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自転車雑日記

2016-05-11 SNS このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

またまたフェイスブックネタです。

先日、私の運営するAVELという自転車店舗の競技者を中心としたチームの練習会の事をFBでアップしました。

弁当ネタ以外はいつもはサイレントの方々が多いので、そもそも書き込みは少ない私のタイムラインなのですが、真っ先に書き込みをしていただいた方がいらっしゃいました。

正直言って競技(走)力という面では高くは無いものしか持っていないチームの面々ですが、真面目に向上心を持って社会人生活や学生生活を送りながらスポーツに取り組んで頑張ってます。

もちろん競技成績も一歩一歩前へ進むことを前提に取り組んでもいます。

有料でも良いとからと私に教えを請いコーチングをしている選手までいます。

書き込みをしてくれた方にはいろんな意図があったのかもしれませんが、その書き込みはどう見ても悪意に満ちた書き込みとしか受け止められないものでした。

SNSは気軽に情報をアップし、それに反応する事ができますが、おそらく私のタイムラインが目に留まり、見た瞬間に何の考えも無く書き込んだのでしょう。

何の考えも無いと言うと語弊があるかもしれません。

ご本人なりの「考え」があったのでしょう。

いつも−少なくとも私のタイムラインに書き込む時はー「オーガナイザー」と書き込んでらっしゃるので、自転車レースを運営していることに誇りも持っている。

オーガナイザーって大変ですよね。

選手を走らせる環境を整え、地元の方々との折衝、スポンサー集め、etc.etc.、、、

選手を強く、大会の権威も上げたい。そういう欲も出てくる。

本当に大変です。

が、それ以前にスポーツは、それを行う夫々が満足のために行うものです。

各々が満足できなければ、周りの者も満足できないでしょうし、幸せになれません。

自分が犠牲になってるから周りの者が幸せになれるんじゃない。

自分を幸せにする事ができて初めて周りも幸せになるんじゃないか?

自転車競技人生そのもの。

個があって他があってそして全がある。

個々の価値が全体の価値を高める。

個の価値が落ちれば全の価値も落ちるのは必然。

SNSでは個は他を攻撃することをディすると言いますが、それが全て悪いとか避けなければならないものかというと、そうではないと思う。

ちなみにDisrespectはre(再び)-spect(見る)の反対語(dis-)です。

「二度見しない」=「スルー」ということに繋がるんでしょうか(笑)?

思いや愛のある個のディスりは二度見する価値がありますが、それが無ければ集団という全にも入る価値の無い個となり、村八分となることもあります。

今回少し嫌な思いはしましたが、それ以上にいろんな方々が私をたすけてくれたことが非常に嬉しかった。

ある意味そういう価値はあったのかなと思います。

まだ村八分にはならないんでしょうね。

私を助けてくれた方々の中にはその方に対する「思い」を感じるコメントもありましたから。

2016-05-05 子供の成長 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

こどもの日ですね。

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昨年見事に100個以上の実をつけたレモンの木は、春に剪定をしたものの今年も順調に花を咲かせてくれました。

AVELの近くのうつぼ公園はバラが真っ盛りです。

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近くの公園の藤はもう終わりですが、今年はきれいに咲いてくれていました。

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子供の成長は速いもので末っ子はもう二歳になる。

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綺麗なものに目を向けて、美しいものばかりを見ていたいものです。

ただ人間は生まれて実をつけて枯れていくものです。

成長ばかりではないですよね。

2016-04-13 レースの距離 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

先日、FBを眺めていると旧知の元チームメイトが珍しく出てきた。

そこで思ったことをつらつらと書きます。

曰く、レースの距離を伸ばしてもっと厳しいレースがしたい、、、

ロードレースというものの旧来の形は、仰る様に長時間長距離を戦うもので、現在も世界選手権は250キロ以上、三大ステージレースは3週間という途方もない競技時間です。

ただ近年は米国などでクリテリウム形式の短距離ロードレースが頻繁に開催されるようになり、オリンピックもその開催形態の変化でゲーム性の高い短時間で済む競技が重用されるようになって来ています。

話は少し逸れますが、日本でももう15年も前に選手の雇用体制を見直すために「組合」的なものを作るべきだと選手たちが話し合ったことがあります。TOJの時だったかな?

そこでは雇用体制の話はもちろん、当時は競輪界が主体だったプロ自転車選手の、ニッチで低レベルな日本のロード選手が今後どうすべきか?何てことも話し合いました。もちろん自分たちの競技力を上げることが最優先で、それ以外に自分たちの地位を上げることはできないだろうとも。

そこで出てきた真っ先に解決するべき問題は、「スピード」でした。

自転車競技には種々あり、そもそもがスピードを争う競技なのに日本人は短距離でさえ克服していないと問題視していました。当時は競輪選手世界舞台で幅を利かせていました。日本は短距離なら世界に誇れる能力がある!というのが常識だったのです。近年はそれがひっくり返り、、、じゃないんです。日本以外のプロ自転車選手で短距離で「食える」世界がなかっただけです。冬場の六日間レースなどはありましたが、あれで一年間は食えませんよね。プロロード界をチラ見してきた経験だけでもそれは明白でしたし、他の欧州レース界を経験してきた選手たちも同意見だったように記憶しています。その経験から当時の日本人に足りないものは「スピード」とレース経験で、その中で切磋琢磨することで基本的な「スピード」を身につけ、欧州に飛び出して「距離」を伸ばすことが、日本の環境を考えると一番の近道なんじゃないかと。

ほどなくしてJBCFのレースはシリーズ化され、年々そのレース数を増やしてきました。全くもって正しい方向ではないかと思います。同時にピラミッドの頂点を高めて土台を大きくするには方法はこれしか存在しないくらいです。

さてでは何が問題か?厳しさをレースに求めるのは競技者、主催者、観客の皆です。

ですが、結局走るのは「競技者」なんですね。

どれだけ環境が整っても走るのは「競技者」なんです。コースが平地でも厳しいレースをしようと思えばできますし、山岳コースでもゆっくり走ればどんな人でも楽に走れるのがロードレーサーです。

クリテリウム形式の平坦コースでも脚と頭を使ってレースを厳しくすることは何回かレースを経験すればできることです。自分の得意なコースじゃないから、自分が狙っているレースじゃないから手を抜くなんてもってのほかです。私も2000年以降ヨーロッパレースとオリンピックを経験した後は自分のために走るのがアホらしくなって、レース中でも後方をヒラヒラ走るなどという今考えればもったいない事を繰り返していました。でもレースで誰かがそれをやってしまうと、少し頭のキレた(自分のことを苛めるのが好きという意味で、ストイックともいう)競技者も楽をすることを覚えてしまいます。=競技力の低下です。そこに待つのは、、、

ま、それでもどんな世界でも主役と脇役という役柄はありますが、結局人生ではそれぞれが主役。言いたいことは出てきますよね。