忘れえぬ廿世紀後半の櫻歌

 妙子の櫻

さくらばな咲きしときこゆ猫よりも怠りふかき目をわれは擧ぐ

薄黄(はくわう)のさくら湖岸に咲きたればまぶたに塗りぬ油一しづく

かかるさくらありしとおもへ遠草野「平野夕日」といふ櫻ばな


 智惠子の櫻

さくらばな陽に泡立つを目守(まも)りゐるこの冥き遊星に人と生まれて

夕櫻つひあはざれば夢の書に芽吹けるものの病むごとく在り

今日萬朶さくらは殘りたちまちに馭者の座若く風めぐるかな