VESTIGIAL TAILS/TALES : akihito aoi’s blog

2015/10/12

2015古建築実習も無事終了。

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2010/10/09

10月4日(月)〜9日(土)・2010古建築実習終わる。

僕も今年で3年目。今年は40名の履修者があり賑やかだった。毎年少しずつコースは違っていて、今年は安楽寺長野県上田市)、瑞龍寺(富山県高岡市)など僕にとっては初めての場所もいくつかあったし、2度3度と訪れている場所もまずは全体から細部まで目に焼き付け直そうと頑張るとじわじわと発見もある。日野の法界寺阿弥陀堂なんてホントにすごいです。

ところで写真は仁和寺の白書院に見られる細部の例。仁和寺は初めてではないが、この一群の建築物を見るのは初。入ってしばらくは気づかなかったのだが、この一郭は明治20年(1887年)に焼失して大正2ないし3年(1913-14年)頃に竣工しているのだから、そうであってもおかしくはない。そう、アール・ヌーヴォーですねこれは。きっと知られていることなのでしょうけど。勅使門は京都府技師・亀岡末吉が設計したことが知られているが、その意匠はもうアール・ヌーヴォー的な装飾が狭い枠のなかで極限的に繁茂したかのようで圧巻(これとか参照)。同時期に建設された他の建築物(白書院・黒書院・宸殿・霊明殿など)も細部に目をやれば繊細で生き生きとした曲線が見つかる。流れるような線が際立つ蟇股とか。こういう細部をみつけては写真撮ってたら、「先生フェチですねえ」と学生に言われた・・・そういうんでもないんだけどな・・・まあ勿論そういうことでもあるんだけど。

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同じく白書院の細部。

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下は上述の勅使門。

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2009/10/21

住宅総合研究財団『すまいろん』の編集に関わらせていただくことになりました。

本日(2009.10.20 Tue.)よりすまいろん編集委員会に出席。錚々たる方々(ホントにキレる面白い方々)とご一緒させていただきます。まずは2010年夏号の特集を担当せよということでさっそく素案をいくつか提示させていただきました(古建築実習中、奈良の居酒屋で学生たちと議論しておいたものを含む)。袋だたき+八つ裂き+やり直し命令・・てなことになるのではないかと密かにビビっていたのですが、どれも面白いから好きに選んで進めよということになり、ひとまずホッとしつつも頑張らねばと思っているところです。いやこれは大真面目に言うのですが、『すまいろん』はきわめて貴重な存在意義ある雑誌なので、きちんとやりたいと思います。

2009/10/17

古建築実習 その3

PA1642825日目:奈良から京都へ移動しながらいくつかの阿弥陀堂を見る。平安後期、末法への恐怖と極楽往生への希求に駆り立てられた貴族たちの信仰の場。まず木津の浄瑠璃寺は九体の阿弥陀仏を並べ祀る間口九間の長い本堂と池を中心とする浄土式庭園。宇治の平等院鳳凰堂は、丈六と呼ばれるサイズの阿弥陀座像を祀る堂としては最小規模の空間に裳階を廻し、下を吹き放ちにした翼廊と尾廊が伸びる。この鳳凰堂がきわめてピクチャレスクなのに対して、同じ丈六阿弥陀座像を祀る日野の法界寺阿弥陀堂はむしろ内部空間の強度が圧倒的。大スパンの四天柱で囲われる垂直性の強い空間は壁画や彩色に満ち、5間四方に割り付けられた庇上部の化粧小屋裏がさらにこの求心性を強調する。四天柱と庇柱とは筋が通らないが、正方形平面を入れ子にした二つの空間ヴォリュームのプロポーションは絶妙。いずれにせよ浄土への強い憧れがいくつかの空間形式をとって強烈に表現されているのを経験できる主題の明確な1日。他には宇治上神社(三棟の流造内殿を覆屋に収めた本殿、住宅風の拝殿が特徴)、そして行事のため主要堂宇に入れなかった醍醐寺に代えて万福寺(黄檗宗本山)を訪ねる。

6日目:最終日は滋賀コース。長寿寺は柔らかい意匠が特徴の中世密教本堂。双堂形式の名残をとどめて内陣・外陣ともに独立性の高い化粧小屋裏。向拝柱や垂木の面取、起りと反りが連なる桧皮葺屋根などが繊細で優しい。お隣の常楽寺は室町期の大型密教本堂。三重塔はいわゆる六枝掛のきれいに整備された枝割。園城寺(三井寺)では光浄院と勧学院という寝殿造から書院造への過渡的な状態を示す客殿を特別に開けていただく。丁寧で分かりやすい説明を聞き、学生たちも対面空間の意味を実感した様子。石山寺は双堂をのちに統合した大型の本堂と美しい多宝塔。京都駅に戻って解散。

というわけで、6日間の古建築実習が終わりました。最初はどれが大斗でどれが肘木なのかも分からなかった学生たちが後半には自ら用語を使いながら建物の構造や意匠の特徴を読んだり議論したりしていました。記憶が消えぬうちに畳み掛けるようにモノを見せ、比較させるので、自然にリテラシーが身につくんですね。来年ももっと盛り上げていきますヨ。先生方、学生の皆さん、お疲れさま。

(写真は法界寺阿弥陀堂

2009/10/16

古建築実習 その2

PA1540333日目:金峯山寺。吉水神社書院。今井町。当麻寺・・・と廻った一行に、僕は東京から新幹線とバスを乗り継いで霊山寺にて合流。和様の本堂は初日の大善寺(山梨県)とほぼ同時期の建築だが、内部では虹梁を含めて構造的表現を繊細な格天井で覆って貴族的な雰囲気。ちょうど厨子が開かれて秘仏が見られただけでなく、三重塔の来迎壁に描かれた涅槃図なども見せていただけるという幸運。この後、薬師寺、秋篠寺と廻る予定だったが僕の合流前に道路渋滞で時間を食ってしまい、これらは断念。

4日目:東大寺南大門のいわゆる大仏様は、中国福建省や台湾では寺廟から民家までごく普通に使われる構造形式が、重源のつくった巨大な実験場でその構造的・生産的可能性を極端に肥大化させ、ひいては表現としての切断的に新しいあり方を先鋭化させたものだ。つまり、ヴァナキュラーですらあるローカルな技術を展開させることで現れた異物としてのモダニズム。大仏殿は構造・意匠の統合が破綻しているとしか思えないものの、鉄輪で締められた集成構造材の採用など江戸期の建築生産の背景を想像すると面白い。つづいて新薬師寺。深い奥行きに大きな叉首組という珍しい構造。前日行けなかった薬師寺へ。東塔に残された唐様式で金堂・西塔などが復元されている。この唐様式以前の中国北朝系の様式を伝えるのが法隆寺。あの不気味な奇怪さが伊東忠太の心と響き合ってしまった可能性は大いにあるだろう。最後は慈光院の鄙びた書院。戦時中に堀口捨巳が籠ったという、彼の茶室研究の現場である。堀口から教えられたという茶室の秘事について激烈な和尚から聞く。参りました。

(毎晩のんでて時間と体力なし。今日はここまででご勘弁。)

2009/10/14

10月12日(月)〜17日(土):堀口捨巳先生以来の伝統の科目「古建築実習」

今日(13日)は、国宝の茶室・如庵(愛知県犬山市)を見たところで、(まだ詳しいことは言えないけれどかなりすごいことになりそうな)神社関係の某プロジェクトのためにいったん帰京しましたが、また明日は昼過ぎに奈良で合流予定です。

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1日目:早朝に新宿を発したバスはまず山梨県甲州市の大善寺へ。薬師堂は鎌倉期の密教本堂で和様。室町期の厨子は禅宗様。長野県に入って松本城。そして擬洋風の代表選手、開智学校。大工棟梁(立石清重)による幾何学的で抽象的な作業空間(棟梁の頭と身体とその外延に広がってゆく思考空間のこと)、左官による過剰な彫塑的図像の世界が同居する。つづいて前から行きたいと思いながら果たせていなかった仁科神明宮。アルカイックなものの洗練というべきか、杉木立のなかの社殿の美しさに見とれつつも背後の意図も底知れぬ気がした。暗くなって妻籠宿を歩く。60年代後半の西部劇のような荒んだ光景を想像したうえで現在の整備された博物館的景観をどう捉えるか、学生たちに問いかけてみるが・・・もう真っ暗。馬籠泊。

2日目:岐阜県の永保寺。禅宗様の標本ともいうべき開山堂に感激。正統的宋様式としての禅宗様は構造技術の合理主義的発展および技術統合的な美という、ちょっとヴィオレ・ル・デュクのゴシック論のような勉強ができる点で教育的にも非常に価値がある(前日の大善寺の和様と比べれば中世の外的インパクトも理解しやすい)。一方の観音堂は逆にこのテクトニックな統合性をひたすら逃げようとする建物として読める。で、こういう軸とはまったく異なる説明が求められるのが茶室。犬山の如庵へ。手前座と正客との関係をつなぎとめる床脇の45度の壁、亭主と末客が相対してしまうのを回避するアーチ型にくりぬかれた板壁といった微妙な諸関係の調整にうーんとうなる。それと、建仁寺塔頭から祇園、東京三井邸、そして犬山へという建物の移動の履歴は、実は部材や壁土などなどを次々に置換してきた歴史でもある。考えてみれば茶室はバラックの洗練みたいなところがあって、そう考えれば洗練の奥深さとともに、バラック的なある種の開放性も見えてくる気がした。(私はここで離脱。一行はさらに室生寺、大神神社を見て吉野へ)

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明日以降も、元気があったらまた書きます。

2008/10/30

これでもかと定番日本建築を見続ける日々。 〜古建築実習中間報告〜

明治大学建築学科には、堀口捨巳先生がつくった「古建築実習」なる科目があり、4年生の希望者を連れて6日間の旅に出る。僕は今年初体験なので頑張って予定を開け、10月27日(月)〜11月1日(土)のフル参加。奈良にはじまり京都南部を一瞥して、4日目の今日は神戸(太山寺)・加古川(鶴林寺)を経由して姫路城。明日は書写山円教寺をみた後は再び長距離移動。大阪(観心寺)・奈良(当麻寺)を経て京都へ戻る。最終日は京都と滋賀を巡って終了。ほとんどが国宝だから定番中の定番ばかりで、無精の僕も2/3は見たことがある建物なのだが、しかし1週間も集中的に見る経験にはまったく異質なものがある。1日に数棟から十数棟、記憶が濃密なうちに次々に見てゆくので、圧倒されつつも(学生は相当混乱しつつも)何とか比較したり順序立てたりしながら建物の特質を身体に刷り込んでいくことになる。ナルホドなー。そこに堀口・神代時代の逸話やらが透けて見えるわけだからもう濃い濃い(慈光院の和尚が出てきて、「おまえら『草庭』は書棚にあるか」とどやされたり)。

きちんと伝えるべき科目だと心から思うのであった。