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2018-06-18

『飛ぶ孔雀』山尾悠子

飛ぶ孔雀

これまでの幻想小説色の濃い作品とは、少し毛色が変わってきたのではないか。精緻に作りこまれた世界であることは共通しているのだが、いかにも無国籍な場所ではなく、間違いなくこの国のどこかの町を舞台にしている。作者が学生時代を過ごした京都や生地である岡山のような、古くからその地に伝わる文化や言い伝えが残る、程よい古さと大きさを兼ね備えた地方都市のような。

「飛ぶ孔雀」と「不燃性について」の二部に分かれている。それぞれは独立しているようでいて、実はどこかでつながっているらしいのは、どちらにも登場する人物がいたり、どちらにも出てくる話題があることから分かる。ただ、その繋がり具合が尋常でない。「強盗(がんどう)返し」という語が文中に一度ならず使われているように、障子一枚引き開ければ、踏み入った世界はまったく別世界といった具合に、二つの世界は背中合わせで通底しているようだ。

人物の心情や行動の変容を通して、人間や世界を見つめるというような作品ではない。いうならば、トポス(場所)が主題である。目に見えないが存在する、何かに影響を与える磁力のような力を持つ場所があり、それが人や人の住む場所の形や大きさを変える。地下水風、四大の異変が通奏低音のように流れていて、人物たちは物語の冒頭からその影響下にある。書き出しからして「シブレ山の石切り場で事故があって、火は燃え難くなった」なのだ。

その「柳小橋界隈」は、シブレ山の南東に広がる城下町の中を川が流れ、いくつも架かる橋の一つを揺らして路面電車が通り過ぎる。橋げたの下に積み重なったバラックの一軒。中洲の先端に突き出した何度も泥水に洗われて、足下の覚束ない物干し台で少女は火を熾そうとしている。火が燃えにくくなっているという設定の世界は、冒頭から通常の世界ではないことを印象づける。暗夜にとぼしく灯る火を目当てに男は船で漕ぎつける。火が「飛ぶ孔雀」の重要なモチーフである。

男と少女の逢引きという主題は次の「だいふく寺、桜、千手かんのん」に話をつなぐ。菓子屋の娘を連れて寺の拝観に来たKは、石切り場の事故でシブレ山が二つに増え、石屋の社長は湯治に逃げた、という噂話を耳にする。「ひがし山」は「橋をひとつ渡るたびに、確実にちからは増す」という『橋づくし』を思わせる予言から書き出される。眼の悪い少女が家を継ぐことになった顛末が語られる。少女はペリットを吐く。鳥類が一飲みにした小動物の未消化物を指すペリットは次のKの記憶を語る「三角点」にも出てくる。このようにイメージがイメージを呼び、断片的な挿話が次から次へと繰り出される。

「火種屋」、「岩牡蠣、低温調理」と火のモチーフを扱った間奏曲二篇を挟んで表題の「飛ぶ孔雀、火を運ぶ女」に至る。二つの川を水路で繋いだことにより、大きな三角州状になった川中島Q庭園で行われる大茶会が「飛ぶ孔雀」のメイン・ディッシュ。菓子屋の娘とその腹違いの妹が、逆回りで庭園内の茅屋に灰形の火を運ぶ役に籤で選ばれる。守るべき禁忌があるのだが、孔雀は飛ぶし、芝生は動くし、関守石は転がるしで、姉妹は禁忌を犯す。面妖な怪異が夜の庭園をかき回し、盂蘭盆会を賑やかに不思議な大騒動が繰り広げられる。

「不燃性について」は「移行」という「若いGがじぐざぐの山の頂上へ至るまでのおおよその経緯」を書いた挿話ではじまる。季節は移って初秋になっている。「地元Q庭園」とあるからには、同じあの町だが、場所は変わって川端にある古い公会堂地下三階にある公営プール、路面電車の軌道がカーブする位置にある三角ビル、とシビレ山にある施設が主な舞台となる。モチーフは水。

場所を象徴するのは、巨大なすり鉢状の構造である。しかも、階段状になっている。地下のプールとその客席がそうだし、シビレ山の施設、頭骨ラボも修練場も同じである。「眠り」で仕事帰りに公営浴場に立ち寄ったKは、地下プールで路面電車の女運転士ミツと出会う。ミツは弟のQが三角ビルに住んでいて、最上階に住むKを知っていた。三角ビルと聞いて思い出すのは横尾忠則の連作「Y字路」だ。

そして横尾といえば、アングラ芝居のポスターではないか。妙に土俗的で、それまで自分たちが否定し、隠してきた恥部を露悪的に前面に押し出すことで前近代的自我自己肯定しているような生温かいぬるさのようなものが後づけの西欧を追いやるところが「不燃性について」と根を同じくしている。理屈ではない。肌合いのようなものか。血縁だけではない疑似的な家族関係、兄さん、姐さんといった呼称、泉鏡花柳田国男のいう「妹の力」の強調。

若い劇団員のQはシビレ山にある頭骨ラボへの出張を突然命じられる。頭骨ラボは宿泊施設を改築した死骸を煮て肉をこそげ落とし標本用の白骨を取り出す工場のようなものだ。ある意味ペリットの相似形。先輩のトワダは先にラボに行ってしまうが、婚約中であったQは後援会組織の家族の意向で急遽結婚させられてしまう。相手はよく似た顔をした大勢の姉妹を持つ一人である。

「不燃性について」を支配しているのはカルト的な組織とそれに抗する地下組織の暗闘のようなものだ。喫煙者を襲う自警団や清掃活動を宗教的な位置に祭り上げる老人会地熱で温めた温泉卵路面電車配達する地下組織、何やらよく訳の分からない連中が犇めきあっている。温泉の熱で温められる地下、と雷が落ち大蛇がうねくる山頂部分が対比的に影響を与え合っている。両者をつなぐのが、同じ場に相いれない美少年Qと今では大人となったKだ。

アングラ芝居の要領で、一人の役者が衣装や鬘をとっかえひっかえ、次々と別の人物に成り代わって舞台をあいつとめる。雲海を突っ切って上り下りするゴンドラケーブルカー。同じ構造を持つ十角形を基盤に持つ中空の塔状組織をひっくり返したような巨大建築物。鶏冠と耳と鰭、それに退化した前肢を保有する大蛇、そんな物が大勢の登場人物を呑みこんで上を下への大騒ぎだ。

現実と壁を隔てたところに位置する異世界との交流、もしくは互いに影響を与え合うことによる混乱がせめぎあう、何ともにぎやかなスクリューボール・コメディ。泉下の鏡花先生も苦笑するような仕上がりだが、これはこれで上出来の一巻。多すぎる謎、符合する記述、回収されない伏線、と何度ページを繰っても読み終わるといううことがない。分からないから放り出すということができない、練られた文章力の持つ味わい。山尾悠子は大化けしたのではないだろうか。

『大いなる眠り』註解 第二十六章(4)

《電話を切り、もう一度電話帳を取り上げてグレンダウアー・アパートメントを探した。管理人の番号を回した。もうひとつ死の約束の取りつけに、雨をついて車を疾走させているカニーノ氏の像がぼんやりと頭に浮かんだ。「グレンダウアー・アパートメント。シフです」

「ウォリスだ。警察の身元識別局。アグネスロズウェルという名の女に覚えがあるかね」

「何とおっしゃいました?」

 私は繰り返した。

「番号をお教え願えれば、折り返し──」

「茶番はよせ」私は厳しく言った。「急いでいるんだ。あるのか、ないのか?」

「いいえ、ありません」声は棒状のパンのように硬かった。

「長身で金髪、目は緑だ。安宿で見た覚えはないか?」

「お言葉ですが、うちは安宿なんかでは──」

「黙るんだ」私は警官口調で怒鳴りつけた。「風紀犯罪取締班を送り込まれて徹底的に引っ掻き回されたいのか? バンカーヒル界隈のアパートメント・ハウスのことなら何から何まで知っているんだ。特に部屋別に電話番号が登録されているようなやつのことはな」

「ちょっと、落ち着いてくださいよ、お廻りさん。協力しますから。金髪なら確かに二人います。普通いるでしょう? 目の色までは覚えていません。その人、一人住まいですか?」

「一人か、一六〇センチくらいの小男といっしょだ。体重五十キロ、鋭い黒い目、服はダーク・グレイのダブル・ブレストのスーツ、アイリッシュツイードのコート、グレイの帽子だ。情報じゃ部屋は三〇一のはずだが、電話に出たやつに盛大に揶揄われたよ」

「ああ、女はそこじゃない。三〇一には自動車のセールスマンが二人住んでいます」

「ありがとう。そのうちに行ってみよう」

「お手柔らかに願いますよ。直に私のところに来て頂ければ」

「感謝するよ、ミスタ・シフ」私は電話を切った。

 顔の汗を拭いた。オフィスの隅まで歩いて壁に向かって立ち、片手で壁を叩いた。ゆっくり振り返り、椅子の上でしかめっ面をしている小さなハリー・ジョーンズを見やった。

「君はあいつに一泡吹かせたってわけだ、ハリー」私は自分でも奇妙に聞こえるほど大きな声を出した。「君は嘘をつき、小紳士然として青酸カリを仰いだ。君は猫いらずにやられた鼠みたいに死んだ。だがなハリー、私にとって君はただの鼠ではなかった」

 私は死体を探った。嫌な仕事だ。ポケットの中からはアグネスについて私の欲しいものは何一つみつからなかった。そんなことだろうと思っていたが、やらずに済ますわけにはいかなかった。カニーノ氏が戻ってくるかもしれない。カニーノ氏は自信満々の紳士のようだ。犯行現場に舞い戻ることなど気にもしないだろう。

 私は明かりを消し、ドアを開けかけた。壁際の床の上で電話のベルが激しく鳴り出した。私はその音に耳を澄ませ、顎の筋肉を痛いほどひきしめた。それから、もう一度ドアを閉め、明かりをつけ、そこまで行った。

「もしもし」

 女の声だ。彼女の声。「ハリーいる?」

「ここにはいないよ、アグネス

 しばらく待って、それからゆっくり言った。「誰なの?」

マーロウだよ、君にとっては厄介者さ」

「あの人、どこにいるの?」甲高い声。

「ある情報の見返りに二百ドル持って立ち寄った。申し出はまだ効力がある。金はここだ。君はどこにいる?」

「あの人、言わなかった?」

「聞いていない」

「あの人に訊く方がいいと思う。あの人はどこ?」

「それが訊けないんだ。カニーノという男を知ってるか?」

 はっと息を呑むのがまるで傍にいるみたいにはっきり聞こえた。

「百ドル札二枚、ほしいのか、いらないのか?」

「私──私、喉から手が出るほど欲しいの、ミスタ

「それじゃ、どこへ持っていくか言ってくれ」

「私──私──」声が次第に薄れていき、パニックが戻ってきた。「ハリーはどこ?」

「怖気づいて逃げたのさ。どこかで会おう──どこでもいい──金はあるんだ」

「そんなはずない──ハリーに限って。罠ね、これは」

「戯言だ。ハリーを逮捕するならとっくの昔にできた。罠をかける必要など何もない。カニーノがハリーのことを何か嗅ぎつけたみたいで逃げたのさ。私は安らかでいたい。君も安らかでいたい。ハリーも安らかでいたい」ハリーはもう安らかにしている。誰も彼からそれを奪うことはできない。「私のことをエディ・マーズの手先だと考えてるんじゃないだろうな、エンジェル?」

「い、いいえ、そんなふうには思ってない。半時間後に会いましょう。ウィルシャー大通りのブロックス百貨店の横、駐車場の東口で」

「いいだろう」私は言った。

 受話器を戻した。アーモンド臭の波がまた押し寄せてきた。そこに吐瀉物の酸っぱい匂いが混じっていた。小さな死者は黙って椅子に腰かけていた。恐怖や変化から遠く離れて。

 私はオフィスを出た。薄汚れた廊下には動くものもなかった。明かりの漏れる石目ガラスのドアもなかった。私は非常階段を使って二階まで降り、そこから明かりがついたエレベーターの屋根を見下ろした。ボタンを押すとそれはゆっくり動きはじめた。私は再び非常階段を駆け下りた。ビルディングを出る頃にはエレベーターは私の上にいた。

 雨脚はまた激しくなっていた。土砂降りの中に踏み込むと大量の雨粒が顔を打った。一滴が舌に当たり、開けっ放しの口に気づいた。顎の脇の痛みから、顎を引いて大口を開けていたことを知った。ハリー・ジョーンズの死に顔に刻まれたしかめっ面の真似だった。》

「グレンダウアー・アパートメントを探した」のところ、両氏とも「グレンダ(ド)ワー・アパートメント」と訳しているが、原文は<looked up the Wentworth Apartments.>。つまり「ウェントワース・アパートメント」だ。これはチャンドラーのミスだろうか?「ウェントワース」は電話番号であって、アパートの名前ではない。参照しているのは1992年刊のBlack Lizard Editionだが、原作尊重でそのままにしているのだろうか。よく分からない。

「声は棒状のパンのように硬かった」は<The voice was stiff as a breadstick.>。双葉氏はここをカットしている。<breadsticks>はイタリア料理で、テーブル上に用意される鉛筆サイズの細くて硬い「グリッシーニ」のことだ。籠などにどっさり詰め込んで供されるため、普通は複数形である。そのままかじってもいいが、生ハムなどを巻いて食べるのも美味しいらしい。村上氏は「その声は棒パンのように硬かった」と訳している。

「普通いるでしょう?」は<Where isn’t there?>。双葉氏はここもカットしている。村上氏は「どこにだって金髪くらいいますぜ」と訳している。前の文が<There’s a couple of blondes here, sure.>だから、ここは一種の付加疑問文と考えればいい。双葉氏はそう考えて略したのかもしれない。

「電話に出たやつに盛大に揶揄われたよ」は<but all I get there is the big razzoo.>。双葉氏は「電話に出たのはデカ物だった」。村上氏は「しかし電話に出たのはいかにもでかい野郎だった」と、旧訳を参考にした訳だ。<razz>は「からかう、あざ笑う」の意味で<big razzoo>は「(米俗)大軽蔑の仕種」と辞書にある。どんな仕種かは分からないが、電話では見えない。それは両氏にも言えることで、電話で相手の背の高さは分からないはずだ。

「だがなハリー、私にとって君はただの鼠ではなかった」は<Harry, but you’re no rat to me.>。双葉氏は「だが、僕は君を鼠とは思わない」。村上氏は「しかしハリー、私から見れば君は鼠なんかじゃない」だ。<rat>は家ネズミの<mouse>とちがって、ドブネズミ。そのため人に対して使われるときは「スパイ、密告者、裏切り者」といったよくない意味が加わる。マーロウのハリーに対する親愛の情を表すところなので、ネズミを使った人を表す表現として「ただの鼠で(は)ない」(尋常の人物ではない、一癖ある者だ、油断のならないやつだ)を使ってみた。

カニーノ氏は自信満々の紳士のようだ。犯行現場に舞い戻ることなど気にもしないだろう」は<Mr.Canino would be the kind of self-confident gentleman who would not mind returning to the scene of his crime.>。双葉氏は「キャニノ君は犯罪の現場へ帰ってくるのを何とも思っていないような自信たっぷりな紳士だ」と、関係代名詞を教科書通り後ろから訳し上げている。村上氏は「カニーノ氏は自信満々の男だ。犯行現場に戻ることを怖がったりしないだろう」と、こちらは文芸翻訳でよくやるように訳し下ろしている。

「壁際の床の上で」は<down on the baseboard>。ここも双葉氏はカットしている。村上氏は「床の幅木の前に置いた」と、丁寧に訳している。<baseboard>は壁の下に張りまわした「幅木」のこと。原文は<The phone bell rang jarringly down on the baseboard.>。この場合の<down>は「低い状態にある」ことを表す副詞だろう。わざわざ幅木に注目させる必要があるとも思えない。幅木のあるのは壁なので「壁際の床の上で」としてみた。

「もしもし」は<Yeah?>。ここを双葉氏は「おう」と訳している。マーロウの発した言葉と考えているのだろう。しかし、すぐ後に<A woman’s voice. Her voice.>と続くので、これはアグネスの発した言葉と取らないと意味が通じない。そのためか、双葉氏は語順を入れ替えて「ハリーいて?」の後に「女の声だ。彼女の声だ」を入れている。しかし、これはさすがにまずいだろう。

「はっと息を呑むのがまるで傍にいるみたいにはっきり聞こえた」は<Her gasp came as clearly as though she had been beside me.>。双葉氏は「彼女がはげしく息をひくのが、まるですぐそばにいるみたいにはっきりきこえた」と訳している。一般に「息をひく」という言い方があるのかどうかよく分からないが、あとは原文通り。村上氏は「彼女がはっと息を呑む音がすぐ耳元で聞こえた」と訳している。直喩をあえて無視しているのは何か理由があるのだろうか。

「私は安らかでいたい」は<I want quiet>。双葉氏は「僕も落ち着きたい」。村上氏は「私は静かにやりたい」と訳している。これはいつもの繰り返しである。私、君、ハリーと三度同じ言葉を繰り返して<Harry already had it.>(ハリーはもう安らかにしている)つまり永眠している、というところへ落としたい訳だ。<quiet>をどう訳すかがカギになる。

「土砂降りの中に踏み込むと大量の雨粒が顔を打った」は<I walked into it with the heavy drops slapping my face.>。双葉氏は「雨滴でつよく顔をたたかれながら、私はそのどしゃ降りの中へ出て行った」と、やはり訳し上げている。村上氏は「外に出ると、重い雨粒が顔を強く打った」と訳している。「重い雨粒」は変だろう。<heavy>には「(量、程度などが)激しい、猛烈な」という意味で使われる場合がある。その前に<It was raining hard again.>とあり、引用句の後に<one of them>とあるのだから、この<heavy>は「重い」と訳すべきではない。蛇足ながら、両氏とも<walked into>を「出て行った」、「外に出る」と訳しているが、マーロウは土砂降り「の中に入る」のであって、建物から「出る」のではない。一人称視点であることを忘れているのではないか。

2018-06-14

『大いなる眠り』註解 第二十六章(3)

《「バンカーヒルのコート・ストリート二八番地にあるアパートメント・ハウス。部屋は三〇一。俺は根っからの意気地なしさ。あんな女の代りに死ぬ理由はないだろう?」

「その通り。いい料簡だ。いっしょにご挨拶に出かけようぜ。俺はただ、女がお前に話していないことを知りたいだけだ。もしお前の言ったとおりだったらそれでよし。探偵に金をせがんでどこへなりと消えな。恨みっこなしだぜ」

「ああ」ハリー・ジョーンズは言った。「恨みっこなしだ。カニーノ」

「けっこうだ。一杯やろう。グラスはあるのか?」唸り声は今では劇場の案内係の睫のように空々しく西瓜の種のようにつかみどころがなくなった。抽斗が開けられた。何かが木にぶつかる音がした。椅子が軋り、床をこする音がした。「こいつは上物の酒だ」唸り声が言った。酒の注がれる音がした。「さあ乾杯といこうじゃないか」

 ハリー・ジョーンズが静かに言った。「成功に」

 急激にせき込む音が聞こえた。それから激しい嘔吐。ごつん、と厚手のグラスが床に落ちたような小さな音がした。私の指はレインコートを握りしめた。

 唸り声が優しく言った「たった一杯で吐く手はないだろう、なあ相棒?」

 ハリー・ジョーンズは答えなかった。少しの間、苦しい息遣いがあった。それから深い沈黙に包まれた。その後で椅子が軋った。

「さようなら、坊や」カニーノ氏が言った。

 足音、かちりという音、足もとの楔形の光が消えた。ドアが開き、静かに閉まった。足音が消えていった。ゆっくりと落ち着き払って。

 私は体を動かしてドアの縁まで行き、大きく開いて、窓からの薄明かりを頼りに暗闇の中をのぞき込んだ。机の角が微かに光っていた。椅子の後ろに背中を丸めた姿が浮かび上がった。閉ざされた空気には重苦しい、香水のような匂いがした。私は廊下に通じるドアまで行って耳を澄ました。遠くでエレベーターの金属と金属が擦れ合う音が聞こえた。

 私は明かりのスイッチを探しあてた。天井から三本の真鍮の鎖で吊るされた埃っぽいガラスのボウルに明かりがついた。ハリー・ジョーンズは机越しに私を見ていた。眼を大きく見開き、顔は激しい痙攣で凍りつき、皮膚は青みがかっていた。小さな黒髪の頭は片側に傾いていた。椅子に背をもたせて真っ直ぐ座っていた。

 路面電車が鳴らすベルの音が遥か彼方から無数の壁に打ち当たって響いてきた。蓋の開いたウィスキーの褐色の半パイント瓶が机の上にあった。ハリー・ジョーンズのグラスが机のキャスターそばで光っていた。もうひとつのグラスはなくなっていた。

 私は肺の上の方で浅い呼吸をしながら、瓶の上に身をかがめた。バーボン香ばしい薫りの陰に微かに他の臭いが潜んでいた。ビター・アーモンドの匂いだ。ハリー・ジョーンズは自分のコートの上に嘔吐して死んでいた。青酸カリだろう。

 私は用心深く死体のまわりを歩いて、窓の木枠に吊るされていた電話帳を持ち上げ、そしてまた元に戻した。電話機に手を伸ばして、小さな死者からできるだけ離れたところに引き寄せた。番号案内のダイヤルを回した。声が答えた。

「コート・ストリート二八番地、アパートメント三〇一の番号を知りたいんだが」

「少々お待ちください」声は甘酸っぱいアーモンド臭に運ばれてやってきた。沈黙。「番号はウェントワース二五二八。グレンダウアー・アパートメント名義で記載されています」

 私は声に礼を言って、その番号を回した。ベルが三回鳴った。それからつながった。電話口からラジオの大きな音が聞こえたが、小さくなった。ぶっきらぼうな男の声が言った。「もしもし」

「そこにアグネスはいますか?」

「いや、ここにアグネスはいない、あんた、何番にかけてるんだ?」

「ウェントワース二五二八」

「番号は正解。女がまちがい。残念でした」甲高い笑い声だった。》

バンカーヒルのコート・ストリート二八番地にあるアパートメント・ハウス。部屋は三〇一」は<She's in an apartment house at Court Street, up on Bunker Hill. Apartment 301.>。双葉氏は「バンカーヒルの上のコート通り二八番地のアパートだ。三〇一号アパートだ」と訳している。アメリカでは集合住宅を<apartment house>と呼び、その中の一世帯を<apartment>と呼ぶ。つまり< Apartment 301>は、三〇一号室を指す。因みに<up on>の後に数字が来ると「〜番街に」という意味になる。バンカーヒルは区画の名だから、「バンカーヒルの上の」はおかしい。

「あんな女の代りに死ぬ理由はないだろう?」は<Why should I front for that twist?>。双葉氏は「だが、蜂の巣にされてまであの女に義理立てするて(傍点一字)はないだろう?」。村上氏は「しかしそんな面倒に巻き込まれるのはごめんだよ」と意訳している。<front for〜>は「〜の(不法な行為をごまかす)隠れ蓑となる」という意味。<twist>は「(ふしだらな)女」を表す俗語

「俺はただ、女がお前に話していないことを知りたいだけだ」は<All I want is to find out is she dummying up on you, kid.>。<dummy up>とは「口を利かない、押し黙る」という意味だが、双葉氏は「女がどれくらいおめえに首ったけだか見せてもらうだけの話さ」と訳している。「首ったけ」という訳語がどこから来たのかは分からないが誤訳だろう。村上氏は「俺が知りたいのは、女がお前に隠し事をしていないか、それだけだ」と訳している。

「恨みっこなしだぜ」は<No hard feelings?>。次の行の「恨みっこなしだ」も同じ。双葉氏は「悪く思うなよ」、「思わねえよ」。村上氏は「それで文句はあるまいな?」、「文句はないよ」だ。会話の最後にくっつけて、悪気のないことを双方で確認する場合によく使われる言葉だが、訊いた方には疑問符がついている。これを同じ言葉で返した方には疑問符はつかない。双方同じ文句にするには「恨みっこなしだ」が、お誂え向きだと思う。

「こいつは上物の酒だ」は<This is bond stuff>。双葉氏は「こいつぁ保税倉庫に入ってた奴だぜ」と訳している。<bond>は「保税倉庫に入れる」の意味で、瓶詰め前に保税倉庫に4年以上入れておいたウイスキーのことを<bonded whisky>といった。おそらく熟成が進むのだろう。双葉訳が正しいのだが、注がないと分かりづらいので、村上氏も「こいつは上等な酒だぜ」と意訳している。

「酒の注がれる音がした」は<There was gurgling sound>。双葉氏は「ごくごくと喉が鳴るのがきこえた」と訳しているが、これはおかしい。そのすぐ後にカニーノが「さあ乾杯といこうじゃないか」と言っているからだ。<Moths in your ermine, as the ladies say.>というのが、カニーノの台詞だが、双葉氏はここをカットしている。乾杯の時に挙げる言葉の一種なのだろう。<ermine>はオコジョのことで、白地に小さな黒点の入った白貂の毛皮のことでもある。「貴婦人たちに倣って『あなたの毛皮の虫食いに』」とでも訳すのだろうか。アイロニカルな文句だが、そのままでは意味が通じない。村上氏も「さあ乾杯といこう」と意訳している。

「ごつん、と厚手のグラスが床に落ちたような小さな音がした」は<There was a small thud on the floor, as if a thick glass had fallen.>。<thud>は「ドシン、ドタン、バタン」のような衝撃音を表す。双葉氏は「厚いガラスがたおれるような音がきこえた」と訳しているが、厚いガラスが倒れたら小さな音ではすまないだろう。村上氏は「何かが床を打った。分厚いグラスが落ちたような音だ」と訳している。

「たった一杯で吐く手はないだろう、なあ相棒?」は<You ain’t sick from just one drink, are you, pal?>。双葉氏は「たった一杯飲んでのびるて(傍点一字)はねえぜ」。村上氏は「たった一杯で倒れる手はなかろうぜ、兄弟」だ。ただ、次の場面でマーロウが目にするハリー・ジョーンズは椅子に座ったままの姿勢でこと切れている。「のびる」も「倒れる」も適していない。この<sick>は「吐き気を催す」の意味ではないか。

「ハリー・ジョーンズのグラスが机のキャスターそばで光っていた」は<Harry Jones’ glass glinted against a castor of the desk.>。双葉氏は「ハリー・ジョーンズのグラスひとつが光っていた」と訳しているが、これだと机の上に置かれているようにしか読めない。もしかしたら、双葉氏はハリー・ジョーンズの手からグラスが落ちたことに気づいていないのか。だから「厚いガラスがたおれるような音がきこえた」と訳したのだ。

バーボン香ばしい薫り」は<the charred smell of the bourbon>。バーボンは焦がしたオークの樽で熟成させるので、香ばしい薫りがする酒だ。それを村上氏のように「バーボンの炭で焦がした臭い」や、双葉氏のように「ブールボン・ウィスキーの焦げ臭いにおい」と訳されたら身も蓋もない。匂いに関しては、もう一つ気になる点がある。

「ビター・アーモンドの匂い」は<the odor of the bitter almonds.>。これを双葉氏は「苦い巴旦杏(はたんきょう)の臭い」、村上氏は「苦いアーモンドの匂い」と訳している。誤解があるようだが、基本的にシアン化物は無臭で苦いのは味の方である。バーボンに混ぜられたシアン化物からビター・アーモンドの匂いはしないはずで、これはチャンドラーのまちがいか、あるいはマーロウがハリー・ジョーンズの吐息から漂う臭いを誤認したかのどちらかだ。

われわれがふだん食べているのはスイート・アーモンドの方である。これとはちがい、ビター・アーモンドという野生種に近いアーモンドがあり、ビター・アーモンド・エッセンス、オイルの原料とするために栽培されている。中に含まれるアミグダリンという成分には苦味と毒性がある。よく言われる青酸カリのアーモンド臭とは、収穫前のビター・アーモンドの甘酸っぱい匂いのことで、シアン化物中毒者の体内で化学反応してできた青酸ガスの匂いがそれに似ているという。これを誤って吸った場合、自分も中毒する恐れがある。マーロウが死体に近寄らないのはそれを知っているからだ。

2018-06-11

『許されざる者』レイフ・GW・ぺーション

許されざる者 (創元推理文庫)

どんでん返しもなし、視点人物の交代もなし、二つの時間軸の行ったり来たりもなし。おまけに、時効が成立しているので犯人を見つけても逮捕することができない。今どきこんな小説を書いて、読む人がどこかにいるのだろうか、と思うのだが大勢いるらしい。本邦初訳ながら、作者レイフ・GW・ぺーションはスウェーデンミステリ界の重鎮で、本作で探偵役を務めるヨハンソンとヤーネブリングのコンビはシリーズ化されているという。

国家犯罪捜査局の元長官ラーシュ・マッティン・ヨハンソンは二〇一〇年七月五日、スウェーデンいちのホットドッグを食わせる<ギュンテシュ>の屋台に車を停め、ホットドッグを買い求める。車の運転席に座り、食べようとしたとき、後頭部が突然アイスピックで刺されたような痛みに襲われる。脳塞栓だった。発見が早かったので一命はとりとめたものの右半身に麻痺が残り「角の向こう側が見通せる」と噂された頭の切れが戻らない。

主治医のウルリカから相談をもちかけられたのが、事件に関わることになったきっかけだ。牧師だったウルリカの父はある殺人事件の犯人を知っている女性の懺悔を受けたが守秘義務を守り、口を閉ざしたまま死んだ。一九八五年六月に起きたヤスミン・エルメガンという九歳の少女の強姦殺人事件で、初動捜査の遅れにより事件は迷宮入りとなる。事件解決を遅らせる要因となったのが、翌年二月のオロフ・パルメ事件だ。現職の首相が殺され、警察は多くの人員をそちらに割いた。難民のイラン人少女の殺害はその影響をもろに受けたのだ

ヨハンソンは、体の自由が戻らぬままに捜査を開始する。アームチェア・ディテクティブならぬ、ベッド・ディテクティヴだ。その手となり足となるのが元同僚で今は定年退職をした元捜査官のボー・ヤーネブリングであり、義弟のアルフ・フルト。それにコンピュータに詳しい介護士マティルダと兄が送り込んだ頑強なマックスというロシア生まれの青年だ。警察小説でありながら捜査本部は病室と自宅だが、ヨハンソンを慕う部下は多く、協力を惜しまない。

事件の捜査の進捗とヨハンソンの回復と停滞が日付けとともに日誌のように記されてゆく。淡々とした捜査日誌ではなく、体が思うように動かせない病人の苛立ち、子ども扱いされる不満、大好きなホットドッグや酒を止められ、ヨーグルトミューズリーといった健康食品を食べさせられる不満が、随所に書き留められる。ほぼヨハンソンの視点で語られているため、会話の後に内言が多用され、言わずに置いたこともすべて語られるので、読者はいやでも主人公と感情を共有することになる。

よくある刑事とちがって、ヨハンソンは資産家だ。長兄とすすめている事業も順調で、歳の離れた若い妻との仲もいい。子どもの頃から狩りをしてきて銃の扱いには長けている。食いしん坊で、不摂生ストレスが心臓に負担をかけており、健康的な生活を心がけねば危険だと医者に言われていても、リハビリ中にもかかわらず、ヤーネブリングやマックスの手を借りて、レストランで好きなものを食べ、酒を飲む。ほぼ同じ年頃なので、気持ちはわかるが妻にしてみれば困った亭主である。

北欧ミステリといえば、本作もそうだが、幼児性愛や、虐待といった陰惨な事件を扱うことが多い。その反面、それを追う警察仲間の人間関係はけっこう親密で、ユーモアに溢れているのが、ある種の救いになっている。本作もまさしくそれでヨハンソンを囲む人々の元長官に寄せる愛情がひしひしと伝わってくる。もっとも、本人はなかなか回復しない病状の方に気が行って、それをありがたく思うところにまで気が回らない。

純然たるミステリとはいえない。取り寄せた資料を読み解くうちに、ヨハンソンは犯人像をしぼりこむ。特に重要なことは、ヤスミンの両親が知らない人に注意することを徹底していたという点だ。顔見知りの犯行ということになる。しかも、犯行の手口から見て、ふだんはまともな暮らしをしていることがうかがえる「配慮のあるペドフィリア」。撒き散らした精液の量から見て歳は若い。

これだけプロファイルされていたら、巻頭に掲げた登場人物の紹介をあたれば、まだ登場していなくても犯人は分かる。問題は時効が成立済みの犯人にどう対処するか、という点になる。髪の毛一本すら現場に残さない犯人から、どうやってDNAのサンプルを採取するのか。あるいは、万が一それが一致したとして、逮捕できない犯人をどう処罰するのか。正直言って、この解決法は納得のいくものではない。ひねりのないのも善し悪しだ。

二〇一〇年、スウェーデン殺人罪などの重大犯罪は時効を廃止した。しかし、施行日以前までに起きた犯罪は時効が成立してしまう。その矛盾をどうするのか、という大きな問題を突きつけている。ヨハンソンという人物の魅力と、その周りに集まってくる友人、知人の活躍で持っている作品である。スウェーデン料理についても逐一紹介されていて、料理好きにはちょっとたまらない。これを機に未訳のシリーズ作品が、訳出されると思われる。本作には他のシリーズ物からカメオ出演している人物も多いらしい。何かと愉しみな北欧ミステリの雄の登場である。

2018-06-10

『大いなる眠り』註解 第二十六章(2)

《喉を鳴らすような唸り声が今は楽し気に話していた。「その通り、自分の手は汚さないで、おこぼれにありつこうとするやつがいる。それで、お前はあの探偵に会いに行った。まあ、それがおまえの失敗だ。エディはご機嫌斜めだ。探偵は、誰かが灰色のプリムスで自分をつけてる、とエディに言った。エディとしたら、当然誰が何のためにやってるのか、知りたいだろうさ」

 ハリー・ジョーンズは軽く笑った。「それがエディと何の関わりがあるんだ?」

「要らぬ世話を焼くな、ということさ」

「知っての通り、俺は探偵のところに行った。それはもう話したな。ジョー・ブロディの女のためだ。あいつは逃げたいが金がない。探偵なら金を出すと考えたのさ。俺は金を持っていないし」

 唸り声はおだやかに言った。「何のための金だ? 探偵がお前のような若造に気前よく金をはずんでくれるはずがない」

「あいつは金を工面できる。金持ち連中を知ってるからな」ハリー・ジョーンズは笑った。勇ましいちびの笑いだ。

「無駄口をたたくんじゃない、坊や」唸り声には鋭さがあった。ベアリングに混じった砂のように。

「わかった、わかった。知ってるよな、ブロディが始末された件だ。頭のイカレた小僧の仕業だった。ところが、事件が起きた晩、そのマーロウが偶々その場に居合わせたんだ」

「知れたことさ、坊や。あいつが警察に話している」

「そうだ──が、話してないこともある。ブロディは娘のヌード写真をスターンウッドに売りつけようとしていた。マーロウはそれを嗅ぎつけた。話し合いの最中にその娘がふらっと立ち寄ったのさ──銃を手にして。そしてブロディを撃った。その一発は逸れて窓ガラスを割った。探偵はそのことを警察に言わなかった。もちろんアグネスも。しゃべらなきゃ汽車賃くらいにはなると考えたのさ」

「エディとは何も関係がないというんだな?」

「あるなら聞かせてくれ」

アグネスはどこだ?」

「何も話すことはない」

「話すんだ、坊や。ここか、それとも若いのが壁に小銭をぶつけてる裏の部屋がいいか」

「あれは今では俺の女だ、カニーノ。俺は自分の女に、誰も手出しはさせない」

 沈黙が続いた。私は雨が窓を打つ音に耳を傾けていた。煙草の薫りがドアの隙間を通って流れてきた。咳が出そうになり、ハンカチを強く噛んだ。

 唸り声が言った。まだ穏やかだった。「聞くところによると、その金髪娘はガイガーの客引きに過ぎない。エディに掛け合ってみよう。探偵からいくらふんだくったんだ?」

「二百だ」

「手に入れたのか?」

 ハリー・ジョーンズはもう一度笑った。「明日会うんだ。そう願ってるよ」

アグネスはどこだ?」

「あのなあ──」

アグネスはどこだ?」

 沈黙。

「これを見ろよ、坊や」

 私は動かなかった。私は銃を持っていなかった。ドアの隙間から覗かなくても銃だと分かっていた。唸り声がハリー・ジョーンズに見せようとしているもののことだ。しかし、ミスタカニーノがちらつかせる以上のことを銃にさせるとは思えなかった。私は待った。

「見てるよ」ハリー・ジョーンズは言った。その声はまるでやっと歯の間を通ったとでもいうようにきつく絞り出された。「目新しいものは見えないがな。やれよ、撃てばいい。それであんたは何を手に入れるんだ」

「俺はどうあれ、おまえが手に入れるのは、棺桶(シカゴ・オーバーコート)さ、坊や」

 沈黙。

アグネスはどこだ?」

 ハリー・ジョーンズはため息をついた。「分かったよ」彼はうんざりして言った。》

「自分の手は汚さないで、おこぼれにありつこうとするやつがいる」は<a guy could sit on his fanny and crab what another guy done if he knows what it's all about>。直訳すれば「もし、それについて知っているなら、そいつは他の男がすることを、自分の尻の上に座りながらできる」。双葉氏は「誰だってひと様の尻尾をにぎりゃ、うまい汁を吸いたくならあ」。村上氏は「自分じゃ腰一つ上げねえくせに、したり顔で他人の上前をはねようとするやつがいる」だ。<fanny>は「尻」。両氏とも「尻尾」、「腰」を使うことで原文を生かす工夫をしている。

「要らぬ世話を焼くな、ということさ」は<That don't get you no place>。双葉氏は「おめえが虻蜂(あぶはち)とらずになるってことよ」と訳している。村上氏は「つまらん真似をすると痛い目にあうってことさ」だ。ギャングということで、大仰な文句になっているが、< no place>を<nowhere>と置き換えると、<get you nowhere>「(人)の役に立たない、(人)に何の効果ももたらさない」という成句に突き当たる。<don't get you no place>は「無駄なことはよせ」くらいでいいのでは。

「勇ましいちびの笑い」は<a brave little laugh>。双葉氏は「なかなか勇敢な笑いだ」。村上氏は「勇気のある小さな笑いだった」と訳している。グリム童話に「勇ましいちびの仕立て屋」という話がある。それをもとにしたディズニーの短篇映画『ミッキー巨人退治』(Brave Little Tailor)が1938年に公開されている。それの引用ではないかと思われるが、確かなことは分からない。余談だが、SF作家トマス・M・ディッシュには『いさましいちびのトースター』(The Brave Little Toaster)という児童向け短篇があり、アニメ化もされている。

「無駄口をたたくんじゃない、坊や」は<Don’t fuss with me, little man.>。双葉氏は「おれをなめるつもりか」。村上氏は「俺を甘く見るんじゃないぜ、ちび公」だ。<fuss>は「空騒ぎ」の意味で、<Don’t fuss with me>は無駄なことで騒ぎ立てることをいましめる成句だ。特にギャングだからおどしをかけているわけではない。<little man>を両氏とも「ちび公」と訳しているが、相手に呼びかける言葉としては、ふつう「坊や」の意味。

「目新しいものは見えないがな」は<And I don’t see anything I didn’t see before.>。双葉氏は「まだ見たことがねえものは見えねえんだ」。村上氏は「前にも見たことのあるものしか見えない」。「これを見ろ」と言われても、相手が手にしているのはおなじみの銃である。「それがどうした」というのを、精一杯つっぱって、こう言ったのだろうが、分かりにくい物言いである。

「俺はどうあれ、おまえが手に入れるのは、棺桶(シカゴ・オーバーコート)さ、坊や」は<A Chicago overcoat is what get you, little man.>。双葉氏は「おれがどうなろうと、おめえは蜂の巣になるのさ。ちび公」と訳している。「おれがどうなろうと」というのは、その前のハリー・ジョーンズの<and see what it gets you>を「おめえがどういうことになるか、ためしてみな」と訳しているからだろう。

村上氏は「お前さんはシカゴのオーバーコートを手に入れるのさ(棺桶のこと)、ちび公」と小文字で注を入れている。<Chicago overcoat >というのは、シカゴのギャングの間で使われていた隠語で「棺桶」を表す言葉。<what it gets you>を文字通り「何を得るか」と読めば、こういう訳になるだろう。わざわざ「お前さんは」を前に出したのは、斜字体の<you>に配慮してのこと。

2018-06-06

『大いなる眠り』註解 第二十六章(1)

《雨は七時には一息ついたが、側溝には水が溢れていた。サンタモニカ通りでは歩道の高さまで水位が上がり、薄い水の幕が縁石を洗っていた。長靴から帽子まで黒光りするゴム引きに身を包んだ交通巡査が、ばしゃばしゃと水を掻き分け、雨宿りしていたびしょ濡れの日除けを出ていくところだった。フルワイダー・ビルディングの狭いロビーに入ろうとしたときゴムの踵が歩道の上で滑った。遠くに明かりがついた電灯がひとつ吊るされ、そのまだ向こうにかつては金色だったろうエレベーターのドアが開いていた。古ぼけたゴムマットの上には、色あせた吐き散らした跡の残る痰壺があった。芥子色の壁に入れ歯のケースが網戸付きポーチの中のヒューズ・ボックスみたいにぶら下っていた。私は帽子を振って雨を落とし、入れ歯ケース横のビルディングの居住者表示板を調べた。名前入りの番号もあれば名無しの番号もある。空き室が多いのか、匿名のままにしておきたい居住者が多いのだろう。無痛歯科、いかさま探偵事務所、そこで死ぬために這い寄ってきた恥知らずで吐き気を催すような商売、鉄道事務員やラジオ技術者、映画の脚本家になる方法を教えてくれる通信講座──もし郵便監察官が先に手を回していなければだが。胸が悪くなるビルディングだ。古い葉巻の吸いさしの臭いが中でいちばん清潔な香りに思える建物だ。

 エレベーターの中で年寄りがひとり居眠りしていた。今にも倒れそうな腰掛に敷かれたクッションから中身がはみ出している。口を開け、血管の浮き出たこめかみが弱い光を受けて輝いている。着ている青い制服の上衣は、馬にひと仕切りの馬房があてがわれる程度には体に合っていた。その下には裾の折り返しがすり切れた灰色のズボン、白い木綿のソックスに黒い子山羊革の靴。片方の靴は外反母趾のところに裂け目が入っていた。腰掛の上で惨めに眠りながら客を待っている。私はそっと前を通り過ぎ、建物の秘密めいた様子に促され、防火扉を探し当てて引き開けた。非常階段はここひと月は掃除されていなかった。浮浪者が寝たり食べたりしていたのだろう、パンのかけらや油じみた新聞紙の切れ端、マッチ、中身を抜かれた模造皮革の札入れが残っていた。落書きされた壁の陰になった隅には青白いゴム袋に入った避妊用リングが落ちたままになっている。とても素敵なビルディングだ。

  私は空気を嗅ごうと四階の廊下に出た。廊下には同じ汚れた痰壺と古ぼけたマット、同じ芥子色の壁、同じ衰微の記憶があった。私は廊下を真っ直ぐ突っ切って角を曲がった。暗い石目ガラスのドアの上に「L・D・ウォルグリーン──保険業」の名前の表示が、二つ目の暗いドアの上にも、明かりがついた三つ目の上にもあった。暗いドアの一つには「入り口」という表示があった。

 明かりのついたドアの上の採光窓が開いていて、そこからハリー・ジョーンズの鋭い鳥のような声が聞こえた。

カニーノ? …いやあ、たしかどこかで会ったことがあるな」

 私は凍りついた。もう一つの声がした。煉瓦の壁の向こうでまわる小型発電機のような重い唸り声だ。「そうだろうと思ってたよ」その声にはかすかに不吉な響きがあった。

 椅子がリノリウムの床をこすり、足音がして、私の上で採光窓が軋んで閉まった。人影が石目ガラスの向こうに映り込んだ。

 私は三つのうちのひとつ目、ウォルグリーンの名前のあるドアまで戻った。用心しながら開けてみた。鍵がかかっていたが、緩んだ枠との間でわずかに動く。古いドアで、当時はぴったりしていたのが半乾きの木材が年経て縮んだのだ。私は財布を出し、運転免許証入れの厚くて硬いセルロイドを抜きとった。警察が見逃している押し込みの商売道具だ。私は手袋をはめ、優しくそっとドアに体を預け、ノブを強く押して枠から離した。広がった隙間にセルロイド板を差し込み、スプリング錠の斜めになった部分を探った。小さな氷柱が折れるような乾いた音がした。私は水の中でくつろいでいる魚のようにじっと動かずにいた。中では何も起きていなかった。私はノブを廻し、暗がりの中にドアを押した。そして開けたときと同じくらい用心深く閉めた。

 明かりのついたカーテンのない長方形の窓が目の前にあり、一部を机が切り取っていた。机の上にカバーのかかったタイプライターが次第に形をとり、それから待合室の金属製のノブが見えた。こちらは鍵がかかってなかった。私は三つ続きの二つ目の部屋に入った。突然、雨が閉まった窓を激しく叩いた。その音に紛れて私は部屋を横切った。明かりのついたオフィスのドアに開いた一インチほどの隙間から光がきれいに扇状に広がっていた。何もかもがひどく都合よかった。私は炉棚の上の猫のように忍び歩きでドアの蝶番の側まで行き、隙間に目を当てたが、見えたのは木の角にあたる光だけだった。》

サンタモニカ通りでは」は<On Santa Monica>。双葉氏は「サンタ・モニカでは」と訳しているが、これでは市の名前になってしまう。マーロウロスアンジェルスにいるわけで、サンタモニカに行ったのではない。「雨宿りしていた」と訳したところは<the shelter>で、双葉氏は「たまり場」と訳しているが、「日除け」<awning>にはただ雨を避けるために入っていただけだ。双葉氏は「雨除け」、村上氏は「天蓋(オーニング)」だ。

「ゴムの踵」は<rubber heels>。両氏とも「靴のゴム底」と訳しているが、普通の紳士靴なら底は革でできている。踵の部分だけゴムになっている靴があるが、マーロウの靴もそれだろう。ゴム底だと<rubber sole>で、スニーカーのような運動靴を思い浮かべてしまう。ちなみに、ビートルズのアルバム『ラバーソウル』は、これに引っ掛けて<Rubber soul>とスペルを変えている。

「もし郵便監察官が先に手を回していなければだが」は<if the postal inspectors didn't catch up with them first.>。ここを双葉氏はカットしている。村上氏は「郵便局の調査官に早々に摘発されなければということだが」と訳している。<catch up with>は「〜に追いつく」という意味だが、「不正を見破る(警察の手が回る)」という意味もある。

「着ている青い制服の上衣は、馬にひと仕切りの馬房があてがわれる程度には体に合っていた」は<He wore a blue uniform coat that fitted him the way a stall fits a horse.>。双葉氏は「青い制服が、厩が馬に合うみたいに、ぴったり似合っていた」と肯定的に訳している。村上氏は逆に「青い制服のコートをまとっていたが、それは、狭い馬房が馬の身体に合っているという程度にしか、身体に合っていなかった」と否定的に訳している。この章でフルワイダー・ビルディングは全否定されているわけだから、ここは皮肉と読むところ。

「片方の靴は外反母趾のところに裂け目が入っていた」は<one of which was slit across a bunion.>。双葉氏は「靴の片方は内側がはじけていた」。村上氏は「靴の片方は瘤になった親指の上で裂けていた」と<bunion>を訳していない。<bunion>は「外反母趾、腱膜瘤」のことで、この頃、耳にすることも多い。村上氏のように読みほどくことも時には必要だが、「外反母趾」くらいはそのままでいいのではないだろうか。

「建物の秘密めいた様子に促され」は<the clandestine air of the building prompting me>。ここも双葉氏はカットしている。村上氏は「私は建物自体のこそこそとした空気に後押しされるように(その前をそっと通り過ぎ)」と、語順を入れ替えている。しかし、<I went past him softly,>(私はそっと前を通り過ぎ)は、前の文の老人のイメージと結びつけられているので、間に次の場面を彩るイメージを挿むのはあまりいい方法とは思えない。

「落書きされた壁の陰になった隅には袋に入った青白いゴムの避妊用リングが落ちたままになっている。とても素敵なビルディングだ」は<In a shadowy angle against the scribbled wall a pouched ring of pale rubber had fallen and had not been disturbed. A very nice building.>。双葉氏はこの二文をまるっきり訳していない。もしかしたら見落としたか。村上訳は「落書きのある壁の陰になった角には、青白いゴムの避妊リングが落ちていた。それを片付けるものもいない。実に心温まるビルディングだ」。<a pouched ring of pale rubber >を「袋に入った青白いゴムの避妊用リング」としたのは、村上訳を参考にした。ビルの悪口を言うのに指輪や輪ゴムを使わないだろうと思ったからだ。

「暗い石目ガラスのドアの上に「L・D・ウォルグリーン──保険業」の名前の表示が、二つ目の暗いドアの上にも、明かりがついた三つ目の上にもあった」は<The name: “ L. D. Walgreen──Insurance,” showed on a dark pebbled glass door, on a second dark door, on a third behind which there was a light.>。双葉氏は「という文字が、暗い曇りガラスのドアについていた。次のドアも暗く、三番目のドアに光が見えた」と訳している。村上氏は「という名前が、暗い磨りガラスのドアの上に見えた。二つ目の暗いドアがあり、三つ目のドアには明かりがついていた」と訳している。

両氏とも、原文が一文であることに留意せず、二文に分けている。そのために、三度繰り返されている<on a>が生きてこない。これは続き部屋のオフィスの場合、同じ持ち主であることを表すために複数のドアに同じ表示を出すことを意味している。三つとも同じだから、原文では二つ目からは「石目ガラス」が抜け、三つ目からは「ドア」さえ消えているのだ。

「石目ガラス」は<pebbled glass>。双葉氏は「曇りガラス」。村上氏は「磨りガラス」としている。<pebbled>は「表面が凸凹した、小石状の」の意味だから、ガラスドアによく用いられる「石目ガラス」で、まちがいないだろう。

「暗いドアの一つには「入り口」という表示があった」は<One of the dark doors said: “Entrance. ”>。双葉氏は「二番目のドアには「入口」という文字があった」と、決めつけている。これは一番目には名前があり、三番目には明かりがついているから、てっきり二番目が入口だと勝手に考えたのだろう。三つとも同じ表示があり、先の二枚のどちらかには、その下に入口と書かれていたのだ。村上氏は「暗いドアのひとつには「入り口」と書かれていた」としている。

「警察が見逃している押し込みの商売道具だ」は<A burglar’s tool the law had forgotten to proscribe.>。村上氏は「当局がうかつにも見逃している窃盗犯の必需品だ」と訳しているが、双葉氏はここもカットしている。どうやらこの章を訳していたとき双葉氏はお疲れだったようだ。これだけ訳されてないところがあることを知れば、村上氏ならずとも、完全な訳がほしくなるのは当然だ。

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