『食』とは『想』をいただくこと。

『今年のトマトは甘くできたから。』と帰りも持たされた父の畑で採れたトマト。

僕と父は血が繋がっていない。自分が物心つく頃には両親は離婚していて、兄弟3人、母に育てられた。小学生の頃、授業中に父親の職業を発表したり、友だちとの間でそんな話になる時、よくウソをついてた気もするが今となれば記憶は曖昧で、ただとても苦しい時間だったことだけぼんやりと覚えてる。

今の父は、自分が中学生になった頃から一緒に住み、高校生になる頃、正式に再婚してから父になった。ずっと『オジサン』と呼んでたので『お父さん』とは呼べず、しかし『オジサン』と呼ぶわけにもいかず、気付けば何とも呼べないまま、自分は大人になり、父はすっかりお爺さんになっていた。

去年、自分の結婚を経て、初めて父を『父』として正式な場所にて紹介したことや、結婚での様々なこと、今年に入り大玉村で歌う機会が増えたことで実家に帰る時間も増え、家族以外の人たちがウチを訪れてくれるようになり、紹介する度に、ようやく自分にとっても『父』という響きが馴染んで来た。もちろん、震災のことも大きく影響していると思う。

最近驚くのは、父と自分の性格や振る舞いが何だか似てきたこと。
嫁さんや、一緒に暮らす動物が似てくるのはよく聞く話だが、、何だか不思議だ。

完全な犬派で猫嫌いだったのに、すっかり猫派に寝返り、熱烈な巨人ファンで負けるとえらく不機嫌になり、勝つとやたら上機嫌なり、記念日に贈ったお酒は自分と一緒に呑むまで封を開けない父。そんな特に趣味も無く出不精な父が唯一熱心に、それでいて嬉しそうに話す小さな庭の小さな畑の野菜の話し。
定年までは畑とは無縁な生活を送っていた人とは思えないくらい、畑いじりが板についてきた。

福島ということで様々な意見があるだろう、けれど【食】をいただくことは、その人の【想】をいただくことだ。
ありがとうと叫ぶかわりに【美味しかったよ】と伝えるの。

だから、食卓に並ぶ父の野菜
僕はそれを誇りに思う、ただ、静かに
ごちそうさま とつぶやきながら。