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2018-05-20

この歳になって一足のスニーカーに心が揺れ動かされるなんて

【気になるスニーカーの原点】

 19世紀半ばに天然ゴムの加工法(加硫)が発明されて約50年経った頃自動車用のタイヤが発明されましたが、それに留まらずゴムを活用した商品が次々と誕生していきました。
 スニーカーもそのひとつ。当初は革靴の代用品でしたが、グッドイヤーがヴァルカナイズ製法という製法を特許登録してからスニーカーの立場は一変しました。
 1950年台になると確たる市民権を得て、アスリートや若者を中心になくてはならない存在になったのです。

 J・D・サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』の主人公、ホールデン・コールフィールドが履いていた、翻訳ではズック靴と表現されている、白のスニーカーはシアーズ・ローバックの通販カタログにも登場していたケッズのスニーカーでしょう。
 映画『ウエストサイドストーリー』でジェット団のメンバーが履いていた黒のバスケットシューズは日本製だと言われています。
 スポーツシーンでの象徴的な使われ方として、第35代アメリカ大統領J・Fケネディの写真集に収められたハイヤニスポート沖でのセーリング中の1カットにに写っているトップサイダーの白のデッキシューズも忘れられません。

……………

 ところで、靴は小説や映画の中でその人の人となりを表すためによく使われるものです。たとえばイギリスの銀行を舞台にした小説の中にはローファーで出社したアメリカ生まれの若者に対して古風なイギリス紳士然とした頭取が『キミ、仕事をする時には靴を履きたまえ』と言い放つシーンがわざわざ差し込まれていますが、これだけで英国の封建的な思想が判ってしまいます。
 スニーカーも同様。スポーツシーン以外で履いている場合はステイタスの低い若者と読み取って間違いはないでしょう。

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 そうなんです。1940年台後半から60年台半ばに掛けてスニーカーは履く人の個性や信条だけでなく立場や地位までも表すことの出来るアイテムに育っていたのです。
 ところが合理的な製法で大量生産、低価格を追求するのは世の常です。手間のかかる製法に打って変わるものが出てくれば、新製法が主流になるのは当然でしょう。そんな時代の流れの中で消えていったブランドも存在します。

 『BALL BAND』

 現在でも製造されているケッズ・ブランドの兄貴分に当たるブランドで、極めて古典的な製法で作られたものでした。

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 そのブランドが当時の製法のまま復刻されたようなのです。いわばスニーカーの原点が現代に蘇ってきたわけです。

 僕はこういう登場の仕方にはめっぽう弱いんです。スニーカーは履かないという信条を破ってでも履いてみようかなと思ってしまうんです。見るだけにするか、それとものめり込むか。さて、どうしたものでしょう。

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2018-05-19

ヤケに気になる存在、発見

【信条が変わってしまいそうな気配】

 「30歳になったらジーンズとスニーカーは止めよう」。

 大学を卒業して出版社で働き始めた僕は、自由だけどセンスには異常にこだわる社風の会社にほぼ毎日ジーンズとスニーカーで出社していました。
 学生時代からアルバイトをしていた会社だったため、いわゆる「サラリーマンスーツ」で出社しようものなら、部署全員から「ここをどこだと思っている。帰って着替えてこい」と指摘されるのが当然という気風を熟知していたので、何の違和感もなく通っていました。
 高校生だった時から数えると15年間はジーンズにスニーカーで闊歩していたのですが、29歳の半ばを過ぎた頃、突然ジーンズもスニーカーも止めようと決心してしまったんです。
 もっとも、ジーンズがチノーズ、スニーカーがレースアップのモカシンに変わっただけ。ほとんどの人が抱いていたはずの「変な若者」と印象はそのままでした。

……………

 一旦、こうと決めるとその習慣を自分からは変えない性格の僕のこと、その出版社を退職するまでジーンズとは絶縁、スニーカーに至っては未だに履いていないのですが……。

 そんな僕の信条にちょっとした変化が起こりそうなんです。

……………

 スニーカー史のなかで欠かすことのできない秀逸な存在なのに、残念なことに姿を消してしまったブランドが復刻されたというのを風のうわさに聞きつけ探してみると、ありました。

 『BALL BAND』

 今ではデッドストックもほとんどなく、アメリカの田舎町で地道に営業しているユーズドクロージングストアはもとより、サンデーマーケットに遺品整理のために出品されたものの中からも見つけるのは困難なはずの貴重品なのにという驚きが僕の心に火を点けたようです。
 こんな凄いヤツを見つけ出し、製法を探り、当時の匂いを残したまま復刻させるには並々ならぬ苦労や努力があったはずです。
 エポックメイキング的なモノも素晴らしいけれど、この手の復刻モノには違った形の「アツさ」が備わっているものです。いけない性格だと判ってはいますが、そんなヤツを見てしまうと、僕はどうしても気になって手にしたくなってしまうんです。

 自分の信条を曲げてでも履いてみたいとか着てみたいと思わせるようなヤツなんてめったにありません。でも、コイツは気になります。信条を変えようと決心するまで時間は掛かるかもしれませんが、一度決めたらのめり込んでしまいそうです。

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2018-05-18

こんな心静かな日があるなんて!

【どうしたんだ。どうしてなんだ】

 2匹の茶トラはベッドの上で身体を思い切り伸ばして寝ています。「かあちゃん」は床の上から開け放ったままになっている押し入れを見上げながら3匹の子猫の動きを見つめています。

 20数年ぶりの再会があった次の日。いつもなら不安定な気持ちのほうが勝っているのに、今日は何故か気持ちが落ち着いて心静かに過ごすことができました。
 自己追求が習性になっているのか、それとも疑り深いのか、あるいは単なるへそ曲がりなのか。ここまで心静かに過ごせると逆に「どうしたんだ。どうしてなんだ」という疑問が湧いてきます。
 我が家を憩いの場にしているネコ軍団にもこの心情が判ったのでしょうか。いつも以上に安心しきってグダーとしているような気がします。

 とはいっても、こんなに心静かになってしまうのも考えもの。自分自身を少しだけ世知辛い現実世界に引き戻す必要がありそうです。

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2018-05-17

20数年ぶりの再会

【今こそ信条を入れ替える時、なのかも】

 お世話になっていたのに仕事の都合でご縁がなくなっていた方と20数年ぶりにお会いしました。

 ここ数年はフェイスブックで毎日のように触れ合っているので、なんとなく近況はわかっていたのですが、やはり直接顔を見ると格別なものが込み上げてきました。
 仕事上のお知らせをフェイスブックで見つけその会場に。いわば、早い話が、先方の仕事現場に個人的な懐かしさだけで押しかけたわけです。

 ところが、時間が経ち話が進むうちに自分の思考経路が昔の姿に戻っていることに気がつきました。

 「あの時代には戻らない」とこれまで封印していた思いや興味が一気に吹き出したと言うか、変心してしまったというか。先方の見事な仕事ぶりを見ているうちに、興味と視線は当時に戻っているのに、仕事としてお手伝いできる舞台が今の僕にないことがもどかしくて悔しい思いで胸が一杯になってしまったのです。

 懐かしい思いだけで押しかけたはずなのに、僕の心の中に大きな化学変化が起こったようです。ひょっとすると「昔のことは封印する」という信条を変えるべき時が来てしまったのかもしれません。
 もはや手遅れかもしれませんが、真剣にこの問題と向き合う時が来たようです。

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2018-05-16

今日も淡々と無事終了

【何か面白いことありませんかねえ】

 毎日何かに追われながら生きていると思いながら過ごしていた頃、会うたびに「何か面白いことありませんかねえ」と聞いてくる人間がいました。
 僕はその言葉を聞くたびに「そんなに面白いことってないよ」と答えていましたが、今では、あの時の答えは間違っていたなと思うようになっています。
 けっして時間が有り余るほどヒマではなかったはずの彼は、仕事にあぶれていたわけではなく、常に変化や新しい刺激を求めていたのでしょう。それなのに僕は彼に刺激を与えることができなかったわけです。

 そんな彼の心情が判るようになった今、自らを振り返ってみると自分自身が「何か面白いことありませんかねえ」症候群に侵されていることに愕然としています。
 毎日、粛々淡々とやるべきことをこなすだけで終わらせて自分を枠の中に閉じ込めてしまうのは、安定感はあっても拡張性はないと思ってしまうんです。
 自分の心の中に常に飢餓感を持ち続け、次の舞台を目指す。これこそ僕にとっては人生のエネルギーだと大袈裟に思ってしまうこともしばしばです。

 次を探せ。特に、淡々と仕事を終えた今日のような日にはこんなことを思ってしまいます。

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2018-05-15

立夏とは今日のような日を言うのでは

【暑さが気持ちいい一日】

 今日もいい天気でした。気温は高いけれど爽やか。風も心地よい。二十四節気で夏の始まりを表す立夏に入って約10日。いわば「立夏ど真ん中」と言ってもいい今日は自然も気を利かせてくれたのか、見事な天気でした。

 仕事がら、気をつけておかないと自然の移り変わりを感じないまま過ぎていってしまうのでこんな日は要注意日です。
 そんなこんなで、せっかくの上天気を味わえないまま終わってしまうなんてもったいないことはしたくないとばかり、長めの散歩に出掛けました。

 どこへ行くか、何をするかといった目標を立てるようなヤボはご法度。できるだけ、風まかせ、道まかせで走り回りました。新調して約1カ月の6段変速の自転車があれば坂道だって気になりません。結局、白山から御茶ノ水までを本郷通中心にふらりふらりを走り回ってしまいました。

 夕方になって帰宅してふと思ったのが「オマエはよほど縛られるのが嫌いなんだな」ということ。人さまからガチガチに予定を組まれたり、ノルマを押し付けられたりというのから逃げていると言うか、トラウマになっているというか。そんな反動が今日のようなフラリ街歩きにつながっているように思えてきました。
 突発的な仕事や出会いや約束には異常なほど熱くなるのに、何かを淡々と続けたり、しつこく迫られたりするのは苦手というこのクセ、なんとか直さないといけないのかもしれません。

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2018-05-14

街がキラキラと輝いていた月曜日

【嵐の後の青天】

 飯田橋から神保町経由御茶ノ水。今ではすっかり歩き慣れたコースですが、今日の印象はいつもと違っていました。

 古書店が並ぶ日陰側と、飲食店やスキーショップが多い日向側という違いくらいしかないと思っていた靖国通がなんだかキラキラと輝いて見えたのです。
 嬉しいことがあったとか、幸運に恵まれたというようなテンションが上がるようなこともなかったのに、どうしてと思いながら歩き続けて、駿河台下近くまで来てやっと判りました。空気が澄み切っていたんです。

 土砂降りの雨が上がり、この上もない青天になった今日。空中のホコリや、ビルの壁にこびり付いていた汚れがすっかり洗い流されてしまったのでしょう。空気の透明感がいつもとまったく違っていたのです。
 そんな透明な空気の中に差し込む太陽の光がビルをキラキラと輝やかせていたわけです。

 都会のど真ん中でもこんなにドラマチックで眩い印象の日があるんですね。まさに好天との幸運な出会いだと、ちょっとだけ感動してしまいました。
 こんな天気と空気感が続いてくれれば都会の風景はもっと印象的になるのに。……無理ですよねえ。

[2752]

2018-05-13

知っていて損はない祭の三題噺+おまけ

【知ってて損はない「どうでもいい話」】

 5月〜6月という夏が来る直前に行われるのが東京下町の祭です。
 一般的に「お祭り」は農業や漁業にまつわる時間で行われるものが多いのですが、江戸の町人が主体になっている東京下町の祭は肌寒い時期でも暑い盛りでもないこの時期に集中して行われることがほとんどです。
 そんな江戸の町人気質が今に残っている祭ですが、地元の氏子しか知らないこともいくつかあるようです。お節介な話ですが、三社祭を例に取った「知っていても損はない・どうでもいい話」に付き合ってください。

……………

〈半纏〉
 神輿の担ぎ手にはダボシャツとパッチという一般人もいれば、ふんどし一丁という人もいます。しかし半纏だけは必ず決められたものを着ています。
 たとえば関東の総鎮守という矜持を示すために「何物にも染まっていない」白装束で担ぐ神田明神、隅田川(大川)の漁師が三体のご神体を引き上げたことを縁として三張の網と町会名を染め抜いた三社祭と言った具合です。
 その三社祭の半纏には町会毎にエンジ、緑、藍の三色があります。
 「エンジ」は一歩離れた所から神輿の渡御を見守る町会の役員です。
 「緑」は神輿のそばで担ぎ手への強い指示をはじめ、神輿が落ちそうになれば身を挺して神輿を守る町会青年部。
 「藍」は町会の若い衆と神輿愛好会と言った具合。
 この三種類以外に、祭の舞台を整えてくれる黒字に赤と白の指し色が入った長半纏を羽織っている町内トビの皆さんもいらっしゃいます。
 ちなみに、緑の半纏をまとった青年部の指示に従わない場合には神輿から引っこ抜かれて文句を言うなんて無粋なことはご法度。もちろん、見物している人にも目を配っています。
 「祭」という字が染められた半纏姿で出掛けても環境客か幼稚園児としか見られないのでご注意を。

〈ビールと日本酒〉
 祭には酒がつきものですが、神輿を担ぎ終わってすぐにビールが飲める担ぎ手はあまり担いでいなかった人と見ていいでしょう。ほてり過ぎた身体に炭酸を入れると胃が急に膨張することを知っている担ぎ手や周囲の人は必ず日本酒を勧めるはずです。
 ちなみに、常温の水で体温を下げてからでないとビールには手を出さないという担ぎ手もいます。胃が痛くなると飲めるものも飲めなくなりますからね。

〈そら豆〉
 古くから浅草に住んでいる氏子衆は三社祭が終わるまで酒のつまみに「枝豆」は食べないと言われています。代わりに食べるのは「そら豆」です。空に向かって伸びている収穫直前のそら豆の姿から「天を突く」とか「天に向かう」という験担ぎで祭を迎えようという縁起モノです。もし祭見物のあと浅草で一杯ということになったら、ぜひそら豆を。「とりあえず、そら豆」と注文するだけで「知っている人」に近づきます。

〈三社祭と雨)
 今日のように土砂降りのなかで行われる神田祭の渡御は珍しいと思いますが、逆に三社祭では雨は当たり前。大川から発見されたご神体が渡御する三社祭には「水」が欠かせないのです。
 しかも雨が降れば担ぎ手の火照った身体の体温も下がります。いわば、水シャワーを浴びながら担ぐわけです。体力の消耗が軽減されるのでベテランの担ぎ手なら雨が降ることを待っているはずです。特にご神体が町内を渡御される日曜日は降る確率大と思っていたほうがいいかも。なによりちょっとおもしろいじゃないですか。
 ちなみに、海神様のお祭りとして有名な、真夏に執り行われる、深川八幡宮の「水掛け祭」の水も同じ発想です。
 
[2751]

2018-05-12

到来。祭の季節(その1)

【東京の下町は今年も燃えます】

 5月12日。今年も東京下町に祭の掛声が響き渡る季節がやって来ました。

 神田明神の名で知られる関東の総鎮守、神田神社の祭礼と、上野駅近くにある都内最古の稲荷神社の祭礼を皮切りに、5月19日からの三社神社、小野照崎神社、26日からの湯島天神、石濱神社と続き、6月に入ってからも2日からの銀杏岡八幡神社、6月9日からの鳥越神社、16日には矢先神社と神輿が氏子衆が待つ町内を練り歩きます。これ以外にも小さな神社でもそれぞれ精いっぱいの祭礼が行われます。東京の下町で生まれ育った人間にとって祭は特別の存在。氏子としてここぞとばかりに跳ねて当然ですからね。
 ちなみに、どの祭礼も1〜2日前に神社内で神事を行うので、正確に言えば、祭礼は始まっていると言うべきですが、主役の神輿渡御が祭のメインイベントと捉えれば、神社や町会関係者以外はこの予定で考えていればいいでしょう。

……………

 20数年前に10数年住み慣れた浅草を離れた僕にとって祭の季節は心躍る時でもあり、自制を強いられる時でもあります。
 担ぎ手でもないのに神輿の渡御に出会うとついつい声を合わせてしまうし、時には半纏もないのに担ぎたくなったりと、気持ちを制御するのが難しくなってしまうんです。言葉を変えると、観光気分ではいられない状態と言ってもいいかもしれません。
 そのため、一般的な観光客の皆さんと違って、この時期は祭礼のスケジュールに合わせて「神輿に出会わないように出掛ける先を選ぶ」ようになってしまいました。

……………

 江戸の町人気質が今に生きる祭で街を熱い息吹で満たされる季節だというのに、今年も祭に参加せずに痩せ我慢が続けられるかどうか不安になっているオッサンがここにいます。

[2750]

2018-05-11

今週も無事終了

【これで週末の作業が集中できます】

 金曜日の夜。今週も「平日の仕事」は終わりました。今は「これで今週も週末仕事に集中できる」とひと安心しています。
 この一年くらいでしょうか、できるだけ平日の仕事は効率的にこなして、時間が掛かる個人的な仕事は週末に集中させようとしてきましたが、今になってようやくる習慣として定着した感があります。

 会社員だった頃には考えられなかった習慣ですが、時間だけは自由になった今の僕にとっては「集中出来る時に集中する」というやり方はなんとも心地よい時間管理のように感じています。
 周囲の方からすると、開店休業なのか、忙しいのかよく判らない仕事のやり方のように見えるようですが、これでけっこう。収入以外は充分に満足しています。

 ということで。明日からの週末が素晴らしい時になりますように。

[2749]