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創作小説公開場所:concerto

2015-04-17

10.幸せを願うもの

| 20:13

 その日の昼休みに、私はクラス間の廊下でエレナと会って効き目があったことと改めてのお礼を伝えました。その足でそのまま彼女は職員室へ向かい、パルティナ先生の席まで行きます。先生は飲みかけのコーヒーが入った紙コップを置き、椅子を回して彼女と向かい合いました。席は窓際で、二限目辺りから出始めた日が机上を照らしています。
「先生! 以前教えていただいたおまじない、うまくいきました! お菓子にかける、気持ちを落ち着けるおまじないです。機会があって作ってみたんですけどちゃんと効果あったみたいで、役立って良かったです。先生も一つどうぞ」
「まあいいの? ありがとう」
 受け取って、袋越しに中のクッキーを眺めます。
「よくできているわ。これは、エレナさん自身のために作ったのではないのね?」
「はい、友達にあげるために作りました。みんな幸せなのが一番だと思いますし、他にこういう魔法があればまた教えてください」
 笑顔で続ける彼女を前に、ふとパルティナ先生はクッキーをコーヒーの横に置きました。
「……そうね、ちょうどいいわ。新しく教える前に一つ、考えてもらいます。幸せとは、どんなものだと思う?」
 突然透明な水色の目に真っ直ぐ見つめられてか、エレナは少したじろぎます。
「この場で今すぐ結論を出せとは言わないし、あなたの主観で構わないの。エレナさんは今、『みんな幸せなのが一番』と言ったわね。では、それは具体的にどんな状態を指しますか?」
 制服の、胸元のリボンをいじりながら視線を泳がせます。
「幸せは、幸せだと思いますが……」
「そこで片付けては駄目。おまじないというのは誰に向けるのであれ、幸せのために使うものよ。人を不幸に陥れようとするのは“まじない”ではなく“呪い”。今後もこの分野を学び続けていくのならそこをしっかり考えることが大切で、必要不可欠です」
 エレナはらしくもなく俯いて考えを巡らせた後、顔を上げて口を開きました。
「本気で頑張ったのに全て無駄になるとか、わたしはそれが一番苦しいことだと思うので……誰も悲しくならないで平等にみんなの望みが叶うこと、ですかね……? でもそんなの実現できるはずがないってことも、わかってるんですけど」
「そうね。千年経っても、存在しないかもしれないわね……」
 バッサリ切り捨てたと取れなくもない台詞を言って、ぬるくなったコーヒーを一飲みします。言葉とは裏腹に、先生は穏やかな表情をしていました。
「でも理想を掲げることは大事よ。正しいのか、それとも誤りなのか、どうすれば実現できるか、あなた自身が考えることに意味があるのだから、私からとやかく言うつもりはありません。今後の学習において、なるべく常に頭に置いておくといいですよ」
「はいっ」
 素直な返事を戻し、エレナは職員室を出ていきました。その入り違いに、準備室にでも行っていたのか男性教諭が歩いて来ます。パルティナ先生の右隣の席に、手に持っていたプリントの束を置いて椅子を引きました。
 彼はエレナやミリー、シザーがいる教室担任教師で、ギアーといいます。私のクラスにも既に何度か来たことがある古典の先生です。人柄がパルティナ先生に少し似ているところがあって、物腰の丁寧な人という印象を抱いていました。
「おや、そのクッキーは」
 彼女が包みを開くと、ギアー先生が気付きいつものゆっくりした口調で声をかけてきます。エレナが来ていたことを簡潔に話して、一つを口に含みました。二人の関係については、少なくとも教師間では知れているようです。
「ギアー先生も一つ食べますか? 私、糖質の採り過ぎに気を付けているので」
「残念ながら、今朝既にいただきました。別に気にする必要もないでしょうに」
「ふふ」
 ギアー先生はそのまま事務作業に取り掛かる準備を始めます。次の時間は授業がないようです。彼らの僅かなやり取りからしても仲は良さそうでしたが、それ以上は特に会話することもありませんでした。学生だった私からの視点、というフィルターを外して見る限りでも二人は共に真面目な人間でありましたので、そういった性格面が関わっていたのかもしれません。
 熱心な様子というものは自然と伝わるものです。エレナが年上に見えたのも、恐らくそういった理由からなのでしょう。スパルタ熱血教師とまではいかなくとも、パルティナ先生にはそれに近い熱があったと思います。教育に力を入れていて、それを義務だと固く捉えるのではなくむしろ楽しみを見出しているような、教師の鑑のような人。
 だからこそ、彼女にとっては天敵とも言える生徒が一名いたのでした。
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