ひびのにっき

2010-11-18

[][]『やけたトタン屋根の上の猫』

新国立劇場公演『やけたトタン屋根の上の猫』に一年生ゼミの学生を連れて行く。学生を芝居に連れて行くときにはいつもナーヴァスになる。つまらなかったらどうしようと思うからだ。芝居を見に行く機会が少ない学生が、たまたま見たものが退屈だったり面白くなかったりしたら、しばらくは芝居を見に行こうとは思わないだろう。あるいは永遠に。

井上ひさしは、観客のなかには芝居をはじめて見るという人たちが必ずある割合で存在する、その人たちが芝居をもう二度と見に行くものかと思うことがないように自分は芝居を書いている、と言っていた。芝居に携わる人が全員そう思ってくれるといいのだが、残念ながらそんなことはない。とくに翻訳ものは、芝居を見に行こうという気をなくさせるものに出会うことがよくある。

もちろん、大半の学生にとっては開演前の劇場の独特の雰囲気は新鮮なものだし、目の前で生身の俳優が演じているという事実に興奮して、こちらが思うほど退屈に感じていないことがあるのも知っている。しかしそうでないことも当然ある。学生が座席で退屈そうにしているのを見るのは、自分の大学の講義で寝ているのを見るよりも身を切られる思いがする。とくに自分もつまらないと思っている芝居だとなおさらだ。

三・四年生のミュージカルゼミの学生であれば、何度か連れて行って慣れていることもあるし、普段映画の名作ミュージカルをいやというほど見せているから、ひどい作品にあたってもそれほど気にならない。もっとも、この前『ワンダフル・タウン』に連れていったときは、そのひどさにさすがに気が引けたけれど。だが今回は一年生なので一切言い訳がきかない。

というわけでどきどきしながら見ていたが、かなりよかったので一安心。見ながら学生の反応もときどき伺っていたのだが、みんな熱心に見ていたようだ。

寺島しのぶの独擅場の前半(第一幕)は、サブテキストの作り込みがまったく感じられず、表面上の台詞のやりとりに終始していたので、どうなることかと暗い気持ちでいた。だが、後半(第二幕)の木場勝己のビック・ダディと北村有起哉のブリックのやりとりで木場が自分のペースでどんどん芝居をするので引き込まれる。

アメリカ演劇研究者としては、南部の匂いがしないビック・ダディなんてあり得ないと文句もつけたくなるのだが、木場の「オレ流」の強引な解釈はたしかに舞台で説得力を持っていた。いつもは自信たっぷりの木場節は鼻につくのだが、今回はそれがかえってビッグ・ダディという人物の臭味にも通じるところがあったのが面白かった。

北村は受けの演技が中心なのであまりあらが目立たなかったが、スキッパーとの「混じりけのない」友情について語るところは空々しく聞こえてしまう。歌舞伎ふうにいえばニンが合っていないということになるのだが、生への情熱を失った現在を演じることはできても、失う前の生への情熱を演じることはできていない。

メイの広岡由里子はいい。バイプレーヤーとしてのこの人の器用さは前々から注目していたが、やり過ぎてクサい芝居になるのも気になっていた。しかし今回は抑えめの演技でメイという人物の屈折した心理が浮き彫りになった。

三上市朗のグーパーはマナリズムに流れすぎ。脇役だから役を作りすぎずに型通り演じようという判断はある程度まで正しいのだが、さすがにウィリアムズは脇役を平板な性格にしておくことはない。グーパーが抱えている鬱屈をもっと作り込めば面白いのだが。

明日は叔父の告別式だ。二週間前に病院にお見舞いに行ったときには、顔つきの変わりようにびっくりもしたが、こちらが名乗ると手を挙げて反応してくれたので、まだ大丈夫だと思っていたのだが。

2010-10-18

[]ようやく脱稿、その他仕事のこと。

新国立劇場『やけたトタン屋根の上の猫』公演プログラムをようやく脱稿。たかだが六枚のために三日間を費やした。軽い自己嫌悪に陥る。二十枚ぐらいまでなら仕上げるまでの時間はほとんど変わらないのだ。だったらあまり短い原稿の依頼を受けるな、ってことになるのだが。

『国文学 解釈と鑑賞』井上ひさし特集号は来年二月号だそうで、締切を過ぎたのであわてて出したのに、一週間たってもゲラすら戻ってこない。これは早まったか。でも、手元で暖めていてもあれ以上は出てこないよな。

とにかく、これでようやく依頼原稿はなくなった。いや、本当は岩波人名辞典の新規項目執筆分があるのだがあれはしばらくなかったことにしよう。

岩波をのぞけば、年内に仕上げるべき論文はあと二本。それなりに大変だが、好きなことを好きなだけ書けると思うと心は浮き立つ。できれば一月に『ダンサー・イン・ザ・ダーク』論と『掠奪された七人の花嫁』論を仕上げてしまう。

『笑いと創造 第六集』に掲載される「金馬・正蔵はなぜセコといわれたか」五十五枚を九月に脱稿して以来、憑き物が落ちたように落語熱が醒めてしまった。昭和戦後期落語の美意識について自分なりの解答を出してしまったからだ。この七年間ぐらいかなり集中してCD・DVDを視聴してきたが、その日々がなんだか遠い昔のように感じる。私の落語への情熱は、論文一本書いて燃え尽きてしまう程度のものだったのかなあ。とりあえず馬生の落語名人会DVDはAmazonで予約購入した。

と、久しぶりに真面目に自分の仕事について書いてみました。そうそう、今日は昔の教え子がミラノからたずねてきてくれたのでお昼を「一鐵グランデール」で一緒に食べた。特撰和牛ステーキコースというやつを頼んだのだが、コストパフォーマンスはあんまり高くない。そのあと草間彌生展に。シルクスクリーンが中心だったが、松本市の常設展と違って初期作品などもあり、思っていた以上に楽しめた。

昨日は娘の文化祭に行った。展示物を見て、娘の友だちのご両親たちと一緒にピクニックシートを広げて昼食を食べたあとは家に帰ってきて(妻および友たちご両親たちはそのまま校舎に戻って最後のダンスまで見たそうだ)仕事をやってました。

2010-10-10

[]酒井直樹『日本/映像/米国 共感の共同体と帝国的国民主義』

井上ひさし論を書く関係で酒井直樹『日本/映像/米国 共感の共同体と帝国的国民主義』(青土社、二〇〇七)を読んだ。全体の感想はここには書かないが、歴史学者とあろうものが「一九八九年九月昭和天皇危篤の知らせが世界中に広がった」(二二三頁)と書くのはまずいのではないか。一九八八年九月の間違いだ。

まあ、そういう悪魔に魅入られたような凡ミスというのは時にはあるかもしれない。ただ、続いて『ニューヨーク・タイムズ』に投稿した自分たちの手紙を紹介しているのだが、それが「フォビオン・パワーズ氏の回想文に抗議する手紙」となっている。パワーズではない、バワーズだ。「ダグラス・マッカーサー将軍の秘書を勤めて戦後天皇制の演出に重要な役割を果たしたといわれる」(二二四頁)と書くのは間違いだとは言えないのかもしれないが、ファビオン・バワーズ(Faubion Bowers)といえばまず「歌舞伎を救った男」であることを知らないのではないか。ちなみに「歌舞伎を救った」というのも言い過ぎであることはバワーズの自己宣伝癖とともに演劇研究者のあいだではよく知られている。

また、注に掲載されている『ニューヨーク・タイムズ』掲載時の記事の日付はそれぞれ September 30, 1989(バワーズの回想文) October 11, 1989(酒井と山口二郎の抗議文)となっている。もちろんこれはどちらも 1988年のことだ。念のため『タイムズ』のサイトで確かめたが、月日は合っている。掲載月日は覚えていて、相手の名前と掲載年を間違えた、ってことがあるのか? 原稿を書くために記事を再読していればこんな間違いはしないはずだ。

2010-09-18

[]Public Image Limited, "This is not a long song" from Live in Tokyo

ゼミ合宿のコンパはカラオケ付で、三年生のなかにたいへん巧い人たちが数人いてびっくりした。私はといえば、「君にジュースを買ってあげる」から「嫁とロック」へ、さらに「リンダリンダ」まで歌って、なんちゃってパンクバンドをやってたという話をしたら Sex Pistolsを歌えというリクエストももらったのだが、知らない若者のほうが多いだろうと思ってさすがにやめておいた。

まあ、そんなことも無意識に引っかかってたはずだが、今日、学内資金の研究会の発表をようやく終えて、夏休みの宿題は6つのうち2つがようやく片付き、多少心が晴れたこともあり、いろいろ音楽を聴いているうちに頭の中でPILの "This is not a love song" が鳴り出した。しかも Live in Tokyo 収録の、テンポが速いやつ。CDは昔は持っていたのだが、売ってしまったのか、手元にはもうない。早速Youtubeで探したら、なんと映像つきのがあった。

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軽い気持ちで視聴しはじめたが、舞台俳優よろしく観客の花束に大げさにキスしてみせる冒頭の仕草で早速打ちのめされた。すべてを達観したようなジョン・ライドンの道化ぶりがとてつもなく格好よい。おどけているが卑屈ではなく、たくさんのものを失っているが絶望はしておらず、たいへんキュートだ。

東京公演は1983年だそうだから、56年生まれのライドンは27歳!? こんなに老成した27歳がいたのか。20歳にならずして世界のロックシーンの台風の目となった男にとって、希代の詐欺師であるマルコム・マクラーレンをマネージャーとして相手にしなければならなかった男にとって、人生はあっという間に過ぎていったのだなあ。

もとはレーザーディスクで、DVDも91年に出ていたようだが、今日までこんな映像が残っているなんて知らなかった。それは私にとってよいことだった。おそらく若い頃にはライドンのこの「軽み」はわからなかっただろう。AmazonのCDのレビューでライドンの態度が「金のためにやっていて投げやりだ」と評していたものがあったが、そうではないのだ。自分に才能があることはわかっていて、人も評価してくれている、それでも人生には満たされないものがあり、その喪失感は何をもってしても埋められないという現実を生きるとはどういうことか、をこの映像は如実に示している。

…そんなことを43歳になった翌日に考えた。

2010-07-11

[]iPadとKindle DX所感

結局どっちも買ってしまったので所感を。

iPadは半分お遊びのつもりで買い、そしてその通りになっている。

ソフトキーボードはiPhoneより多少入力が楽だという程度のもの。外付けのキーボードも買ったが、結局日本語変換ソフトがないから変換効率は悪いし、入力時に待たされるので、快適にはほど遠い。Mac/PCでのキーボード入力に比べるとストレスがたまる。

iPad版Keynoteは、私のように動画をふんだんにとりいれたプレゼンテーションをする場合は全く役に立たない。Mac上で作った動画入りKeynoteファイルは、見事に動画なしのファイルに変換される。静止画もサイズがあまり大きいとだめなようだ。

辞書ソフトは画面が大きい分見やすい。Macで使えない&使っていない辞書を見るときには重宝する。ただし、多くの英英辞典やOxfordのミニ百科事典シリーズはまだiPad画面にネイティブ対応してないので見にくい。物書堂の一連の辞典は便利。最近アクセス独和も出たので、これで英仏独伊は揃った。あとはスペイン語とポルトガル語か。科研のテーマが南米なので、この二つは今後は重要になってくるのだ。

i文庫HDは便利。デザインは今ひとつだが、青空文庫やPDFファイル化したテキストを読むのが大変快適である。今後はあまり読まなくなった本は裁断・スキャンして電子化、いわゆる「自炊」するのがよいかもしれない。

Apple謹製iBooksも、じつは Bartleby, the Scrivener なんかが無料ダウンロードできて、言われているほど悪くはない。Voyager Booksも無料で読める津野海太郎「ガリ版の話」は、津野ファンであることを差し引いても面白かったが、有料で購入できるラインナップが少なすぎる。ebiReaderはまだiPad画面にネイティブ対応していない。Kindle for iPadはそれなりに読めるが、Kindle DXに比べると雲泥の差。あとで詳述。

以外に役だっているのがPapers。Mac版はレジストしないままほとんど使わなかったが、iPad版との連動が便利でどちらも購入してしまった。これはアメリカの大学のように図書館でJSTORやらProject MUSEなどから電子化された論文がダウンロードし放題というころになると大変な威力を発揮する。この手の電子ファイルは整理分類が面倒になるわけだが、Papersでは"Match Paper"という機能を使うと、Google ScholarsやJSTOR, Project MUSEを検索して、わずかなキーワードをもとにすべて書誌情報を補ってくれる。

Good Readerは出先でメールに添付されたPDFファイルを確認することが頻繁にある人にとっては便利なのだろうが、私の今の仕事の形態ではそれほど使う機会はない。PrintCentral は研究室や自宅のMacにある書類をプリンタに印刷することができるが、出先でそんなことをする必要があるときはほとんどないだろうな。ACTPrinterはMacからPDFファイルを送るときに使う。飛行機のeチケットとか、都内路線図などをこれでiPadにためておく。

TodoはRemember the Milkとの連携ができなくなったのが悲しいが、Toodledoを使うことでなんとかGTDのまねごとをしている。

Google Reader連携のアプリとしてNetNews Wireを購入し、さらにその補助アプリとしてInstapaperを購入した。これらは電車のなかのような、通信状態のよくないときには重宝する。

ThicketやBubble Harp, Gravitariumのような、一昔前ならばメディアアートとしてICCとかで「体験」するものであったものがiPad上でできるのには少々感動したが、まあ毎日いじるものではない。

あとは娘のためのゲームをいくつか。そうそう、はじめて太鼓の達人というのをやってみた。なかなか難しいので最初はむきになってやっていたが、すぐに飽きた。私は大人になってからコンピュータゲームにほとんど耽溺した覚えがない。11歳から14歳までゲームセンター狂いをしていたからだと思う。子供の頃に耐性ができるとそれ以降あまり刺激的だと感じなくなるのだろう。あ、でも留学中にネット麻雀にはかなりはまっていたな…あれは現実逃避だった。

とはいえ、以上のようなことを知るためにアプリをダウンロードしてはいろいろ使い道を探る

のがいちばん楽しいので、半分以上遊びというのはそういうことだ。初期のPCと同じで、労働生産性を上げるための努力に時間をとられて結局は労働生産性は上がらないという。

それにたいして7日に発売されたばかりのKindle DXの新ヴァージョン、これは素晴らしい。研究者は必携だ!

電子ペーパーの視認性は聞きしに勝るもので、紙媒体で読んでいるのとなにも変わらない。

ウェブブラウジングやMP3の音楽を聴くこともできるが、ブラウザは死ぬほど遅く、日本語は使えず、音質はお粗末なので、二度と試そうという気がなくなる。つまり、本を読むことに集中できる。iPadだと、i文庫HDやiBooks、あるいはPapersで本や論文を読んでいても、つい飽きると他のことをしてしまうが、Kindle DXではそんなことはできない。

読み進んだ割合を示すインディケータがあるのもゲーム感覚でよい。紙媒体のようにときどきページ数を確認して「あと何ページ」と思いながら読むより、リアルタイムで数字が増えていくほうが読み進めていくとき楽しい。

ただし、Kindleファイルに変換した青空文庫や、読み込んだPDFファイルの表示はどうもお粗末だ。英語フォントがスタイリッシュであるのに比べてどうもデザイン性が悪く、またPDFファイルはサイズ調整がうまくいかないので、これならiPadでi文庫HDを使っていたほうがよい。

つまり英語を読むという目的のみに徹すれば、これほど素晴らしいものはない。Kindleバージョンの本は案外高いものが多いので、ダウンロードしまくる、というわけにはいかないが、読みたいと思った本をその瞬間から読み始めることができる(こともある)、という体験は何物にも代えたがたい。

ページ数の表記がないために、論文に引用するときにはページ数の確認のために紙媒体を照会しなければならない、という問題は抱えるものの、勤務先の図書館などに該当の本があれば、照会そのものはそれほど時間がかからないわけだし。いまにMLAとかでKindle版の本のページ数の表記ルールができるかもしれないし。

絶対に引用する、とわかっている本は紙で買い、とりあえず目を通せば十分、という本はKindleで買う、というのが現状での最適解かな。とにかくこれ以上本が増えるのはなんとしても避けたいというのもある。

そんなわけでみなさんKindle DX買いましょう。アメリカから二日で届きましたよ。

2010-06-27

[][]金ペン堂で断られる

26日27日と演劇学会の全国大会があったので明治大学に行った。会場では久しぶりに会った人もおり、旧交を温めるのに忙しかった。残念ながら面白い発表はあまりなかったけれど。

土曜日はお昼休みの間に金ペン堂に行った。プラチナ#3776を買おうと思ったらプラチナは扱っていないという。ペリカンM800デモンストレーターがあったので、3Bのニブをつけて売ってもらえないかと頼むと、それまで接待していたお母さんが二階にいたらしい若旦那を呼んでくる。

太いニブをつけるとインクが下りてこなくなってしまう、とお母さんも言っていたが、下りてきた若旦那もまず同じことを口にする。それから「3BのニブをデモンストレーターではないM800と交換することはできるけれど、向きが合わないこともある」と言われたので、一瞬意味がわからなったが、どうやらペン先の向きと軸の向きが揃っていないと気にする客がいるみたいで、それは気にしません、という。

さらにどんなふうに使うつもりか、と言われたので、正直にヌードラーズの蛍光インクをつけて蛍光ペンがわりに使うつもりだ、と答えたら、若旦那の顔が曇る。「そのインクを試したことがないのでどうなるか保証できない」。最初からあまり売る気はないようだったので、ここであきらめて引き下がることにする。パイロットのカスタム74透明軸にコースニブをつけてヌードラーズを使ってます、問題はありません、とは付け加えたけれど。お母さんともどもに言っていたが、商売人なら本当はここで売らなくちゃいけないんだけど、私たちは売れないんですよね、ということのようだ。

6万円弱のものを買うだけの資力が今自分にあるのか、ということをよく検討しないまま成り行きで口に出してみたところがあったのも、向こうに見透かされていたのかな、と後になって思う。絶対に買う、という気持ちで臨んでいたらまた対応も違っていたかもしれない。こういう駆け引きがあるから対面商売は面白いんだよな、と思った。

2010-06-19

[]プラチナ#3776ミッドナイトオーシャン・セルロイドをようやく入手。

前回の記事でプラチナ#3776ミッドナイトオーシャン・セルロイドをポチったということまで書いたが、あのあと程なくして店舗から品切れという返事がきた。他の通販の店にもあらかた問い合わせたが、プラチナは在庫がなく、今後の製造も未定ということでどこでも断られる。大丈夫かプラチナ。つぶれるんじゃないだろうな。

なかなか手に入らないとなると余計に欲しくなるのが人の常で、今日、Shizuoka春の芸術祭で芝居を見るために静岡にいく前に銀座で途中下車して伊東屋に行く。数日前伊東屋に電話すると、在庫ありという返事だったので取り置きしてもらっていたのだ。しかもほしかった太字。

とはいえ、当然のことながら定価販売であり、予定取得価格を1万円近くオーヴァーしてしまった。プレジデント赤軸は当分あきらめる。

嬉しくて新幹線のなかで早速開封し、当然ここは顔料ブルーでしょうということで同時に購入したプラチナの顔料インクをつけて試し書き。顔料ブルーは思っていたより青みがかっていて、白の書類にはやや目立つかな、という印象だが、やはり書き味は素晴らしい。太字ということもあってヌルヌル感は抜群。#3776の太字ニブもやはりよいね。

セルロイド軸は初めてだが、持った感触は正直その差がよくわからない。パイロットカスタム845を買ったときに、漆塗りの軸に感動したのに比べるとやや拍子抜けで、31500円の価値があるのか私にはわからなかった。模様が美しいというのもピンとこないし。

とはいえ、実用性という点では大変満足のできる買い物だった。パイロットのニブが世界で一番と信じていたが、少なくとも#3776はカスタム74よりはよいものだとわかった。パイロットと比べるとプラチナは軽く、キャップをつけずに書くと安定しないが、キャップをつけて書くとちょうどよい重みになり、かえってパイロットより安定しているぐらいだということがわかったことも大きい。

2010-05-22

[][]

またここを放置してしてしまっていたよ。今日はアメリカ文学東京支部の分科会で発表をした。とはいえ、学期中なので新しいネタを準備する時間はなく、学部のミュージカルゼミの夏期合宿でここ数年話してきた Dancer in the Dark のアンチミュージカル的モメントについて。3月の権田プロジェクトでの発表に使おうと思っていたネタだったが、9月に延期になってしまったからね。あちらでは Seven Brides for Seven Brothers をやろう。また冷戦期の話になるが、アメリカの暴力というプロジェクトのテーマにはよりふさわしい話ができるはず。

Dancer in the Darkのほうは、二週間前から時間をなんとかやりくりして発表原稿の執筆にいそしんではいたものの、当日まで完成にはいたらず、あちこちが空白になった原稿を読み上げるはめになる。全体会の終了が延びたので、時間が押すなか、何とかやり終えた。それなりに好評だったのではないかな。この作品が My Fair Lady のパロディになっているというのは管見では誰も言っていないが、実際に見比べれば一目瞭然だし、題名が Lady in the Dark を意識していることも実は誰もきちんと述べていないようだ。

今日の発表内容は早く論文にしよう。学会発表をしたあと放置してあるネタの多さでは誰にも負けない私だが、さすがにこのネタは放っておいて腐らせるにはおいしすぎる。発表後、小野さん、外岡さんからは貴重な助言をいただく。発表前には常山さんから Show Boat のスクリプトのコピーをいただく。私を含めてこの四人で去年の12月のシンポジウムをやって、そのことがきっかけでミュージカル研究会を作ることにした。今日の発表はそのキックオフ・ミーティングでもあったわけだが、早速その恩恵を受けることができた。ありがたいありがたい。次は小野さんに発表をお願いするということで外岡さんと衆議一決する。

発表を終えたあとは、大学院生ポスドク+今春めでたく就職した小宮山さんとケーキ屋に行く。結婚その他人生におけるもろもろの問題についておっさんくさい/おばさんくさい話をする。

18時ごろからの支部会飲み会への参加は辞退。毎回発表だけして帰ってしまうということで周囲から顰蹙を買っている、というか喧嘩を売っていると一部では思われている私だが、いつも睡眠時間を削って発表準備するものだから、終わると体がぼろぼろなんですよ。まして今日は娘の運動会だったのに行けずに妻に不興を買っていることもあり、小宮山さんたちと別れた後はそそくさと帰る。東京駅まで出て始発の中央線快速に乗り換え。座った瞬間眠気が襲ってくる。

4月から、娘を小学校に送ってから大学に行くようにしているので、朝8時には研究室のMacの前に座って仕事をしているという規則正しい生活を続けているのだが、それでも時間を作るのはなかなか難しい。とくに今週は忙しかった。折り悪く木曜日には科研で購入したMacBook Pro 15インチが届いてしまい、原稿を書きながらではあるがセットアップをして、それで時間がとられたこともある。Intel Core i7+メモリ8G+512GB SSDという贅沢な構成にしたのは正解だった。アプリケーションの起動は早いし、快適に原稿が書ける。起動に意外に時間がかかるし、終了にはもっと時間がかかることは予想外だったが。

金曜日は某所で某助成金の審査会だった。非常勤先の津田塾大学の授業を途中で切り上げ国分寺駅から中央線快速、新宿駅からタクシーにのり、約束の15時少し過ぎに部屋に入って、会議が終わる17時過ぎには別の用事のために他の審査員の人々がまだ残っているのを尻目に慌ただしく部屋を出た。メセナで有名な某一流企業の会長をはじめ、他の審査員の人々は私よりずっと忙しいはずなのに、この日ばかりは私ばかりが慌ただしく、申し訳ない気持ちになる。会議終了間際には、次の用事の件で二度も携帯電話が鳴るのでそのたびに出ていかなければならず、どんなに忙しいのかと思われただろうな。携帯電話が鳴ることなどふだんは滅多にないのだが。

で、その忙しさのせいか、その夜、家に帰ると買ったばかりのプラチナ#3776赤軸を紛失していることを発見。顔料ローズレッドを入れてレポート採点用にしていた。パイロットのカスタム74とほぼ同価格だが、カスタム74より軽く、どうもしっくりこないな、とは思っていたものの、巷でも評判の顔料ローズレッドのヌルヌル感もあずかってか、ペン先の適度な硬さは意外にも気持ちよく、大切に使っていこうと思っていた矢先のことだったのでショックを受ける。原稿を完成しなければならないストレスもあってか、いつも買っている楽天市場の某文房具店をそのままふらふらとたずねて散財。プラチナ#3776はやたらにバリエーションがあって値段もピンからキリなのだが、昨年夏に発売されて万年筆好きには話題になっていたミッドナイトオーシャン・セルロイドを買い、このペン用に顔料ブルーのインク(とコンバータ)を買う。さらに血迷って#3776より重いものをということでプレジデント赤軸(とコンバータ)も買う。こちらは採点用に。あわせて4万円弱。ポチッた瞬間後悔するが、今月は歌舞伎チケットにお金を使ってないからいいやと典型的な買い物中毒者の思考で有耶無耶にする。

2010-03-05

[][]買い物をする、時差ぼけ、『ビリー・エリオット

まずなぜか日本の輸入代理店がなくなってしまったヌードラーズのインクを買いに、正規取扱店である5番街45丁目のArt Brownへ。白髪の紳士然とした店員に対応してもらう。前からほしかったニキータ・レッドと蛍光イエローのファイヤフライを購入。ニキータ・レッドというのはリンク先の説明にあるとおり、ニキータ・フルシチョフにちなんでいる。フルシチョフの写真を配したラベルには "We will BURY YOU" とか、"Communists never produced enough SHOVELS, nor did it ever give a free pen with a bottle of ink" とか書いてあるのだが、前者はフルシチョフが言ったことで、後者はアメリカの誰かが言ったことなのかなあ。赤のインクはまだいろいろあるから、これを実際に使うのは数年後のことになるかもしれないのだが、ネタとして買ってみた。ファイヤフライはパイロットのカスタム74コースニブを買ったらすぐに使う予定。インク見本を見せてもらってゴールデンピッグのほうが鮮やかな黄色であることがわかったが、残念ながら欠品中。あきらめてこちらにする。さらに、Lamy dialog3の見本が目にとまったので試し書きさせてもらう。300ドルだが欠品中で取り寄せとのこと。日本に住んでいるから無理だねと言ったら、日本にも送れるよとはこれまた商売熱心な。でも日本ではそれより少し安いぐらいで手に入るのだなあ。とは言わなかった。

つぎに、ブロードウェイ80丁目のゼイバーズに行って日本に持ち帰るための食料品を調達。買ったのは、まずパルミジャーノ・レッジャーノ。今回はいつも買っているものより高く36か月以上熟成というもの。それからRavidaというシシリアのオリーブオイルと、Manicardiの12年熟成もののバルサミコ酢。後者は250ml入りで$18.98というよい値段だ。我が家でバルサミコソースを最大量消費するのは、スーパーで売っている何の変哲もない生めんで作った焼きそばにかけるときなので(ゲテモノのように聞こえるがこれがうまいのだ)、ちょっとためらう。まあ、焼きそば用には日本で買っているアドリアーノ・グロソリ社の安いものを使って、これはちゃんとイタリア料理に使ってもらおう。ちなみにいまこの日記を書くために調べたら、どちらも日本で入手できるんだな。こことかこことか。でも日本で通信販売で取り寄せるにはちょっと高いと思ってしまうんだよなあ。こっちで買ってもそれほど値段は変わらないのに。

それから、ブロードウェイ78丁目にあるキューバンチャイニーズの店La Caridad 78へ。いつものチャーハンを食べる。脂っこくガスの臭いが移っていて人に勧められる代物ではないのだが、十五年前にはじめて連れてきてもらって以来、惰性で頼み続けている。昔学生と一緒にニューヨークに来て、この店に連れてきたとき、「センセイがこんな店で食べるなんて信じられない」と言われた。たしかにこれはB級グルメの味だ。今回は野菜スープを付け合わせで頼む。それでもお腹いっぱいになる。

ホテルに帰ってきて、ライターさんと電話で話したあと、急に眠気が襲ってくる。朝4時起きだったので、予想通り時差ぼけが時間差でやってきている様子。ベッドでそのまま寝てしまう。

19時に起きて出かけていった『ビリー・エリオット』はどちらかというと期待はずれ。『リトル・ダンサー』のほうがずっとよかったな。物語を語ることに性急なあまり、ナンバーがいかにもとってつけたようなものなのだ。ロイヤルバレエスクールからの合格通知を受け取ったとき、"Billy Elliot, Esquire"という宛名をビリーが読み間違えて "Billy Elliot is queer" と言う、という苦しいギャグをはじめ(いくらイギリスでもいまどき Esquire はないんじゃないか、そもそも Esq.と省略するのではないか)、男の子にキスをするとか、一生懸命 queering していることはわかった。それから、タップダンスをみんなにやらせることで、クラシックバレエファン御用達映画である『リトル・ダンサー』をアメリカン・ミュージカル的なものに見せかけようとする努力も見てとれた。でもそれだけ。初日に『南太平洋』を見たのは失敗だった。あれが基準になるとどんなミュージカルも駄作に見えてしまう。

2010-03-03

[][]iPhoneローカライズ

ニューヨーク滞在二日目に最初にしたことはiPhoneを使えるようにすること。iPhone 3Gはすでに年末にjailbreakしてSIMフリー化していたので、AT&TのPrepaid SIMをさすことにする。情報はをぢの日記さんのところから。ただし新旧の情報が錯綜していて若干わかりにくいので、現在わかっていることをまとめる。詳細はをぢの日記さんの記述にゆずる。

  1. AT&T Gophone携帯を入手してそのSIMを利用する方法は3月段階では不可。理由は現在売られているGophoneはすべて$15かそれ以上のリフィルがバンドルされており、これらのSIMはすべてGophoneに紐付けされてiPhoneでは使えない(未確認)からだ。
  2. AT&Tの公認リテイルショップではSIMだけを単独に売ってくれるところもある。少なくとも私はホテルのすぐ近くにあるここで買えた。とうか、インド人の店員の兄ちゃんにiPhone用にSIMを買いたい、と正直に言ったら、unlockしてあるかと聞かれ、大丈夫だと答えたら今刺さっているiphoneのSIMを取り出してAT&TのSIMを入れて店のPCでアクティヴェイトまでしてくれた。SIMの値段は25ドル。
  3. せっかく手に入れたSIMカードを無効にしたくない&一年以内に再び渡米する計画があるのであれば、最高額の$100のリフィルカードを買うべき。これだけが有効期限が一年間ある。アカウントに100ドル入るので、ここから通常の通信代と、Medianet(データ通信割引)100MB-$19.99を購入する。アカウントは銀行口座やクレジットカード・デビッドカードを使ってもリフィルできるのだが、すべて請求住所がアメリカにあることが前提。CITI bankの口座を持っているので試してみたが、アメリカの住所を入れるところにダミー情報を入れたら決済を拒絶された。
  4. あとは、$25のリフィルカードをあらかじめ買っておいて有効期限がくる3か月ごとにリフィルする、というやりかたもあるが、これは忘れそう。
  5. Wi-Fi環境のあるところでwww.unlockit.co.nzにiphoneからアクセスをしてAPNを変える。をぢの日記さんなどにはAT&Tを選ぶと書いてあったが私はこれではうまくいかず、Cingularを選ぶとつながった。ただしこれは追加実験をしてないから真偽のほどは定かではない。各情報は、AT&TとCingularでは同じ、ただ前者はすべて大文字だが後者は頭文字のみ大文字。

それからiphone用のアプリを購入。

  1. AroundMe:日本でも便利に使っていたのだが、ニューヨークでも使えた。位置情報を取得して周辺の施設を教えてくれる。最寄りのスターバックスやシティバンクがどこにあるかを調べるのに使った。マンハッタンだと、適当に歩いているとスターバックスがあるのでそれほど多用はしなかった。
  2. Zagat to Go:いわずとしれたZagatのIphoneアプリ版だが、これは失敗。同じく位置情報を取得して近くのレストランを教えてくれるのだが、動作が鈍く、体感では1分ほど待たされる。初期費用1200円で一年間のみ。あとはまた費用を要求されるらしい。ただし、不十分だが日本や他国のレストラン情報も検索できる。また、データベースをダウンロードするとWifiや3Gなしでも使えるようになる。
  3. MenuPages:マンハッタン内のレストランを検索するのであれば無料のこのアプリで十分。同じく位置情報から周辺のレストランを検索。
  4. CityTransit:位置情報を取得して最寄りの地下鉄の駅を表示、乗り換え案内、工事情報など。バスの路線図も見られる。通常はこちらだけで十分だが、工事情報の文字が細かすぎて読みにくいのと、次のiTrans NYC Subway にある時刻表機能(あと何分で列車がやってくるか)がないのが欠点。
  5. iTrans NYC Subway:CityTransitよりユーザインタフェイスは完成されている。ただし、バスの路線図がないので私は二つを併用せざるを得なかった。

2010-03-02

[][]ニューヨークに来ました

いろいろ忙しくて書くネタには事欠かない日々を送ってきたが、全部省略。

ニューヨークへ来ました。明日から芝居をたくさん見て、図書館で調べものします。

今回はマイレージを一気に使い、コンチネンタル航空のビジネスファーストと奢った。

JALビジネスクラスのフルフラットシートほどではないが、シートがアメリカ人に合わせて巨大なので快適。

機中12時間の旅も、極限まで疲労するということはなかった。

ユナイテッド航空との共同運航便になってもこのビジネスファーストは残るんだろうか。

UAってニューヨーク直行便なくしていたんだね。7月に再度ニューヨークへ行くため、ウェブサイト上でUAのマイレージを使って予約をしようとしていたとき、条件をどう変えても直行便が出てこないので、おかしいなあと思いつつサンフランシスコ経由の便をとっていたのだが、帰国したらキャンセルしてCOのビジネスファーストに変えよう。UAのマイレージでCOもとれるはずだし。

滞在先は414 HOTEL。

ここははじめてだけど、値段相応かな。税込み一泊200ドルというのが安いと思って予約したのだが、ブティックホテルとは名ばかりの、アパートメントハウスをコンバートしただけのもの。

キッチンがついていて、無料サービスの朝食があって、無線LANが無料で提供されている、というのがよい点。

大型液晶テレビがある清潔できれいな部屋、という点も売りなのかな。私はテレビを見ないので関係ないが。

壁が薄くて、隣や下の部屋の物音が丸聞こえなのと、24時間出入りが自由なのに、レセプションには人がいないことが多いのでセキュリティは自分の部屋のドア一枚でしか保証されない、というのが大きな問題点。(追記:これは訂正。実際にはレセプションのすぐ後ろのバックルームに人がいて、わりときちんと出入りを見ている。誰もいないと思って通り過ぎたら後ろから呼び止められて荷物が来ていると言われたり)。

エレベーターがないので3階の部屋にスーツケースを抱えていかなくてはいけなかったとか、シャワーの水圧が弱いとか(これは弱小ホテル共通の現象だ)、アメニティもシャンプー、コンディショナー、石けん、と最低限のものしかない、というのは小さな問題点。

COのビジネスファーストでもらった歯ブラシその他お泊まりセットを持って帰ってきてよかった。

やっぱり多少高くついても、いつも泊まっているシェラトンのようなところのほうがよいなあ、と贅沢に慣れた身は思ってしまう。

こういうところを見ると、二〜三十代のカップルには人気があるみたいだ。

四十代のおっさんの単身旅行には不向きということだね。

日本から持ってきたカップ麺の天ぷらそばを夕食に食べる。

味噌汁を海外旅行に持って行く日本人に自分がなるとはまるきり思っていなかったのだが、今回ははじめて、インスタントラーメンと味噌汁を持ってきた。

ニューヨークに来るたびに気持ちが落ち込むのはカツオ節と煮干しのだしの味から遠ざかっているからだ、ということを素直に認めようと思ったからだ。

近くのDuane Readeに買い出しにいって水と野菜ジュースとカミソリを買ってきて、これを書いて寝ます。

2010-01-28

[]iPadについて

Amazon Kindleが発売されたときに遠藤さんを煽って危うく買わせるところまでいきながら、自分は買わなかったのは二つ理由があった。

一つは、日本語がサポートされておらず、pdfファイルはフォント埋め込みでなんとか対応できても、アップロードが大変そうだったこと。

もう一つは、iSlateと言われていたiPadがすぐに出るからそっちにするべきではないか、というもの。

しかし昨日めでたくiPadが発表されてわかってしまったのは、iPadはKindleのような電子ペーパーではなく、従来型の液晶ディスプレイを採用したこと。

フルカラーLCDモードと電子ペーパーモードの切り替えができるPixel Qiなんていうのが出ているから、Appleも似たようなデュアルディスプレイモードを採用するのではないかと淡い期待を抱いていたのだが、そんなことはなかった。

液晶ディスプレイで文字を読むのは疲れる。岸田國士論文を書くにあたってとりあえず岸田の全戯曲を読破したとき、iPhoneの青空文庫リーダーである豊平文庫はじつに役に立ったが、あれは必要に迫られてであって、あまり積極的にやりたいことではない。

Kindleの電子ペーパーは液晶ディスプレイと違って自ら発光しないため、読んでいても疲れないのだそうだ。まあ本当のところは、自分で試してみないとわからないが。

電子本端末+αというiPadのコンセプトは魅力だが、ディスプレイが液晶では、肝心の電子本としての魅力が半減だ。

しかもiPhoneとMacBook Airのユーザーにとっては購入する必然性があまりない。iPhoneでやりにくいことはMBAを持っていけばよいのだし、iPadでもMBAの代替にはならないわけだし。

まあそんなこといって買ってしまうのだろうけどなあ……。とりあえず来年度の研究費でKindleを購入することを決定。DXにするかどうかは悩ましいところだ。ディスプレイは大きいほうがよいが、持ち運びはその分しにくくなるわけだしね。

2010-01-20

[]和田秀樹の声

和田秀樹という教育評論家だか受験のカリスマだかなんだかという人がいる。私が尊敬する二人の人物(一人はアカデミシャンでもう一人は非大学人だが教育関係者)が和田秀樹を直接知っていて二人とも「あいつはダメだ」「情けない奴」という評価を下しているのでそうなんだと思う。

だけど iTunes Store でプレビューできる、とあるオーディオブックに収録されている講演のなかで、和田秀樹はじつによい声で話すのだ。落語家のようなべらんめい口調が少し入り、緩急の調子をつけて息を余り継がず一気に語っていて、つい聞き惚れてしまう。録音のしかたもよいのだろうが、こういううまい話し方をする人というのは私は無条件で信用してしまうという悪いクセがある。だからといってそのオーディオブックを買うところまではいかなかったけれど。

なんでそんなことを思い出したかというと、妻が蔭山英男と和田秀樹の共著『学力をつける100のメソッド』を図書館で借りていたのを先ほど発見したから。本当にこれで小学生になれるのだろうかという娘の幼さに妻も悩んでいるのだなと同情した反面、教育の専門家は家庭内にいるだろうと文句の一つもつけたくなるね。

[]カフリンクスが買えない

昨年末にインフルエンザとそれに誘引されて起きた喘息および気管支炎に苦しみながらも、若林シャツでシャツを二枚オーダーしたのができあがってきた。受け取りにいったとき、これが二回目の注文にもかかわらず、「毎度ありがとうございます」と言われてちょっと優越感を味わう。完全オーダーで極上の生地を使ったシャツが15000円前後でできるんだから吉祥寺およびその周辺住民であれば使わない手はない。ただし、ボタンまでは選べないので、ボタンにこだわる人は持ち込む必要がある。

で、今回は初心に立ち返り両方ともダブルカフスにしたのだが、さてこれらのシャツに似合いそうなカフリンクスがない。今回こそ買い足そうと考えて、吉祥寺伊勢丹が折よく閉店セールをやっているので覗いてみたがまず人いきれに辟易し、つぎにジジくさいデザインのカフリンクスしかないことに失望する。今時カフリンクスにこだわる奴などオヤジでしかないのだね。ネットで売られているデザイン性の高いものは一組2万円とかするから、さすがに買えないし買いたくない。そうすると買えるものは限られてくる。

日曜日に家族でジブリ美術館に行ったときまっくろくろすけのカフリンクスを買えばよい、と妻に勧められたが、材質を考えるとあの値段は高すぎる。ポニョが中に入っていて泳ぐというものがでたらそれなりに高くとも買うけどな。

というわけで今回も買えなさそう。1月末には都民共済で作ったチェルッティのスーツもできあがってくるというのに。ちなみに都民共済ではチェルッティのフルオーダーで裏地もチェルッティ、ピックステッチなどのオプションをすべてつけても信じられないような安い値段で買えます。以前やはり都民共済で作ったチェルッティのスーツを着ていたところ、同じ学部の森さんに「高そうなスーツですね」と言われ、「はい、高いです」と思わず見栄を張って答えてしまったことがあった。チェルッティの生地は高く売られていることが多いけれど本当はみなさんが着ているスーツよりたぶん安いです。

2010-01-06

[]一月歌舞伎・雀右衛門休場。

インフルエンザの高熱を押しての苦しい観劇はついこの間のことなのに、今月はもう歌舞伎座。

Sheevaplugと同時にこれも年末に衝動買いした無線LAN内蔵モバイルWiMAXルータAterm WM3300Rが前日に届いた。さすがにSheevaplugはセットアップに最低でも丸一日はかかるので、少し仕事をしてからのご褒美にとっておくことにし、簡単なAterm WM3300Rのセットアップだけしようと思ったらはまった。

VmwareのうえでWindows XPを動かすほうが悪いといえば悪いのだが、まず、アップデートしたらVmware Toolsもアップデートされるらしく、時間がやたらにかかる。しかも、アップデートのあいだはほとんど他の作業はできない(これは非力なMacbookで動かしているせい)。

ようやく普通に動かせるようになったと思ったら、なんとAterm WM3300Rが電波を掴まない。やられた。これも年末、トライWimaxでOKIUD01OK/UG01OKを借りたときには、自宅のどこでもつながったのだが、このAterm WM3300Rは全くつながらない。真夜中自宅の外に出てみるとわずかに微弱電波をつかまえるが、サインアップできるほど強くはならない。そうこうしているうちに3時近くなったのであきらめる。2ちゃん情報ではAterm WM3300Rのアンテナは貧弱だそうだが、これではあまりにもひどい。不良品なのか、自宅外で試してみる必要がある。

そんなわけで翌日の歌舞伎座はお約束通り寝坊。今月と来月は一等席なんと二万円なのに、一時間半遅れる。「石切梶原」最後の五分だけ見て幕間。なんという愚かなことを毎回しているのだろう。そのあと「勧進帳」は久しぶりの団十郎。昨年二月に吉右衛門・菊五郎・梅玉でやったのは、九月の幸四郎・吉右衛門・染五郎をやるための布石と考えられるだろうが、さらに四ヶ月後に団十郎・梅玉・勘三郎でやるとは。建前的には歌舞伎座さよなら公演だから、ということなのだろうが、ほんとうは団十郎危ないから今のうちにやっておこうということではないか。海老蔵が結婚するのも、団十郎が死ぬ前に子供を作っておきたいからかもしれないし。

そんなふうに見ているせいか、団十郎弁慶なんだか覇気がない。最後の飛び六法はなんとかこなしていたが。梅玉の富樫もニンがあってない。私は大の梅玉ファンで、この人の義経は大好きなのだが、残念ながらいい人過ぎて、迫力に欠ける。勘三郎の義経は十八年ぶりだそうだが、予想通りよくない。義経はたしかに取り澄ましていなければならないのだが、それはニンとして出てくるべきであって、「取り澄ましている」という演技で片付けてはいけないのだ。いつものように、自分の演技力を過信するよくないくせが出ている。

「松浦の太鼓」、吉右衛門の松浦、歌六の其角、梅玉の大高源吾。この話は参照枠となっている「忠臣蔵」と一緒に上演されるか、少なくとも観客が「忠臣蔵」を強く意識していないと面白くない。ヘンリー・ジェイムズの小説にも通じる、複雑怪奇な人間関係の中で生きていく難しさが描かれる「忠臣蔵」の外の世界には、はるかに単純な生を送る松浦鎮信のような(つまり観客の私たちのような)脳天気な人間もいることが示される。運命に挑戦し、運命を出し抜くために命を削ってきた男たちに自分の身分も忘れて無邪気に喝采を送る松浦の人生が、赤穂浪士の一人として紆余曲折を経てきた大高源吾の人生と一瞬交錯する、その瞬間を描くというのは、つまり観客と劇中の登場人物による会話を描くことと同義であり、ピランデルロ的なメタシアターがそこに出現する。だが今回の上演はもちろんそこまで掘り下げて演じているわけではなく、わずかにその可能性を垣間見せただけに過ぎない。

夜の部は雀右衛門のための新作舞踊「春の寿」。二年ぶりの雀右衛門で、おそらく今回が最後の出演だろうと思っていた見ていたら、せり上がってきたのは魁春。最初はずいぶん雀右衛門は魁春に似ているなあ、と思っていたらかけ声屋さんが「加賀屋!」とかけ声をかけたのでようやく理解する。雀右衛門が休演するというニュースは二日に新聞に載っていたらしいが、知らなかった。だがそれにしても、雀右衛門が演じる予定だったのは女帝で、議論かまびすしい天皇の継嗣問題に松竹が立ち入った見解を示したようにも見える。

「車引」吉右衛門の梅王丸、幸四郎の松王丸、芝翫の桜丸、富十郎の時平。これは久しぶりによいものを見た。芝翫の初役桜丸はさすがに疑問符がつくが(荒事の格好をしていると芝翫の背の低さが目につくこともある)。他の三人が圧倒的に素晴らしい。とくに富十郎の時平は、この人しゃべらないでにらむだけだと本当にすごいのだなということがよくわかる。

「道成寺」は勘三郎の白拍子。勘三郎は女形もだめだ。女形に必要なナルシシズムがこの人にはない。良くも悪くも醒めている人だから、「私を見て、綺麗でしょう」という女形が必ず発するメッセージが勘三郎からは聞こえてこないのだ。自分が自分に酔えなければ観客も酔えない。「女形の演技」を巧くなぞるだけでは女形にはなれないのだ。

「切られ与三」、染五郎の与三郎は数年前の海老蔵よりはずっとましだが、まだ台詞が浮ついている、粋じゃない。彌十郎の蝙蝠安は初見だが、左団次や三津五郎よりはずっと頭を使って演技をしているのが印象に残る。マナリズムに流れずに型を演じることは難しい。そういう意味では、福助のお富がいちばんよくできていたか。しかしこの作品はこれぞというメンバーで見たことがない。羽左衛門のテープって国立劇場かなんかに行くと見られるのかなあ。

2010-01-01

[]あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。年賀状をくださったかたがた、お返事を先ほど投函いたしました。毎年のことですが失礼を致しました。

インフルエンザにかかって直ったと思ったら風邪を引き、さらに久しぶりの喘息になっていたようです。微熱とひどい咳が続き、体調最悪だったので数年前に処方された吸入薬を使ってみたところ、嘘のように体調がよくなりました。もっとも、咳のしすぎで体力がなくなっており、まだ体に力が入らないし、あちこちが痛みます。

昨年12月28日に大変衝撃的なことを聞かされて、わりと尊敬していた人が全く言い訳のきかない、愚かな行為をしたということを知り、精神的におかしくなりました。

その夜は中清にて恒例の面子が集まり楽しく忘年会を行い、そのときはなんとかやり過ごせていたのですが、なるほど、ショックは時間差でやってくるのですね。私じしんは全く被害に遭っていないのですが、代理的に(vicariously)トラウマを生じたのか、眠れなくなりました。

それでもなんとか翌日、修論提出の迫っている学生との面談をすませて、自宅に帰ったあとは、寝込んでしまい、食事やトイレ以外はすべてベッドにいるという自堕落な生活を送っておりました。精神的衝撃を受けたからだけではなくて、どうも風邪を引いているようだということがわかったのが30日です。31日までそういう状態が続きました。

しかしそういうときにこそというか、なんというか、iPhoneをいじり倒しておりました。これは私の業です。男は中年過ぎると酒か女か賭け事に狂うといいますが、私はやはりコンピュータに狂っているのです。とはいえ、このところしばらく忙しくてコンピュータいじりをやめていたのですが、12月の忙しいさなか Marvel社の電源コンセント型コンピュータ Sheevaplugを米国から輸入したり、無線LANルーターFONERA 2.0nを購入するなど、少しずつ狂いはじめ、休みに入ったら本格的に目覚めてしまったようです。

iPhone 3Gに割り当てられていた番号はすでにMNPdocomoのN-06Aに変えていました。そこでblackra1nをダウンロードしてiPhone 3Gを脱獄(jailbreak)させ、SIMフリーの端末にし、b-mobile 3GのSIMを差し込んで、無線LANが使えないときもデータ通信だけはできるようにしました。もともとb-mobileですから音声通話はできないので、これで十分です。いちおうテザリングもできるようにもしました。そして自分用のアプリは最低限のものを入れて、あとは娘が夢中になっているゲーム類を揃えました。娘用の端末とはいいませんが、それに準ずる扱いです。

jailbreakした端末用のアプリではそれほど魅力的なものはありませんでしたので、BackgrounderとBosspaperぐらいをインストールしただけです。

一方、新しくdocomoからのMNPで手に入れたiPhone 3GSにさまざまなアプリを詰め込みました。

iPhone 3Gとは違ってアプリの起動などが速い、全体的に動作はきびきびしていると聞いていたのですが、そのことにはそれほど感激しませんでした。ただ、インターネットの接続速度が倍近く違うのはびっくりしました。speednetのアプリがあったので比較してみたのですが、無線LANだと2倍、同じSOFTBANKのSIMでも2倍近く速度が違います。

バス停の時刻表を再現するアプリ busstop のデータを作成したり、1PasswordをMacと同期させてIDとパスワードをセーブしたり。isipをセットアップしてiPhone 3G、iPhone 3GSともども、ひかり電話の端末として使えるようにしたり。

そんなこんなで3日間ぐらいいじり倒していました。体調がすぐれなくてもこういうことはできる(こういうことしかできない)のだから不思議です。

業というしかありません。

正月明けには Sheevaplug もやってくるようです(すでに日本の通関作業は終えています)。Ubuntu LinuxでOPEN VPNやMySQLをビルドしたいです。

さすがに岩波書店からも12月末に催促されました。正月明けにはなんとかしなくちゃいけません。

3月までに書きあげなければいけない論文は少なく見積もって3本ありますが、それもなんとかしなくちゃいけません。

遊んでいるばあいではないのですが、年賀状を出した帰りにわざわざ遠くのサンクスまでいって、カルワザカードで20%割引のiTunesカードを6000円分買ってきてしまいました。

なんということでしょう。

そんなわけで、今年も相変わらずのペースで諸方面にご迷惑をおかけすることになると思いますが、できる範囲で頑張りますのでよろしくお願いいたします。

2009-12-19

[][]アフリカに行ってきました

f:id:a_poor_player:20091221113359j:image金曜夜から熱も下がったので、土曜より予定通りアフリカ大分旅行を強行。うみたまごとアフリカンサファリに行く。

f:id:a_poor_player:20091224180912j:image初日はうみたまご。大分空港でレンタカーを借りるが、雪のため高速道路は封鎖、チェーンを借りたほうがいいと言われ、唖然とする。九州なのに雪が降るのか。沖縄とは違うのだなあ。空港道路という高速道路が使えなかったものの、難なく別府市街のうみたまごに到着。

全国の水族館制覇を狙っている私たち親子としてはうみたまごは必ず行っておかなければならない重要拠点だったが、行ってみると予想以上にすばらしい。展示や水槽の配置がアーティスティックなのだ。キッズプレースという遊び場もあって娘は大喜び。

山道を縫って走り、久住連山にある、レゾネイトクラブくじゅうに向かう。

「馬小屋みたい」とは娘の感想だが、独立した部屋が扇状に広がり並んでいるので、ドアは馬小屋のように見える。

家族露天風呂の「稲星の湯」に入って楽しむ。ここはなかなかのもの。だが温泉としてはそれほどよいお湯ではない。

夜はメテオで豊後牛のローストビーフのコース。広さはファミレス並みで、スタッフも最近のファミレス並みの少なさだから、サービスは予想どおりの貧弱さ。ルイ・ロデレールのシャンパンがあったので頼んだが、テイスティングのとき以外は一度も注ぎ足しにこない。バターもパンも持ってくるのが遅い。味はまあまあだが、少なくともレストランでもう一度来ようとは思わない。

翌朝は大浴場の「紅殻之湯」に行って、赤いお湯を楽しむ。雪が舞っていて、チェーンを一度もつけたことがない身を不安が襲う。

2009-12-17

[][]インフルエンザA型に罹患する・十二月歌舞伎

水曜日の教授会のときにのどの痛みと咳がひどく、風邪かなと思っていたのだが、翌日起きてみると身体が妙にだるい。

歌舞伎を見に行かなければならなかったので、なんとか気力を振り絞り、這々の体で二時頃到着。「操り三番叟」「野崎村」は見逃し、「身替座禅」の途中から。「大江戸りびんぐでっど」は面白い。ゾンビたちは派遣社員ということになっているが、じつは外国人労働者メタファーになっている。二重底の社会批判に宮藤官九郎の知性を感じる。祈祷師の唱える文句が「アジャラカモクレン」だとか、落語好きにはたまらないくすぐりがはいっているし(「死神」をそのままとりいれるのはやり過ぎだと思うが)。

一緒にいったコーディさんとは今日で最後。お茶をしてしばしの別れを告げたあと、夜の部。「引窓」は三津五郎と橋之助という安心して見ていられるかわりになんの新しさもないコンビなので、面白さはない。「雪傾城」は芝翫八十一歳お孫さんと一緒でご苦労様という以上のものではない。「野田版 鼠小僧」は興味深いが、自分の言いたいことが観客に伝わらないと思って書いているのがまるわかりで、なぜこんなふうに野田がなってしまったのか私にはよくわからない。詳しくは別エントリーで。

見ているうちにどんどん具合が悪くなってきて、帰りはよほど銀座からタクシーで帰ろうと思うが思い直し銀座線にのって荻窪まで行き、そこから中央線各停で帰る。

家に帰って熱を測ってみたら四〇度。これはインフルエンザ確定でしょう。

幸いにして、娘が処方され飲み残していたタミフルがあったので、一日分をまとめて飲む。

熱に浮かされ悪夢を見る。内容はよく覚えていないが、「何かを終わらせなくてはいけない」という強迫観念に取り憑かれていることだけは記憶に残る。

うむ、たしかにいろいろ片をつけなくてはいけないものがあるからな。締切とか締切とか締切とか。

翌金曜日、まだ熱が下がらないが病院へ行く。鼻の穴に長い綿棒状のものを突っ込まれて検査。A型だそうだ。え、ワクチンちゃんと接種しているのに。

関係各所にインフルエンザ罹患の知らせと濃厚接触者にたいしてご注意をメールで送付。

だが結局誰もかからなかった。教授会で隣に座っていた林さんも、教授会のあと長話をした遠藤さんも、コーディさんも、娘も妻も、みんなぴんぴんしている。誰かにうつしていたらどうしようと最初は本気で心配していたのだが、誰もかかっていないということを知るにつれ次第に不機嫌になる。ようするにこれは、私だけが免疫力が劇的に低下していた、ってことだよなあ。

情けない。が体力の低下には勝てず、一日寝る。

2009-12-10

[]ジム・オルーク@弁天

風呂ロックに行きたかったなあ。風邪を引いていなければ、そして12日の発表がなければ絶対に行ったのだが……

2009-12-04

[]学研の『科学』『学習』廃刊。

娘が小学生になったら学研の『科学』を購読させようと思って一週間ほど前にサイトにアクセスし、「こんなに素敵な付録がついてくるのだ」と娘に見せて、ベネッセのコラショとかいうキャラクターのついてくる教材をあきらめさせたばかりだというのに。

しまじろうはまだよかった。基本的にはさまざまな幼児教材や絵本をパクってできているのだが、低学年の教材でそれほど独自性が打ち出せることはないだろうから、そんなものだろうと思っていた。さすがに『さんびきのやぎのがらがらどん』をそのままパクってオリジナルのお話として載せていたときには唖然としたが。

しかし一年生の教材はどうもひどい。ウサギのコラショというキャラクターが造形的に許せない(というか、これもどこかで見たようなキャラクターなのだ)だけでなく、パクリ元である『学習』が最近質が低下したのをうけて、さらに粗悪にしたような印象を受ける(まあ、『小学校一年生』の付録よりはよいかもしれないが)。

しかしベネッセの宣伝攻撃は執拗で、何回となくDVDやら特別付録やらを送ってくるので、娘は一年生になったらそのままコラショの出てくる教材をすっかり取る気でいた。そもそも添削教材がついているのだぞ。それを毎月だかなんだか知らんが定期的に送って赤ペン先生に添削してもらって、進研ゼミへのスムースな移行が待ち受けているのだぞ。お前は本当にそんなことをやるのか。

と思って、「まだかな、まだかな〜学研のおばちゃんまだかな〜」と子供の頃楽しみにしていた『科学』をとらせようと自分でもわくわくしていたのに、なんてことだ。

2009-11-26

[][]岸田原稿ようやく終わる。

旅人の木で昼食。自分でも全く意味不明なのだが、旅人の木で食べ終わって自転車で帰るときはいつも、「こんな美味しいものを食べてもいいのか」というような意味の独り言を小声で叫ぶ。いや、本当に美味しいのですよ。今日の岩のりそば+三種盛りも美味しかったし、油そばも大好きだし、ベースの鰹だしはたまらない。四十数年生きてきて、通いつけようと思ったラーメン屋はここが二軒目だ。だが「こんな美味しいものを食べてもいいのか」と独りごちるほど夢中になっているわけではない。二週間に一回ぐらい行くだけだし。だけどなぜかそう言ってしまう。今回そのことに気づいて愕然とした。私の無意識は旅人の木のラーメンに取り憑かれているのか。

帰りに珈琲散歩に立ち寄り焙煎を頼んでいたコーヒー豆を受け取る。今日は二種類。モカイルガチャフェとカメルーン各200gずつ。カメルーンは今日で売り切れだった。最近は朝出かけにアイスカプチーノ二杯を飲み、三杯分のアイスコーヒーを抽出してSIGGのボトルに入れて学校に持っていき飲む、という重度カフェイン中毒患者と化しているので、400gの豆を買っても二週間保たない。

ようやく岸田原稿、締切三ヶ月超過、予定枚数15枚超過の55枚で脱稿。一時は60枚超えたのだがこの二三日で思い切って削る。それでも論集という体裁上これだとまずいだろう。没になってもしかたがない。

夜は学内研究会。予想したより盛り上がって面白かったが、結構遅くまでやったので疲れた。研究会はよいのだが、今月は行事が多くて大変だった。今週末の土曜日の推薦入試面接でそれも最後だが、12月になると卒論面接ラッシュになる。

それの合間を縫って二つの発表。まあこっちはなんとかなるか。12月中に二年延ばしにしていた『忠義』におけるオキシデンタリズムの論文を仕上げる。1月に落語の原稿。2月に野外劇の公共性が視覚に翻訳されるという例の話をまとめる。こっちは大変。

仕事の内容をいちいち書くブログは最低だと、酔っ払ったのをいいことに、遠藤さんに以前暴言を吐いたことがあったが、最近仕事のことばかり書いていて人のことが言えなくなってきた。もちろん、遠藤さんほど仕事をしているわけではないから、そんなに目立たないはず。

2009-11-19

[][]New York Times Archive を利用した人は注意しましょう

この二、三日、研究費の支出に使用しているワンパスUFJカードが認証されずに困っていた。Amazon.co.jp でも Amazon.com でもはじかれてしまう。

発行元の三菱UFJニコスに数度電話したが、いずれも時間外で応答しない。券面は金色だが、会費もサービスもゴールドカードのレベルではない。そのことは承知しているが、9:00-17:30のみ対応ってどういうことよ。

ようやく今日のお昼に電話がつながる。何カ所かたらい回しにされたあげく、数日前に New York Times Archive を利用したことでセキュリティアラートが出ていた、ということがわかった。

私は New York Times Archive を正規に利用したのだが、カード番号を不正入手した輩が、有効性を検証するために New York Times Archive で少額決済を行っているらしい。

だからといってユーザーに知らせずに使用停止するとはなあ。

そんなわけで、 New York Times Archive から過去の記事を購入した人は注意しましょう。カード会社が使用を停止してしまうかも。

[]カスタム823を再度修理に。

カスタム823のペン先を曲げてしまって以来、新規にもう一本購入することをもくろんでヤフオクを何度か見てきたが、これなら買ってもいい、という金額のものは出てこない。透明ブラックなら18000円というのはあるのだが、その美しさを知っていると、透明軸にどうしてもこだわってしまう。購入当時の16000円という価格は破格だったようで、当時は自分がどんなにラッキーかわかっていなかったのだが、ビギナーズラックだったのだなあ。某ペンサイトによるとそもそも透明軸は受注生産だそうで、入手までに二、三ヶ月かかるらしい。しかたがないので、10000円強かかるが、今のものを修理に出すことにした。

2009-11-09

[]科研書類、ようやく完成。

この日記には書かなかったが、夏ぐらいから10月まではとある家庭の事情で仕事に専念できず、まあ言ってみれば上の空だったわけだ。

この、とある家庭の事情において、なんとか努力が報われた、とわかったのが11月5日。そういう事情が生じたのは1月だから、10ヶ月にわたる家庭内不和の原因がなくなり、娘は喜び妻はほっと一安心、ということになると思ったのだが、娘は気管支炎になり妻はそれまで鍼などでごまかしていた胃の痛みに耐えられなくなり病院通いという状況。私はといえば気が抜けてさらに仕事ができなくなり、うれしさも中ぐらいなりおらが秋、という感じで今日までずるずる。

たまっていた仕事を片付けなければならないと気ばかり焦るものの、力が入らない。

某家庭事情関連のニュースをネットで探しては読むという不毛なことに時間を向ける。いまさら色々なことがわかって驚いてもしょうがないのに。素直に喜べない体質だからねえ。

そうはいっても今日は科研の本当の締切。書類を仕上げなければならず。

ようやく朝5時過ぎまでかかって私の担当分を終わらせる。昨日からの所要時間は10時間ぐらい。

疲れた。

こういう綱渡りの人生はいい加減やめようと思うのだが、やはり書類書きはつらいねえ。

とにかく明日から普通に仕事をしよう。

8月末締切だった岸田論文は今週末まで待ってもらえるそうだし。

みなさん今まですいませんでした。これからは心を入れ替えて仕事に打ち込みます。

2009-11-03

[][]落語を聞きに行く。

三鷹市芸術文化センター・星のホールで未就学児を対象におこなわれた公演「ぼくも、わたしも、寄席で大笑い!! その10 柳家喬太郎さんの落語で、大笑いするのだ!」を娘と聞きに行く。

娘を早い時期から舞台芸術にさらしておくのは私の使命なのだが、いかんせん忍耐力と集中力がついていない幼稚園児に一時間二時間の舞台を見せるのはためらわれていた。

といってもすでに世田谷パブリックシアターで上演された「にんぎょひめ」は一年ほど前に連れて行ったのだが、今後どうするか、そしていちばんの課題である歌舞伎にいつ連れて行くのかはまだ答えが出ていない。

たまたま会員になっている三鷹市芸術文化ホールから来たダイレクトメールに案内が出ていたので、急遽思い立って落語デビューをさせるべく前日にチケットを購入。妻が新型インフルエンザの罹患にナーバスになっているので、彼女にも許可をとって、妻が美容院に行っている間に連れて行くことにした。

三鷹市芸術文化センターは知る人ぞ知る落語の殿堂なのだが、今回はその常連の一人である柳家喬太郎が司会をつとめ、柳亭市馬の前座である柳亭市也の「道具屋」、講談・一龍斎貞寿の「屁こき嫁さん」、漫才・ダムダムダンの「かんきょう漫才」、そして柳家喬太郎の「まんじゅうこわい」という四本立て。約一時間。

柳家喬太郎は前説で出てきて星のホールを寄席に変えるといっていたが、寄席の雰囲気はそれほど出てなかった。

柳亭市也はとりあえず覚えたネタを人前で下ろしました、というだけ。「道具屋」は与太郎が難しい言葉がわからなくて笑いをとる話(「刀の焼きが甘い」「味が甘いですか」)なので、幼稚園児どころか、このあとに予定されていた小学生相手でも意味を理解するのは難しかったのではないか。

一龍斎貞寿の「屁こき嫁さん」は娘にとって知っている昔話なのでとっつきはよかったが、それほど大きな反応は示さず。張り扇の合いの手のリズムが幼児期の記憶に無意識に刷り込まれ、いつの日か心地よいと娘が感じるようになってほしいと心から思う。

椅子からずり落ちて大笑いし、よじ登ってこようとするものの、すでに脱力しているので手だけで椅子につかまるのが精一杯、仕方がないので立ったまま笑っている、というほど、大受けしていたのがダムダムダンの漫才。

たしかに技術的にすぐれているし、日頃小学校を回っているというだけあって、子供の心をいちばんつかんでいた。

B&B島田洋七の弟子というだけあって、テンポも間も心地よい。そして何より芸が荒れていない。全体をきめ細かに作るが、力を抜くところは抜く、という玄人好きのする芸でもあった。

そういえば全盛期のB&Bの芸もこういうものだった。漫才ブームのときは子供でそのうまさがわからず、題材が今ひとつ面白くない、と思っていたが、今考えてみればツービートよりも紳助竜介よりもテンポや間という点では基礎に忠実な芸だった。

家に帰ってダムダムダンのサイトを見つけ、自分と同学年であったことを知ってますます親近感がわく。テレビに出ていない芸人にいくらでも高い実力の持ち主がいる、ということの幸せを感じる。

柳家喬太郎の「まんじゅうこわい」は普段のこの人の芸を知っていると物足りない。しっかり仕事をこなしました、という感じで、明らかに熱は入っていない。熱が入っていない、ということを観客に悟らせないようにする技術もある人なのだが、見る人が見ればもちろんわかる。この人の味である、妙な脱線具合は楽しめた。用意するまんじゅううに月餅や井村屋の肉まんあんまんが入っているとかね。

娘にオチは難しかったようで、終わったあとで説明しても今ひとつ呑み込めなかったようだ。「まんじゅうを食べたいので怖いふりをした」というところはなんとかわかったみたいだが。

終わってから昼食を地下の食堂でとる。娘にはサンドイッチをとるが、キュウリの味と匂いがおかしい。スライスしたまま何日も冷蔵庫に置いたのか、臭い。食べたくないというので仕方がないのでこちらが食べる。ドライカレーもとっていたのでまた過食になってしまった。

娘の落語デビューは「道具屋」「まんじゅうこわい」ということで、記録に残しておこう。

2009-10-05

[][]十月大歌舞伎

『おとなのOFF』によく似た名前の原稿依頼された雑誌、本当に名前を知らなかったのだが、インターネットで調べたかぎりでは公称十五万部だという。それはお見それしました。

わずか七枚なのだからとあなどり、締切すぎてから書き始めたあげく、途中で何とも陳腐なことを書いていたことに嫌気がさし、半分廃棄してようやく朝の五時に脱稿

ベッドに入った朝六時から三時間で起きなければいけなかったが無理だった。十二時すぎに歌舞伎座到着。『毛抜』を見逃す。

『蜘蛛の拍子舞』は昭和三十一年に六世歌右衛門が復活した土蜘蛛もの。着ぐるみの土蜘蛛が十分近く舞台を暴れ回る様子は仮面ライダーの怪人のようだった。拍子舞ということをのぞけば、中身は何もない。五年前に福助が手がけたのは歌右衛門襲名を狙っているからだと説明がつくが、いま玉三郎が上演する意味がわからない。まさか平成の歌右衛門は自分だと主張したいのか。菊之助、決め台詞はきちんと声を張るが、顔が無表情で踊りにも生気がない。玉三郎は菊之助を気に入っているから相手に選んだのだろうが、菊之助は明らかに面白がってない、意義を見出していない。すぐに役をなげてしまう祖父・六代目菊五郎の血を引いたのかねえ。右近相変わらず素人芝居。なぜ出し続けるのか。

『河庄』、初役で粉屋孫右衛門を演じる段四郎が台詞が入っておらず、プロンプターの読み上げる台詞を聞くあいだ間がぶちぶちと空く。先月の富十郎と同じだ。だが思わぬ効果もあった。十年一日変わらないマンネリの芸を見せる藤十郎が段四郎相手だと段取りを無視せざるを得ず、半ば即興で演じている。藤十郎ってこんな器用な役者だったんだ。いや、小芝居がうまいのはよく知っていたが、相手の息に合わせて芝居ができる役者だとはわからなかった。

『音羽嶽だんまり』は珍しいが、松緑の長男、藤間大河初お目見得ということで上演されたもの。松緑が年始の挨拶に菊五郎のところにいったときに今の歌舞伎座があるうちに舞台に出しておけ、と言われたそうだ。十月の演目は一月以降に決まるのだな。見慣れぬ役者がいるな、と思ったら局常盤木を演じる田之助だった。一月以来ずっと出演していなかったようだが、病気だったのだろうか。

夜の部は『義経千本桜』。「渡海屋・大物浦」では知盛の吉右衛門が貫禄があるが、私の中では知盛は勘三郎なんだよなあ。吉右衛門は実人生のなかで断念してきたものがそれほど多くないんじゃないだろうか。知盛の悔しさ、無念さがどうしても作り物に見えてしまう。平成中村座で演じた勘三郎は、多くのものを望んだがゆえにまた断念してきたものも多い人で、その悔しさが知盛に通ずるんだよな。

初役の富十郎義経は明らかにミスキャスト。背が低く顔もけっしてよいとはいえないのに、目を見開いて懸命になって威厳を出そうとしているのは滑稽だ。なぜこの役をやろうという気になったのか理解に苦しむ。玉三郎の典侍の局も初役で、これもよくわからない。玉三郎の身体や声は院本ものではどうしても違和感があるんだよな。

「吉野山」は菊五郎・菊之助親子がよい。菊之助が踊っているとき、菊五郎が忠信ではなく父親の目になっていることがあるのはご愛敬。なんといってもこの頃精彩を欠いていた菊五郎の体のキレが戻ってきているのを見るのは嬉しい。逸見藤太の松緑というのも贅沢な配役。このぐらいの小さい役だと、松緑は俄然よくなる。

「川連法眼館」。二十年近く前見た、運動量の多い猿之助の忠信を思い出してしまう。今の菊五郎の忠信は動けないので、見ていてちょっとつらい。二年前より明らかに体力が落ちている。「吉野山」で体力を消耗していることもあるのだろうか。子狐の哀感が出るのはさすがだが、鼓を拝領して嬉しくて転がして回る、あの動きが中途半端に終わってしまうのを見るのはつらい。

2009-09-16

[]『日経おとなのOFF』から岩波書店まで引き受けます

タイトルは釣りです。

愛人のいる中年男性御用達と言われている『日経おとなのOFF』とよく似た題名の雑誌から原稿を依頼される。

雑誌名を聞いたことがなかったので、ちょっとどきどきしたが、どうやら私の勘違いだったようだ。

締切は九月末だと言われたが、こちとら七月に終わらせる予定だった岸田国士論すら脱稿していない。八月末締切の岩波世界人名辞典の第一校すら手をつけてない。

どうするんだ。ただ日々だけが過ぎていく。

[]近況報告。

修理したばかりのカスタム823のペン先をダメにした。

石垣島に発つその日の朝、レポートの採点をしていてうっかり研究室の床に落としたからだ。

意識が朦朧とするなかでカスタム823を落としたのは二回目だった。

一回目はなんともなかったので、二回目も大丈夫だろうと拾ってみると、ペン先が見事に開いていた。

もう修理したくないなあ。新しいのに買い換えよう。

しかし前回、ヤフオクで16000円前後で落としたことを考えると23000円は出す気がしないなあ。

2009-08-30

[]『グルッペン』

一部で話題となっていた『グルッペン』をサントリーホールに聞きに行った。

全自由席だったので、開場時間に間に合うように行ったのだが、そのときにはすでにずらりと聴衆のみなさんは並んでいる。

シュトックハウゼンにこんな熱心なファンがいるとは日本も落ちぶれたとはいえまだまだ余裕があるのだなあ。

二回演奏され、その間に聴衆は席替えをして、異なる音響を味わうことが期待されている。

二回とも席取りはかなり失敗。一回目は一階中央左手、二回目は二階前方にいったが、最初はパーカッション系の音がやかましく、つぎは多少ましだったがやはり下から音が聞こえるのはくぐもってしまって好きではない。

中高時代の親友の前田を誘って一緒に聞いた。

演奏会終了後、六本木に勤務していたこともある前田の案内でカリフォルニアロール専門の寿司屋にいき、そのあとどうしてもと前田がいうのでお姉ちゃん系の店に行く。

散財した。それ以上はヒミツ。

帰りに前田の新居の近くの隠れ家的バーに行く。

ママとマスターが傑物なので久しぶりに楽しいバーでのひとときとなった。

で、午前三時頃タクシーで帰ったのだが、後で聞くと前田はどうやって帰ったか記憶がないという。

いやあ、私は100%記憶あるぜ、と得意になっていたら、iphoneを店に忘れていたとさ。

酔っ払い勝負は引き分けというところか。

2009-08-17

[][][]痛飲+カラオケ

学内で行っている共同研究の研究会を図書館キノコルームで。

阿部さんをお呼びして話してもらう。

終わったあと、打ち上げに美しま。行くのは六年ぶりぐらいだろうか。ニューヨークから戻ってきて行った記憶がないからねえ。

私の足が遠のいたのと軌を一にして、この店についての評判もきかなくなった。

今回再訪を決めたのでネットで検索してみたが、最近書かれたものはない。

悪評もないのだから味が特に落ちたというわけではないだろうが、ここまで噂がないとちょっと不安ではある。

最初に出てきたヒラメのお造りは新鮮ではなく、不吉な予感があたったかと思ったが、あとはまあまあ。

ハモの梅肉和え、アナゴの利休あげなど定番を頼む。

一緒に行った遠藤さんはこれが二回目で、どちらも「期待していたほどではない」とのこと。

そう言われてはじめて、少し味が濃いめになったのではないかということに思い当たる。

ずいぶん前のことなので記憶が定かではないのだが、以前はもっと関西風の味付けで薄味だったような気がする。

七時に入って、十一時近くまで色々な話で盛り上がり、とりあえずお開き。

三浦さん、遠藤さん、私で日本酒を一升以上飲んだにもかかわらず、(美しまにしては)割とリーズナブルな値段で収まった。

もう帰ると言い張る三浦さんを無理矢理連れて、主賓の阿部さん、遠藤さんとともに二次会をアウトバックで。

アランのシェリーカスクという比較的珍しいスコッチがあったのでロックで三杯ほど。

午前一時少し前、阿部さんが消える。

三浦さんとの議論は、私の論文についての建設的な批判からはじまるものの、私が途中で対立点をすり替え、いつもの不毛なループに。

三浦さんと私がiPhoneをいじりながら人の話を聞くという行儀の悪い学生のようなことをしはじめる。

遠藤さんが酔ってきてカラオケに行こうと言い出す。

ここら辺で午前二時半。

とりあえず店を出るが、三浦さんはタクシーで逃亡。

シダックスで遠藤さんとカラオケ。

カラオケ自体何年ぶりだろう。二年前のゼミ合宿で「君にジュースを買ってあげる」を歌って以来だな。

カラオケ店への入店となると、これまたニューヨークから帰ってきて以来かもしれない。

久しぶりだったので、最初はおそるおそるという感じだったが、途中から興が乗り、遠藤さんと交代でひたすら歌い続ける。

ほぼいつもどおりの展開。「トランジスタラジオ」「春夏秋冬」「少年時代」「Ride on Time」「ボヨヨンロック」「朝日のあたる家」などなど。

新曲は「激しい雨」。キーが意外に高いので苦労する。

遠藤さんは中森明菜、中島美嘉、ボズ・スキャッグス、今井美樹などなど。

よく考えてみれば、男と二人でカラオケをしたというのもはじめてだった。

午前五時に店を追い出され、遠藤さんはタクシーでご帰宅。私もタクシーで帰る。

あと一週間で原稿を仕上げなければならないのに、こんなに遊んでいて大丈夫か。

2009-08-09

[]ビバ、スローライフ、あるいは、なぜ昼飯に出かけると気が狂うのか

娘が銭湯に行きたいと言い出したので、夕刻、藤村学園の近くにある弁天湯へ行く。

行きがけに西友無印良品に立ち寄り、シャンプー用詰替容器など、ジムで使う用品を買い込んだので少々遅くなる。

弁天湯は昔ながらの設備で、シャワーがついている洗い場の列もあるが、あえてそこは避けて、水栓と湯栓しかない洗い場に娘と陣取る。

洗面器に水とお湯を交互に入れて、適当な温度になったのを見計らって娘の髪の毛にちょろちょろとかける。

洗面器のお湯を何杯かかけてようやく、娘の髪はシャンプーを泡立てることができるまでに濡れてくる。

シャワーで濡らすより数倍の時間がかかるが、このゆっくりした時間の流れかたが心地よい。

不便さをありがたがるという倒錯した発想がないと、いまどき銭湯には行けない。

ロハス系に代表されるその手の発想を、普段の私は馬鹿にしているのだが、銭湯にかぎっては不便さもいいなと思ってしまう。

たしかにシャワーは時間は節約できるが、風呂に入るのはのんびりして気持ちを安らげるためなので、そもそも似つかわしくないからね。

なんてことを考えながら、娘と赤い色のついたローヤルゼリー風呂に入る。

三種類の風呂のうち、ジャグジー風呂は熱すぎ、電気風呂はびりびりするのがいやで、娘は入れないのだ。

弁天湯に行くたびに思うのだが、電気風呂で心臓発作とか起こした人はいないのだろうか。

弱い電流を水に通すというのは、いかにも素人考えの危険な療治だと思うのだが、本当に医学的効果はあるのか。

私も一分ぐらい電気風呂に浸かって、またローヤルゼリー風呂に戻る。

高校生のとき、はじめてエリック・ドルフィーのアルバムOut To Lunchの意味を知ったときの衝撃をなぜか唐突に思い出す。

その当時は英語の感覚がなかったので「昼飯に出かける」という文字通りの意味がまずわからなかった。

辞書を引き、"out to lunch" が「気が狂って」という意味の熟語だと知って驚いたが、腑に落ちた。

エリック・ドルフィーの演奏にふさわしいタイトルだと思った。

大学生のときだったか、これは「昼飯に出かける」という意味とかけてあるのだ、ということに気づき、混乱した。

なぜ昼飯に出かけることが気が狂うことになるのだろうか。

以来二十年が経つが、その理由をきちんと調べたことはない。

機会があったら、向こうの知人たちに訊ねてみよう。

ということを考えながら、娘と風呂を出て、上がり口で冷水を絞ったタオルで体を拭いてやり、服を着せて帰った。

2009-08-04

[]コルトレーンでトリップ

六月の健康診断で尿酸値が危険水域に近づいたこともあり、六年ぶりにジム通いを再開。

今度はLOFTの七階にあるインスパ吉祥寺にした。これまで通っていたメガロス吉祥寺は遠すぎるからね。

メガロス吉祥寺と比べるとプールやドライサウナがない。プールに行きたいときは近くの市営プールに行くことにしよう。ドライサウナはなくてもいいや。インスパ吉祥寺岩盤浴が売りのようだが、これは別料金。お試し入会の際、その料金の中に含まれていたので使ってみたが、わざわざ別料金を払うほどのものではない。ストレス解消にはよいのかもしれないが、近年になく気力の充実している今、その必要は感じない。

マシンなどには慣れてはいるが、初めての施設なので、それ以外のことについては period of adjustment がある程度必要だ。インスパ吉祥寺の利用者もLOFT駐輪場は使えるが、午後に行っても空いていないとか。いろいろ経験値を上げていく必要があるが、そういう作業は年を取るほど億劫になってくる。

そんなわけで今日は三回目。一月頃購入した Nike+iPod nano がようやく出番となったわけだが、iTunes との同期がさっそくおかしくなり、接続した途端 iTunes が終了するという謎の現象に見舞われる。かつ、ミストサウナで落語を聞くために Waterproof Headset for iPod shuffle を活用しようとしたのだが、肝心の iPod shuffle が充電されない。最近契約したクティオは初期不良だし、続けさまに機械の故障に出会っている。

しかたがないので iPhone をもってインスパ吉祥寺へ。走りながら聴く音楽として、Nike+Run などをだまされて買ってみたものの、予想通りクオリティが低すぎて使えないことはすでに判明している。今日は何を聞こうかしらんと思い、何の気なしにコルトレーンの "My Favorite Things" を選択。

うぉおおおお。これはいい。走りながら聴いているとハイになる。大音量にしてトレッドミルのスピードを上げる。マッコイ・タイナーのピアノも、エルビン・ジョーンズのドラムもみんな気が狂っている。iTunes に入れてあるのはバードランドでのライブ演奏なのでエリック・ドルフィーのフルートは入っていないが、もちろん記憶がその音を補い、さらに狂気と混迷の度合いが深まる。まさしくパワードライブ。

うぁああああ。軽くトリップしたぞ。わけがわからんが、これはいい。ランナーズハイが出ているのかもしれないが、こんなふうになるとは。

よし、これからコルトレーンをバックに走るぞ。それにしてもVee Jayが出していた海賊版アルバム Inner man を売ってしまったことが悔やまれる。あれが海賊版で貴重な音源とは当時知らなかったからなあ。あそこに入っている "Mr. P.C." は私の知る限りベストテイクだ。

2009-07-31

[]Fニブ換装大失敗のこと

分解清掃して以来不調のパイロットカスタム823の尾栓が完全に締まらなくなったので、思い切って修理に出した。紀伊国屋ブックセンターで受け付けてくれるので手軽だったということもある。

ついでに、どうも採点用にはBニブは太すぎる、線が太いからコメントを書き込むのにもスペースを喰いすぎる、と思うようになっていたので、Fニブへの換装を頼んだ。ニブ交換は5000円ぐらい、という2ちゃんの文房具板の情報を鵜呑みにしていたからでもあるのだが。

ところが見積もりではニブの換装に10000円ぐらいかかるようなことを言われて、愕然とした。が、えいままよ、乗りかかった船だと思ってそのまま修理の続行を依頼した。

そうそう、Fニブにしたのは、その前にキャップレスフェルモを買って、そのMニブが気持ちよく書けたからというのもある。

太いニブこそ万年筆の醍醐味だと信じてやまなかった私だが、キャップレスフェルモのMニブの書き味を知って、これは食わず嫌いだったのではないか、あるいはパイロットだけはFニブと言えども書き味抜群なのではないか、という妄想を抱いたのだ。

そして演劇学会に持っていったキャップレスフェルモのペン先破損という信じられない事態に遭遇し(もちろんペン先を胴体に収納して運んでいたのだが……)こちらも修理にだすことになった。

あわせて20000円弱の修理費。もうちょっと出せばカスタム823もう一本買えたなあ。

修理から帰ってきたカスタム823+Fニブを使ってみて愕然。

このサリサリ感は鉄ニブのボーテックスと同じ、とは言わないまでもかなりそれに近い。

さすがにボーテックスと違い、インクがヌルヌル出てくる感じはあるし、セーラー細美研ぎに肉薄するぐらい細い線が書けるが、万年筆でものを書く快感にはほど遠い。

つまらない万年筆にしてしまった。

できることならニブをさらに交換したいが、胴軸にひびが入っていることを指摘されたこのペンでもう一度ニブ交換するぐらいなら、新しく買ったほうがよいしなあ。

2009-05-07

[]ああ疲れた。

仕事にならないとばかり言ってられないので、新橋演舞場から帰宅後、妻と自分にお灸を据えるなどしたあと、23時過ぎに研究室に行き、半分ぐらい手をつけて放置していた某団体の助成金の書類審査をしようとする。

だが研究室でも2時間近く清志郎を聞いたり見たり歌ったりしてしまう。本格的に作業にとりかったのが翌日の1時過ぎ。

今年度は昨年度に比べて数が多くなっているので大変。しかも、昨年度ほど「これは最初から審査対象外」というものが少なかった。でも、(具体的な数字は書けないのであくまでも例だが)一億円を超える事業費を計上する団体が、たかが二〇〇万円の助成になぜ応募してくるのだろうか。たとえ全額支給になったとしてもあまり役に立たないような気がするんですけど。

終わったのが7時。そのまま審査結果をスキャンしてpdfファイルを担当部署に送り、そのまま地元の郵便局の本局にいって、同じものをエクスパック500で郵送。

締切を遅れた旨のお詫びのメールも出しておいたのだが、どうやら同じ審査員である某氏はまだ終わっていなかったようだ。だったらそれほど慌てる必要はなかったかも。

郵便局では、Amazon.comに返品予定のDVDもSAL便であわせて送った。

ところで民営化以降、私がよく足を運ぶこの本局の局員の人たちは極度におどおどし、客の顔色を伺うようになっている。私には民営化以前のサービスが悪かったという記憶はないので、この人たちがこんなになってしまったことが不思議でならない。サービスが悪いという苦情が多かったことに対応したというより、「民営化したらサービスをきちんとしないといけない」と上から締め付けられているんだろう。本当に気の毒だ。

帰宅し、ゴールデンウィークのあいだ妻の実家に帰っていた娘と久しぶりに対面、少し遊ぶも、眠気が襲ってきてそのまま爆睡。

昼過ぎに起きて、これまた遅れていた学会紀要特集企画に掲載予定の論文の翻訳を終わらせる。

そこへ幼稚園から娘が帰ってきたのでまた少し遊ぶ。

下河辺さんからオクラホマ論文の再校を今日の午後見るように言われているので17時に研究室へ。

下河辺さんが研究室にいないので伝言して自分の研究室で雑用。

遠藤さんに「もも吉」の公開設定ミスを指摘されたり、羽鳥先生に電話して『笑いと創造』第六集に寄稿させてもらうことにしたり。「金馬・正蔵はなぜ下手(セコ)と言われたかー昭和期落語における『語り』の軽視について」落語について論文を書くのは今回がはじめて。今から緊張する。締切は(実質)今年度末。

18時少し前、下河辺さんが研究室のドアを叩き、トラブルが起きていることを知る。

自分の論文の再校だけではなく、何人かのものを見て、初校の朱入れが反映されていなかったり、初校にもなかったミスが見つかったり。

出版社に何度か電話、ファックスのやりとり。ファックスがうまく送信されないなどの問題も新たに生じる。

とりあえずの対策を終え20時に帰宅、夕食をとり、娘と遊び、ベッドで絵本を読んで寝かしつけるつもりが自分もそのまま寝てしまう。

0時前に起きてトラブル解決の続き、なんとか終了←今ここ。

ああ疲れた。