VESTIGIAL TAILS/TALES : akihito aoi’s blog

2018/09/28

告知 | 20181027 | 公開学術シンポジウム「近代における神社の造形と《固有性》の問題」

公開学術シンポジウム
近代における神社の造形と《固有性》の問題
日時:平成30年10月27日(土)13:30〜17:00
会場:明治神宮社務所講堂
主催:明治神宮国際神道文化研究所/共催:明治神宮史研究会

プログラム
[論点提示] 建築の固有性をめぐるいくつかの問題と事例
青井 哲人(明治大学理工学部教授)

[講演] 京都の創建神社明治モニュメント概念
清水 重敦(京都工芸繊維大学教授)

[講演] 多賀神社境内の近世・近代 標準性と固有性
富山 大樹(株式会社 平成建設 首都圏工務部)

討議

神社にも造形がある ── 唯一神明造をみれば伊勢神宮を、大社造をみれば出雲大社を想起する。本殿よりも拝殿や回廊などに、あるいは社殿群の構成や境内の環境などに、豊かな固有性が現れる場合もある。近代は、こうした神社の造形上の《固有性》という問題を、どう揺さぶり、どう再構成したのだろうか。

たとえば創建神社祭神は、近世までの伝統にはない新しい種類のものだ。このことに向き合った者は、建築造形の根拠を新たにつくり出さなければならなかった。そもそも銅像博物館と比べて、社殿建築は各社の《固有性》を物語るのに雄弁でありえたか。

有力な古社もまた、明治初年の荒廃からの多様な復興運動のなかで、固有の造形とその根拠を自覚的に組み立て直す必要性に迫られたのではないか。各社固有の宗教社会と祭儀体系の蓄積をふまえつつも、むしろ近代という時代に通用する、古くて新しい根拠を。

シンポジウムでは、神社の造形における《固有性》の問題にフォーカスし、そこから近代のネーションと神社との関係にこれまであまり見えていなかった脈絡を浮び上がらせたい。

申し込みについて

本件シンポジウムは、研究者学術研究者を対象としております。参加御希望の方は、催事名・住所・氏名・連絡先を明記の上、下記事務局までお申込み下さい。なお、研究会終了後、希望者による会費形式の懇親会を予定しております。参加申込み時に出欠もあわせてお知らせ下さい。

明治神宮国際神道文化研究所

〒151-8557 東京都渋谷区代々木神園町1-1

TEL:03-3379-9338/FAX:03-3379-9374

Email: center_mj@so.meijijingu.or.jp

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2012/05/21

フットサル初勝利・3位入賞・打ち上げ

昨日(2012.05.20.Sun)朝9時から昼過ぎまで新百合ケ丘のフットサルクラブで開かれた5月杯に研究室メンバー12名で出場しました。チーム名は「町屋フロンテージ」。2年前くらいからときどきやってるんですが、ついに公式戦初勝利を飾り、3位決定戦でも勝って3位入賞。といってもエントリは4チームだけだったんですけどね。職場仲間とか学生さんとか、色んなチームが出場してました。でもようやく勝ちましたわ。学生たち頑張ってました。新キャプテン誕生? しかし林のキーパーは神懸かりだな。僕も初得点あげたよ(僕が着てた赤いのは京大布野研フノーゲルスのユニフォーム。18年くらい前のが掃除したらでてきた。当時のマンUモデルです)。終了後は我が家に学生たちが集まり夜まで打ち上げ。奥さんの手料理(昼から帰り際まで続々と出されるご馳走!)を味わいながら盛り上がりました。

(付記)学生たちのブログにもレポートあがってますね。

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2012/04/13

2012年度の研究室キックオフ/保存機械の話

 今年度のゼミがスタートした。D2=2名、M2=5名、M1=5名、B4=8名の計20名。昨日(20120412)がキックオフ飲み会。新4年生たちも楽しみだ。

 飲み会後半は滝沢君、陳君(ジョージ)と、保存とは何かをめぐって議論。話の枕に、フィリップ・ディック(仁賀克雄編訳)『地図にない町』(ハヤカワ文庫)所収の短編「the preserving machine」を紹介した。

 ラビリンス博士は現代を古代ローマと重ね合わせ、すべての文明は衰退・滅亡する、美しき文化もすべて滅ぶという想念にとりつかれ、とりわけ自らの愛する音楽を保存したいと願って "the preserving machine" (保存機械)をつくらせる。モーツァルト、ベートーベンやバッハの楽譜をその機械に放り込むと、もう一方の口からはそのつど鳥や昆虫や獣が出て来る。それら生き物を、博士は自邸の裏の森に放った。つまり博士は、preservation(保存)という問題を、その対象物に生命を持たせることで、自らサバイブさせるという方式で捉えようとしたのである。

 しかし博士は森のその後に恐怖を覚えはじめ、訪問者である「私」と2人で、楽譜の変換態たちの帰趨を確かめることにする。すると、鳥や昆虫や獣は森のなかで自らをさまざまに変貌させ、あるものはすでに屍となっていた。おそらく生態系における競争が彼らにもたらした事態だった。ラビリンス博士は「私」とともにやっとのことでバッハのフーガの変換態であり、またその馴化態であるところの、刺の生えた金色の球のような生き物をつかまえ、そして preserving machine を逆向きに通すことで楽譜に再変換した。博士自らピアノで演奏したその楽譜は、断片的にフーガの痕跡を残しながらも、全体としては支離滅裂で無意味な音列だった。

 滝沢君はこの物話の含意をすぐさま悟り、切実に(!)面白がった。彼自身が、伊根浦の重伝建地区における凍結型保存と産業や生活の変化とのあいだにあるギャップについて研究し、凍結に代わるオルターナティブな保存論を卒業設計で提案しようとしたからである。彼はある意味でラビリンス博士のように、凍結された町並みに生命を与えてサバイブさせようと考えたのである。いや、そこまで徹底できなかったし、できなかったことが彼の良心でもある。しかし、議論をするうえでは極端な論理を提示した方が、軸がはっきりし、その中間態も位置づけやすくなって生産的である。

 この寓話はいろいろな事例にあてはめて考えることができるが、ここでは江戸/東京のことを考えてみたい。松山恵さんの最近の研究を踏まえて言えば、江戸的な安定性をしばらくは持続させていた東京も、おそらく明治30年代にこのような machine をくぐらされて獣の森と化したのである。「支離滅裂で無意味な音列」とは、現在の東京である。ラビリンス博士はおそらく音楽の変貌に落胆したであろうが、今日の私たちは東京をカオスだと嘆いたり、またエギゾチシズムに満足したりしても仕方がない。重要なのは、都市を保存する(=都市を生き残らせる!)ために考案された「機械」の機構と、そこを通るとき”美しき”町がいかにして生存競争を闘う獣へと変換されたのかを知ることである。

 しかしこの寓話には、解読=展開される「楽譜」という記譜の形態を、一個の生物個体へと変換するところに奇妙さがあることも見逃せない。その意味では江戸が東京になるといったことはこの物語には正確にはそぐわないのかもしれない。実際、著者ディックは楽譜を原基的情報=遺伝子になぞらえているようにも思われる。生物は、ある環境コンテクストのなかで遺伝情報を展開して自らの形態をつくる。遺伝情報そのものは環境の影響を限りなく受けにくい方が種の同一性保存のために都合がよく、逆に、環境条件に応じて形態展開の方向性をそれなりに修正できる余地がなければリジッドすぎて死滅しやすい。前者が系統発生(種の継承)の問題であり、後者が個体発生の問題である。そもそも楽譜では破かれたり焼かれたりすればゼロになるが、妙な変形を生じることもないのだ。

 ラビリンス博士は、遺伝情報を一個の個体に変換してしまったのであり、本当の奇妙さ、恐ろしさ、滑稽さは、この短絡(ショート)にある。あるいは、生物における系統発生と個体発生の二重性を消去してしまっているといってもよい。

 ちなみに、自らの実験の結末を知った博士が、彼らは一体ずつしかいないからやがて絶滅する、そのようにしておいてよかった、と話す箇所がある。博士は楽譜の変換態たる生き物たちの再生産(生殖)については、さすがに一線を越えることはできなかったのである。

2012/03/27

卒業式

R00331882011年度の明治大学卒業式が2012年3月26日に行われました。当方の研究室では、学部生9名が卒業、大学院生4名が修了しました。いつも同じこと言っていますが、今後も「考える自由」を大切にしてください。

どうしたら時代に振り回されずに、大事なことをちゃんとやって生きていけるんでしょう。

R0033192でもそれは、社会をつくっている諸条件にどう接続するか、ということと同じことなのかもしれませんね。

2011/10/31

惜敗、いや惨敗。来年は合同ゼミを!

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昨日(2011.10.30 Sun.)16:00〜 神宮外苑競技場内のフットサルコートで法政大高村研究室と対決。昨年ボーリング対決で惨敗した際、次はフットサルでとリベンジを誓ったのだった。いいけどさ、でもうち強いよ、と高村先生が不敵な笑みを見せた記憶はあるが、それにしても昨日参加の男子諸君は全員サッカー経験者ってどういう研究室だよ(てか先生出場してました?)。まあ言うまでもなくあっさり負けたわけだけど、身体動かして気持ちのよい週末となりました。女の子たちも頑張ってましたね。僕も思ったよりまあまあ動けたので満足。夜は信濃町駅前で懇親会。「年齢の割に頑張ったで賞」みたいな名前の賞をもらった。来年は7月くらいに合同ゼミやろう、八王子セミナーハウスあたりで。それから8月は海外調査相乗りとか。

2010/07/05

東大生研にてバーベキュー

R0012055駒場の東大生産技術研究所の、この建物の裏あたりに Roast Garden という看板のかかったバーベキューサイトがありまして、藤森研OBのBさんにお誘いいただいて昨日家族で出かけてきました。メンバーはBさんが講師やってるICSの学生さんたちと明治の学生、そして東大のN君。

藤森先生によるとこのへんの建物は内田祥三体制だけど配下の割と若い人たちがやったようですね。内田先生が本気で自分でやればゴシックになるはずだけどこれはアムステルダム派ですね。スクラッチタイルがアムスの煉瓦と似たフェティッシュなテクスチャーを出しています。

で、この裏でバーベキューできるし、中庭ではサッカーとかやってるし、市民が散歩に入ってくるし,立派な樹々がたくさんあるし、ほんとによいです。その後,前田候爵邸洋館(チューダーゴシック)とかも見ました。生研正門前の銅板巻き看板建築は健在でした。東北沢駅周辺は建物がかなり壊されて空地が増えていました。建設される道路のラインが透けて見えます。

こちらは門を入って正面の13号館でしょうか、あのいかにもアムステルダム派的な造形の時計塔の建物、あれの裏側です。

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2010/06/20

法政大高村研究室とボーリング大会+ワールドカップ日本×オランダ戦 観戦飲み会@小金井キャンパス

昨日は高村研究室にお招きいただいて18:00より小金井駅近くでボーリング大会。全部で30人くらいかな。うちは家族で参加。しばらくしてふと向こうのレーンを見ると高村雅彦先生本気印(めちゃ上手い)。学生もウチが負けてる。結局、用意された商品と優勝カップはすべて高村研に持っていかれ・・・。次は我々がホストになって勝てるイベント企画しよう(なんかおかしい?)。

つづいて法政大小金井キャンパスの研究室(今年度いっぱいでデザイン学部は市ヶ谷キャンパスへ完全移転となるそうです)にて飲み会。スクリーンに映写された試合は・・・いやカメルーン戦からは想像もできないようなちゃんとしたサッカーではないか。負けるとしても1点差までにおさえれば褒めるべきカードだろうから、0-1から攻撃的布陣へと転換していったのは岡田監督の采配としては仰天であったが観戦する我々としては終盤にも見せ場をつくってもらい大いに盛り上がった(0-2、0-3になるリスクを背負ったんだけど)。

高村研のみなさま企画+招待ありがとうございました。

2010/02/02

卒業設計公開講評会おわる。

1月31日(日)に、駿河台キャンパスのアカデミーコモンで2009年度の卒業設計公開講評会が行われました。対象は専任教員が学内選考で選出した優秀9作品。ゲスト・クリティークは野沢正光氏と寺田尚樹氏。かなり厳しい批評をしてくださいました。結果的には、私たちの研究室では Yさんが「堀口賞」、Y君が「佳作」をいただきました。おめでとう。ただ、私も審査員の一人でしたから、審査の経過等は学科公式サイトで発表されるのを待つことにして、ここでは個人的な総評的コメントを少しだけ書きます。

全体に迫力不足でした。原因は、たぶん、ほとんどの学生が「問題」を立て損ねていることにありそうです。「問題」というのは、解かれるべき問い、ということ。社会問題をとりあげればよいという話ではない。どうやって空間やモノの設計で解くべき「問題」にまで翻訳できるかが勝負。もうちょっと建築っぽいテーマ、たとえばコミュニケーションを発生させる、とかいうのもそれだけでは「問題」にならない。特定の状況と関わらせることではじめて「問題」になる。敷地とか密度とか住人像とか・・・あらゆる条件が、「問題」を立てるという行為に動員される。そこに説得力があれば、強い「問題」になる。強い「問題」は、解法を厳しく制約するだろうが、制約はガイドでもある。ただし複数のガイドが互いに矛盾しているのが普通。それを解いてみせる。たぶんそれは建築的形式を使って「問題」の構造を新しいかたちで可視化するということに近いかもしれない。それが建築にできること、つまり建築的であるということだと思います。「よい問題」を立てないと、建築の持ち腐れになる。

もうひとつ。ヒトの脳は、5〜6万年前くらいから全く変わっていないそうです。その頃ヒトは洞窟に住んで、狩に出た男たちが野営するときにはテントみたいなものをつくった。それから地上に恒久的な建築が出現するまでに4〜5万年かかったけど、その後は社会も建築も先端では激しく変わってきた(逆に変わる必要のないところではずーっと変わらなかった)。この間、脳は同じです。ということは先になされたことの継承と批判という営みがいかに大きな力を持っているかということです。「問題」はつねに立てられ、解かれてきた。そのアーカイブに手を突っ込んでみないと、「よい問題」は立てられないでしょう。

2009/12/18

忘年会・陣内研の皆さんと。

学生たちが陣内研の皆さんと合同忘年会を企画。昨晩(12月17日)新宿歌舞伎町界隈で飲む。次年度より研究室メンバーとなる現3年生も参加。3年生だと陣内秀信も布野修司も誰一人として知らないが(汗)、藤森照信は全員が知っている。もちろんニラとかの建築家として。卒業設計・卒業論文が佳境の4年生たちも、1年前はこんな感じだったのかと思うとけっこう成長するもんだなあと思う(してくれないと困るけど)。陣内研に面白い人がいると1週間前にある方に教えてもらい、失礼ながらお呼びだてしてお会いした。タイに4年間留学し、バンコクの高床住居を調査をして、家が動産であることを示した岩城考信氏。→『バンコクの高床式住宅:住宅に刻まれた歴史と環境』(風響社、2008)。ほんとに楽しい人。今度また調査のお話などゆっくり聞かせてもらおうっと。

皆さん1年間お疲れさまでした(まだ全然終わってないけど)。論文・設計など大いに期待しています。

2009/12/12

フットサル初挑戦は・・・。

惨敗でありました。

研究室9名+強力助っ人1名で即席チームをつくり(本当に今日できたチーム)、新百合ヶ丘のフットサルクラブが主催する大会(いろいろランクがありまして、スーパービギナーズクラスにエントリーしました)に出たのですがね。

実は僕が布野研究室のM1かM2の頃だったかと思いますが、研究室メンバー+アルファでサッカーのチームをつくって、「フノーゲルス」と命名し、指導教官のポケットマネーでユニフォーム(マンチェスターユナイテッド・モデル)までつくって活動していたことがあります。農学部グランドとか河川敷とかでやってたんですが、一回、淀川河川敷を借りてやってたら、当時J2の京都パープルサンガの選手の皆さんがやってきて、練習やるんだけどと言われて、そんなはずはないと利用申請の控えを見せたらスゴスゴとお帰りになられたことがありました。プロも大変だなあと思いました。あと、奈良文化財研究所のおじさんたちが平城宮跡の穴掘り現場の横のグランドで熱心にサッカーに励んでおられることは有名ですが、あの方たちのサッカーに対する姿勢は半端ではなく、試合をさせていただきましたがキレイに完敗しました。と、いろいろ思い出のあるフノーゲルスは(実体は連続してないような気もしますが)現在も滋賀県立大学でご活躍のようで嬉しいです(A-CUP 2008準優勝とか)。

というわけで約15年ぶりに身体を動かしたわけですが、そんなの動くわけないですね。しかし研究室の若者どもも(G県選抜という栄光の過去を持つG君はじめ経験者も擁しているのですが)いまひとつ走れない、止まれない、切れない・・・。研究し過ぎか? いやそうとは思えない・・・というわけで今後もチームは活動を継続します。まずは2〜3月の次回出場に向けて各自で基礎体力を上げようと誓って解散。いや、楽しかった。しかし次回は勝ちたい。

(助っ人のM君ありがとうございました。今後もよろしく。)

(当日の様子はこっちの方がよく分かると思います。→H君のレポート←日本語ヘン)