走れ小心者 ARMADA はてなブログ版

克森淳のブログ。特にテーマもなくゆるゆると。

クレイジーではあるが、マッドではない

 この記事の続き。月刊『創』での相模原の事件の特集記事の中で斎藤環医師は、事件の犯人を「クレイジーではあるが、マッドではない」と評した。同感である。「クレイジーではあるが、マッドではない」奴は、ツイッターには馬に食わせるほどいますからね。あんな大それた事件を起こすような奴は、めったにいないでしょうが。いたら枕を高くして寝られんけど。

 それにしても、悩ましい事件だ。犯人に賛同するような事を言う奴がちらほら出て来ているし、もとより犯人の思想は、「普通の日本人」と親和性が高いし。在特会の「在日は殺せ」の部分に、「障害者」を代入したらこうなったんだから。くわばらくわばら。

 それに、「生かしていい命と、殺していい命がある」と言う思想の持ち主を死刑にしたら、結局その思想を認める事になりはしないか。いや待て、「人は、自らの従うルールによって殺される」と言うから、犯人が死刑になるのは「インガオホー」(ニンジャスレイヤー風に)ではなかろうか? とも思う。