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2009-08-27

今更「おくりびと」を観た

 酔っぱらって早い帰宅でTVをつけると、WOWOWで「おくりびと」がちょうど始まった。何だか、思うところもあって敢えて観てなかったところもあったのだが、酔いに任せて観ることにした。

 以下は、すべて推測です。

 TBS・間瀬泰宏プロデューサー、滝田洋二郎監督、広末涼子主演の輝かしかった作品「秘密」を経て、「WASABI」の<お痛>で(滝田監督は関係ないが)皆一度フロントラインから退いた人たちのスタッフロールにまず感慨深い。

 アカデミー賞外国映画賞を獲得してからエピソードとしてさんざん語られた話としては、本木雅弘がインドに行き、死を間近に感じ、「納棺夫日記」に感銘を受け云々の話。きっとクセと思い込みの人・本木さん一流の熱意がなければこの企画が陽の目を浴びることも本当になかったのだろう。

 どこかで企画がセデックインターナショナル・中澤敏明のところに行き、中澤さんのコネクションで製作費が調達されたのだろう。そして、企画をデベロップする際に、放送作家・小山薫堂に持ち込まれたことはある意味奇跡的なことだったのかもしれない。TV・ネット・店舗を中心に自分の産み出したコンテンツを結実させて成功してきた薫堂さんが、どうしても踏み込めなかった領域が映画だった。食・マニュアルといった手法で数々の映画のシノプシスが立案されたがどれも実現には至っていなかった(としよう)。

「おくりびと」はマニュアル映画だ。マニュアルをエンタテインメントにした薫堂さんがホンを書かなければきっと、もっと陰気くさいしっとりとした小品映画に終わっていたのかもしれない。

 うーん、間瀬さんの意地、滝田監督の堅実性、広末さんの脱皮、本木さんの熱情、中澤さんのしたたかさ、薫堂さんのコンテンツメーカーとしての力量、すべてがいい具合に相まってこの映画が創られたのね。

 おまけに、イスラエルのハマスに対する軍事攻撃で世界的非難が集まり、イスラエルの戦争ドキュメンタリー・アニメ「戦場でワルツを」(傑作だと思う)が獲ると思われいたアカデミー外国映画賞が「Departures」に転がり込んできた。この映画、関わった人にも本当にDepartureな作品だったのだろう。峰岸徹、山田辰夫の出演も今となっては心を打つ。

 ちょっと知ってるけど、知ったかぶりしてすみません。

D

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