ツーリング日和21(第4話)瞬さんのクルマ

 瞬さんもクルマ持ってるけど、それこそ口をアングリさせられたかな。それもロールスロイスとか、ベンツとか、ポルシェとか、フェラーリとか、ランボルギーニだったからじゃない。

 そのクルマはマナミも聞いた事があるし、見たこともある。とは言うものの、モンキーに出会うのも少ないけど、そのクルマはもっと少ない。それこそ人生で何度かぐらいの珍しさ。

「少ないと思います。生産台数が三千台ぐらいで、現存して言うのが千台どころか九百台も無いとされてるぐらいですから」

 製造台数がたったの三千台しかないんだよ。モンキーも出会うことが少ないけど、それでも年間で三千台ぐらいは販売されてるもの。しかも現存しているのが九百台ってなんなのよ。だから見ることがそれだけ少ないのはわかるけど、

「でもスタイルはお気に入りです」

 それは認める。可愛いし、キュートな感じがするもの。それと驚かされるのは、そのクルマが作られたのが一九六五年って何年前なんだよ。どんなクルマだって? トヨタのスポーツ800、通称ヨタハチだ。

「古いだけに我慢も必要ですが、それもまた良いところです」

 あのねぇ、我慢って言うけどレベルが違うでしょうが。まずだけどエアコンがない。これは冷房だけじゃなくヒーターすらないんだよ。だから夏はサウナみたいに暑くなる。冬だって。

「当時のタルガトップですから、どうしても隙間風が入ります」

 タルガトップって何かだけど脱着式の屋根のこと。つまりオープンカーにもなるらしいのだけど、

「あれを外すとなると・・・」

 そういうこと。脱着式だから付けたり外したりは出来るはずだけど、それをやるだけで途轍もない手間と、なんらかのトラブルが発生するとかなんとか。だから外さないらしいけど、とにかく年代物だから隙間風は平気で入ってくる。だから寒い時期に乗る時には半端じゃない防寒装備が求められる。

 そんな年代物だから静粛性なんてどこの国のクルマだって世界なんだ。走ってるとあちこちからガタピシ言うし、エンジン音だって壊れかけの洗濯機を回してるのじゃないかと思うほどウルサイ。

「あれも慣れれば楽しいですよ」

 言うまでもないけどナビどころかカーステ、いやラジオすら無いのよ。

「付けられない事もないですが、オリジナリティにこだわりがあります」

 オリジナルにこだわるのは悪い事じゃないと思うけど、シートだってよくこんなもの使ってるか思うほど古びてるのよね。クッション性なんか初めからあったのかな。

「あれを使えるようにするのも大変でして」

 とにかく年代物と言うより骨董品みたいなものだからレストアはされてるらしい。レストアは復旧って意味のはずだけど、しょっちゅう故障する。故障と言っても一度起こすと月単位の修理が必要なのよね。

 なんかさ、クルマを所有して乗り回してると言うより、クルマを所有して常に修理しているとしか見えないもの。だってだって、やっと修理が終わって、ちょっと走ったら、すぐに修理になってしまう感じだもの。そこまですぐに故障を起こすのだったら、乗らないって選択もあるとは思うのだけど、

「クルマは乗らなきゃ意味がないし、乗らないと余計に故障が増える」

 その言葉にウソはないと思うけど、あれだけすぐ故障をするのだから、乗っても乗らなくても同じの気がする。でもね、故障は置いとくとして快適性とかはマナミはそれほど気にはならないの。これでもね、マナミはバイク女子なんだ。暑い寒いは当たり前だし、静粛性とか乗り心地だってだからどうしたぐらいだ。

「そうだよ、屋根もドアもあるから雨には強い」

 あのね、クルマで雨に濡れたら存在価値はどこにあるんだよ。もっとも隙間風がビュンビュン吹き込むぐらいだから雨漏りも当然のように起こす。なかなかのクルマなんだけど、このクルマって高級車じゃないけど高額車なんだよね。

 買う時も五百万円ぐらいしたらしいけど、それより走らせるようにする維持費は想像しただけで寒気がするぐらい。それだけあれば、ロールスロイスでも、ベンツでも、ポルシェでも、フェラーリでも、ランボルギーニでも余裕で買えるはずじゃない。

「でもやっと手に入れたお気に入りだから」

 そうなのよ、絵に描いたようなお金持ちの道楽なんだ。瞬さんは無駄遣いとか、浪費とかとは縁が遠い人だけど、こういう道楽に熱中する一面があるのがわかったぐらいかな。さらに言えばクルマも好きだったぐらいだ。

 クルマは好きなんだけど、嵌ってしまったクルマがこんな状態だからクルマとしての役にはまったく立たないのよね。ドライブデートもやったことがあるのだけど、まずエンジンがかかりにくい。

 瞬さんに言わせると気温とか、その日のエンジンのご機嫌とかでコツがあるらしいけど、それこそやっとこさ状態なんだ。走行中の状態はもう良いと思うけど、目的地に着けばエンジンを切るじゃない。

 そうなると次なる試練が襲ってくる。当たり前だけどまたエンジンをかけなければならい。でさぁ、同棲前だったからドライブして、ランチを食べてラブホのコースをやったのよ。恋人同士だからありきたりのパターンだ。

 ベッドで頑張って帰ろうとしたらエンジンがかからなかったのよね。瞬さんは慌てもせずにレッカー車を呼んだけどラブホだよラブホ。レッカー車が来るまで駐車場で待たないといけないし、レッカー車にクルマを載せる作業だって、駐車場から押し出してみたいな騒ぎになったもの。

 あれは結構恥ずかしかった。だって、ラブホの駐車場に停めてるってことは、やりましたって言ってるようなものじゃない。なんか作業員の目が、

『リア充め爆発しろ』

 そう言ってる気がしたもの。クルマはレッカー車で京都の旧車専門の業者のところま’で運ばれたらしいけど、神戸から京都だぞ、

「あそこじゃないと無理だ」

 これも修理に時間がかかる理由の一つ。近所の業者では手に負えない代物なんだ。腕は良いらしいけど、依頼も多いらしくて、一度修理に出せばすぐに月単位になるのよね。とにかく手間とヒマとカネがどれだけかかってるか怖いぐらいのクルマだ。


 同棲してから瞬さんに言ったことはあるのよね。同棲って夫婦生活の予行演習みたいなものだし、買い物とかでクルマがあれば便利なのよ。いくらバイク女子だと言っても、バイクじゃ物が本当に載らないし、雨でも降ろうものなら最悪だ。

 だからもう一台買ったらどうかって。瞬さんのヨタハチこだわりは理解したし、それぐらいの費用は瞬さんの収入からなんでもないはずだけど、日常ユースのためにセカンドカーを買ったって良いじゃないの。

「それは贅沢と言うものだ」

 そりゃ、二台目を買うとなれば購入費から維持費、駐車場代のモロモロの費用が発生するけど、どんだけヨタハチに注ぎ込んでると思ってるのよ。一回の修理代だけで余裕で買えるでしょうが。

 贅沢に関係してるかどうか微妙なところもあるけど、修理中って普通は代車が来るじゃないの。代車があればヨタハチが修理中も困らないと言うか、修理中の方がクルマの有効活用が出来るはずだ。なのにだよ、

「浮気は良くない」

 なにがだ。だったらモンキーに乗るのは浮気じゃないのか。

「クルマとバイクは別物だ」

 それって本妻と現地妻の関係かよ。そこから妙な話に思いっきり脱線した。江戸時代のお殿様は正式の奥さん以外に側室と呼ばれる妾を持つじゃない。でもそんな妾でもわざわざお国御前と呼ばれるのがいると聞いた事があるのんだ。

「お国御前と言っても一様じゃないはずだけど・・・」

 江戸時代のお殿様の正式の奥さんである正室は江戸屋敷に住んでたそう。これは幕府への人質の意味もあるそうなんだ、ついでに言えば正室の子どもも江戸屋敷で育てられる。これは武家諸法度たらで厳重に取り締まられるほどだったらしい。

 けどさぁ、一年おきに国元と江戸を参勤交代で往復してるじゃない。見ようによっては一年おきに単身赴任をしているようなもの。ぶっちゃけ、国元でやれる相手がいないことになる。だから国元にも愛人と言うか、妾と言うか、側室が置かれる。女としては腹が立つけど、

「跡継ぎを増やす意味もあるからね」

 江戸時代の大名の鉄のルールに嫡子がいないとお取り潰しがあるぐらいは知ってる。正室がポンポン産んでくれれば良いけど、江戸時代の妊娠も出産も命がけ。さらに息子が生まれたって無事育つかどうかはロシアンルーレットの世界だ。

 愛情とか性欲からもあるだろうけど、家臣にとってはお殿様に息子が生まれてくれないとお家断絶になり、失業のピンチに立たされてしまう。だから国元にも奥さんを配してお殿様に励ますのも仕事の内ぐらいだったとか、なかったとか。

「正室に比べたら側室はウルサクなかったからね」

 正室はお殿様との釣り合いがすべてだそうだ。釣り合いは年齢もあるけど、それより家柄とか、結婚する妻の家との関係性とかだ。そこに結婚する二人の意志とか意向はまったく配慮されず、問答無用の決定事項として押し付けられてしまう感じかな。

 一方の側室の条件はそこまでウルサクない。時代劇なんかでよくある、お殿様が腰元に手を付けるってやつ。あれはお屋敷の腰元になれる程度の身分であればOKと見るらしい。なるほど正室より条件が広くなるな。

 ここでだけど側室は正室の支配下に置かれる掟もあるそうなんだ。だけど国元の側室となると実効性はないのか。だよな、正室の顔を見る事さえあり得ないのが江戸時代だもの。

「ここなのだけど、お国御前は国元の女から選ばれるだろ」

 そ、そうなるよな。それも家来の娘とかに限定されそうな気さえする。

「国元の家来はお国御前の息子が跡継ぎになって欲しいになるじゃないか」

 あっ、そこか。お殿様商売もお姫様商売もラクじゃないな。

ツーリング日和21(第3話)故郷のお祭り

 マナミの故郷はどこにでもある少子高齢化で苦しむ地方都市って感じかな。かつては大工道具で栄えていたし、今でも有名な職人さんはいるらしい。けどね、大工道具も今は電動工具の時代で、その波に乗り損ねちゃって、はっきり言わなくても斜陽産業になってしまってる。

 だから旧市街なんてホントに活気が無くて、マナミの子どもの頃に比べても寂れ行く街をヒシジシと感じちゃうぐらい。だけどそんな街だって活気づく日があるんだ。それは秋祭りだ。

 地元では屋台と呼ばれるダンジリみたいなものが何台も出てきて、お宮さんに集まって来るのだけど、この宮入の時がお祭りのクライマックスかな。だってだって、八十七段の急な石段を担いで登るんだ。

 マナミのお祭りが大好きだったから、屋台を担いでみたかったけど、あれを担げるのは男だけなんだよね。これは神事だからって理由もあるとは思うけど、そりゃ重いのよ。あんなものか弱いマナミじゃ絶対に無理だ。

 結婚してた頃はお祭りを見に行くヒマも余裕もなかったけど、久しぶりに見に行きたくなったんだ。瞬さんも誘ったら一緒に行こうとなって、今日は故郷へのマスツーだ。いつもは瞬さんが先導だけど今日はマナミだ。

 ルートはシンプルに新神戸トンネルを抜けて、呑吐ダムの湖畔の道を走り、御坂神社を左に曲がるだけ。後はひたすら道なりに走れば旧市街に行けるからね。走りながら考えていたのはどこにバイクを停めようかだった。

 小型バイクだからどこだって停めれるようなものだけど、それなりにでもちゃんとしたとこに停めたいのはあるのよね。これはマナーの問題もあるけど、変なところに停めて悪戯されたくないのも大きい。

 そんな人は少ないんだけど、やられたら後味悪すぎになるじゃない。今日だったらお祭りを楽しんだ後に帰ろうと思ったら・・・なんてなったら最悪だもの。地元だからあれこれ考えたのだけど、とりあえず目指したのは旧市役所の跡だ。

 そこが無料駐車場になってるのは調べてたし、あそこからならお宮さんも近いのよ。だけど入ってみたら、やっぱり満車だった。そらそうよね、地元に人なら歩いて参加できるけど、遠方の人も集まってくるもの。ここがダメだったらって次を考えてたら、

「マナミさん、こっちに停められますよ」

 なるほど! 駐車場は一杯だけど、バイクだから停められるスペースさえあれば良いのか。ここは観光協会にだったはずだけど、たしか移転して閉鎖されてるはず。だったらこっちに入り込んで停めといても良いだろ。ここに停めたって誰も文句を言わないはず。

 そこから歩いて行ったのだけど、あるある、あるある、夜店がズラリだ。お祭りを見に来てる人だって多いよ。各町の法被を羽織った人なんて見ると、いかにもお祭りに来たってテンションが上がってくる。さて、まずはお参りだ。そのために石段を登るのだけど、

「その屋台って、本当にこの石段を登るのか?」

 そう言いたくなる気持ちはわかるよ。それぐらい急な石段だものね。瞬さんと幸せになれるようにしっかりお願いしてお祭りタイムだ。タイ焼きでしょ、たこ焼きでしょ、ベビーカステラでしょ、おでんでしょ、フランクフルトでしょ、それから、それから・・・

 ビールぐらい飲みたかったけど、さすがにバイクだからそこは我慢だ。そうやって過ごしているうちに聞こえて来たぞ、

『ドンデドン、ドンデドン』

 屋台は太鼓を打ち鳴らしながら進むのだけど、その音が段々と大きくなってくると、周囲のテンションも上がってくる。やがて参道にハタキを振る人が見えてくる。これも昔からそうだったとしか言いようが無いのだけど、屋台の前後を付いて歩く人はハタキを振るのよね。子どもが多いかな。マナミも振ったことあるよ。

『ヨイヤサ~、ヨイヤサ~』

 掛け声も聞こえてきて先頭の屋台が見えてきた。へぇ、水引とか座布団を新調したみたいだ。これは綺麗じゃないの。綺麗と言うより豪華絢爛って感じだけどね。

「座布団って?」

 高欄掛けの事よ。石段下まで屋台が進んできて、そこに石段の上からロープが下ろされる。命綱って言うんだけど、これを屋台に結び付けてみんなで引っ張るんだ。マナミも引っ張ってた。

「ホントに登るんだ」

 登らなきゃ宮入できないでしょうが。こんな屋台が全部で八台あるのだけど、

「おいおい、あの屋台はロープを使ってないぞ」

 そうだよ。最後に宮入する屋台は命綱なしで登るのが伝統なんだよ。お宮さんの熱気は最高潮になる。轟く太鼓の音、威勢の良い掛け声、観衆のどよめき。これこそ祭りだ。来てみて良かったよ。

 祭りはこの後も境内での練りがあり、休憩時間を挟んで石段を下りまで続くのだけど、そこまで付き合ったら夜も遅くなるから帰らせてもらった。帰ってからだけど瞬さんがあれこれ調べものをしてた。瞬さんが調べものをするのは商売の一環みたいなものだけど、

「わからんなぁ」

 瞬が関心を持ったのは屋台、それも屋根の形みたいなんだ。故郷の周辺で屋台と言えば布団屋根なんだけど、屋根の形は反り屋根型と平屋根型あるのよね。故郷なら二台目と四台目が反り屋根型だけどそれの何がわからないの?

「どうしてマナミさんの故郷の祭りに反り屋根型の屋台がいるかだよ」

 な~んだ、そんな事か。それぐらいは知ってるよ。二台目の先代は台風の時に屋台蔵がぶっ壊れて、その時に北条町の屋台を買って来たんだ。四台目も理由まで知らないけど北条町から買ったって聞いた事がある。

「なるほど、そうだったのか。マナミも知ってると思うけど播州の屋台は・・・」

 播州で代表的な祭りと言えば灘のけんか祭りだけど、あそこの屋台は神輿屋根型なんだ。灘のけんか祭りだけではなく播州全体で言えば西が神輿屋根型で、東が布団屋根型の分布になってるぐらいは知ってるよ。

 これはマナミも知らなかったのだけど布団屋根型は泉州で発生して瀬戸内海沿岸に広がったみたいなんだ、播州の布団屋根型はおそらく淡路から広まったと考えられてるようだけど、泉州にも淡路にも反り屋根型は無いみたいなんだって。

 播州のオリジナルになるようなんだけど、この反り屋根型は分布を見ると神輿屋根型地域と布団屋根型地域の接触するところが多いらしい。故郷の祭りは平屋根型地域なのにそこに反り屋根型があったのが最初の疑問だったんだろうな。

「どうして播州が神輿屋根型と布団屋根型に分かれたのかはわからなかったな」

 この辺は地域の好みぐらいにしか言いようが無いって。布団屋根が発生したのは泉州だそうだけど、

「泉州にしろ、摂津にしろ、担ぎ屋台じゃなく、引っ張るタイプのダンジリが主体なんだよ」

 泉州と言えば岸和田の喧嘩祭りだものね。それはそうと播州オリジナルの反り屋根型ってどこから生まれたの。

「そこまでは調べ切れかったけど、どうしてああなったかの仮説ぐらいは立ててみた」

 瞬さんの見るところ、神輿屋根型と反り屋根型には幾つか共通点があると言うのよ。

「平屋根型は虹梁だけど反り屋根型と神輿屋根は井筒になってて・・・」

 妙に細かすぎてわかんないよ。マナミでもわかったのは神輿屋根型屋台にもバリエーションはあるけど、屋根の四隅に上向きの派手な金具を付けているものが多いそう。反り屋根はそれに似せようとしたんじゃないかって。

 それと反り屋根型は屋根の真ん中が盛り上がってるのだけど、あれは神輿型屋根を似せた名残じゃないだろうかって。言われてみれば類似していると言えば類似してる。でもさぁ、でもさぁ、そんなに神輿屋根型にしたいのだったら素直に神輿屋根型にしたら良いのじゃないの。

「マナミの言う通りなのだが、そこは地域性の縛りぐらいしか今は言えないな」

 平屋根型を反り屋根型にするぐらいは許容されても、布団屋根を神輿屋根にするのは地域のルール破りみたいな感じかな。事は祭りだからあるかも。

「この辺はマナミの故郷でも神幸祭のためにお神輿が出るから、それと似ている神輿屋根型が拒否されたはあるかもしれない」

 言われてみれば・・・神様が乗り間違えたら良くないぐらいかも。だったら神輿屋根型の多いところはどうだの話は出て来るけど、

「そもそも神輿屋根型のルーツもはっきりしなかった」

 そうなのか。そうそうこれも反り屋根型発生の仮説みたいなものだけど、屋台って豪華になっていく傾向があるのは同意だ。その豪華さで神輿屋根型が先行していたのじゃないかって。

 お祭りは見栄の張り合いの部分が大きいから、布団屋根型を豪華さで先行していた神輿屋根型に近づけようとして反り屋根型が発生したのかもしれないって。お祭りの屋台一つにしても歴史ありだよな。

「それにしても面白いネタが見つかったよ。この辺のルーツを探るためにお祭りツーリングなんて面白そうじゃないか」

 そこか! ライターって大変だな。こうやって新しいネタを常に探しておかないと食って行けないのかも。でもお祭りツーリングは面白そうな気がする。マナミもお祭り大好きだし、灘のけんか祭りみたいなメジャーなところはともかく、お祭りならバイクの方が行きやすい気がする。マナミも行くぞ。

ツーリング日和21(第2話)同棲へ

 恋人関係が深まれば次に目指すのは同棲だ。絶対じゃないけどこのステップを通らないと再婚に進めないじゃない。これはステップと言う意味もあるけど、お互いをより深く知るのも重要ではある。

 ごくシンプルには同居する事で互いの生活習慣がわかるじゃない。生まれ育った環境が違うから相違点は必ず出て来るし、相手の本性だって見えてくる。たとえば実はDV男だったり、モラハラ男だったり、浪費癖が強くて借金があるとか。

 エラそうに言ってるけど同棲経験もあるし、そこから結婚もしてるけど、どこまで見抜けたかと言われると失格なんだよな。元クソ夫はマザコンだったし、モラハラ夫だったし、浮気男だったし、浪費癖さえあった。

 それぐらい結婚って難しいからあれだけ離婚するってこと。同棲したからって相手のすべてなんか見えるものか。それでもステップとしては重要だから待ってたんだ。だって女から言い出すのは、はしたないって思われちゃうじゃないの。

 瞬さんが同棲を持ち出して来るかどうかは、試験でもあるんだ。セフレに留めたいのなら持ち出しもしないだろうし、再婚の意志があれば出すはずだろ。もちろん同棲しないと再婚できない訳じゃないけど、二人とも同棲できない理由はないものね。

 そしたら出た。もっともベッドの上だったのは笑ったけどね。実はってほどの話じゃないけど、元クソ夫もベッドで誘ったから、瞬さんも同じなのが意外だっただけ。いつものようにラブホでトロトロにされた後に改まった感じで、

「一緒に暮らしたいと思うんだ」

 うんうん、もちろんイイよ。待ってましただ。

「そのために三か月待ってくれ」

 はぁ? なんだ三か月って・・・これも気にはなってたんだ。瞬さんがマンション暮らしなのは知ってたけど、まだ部屋に行ったことがなかったんだよ。なにが普通か知らないけど、同棲前にまず自分の部屋に連れ込みそうなものじゃない。

 そうなると三か月の猶予って、同棲のために必要な部屋の準備期間になるけど、考えられるのは他の女性関係の整理しか思いつかないよ。それが無い方が不思議と言うより不自然だけど、他に女がいるのはさすがに複雑だ。

 モヤモヤしたけど、まだ証拠をつかんでる訳じゃないし、他の理由の可能性もゼロじゃない。もし他に女がいたとしても、そいつらを整理してまでマナミを選んでくれたのかもしれない。モヤモヤだけでお別れにするにはもったいなさすぎるだろうが。

 三か月後に行ったよ、瞬さんのマンションに。これが広いんだよね。4LDKにウォークインクローゼットまであるんだもの。でね、部屋を見て回るとちょっと違和感があったんだ。妙なとか、変なじゃないし、他の女の影でもないよ。

 他の女の影は気になって仕方が無かったから、それこそ目を皿のようにして探したし、同棲してからも探し回ったけど結論から言えばゼロだ。それぐらいはマナミも女だからわかる。

「だから三か月待ってもらった。片付けるのに手間がかかってしまって」

 瞬さんの今の本業はライターであり、小説家だ。こういう職業の人は書くための参考資料が必要なんだ。ネット時代になって減ってる部分はあるかもしれないけど、それこそ書けば書くほど溜まっていく感じで良いみたいらしい。

 瞬さんの場合はそれが部屋三つ分を埋め尽くし、積み上がっていたみたいだ。だから生活スペースとしては、寝室兼書斎とリビングだけ。でもそれじゃ、いくら4LDKあっても同棲なんか出来ないから、

「一部屋だけは資料庫にさせてもらうけど、残りはトランクルームに運び込んだ」

 それだけじゃないんだ。マナミの部屋も用意してくれたけど、二人の寝室まで用意されてた。ダブルベッドが鎮座していたし、部屋の内装だってまさにマナミ好みそのもの。

「こういうのが好きだと思って・・・」

 三か月も準備期間が必要だったのは資料の整理だけじゃなく、マナミを迎え入れるためにリフォーム工事までやってたんだよ。だから二人の寝室だけじゃなく、マナミの部屋も、リビングも、浴室も、トイレだってマナミの好みどころかマナミの理想にド真ん中のストライクなんだよね。

 カマイタチ恐るべしだ。ここまで人を見抜けるかと思ったけど、瞬さんなら朝飯前かもね。そうやって同棲生活が始まってしまったのだけど、これも変わってると言えば変わってるかも。共同生活だから家事分担が出て来るけど、

「洗濯とか注文があったら言ってね」

 マナミは会社勤めだけど、瞬さんは作家だから自宅が仕事場じゃない。だから家の事はすべてやるって言うんだよ。この辺は学生時代から自炊してたし、前妻と離婚してたからやってたのはわかるけど、マナミもビックリさせられるほど手際が良いのよ。

 家事と言えば炊事、洗濯、掃除って事になるけど、料理は美味い。それもマナミの好みにピッタリなだけじゃなくヘルシーなんだ。良く女が男を落とす時に胃袋を掴むって言うけど、マナミの胃袋も鷲掴みにされちゃったもの。朝夕だけでなくお弁当まで作ってくれて参っちゃった。

 掃除だって隅々までピカピカだし、洗濯だって、それこそ服のたたみ方、整理の仕方までマナミ好みなんだ。掃除はまだしも、洗濯はさすがに抵抗があったんだよ。だって下着まであるじゃない。それも言ったけど、

「分けると手間がかかるじゃないか」

 押し切られてしまった。そうそう同棲って共同生活じゃない。生活費をどうするかも当然ある。マンションは瞬さんの持ち家だから家賃は良いとして、光熱費とか、水道代、言うまでもないが食費もある。この辺の分担だって、

「マナミさんだって欲しいものはあるだろうから・・・」

 すべて瞬さんが出してくれた上にお小遣いまでってなんなのよ。マナミだって働いてるし、お給料だってもらってるし、そのお給料で今まで自活して来てる。それがだよ、もろもろの家計も、家賃も、光熱費も、水道代も、すべて負担がなくなった上でさらに小遣いってなんなのよ。


 同棲期間の捉え方はあれこれあるけど、相手が結婚相手に相応しいか見極める意味もあるけど、一方で自分がいかに結婚相手に相応しいかの最終アピール期間でもあると思ってる。これは二人の関係であれこれ変わるだろうけど、マナミならその部分は大きいのよ。

 女なら家庭的な面のアピールは必要だと思うのよ。この辺は、女だから家事全般を引き受けるのは昭和の古い考え方って意見も強くなってるし、マナミだって家事分担はそれなりに必要ぐらいは思ってるよ。

 もちろん家事分担と言っても相手によりけりだ。家事分担が必要になる前提は女もちゃんと仕事をしているのはある。もうちょっと言えば女の収入が家計のために必要不可欠になってるもあるからだ。

 けどさぁ、瞬さんならマナミを余裕で専業主婦に出来る経済力はある。だから同棲になればマナミの家事能力を試されると思ってたんだ。だってだって、他に何を見るって言うのよ。だから気合を入れてたし、これでも専業主婦経験者だから自信もあったんだ。

 なのに蓋を開けてみれば、それこそ一緒に住んでるだけ状態じゃない。これでは良くないと思ったから、退路を断つために仕事を辞めて専業主婦に専念する相談もしたんだけど、

「どうして仕事を辞めないといけないんだ。まだ同棲させてもらってるだけじゃないか。もし別れる事になったら困るだろ」

 それはそうなんだけど、これじゃあ、完全過ぎるお客様扱いじゃないの。同性のはずなのにニート状態にも思えてしまうぐらい。そりゃ、居心地は文句の付けようがないぐらい良いけど、ふと思った。マナミって何者なんだって。

 たかがブサイクチビのアラフォーのバツイチ、子豚体型の子宮レス女に過ぎないんだよ。それなのに、まるでどこぞのお嬢様どころかお姫様扱いじゃない。皇室のモノホンのお姫様より丁重に扱われてる気さえする。もしかして前妻との結婚時代も、

「あの頃か。家政婦さんがいたからね」

 ガチのお嬢様だったから、一切家事が出来なかったそう。だから家政婦と言うより専属の執事みたいな人が付いて来ていたみたい。

「執事というより爺やと婆やみたいな人でした」

 それも代々の爺やと婆やで前妻の子どもの頃からって・・・どんなセレブの世界なんだよ。前妻の実家は資産家だって聞いていたけど、どうも半端な資産家じゃなかったみたいだ。

「戦後の財閥解体とか、相続税問題には苦労されたみたいだけど・・・」

 よくわからないけど投資かなんかで資産を築き上げたとか何とか。その資産のトンデモなさは、瞬さんの前妻時代の新居はマナミが聞く限り、実家の別邸だったみたいなんだ。そう別宅なんて規模じゃなく別邸だ。だったら実家はってなるのだけど、

「遺産相続の時に売り払ったのですが、ここです」

 はぁ?、はぁ?、はぁ?、このタワマンがかつての実家のお屋敷だってか。

「庭にかつての名残がありますかね」

 あそこか。タワマンなのに妙に年季の入った立派な池がある庭があるのだけど、あれがかつてのお屋敷の庭の一部だったのか。そうなると、

「その通りです。当時の庭の片隅だけ残っています」

 片隅っていうけど、元は金閣寺の庭園ぐらいあったんじゃないかと思うぐらいだ。

「家を売った代償の一部としてこの部屋をもらっています。あれこれ相続税対策もありましたし、一人暮らしならこれで十分です」

 このマンションはタワマンの一室だけど、これじゃわかりにくいよね、タワマンと言っても一棟じゃないんだよ。タワマン群なんだ。それが全部前妻の実家の敷地ってどんだけなんだよ。

 どこまで聞いても現実感が無さすぎる話なんだけど、そんだけのセレブの家から政略結婚を持ち出されたら断れる男はいない気がした。女だってそうだろ。マナミには縁遠い話だけど、かなりどころでないぐらいビビった。

「前の妻の家がセレブだっただけで、ボクは庶民の育ちですから」

 そ、そうだと信じたい。

ツーリング日和21(第1話)プロローグ

 大会社の社長さえ狙えた元エリート社員であり、今は人気作家であり、ダンディで、ジェントルメンで、インテリジェンスも高い瞬さんに告白され結ばれたのが武田尾の夜だ。まさに感動と試練の夜だった。

 試練はすべて克服されて恋人同士になれた。今でも信じられない気持ちで一杯だし、あの夜一回限りでも、セフレでも余裕で十分なんだけど、そうじゃなくて恋人、それも結婚まで考えてくれてるのはわかる。

 結婚と言ってもマナミはバツイチだし、瞬さんは前の奥さんと死別してる。だからお互い再婚になる。二人の家庭環境もそれなりに似ていて、両親を亡くしていて、お互い一人っ子だ。瞬さんにコブはいないし、マナミの息子は離婚した時に夜逃げしやがった元クソ姑と元クソ夫に連れ去られ行方不明のまま。

 結果で言えばなんかお互い綺麗サッパリの家庭環境なのよね。結婚となると家族が良い意味でも悪い意味でも口を挟むのだけど、それが消えてなくなってるから、それこそ当人同士の合意さえあればいつでもOK状態ではある。

 それでもやっぱり疑問と言うか、不安と言うか、謎がある。それが何かって? そんなものマナミがブサイクチビのアラフォーのバツイチ、子豚体型の子宮も失った女だからだよ。瞬さんは、

「チビっていうけど、小柄なぐらいだし、大柄の女の人がとくに好みじゃない」

 身長にはさすがにそれほどコンプレックスはないけど、

「アラフォーって言うけど、ボクなんてもう四十路にカウントダウン状態だよ」

 瞬さんは四歳上なんだよね。だから年齢の釣り合いだけなら無難ぐらいは言えなくもない。

「体型は男も女も誤解があると思うよ」

 それもどこかで聞いた事はある。男が理想とするのはマッチョだって。女だってだらしなく肥え太った男は嫌だけど、だからと言ってマッチョなら飛びつくかと言えば微妙だ。もちろんマッチョ好きな女は少なからずいる。

 だけど何事も過ぎたるはなんとやらで、筋肉ムキムキに引くのは少数派とは言えないと思う。理想を言えば引き締まった筋肉質の細マッチョぐらいだろう。もうちょっと具体的には水泳選手の逆三角形。

 女にも格闘技好きは案外多いから相撲体型も好きなのはいるけど、あれだってアンコ型よりソップ型だろ。もちろんアンコ型が好きなのもいるけど、とくにアンコ型の重量級とやっているのを想像するのも大変だ。

 だってあの体重と体格だよ。あんなのが圧し掛かってくるんだよ。どうやったらペシャンコにされないんだろう。それに腹だってあの腹じゃない。届くかどうかも疑問だ。やるとしたら女が跨るぐらいだろうけど初夜からそうだとか。まったくわからん。

「痩せて細い女だって似たようなものだよ」

 瞬さんの亡くなった前妻はスリムだったそうだけど、

「あそこまで細いとさすがにね」

 アバラ骨まで数えられるぐらいだったそう。言ってしまえば鶏ガラ体型だったみたいなんだ。この辺はそれだけじゃなく、夫婦の夜の営みの相性も悪かったみたいで、

「男だってポッチャリ型が好きなのは女が思うより多いんだよ」

 それも聞いた事はあるよな。スリム体型の女を好む男が多いのは瞬さんも否定しなかった。だから女は常にそれを頭に置いている。シンプルに言えばダイエットだ。これもガチで取り組んでいる者から、

『今日は食べ過ぎちゃったから、明日から気を付けないと』

 その明日からだけど何もしないよ。そう口だけ。それでもそうするべきだぐらいは常に考えてると言うか、そういう意識とプレッシャーの中に女はいると思っても良いと思う。だけどスリム体型の女しか恋を出来ない訳じゃない。

「その辺はポッチャリ好きなんて言うと、男でも色んな事を言うのが多いからね」

 ああそれも見たことがある。なんか趣味が悪いとか、ブサ専とか陰口どころか面と向かって言うのもいるのよね。あれはポッチャリ好きの男にも堪えると思うけど、それを耳にしたポッチャリ女にも突き刺さるんだ。

 少数派でもポッチャリ型が好きな男はいるのは認めよう。現実はどう考えたって惚れられているのは否定できないのよね。だけどだよ、顔だってブサイクなのよ。それもこれ以上は崩しようのない一円ブスじゃないの。

「顔だって好みの差は大きいよ」

 これも前妻との夫婦生活の影響はあると思う。前妻は美人ではあったみたいだけど、モロみたいな政略結婚で、だからとまで言わないけど底冷えするような夫婦生活だったらしい。その反動みたいなもので体型も合わせて前妻タイプは徹底的に忌避してる感じがあるのよね。

「マナミさんが子宮を失ったのは同情しか出来ないけど、ボクだって種無しだから辛うじてぐらいはバランスが取れるじゃないか」

 マナミが子宮を失ったのは妊娠した時の前置なんたらのせい。死ぬ一歩手前まで行ってたらしいけど、結果で言えば母子ともに生き残れた。命と引き換えのようなものだから、文句を言っても始まらないのよね。

 バランスとするには妙なところがあるけど、もし瞬さんが再婚して子どもが欲しかったら、最初からマナミのような子宮レス女は頭から除外されてたはずだけど、幸か不幸か瞬さんは種無しなのがわかってしまってる。

 子宮までレスなのはあれだけど、マナミが子どもを作れないのはハンデにならないどころか、瞬さんにとっては負い目にならないぐらいのメリットになってるぐらいは言えなくもない。

 ついでに言えば子宮レスでもやれた。理由なんてわからないけど、下手すると子宮があった時より良いんじゃないか思うぐらいだった。子宮レスになると出来なくなる女は多そうだったから、これだけはラッキーだったとしみじみ思った。


 それでもバランスの悪さはある。瞬さんはタダの人じゃない。エリートサラリーマン時代はカマイタチの異名を取ったほどの切れ者なんだよ。カマイタチの異名の由来は、

『カミソリより切れる』

 瞬さんの義父、つまり自分の娘と瞬さんを政略結婚させた人は雛形商事の専務で次期社長の最有力候補だった人で、カミソリのように切れる人だったらしい。そんなカミソリ専務よりさらに切れるからカマイタチだ。

 その切れ味はいつ切られたかどころか、切られた事さえわからないとされるほど。その一端ぐらいはマナミも見たことがあるけど寒気がするぐらいの切れ味として良いと思う。そんな切れ者と三流高校からせいぜいDラン大学出身者じゃ釣り合いがどう考えても悪すぎる。

「頭の良さの評価は学校の成績がすべてじゃない」

 そう言うけどさ、

「学校の成績は記憶力とその記憶への応用力みたいなものだ」

 それがすべてじゃない。そしたら瞬さんは苦笑いしながら、

「すべてじゃないのは社会人になったからわかってるはず」

 社会人は学生の延長にあるみたいなところはある。だからだと思うけど学生時代の成績をそのまま反映して活躍してる人だって多いけど、そうでない人もいるのは知ってるのよね。妙に細かい知識とか、聞いた事がないような小難しい理屈を並べるけど、

「ビジネスマンとして低能なのはいるだろう」

 い、いる。さらに逆なのもいる。マナミが勤めてる会社は殆どが名の通った有名大学の出身者なんだけど、そうでない人も多くはないけどいるのよね。そういう人は転職とか、それこそヘッドハンティングされて入ってるはずなんだ。だってだよ、今の部署の部長なんて高卒なんだよ。

「さぞ優秀なんだろうな」

 部下の面倒見が良くて、みんなから慕われてる。苦労人のイメージが強い人だけど仕事だって出来る。いや、出来るなんてものじゃない。

「そういう能力が社会人として求められるのだよ」

 と言われても。

「実戦で求められるのは分厚い経験と、経験から引き出される応用力だ」

 それって学生時代に求められる能力と同じじゃない。

「似てるから学生時代の成績のままに活躍する人は少なくない。だけどね、学生時代に求められる答えは一つなんだよ」

 あっ、そういうことか。学校時代の評価はテストだけど、あれって見ようによっては一つの答えを探し出すもので良いと思う。それを探せるだけの材料が問題文に散りばめてあって、学生は必ずあるはずの答えをひたすら探し求めるぐらいかな。

 けれども社会人が直面する問題の答えは一つじゃない。一つの事もあるけど、難度が上がるほどそうじゃなくなる。そもそも答えなんかあるかさえ途方に暮れる問題だっていくらでもあるものね。

「付け加えておくと解答へのヒントも不十分なんてものじゃない。その限られた情報で相手が欲しい回答をどれだけ出せるかがビジネス能力だ」

 あるはずの解答を探し出そうとするのが学生で、あるかも知れない解答を模索するのが社会人だよね。

「そういうことだ。そのためには常に頭を柔らかくしておかないと話にならないだろ。発想の基礎に分厚い経験は必要だが、実戦ではそれさえ飛躍することもごくごく普通に求められる。それがどれだけ出来るかが頭の良さだ」

 そうなのはわかるけど、

「それがわかるだけでもすごい事なんだよ。多くの者はそれさえわかっていない」

 そう言うけど、これだって瞬さんに教えてもらったからで、

「ボクも後輩の育成を手掛けたことがあるけど、それを実践出来たのは少ないよ。無知は必ずしも罪じゃない。本当に欲しいのは知っている事じゃなく、今教えられたことを即座に理解して吸収し、それを武器に変えられる能力になる」

 瞬さんに指導された後輩は大変だったと思うな。それこそ一を聞いて十を知るぐらいを当たり前のように要求されそうだもの。

「それは反省しているところはある。どうしてそれぐらいわからないのかってね。その辺の指導の呼吸を覚えるのも仕事の一つだったな」

 でもマナミはおバカだよ。

「だから無知は罪じゃないんだって。マナミさんの良いところは無知を素直に受け入れてるところなんだ。だから新たな知識はすぐに受け入れるし、受け入れた途端に次々に発想が広がるじゃないか。そういう人こそ頭が良いって言うんだよ」

 そうなのかな。

「成功体験は人に自信を与える。ボクもそうだった。けどね、成功体験に固執してしまうと弊害が大きくなる。発想の幅が狭くなるだけでなく、成功体験で出来たプライドが新たな知識の受け入れを拒んでしまうことも良く起こる」

 なんとなくわかるけど、

「プライドは聞く耳を塞ぐってことだ。とくに目下の意見を聞き辛くする。わかるだろ、無知であることを受け入れられないのだよ。そうだな、小学生ぐらいなら先生の教えてくれることを素直に聞き入れるし、聞いて覚えた瞬間から、その知識をなんのこだわりもなく自由に使えるってことだ」

 こりゃ、求めてるレベルが高すぎるよ。

「学生と社会人では別世界だ。社会人の世界は学生より桁違いに広い。言い切ってしまえば学生時代の知識ぐらいじゃ話にならない世界だ。常に新しい知識を貪欲に吸収し、それを即座に応用活用出来るかどうかかが評価のすべてだ」

 言ってることは間違いじゃないし、それが出来る人が出世していくのもわかるけど、そこまで出来る人なんて殆どいないのじゃないかな。もっともそれが出来たからエリートビジネスマンの世界でもカマイタチと畏怖されてたんだろうけどね。

「マナミさんの美点はそれだけじゃない。一緒にいるだけで、これだけ楽しい気分にさせてくれる人なんて初めてなんだ。こんな素晴らしい人を恋人に出来るなんて、どれだけ幸せ者なんだろうっていつも思ってる」

 サヤカも同じような事を言ってたけど、そこのところがよくわからないな。

次回作の紹介

 紹介文は、

 色々と夢を持っていたマナミが最後に目指したのは結婚。なんとか夢を実現させましたが手にした物は悪夢でした。なんとか離婚できたマナミが目指したのがバイク女子。バイクを選び、免許を取り、ツーリング先で男に出会います。


 舞い上がるマナミでしたが、相手は腰を抜かすほどのイイ男。バツイチ同士こそ釣り合いが取れていましたが、地位も名誉も財産もあり、平凡すぎるアラサーのブサイクチビでは引け目を感じてしまいます。


 それでも何故か男の好意を感じてしまうマナミ。そんな二人の恋の行方はどうなるか。

 ラブロマンスがメインで、ツーリングがサブになってしまっているのは御愛嬌です。シリーズも長くなり過ぎて、ツーリング先をメインに持って来るのが難しくなってしまったぐらいにご理解ください。

 ラブロマンスの組み合わせは容姿にコンプレックスを持つ女とイケメンにしてみました。イエメンと言うより大人のイイ男ぐらいの設定です。さらにその男は地位も財産もあり、才気さえ豊かです。

 そういう二人が結ばれるのは定番の設定ですが、そこで求められるのは、どうして男がその女に惚れたかの理由付けです。そこに工夫の余地があると勝手に考えています。ストーリーとしてはシンプルですが、肩の力を抜いてお楽しみください。

 そうそう、ついに表紙が追い付かなくなりました。表紙を作るのもかつては楽しみでしたが、これだけツーリング日和シリーズを続けるとネタも尽きてしまいした。誰か描いてくれないかといつも思っています。