偏読日記@はてな

本を読んだりゲームをしたり、インターネットの話をしたりします。小説も書きます。

「ハーフボイルド・ワンダーガール」から始める早狩武志ゲー入門

ハーフボイルド・ワンダーガール (一迅社文庫 は 2-1)

これまではゲームシナリオライターとして認知されている面の強かった早狩武志の、小説家としての知名度を一気に上げた感のあるラノベデビュー作品*1「ハーフボイルド・ワンダーガール」
何度も書いている通り、はてなキーワード早狩武志」を作成したりしているくらいにファンの俺は当然購入し、存分に楽しませてもらいました。
そして感想を見て回り、おおむね高評価だったのを眺めて氏の今後のラノベ界への進出により弾みが付くと楽しみだな、と思ったり。


そう、普段ならどんなに面白い作品と出会おうが、ここまでで終わるところです。
しかし、一つ気になったのは「ハーフボイルド・ワンダーガール」(以下「HBWG」と表記)を評価している方々のほとんどが、他の早狩武志作品は経験していないということ。「群青の空を越えて」をプレイ済みの人はそこそこ居たけれど、それ以外の作品については本当に皆無。

……こうなれば、俺のやることは一つ。恐らくここで自分が書かなければ、未来永劫誰も書かないであろうという無駄な使命感に突き動かされ、これまでの早狩作品を「HBWG」と絡めて紹介するエントリを書いてみました。
余計なお世話なんて言われても気にしないよ。そしてむやみやたらと長文なのはいつもの事なのです。


横浜、鶴見線海芝浦駅。意味など無い、ただの行き止まりの、詰まったクソのような場所。
いつものようにそこで海を眺めていた俺の、代わり映えのしない日常に穴を開けたのは、そこで出会った一人の男の言葉だった。
「沈んでいるヨットを引き上げ、修理して海に出よう」
馬鹿げたその提案に乗ってしまったのは何故だろうか。気がつけば、彼……東上浩介と、必死でヨット修理に汗を流す自分がいた。

さらに、許嫁から逃げているところを助けた縁で知り合った榎木田美潮、彼女の同級生の椎木莉佳子の二人も加え、男女四人、自分たちのヨットで海へ出ることを夢見る夏休みが始まる──

潮風の消える海に
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「HBWG」の幼馴染みには愛想が尽きた、もっと普通の萌えキャラをくれ!! と痛恨の叫びを漏らす貴方には、「潮風の消える海に」がおすすめ。
ヒロイン榎木田美潮が可愛すぎて悶絶したのも良い思い出です。早狩武志流ツンデレここにあり。


基本的に早狩作品は「振られた人」もしくは「自分は振られたと勘違いしてる人」と言う要素が使われる事がかなり多く、本作の主人公などはまさに後者の典型的なものだったり。ある意味では「HBWG」の主人公と同じですね……いや、あちらは勘違いでなくてホントの話ですが。

分岐のない一本道の作品であるため、ひたすら主人公と美潮の惹かれ合いとすれ違いが描かれるのですが、エロゲでは珍しい小説的なテキストで丹念に綴られるそれは、まさに早狩作品の純粋なエッセンスを詰め込んだような物語。ただ単純にヨットを修理して海に出て終わる話だと思ったら大間違いですよ?

また、ゲームから入った身である俺が、「HBWG」を読んだ際にはそのあまりのゲームシナリオからの文体の変化の無さに驚いたものだったりもしているので、小説から入った人にもそれほどの違和感は与えないかと思われます。


加えて本作も短編であるためなのか、上記の「失恋の物語」であるという要素以外にも、早狩武志作品の普段のカラーがかなり濃厚に出ていたり。
まず親との確執という点では「HBWG」と同じ……というか、弁護士である父を意識する主人公というのはまんま佐倉井さんな気もします。
「HBWG」での佐倉井さんのごとく、無味無臭の「萌えキャラ」からの脱却をめざした結果、逆に露悪的になりすぎてファンタジーとなっている感のあるヒロインというのも同じ。美潮もそうですが、莉佳子が特にそう感じましたね。


逆に言えばそういった要素を煮詰めたものだった「HBWG」と非常に近い位置付けの作品とも言え、小説から入った人への「ゲームシナリオライター早狩武志」入門にもっとも適していると俺が考えているのはこの「潮風の消える海に」です。
ダウンロード販売で安く買えますし、分岐無しの一本道ゲーなので短いですしね。手軽さという点では一番。
あと、繰り返すけど美潮は本当に可愛い。

物語の冒頭 「電車の方向が同じだから一緒に帰ろう」と言ったら「マジ鬱陶しいんだけど……ちょっと、離れて座りなさいよね」と罵られるような状況から、終盤のだだ甘のデレっぷりへの変遷には非常に楽しませてもらったものです。あれは本当にやばい。それはもういま思いだしてもにやけが止まらないくらいに。


現実とは微妙に異なる歴史を辿った日本。そこでは、関東地方の突然の独立宣言を契機に内戦が発生し、富士川を境に「日本」が東西に分裂したまま戦況が膠着状態に陥って数年が経っていた。
戦闘は、越境しゲリラ活動を行う一部のレンジャーと、国連停戦監視団の目を盗んで示威行為を行う双方の戦闘機の間で交わされるのみ。


そんな状況の中、主人公萩野社は学徒動員の戦闘機パイロットとして、関東独立闘争の英雄である渋沢美樹からパイロットとしての基礎を叩き込まれながらも、一方では年相応の学生生活を享受していた。
管制官養成課程のクラスメイト水木若菜、同期のパイロット候補生の久我聡美、付属校に通いながら整備士を目指す後輩の日下部加奈子。彼女たちと過ごす、何気ない平和な日常。
戦闘機パイロットとしての訓練を受けながら、同期生たちと学園祭で上映する演劇の練習に励むような日々。


だがその裏では、彼らの学徒動員兵としての平和に決定的な終わりを告げる「関西との戦争」が、刻一刻と近づいてきているのであった……

群青の空を越えて windows vista対応版
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「HBWG」はいささか小粒過ぎて物足りないという人には、早狩作品の最高峰にして最大のボリュームを誇る「群青の空を越えて」が合っているかと思います。
上記のストーリー紹介でも判るとおり、エロゲではかなり珍しい部類に入る現代架空戦記モノ。およそあり得ないと思われる「東西に分裂した日本での内戦」を、多少の穴は有りつつも十分に説得力のあるものにしてしまっているその手腕がまず素晴らしすぎます。

更にそう言った部分だけで終わることなく、背景設定を十二分に生かした上で「(戦争という)極限状態における群像劇」として相当なレベルに到達してしまっているのが素晴らしい。
主人公を戦闘機パイロットに設定しておきながらも、彼が全く活躍しない(基本的に全ヒロインのルートで撃墜されて生還するというのは逆に相当なもの)辺りからも、「戦争」そのものだけをメインに置いていない事が伺えるかと。

現代戦において一人の戦闘機パイロットが戦争に与えられる影響などたかが知れているのでこれは全く正しいことなのですが、だからこそ単なるパイロットして戦うのとは全く別のアプローチから「戦争を終わらせる」終盤の展開が輝くのです。
序盤の戦闘機パイロットとして戦争を最後まで戦い抜くルートでの負け戦の絶望感から、主人公が「英雄として戦争を終わらせる」(ただし戦闘機パイロットとしてではなく)のに持って行く流れにプレイした当時は心が震えたものでした。


また、分岐無しの一本道であるためエロゲとしてはかなり短い部類に入る「潮風の消える海に」とは違い、こちらは標準もしくは標準ちょっと上くらいの大ボリューム。
管制官養成課程の同期女子、お姉さんパイロット、付属校に通う整備員志望のロリっ娘、最前線を取材に訪れた女カメラマン、反戦活動家の少女(腐女子)とルートも多くてよりどりみどりですよ!? 



また、本ゲームの外伝小説である「群青の空を越えて -Gefrorenes Ideal-」は、ゲーム版の補完という面が強すぎる上、気合いが上滑りしている感がかなり有り、よっぽどの早狩ファン、もしくは「群青の空を越えて」が非常に気に入った人でない限りお勧めはあまり出来なかったりします。基本的に早狩作品は全て好きな俺も、こればかりはいまいち評価し切れていなかったり。

山村留学で訪れた想い出の村が、この夏ダムに沈むとの知らせを受けた主人公は、かの地で夏休みを過ごすことに決める。
想い出の村、そこで待っていたのは、記憶の中の姿からすっかり成長して美しくなった幼馴染みの市村貴理であった。
彼女と、彼女の後輩の倉林有夏、そして山村留学時代からの友人である原英輝、懐かしい仲間と過ごす、最後の日々。


そんな彼らを驚かせたのは、幼い頃に小学校の校庭に埋めた想い出の品、村がダムに沈む前にそれを掘り出そうという主人公の発案だった。
あきれつつも、年甲斐もなく「宝物探し」に熱中する主人公達。それはダムに沈む村という現実から逃げているようでもあり、幼い頃のままでは居られなくなったお互いの関係から目を背けているようでもあった。


そして、残酷にも時は過ぎ、夏休みの終わりが近づいてくる。
ダムに沈む村。最後の夏休み。彼らはまだ、本当の恋を、誰も知らない──

僕と、僕らの夏 完全版
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「HBWG」程度では生ぬるい、もっと強烈なモノが欲しいと言う同志諸兄には、「僕と、僕らの夏」がマジお勧め。
「幼い頃からの恋心は、決して偽物ではなくとも……永遠に、それだけが全てではないのだと」という「HBWG」終盤のくだり、早狩作品に頻出するこの要素を象徴するのが本作。というより、「僕と、僕らの夏」という作品全てが、この要素を軸に成り立っていると行っても過言ではありません。
そう言った意味で「HBWG」は「僕と、僕らの夏」の正統な後継作と言って良いでしょう。


惜しむらくはキャラクター・舞台設定・物語の流れ、全てがあまりにも地味過ぎ、初見の人を惹き付ける要素が少なすぎる所。メインヒロイン市村貴理の外見が、この物語の地味さを象徴しているのではないかと思います。俺、彼女以上に(見た目に)華がないエロゲヒロイン見たこと無いよ。
そして物語自体も何もない山村で久しぶりに再会した幼馴染み達と、想い出探しと称して小学校の校庭に穴掘ってるだけの話なので華が無いことおびただしい。
だからこそ逆に早狩作品の特徴である地に足の付いた人物と細やかな心理描写が光るのですけれど、合わない人にはあれは相当に辛いと思われます。
「人を選ぶ」というのはあまり使いたくない表現ですが、本作に関してはそれを適用せざるを得ないです。ちなみに俺は本作を貫く要素があまりにも個人的好みとマッチしすぎ、PC版・ドリームキャスト移植版・最初の二つのバージョンを統合したSpecialMarge版と、それぞれのバージョンの全ルートをクリアしてしまった(結果として十五回くらいクリアしている)人なので、話一割くらいに割り引いて聞くが吉かと。


しかし、それだからこそプレイして欲しいと言う気もしていたり。
些細なことから始まるすれ違いと、それによる失恋。早狩作品を貫くこのテーマに、ゲームで出ている三作品の中では一番真っ向から挑んでいるのが本作であったりします。
一部のルートでは*2 メインヒロインである貴理を選んだ場合をのぞくほぼ全てのルートで主人公が選んだヒロインより、選ばれなかった(=失恋した)ヒロインの描写の方に力が入っていたりしますからね。本当に早狩武志は振られた人が好き過ぎる。

更に、最初は単なる主人公達を見守る「大人のお姉さん」的立ち位置の人物にしか思えない冬子さんの視点を通して描かれる裏ルートが、まさに本作の真価を発揮しているところであったり。主人公と異なり、自らの故郷である舞台の村を嫌悪する彼女が、主人公達の恋と失恋を見守っている……つもりが自らもそこから影響を受け、過去を振り切る物語である裏ルートあってこその「僕と、僕らの夏」だと俺は思っています。
まさに「失恋の物語」である表ルートだけでも十分とはいえ、裏ルートによって与えられる物語の厚み、そして裏ルートラスト、再びの「想い出の品」で全ての物語が未来へと繋がる構成は美しすぎる。


  • おまけ

というか、「ハーフボイルド・ワンダーガール」自体を読んだことが無いと言う人はどうしたら良いかって?


読め。そして悶えろ。




<関連記事>
以下、俺のBlog・サイトでの感想記事たち。
青春は、とっても苦くて、少しだけ甘い - 「ハーフボイルド・ワンダーガール」 - 偏読日記@はてな
潮風の消える海に - 偏読日記@はてな
群青の空を越えてレビュー - 偏読日記


つくづく「僕と、僕らの夏」プレイ直後の記憶が新しいうちに正規のレビュー記事をアップしておかなかったのが悔やまれます……


他サイトでの感想記事はこの辺りを参照。
ハーフボイルド・ワンダーガール - いつも感想中
○○厨への偉大なる挑戦――早狩武志『ハーフボイルド・ワンダーガール』 - 羊肉うまうま
雑記「死者には涙を一滴、生者には血を一滴。」 HOTEL OF HILBERT/ウェブリブログ

*1:「商業小説デビュー」ではないところに注意

*2:10/19 ブックマークコメントで指摘を受け修正