VESTIGIAL TAILS/TALES : akihito aoi’s blog

2018/07/21

mediumのサイトをご覧ください。

vestigial tails/tales: aoi's journal

やっぱり画像の扱いとかメモのようにサラサラ書ける感覚とか、Mediumはわりと僕に合っているみたい。日本ではユーザー数が少ないのが難点なのでしょうが。

2018/05/01

日常的にはmediumで書いています。

vestigial tails/tales: aoi's journal

どうも今までのように長文ブログを書くのがしんどくなり、すると更新頻度もガタ落ちで、かといってtwitterは自分には何となく馴染めない気がしていたのですが、きっかけがあり medium に日常的なメモなど書くようになりました。よければのぞいてやってください。

たまに長いの書くときはこっちに書きます。

2018/03/04

日常的にはmediumで書いています。

vestigial tails/tales: aoi's journal

どうも今までのように長文ブログを書くのがしんどくなり、すると更新頻度もガタ落ちで、かといってtwitterは自分には何となく馴染めない気がしていたのですが、きっかけがあり medium に日常的なメモなど書くようになりました。よければのぞいてやってください。

たまに長いの書くときはこっちに書きます。

2018/03/01

戦後空間シンポジウム01民衆・伝統・運動体のレビュー記事3本が『建築討論』誌で公開されています。

日本建築学会〈戦後空間WG〉主催「戦後空間シンポジウム01 民衆・伝統・運動体」(20171216)続報です。10+1 website 2018年2月号PICKUPに続き、日本建築学会のウェブマガジン『建築討論』にてレビュー記事が出ました。2誌連動企画。特集前言から引用しておきます。

10+1 website ではシンポジウムの枠組みと報告および討議の記録が掲載され、本誌では逆井聡人(日本近代文学・表象文化論)、高田雅士(日本近代史)、辻泰岳(建築史・美術史)の3方にシンポジウムに参加のうえレビューを執筆いただいた。これまで建築ジャーナリズム内部の議論としてのみ語り継がれてきた50年代の「民衆論」「伝統論」が、どれほど大きな地図と錯綜した線のなかにあったのか ─── 議論のアリーナが設営し直されたという印象である。

toron_homepage_201803

2018/01/02

2018年元旦をもって日本建築学会の〘建築討論〙新サイトを公開しました。

screencapture-medium-kenchikutouron*

現編集委員会は2017年6月に発足し、前委員会を引き継ぎました。それ以来準備を進めてきた新しい〘建築討論〙が元旦より公開されています。medium を使い、書き手と編集者が共同でつくりあげるジャーナル的な月刊マガジンをお届けしますので、楽しみにしていただければ。


home https://medium.com/kenchikutouron
what  建築討論とはeditors and writers
archive 全記事アーカイブ


みなさま助言・情報提供・寄稿などなど、ぜひよろしくお願いします。

ところで・・・

mediumがちょっと面白いと思ったので、VESTIGIAL TAILS/TALES の medium 版を試しにつくってみました。

https://medium.com/vestigial-tails-tales-akihito-aois-notes

2017/09/09

10+1 website 2017年9月号 特集「東京の〈際〉」 ---- 網と魚

201709_10+1website_tokyo_kiwa

10+1 website 201709 特集 東京の〈際〉

  • 都市アウターリング研究事始め──際はどこにあるか?/青井哲人(明治大学准教授)
  • 東京港・港湾倉庫の世界システム/渡邊大志(早稲田大学創造理工学部建築学科准教授)
  • 点在する東京のマーケット──再び都市の資源になりうるか/石榑督和(東京理科大学工学部建築学科助教)
  • 滝野川と「サードドメイン」/日埜直彦(建築家)
  • 「東京の〈際〉」を制作せよ──関係の写像を超えて「未来」を拡張するためのプログラム/上妻世海(文筆家・キュレーター)
  • 際を歩きにいく・足立区編/石川初(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科/環境情報学部教授)+伊藤隼平(石川初研究室)+西野翔(同研究室)

都市のダイナミックな動き    それを僕は何か巨大な心臓みたいな生き物がドクンドクンと膨張しながら自身のかたちをも変形させていくような、そんな動きとしてイメージしているんですが    その動きが激しい社会的=空間的な変化としてあらわれてくる、そういう地帯としてアウターリング(=朱引・墨引の外側、旧東京市をとりまく旧郡部、生産+流通のエリア、ざっくりと皇居から8-16km圏)を見ています。

最近、オリンピックが近づいてるからでしょうが、テレビでちょっとマイナーな(失礼!)スポーツでも中継や解説が流れていたりして、昨夜はサーファーが格闘する大波が、沖から次々に送り出されてくるのをしばらくぼーっと見ていました。あの波、ある一定の条件をもった場所に大きくあらわれ、サーファーはその動きへの観察眼を研ぎ澄ましている。

大きなうねりが何らかの条件下でぐあーっと立ち上がって波形を顕在化させる、それに似たものを都市のなかにつかまえることで海=都市それ自体のうねりとそれが具体的に形態化する条件みたいなものが分かるんじゃないかなという    原稿〆切の前にサーフィン見てたらよかったのになあ。波頭っていう隠喩は思いついたんだけど、その波をつくり出している巨大な海それ自体のダイナミズムと、それをもたらす宇宙の動きと、海のうねりを波というかたちに整形する地形や風などの条件と、そして波という顕在化を感知する眼=身体の精度を上げていくサーファーと・・・こういうイメージをもうちょっとはっきり書けたらよかった気がする。

今回の特集の、東京の〈際〉をみようというテーマは面白いと思いました。当然ながらかつての文化記号論みたいなスタティックな中心-周縁論ではなく、ダイナミズムの表現としての〈際〉、つまり変化の波頭としての〈際〉を捉えることができるはずですが、それは必ずしも文字どおりの端っこ(物理的周縁)に現れるわけではない、ということをひとつは書きたかった。私たちの研究プロジェクトの場合、それを〈都心〉と〈郊外〉のような比較的安定的にカテゴライズ可能なエリアに挟まった、多義的・両義的な場所に見いだしてみようということです。

他方で、今回の文章はリングのかたちをした網にひっかかるものは何でも集めて、どんな魚がどれくらい含まれるか、その組成を調べていこうというわけで、つまりはリングは網にすぎないので、結果はリングをかき消すことにつなることはまあ規定の路線なわけです。網だって繕ったり縫い足したりもするでしょうしね。結局、そういうヤケクソな漁師+キマジメな検体検査官みたいな作業をやっていかないと、サーファーみたいな感度が手に入ないのかなと、そういう感じです。

学生の皆さんにもいつもそう言っているつもりなんだけど、アウターリングとは網なのか魚なのか、それを混同しちゃうと、自縄自縛になっちゃうよ(!)

2017/08/06

研究室ウェブサイトをつくりかえる

まだちょっと中身の移植が終わっていないのと、テキストなども整えていこうと思っているので、気長にお待ちください。

2017/06/08

布野修司連続インタビュー第2回「1968-69年 補遺/1970-72 雛芥子の胎動」公開

第2回の記録「1968-69年 補遺/1970-72 雛芥子の胎動」を公開しました。続々アップしていく予定でしたが私がサボっておりました。ご期待の皆様すみません。今回は、前回(「1968年」の入学の年とその翌年)の補遺と、建築学科に進んでからM1の頃までの、いわば「雛芥子」活動胎動期のあたりについて聞き取っています。レアな図版も加えてよいまとめができたように思います。皆様ぜひお読みください。

20170608_funo_interview02

2016/11/05

WEB建築討論 新シリーズ「建築と戦後70年」第1回平良敬一「運動の媒体としてのジャーナリズム」公開

“201611_toron_taira_keiichi”日本建築学会のWEB建築討論で、新しいシリーズ「建築と戦後70年」をはじめました。発足メンバーは当方と、橋本純・辻泰岳・市川紘司・石榑督和の5名ですが、今後、有志の方々に加わっていただき拡大していこうと思っています。シリーズの主旨は同サイトをご覧いただければと思いますが、インタビューによるオーラル・ヒストリーを軸にしながら、他の形式も交えつつ、「戦後」という独特の地場がいったいどのような空間であったのか、その証言と議論を公開・ストックしていくシリーズです。どうも建築分野では「戦後70年」はあまり議論を喚起しませんでしたし、これをきっかけに新しい歴史的パースペクティブと建築論を作り出そうという機運も高まっていません。しかし、「戦後」は確実に終わろうとしており、同時に、「戦後」が生み出してきたものを私たちは曖昧なままひきずり、また新しい文脈で半ば無意識に「戦後」的なものが噴出したり利用されたりしている状況は、正直にいって気持ちのよいものではありません。風通しが悪い。「戦後」を規定し、私たちがそれとどのような関係にあるのかをはっきりさせる運動は、今後の建築・都市への構想の努力を支援していく意義を持つのだと思っています。歴史は未来予測や占いではありませんが、現在へと至る過去の見通しを描く努力があまりにも少ないのは事実です。

 さて、第1回は今年齢90を迎える平良敬一さんを仙台に訪ねたインタビュー「運動の媒体としてのジャーナリズム」を公開しました。平良町(宮古)と赤羽(東京)、50年代建築論におけるNAUからの持続と分岐、運動の媒体としての雑誌、共産党とコミンフォルム事件・・・。重要な証言が満載です。ぜひお読みください。われわれも大いに視野を開かれ、今後なすべき作業にも示唆いただきました。

2016/08/06

布野修司連続インタビュー第1回「1968-69年:東大入学と全共闘運動への共振」公開。

こんなサイトがはじまりました(というか勝手につくりました)。布野修司インタビュー 戦後日本と世界の往還

すでに3回ご自宅を訪ねてインタビューをしてますが、ついに第1回を公開。たぶん全部で20回くらいやります。楽しい持久戦。きっと戦後建築史、あるいは広く建築を議論するうえで欠かせない事実と論点が次々に語られるはずです。しかし、布野修司という一人の「少年」がこの世界を真面目に面白がってきたのだということが何よりも生き生きと伝わることでしょう。ひそかにご期待ください。

funo_interview

次回は8月末ないし9月初の公開を目指しています。