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開発日記 Technolog-ist このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-10-24

両親というステークホルダー

以前、友人とこういう話をしたことあるので書き留めておく。

両親の為に生きる必要


上記エントリはやたらと哲学的な展開をしているので何とも意見を述べにくいが、最終段落の結び方は強く同意できる。


まあ、そこで結局問題になるのは、貴方と両親との間に存在する個人的な関係性に限られるのだ。


たとえば、貴方が両親を悲しませたくない、というただその一点の感情を持っているなら、そのようにすればいい。


例え普遍的な義務や責任というものが無いにせよ、貴方が個人的な感情を優先することは、全くもって自由の範疇なのだから……。


両親の為に生きる必要


僕の友人たちは両親に大きな恩を感じている人が多いようである。東京で大学までいかせてもらうとなれば、相応の教育を受けているだろうし、当然それだけのお金もかけてもらっていると予想できるので無理もない。


しかし、僕自身に関してはこの限りではない。小学校や中学校に通っていた頃から僕は勉強することが好きだったが、塾に行かせてもらったり家庭教師をつけてもらったりしたことは一度もない*1し、中学3年のときに高専に進もうか進学校に進もうか迷っていた僕に「受験するのだってタダじゃないんだからどっちかにしなさい」と言われた苦い思い出*2もある。

大学編入学試験も親が希望したからではなく僕が行きたかったから真剣に勉強したし、起業のために休学するときも一応両親に相談したが「アンタの好きにしなさい」と一蹴された。


だからだろうか、僕は高専で得た恩師や友人の存在も、東大にいるという事実も、そこで築いた人脈やそこで得た知識も、すべて僕自身が自分のために使っていいものなんだと思っている。新卒偏重の労働市場の中、今僕が持っているあらゆる資産を失う可能性もあるが、そうなっても両親に迷惑をかけることはないと思っているからこそ多少の無理はできる。こんな歳になっても好き勝手やっているのはそういうバックグラウンドが少なからず影響しているだろうし、他の人にはない僕の強みだとも思う。


だからこそ、ある意味で自然なつきあいができる

ここより先の言及は自己正当化になるかもしれないが、ここまでだと「僕の両親は全然教育してくれなくて、一切感謝してません。親孝行するつもりもありません。」という、ただの愚痴のはき捨てになるので、一応フォローしておきたい。


念のために言及しておくが、両親に一切感謝していないということはない。

僕の“教育に関して”無関心だったのは事実だし、勉強したかった僕にその環境を与えてくれなかったという意味で、正直いまだに根に持っている(笑)ことはある。教育に関しての感謝は一切ない。

ただ、そうは言っても20歳のときに東京で一人暮らしをはじめるまで最低限の衣食住を保障してくれたこともまた否定しようのない事実だし、高専に入学して寮生活を始めるまでは実家生活だったので一緒にいる時間が長かった。特に父は、息子の僕ですら認めざるを得ないほどの親バカで、今でも帰省するたびに喜んで話しかけてくる。

だから、“教育以外の部分に関して”は普通の家庭よりもお世話になっているのではないかと思うし、客観的に見ても仲の良い親子なのではないかと思う。


僕は、自分と両親の関係性を「超長期的な居候」のようなものだと思っている。

15年間、食事や住居を提供してくれた(≒居候させてくれた)存在で、お世話になった分はいつか返そうと思っているし、今でもたまに遊びに行って(=帰省して)近況報告とかしようと思っているが、それ以上の思い入れはない。


特別な思い入れがないからこそ、ある意味、すごく自然なつきあいができていて、感覚としては年上の友達ができたという感覚に近い。

僕はもらったものは返さないといけないと思っているが、両親のために生きなければならないという義務感は持ち合わせていないし、おそらく両親も、扶養義務を遵守するために僕を育てたわけではなく、単純に僕への好意の表れとしてお小遣いをくれたり、話し相手になってくれたりしただけで、そこに見返りは求めていないだろうと思う。


そんな感じなので、「まあ、そこで結局問題になるのは、貴方と両親との間に存在する個人的な関係性に限られるのだ。」という冒頭のエントリにはすごく納得で、“高齢化社会”だの“介護問題”だの“扶養義務”だのというバズワードから僕を解放してくれる。

*1:親に嘆願したことはあるがダメだった。

*2:受験日が違うので両方受け結果を見て検討しようと思っていたのだが、無理やり選ばされた。結果、高専を選んだ。

読者読者 2009/10/25 13:26 心置きなく勉強できるという精神的意味での家庭環境そのものが、ご両親の下さった「教育面」での最高の御恩だという風にも考えられませんか。
教育では、金銭的な支援も然ること乍ら、そういう精神的な部分も欠くべからざる要素だと思います。

a_suenamia_suenami 2009/10/25 14:40 読者さん

コメントありがとうございます。

確かにその通りです。のびのびと育ててもらったのは事実ですし、その意味では感謝しているのかもしれないです。
ただ、恩返しの形として「一流企業への就職」とか「社会的な安定」ということをあまり意識していないのは、やはり金銭的な意味での支援が薄かったことに起因していると思っています。

“勉強”という言葉を単なる学校での学力試験に限定せず、もっと広義な用い方をするとすれば、「心置きなく勉強できるという精神的意味での家庭環境そのもの」は現在も継続しています。だからこそ、周囲の友人が受験勉強や就職活動をがんばっていることに焦ったりすることなく、僕なりの考え方をできているんだと思います。

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