもしれません」

 それはありそうだ。人や資材を送り込むルートぐらい整備してもおかしくないはず。食料だっているものね。ちょうど温泉もあるから工事基地みたいになってのかも。やがて道は突き当り右に曲がって高架の下を潜ったけど、宝塚北ICの案内があるけど、

「あれは新名神高速道路です。クルマなら京都や大阪からでも近くなっています」

 へぇ、そうなんだ。神戸からならこんなに不便なのにね。

「そうでもないですよ。六甲北有料道路からでも阪神高速の北神戸線からでも新名神に連絡しています。もっともモンキーでは走れませんけど」

 それは小型バイクの宿命だ。それでもこうやって下道で来れるし、こういう道を走ることこそがツーリングだし、楽しいのじゃない。

「そうですよね」

 道は完全に山道なって狭くなったけど、峠みたいなところを下ると急に開けて来たぞ。なんか想像してた感じと違い、きちんと整備されてるし、新しい家ばかりの気がする。

「この辺に停めさせてもらいましょう」

 そっちは廃線敷のハイキングコースだけで、まあいっか。ここまで来たら気分だけでも味わいたいよね。しばらく歩くとトンネルを潜って広場みたいなところに出た。これはなかなかの景色だ。人気があるのがわかる気がする。そこから引き返したのだけど、

「かつてはこちらの道が線路だったはずです」

 そうなるのはわかる。さっきの続きだからそれ以外にないだろ。広い道になってるけど、線路を撤去した跡なんだろう。

「昔の地図でも道路は川沿いになってます」

 そっちにも道はあるな。やがて橋が見えて来たけど、武田尾温泉の歓迎のアーチがあるじゃないの。ちょうどトイレもあったから生理現象を解消させといて、あれっ、瞬さんは何を見てるの。古ぼけた案内看板だけど、

「この案内看板ですけど相当古いものだと思います。この看板の案内からすると」

 案内看板には真っすぐ進めばJR武田尾駅、左に曲がると武田尾温泉ってなってるけど。そのままじゃない。

「そうなんですが、廃線前の武田尾駅はおそらくそこの駐車場辺りにあったはずです。それも駅から先は人が通れなかったので、ここに橋を作り、武田尾温泉に案内しようとしたはずです」

 言われてみればそう見えるかな。たぶん川側にホームがあって、改札はこの辺だったのかも。駅から来た人は橋を渡って向こう岸から温泉に向かったぐらいかな、だからこの橋に歓迎アーチがあるのはそういう意味か。

「まずまっすぐ進んでみましょう」

 すぐに現在の武田尾駅があったけど、そこを通り過ぎるといきなり道が狭くなった。そっか、ここは線路の跡なんだ。だからこれだけしか幅がないし、こんなところだからこれ以上広げようがなかったはずだよ。たしかに線路があった頃にここは人が通れそうな気がしない。

 やがてトンネルがあるけど、暗いし、これまた狭いトンネルだ。さらにだよ、突き当りになってるじゃないの。そこを曲がってトンネルを出たけど、

「あれは鉄道のためのトンネルで、かつてはそのまま通り抜けていたのでしょう」

 そう思う。クルマのためなら直角に曲がるトンネルなんて誰が作るものか。トンネルを抜けるとここにも橋がある。トイレのところの歓迎アーチがあったのが温泉橋で、こっちが武田尾橋か。

「渡ります」

 どっちの橋もクルマのすれ違いにも苦労しそうな道幅だけど、対岸の道もそんなもんだ。橋を渡ると、なになに、この先は道がさらに狭くなってクルマのすれ違いが出来なくなるから、クルマはこの辺に駐車して下さいってか。バイクなら行けるだろうけど、あんまり行きたくないな。

「行きましょう」

 行くよね。だってこの先に武田尾温泉があるってなってるもの。どうなるのかって走って行くと、行き止まりみたいなとこで左に入った。こりゃ、山じゃなくて谷だ。それもかなり狭苦しい。それでも走って行くと旅館のような建物が見えてきた。

 見えてきたと言っても閉まってるな。既に廃業した旅館だろうけど、結構な大きさじゃない。さらに奥にもそれらしい建物が見えて来たけど、やがて行き止まり。全部廃墟かと思ったら、一番奥の旅館は営業してるみたい。だって湯元って書かかれたTシャツを着た人が宿の前を掃除してるもの。

 ここかと思ったけど瞬さんは引き返したんだ。あれって思ったけど、なんか助かった気がした。だって谷間で薄暗くて、ジメジメしてるんだもの。それにしてもだけど、

「ここで武田尾直蔵が薪拾いに来た時に温泉を見つけたはずです」

 そうなるはずだけど、とにかく谷間で狭いところなんだ。この手のところは往時とか、かつてみたいな話があるのが定番だけど、全盛時って言われる時にも五軒もあったのだろうか。どう見たって十軒は無理そうな気がした。

 もう一つ気なったのがありそうなものが無かったこと、少なくともあそこには最近まで三軒の温泉宿があったはずで、それも軒を並べる感じだよ。それだけあればお土産屋さんとか、飲食店がありそうなものじゃないの。

 あれだけ寂れたら今は無いのはしょうがないけど、かつてはそうだったみたいな廃墟は目につかなかったな。

「それを言えば駅前商店街的なものがあったかどうかもわかりません」

 たしかに。歓迎アーチのあったあたりに一軒ぐらい店があっても良さそうだもの。もっとも線路の付け替えの時に根こそぎみたいな再整備をされてるみたいだから、

「想像と言うか推理ですが、廃線敷のハイキングコースの入り口のところに一軒ありますよね。あれが生き残りかもしれません」

 再整備の時に移転したってことか。その線はあるかもしれない。でもさぁ、あのハイキングコースは廃線になってすぐに出来たものじゃなかったはず、それまでは、

「だから推理とか想像です」

 たしかに今は一軒しか残ってないけど、最盛期だってどれぐらいかと言われてもたいしたことなさそうな気がしないでもない。武田尾橋まで戻ってきて瞬さんはバイクを停めたのだけど、温泉橋の方を眺めながら、

「それしかないよな・・・少しお付き合い下さい」

 どうするのかと思ってたら武田尾橋から温泉橋に走り出した。これも狭い道だな。まあ、これだけ山が迫ってると広げたくとも広げられないのはわかるけどね。温泉橋をまた渡るのかと思ったら、

「引き返しましょう」

 ターンして武田尾橋に戻ったんだ。武田尾橋を再び渡って今度は左に。道が二つに分かれていて、一つは山の方に登り、もう一つは川の方に下ってるけど、案内があって山の方に宿があるみたいだ。登っていくと

「今日の宿になります」

 えっ、ここなの!

ツーリング日和20(第32話)突っ込んだ話

 そこから瞬さんの話になったんだけど、次のツーリングを悩んでるって相談したんだ。次は武田尾ツーリングなんだけど、瞬さんは泊りにするって言うのよ。この話を聞いた頃は、瞬さんの気持ちがライクだと見切ったつもりだったからホイホイ受けたのだけど、サヤカの話を聞いてラブの可能性もあるんじゃないかって思い始めてるんだ。

「あのね、イイ歳した女と男の温泉旅行だよ。そんなものラブ以外にあるわけない」

 そうなるんだよな。問題はそのラブの持つ意味だ。男ならズバリ突っ込みたい女で良いはずだ。突っ込みたいからラブになり、ラブの目的は突っ込むことだ。だってだよ、突っ込みたくない女にどうやってラブ出来るんだよ。

 だったら女のラブはどうかだ。男の逆だから突っ込まれたいになるかと言われたら男ほど単純じゃない。とくに経験が少ない女、処女なんかなおさらだろう。とはいえ突っ込まれたくないとも言えない。結果として突っ込まれてるからね。あれはラブのある男なら突っ込ませても良いぐらいだろう。この辺は経験の差が大きいから、

「マナミなら、どうか突っ込んで下さいよね」

 そこまで言うか。マナミだってためらいとか、恥じらいはあるんだぞ、それもまあ良い。ラブすれば男は突っ込むし、女は突っ込まれるのは間違いないからな。その点はバツイチのアラフォーだから当然ぐらいに思ってるけど、次なる問題は突っ込まれた後だ。

 ここでもラブの意味が変わってくる。高校生ぐらいなら、とくに男子は突っ込んだ後のことは何も考えていないで良いだろう。せいぜいまた突っ込みたいぐらいだ。この辺は女子も大差ないかもしれない。

 だが大人になれば変わってくる。何が変わるってか、そんなもの結婚だ。そこまで視野に入れてのラブなのかそうでないかで意味が変わってくる。そっちのラブであれば終着駅はズバリ結婚だ。

 もう一つは性欲解消のためのラブだ。やりたいぐらいのラブはあるけど、あくまでもやりたいだけで、こっちの終着駅はセフレぐらいだ。楽しくお付き合いして、夜はベッドで燃え上がる関係ぐらいかな。

「そんなもの答えは簡単よ。マナミ相手にセフレはありえない」

 えらい断言するな。

「当たり前じゃない。セフレにマナミを選ぶはずないじゃないの」

 どういう意味だよ?

「誰がセフレにブサイクチビのアラフォーのバツイチなんか選ぶものか」

 自覚はあるけどサヤカに言われると腹が立つ。釘バットで滅多打ちにしてやろうか。

「あのね、セフレにしたいのなら見た目九割に決まってるじゃないの。そういう女だから、性欲が湧くのでしょうが。どうしても相手がいなくてブサイクチビのアラフォーのバツイチを選ぶのもいるかもしれないけど、秋野瞬が女に不自由なんかするはずないだろうが」

 サヤカのやつ、またブサイクチビのアラフォーのバツイチって言いやがった。いつかダイナマイトで吹っ飛ばして粉微塵にしてやる。でも一理ある。瞬さんがその気なら、

「いくらでもセフレぐらい作れるに決まってる」

 だよね。あれだけイイ男だしカネだって持ってる。それだけでいくらでも女は群がるはずだ。そんな瞬さんがわざわざブサイクチビのバツイチのアラフォー女をセフレにするはずがないのはサヤカの意見に一理ある。でも怖いんだよ。

「それはわかるよ。でもお医者さんは出来るって言ってるのでしょ」

 そうなんだけど、これも元クソ夫とレスになった理由の一つでもある。あの難産は最終的に子宮全摘になってしまった。つまり、二度と子どもを産めないってこと。

「それは問題ないよ。秋野瞬だって種無しだ。子宮があろうがなかろうが、子どもは出来ないのは同じ」

 それはそうなんだけど、やっぱり怖いんだよ。子宮全摘になった人の経験談を調べてみたのだけど、やっぱり色々だった。問題なく出来るって人もいたけど、そうでないって人も多かったもの。そりゃあそこの奥は子宮だ。それを切り取られて影響が出ないはずがない。

「そんなものやって試してみないとわからないじゃない。それとも秋野瞬はウルトラ巨根で子宮までぶち抜くぐらいなの」

 そんなものを知ってる訳がないでしょうが。あんなものベッドに行って初めてわかるものだし、そんなもの見せびらかして女を口説く男なんかいるものか。そんなものにウットリして口説かれて落ちる女だっているはずないじゃないか。

 でも巨根問題はあるかもしれない。ここは、元クソ夫しか経験ないから大きなことを言えないけど、子宮までぶち抜くようなウルトラ巨根なんて実在するのかな。そりゃ、隣と言うか続きにはあるけど。

「いるのはいるらしいけど、そこまで行けばある種の奇形だろ。少なくとも秋野瞬の前妻はやれたはずだからだいじょうぶだと思うけど」

 壊されてた可能性まで言えばキリないものね。巨根問題は置いといても、やっぱりダメの可能性はどうしても残るじゃない。もしダメだったら、

「マナミには必殺技があるじゃない」

 スペシウム光線も波動砲もカメハメ波も使えないぞ。ついでに魔貫光殺砲もだ。

「前がダメなら後ろよ」

 そっちか。そりゃ、開いてしまったし、開発までされてしまってるけど、

「どっちでも突っ込んだ結果に変わりはない」

 あのな、同じにするな。男からすれば突っ込めるところって意味で同じかもしれないし、フィニッシュが目的なら妊娠さえ目指さなければ似てる部分はあるかもしれないよ。

「ほら、同じだ」

 違う、断じて違う。そりゃ、前がダメなら後ろでラブするしかないかもしれないけど、後ろだけでラブするカップルなんていないだろうが。

「ゲイなら普通だよ」

 マナミは女だ。女なのに後ろしか使えないっておかしいだろうが、ゲイは後ろしか使えないから普通かもしれないが、女は前が使えるんだ。元クソ夫の後ろへの執着は物凄かったけど、マナミの後ろが開かれても前もちゃんと使ってたから妊娠もしてるだろうが。

 だいたいだよ、瞬さんがそんな変態女にラブするものか。それこそセフレ止まりが関の山だ。というかさ、後ろしか使えない女に熱中する男の方が気色悪すぎだ。そしたらサヤカは大きなため息を吐きながら、

「マナミの価値はそこじゃない」

 じゃあどこに価値があるって言うんだよ。

「マナミのような女は世界中探しまわったってそうは見つからない。秋野瞬だって単に再婚したいだけなら、いくらでも相手はいるわよ。だけどね、何があっても手に入れたいのはマナミのような女なのよ。たとえ後ろしかダメでも喜んで受け入れるに決まってるじゃない」

 じゃあレスでも。

「ああそうだよ。夫婦ってね、国家公認でやり放題みたいなものだけど、やることだけが夫婦の仕事じゃない。だいたいだよ、歳取ったらどんな夫婦でもレスになる。それが早いか遅いかだけ」

 でも最初っからレスは、

「やってみなさいよ。そりゃ、ダメになってる女がいるのはマナミの調べた通りだと思う。でもさぁ、ちゃんとやれてる女だっているんだろ。どっちなのかはやってみないとわからないじゃないの」

 そう言われても・・・ダメだったら後ろオンリーのラブは嫌だよ。

ツーリング日和20(第31話)女も男も灰になるまで

 そこから話は果てしも無く脱線した。サヤカも同い年だからアラフォーなんだけど、あれっていくつまで出来ると言うかするものなんだって話になったんだよ。その昔、貝原益軒が自分の奥さんに聞いたそうだけど奥さん曰く、

『女は灰になるまで』

 こればっかりは歳を取ってみないとわからないけど、

「ギネスの認定高齢出産の記録では自然妊娠では五十七歳、体外受精で六十六歳となってるよ。非公式だけどインドでは七十五歳で双子を産んだ記録もあるそうよ」

 インドも体外受精らしいけど、その歳でそこまでして子どもが欲しいものかな。それにしても五十七歳ならまだしも、六十六歳とか、ましてや七十五歳で閉経してなかったんだろうか。世界は広いね。まさかギネス記録に挑戦したユーチューバーとかじゃないよね。

 妊娠は閉経の問題があるからさておき、やるだけだったら男が女に欲情さえすれば可能と言えば可能かもしれない。女はどうしても受け身になるから最後は男がスタンバイ出来るかどうかだろ。

「男だったらエロ爺が若い女の処女を散らすのはエロ小説とかのありふれた設定だよね」

 エロ爺でも、もうちょっと若い狒々親父でもね。年齢的な限界はあるだろうけど、いくつなんだろ。これこそ個人差は大きいと思うけど、クスリとか使えばかなりの高齢でもやれる人はやれそうな気がする。

 男はそんな感じだとして女の問題は・・・こっちの方が大きいかも。男は女に欲情してスタンバイになるのだけど、いくつまで男をスタンバイさせる事が出来るかの問題になってしまいそうだ。

 男は若い女が好きなのよね。だってだよ、マナミもアラフォーになっちゃったけど、アラフォーどころかアラサーでもオバハン扱いとか、お局様扱いする男は幾らでもいるのよね。

「そういう男は即座にブルキナファソに飛ばす」

 そんな理由で飛ばすなよな。アラフォー女のヒステリーだと思われるぞ。

「立派過ぎるセクハラだから当然よ」

 でもさぁ、例外的なのを除いたらせいぜい六十代ぐらいまでじゃないかな。だって六十代相手に頑張れる男を想像するだけでかなりの努力が必要だけど、七十代相手になるとそれこそ想像を絶するじゃない。

「でもいるじゃない」

 あれか。なんかフェミの元祖と言うか大御所みたいな女がいる。過激な発言で有名人になってるけど、その女が恋に落ちてるんだよ。それもあれってある種の略奪愛じゃないかと思うんだ。まあ、好きだった男の奥さんが亡くなって引っ付いただけだけど、どんだけ待ってたんだって話だ。

「だけどさぁ、ラブラブだってなってるよ。あれはやってるはず」

 そんな気がするのはする。何十年待ち続けたかって話だものね。その想いが炸裂しない方が不思議すぎる。ここだって本来は男の問題になるのだけど、その気がなければくっつくものか。もちろん証拠なんてないよ。あんなものフライデーだって撮れるものじゃないもの。

 だからあの歳になっても可能の傍証にはなるだろうけど、やっぱり例外じゃないのかな。正直なところ想像するにも無理があり過ぎる。本当のところは引っ付いただけでやってない可能性だって残るものね。

「そう思いたいけど、老人ホームで問題になってるらしいよ」

 老人ホームに入るぐらいだから七十代以上のはずだよね。そんな歳になってもあるのかよ。あるどころか、ポピュラーとまで言えないかもしれないけど、例外とも言えないそうなんだ。

「大っぴらに言えるような問題じゃないから実態は闇の中って感じみたい」

 そりゃ、立派な大人なんてレベルどころか人生のラストステージに入ってるから、あれに励んだって文句を言う人はいないだろうし、結果が高齢妊娠とか、ましてや高齢出産になるのはギネス級だろ。

「問題の本質はそこじゃなくて・・・」

 これも、へぇぇだけど、ああいうところってやるのは禁止になっているのか。これは高校生ぐらいの風紀云々の禁止じゃなくて、

「みたいだよ。あれって激しい運動だし血圧も上がるでしょ」

 まあそうなんだけど、そうなった時に何が起こるかわからないのが高齢者ってことか。下手すりゃ脳出血とか心筋梗塞であの世行きもありそうだものね。

「下手しなくてもあり得るのが高齢者だよ。ギックリ腰ぐらいならすぐに起こしそうじゃない」

 高齢者って持病があるのが多いし、体だって歳相応にどうしたって衰えるものね。そんな体であれに励めば、それこそ何が起こるかわかったものじゃないぐらいか。それでもさぁ、高齢者になると他人、とくに年下の意見なんて聞かない人が増えるじゃない。

「それだって自分の家で頑張るのは勝手なのよ。何があっても自己責任だからね。問題は施設でそんな行為に励まれることなのよ」

 老人ホームみたいなところはそんなところまで管理責任を問われるのか。大変な仕事だな。でもさぁ、そこまでになっているのに止められるものかなぁ。高校生だって禁止されてもやるでしょうが。

「まあ、そうなんだけど、事故が起これば管理責任を問われて賠償金も支払う必要が生じるの」

 カネが絡むと、どれだけ面倒になるかは離婚交渉の時によくわかったけど、対策なんてあるのかな。

「何度か注意してダメだったら強制退所よ」

 それしかないか。

「でもねぇ、それもまた大仕事になるみたい」

 退所しないって頑張るとか。

「それもあるかもしれないけど、退所させるとなると家族への説明がいるじゃないの」

 問答無用で説明も無しで追い出せないのはわかるけど・・・ちょっと待ってよ、そんなこと家族に説明するの!

「そりゃするしかないでしょ」

 じ、地獄だ。家族ってそのやってる人の息子だとか娘になるじゃないの。息子や娘にとっては当たり前だけど自分の親、それも実の親であり、子どもの時から育ててもらってるんだよ。そんな親が、老人ホームでやりまくり、それも何度も注意してるのに止めてくれないって聞かされるじゃないの。

「強制退所って処分として重いはずだから、説明する方だって、いつ注意したか、何度注意したかぐらいの具体的な説明はするはず」

 浮気調査じゃないから現場のモロ写真まで撮ってはいないだろうけど、家族にどうして強制退所になるかを納得させるために、それぐらいは必要だろうぐらいは、わかるのはわかる。けどさぁ、けどさぁ、

「手続きとして他に方法が無いじゃない」

 そりゃ、説明する職員だって嫌だろうけど、聞かされる家族だってたまんないよ。耳を塞ぎたくなるとはまさにこの事だろ。マナミだってそういう立場にされたら逃げ出したいよ。

「その気持ちはわかるけど、それで終わらないのがこの地獄」

 そっか、退所となれば息子なり、娘の家に引き取らないといけないのか。まさかその辺に放り捨てるわけにも行かないものね。

「それにそういう人ってブラックリストに載せられちゃうのよ。ああいう施設って横の連携もあるからね」

 まさに地獄は終わらないだ。その施設がダメなら他の施設への選択肢もなくなるから、退所させられた親を自分の家で見ないといけなくなるのか。そういう人ってあれに励めるぐらい元気でもあるから、

「すぐに連絡を取り合って励むはずよ。口うるさい職員もいなくなるから」

 体が続く限り地獄も続くって事か。本当に勘弁してくれの話だよ。エロ小説のエロ爺なら相手が若い女だからまだ理解できないことはない。もっともその構図は陰惨そのものだから好きじゃないけどね。

 でも、でもだよ。老人ホームの場合はエロ爺とエロ婆の構図だよ。誰に欲情しようが勝手と言えばそれまでだけど、想像するのもおぞまし過ぎる。

「気持ちはちょっとだけならわかるのよ。まだまだ若いつもりだけど、話とかしてるとどうしてもギャップを感じちゃって」

 それはわかる。十歳も離れると世代が違うってなるよね。これは世代の常識も変わるし、共通の話題にする興味も変わってしまう。これは逆も経験してるものね。

「だったよね。そんな歳になっちゃったって寂しい気になるもの」

 だから同世代の方が寛ぐと言うか、楽しめるところは確実にある。その延長線上にあるのが高齢者同士の恋って言えばそれまでだけど、それにしてもじゃない。

「そういう感覚はその歳になってみないとわからないけど、現実を見るとあるとしか言いようが無いのかも」

 う~んとしか言いようが無いけど、でもだよ、

「そこが最後の縛りのはずだけど・・・」

 人ってね、あれこれ倫理観の縛りがあると思ってる。たとえば恋人が出来たら浮気はしないとかだし、結婚したらなおさらだ。その中にこの歳になったら、もうやらないだってあるはずなんだ。

「だと思うけど、そういう縛りって、やれば誰かから非難されるのがセットの部分もあると思うのよ」

 なるほど。誰かも色々いるだろうけど、高齢者になれば目上の人はいなくなるものね。ウルサイ人がいなくなれば、自らの欲望に忠実になってしまうのか。それでもとは言えだよ。

「言いたいことはわかるよ。それでもお互いにそうなってしまうのかもしれないもの。でもさぁ、親ってやっぱり死ぬまで親だと思うんだ」

 そこなのよね。親の責任っていつまでかって話になって来るもの。社会人になり、そうだね、結婚までしたら完全に一人前になったぐらいは言えるかもしれないけど、子にとってはいつまで経っても親は親の部分は残ると思う。離婚の時だって両親が生きていればとすぐに思ったぐらいだ。

「そこのプライドでさえ老化で衰えちゃうのかな」

 悲しいけどそうなるのかも。それでも全員がそうでないはず。

「それぐらいは人間の矜持として保っていたいね」

 マナミもそうありたいな。でもこればっかりはその歳にならないと絶対にわからないよ。だってそうならないとは言えないもの。誰だって歳を取るのを防げないし、歳を取れば色んな意味で衰えも必ず来るもの。でもさぁ、考えようによってはそれぐらい性欲って強大なものなんだろうな。

「これも昔から目、歯、魔羅っていうけど、女には無いと言えば無いし」

 魔羅にはまだ限界があっても女はそうかも、魔羅の限界だって相当な代物としか思えなくなってきた。それこそ女も男も灰になるまで延々と燃え続けるのかもしれない。

ツーリング日和20(第30話)心遣い

 この世になんにでもマウントを取りたがる人種はいる。たとえば結婚時代のクソ姑だ。嫁にマウントを取って支配するのが生きがいみたいだったもの。あんなことして、後がどうなるかぐらい・・・わかってないだろうな。クソ姑の事はもう完全に赤の他人だからどうでも良いけど。

 学歴はあったな、というか今の職場でもあったというかある。サヤカが世話してくれたのだけど、サヤカの会社の子会社の一つ。子会社って言ったらショボイものを想像するかもしれないけど、初めて行った時にビックリしたもの。

 マナミが結婚前に勤めていたところなんて、薄汚れた雑居ビルのフロアの一角みたいなとこだったのだけど、自社ビルがデ~ンだもの。言うまでもないけどサヤカの本社ビルになるとランドマークだけどね。

 会社って学歴で入社ランクは確実にある。絶対じゃないけど、ランク分けされるのはわかるもの。さらに入社後も出身大学によるグループは存在する。いつまで経っても大学時代の先輩後輩みたいな関係かな。

 その結束が固いのは出世にも連動してるからだと思ってる。出世って会社によって違うところがあるとは思うけど、原則は仕事の実績の評価だ。だから実力主義と言いたいところだけ、そんな単純なものじゃない。学校の成績とちがうからね。

 もっとも学校の成績に近いとも言えなくもない。とくに中学までね。う~ん、小学校により近い感じがする。評価には相対評価と絶対評価があるけど、会社の場合は絶対評価だろあれ。学校ならそれを先生がするけど、会社なら上司だ。

 最終決定権は大きな会社なら人事部だろうけど、小さな会社なら上司だ。大きな会社だって上司の部下に対する評価を大きな参考資料にしてるはず。だから出身大学による結束は強いってこと。そりゃ、上司が先輩だったら自分の後輩に甘いもの。

 ほんでもって、今の会社に三明大の卒業生はマナミだけ。こんなところにまともに就職試験を受けたって採用なんかしてくれるはずもないからね。だから入社しても向けられる目は冷たかったな。

 これもなんか特殊な資格を持ってるとか、前職までにバリバリの経歴を積み上げてヘッドハンティングされたとから違うだろうけど、名も知らないような小さな会社の平凡な事務職で、出産退職してブランクだって五年もあるのよね。逆の立場だったら、

「なんであんなやつが入って来てるんだ」

 そう思うぐらいは余裕で理解できる。実際に働きだしても実力とか目に見える成果で見直させるなんて逆立ちしても出来るものじゃない。どっちかと言われなくても足を引っ張ってた。だけどね、会社には別のマウント原理があるんだよ。

 あれもサヤカも知ってやったんだろ。さすがに場違い感と居心地悪さをどうしようかと思ってたらサヤカが会社に来たんだよ。親会社の社長だから子会社に来たって構わないけど、あははは、あれこそ皇帝陛下のお出迎えだ。だって、社長以下の幹部が玄関にずらりだものね。

 マナミは下っ端だからお出迎えに呼ばれるはずもなかったんだけど、たまたま用事があって居合わせたんだ。だから歓迎のための列にいたんじゃくて、通りすがりの人みたいな感じ。そこにマナミが入って来たんだ。

 社長以下はシャチホコばって出迎えの挨拶をしてたけど、マナミはそれを睥睨するように聞き流し、マナミの方にツカツカって感じで歩いてきた。そしてね、いきなり笑顔で肩に手を回してきて、

「楽しくやってる? 嫌なことがあったら何でも言ってね。気に入らなかったら他にいくらでも勤めるところはあるからね」

 社長以下が、まるで信じられないものを見たかのようになってた。そりゃなるだろう。これも後からわかったようなことだけど、あの皇帝陛下は仕事ではそれこそニコリともしないそうなんだ。あの社長以下だってサヤカの笑顔なんて初めて見たんじゃないかと思う。

 ついでに言えば、サヤカは依怙贔屓も一切しないそう。一切は言い過ぎかもしれないけど、なんて言ったら良いのかな、腰巾着みたいなのもいないそうだし、お気に入りぐらいはいても、それはあくまでも仕事の評価だけで、個人的に云々はなくて、プライベートの付き合いなんて無いとかなんとか。

 そんなサヤカが笑顔まで見せてマナミと親しそうな様子を見せたものだから、社内はもう騒然って感じになったかな。あれはそうだね、

「あの新入社員は何者なんだ?」

 どう見たって親しそうだし、マナミのことを気にかける発言だってしてるから、なぜ入社してきたかわからない無能な途中入社の新入社員から、正体こそ不明だけど、サヤカが大事にしている人だって感じかな、

 というかいきなりVIP待遇になったとした方が良いかもしれない。そりゃ、下手に冷遇してサヤカに告げ口なんかされたらブルキナファソぐらいだろう。お蔭で居心地は良くなったけど、それはそれでやりにくかった。だってさ、仕事を回す時だって、まるで社長か何かに頼むように、

「お手数をかけて申し訳ありません。これこれこういう仕事でございます。やり方としてはこうして頂きたいのですが、宜しいでしょうか。もちろんわからないところがありましたら、すぐにお申し出ください。とりあえずは何々をサポートに付けさせて頂きます。他の者も自由にお使いください」

 それやりすぎだろ。でも有難いのはありがたかった。だってさ、それまでは仕事を覚えようとしても、

「やっとけ」

 だったし、わからないところを聞いても、それこそ顔中に渋顔をされて、

「こんな事も出来ないとは、前の会社でなにをしてたんだよ」

 文字通りの投げやりだったし、懇切丁寧なんて火星語じゃないかと思うほどなかったもの。無能社員のマナミに時間を取られてしまうのがっもったいないと言うか、無駄と言うか、嫌で嫌で仕方がないのが丸わかり。

 だけどさぁ、仕事のやり方って会社ごとの流儀があるのよ。そりゃ、大筋は一緒でも全部が同じじゃないもの。その違いはマニュアル化してるところなんて少ないと言うか、妙に細かいものも多くて、あれは口伝の世界の気がする。

 そういう違いがあるのはわかるし、それを覚えるのも仕事の第一歩だけど、それまで苦労してたもの。それを手取り足取りどころか、乳母日傘状態になって助かったのは助かった。このサヤカのパフォーマンスだけどもう一回あったんだ。


 あれは親会社へのメッセンジャー業務だった。つまりは書類を届けるってやつ。業務自体はシンプルで、受付で要件を伝えて入館許可証をもらい、届け先の部署の場所を教えてもらって届けに行くだけだ。

 そしたらロビーで待てって言われたんだよ。ここまでわざわざ取りに来てくれるって親切だと思っていたら、エレベーターから出てきたのはサヤカ。それもなんか後ろに見るからにお偉いさんみたいな人を引き連れてだ。

 これから外回りにでも出るのかと思っていたら、やって来やがった。マナミから書類を受け取るとお偉いさんにそれを渡し、

「確かに受け取ったからね。お仕事ご苦労さん。お茶でも飲んで帰って」

 やられた。笑顔で肩を組まれて社長室にご案内だ。わかるよね、これでマナミの会社だけでなくサヤカの本社、いや、サヤカのグループ全体にマナミがサヤカ皇帝陛下の特別のお気に入りだと周知されてしまったことになる。


 後日にサヤカと夕食を食べた時に言ってやったんだ。サヤカの心遣いなのはわかるけど、あれはやり過ぎだって。何事も過ぎたるはなんとやらだ。そしたらサヤカは目に涙を見る見る溢れさせながら、

「やり過ぎたのは知ってる。でもね、マナミにはもう辛いことも、悲しいことも遭わせたくないの。わたしの目の届く範囲で絶対に起こさせるものか」

 もうなにも言えなくってしまったよ。持つべきものは友だって昔から言うけど、ここまでしてくれる友なんているものか。親兄弟だってここまでしてくれる人はいないと思うもの。

ツーリング日和20(第29話)乃井野陣屋

 武田尾温泉の話も出てるけど今日は乃井野陣屋へのツーリングだ。これは今まででも最長のツーリングになるはず。だって波賀城のさらに西まで走るんだもの。そう考えると兵庫県も広いと思った。そこまで行ってもまだ県内だものね。

 コースは山崎までは波賀城の時と同じ。波賀城の時は山崎から国道二十九号を揖保川に沿って北上したけど、今回は県道五十三号でさらに西だ。山崎まではまだ市街地って感じがあるけど、山崎を過ぎると田舎の道って感じよね。

「次のとこを左に曲がります」

 三日月、県道一五四号って出てるけど、ありゃまぁ、信号も無いのか。それに県道ってなってるけど、センターラインも無い一車線半の道だ。それでも快適、快適。とにかく空いてるものね。バイクなら余裕で楽勝だ。

 道は志文川って川に沿って走ってるみたいだけど、山の中でいかにも秘境を走ってますって感じだ。こういう感じは嫌いじゃない。むしろ好きかな。まあ、ちゃんと通じてるって安心感があるのもある。

 道が二車線になったし、田んぼも広がってるから山から里に下りて来たみたいだ。家もチラチラ見えてるもの。なんか人里って感じがするな。昔の旅人もそう感じてホッとしたんじゃないかな。

 あちゃ、またセンターラインがなくなったけど、これは町だね。昔なら宿場町に入ったぐらいの感覚かも。へぇ、木造の三階建ての家なんかあるじゃないの。木造の三階建てぐらいなら神戸にもいくらでもあるけど、あんな薄っぺらいもんじゃない。本格木造建築の三階建てだよ。

「右折します」

 曲がったら橋になってるのか。突き当りに来たけど、

「右に行きます」

 そしたらすぐに、

「ここを左です」

 なんにも案内がないけど大丈夫なのかな。でも向こうに見えて来てるのは、

「ここに停めますね」

 なになに、これってお城の表門だったのか。今は門だけだけど、かつては門の両側に塀が続いてたんだろうな。門の前には門番がいて不審者が勝手に入ってこないように睨んでたぐらい。それにしても良く残ってたな。整備だってちゃんとしてある。

 そこから進んで行ったけど、ここはもう城内のはず。今は田んぼが広がってるけど、当時は武家屋敷が並んでたんだろ。また突き当りになったな。

「左に行きます」

 うん、あれはなんだ。あれは、もしかして、いや、あんな立派なものがこんなところにあるって言うの。すぐに近づいたけど、これはお城だ。誰がなんて言おうがお城だよ。こういうのって、えっと、えっと、

「長屋門ですね」

 そうそうそれ。橋が二つかかってるけど、真ん中あたりにある橋の上は二課建ての櫓みたいになってるぞ。そのさらに左側にもなんか櫓みたいなものもある。近くで見るととにかく立派だ。

 そりゃ、姫路城と比べたらって話になると困るけど、これも言ったら悪いけど、こんな山の中の、こんな田舎だよ。回りだって田んぼばっかりのなのに、こんなすごい建物があれば誰でもビックリするよ。

「門の裏側にバイクを停めましょう」

 後ろに回るとこんな感じなのか。えっ、中にも入れるの。なるほど資料館になってるのか。なになに、この長屋門は復元なのか。だとしても気合が入りまくりだよ。こっちがかつてのお城の様子みたいだけど、あれっ、これって、

「この配置からすると長屋門の後ろが藩主屋敷で良さそうですね」

 そうとしか見えないけど、そこじゃなくて、

「あの表門の前にも武家屋敷が広がっていたみたいです」

 うん、あの橋から向こう全体がお城って感じだ。いやいや、そこじゃなくて、どう言えば良いのかな、このお城の主要構造物ってお殿様がいた時代からこの長屋門だけじゃないの。

「だから復元したのでしょう」

 なんか話が噛み合わないな。そこからもう一つ入れるところに行ったのだけど、こっちは復元のはずなのになんか年季が入りまくってるな。

「この長屋門ですが、この月見櫓だけが昔のものが残っています」

 二階に上がってみると畳が敷いてあって襖もあるから二間になってるのか。

「次の間で良いと思います」

 そうなると襖の向こうがメインのはずだけど、床の間付の座敷そのものじゃない。それに櫓のはずなのに窓も大きいよ。これって本当に、

「お月見をやってたで良さそうです」

 それも単なる月見じゃなくて月見の宴だ。さすがはお殿様で優雅なものだな。

「数少ない楽しみだったのじゃないでしょうか」

 数少ない? 月見はやっぱり満月だろうから年に十二回ぐらいしかないけど、

「これは司馬遼太郎の小説ですから、かなり脚色はあるはずですが・・・」

 ある旗本の次男坊か三男坊が小さな藩の養子に迎え入れられたんだって。跡継ぎがいなかったんだろうな。その男も貧乏旗本だったから、小さくても大名だからせめて今よりマシな生活になるはずだと期待していたそうなんだ、

 お殿様にはなったんだけど、江戸時代のお殿様の暮らしなんて制約だらけだし、ましてや養子だ。養子って今でも軽く見られたり、扱われたり、侮辱されたりもあるけど、江戸時代はなおさらだったらしい。

 家来からしたら完全に余所者だし、家来からしたら運良くお殿様になった成り上がり者ぐらいにしか見られなかったそうなんだ。食事だってどこの大名でも財政が逼迫なんてレベルじゃなかったそうだからひたすら質素倹約で、これだったら貧乏旗本の部屋住みの方がマシだったと嘆くぐらいだったらしい。

「その辺は養子ですからなおさらと言うか、容赦なしぐらいでしょうか」

 そんなお殿様暮らしの数少ない楽しみの一つが、とある日のスペシャルメニューだったそう。その日は先祖が武勲を立てた日かなにかで、縁起物として鯛が出たそうなんだ。つうかさ、その日を指折り数えて待ってたって言うけど、まさかだけど、

「その日だけしか鯛は食べられなかったとなっています」

 マナミだってもうちょっと鯛ぐらいなら食べるぞ。この辺は時代が違うからさておき、待望の鯛が出てきたのだけど、その男が見る限り例年より小さかったそうなんだ。これも縁起物の決まりとして目の下一尺って言うから、

「全長で三十センチ以上、三十五センチぐらいで良いかと思います」

 とにかく待ちに待っていて鯛だったものだから、食事係に今年の鯛は小さいって文句を付けたそう。食事係は気のせいぐらいで誤魔化そうとしたらしいのだけど、待ちに待った鯛だものだから、物差しまで持ち出して計りだしたそう。

 慌てたのは食事係で、決まりのサイズが無いと失態になるじゃない。だから鯛を懸命になって引っ張ったんだ。だけどさぁ、焼き鯛を引っ張っても伸びるようなものじゃない。それを決まりに合わせたい一心で強引に引っ張ったものだから。

「千切れてしまいました」

 怒ったのはその男だ。これまでの養子への冷遇も積み重なっていたから、怒りのあまり手打ちにしようとしたらしい。食い物の恨みは怖いって言うものね。食事係は大慌てで逃げたのだけど、そこから藩内は大騒動になったらしい。

 藩って言うけどどこも世襲で、それも十代以上は余裕でやってるじゃない。当時の婚姻なんて釣り合いの権化のようなもので、相手と言っても多くもない家来の子どもばっかりになってしまう。

 つまりだけど誰もがなんだかんだと縁続きになってるぐらいだったそう。食事係はたいした役職じゃなかったそうだけど、縁続きに助けを求めて回った結果、

「家老連中が総出でその男に宣言したらしい」

 食事係の助命は当然として、鯛のサイズ如きで大事な家来を手打ちにしようとしたのを責め立て、さらにトドメのように、

「そんな騒ぎになるぐらいなら記念日の鯛も今後は無しにするってね」

 あわれその男は数少ない楽しみの鯛も取り上げられてしまったそうなんだ。もちろん小説だし、司馬遼太郎がおもしろおかしく脚色をしてるだろうけど、江戸時代のお殿様の暮らしってそんなものだったぐらいらしいのよね。

 言われてみればそうだけど、お殿様って言ってもここならこのお城の中、江戸に行っても江戸屋敷の中にほとんどいるようなものだもの。暴れん坊将軍のように気楽に街の中に遊びに行けるはずないじゃないの。

 それにこんな小さな藩の殿様だって参勤交代はしないといけないから、どうだろ、ここからなら江戸まで一か月ぐらいかな。

「あの参勤交代だけど、ひょっとしたらあれもお殿様商売の楽しみの一つだった気もしています」

 なるほど! ずっと籠に乗って旅するのも大変そうな気がするけど、お屋敷で暮らしてるより見える風景は毎日変わるし、宿泊先では土地の名物だって食べられたかもしれないよね。

 そっかそっか、江戸時代のお殿様って、ずっとお屋敷の中に籠ってるイメージもあったけど、参勤交代があるから毎年旅行してるとも言えそうだ。江戸までの距離で長い短いはあるだろうけど結構な長期旅行だよ。

 宿泊するのだって本陣とか言って、よくは知らないけどその土地で一番の高級旅館みたいなところだろ。お殿様商売だから堅苦しいところはあるだろうけど、それでも旅先だからお屋敷の中より気楽に出来るところはあったはず。

「だったらお姫様にでもなられますか」

 やだ。だってお姫様が参勤交代旅行に参加できないぐらいは知ってるんだから。そうじゃなくても江戸時代の女の旅はどう考えても大変過ぎる。今だってそうだけど女と言うだけで襲ってくるのはいるし、生理現象一つだけでも公衆便所すらないんだぞ。マナミは今の時代に生まれて良かったよ。