Hatena::ブログ(Diary)

a_matsumotoの日々徒然

2014-08-07

Twitterでのコミュニケーションのこと、あるいはアイデンティティの拡散のこと。

思い出のマーニー、良かったです。

D

それに触発されたかも知れません。コミュニケーションについて個人的なメモも兼ねて。少々長文で以下マーニーとは(ほぼ)関係がありません。

今でこそ、インタビューや司会・講演のお仕事などもさせて頂くようになりましたが、大学生のころまでは人前で話すことが本当に苦手で、飲み会でも貝になっているクラスタでした。自分が話したことが、相手にどう受止められるのか、とても怖かったんだと思います。

それを変えるきっかけになったのが当時の先輩で、とにかく何か話せ、自分がフォローするからと言ってかなり強引に背中を押してくれたんですね。最初のころは、「僕つまり・・・思う・・・こういう風に」という具合に日本語としてもかなり危なげだったはずなのですが、その都度その先輩が「まつもと、面白い!」ってフォローしてくれて、だんだんと自信がついていったのを覚えています。

当時から文章を書くのは得意な方でした。でも、ブログどころかネットすら無かった当時は文章で自分を表現しても相手に伝えることはとても難しい時代だったと思います。「自分の文章を読んでください」とお願いするのも、まずはリアルな空間で会話を通じてフィジカルに行わざるを得ない、ということが多かったのではないかと。

その後ブログが登場し、いまやTwitterも存在するわけで、文章で自分を表現して相手にそれを伝えるということは格段にハードルが下がりました。たった140文字で自分を世界に表現できるなんて!

しかし、一方でふと違和感を覚えることも増えたのです。Twitterでのコミュニケーションって一体なんなんだろうかと。

TwitterFacebookのようなSNSではなくメディアだと、Twitter社自身も定義しています。しかし昨年夏に世間を騒がしたバイト先でのイタズラ投稿などを追いかけると、身近な友だちとのやり取りに使っているケースが多いことに気づかされます。また、パソコン時代のフォーラムのように見知らぬ人とのコミュニケーションを楽しむ人もいます。

わたし自身もTwitterを使い始めた当初は、そんな使い方に面白さを感じていました。自分がフォローした人からメンションをもらったり、逆に自分をフォローしてくれている人からコメントをもらったりすると、「おお」と興奮することも多かったと記憶しています。(その経緯は、インプレスさんでの体当たり企画で記事としても纏まっています。フリーランスとして駆け出しだった自分にとって、Twitterメディアである以上に、コミュニケーションのための道具であったということがよく分かります)

しかし、フォロワー数がある程度増えて、自分の活動領域も広がってくると、首を傾げたくなるようなコメントや、明らかな煽りや炎上狙いのメンションを受け取ることも増えていきました。例えばこれとか。当時、ここで絡んでいた人はTweetの合間に「バカ」など罵倒を含めていたのですが、Togetterにまとめる際にそのTweetは削除して「バカと言ってないのに、罵倒したと言いがかりをつけている」という具合に纏めていたりもします。「微妙なバランス」と言ったものを、タイトルでは「絶妙」と読み替えてあるなど、なるほどそうやって炎上演出するんだなと妙に感心した記憶があります。

そんな出来事があってから、うん、やはりTwitterSNSじゃなくてメディアだなと腑に落ちたのでした。よく「匿名なのは卑怯だ」という批判があったりしますが、そういうことではなく、実名であろうが顕名であろうが、この空間でのコミュニケーションはリアル空間でのフィジカルな濃密さには及ぶべくもなく、あくまでも道具であり、そこになんらかの「目的」(ゴールや理想と言い換えても良いかも知れません)を求めても虚しいことになるな、ということです。

かつてのフォーラムは閉鎖された空間であったために、その場の暗黙のルールや管理者による交通整理が期待出来たわけですが、原則としてオープンな場であるTwitterは、そういった空気や文脈と切り離された形でコミュニケーションの一部が、場合によってはグロテスクに紹介されることもある。そして、それによって受けたダメージというのはなかなか直ぐには回復が難しいわけです。

そこまで大げさな事例でなくても、例えば「いま悩んでいる」というTweetに対して、フォロワーが「よしよし大丈夫だよ」と慰めてくれても、次の瞬間にはまったく別のトピックスに彼・彼女は楽しそうに反応していたりする。フィジカルな空間では窘(とが)められるような行為が、スマホでのアプリの切替え、テレビのザッピングのように普通に(本人には悪気無く)行われている空間でもあります。

あるいは「ブロック」がまた特徴的です。気に入らなければその人の投稿を即座に目に入らないようにすることができる。村上春樹の「風の歌を聴け」に「パチン・・・・・・OFFさ」という印象的なセリフがありますが、まさにそんな感じ。

そんな風に考えていた時に、ある人からこんな記事を教えてもらったのでした。

やる気がわいてくるたった1つの方法:ツイッターじゃ消せないむなしさ - 誠 Biz.ID

ここで紹介されている「アイデンティティ拡散」は、エリクソン自我同一性拡散と言った方がその筋の人には分かりやすいかも知れません。

ちなみに記事では4つの兆候が紹介されていますが、専門的にはこちらの6つの分類がより詳しいです。

自我同一拡散

例えば、ここに挙げられている「対人的距離の失調=暫定的な形での遊技的な親密さや一時的可逆的なかかわりあいが、本人の対人的融合になってしまう」などは身近な人でも苦労されている例がしばしば見受けられます。

確かにTwitterでのコミュニケーションアイデンティティがある程度確立されていないと、難しいものがあると感じます。自分自身のスタンスが定まらないままに押し寄せるメンションに応じ、何らかのきっかけでうっかり問題発言を行ってしまい、それがRTされたりした日には、まさに悪い意味での拡散となってしまいます。

いかにも米国発のサービスらしいとも言えそうですが、自由であり、オープンであるということは、応分の責任を負うだけの自我が求められるということかも知れません。(余談でありますが、従って鬱病など精神的に厳しい状況にある人はTwitterからはしばらく距離を置いた方が良く、周囲もそのつもりで対応した方が良いというのが持論です)

さて、この記事で目を引くのは、ここからニーチェを引き合いに「現代人は神話を奪われている」という主張を紹介している点です。神話=物語と自我の形成は密接な関係にあることはフロイトも指摘しているところですが、アイデンティティ拡散神話の喪失という流れで「Twitterでは消せない虚しさ」を説明するというのは上手いと思いました。(本のタイトルのように「やる気がわいてくる」話かどうかはともかくとして)

やる気がいつの間にかわいてくるたった1つの方法

やる気がいつの間にかわいてくるたった1つの方法

僕は以前から、「ネット依存」という言葉には強い反感を持っています。病気と認められた訳では無いのに「ネット依存症」と「症」を付けるのはもってのほかであるというのはもちろんなのですが、「いつもTwitterLINEをやっていてけしからん」という意味でその利用を制限する、その際にこの言葉が用いられるのはヘンです。端的に言えば雑な議論だと思っています。インターネットがこれだけ普及し、多様なサービスが存在する中、「ネット=悪」と十把一絡げにした議論をするのは不毛であるばかりか、有害とすら思います。

「お風呂中は使いません」宣言用紙をスマホ契約時に配布、都がネット依存対策 -INTERNET Watch

だから、Twitterへの「依存」が問題であるという主張はしないつもりでいます。そうではなく、先の記事で説明されていた神話、物語の喪失というのが問題の本質だと考えています。「こうありたい、こうあるべき自分」という自我を支える物語が現実空間で得にくいところに、仮想空間で社会を形成しているMMORPG(オンラインRPG)はある種の生きがいを提供し支持を拡げた側面は否定できないはずです。「ネット依存」という言葉を普及させた久里浜医療センターの樋口進院長自らも、ネットの進化によって他のサービスがその原因になり得るかも知れないと前置きした上で「現在までにセンターに寄せられた相談はオンラインゲームが圧倒的に多い」とコメント*1しています。個人的にはそうであれば「ネット依存」という言葉ではなく「オンラインゲーム依存」とした方が、少なくとも現状を表すには適切では無かったのではないかと感じてもいます。

おそらくこの問題は、その当事者がいま置かれている状態――つまり「物語」を喪失して生きづらい状況にあるのか、現実社会の延長線上にある場でのコミュニケーションツール(既にある物語を補完する)としてネットと向き合っているのか、はたまたスティグマを抱えたもの同士が互いを理解し、良くも悪くも慰め合う(新しい物語を紡ぎ出す)場となっているのか――といった場合ごとに事情や、注意すべき点などが異なってくるはずです。

そういった辺りを気に留めながら、ネットをコミュニケーションの「経路」として利用しながら、本質的には現実空間で向き合い、時にはぶつかり合うことで互いの、あるいは社会の物語を共有していく他ないのだろうなと、改めて思う次第です。マーニーにはネットは登場しませんが(スマホすら出てこなかった?)、バーチャルな空間での交流の背景にあるものが、やがて現実世界との関係で解き明かされていく終盤の展開は見事だと思いました。

#2014/08/08 14:50 自我同一性拡散についてのリンクと例を追記しました。

*1:記者の眼 - 子供のネット依存、治療に当たる久里浜医療センター院長が「生易しい問題ではない」と警告:ITpro http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Watcher/20130720/492762/

2014-03-11

震災3年目も泥を運ぶ(記事振り返り)

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東日本大震災から3年が経ちました。節目ではありますが、ひと区切りではないという認識です。

これまで取材・執筆してきた記事を振り返ります。(順不同・執筆記事の全てではありません)

ボランティアをしながら取材を行った東北でも、いまもがれき撤去と行方不明者の捜索を続けている人たちが大勢います。工場という生活の糧が失われてしまった町で、新しい産業を生み出そうと奔走されている方々への支援も続けられなくてはなりません。

被災地の困難をITはいかに解決することができるのか、問われ続けた3年間でもあったと思います。直下型地震がいつ起こってもおかしくないとされるここ東京も明日は「被災地」になるかも知れず、その備えは十分なのか?(そしてそれは先日の大雪による混乱などを見ても、まだまだ道半ばであると思えます)そんなことを考えながら都内でも取材を行いました。

震災直後の混乱、あるいはとても神経を使う取材や記事上の表現に共に尽力頂いた編集担当の皆さま、現地で案内やサポートを頂いた皆さま、そして取材に応じて頂いた皆さまに改めて感謝します。

自分の専門領域からは、未曾有の震災によって詰まるところ「誰のためのITなのか」という本質的な問いが表面化したのだと捉えています。このあたりは以下の本で言及しました。

わたしにとってボランティアで泥を運ぶことと、様々な取り組みを記事で紹介することは同じくらい大切なことでした。3年という節目を経て、メディアの関心は離れていくのもまた事実ですが、引き続き復興の取り組みや、次なる災害への備えを追いかけていきたいと考えています。

2011-10-24

読書メモ公開「形なきモノを売る時代」

先月上梓した「スマート読書入門」(技術評論社)では、書籍のデジタル化から、読書メモを取ったり、感想をソーシャルメディアを通じて共有・交流するといったことを提案しています。

ということで、西田宗千佳さんの「形なきモノを売る時代 タブレット・スマートフォンが変える勝ち組、負け組」を読んで感じたこと、考えたことをメモしましたので公開します。

西田さんからは有り難くもTwitterで「異論歓迎」と頂いたので、ツッコミも含めて(笑)

とはいえ、綿密な取材と多角的な考察でうならされるところ多数。

P29 パソコンにケイタイ電話の発想を取り入れた?

P33 モトローラの話題もいち早く取り入れられている、さすが!

P.39 タブレットは「テクノロジードライバ」

P.52 代替するものだろうか?むしろ補完として見るべきでは?

P.72 テレビのビジネス構造にはもう少し説明あった方が一般の読者にはわかりやすいかもしれない。

P.74 Zガンダムの視聴数アップはプロモーションのおかげもあるのでは?

P.160 ゲーム機のネットワーク化による収益性の改善には対して西田さんは懐疑的(後に夏野剛さんも同様の見解を示す)

P.166 「読むべきものが無いわけではない」については異論あり。確かに書店在庫が無いものは便利だか、売れ筋だけの「駅前の本屋さん」が電子書籍に求められる姿だろうか?

P.171 ネットでは定番化の圧力が強い→ここからのリアル店舗とネットストアの相違点の考察は興味深い

P.175 マーケティングの古典的な問題が解決されていないと言うよりも、既存のプレイヤーが十分にそこに対応できていない、あるいは対応するだけのリソースを割けていない(費用対効果に合わない)のが現状ではないかと思う。そういう意味でも、パッケージ大手が新興ソーシャルと競業するのは合理的だということが分かる。

P.180 クエリーシーカーによる分析は興味深い

P.184 アクトビラがここでようやく登場するが、当初は国、そして現在も大手各社が参画しているにも関わらずインパクトは薄い。

P.186ネットフリックスABテストを紹介。方法論はネットであるべき、主導権はものづくりであるべきではない。なるほど。

・Andridマーケットの「酷さ」は独自マーケット前提だからではないか?むしろそこに利点があると考える。

P.192 「アプリの勝負はリリース後72時間」

P.201 この図は繰り返し参照したい。

P.206 ここからからイヴの時間を紹介。完成へのプロセスを楽しんでもらう。ただし余りにも完成度が低いと悪評につながる。

P.217 ウィンドウの同時展開は違法配信対策の一面も。

→イヴの時間は単なるネット発アニメというだけで無く、Gyaoからニコニコに展開した緻密なウィンドウ展開があったことは注意しておきたい。このあたりは来年書籍にまとめる予定。

P.221 このあたりでライブというプレミア消費、例えばニコファーレ、ニコミュの事例、狙いもあわせて考えておきたいところ。

→またガンダムUCの劇場プレミアム上映は従来の劇場公開と異なり、プレミアムライブ的な位置づけにあることは注意しておきたい。興行収益そのものよりも告知効果を期待しているところは大きい。

私の取材の中でも「映像そのものの価値は無くなった」と刺激的なコメントがあったことを思い出す。一方で映像を巡る商品「モノ」てで儲けているプレイヤーもいる。つまりグッドウィルモデルの存在感が否応なしに高まっていると感じている。

メモ書きなので、脈絡ありませんが、本書を読まれた方、これから読もうとする方の参考になれば幸いです。

総合すると「形なきモノを売る時代」の先には「形なきモノを媒介として(相対的に価値が高まった)形あるモノを売る時代」がもうすぐそこまで来ている、というのが、私の実感であったりします。

いずれ西田さんとはまたディスカッションしたいという思いを強くしました。

2011-06-26

「スマートデバイスが生む商機」セミナーを行いました

前回の記事でその概要をご紹介した新著に関連したセミナーを行いました。

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『スマートデバイスが生む商機』出版記念セミナー 〜iPad 2、Android Honeycomb で変わるタブレットコンピューティングとクリエイティブビジネスの世界

書籍の執筆のため取材も行ったバンダイナムコゲームスの山田大輔さん、WWDC、E3の現地取材から戻ったばかりのフリージャーナリストの西田宗千佳さんをお招きして、スマートデバイスがゲームをどう変えるのか?というテーマを起点に、ゲームビジネスの未来について考える1時間半となりました。

Twitterでは呟いたことがあるのですが、昨年末にNHKで放送された「世界ゲーム革命」という番組で、モバイルやソーシャルゲームが全く取り上げられなかったことが、ずっと気になっていました。たしかに、任天堂・SCEはハードウェアの進歩を牽引していますが、肝心のソフト(コンテンツ)において、日本のプレイヤーの存在感が薄くなっています。

一方で、DeNAがNGMOCOを買収したり、レベルファイブと提携したりと明らかに「ゲーム」業界・市場の様子が一変しつつあります。

そんな問題意識がある中で、Engadgetのこの記事を読んで、これはもっと掘り下げないと、と考えたわけです。

興味深いのはこの記事で紹介されているAppleTVとiPadを組み合わせてゲームをするイメージ図と、WiiUの利用イメージがきわめて似たコンセプトになっていることです。

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ソフトウェアにおいては、据え置き型・PC・スマートデバイス間のコンテンツの垣根がきわめて曖昧になり、且つハードウェアにおいてもかつてはその性能差から自然に生まれていた「棲み分け」が過去のものになりつつあるということが改めて明らかになっています。

且つ日本において海外と事情が異なるのは、2000年代前半のiモードとそのエコシステムにおける成功体験があるという点です。この成功体験をポジティブに活用できるのか、それともネガティブに作用してしまうのか、いまその分岐点にゲーム業界も立っていると言えます。(この辺りの歴史的経緯と、現状のアップストアの「産業化できない」という問題点については、夏野剛さんが「iPhone vs. Android」で詳しく語っています」)

ゲストにお招きしたバンダイナムコゲームスの山田大輔さんには、バンダイネットワークス(バンダイナムコグループにおいて、携帯電話向けコンテンツを担当していた会社。2009年4月にバンダイナムコゲームスが吸収)での経験から、現在の「スマホ」ブームをどう捉えているかを端的に語っていただくことができました。

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このスライドにも書かれているように、AppStoreをはじめとするアプリマーケットは、「デパ地下の『巨大な』食料品売り場→試食だけでお腹いっぱい」という指摘は腑に落ちるものがあります。山田さんは、バンダイネットワークスの前は、フランスの携帯電話メーカーに勤めていた経歴の持ち主で、海外から見て当時は先端を走っていた日本の携帯コンテンツ市場と、現在のスマホブームを極めて冷静に捉えている様子が伺えました。

本著の取材後、独自マーケット「バナドロイド」を発表したのも、プラットフォーム オン プラットフォームへの布石と捉えるべきでしょう。

書籍の中では「なかなか儲からないよね、と中途半端な姿勢を続けていたら、2012年に我々は「緩やかな死」を迎えるでしょう」と刺激的なメッセージでインタビューを締めくった氏ならではの、とても濃いコメントも連発で会場をわかせていました。

続いて、ASCII.JPで「Beyond the Mobile」を連載し、「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」(エンターブレイン)など著書も多数持つ西田宗千佳さん。

西田さんからは「タブレット/スマートフォンのビジネス構造」と銘打って、E3・WWDCの様子も交えながら解説を頂いています。

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長年モバイルシーンを追ってきた西田さんは、従来型の携帯電話とスマホの相違点は「UIと通信構造(特にパケットの上限規制の撤廃)」であると定義した上で、コンテンツとそのビジネスモデルが大きく異なっている点を指摘しています。山田さんの指摘していたARPUでのリクープを狙うモデルが、コンテンツの表現力とネットとの親和性の高さを活かしながら図られていくことを改めて確認できました。

また、「ゲーム開発者が常に統計(マーケティングデータ)を参照しながら、ゲームのバージョンアップを行っている」というのも、ゲームの本質である面白さのとらえ方が変化しているという観点から大変興味深いと感じました。ファームビルでは「草むしりの回数が増えている=この作業への関心は高い」と判断して、ゲームアイテムを投入するといった例も。

最後に、デジタルハリウッド大学院で学ぶ学生(掛端俊希さん)も交え、スマートデバイスでどうゲームビジネスは変わるのか?そこをこれから目指す学生は、何を学び・身につければ良いのか、といたテーマでディスカッションを行いました。

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「オリジナルの作品作りを目指したい」という掛端さんに対して、山田さんからは「ゲームビジネスもハリウッド型に転換してきている」という指摘があったのも注目しておくべきポイントです。スマホ向けの小品からスタートして人気のあるものをパッケージ向けにリバイスを掛けていくといった動きもこれから拡がっていくと考えられます。「もしもし」などとゲーム業界からは否定的に捉えられることもあった携帯電話・スマートホン向けアプリに対する認識が改められ、伝統的なパッケージゲームメーカーが、スマホ向けアプリやブラウザゲーム開発会社を買収するといった動きも加速していくでしょう。私も引き続きこの分野にも注目しておきたいと思います。

なお、7月下旬には西田宗千佳さんとセミナー(電子書籍とスマートデバイスを中心に・有料)を行う予定です。

決まり次第サイトの方でも告知させていただきます。

2011-05-27

新刊ちょっとだけ紹介「スマートデバイスが生む商機」

「スマートデバイスが生む商機 見えてきたiPhone/iPad/Android時代のビジネスアプローチ」という本を出しました。本から幾つかの箇所を抜粋して内容をご紹介したいと思います。

スマートデバイスが生む商機  見えてきたiPhone/iPad/Android時代のビジネスアプローチ

スマートデバイスが生む商機 見えてきたiPhone/iPad/Android時代のビジネスアプローチ

スマートデバイスとは、スマートフォン(スマホという略称を耳にすることも多くなりました)やタブレット端末などを指します。

iPad2が発売されたり、Android搭載のスマートフォンが多数発売され、その活用方法に注目が集まっているところです。

パソコンと異なり、薄く軽量で、起動が速くバッテリーの持続時間が長いこれらのデバイスは個人の生活を便利にすることはもちろんなのですが、ビジネスの在り方も大きく転換しようとしています。

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実はこの本、「iPadでプレゼンを行う際のワザを紹介する」とか「タブレット端末で変わるコミュニケーションの事例を紹介しよう」とか、企画が二転三転しました。既に「○○活用術」といった本は沢山出ています。しかし、どうビジネスを変えるのか、ぶっちゃけ儲かるのか(笑)についてはまだまとまった論考がそう多くはありません。そこに集中して取り組みました。

まず書籍の中で最初に取り上げたのが、ドワンゴ取締役・慶応大学SFC教授の夏野剛さんです。

夏野さんには昨年から色んなテーマでたびたびお話を伺っているのですが、外でお会いするときにもiPadだけ抱えて登場されることが多いのです。

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私のように、鞄にPCが入っていないと不安な人間からすると、「ホントに大丈夫なのか」と思えて仕方なく、今回の書籍の取材にかこつけて、ものすごく素朴な疑問をぶつけてみたわけです。

結論からいうと、「かなりの場面で何とかなる」ことと「でも一方でできないことも明確にある」と思えたインタビューでした。

その「できること/できないこと」の境界線をうまく取り払っているのが、次に取り上げたソフトバンクテレコムさんの事例です。

まだまだビジネスの現場では、Windowsが主流であり、いきなりタブレット端末に移行してしまっては、既存の業務システムと連携がとれなくなってしまいます。

そこに「仮想化」の仕組みを上手く取り入れ、簡単に言えば「iPadでWindows環境にアクセスして、そのまま仕事が継続できる」仕組みを整えています。個人のレベルではリモートデスクトップでWindowsにアクセスできることはよく知られていますが、支給する機器の第一候補からノートパソコンを取り払ったというのは、やはり革新的な動きだと言えるでしょう。

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そして、スマートデバイスとソーシャルメディアとの相性の良さを最大限活用したのが、セールスフォースのChatter。もともとは、セールスフォースの製品群の一環だったシステムが、Twitterの一般化と伴い、独立したソリューションとして歩き出す様子を語っていただきました。ビジネスモデルがフリーミアムに移行していったのも興味深いところです。

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「ユニクロック」で一躍有名となったビルコムさんにもお話を伺っています。実はタブレット端末を活用した施策が、事業領域の1つとして成立しつつあるというのは取材してはじめて知りました。「メディア」としてもスマートデバイスが成立しつつある、その端緒を知ることができます。

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ゲームの分野ではバンダイナムコゲームスさんに、既存のパッケージメディアとの相違点を聞き、その価格差をどう捉えているのか、またグループ内でどのようなシナジーを図っているのかをかなりねちっこく聞きました。数千円の商品と、無料〜数百円のアプリとでは戦い方が全く異なること、従来の組織をそれにどう適合させようとしているのか、がある程度明らかになったと感じています。

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そして「教育」。タブレットPCではなかなか進まなかった教育のデジタル化がiPadなどのスマートデバイスの登場によって急速に進むかも知れません。価格、バッテリーの保ちの良さ、コミュニケーションの取りやすさなど、その利点についてデジタル教科書教材協議会副会長でもある中村伊知哉さんや、携帯研究家としても知られる武蔵野学院大学准教授 木暮祐一さんにも語っていただいています。日本のデジタル教育、アジア各国に比べても本当に遅れていて、正直焦りを感じる取材でもありました。

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そして、本書の構成とは前後してしまうのですが、シャープさんにGALAPAGOSの戦略を掘り下げて伺えたのも収穫でした。私もあちこちで書いているようにサービス、特にコンテンツのラインナップではまだまだ課題が残るGALAPAGOSですが、ハード面でAndroidベースのOSが果たした役割の大きさを知ることができました。

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他にも、日本Androidの会会長の丸山不二夫さんにお話を伺ったり、iPadを回転寿司の注文端末として活用する狙いを聞いたり、スマートデバイスにまさに商機を見いだした若手企業家の想いを語ってもらったりと、てんこ盛りな内容になっています。

Chapter 1

「スマートデバイス」登場のインパクト

〜iPhone/iPad/Androidで何が起こったか?

1-1 iPadで具現化したスマートデバイスの存在感

1-2 スマートデバイスに至る系譜とiPhone/iPad/Androidの上陸

1-3 個人による使いこなし術から相次ぐ企業導入へ

1-4 iPadでたいていの仕事は片付く――夏野剛氏インタビュー

Chapter 2

業務改革を実現する端末としてのスマートデバイス

〜クラウド化・ソーシャル化に向かうオフィス

2-1 【ソフトバンクテレコム】iPad&シンクライアントで社員1人月4万3000円を削減

2-2 【セールスフォース・ドットコム】スマートデバイスで加速する社内コラボレーションの価値

2-3 スマートデバイス「+α」が業務改革を成功させる

COLUMN 【丸山不二夫氏】「クラウドの恩恵」で開花するスマートデバイス

Chapter 3

対話・対面端末としてのスマートデバイス

コミュニケーション・チャネルの新たな選択肢

3-1 【ビルコム】売上全体の10%に成長した「ブランドマガジン」戦略

3-2 【クロスドリーム】決め手はコストパフォーマンス、注文端末としてのiPad

3-3 強力なマーケティングツールは顧客の手の中に

COLUMN 【ユビレジ】iPadが「月々0円からのPOSレジ」に

Chapter 4

エンターテインメント端末としてのスマートデバイス

〜メーカーに求められる「サービス」への対応

4-1 【バンダイナムコゲームス】アプリストアで始まった「経験したことのない戦い」

4-2 【シャープ】自らサービスまで手がけるハードウェアメーカーの挑戦

4-3 メーカーに「真のネット対応」を迫るスマートデバイス

COLUMN 【NEXT FUN】「百花繚乱」Androidタブレット

Chapter 5

デジタル教科書・教材としてのスマートデバイス

〜学びのデジタル化が生む新たな市場

5-1 急がれる魅力的な教材作り――中村伊知哉氏インタビュー

5-2 【武蔵野学院大学】先行する韓国、日本の大学におけるデジタル教育の今

5-3 学びの場にも訪れるクラウド化・ソーシャル化の波

COLUMN 【リンドック】「ソーシャルラーニング」を大学教科書で目指す

Chapter 6

スマートデバイス導入期に向けて

〜イノベーションの本質とプラットフォームへの対処

6-1 商機の源泉はコンピューティングの「拡張」

6-2 発展途上のプラットフォームとの向き合い方

6-3 競争と協調の中からビジネスを発展させるために

正直タイトルからは、ちょっとこの中身が想像しづらい本ではありますが、よろしければ手に取ってみていただければ幸いです。また、近々この本に関するイベントも予定しています。