2009-08-26
政治について考えてみる その6
政治について考えてみる その1 - 開発日記 Technolog-ist
政治について考えてみる その2 - 開発日記 Technolog-ist
政治について考えてみる その3 - 開発日記 Technolog-ist
政治について考えてみる その4 - 開発日記 Technolog-ist
政治について考えてみる その5 - 開発日記 Technolog-ist
ちょうどいいところにこんなエントリを発見。
もうずっと選挙には行ってない。今度のやつももちろん行かない。「とにかくみんな選挙に行くべき!」とか力説してる人よくいるけど、仮に投票率が100%になったとして、それでこの国の政治がまともになると思ってるなら、それはちょっと脳天気すぎるんじゃねーの。
投票率100%が理想的な状態ではないのではないかという疑問(確信?)は僕も感じているし、言っていることはわからなくはない。むしろ、エントリ全体を通して共感する部分のほうが多い。
仕組みをともなわない“べき”論はあまり好きではない(参考:道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である)ので、「それは違う、選挙に行くべきなんだ!」というつもりは毛頭ないし、こういう考え方のほうが合理的だと思うのだが、それでも少し気になったのでまとめておく。
投票率は「結果」であって「原因」ではない
結局、「投票率を上げる」というのは目的にはなり得なくて、その背後には別の目的があるわけだけど、それは定量的に示すことが困難なのでその指標として「投票率」が用いられる、と考えるのが自然である。
物理的にも精神的にも政治という世界が遠く、自分だけの力ではどうにもできないから政治家を信じるしかないということもあるだろうし、情報の画一化が激しく、マスメディアが大きな影響力を持つため、多様な価値観が生じにくいというのもあるだろう。
また、都市部と比べて相対的に高齢者の割合が高いため、昔の景気がよかった時代の日本を知っている人が多く、そうでない若年層に比べて「いつか何とかなる」という信仰をしやすいという事情もある。
上述のようなさまざまな要因があって、地方は「○○を信じよう」「がんばっていれば何とかなる」と感じやすい(≒閉塞感が生じにくい)環境にあるのだと思うけど、その結果は“投票率”として数値化される。
「仮に投票率が100%になったとして、それでこの国の政治がまともになると思ってるなら、それはちょっと脳天気すぎるんじゃねーの。」という言及に対してはじめ強い違和感を感じたのだが、それは僕の考えと因果関係が逆だからだ。
「投票率があがると政治がまともになる」とは僕も思っていないが、「政治がまともになるような施策をすると、その結果として投票率は上がる」とは思う。
なぜなら、投票率に強く影響を与える変数は“有権者が民主主義の維持や参政権の行使に対して抱く責任感・義務感”であり*1、極端な話、そう感じる有権者を増やすことでしか投票率は向上しない。
(マスメディア等の影響で上下はするが、それは一時的なものである。)
だから、「投票率UPは無条件に善であり、みんな選挙に行こう!」と言うつもりはないのだけど、世の中でどういうことが起こっているのかを正しく理解することや自分たちの代表が国家をどういう風にドライブしていこうとしているのかを知ることは必要なのではないかと思う。
だから問題意識としてはこちらのほうが先にくるものだ。
あと、現実的に考えて政治に参加するにはやっぱりある程度の政治的基礎教養が必要だと思うんだけど、それを持ってる人がどんだけいるかっつー話だよ。
話の流れとして、
- 投票率が低い
- 投票率を上げるべき
- 政治的素養のある人は少ない
- 適正でない代表者が選ばれる
- 投票率を上げても意味がない
となっているが、そうではなく、むしろ
- 政治的素養のある人は少ない
- 適正でない代表者が選ばれる
- 選挙に行くことに意味を見出せない有権者が増える
- 投票率が低くなる
という流れのほうが正しい。(と、僕は思う。)
このシリーズで何度か言及したことではあるが、“投票率”という数値は有権者の政治姿勢を測るための効果測定変数であるべきで、決して目的変数にしてはいけないものだと思う。
「沈まない」ということ、「一緒に沈む」ということ
国家を船にたとえるのはよく使われる比喩だ。
それに、もしあなたがバカじゃないとしてもさ、例えばでかい客船に乗ってて、船は沈みかけてて、しかも自分以外の多くの乗客は破滅を望んでるっていう状況の中で、多数派に抵抗して船をどうにか救おうとしたって、そんなのたいてい無理じゃんか。
僕はマクロ経済の専門家ではないし、経済指標をどう解釈すればいいかなんてほとんどわからないけど、少なくとも健全な状態ではないということは理解できる。前エントリでとりあげた渡辺千賀さんのように、はっきりと「もうダメだ」と言う人もいるわけだし…
沈みゆく船に乗った乗客に与えられている選択肢は大きく分けて2つで、どうにかがんばって沈まないようにするか、みんなで仲良く沈むかだ。前者を選択する場合、優秀な航海士や優秀な船舶技術者を見極め、育成し、インセンティブを支払う必要があるし、後者を選択する場合、すべての乗客が不満を感じることがないように、高品質で平等なサービスを提供する必要がある。
沈まないための施策は経済成長戦略のことであり、仲良く沈むための施策は所得再配分のことである。どちらかというと後者のほうが国民ウケはよい。だからこそ、どの党のマニフェストも、経済のパイ自体を増やすための政策よりも、今あるパイを平等に分配するための政策のほうが重要視されているわけだけど、それだと十分なインセンティブを受けられない航海士や船舶技術者は違う船*2に乗船するようになる。
所得再配分はあくまで再配分であってお金の総量は増えない。その総量を増やすためには成長分野への投資が必要であり、その必要性を理解し、“市場原理主義”などといって批判することのないような“政治的素養”は有権者に求められているような気がする。
