創作小説公開場所:concerto

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[執筆状況](2023年12月)

次回更新*「暇を持て余す妖精たちの」第5話…2024年上旬予定。

110話までの内容で書籍作成予定。編集作業中。(2023年5月~)

14.焼け野原未遂

 時刻を少々遡りまして、シザーがレルズ、スティンヴの二人と別れた頃。彼らは商店街を抜けて、少し離れた別の場所を歩いていました。先導しているのはスティンヴです。
「スティンヴ! どこまで行きゃいいんだよ!」
「……そうだな、この辺まで来ればいいか」
 やっと足を止めたそこに変わったところはなく、ただの原っぱでした。まだらにぽつぽつと木が立っているだけで、寝転んで空を見上げるのなら相応しそうな場所ではあります。スティンヴは杖を取り出すと、鞄を投げ捨てるように置きました。
「おい! せめて何のつもりか言えっつの!」
「この前の授業でお前も教わったよな、炎」
「炎? ああ、火を出す術のことか? それがどうした」
「試してみたくないか?」
 その一言でレルズは何か察したのか、それまで普通だった彼の表情が険しいものへ変わります。スティンヴの前に回り込んで向かい合い、彼も杖を取り出しました。
「何考えてんだよ、俺はやんねーぞ! 先生が、あれは事故になりやすい危険なものだから蝋燭の火を灯す程度にしとけっつってただろ! それにこんな草原でやったら、どうなるかわかったもんじゃねえぞ!?」
「ここからなら商店街の方まで及ぶこともまずないだろうし、もっと向こうへ行けば川はある。周辺に他の人もいない。……ぼくは苛ついてると言っただろ。爆発でも何でも、起こしてみたい気分なんだよ!」
 言い放つや否や手を握る力が強くなり、杖が白い光を帯び始めます。レルズが体をこわばらせ腰を落としますが、スティンヴはさらりとそれをかわしました。そしてその腕が真っ直ぐに伸ばされ、一本の木へと向きます。放たれた炎の塊。風を煽って一瞬のうちに葉が燃え盛り、パチパチと音が上がりました。
 炎の赤褐色があちこちに照り返って、二人の後ろに長い影が伸びていきます。レルズは茫然と、スティンヴは満足気にそれを見上げていました。しかし、その口元に浮かべた不敵な笑みはすぐにすっと消えてしまいます。燃え広がっていく炎はどんどん下方へと向かい、幹すらも包み込んで火だるまにしてしまったからです。立ち込める煙は曇天と同化し、空に溶けていきます。次第に風は強くなり、炎の勢いも増していく一方。今にも、草原の草に燃え移ってしまいそうです。
 スティンヴが息を飲みました。無言で杖を持ち直すと、その周りを小さな光が一回転します。どうやら杖に込めた術を切り替えたようでした。その傍らではレルズの杖も白く光り、野球ボールくらいの水の球が何度も火の中へ注がれては蒸発しています。
「馬鹿、そんなので意味あるか!」
「どっちが馬鹿だよ! いいから早く消せ!」
「指図するな!」
 スティンヴの杖からも水が現れました。こちらは先端からスプリンクラーのように大量に噴出しており、その命中した箇所だけは炎を削ることができていますが、完全に消火するには至っていません。強風に流されて当たりきらない部分も多いため、その場しのぎに過ぎない状態でした。レルズも同じ方法に変えたものの、大きな効果は見られません。焦りと、熱がじりじりと肌に迫ってきているのとで、二人の額には汗が浮かんでいます。
 再度の強風。一際大きく、空気が乱れました。形が崩れて斜めに歪む炎、そして飛び散った大粒の火花。思わずレルズが声を洩らしたとき、それを掻き消す怒号が後方の空から降ってきます。
「どきなさい、そこの二人!」
 女の子の声で、突き刺すような厳しい声色です。少年二人は驚き、声の主の方を見ようと振り返りますが、後ろにはそれどころではない光景が広がっていました。激しい地響きと一緒に、遠目にもわかるほど猛スピードで地中の何かが土を盛り上げて向かってきています。
「!? 何だアレ!? モグラの群れか!?」
「早くどけと言っているのが聞こえないの!? 邪魔よ!」
 再び怒鳴られ、慌てて脇へ飛び退きました。その何かは燃え続けている木の懐まで到達すると、地面を突き破って出てきます。それはモグラなどではなく、巨大化した木の根でした。根の一つ一つが膨張したかのように太くなっていて、どうやら別の木から伸びてきているようです。互いに絡まり合うようにして、根は炎ごと樹木を包み込みました。きつく締め上げてバキバキと音を立てますが、中で火が弾けているのか枝が折れているのか判別ができません。
 僅かに紅が覗いていた隙間も埋まり、根は完全に炎を覆い隠してしまいました。レルズもスティンヴも、唖然として尻餅をついたままその様子を見つめています。横向きでホウキに腰かけた少女が、その背後にゆっくりと降りてきました。絡みついた根がするするとほどけていきます。肥大化していたそれは、土の中へ戻りながら元の大きさへと萎んでいきました。何事もなかったかのような静けさ。黒焦げの樹木と煙、ひび割れた地面、そして呆気にとられたままの二人が残されました。
 少女の、薄く緑がかった茶色でつり目がちの瞳は、数分前までは木であったものへ向けられています。まるでそれを思いやるかのような、沈痛な目でした。
 しかしそれも束の間。少年たちには遠慮なく睨みをきかせます。
「何考えてるの! バカじゃないの!? どうしてこんな――あっ」
 突然少女が口を押さえ、言葉が途切れました。
「スズライトの制服……!」
 二人の服装に目を留めた後、すぐさま背を向けホウキに乗ろうとします。ですがそれより早くにレルズが彼女の顔と青緑のお団子頭を捉え、ようやく声を発しました。
「あれ、あんた確か去年の方の転校生……ネフィリー?」
「………」
 少女――ネフィリーは動きを止め、代わりにホウキを強く抱き締めました。その背中は弱々しく丸まり、先程までの威勢はすっかり見られません。レルズは立ち上がるといつものように、気さくに笑いかけました。
「サンキュー! いやホント助かったよ! 俺は止めたんだけど、こいつが聞かなくてさー。今のあんたがやったんだろ、凄いな!」
「う、ううん、気にしないで。それより……」
 私に人のことは言えませんが、彼は単純というか、少し考えが足りないといいますか、彼女の豹変を全く気にかけていないようでありました。さすがにスティンヴはそうでもなく、素直な感謝には至っていないようです。とはいえ自分の非も少なからず認めているのでしょう、決まり悪そうに顔を背けて黙っていました。
 ネフィリーが後方を横目でちらりと見ると、そんな様子の彼に気付いてハッとします。彼女はどちらとも直接の面識こそありませんでしたが、スティンヴに関してはあのホウキレースの一件で顔を知っているのです。少しの間だけ考えを巡らせるようにスティンヴの横顔を見つめ、顔色を窺いながら数歩近寄ります。
「……あの、スティンヴだよね。私、貴方に聞きたいことが」
「そうか奇遇だな、ぼくもだ。……明日の放課後でいいか」
「えっ、あ、うん。わかった」
 彼は体の向きも変えずぶっきらぼうに返答するだけでしたが、一度だけ彼女の目を見据えました。ネフィリーはまだ少し怯えていたものの、その目を逸らすことはしません。その瞬間に言葉はありませんでした。二人は何を思ったのでしょうか。
「じゃ」
「おい待てよもう行くのかよ!? 待てって! あ、本当にありがとな! ……ったく礼くらい言えよなー」
 スティンヴは早々に腰を上げると鞄を拾い、ホウキで飛び去っていきました。レルズも慌ててその後を追います。途中で振り返り、笑顔で手を振りました。ネフィリーは振り返しません。俯いて、スカートの裾をぎゅっと掴みました。
「どうしてこんな……バカなのかしら」

「なあスティンヴ、お前あの子と知り合いなのか?」
「いや。全く知らない。レルズは」
「確かあの子ってミリーちゃ……いやいや、俺もほとんど知らないぜ? マジで。その、何だ、珍しいと思ってさ、お前が人に興味示すなんて」
 並走しながら、二人は話していました。上空で吹く風は穏やかながらも生温く、湿気を強く感じます。スティンヴの顔は、真正面に見えてくる学生寮の方を見たままです。
「……あいつ、何か変だった。あの魔法、ぼくらと同学年にしては力が強すぎると思わないか?」
「あれは迫力あったよなー。まあ、天才ってヤツなんじゃねーの?」
「何だっていいが、とにかくぼくはそれが気になるだけだ」
 この日は遂に雲が晴れることはなく、月は一晩中隠されたままでした。深夜にはそっと霧雨が降り注いで、皆を包んだのでした。