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カンタンな答 - 難しい問題には常に簡単な、しかし間違った答が存在する

2017-01-23

就業者数はなぜ増加に転じたのか

前回のエントリー(「アベノミクスと雇用について」)で、アベノミクス雇用については支持者が主張するほど明確な関係が見て取れるわけではない点について書いたが、頂いたコメント等をみるに、一番肝心のポイントが伝わっていないようなので、今回は補足として、「なぜ就業者数が2012年後半から増加に転じたのがアベノミクスの明らかな成果とは必ずしも言えないのか」に絞って簡潔に論じてみたい。


当たり前であるが就業者数が増加するのは、「非就業者から就業者となった人数」が「就業者から非就業者へとなった人数」より多い時である。通常、リーマンショックのような事が起こった直後は前者が後者よりも少なくなるため就業者数は減少するが、景気が回復するとその関係はどこかの時点で逆転して就業者数は増加に転じる。この両者の関係が逆転する時点は象徴的な意味では転換点と言えるが、景気回復の途上のどこかで起こるマイルストーンというだけでこの時点で急激に雇用の質が変わるなんてこともないし、何かきっかけがなければこのマイルストーンを超えられないというわけでもない。

残念ながら「就業者から非就業者へとなった人数」や「非就業者から就業者となった人数」にぴったりの統計データは見当たらなかったが、それらと連動していると考えられる指標として、労働力調査の結果から「(完全失業者数のうち、過去1年間に離職した人の数)+(非労働力人口のうち、過去1年間に離職した人の数)」と「新規就業者数( 就業者のうち過去1年間に新たに仕事に就いた者)」とプロットすると以下の通りとなる。

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データは地震の影響から2011年1Q-3Qが抜けているが、トレンドとして「過去1年間に離職した人」の数はショック直後の約400万人から直近の250万人まで順調に、かつ大きく減少している一方、新規就業者数はいくつかの波が見られるものの2012年後半以降は概ね350万人±20万人程度のレベルで推移していることが解る。 

これらのデータは求めているもの(「就業者から非就業者へとなる人数」と「非就業者から就業者となる人数」)と若干ずれているため、前者から後者を引いてそのまま就業者数の増減となるわけではないが、「就業者から非就業者へとなる人数」が順調に減少する一方、「非就業者から就業者となる人数」はある程度のレベルで推移し、前者が後者を下回った時点から就業者数が減少から増加に転じるという過程をこれらのデータから推定するのはそれほど不自然な事ではないだろう。 


前回も書いた通り細かく見れば新規就業者数等にはアベノミクスの成果が出ているように見える部分もあるが、いずれにしろ上記の過程を経て就業者数が減少から増加に転じたこと自体をその過程の後半にやっと始まったアベノミクスの成果だ、とやってしまうのはさすがに無理があるだろう。よって再度前回のエントリーの結論をまとめると、「就業者数が減少から増加に転じたタイミングがアベノミクス以降(2013年以降)という見方も怪しい上に、そもそも増加に転じたのは、「就業者から非就業者へとなる人数」がリーマンショック後順調に減少しつづけた結果、「非就業者から就業者となる人数」を下回ったからにすぎず、増加に転じたタイミングで何かが起こったわけでもないし、そのタイミング前後で雇用の質が劇的に変わったということもない」ということになる。


[追記]  以前にも書いたが念のためにもう一度書いておくと、上記はあくまでも「就業者数が2012年後半から増加に転じたのがなぜアベノミクスの明らかな成果とは必ずしも言えないのか」という話であり、「トレンドに表れるような明らかな変化はなくても、アベノミクスが開始していなければトレンドは維持されなかったはずだから雇用が良くなったのはやはりアベノミクスの成果だ」的な話については否定も肯定もしていない。

また、文中にも書いた通り、アベノミクス開始以降の2013年や2016年は新規就業者数のピークがある事から、一時的には効果があった可能性も別に否定しないが、トレンドとして就業者数が減少から増加へと転換したことについてはデータを見る限り「就業者から非就業者へとなる人数」がショック直後の400万人レベルから直近の250万人レベルへと大きく減少した事が支配的な影響を与えていると考える方が自然であろう。

2017-01-09

アベノミクスと雇用について

アベノミクスが期待外れな結果しか残せていないことについてはいまや多くの人々が同意する所となりつつあるが、その一方で今も「アベノミクスは成功したんだ!」と主張する人々が強調するのは雇用の改善である。しかしながらアベノミクス開始以降、雇用が改善しているのは事実であるが、失業率求人倍率の推移をみるとアベノミクスの前後で明確なトレンドの違いは存在せず、リーマンショックからの自律回復が続いているだけとも取れる結果である。

これに対し、アベノミクス支持派の主張は、「失業率だけをみれば確かにアベノミクスの成果は見えないが、労働力人口や就業者数を見れば、アベノミクス雇用を大きく改善したことは明らかであり、同じ失業率の改善でも民主党政権下とアベノミクス以降では中身が異なる」というものである。誰がこの主張を始めたのかはよくわからないが、ざっとネットで調べた感じでは山本博一氏の「「アベノミクスは失敗」に反論。どうみても雇用は改善している」という記事が2015年に出されており、又最近では田中秀臣氏なども同じような主張を持ち出して「よくあるアベノミクス(のリフレ政策)への反論になってない反論の例:「いまの経済回復はリーマンショック後の世界経済復活のせい」「民主党政権時代から自殺率も低下し失業率も低下していた(のでアベノミクスの成果ではない)」」とやっている。

この主張についてもう少し詳しく山本氏の説明を引用すると、

民主党政権下でも失業率が低下しているが、労働力人口が減っていた。

アベノミクス以降は労働力人口が増加しつつ失業率が改善している。

・民主政権下とアベノミクス以降では、失業率が改善していることは同じだが、その中身はまったく異なる。

・特筆すべきは「労働力人口アベノミクス以降で上昇に転じた」こと。

民主党政権下での失業率の低下は、ただ単に就職を諦めて就職活動を諦めた人が、失業者にカウントされなくなっただけである。

というものであり、民主党時代の失業率低下とアベノミクス以降の失業率低下は全く違うと断定しているが、このロジックには少なくとも二つの大きな問題がある。


まず事実だけを見れば、

の2点については下図に示す通り、全く正しい。

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しかしながら、この労働人口の増加がアベノミクスの影響だったかどうかについては「タイミングが近い」以上のことは示されておらず、リーマンショックからの自律回復の延長とどのように区別したのかは不明である。

この点について山本氏はコメントに応える形で

(2)労働力人口と就業者数が増えたのはリーマンショックからの自立回復の延長である。

---

まず、(2)はありえませんね。民主党政権下で就業者数は増えていないのですから、回復すらしていません。

失業者が80万人減った分、労働力人口が80万人減っていますので、失業した人が再就職を諦め、非労働力人口になってしまったということになります。

それとも自立回復って、ショックの3年後に起こるものなのでしょうか?

そんな時限的な要素があるのか・・・初めて聞きました。

と否定しているが、聞いたことがなければ調べてみればよいわけで、2001年のITバブル崩壊からの回復過程における失業率労働力人口の推移を同様にプロットしてみると以下の通りとなる。

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この時も失業率は順調に低下を続ける一方、労働力人口は2〜3年程減少を続けた後に漸く増加に転じるというほぼ今回の経緯と同様の過程をたどっていることがわかる。山本氏の言うところの時限的な要素?はITバブルからの回復時にも存在したということになる。


なぜこのような事が起きるかについても少し考察してみると、ショック後に労働力人口が減少する理由の一つが失業した人が再就職を諦め、非労働力人口になること(就業意欲喪失効果)だと考えるなら、この流れに直接的に影響をもつのは求人倍率であるはずである。民主党政権だろうが自民党政権だろうが全体として考えれば求人倍率が低ければ再就職が難しく、求人倍率が高ければ再就職も容易となる。よってショック直後の求人倍率が大きく落ち込んだ時点では、再就職をあきらめる人が多くなるのは避けられないし、求人倍率が1に近づいてくるとその逆転が起きるのもごく自然な推移と考えられる。ITバブル崩壊後の推移を見ても求人倍率が0.8くらいになった時に労働力人口が減少から増加へと転じており、2012年頃に労働力人口が増加に転じたのも単にショック直後から順調に回復してきた求人倍率が一定の閾値を超えた為と考えることができるのではないか。

逆に言えば「2012年以降の労働力人口の増加はアベノミクスの成果だ」と主張する人々は仮にリーマンショック直後にアベノミクスを開始していれば求人倍率が低くても労働力人口は減らなかった(或いはショックがあっても求人倍率は下がらなかった?)はずだというような考えなのかもしれないが、現実問題としてアベノミクス開始は求人倍率トレンドに大きな影響を与えたようには見えないので、このような主張はかなり無理があるだろう。


次にもう一つの問題点について指摘しておくと、労働力人口や就業者数が増加に転じたのは本当にアベノミクス以降だったのか?という点についても疑問が残る。

例えばこの点について高橋洋一氏は以下のような図を示して、「金融政策の効果を見るには就業者数をみればいい」「このデータほど、安倍政権民主党政権金融政策の差を如実に示すものはない。はっきりいって、民主党の完敗である。」(参照)とやっている。確かに高橋氏が加えたラインを見るとアベノミクスの開始前後で大きく状況が変化しているようにも見えるが、雇用のような指標に対してこの二つのラインが連続していないということについては強い違和感がある。

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そこで、試しに2012年以降の就業者数、雇用者数をプロットすると以下の通りとなり、少なくとも高橋氏の示したような大きな変化がアベノミクスの開始と共に起こったようには見えない。アベノミクスの開始が株価為替に与えた明らかな影響と比べると雇用に与えた影響と高橋氏が呼んでいるものはトレンドラインの引き方によって強調されたものにすぎないということだろう。この点については「ニュースの社会科学的な裏側」様でも以前に取り上げられており(アベノミクスで雇用が増えたと言えるのか?」)、就業者数が増加に転じたタイミングは2012年9月頃ではないかと指摘されている。

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ちなみに雇用と直接関係があるかどうかはともかく、先進国経済が本格回復に転じた契機がこの頃にあったとすれば、それは2012年7月末頃ではないかと筆者は考えている。日本ではアベノミクスの成否ばかりが取り上げられる状況で既に忘れられている感があるが、当時の世界経済の最大の懸念は欧州債務危機であり、スペインイタリアの10年国債金利が2012年7月末頃にピークをつけたあたりが転機になった可能性が高い。

日本ではバブル崩壊後のイメージが強いからか政府がなんらかの政策を打つことなしに景気が回復するなんてありえないとでも思っている人々が結構いるようであるが、そもそも今回のショックは欧米が震源地であり、日本は欧米の経済減速とそれに伴う円高等でその余波を食らった形で、震源地の欧米が落ち着けば自律回復しても何の不思議も無い。日本が震源地であってその後始末が大変だったバブル崩壊とは全く背景が異なる。ちなみに為替についても、アベノミクスで大きく円安へと動いたことは事実ではあるが、トレンドとしては欧州債務危機収束に向かい始めたころ(2012年8月頃)から円安トレンドとなっており、アベノミクストレンドを反転させたわけではない。


つまり雇用にしても世界経済にしても安倍政権は強い追い風を受けてスタートしていたという事であり、当初はアベノミクスが大きな成功を収めそうだという期待が高まったことは確かである。それが虚像であったとしても繰り返し喧伝されていた「景気は気から」という考えが正しかったのなら、この好ダッシュはアベノミクスの成功を自己実現的に後押ししたはずであるが、その後の推移を見るに残念ながら「気」だけでどうにかなるわけでもなかったという事だろう。


[追記]

田中秀臣氏は雇用の改善の他に自殺者数の減少もアベノミクスの成果(或いは金融緩和の成果)だと主張しているようであるが、氏も認めているように自殺者数と失業率の間には強い相関がある訳で、自殺者数の減少がアベノミクスの成果というのは失業率の減少がアベノミクスの成果であるという事を前提としており、後者が自律回復説明できるのであれば、前者もその結果とみることができるため、結局は雇用の改善がアベノミクスの成果かどうかという問題に帰着するだろう。


[追記]

雇用についても細かく見るとアベノミクスの影響が無いわけではないのだろうが、それは失業率労働力人口トレンドに明らかにそれとわかる影響を残すほどではなかったということ。アベノミクスの成果を主張したいなら株価為替などへの影響を語ればその事実自体にはあまり反論は無いはずなのに、あえて雇用とか自殺者数を取り上げるのは、株価為替への影響が結局多くの人々の生活へ波及(トリクルダウン)してこないことが明らかとなり、開始当初と比べると「成果」としての価値が落ちてきているからだろう。

2016-12-18

なぜ日本のサービス産業の生産性は低いのか?

諸外国と比較した時の日本の労働生産性の低さはある種の意外感を持って語られることの多い話題であるが、中身を見ると良い意味で?イメージ通りな部分も多い。

たとえば、公益財団法人日本生産性本部より発表された「日米産業別労働生産性水準比較」では

・産業別にみた日本の労働生産性水準(2010〜2012年平均)は、化学(143.2%) や機械(109.6%)で米国を上回り、輸送機械(92.7%)でも遜色ない。

・一方、サービス産業をみると、運輸(44.3%)や卸売・小売業(38.4%)、飲食宿 泊(34.0%)などの主要分野で格差が依然として大きい。

http://activity.jpc-net.jp/detail/01.data/activity001494/attached.pdf

と、特にサービス産業における労働生産性米国の半分にも満たないことが指摘されている。 

各産業の後の比(%)はもちろん(日本÷米国)であるが、それぞれの逆数を取ると運輸(226%)、卸売・小売業(260%)、飲食宿泊(294%)となる。これは(日本/米国)を(米国/日本)にしただけともいえるが、見方を変えれば同じ対価に対してどれだけ人手をかけたサービスが受けられるかの(日本/米国)比を示していると考えることもできる。

つまりかなり乱暴に言い換えるなら日本では、運輸、小売、飲食、宿泊等のサービス産業分野において、同じお金で米国よりもはるかに人手がかかったサービスを受けられるという事を示している。中身は同じでも「日本のサービス産業の労働生産性は低い」と聞くと不思議に感じる方でも「日本の方が同じお金でより人手のかかったサービスを受けられる」と聞くと納得される方も多いのではないだろうか。

実際に、筆者は米国英国に居住経験があるが、これらの分野でのサービスの選択肢の豊富さときめ細かさ(=手のかかり方)は比べ物にならない。又、こちらの情報によれば、人口千人あたりの事業体数も日本では小売が8.9、飲食が5.7なのに対し、米国は小売が3.2、飲食が1.8しかなく、約3倍もの差がある。見方によっては日本では過剰ともいえるサービスの提供が行われていることがわかる。


なぜこのようなことになるのかについても考察しておくと、これは日本の「おもてなし」の精神も関係ないとはいわないが、むしろ構造的な問題と考えるべきではないだろうか。

飲食や小売などが過剰な競争によって収益性が低くなっているにもかかわらず、なぜ本格的に淘汰されてこなかったかといえば、パートタイムに代表されるコストの低い労働力の潤沢な供給があったことと、超低金利によって事業体の維持コストが低かったことが要因に上げられる。家族経営に準じるような小規模事業体は相対的に見て労働生産性が低くても、それでなんとか食っていけるなら潰れずにサービスを提供し続けられるわけである。

そして、これらの要因は新たに店舗を増やしている企業でも労働生産性を下げる方向へと働く。たとえば東京都心部では同じ系列のコンビニがすぐ近くに何件も建っているような場所がたくさんあるが、このような集中出店は労働生産性観点から言えばマイナスである一方、コンビニの本社にとっては利益の最大化に繋がっている。 ざっくり言えば1店舗のみの出店であれば100の売り上げを見込めるエリアに3店舗出店して200の売り上げをあげようという話であり、店員一人当たりの売り上げは下がるがコンビニ本社の利益は増加し、消費者利便性も向上する。そしてこの場合、金利が低ければ利回り等を考えた店舗の維持コストも下がる為、より多店舗展開を進めやすくなる。 


こういった観点から労働生産性を改善する為に必要なのは過剰競争の緩和であり、つまり収益性が低い店舗の淘汰が進むことであるが、厳しくても食っていけている店をむりやりつぶす意味もないし、利益の最大化を進めるコンビニ等の多店舗展開を制限することも難しい。又、そもそもこれらの分野で淘汰が行われて労働生産性が向上したとしても、淘汰された店舗で働いていた就業者もどこかで働く必要があるわけで、今の日本でその受け皿の候補を考えると大きなものでは介護くらい見当たらない。よってこれらの業種で淘汰が進み、労働生産性が上がったとしてもそれが国全体で見た場合の労働生産性を引き上げることになるかどうかは不透明と言わざる得ない。又、淘汰が進むことによって収益性及び労働生産性が向上するというのは、言い換えれば同じサービスにより高いお金を払うことになるという事であり、積極的に進めないといけないものなのか?という疑問も有る。


一方、このようなバランスを保つ要因の一つとなってきた、「コストの低い労働力の潤沢な供給」については陰りが見え始めている。以前にも書いた(参照)が、本格的に人口減少が始まり、かつ労働参加率の上昇もそろそろ限界が見え始めるなか、これまでとは一転し、コストの低い労働力が不足する時代となりつつあると筆者は考えている。つまり放っておいても人件費の上昇を契機とした淘汰が大きく進む可能性が高く、振り返ってみれば今が日本のサービス業黄金時代だった、ということになるのかもしれない。


[追記]

尚、念の為に書いておくと「コストの低い労働力の潤沢な供給」はこの文脈では原因であって結果ではない。収益性の低い飲食や小売が賃金を下げているのではなく、低賃金労働力の存在が結果として低収益の事業体の存続と薄利多売的な店舗展開を助け、労働生産性を下げているという話である。労働市場が本当の意味でタイトになれば、サービス産業の構造がどうであれ賃金は上がるし、賃金が上がれば淘汰が進み労働生産性も上がる。

2016-03-29

ノーベル賞経済学者ジョセフ・スティグリッツ教授による量的緩和、マイナス金利評

3月に行なわれた「金融経済分析会合」におけるノーベル賞経済学者ジョセフ・スティグリッツ教授の提言については「消費税増税は延期すべきだ」というものが繰り返し伝わってくるが、後日開示された説明資料を読むと、量的緩和マイナス金利等の金融緩和政策に対してかなり批判的に切り込んでいることがよくわかる。

まず以下にスティグリッツ教授提出資料の金融政策関連のページとその日本語訳を示す。

Responding to the situation

これらの状況への対応


Conflicting views about obvious instruments: monetary policy

理解しやすい手段に対する相反する見解 : 金融政策

  • Monetary policy has largely run its course
  • 金融政策は既に十二分に実施された。
  • Never very effective in deep downturns: the only effective instrument is fiscal policy
  • しかし、それは深刻な経済停滞時に非常に有効であったことは一度もない。そのような時に唯一の効果的な手段は財政政策である。
  • Real problem not zero lower bound - slight lowering of interest rates (into negative territory) will not work
  • 本当の問題はゼロ金利制約ではない。(マイナスの領域に入るまで)金利をさらにほんの少し下げても効果はないだろう。
    • Experiments with negative interest rates unlikely to stimulate much, may have adverse side effects
    • マイナス金利の試みが景気を大きくは刺激するとは考えにくく、むしろ悪い副作用をもたらす可能性もある。
  • QE increased inequality, did not lead to significant increase in investment (if any) and because of financial market imperfections/irrationalities may have led to mispricing of risk and other financial market distortions
  • 量的緩和政策は不平等を拡大した。それは(もし効果があったとしても)投資の大幅な増加にはつながらず、金融市場の不完全性あるいは不合理性により、リスクのミスプライシングやその他の金融市場の歪みをもたらした可能性がある。
    • One of main benefits was competitive devaluation - but that’s a zero sum game
    • 主な便益の一つは、競争的な通貨の切り下げとなるかもしれないが、それは、 ゼロ・サム・ゲームにすぎない。
    • In absence of adequate fiscal policies, “only game in town”- matters would have been worse in its absence
    • 適切な財政政策なしでは、「唯一の選択肢」問題は更に悪化する一途となるだろう。

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kokusaikinyu/dai1/gijisidai.html

尚、日本語訳は事務局による日本語訳をベースに筆者で若干修正した。 

たとえば「Monetary policy has largely run its course」の訳は「金融政策は、概ねその役割を全うした。」となっていたが、"run its course"に「役割を果たした」というような意味を含めるのは意訳?のし過ぎだろう。 "run its course"はそのまま訳せば「その自然な経過をたどった」、「一巡した」或いはこの場合単に「実施した」であり、ここでは”has largely run its course"なので「既に十二分に実施した」というとこになる。 

また、この中で出てくる「リスクのミスプライシング」については氏の著書等での主張を考えると「資産バブル」を指していると考えるのが妥当だろう。


つまり、ここでスティグリッツ先進国でこぞって行われてきた金融緩和の結果・経過について

  • 金融政策は既に十二分に実施されたが、それはたいして有効ではなかった。
  • 金利のゼロ制約は問題の本質ではない。このような状況下で少しくらい金利を下げてもほとんど効果がない。
  • マイナス金利もたいして機能するとは思えず、むしろ悪影響をもたらす可能性がある。
  • 量的緩和は不平等を拡大した。
  • さらに量的緩和は(資産バブル等の)リスクのミスプライシングやその他の金融市場の歪みをもたらした可能性もある。
  • 敢えてあげるとすれば主な便益の一つは、競争的な通貨の切り下げとなるかもしれないが、それは、 ゼロ・サム・ゲームにすぎない。

と、わずか一ページで端的に(そしてかなり否定的に)その評価をまとめ上げたことになる。 


尚、これらの金融緩和への評価はこれまでブログで書いてきた筆者の評価とほぼ一致している。これは何も筆者の評価がどうこうというような話ではなく、過度の金融緩和に懐疑的な立場からリーマンショック以降の世界経済の現実を見れば普通に導き出される評価にすぎないというだけの話であり、実際に日本でも多くの経済学者や評論家がほぼ同様の見解をかなり以前から呈している。

過剰な金融緩和が最終的にどれだけの負の副作用世界経済にもたらすのかはまだ予断を許さない段階ではあるが、敢えて一連の金融緩和実験(?)のプラス面をあげるとすれば、魔法の杖であるかのように喧伝されてきた金融緩和がそれほど効果的でもなければ副作用のないフリーランチでもないということが明らかになってきたのは一つの成果とは言えそうである。

2016-03-06

原油バブル崩壊の経緯と今後の予測について

原油価格については油価100ドル/バレルを超えていた2012年頃に、この価格水準は米国量的緩和に起因するバブルではないか?というエントリーをいくつか書いた(「米国量的緩和とエネルギー・食料価格のわかりやすすぎる関係について」、「コモデティバブルはいかに起こったのか?」、「原油価格高騰と先物市場での投機の拡大の関係について」)が、その後筆者を含む多くの人々が予測した通りQE3の終了と共にバブルは崩壊し、現在では当時の数分の一の水準にまで落ち込んでしまっている。

そこで、やや今さらであるが本エントリーでは如何に原油バブルが拡大、崩壊したのかを順を追ってざっくりとまとめてみた。


まず、原油バブルの生成・拡大期に生じたことをまとめると

というところだろう。その後、米国量的緩和(QE3)の終了と共にバブルは崩壊するわけであるがその時に起こったこともまとめると

となり、現状は

  • 米国金融緩和の終了の余波で発展途上国を中心に景気が悪化し、需要の伸びも減速。
  • 一方、低油価で油田開発への新規の投資は世界的に制限された状態となったが、需要の伸びの減速に加えバブル時に開発を始めた油田からの生産開始もあり需給のひっ迫には直ちに結びつかない状況
  • シェール開発は新規投資が大きく制限された状態ではあるが、バブル時代に掘りまくった既存の井戸からの生産に加えて、この低油価でも開発が可能な生産性の高いエリアに絞って開発が継続しているため、事前の予測よりは生産量の減速が緩やか。(又、一部の開発会社がヘッジを行う事で2016年頃までは一定の収入レベルを確保できていることも、総崩れになっていない要因)

といった感じだろうか。で、最後に将来的にどうなるかについて筆者の見解を述べるなら

  • 油価はいずれ上昇する。

につきるだろう。その根拠についても簡単にまとめると

  • 現在の需給はバブルに煽られて結果的に大赤字を出すことになった油田からの生産が支えている面があるが、土地とは違い資源は減耗資産であり新たな投資が大きく落ち込んでいる限り、投資がここまで抑制されたままであれば早晩需給がひっ迫することになる可能性は高い。
  • サウジアラビアイラン等のごく一部の国を除けば既に低油価で採算が取れる油田は残っておらず、埋蔵量が大きいとされるシェールや重質油、或いは大水深域の石油開発を中期的に見て需要に見合うレベルで進めるには少なく見ても50〜60ドル/バレルは必要。つまり油価がこの水準を上回るとの予測される状況になるか、何らかの技術革新によってこの水準が大きく低下するかしない限り、この水準までは回復する。

ということになる。

尚、いつ油価が回復し始めるか?については世界経済の推移やイランの動向等に大きく左右されるため評価が難しいが、低油価が続くほど油価の揺り戻しが厳しくなる可能性が高い。たとえばエネルギー業界のコンサル大手のWoodMac社のレポートでは2014年原油バブル崩壊以降に投資を遅らせた大規模プロジェクトは68件あり、その影響は2021年には1.5百万バレル/日減、2025年には2.9百万バレル/日減になると見込まれているが、低油価が続けばこの規模は更に膨らむ可能性が高い。このような大規模プロジェクトは投資判断から生産開始までの期間が長いため、需給がひっ迫し始めてもすぐに生産に寄与できるようになるわけではなく、この状況が続けば一時的に需給がひっ迫して再び油価が乱高下するケースも十分に考えられる。原油バブル後遺症が実経済に残す爪痕はかなり深刻なものになりつつあると言えるだろう。


この原油バブルを振り返ってみれば、投機権益の売買で儲けることができたごく一部の人々以外は誰も得をしなかったという非常にバブルらしい結末を見たということが言えそうである。これについての筆者の意見は4年前に「米国量的緩和エネルギー・食料価格のわかりやすすぎる関係について」というエントリーを書いた時と全く変わっていないので最後にその結論を引用しておく。

そもそも商品市場における「投機」は発展途上国を含む消費者にとってなんの利益にもならない。ただ値段が上がるだけである。そして往々にして発展途上国におけるコモデティの価格高騰は政治不安を生み、より大きな混乱、貧困をもたらす事にも繋がる。 一方で「投機」の主体となっているヘッジファンドなどは金融政策にあわせてうまく立ち回れば大きな利益を上げる事が可能であり、それは実際に米国経済回復の一助のなっているかもしれない。

しかし、商品デリバティブの発達や先進国の(米国の)量的緩和が世界的に資源・食料価格の高騰を誘発しているのなら、短期的には自国(の一部)の利益になったとしても、それは公平性観点からも、又より長期的な世界経済の安定的発展の観点からもそろそろ再考が必要となっているのではないだろうか?


[追記]

確率は低いかもしれないが、再び油価が暴騰するのではないかと予測されるケースが一つあるので、それについてもおまけに少し触れておく。

シェール開発において最重要の技術の一つが水圧破砕(地下の岩盤を地上から送り込んだ水の圧力で破壊し、そこに含まれる油ガスを回収する技術)であるが、この水圧破砕が地震を引き起こすのではないかという懸念は以前からあった。特に米国ではオクラホマ等のシェール開発が盛んな一部の地域で以前とは比較にならないくらいの頻度で小規模地震が発生しており、ほぼ間違いなく両者の間にはかなり強い因果関係があると考えられている。

これが日本や英国などであれば即「水圧破砕禁止法」を求める声が押さえきれなくなるのだろうが、米国では(少なくとも今のところは)シェール開発の盛んな地域で「水圧破砕禁止法」が実施されるようなことにはなっていない。これはシェール開発が盛んな地域の多くはもともと人口密度が低い地域であったことに加え、米国では陸上油田の権利は基本的に土地所有者に帰属しており、地震潜在的な被害者である住民が直接・間接的に水圧破砕の受益者になっているケースが多いことも関連しているだろう。

ただ、そうはいっても水圧破砕に対する風当たりが徐々に強まっていることは間違いなく、もし実際に大きな被害が出るレベルの地震が起これば一気に流れが変わることは想像に難くない。いずれにしろ水圧破砕が禁止されることになればこれを材料に一気に油価が高騰する可能性は高いし、もしその時にバブル崩壊の余波でシェール以外の開発が停滞したままであったなら今回のバブルを上回る可能性も十分にあるのではないか、というのが筆者の見方となる。(ただ、これまで水圧破砕と関連があるとされている地震は規模が小さいものが殆どであり、水圧破砕が大規模な地震に繋がるかどうかはかなり怪しいので、上記のケースが起こる確率はそれほど高くはないとは思うが、、)


[追記]

ちなみに今さら原油バブル関連のエントリーを書いたのは、3月3日付の「シェール革命の立役者死亡 米チェサピーク創業者、オーブリー・マクレンドン氏」の記事を見て。

筆者は仕事でチェサピーク社とは少し接点があったが、シェール開発の初期に水圧破砕法を積極的に導入した同氏は、水圧破砕法の父と呼ばれたジョージ・ミッチェル氏と共にまさにシェール革命の立役者と言ってよい人物であり、原油バブルの波にも乗って同社が規模の拡大を推し進めていたころにはまさに飛ぶ鳥を落とす勢いであった。

同社はバブル崩壊後は過剰投資のつけがまわって業績が悪化し最近では破産法申請がうわさされるまでになっており、同氏もCEOの座を追われていたわけであるが、水圧破砕法の積極導入によってシェールというそれまでは過小評価されていた資源を一気にメインストリームに引き上げた功績は非常に大きく、今後数十年の世界のエネルギーバランスに多大な影響を与えた人物であったことは間違いないだろう。謹んでご冥福をお祈りしたい。