ナニヲヤッテモイイトオモッテイル。

2012-08-31

[]夏のニーソックス

夏休みに入って間もないある夏の日の朝、クルミは制服ニーソックスという出で立ちで駅にいた。野生のニーソックスを捕まえに行くためだ。この時期のニーソックスは脂もノっていて繊維も良く締まっている、まさに旬と言える高級品なのだ

「よっ!」

何時の間に現れたのか、アスカが横に立っている。アスカは100メートルスプリントから長距離走までこなす陸上部エースで、ベリーショートの髪としっかり引き締まった肉体が夏の太陽に眩しい。クルミは決して暗い方では無いが、アスカ底抜けの明るさの前ではそれも霞んでしまうのだった。そしてアスカの出で立ちもまた、制服ニーソックス。当然だ。この服装は彼女たちにとっての戦闘服に等しい。

「早く行こう。向こうに着く頃には大分暑くなっちゃうよ」

二人は駅の改札へ向かう。


時間後、二人は群馬県N村の、人里離れた草原にいた。

「いた」

見つからないよう草むらに身を隠しながら、アスカが囁く。視線の先には夏の強い日差しの中、ニーソックスを身につけた生脚が草を食んでいた。

「でも、左脚だけ? 普通は両脚セットで行動するよね……」

「確かに変だ。何か事故で片方とはぐれたかたまたま別行動をしてるのか……」

ちょっと様子を見ようか?」

胸騒ぎを覚えたクルミが提案する。

「いや、どっちにしろ、一匹でいる今がチャンスだよ。二匹コンビになられる方が厄介だ。私が行く」

野性の眼になったアスカクラウチングスタートの構えをとる。陸上部エース本領発揮だ。スカートニーソックスの間、絶対領域からエネルギーが迸る。空間とは即ちエネルギーである放射性物質から膨大なエネルギーを取り出す核兵器のように、ニーソックスハンター絶対領域からそのエネルギーを取り出すのだ。彼女たちにとってニーソックスとは脚を細く見せるファッションアイテムであり、狩るべき獲物であり、また最強のパートナーでもあった。

アスカの準備が完了するのを待ってからニーソックスの反対側に落ちるように、クルミが小石を放り投げる。ニーソックスの気を一瞬逸らすためだ。

小石は放物線を静かに描きながら回転する。束の間、場を静寂が包む。反対側の草むらに小石が落ち、音を立てた。それを号砲の合図に、アスカは力を解放する。短い破裂音。パッと草の切れ端が舞った、とクルミが認識した時には既に、アスカニーソックスまであと数メートルというところまで疾走していた。

……いける! クルミは思わず拳を握る。アスカがすれ違いざま、ニーソックスに手を伸ばす。だがその指が触れる寸前、ニーソックスは体を捻り逃れた。

躱された! 二人がそう考えるのとほぼ同時、今度はニーソックスが襲いかかる。ニーソックススタンプ。まともに喰らえばまず骨折は免れない凶悪な踏みつけだ。だが恐るべき速度で繰り出されるその技を、研ぎ澄まされたアスカの神経は確実に捉えていた。腰を軸に身体をスピンギリギリのところで攻撃の方向を逸らし、さらには回転しながらニーソックスの足首までもしっかりと捕まえたのだ。


勝負は決着した。遠くから眺めていたクルミも息を吐く。やがてアスカが立ち上がり、暴れるニーソックスからニーソックスを剥がそうとしたその時!

背後の草むらからニーソックス(右)が姿を現した! そして絶望的なことに、既にニーソックス(右)は大技デスサイズを繰り出していたのだ。アスカはもはや避けることが出来ないことを確信する。

クルミの懸念が当たった。何故そうなったのかは分からないが、右脚は何らかの理由で左脚と別行動をとり、近くで様子を伺っていたのだ。まさか、こいつらにこんな高度な知能が? あり得ない話では無い。アスカは凝縮された最期時間でこんなことを考え、そして死を覚悟した。


だが、その瞬間はいつまで待っても訪れない。デスサイズの切っ先が僅かに逸れ、アスカの髪先を数ミリ刈り取るだけに終わったためだ。クルミの蹴り放った超高速の小石がかろうじて軌跡をずらしていた。

アスカがクルミの方を見ると、そこには高速回転により旋風を纏った(もはや竜巻とでも言うべき大きさだった)クルミが猛然と飛来する。

アスカ避けてええええ!」

意味を理解するが早いか、身を屈めるアスカ。次の瞬間、草原暴風が襲った。


風が収まり、乱舞していた草の切れ端も落ち着くと、思い出したように夏の太陽差し始める。二人の足下には動かなくなったニーソックスが一対、倒れ伏している。

「相変わらずクルミの旋風脚はとんでもないパワーだなあ……」

ちょっとやりすぎちゃったかな……」

獲物からニーソックスを剥ぎ取りながら、恥ずかしそうに頭を掻く。見渡してみると、一帯は巨大なハリケーンが通った後のような様相を呈していた。

「でも助かったよ! クルミが助けてくれなかったら死んでたもんねー」

褒められてますます照れくさそうに笑うクルミ。

「さ! 二人分だから、もう一組狩らないと!」

照れ隠しで話題を変えながらクルミは歩き出した。二人の冒険はまだ始まったばかりだ!

2011-06-16

[]明け方、雨の降る海について

絶対音感の鋭い人は、雨音が不協和音に聴こえて我慢ならなくなることがあるらしい。幸い僕は音感なんてものと縁が無いから、そんなことは体験したことがないわけだけど。何を言いたいのかというと、楽しく生きるためには出来るだけ、鈍感にならなきゃいけないってことだ。ちょっとぐらい傷ついたところで、気付かなければ怪我していないのと同じだ。

つまりはそんな風な内容を一晩かけてカトーは話した。コザクラは一晩かけて黙ってそれを聞いた。そして黒一色の空に青が混じりだす頃、さらりと言った。

「それ、前にも聞いたよ」

色の無い桟橋、彩度の低い明け方の海。海面を叩く雨滴のホワイトノイズを聞きながら、コザクラはため息をつく。

別に何回話したっていいだろ」カトーが口を尖らせる。

あなたの話は古典文学じゃないの。二回目は一回目より確実に面白くないし、三回目はもっと詰まらない」

海面の波紋を曖昧に眺めながら、コザクラは明確に切って捨てた。それきり会話は途切れ、雨粒が海を叩く音と、波頭が桟橋を叩く音が場を支配した。ホワイトノイズ、彼方を進む漁船、わずかに揺れるコザクラの濡れた前髪。透明に通り抜けるだけの思考の断片。時間連続性を持たずに、ただ唐突に現れ、またすぐに消失していった。

「僕たちには情熱が足りないと思うんだよ」

「ほらまたそれっぽい事を言う」

「生きてるフリをしてるだけなんだ、結局」

コザクラはもう何も言わず、また雨音の渦に埋没していった。いつからこんなに噛み合わなくなってしまったのか、カトーは考える。そしてすぐに、最初からそうだったと思い至った。

カトーとコザクラは、共通の友人であったオシノを挟み、金属バット危険性と観葉植物の卑屈さについて議論を交わしたのだった。しばらく後、オシノは二人が付き合い始めた事を聞かされて、すぐには信じられないくらいだったという。

「あのさー」

雨の音の中から声がする。見るといつの間に飛び込んだのか、コザクラが雨に打たれながら、仰向けに海面をたゆたっている。

「わたし、あなたに生まれなくて本当によかったと思うよ」苦笑するカトー

「僕もそう思うよ」

「もしわたしがあなただったら、自分が嫌いで嫌いでしょうがなくて、爆発しちゃいそうだもん」

コザクラは楽しそうに、ふよふよと海面を彷徨う。クラゲみたいだ、とカトーは思った。

「わたしはあなたじゃないから、何とかこうして好きでいれるんだから

カトー彩度の低い笑顔を浮かべた。コザクラが両手を広げる。

「ほら、飛び込んで来なさい」

「いい。ここで見てる」

ケラケラ笑いながらコザクラは水面を叩いた。

「最悪!」

2011-04-01

[]エイプリルのフール。

「それマジ?」

「マジ」

「……へえええ、あの子がそんな趣味をねえ」

ビックリだよな」

ビックリだ」

ビックリなんだけどさ、ウソなんだよね」

ウソ? 何が?」

「今の話だよ」

ウソなの?」

「うん」

「え、なんで?」

「いやだって、ほら」

Aが視線でカレンダーを指す。Bは思わず、そこに書いてある文字を読む。

エイプリルフール

「そう。エイプリルフール

エイプリルフールからウソをついたの?」

「うん」

ふうんと鼻を鳴らすB。

「え、ごめんちょっと確認したいんだけど」

「なに?」

「今の話、全部ウソなの?」

「うん」

「え、全部? 最初から最後まで?」

「うん」

「P子の趣味の話も?」

「うん」

「空中マッサージの話も?」

「うん」

「暗躍する地下機関の話も?」

「うん」

「……」

Aはポリポリと頬を掻く。

トリコロールの意外な由来の話も当然」

ウソ

「だよなー!」

「ごめんな。なんか」

「いいよいいよ。お前そういうの乗っちゃうタイプだもんな」

「そうなんだよ。俺ってそういうの乗っちゃうタイプなんだよ」

「……あのさ、今まで秘密にしてたんだけどさ」

「ん?」

「……犬ってさ、実は猫らしいぜ……!」

「ごめんちょっと分からない」

「……いやだから、犬はね、実は猫なんだよ」

「……お前、ウソつくの、とことん下手だよな」

「うん……ごめんな」

「いいよいいよ。ほら、もうすぐ日付変わるし」

壁掛け時計を見るともなしに眺めて、ほんの少し頷く。

「俺さあ、もうすぐ終わるから言うけど、あんまりエイプリルフールって好きじゃないんだよね」

「そりゃそうだ。お前ウソつくの、とことんヘタだもんな」

「そういうことじゃなくてさ、ウソついてOKっていう日につくウソは、それは果たしてウソなのかどうかってことだよ」

首をかしげるA。

「そんなね、半ばバレることを期待して、半笑いヘラヘラとつくウソを、そんなぷよぷよとした欺瞞をウソと呼んでいいのかってことだよ」

分からんな」

分からんか」

分からん

「そうか」

それきり二人は言葉を交わさず、日付も変わってしばらくしたころ、Bが用事があると言い出した。ロータリーまで送り出して、そこで別れた。

翌日、BからメールをAが開いて見ると

「犬はね、本当は猫なんだよ。ほんとほんと」

送信日時、4月2日。Aは首をかしげ携帯をポケットに突っ込んだ。

2011-01-31

[] 真夜中に誰もいない暗い橋を渡ることについて

きっと黄泉の国に通じているのだろう、と思えた。

真夜中。

街灯も無い、暗い橋。

辺りには誰もいない。車すら通らない。


私は一人、歩道をテクテクと歩道を歩いていたのだが、何も行儀良く歩道を歩く必要が無い、ということに思い当たり、静かに伸びる車道の真ん中を歩くことにした。中央線の白い部分を出来るだけ踏み外さないように進む。

歩いて来た方とこれから向かう先、橋のどちらを渡った先にも、灯りは見えているのだが、橋の上は不思議に暗い。足下からは水のゆるゆると流れる音がかすかに届く。おそらくは無意味に膨張した三途の川が、おそらくは怠惰にその境界を決定しているのだろう。


 行き先は黄泉の国じゃないよ。


声がした。いや、音はどこからも聞こえては来なかった。ただ、言葉が届いたのだった。

「なんだって?」


 今向かっているところは黄泉の国じゃない。黄泉の国ってのは神道概念なんだよ。


「ふうん」

私は小さく鼻をすする。

「ここは三途の川じゃないのかい?」


 三途の川さ。三途の川だし、今向かっているところも君が想像している通りの所だよ。


要領を得ない。私は尋ねる。

「それが黄泉の国じゃないなら、一体なんて呼べばいいんだ」


 ただ、彼岸、と。


「単なる名前の問題か」


 単なる名前の問題さ。


ともかく話し相手がいるのは嬉しかった。真夜中の暗い橋は、独りで渡るには寂し過ぎた。

三途の川って、想像してたのとは

少し違うんだな。こんな立派な橋があるとは思わなかったよ。車道である。まるで国道じゃないか


 今時渡し舟なんて効率が悪いからねえ。誰も乗らない。 皆この橋を高速バスで渡るよ。


「はは。情緒も何もあったもんじゃ無い」

中央線が途切れる度に、出来るだけ大股で次の中央線まで歩く。


 でも昔ながらのものもある。ほら、あそこ。


向こう岸を見ると、赤い巨体が鈍く光っていた。

「おお、あれ、もしかして」


 うん。


赤鬼威圧的な音をどこからか立てながら、じっと仁王立ちしている。

「なんだなんだ、いるじゃないか。それっぽいのが」


 君が来た方にもいたはずだよ。子供達が石を積んでたはずだ。


「気が付いたらこの橋を渡ってたからなあ」

と、後ろから光が差し、車が一台、私のすぐ横を爆音をあげて通り過ぎて行った。それきり不思議な声は聞こえなくなった。

そのまま歩き続けるとやがて向こう岸に辿り着いたが、そこは何の変哲もない夜の町だった。川は当然のように三途の川などでは無かったし、赤鬼に思われたものはただの駐車場に止まる赤い車であった。

私はただふうん、と息を吐き、歩いて行くばかりだ。

2010-12-08

[]ローファー 踏みつけ 女子高生

遠くから野球部が練習する声が聞こえる。私は今、担任の福永を踏みつけている。誰もいなくなった放課後教室で、女子高生の私が、四つん這いになった教師の背中を踏みつけている。ローファーも履いたまま。

しばらくグリグリと踏みつけていると、やがて福永は立ち上がり、晴れ晴れとした笑顔を見せた。

「おかげでスッキリしたよ! ありがとう!」

そう言うが早いかスキップでもしそうな勢いで福永教室を出て行く。私はそれを見届けると、思わずため息をついて机に腰掛けた。教室には西日が差し込み、かすかに届く吹奏楽部演奏

私には、いや、正確に言えば私と私のローファーには特別な力が有る。私がこのローファーで踏みつけたものは全て、因果律を無視して、幸せになってしまうのだ。曰く、好きな人告白された、テストのヤマが当たった、痔が治った、何故か気分が良くなった……。先ほどの福永も、持病の偏頭痛治療して欲しいと依頼して来たのだった。つまり、放課後教室に呼び出し、踏んでくれ、と。まるっきり変態じゃないか

私はこの力を恨んでいた。何が楽しくて担任や友達や知らないオッサンを踏みつけなければならないのか。自分自分を踏みつけることは出来ない。これでは私が不幸なままだ。私自身がちっとも幸せになれないではないか

「終わったー?」

扉が開き、落ち着いた声が教室に響いた。A子だった。

「うん。なんかスッキリしたって」

「それは良かった。良かったねえ」

柔らかい笑顔。育ちの良さが端々に伺える。ほんのり赤い、ウェーブがかったロングヘアーが揺れる。

「もう嫌だよ。人を踏みつけるのなんて好きじゃない」

「でも、それで喜んでくれる人がいるんだから良いんじゃない?」

A子にそう言われると、なんだか許せるような気がしてしまう。

はい、じゃあ四つん這いになって」

突然、A子が命令する。私はドキドキしながらそれに従う。床に手をつき、四つん這いになる。

私の最大の不幸がここにあった。私は踏みつけられるのが大好きなのだ。その相手が可愛い女の子で、暴力性の欠片もない子であればもう最高だ。そんな女の子に蹂躙されている、という事実が堪らない。

A子がいつもの可愛い笑顔のままで、遠慮無く私を踏みつけてくる。A子の重みを背中に感じる。

私は、幸せになった。