ひとやすみ読書日記(第二版)

最近あんまり読んでませんが

P.W.シンガー「戦争請負会社」


戦争請負会社

戦争請負会社

今年(2005年)に、イラクに派遣されていたイギリス民間警備会社の日本人社員が戦闘により死亡する事件が起きた。その事がなければおそらく購入はしなかっただろうと思う。

「傭兵は世界で二番目に古い職業」だとよく言われる。(ちなみに一番は「売春婦」だそうだ)実際のところ傭兵というのは「隙間産業」である。一般的に言って、展開すべき社会に軍事的な間隙が無ければ傭兵は活動し得ない。

本書は冷戦崩壊後の現代社会に発生し急速に活動の幅を広げつつある「民間軍事企業(PMF)」の実態やその意味するところ、様々な問題点などをまとめたレポートである。内容は多岐に渡り、恥ずかしい話だがここで簡潔に内容を纏めるのは正直、手に余る。ただ日本人の手による類書が――より簡潔な内容のものも――発刊されているが、こちらを勧めたい。
裏を返せばそれだけ現代社会には多岐に渡る軍事的間隙が存在する、ということでもある。

上記のイラクの事件、またこの分野に於ける先駆者である南アフリカのエクゼクティブ・アウトカムズ社の活動内容からPMFは「代行戦闘集団」のように受け取られがちだが、実際は戦闘のみ為らず軍事活動全般に及び、兵站支援・兵員教育など後方任務を専門的に行う企業も少なくない。

営利企業であるということは政治・外交に必ずしも制約を受けずに活動できることを意味する。エクゼクティブ・アウトカムズ社は元南アフリカ軍人を中心に構成されたPMFであるがかつての敵国アンゴラ政府に雇用され、同国の内乱を鎮圧した。

国家機関ではないということは政治・外交の束縛を受けずに軍事力を行使できる事を意味する。元アメリカ軍人を主体に構成されるMPRI社はアメリカの対外政策に従ってクロアチア民兵組織を高度に訓練し、セルビア軍を駆逐せしめた。

実際、各軍事企業によってその能力や性格は全く異なるものであり、包括的に定義づけることは困難である。国際戦争法規のグレーゾーンに位置する集団が大多数活動しているというのが、現代社会の実態なのだ。

成る程それは海の向こうの出来事であり、日本人とその社会には直接関係が無いように思える。しかし陸上自衛隊イラク派遣第一陣を空輸したのはロシア製のアントノフ輸送機であったし(ロシア空軍の所属ではなかった筈だ)、またバクダットの日本大使館を警備しているのは果たして自衛隊だろうか?

このような大規模傭兵集団はしばしばミリタリーSFに登場したものである。古くはRPG「トラベラー」の巡航艦による傭兵部隊や「バトルテック」シリーズのグレイ・デス軍団、最近ではL.M.ビジョルドの一連の著作に登場するデンダリィ傭兵艦隊等々。

現実に、これとよく似たものが存在している。そしてそれらは、全く異なる存在なのである。

しかしまあ、かつてアスラン王国が傭兵空軍を組織した頃には世界中から後ろ暗そうな人間を個人単位で徴募し、兵站業務をマッコイ商会なる相当アンダーグラウンド死の商人に委託したものだったのだが、現在では適切な価格さえ支払えれば、完全に整備されたスホーイ27戦闘機をパイロット・整備士込みの飛行中隊でメーカーから公開市場でリースできるのだ。

なんともロマンに欠ける話ではある。