Hatena::ブログ(Diary)

カンタンな答 - 難しい問題には常に簡単な、しかし間違った答が存在する

2017-10-21

『不安』に働きかける金融政策

前のエントリーでは下図を示しながらアベノミクス開始後に生じた労働力人口や就業者数の減少から増加への反転について、ITバブル崩壊からの雇用回復時にも同じことが起こっており、アベノミクスが無かったら起こりえなかったとは言えないのではないかと指摘したが、ITバブル崩壊からの雇用回復時と比較して、アベノミクス期の雇用回復の特徴を上げるとすれば、それは女性の労働力人口の伸び方が力強い点にあると言える。


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下図は前回示した失業率労働力人口のグラフを男女別に分けたものとなるが、男性の労働力人口は両方の雇用回復期で減少から維持(微増)へと途中でトレンドを変えており、一方、女性の労働力人口は、ほぼ同じ時期に維持から上昇へとトレンドを変えているが、トレンド変更後の上昇の仕方がアベノミクス期の方がかなり力強いように見える。


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なぜこの違いが生じたのかについては少し調べてみたが、女性の雇用にだけこれだけ強く効くような政策がアベノミクスにあったのかは確認できなかった。ただ、これと関係がありそうな面白い記事(参照)を見つけたので、紹介してみる。


記事はビースタイルが「政治に期待すること」をテーマに働く主婦層にアンケート調査の結果を発表したものであり、その中で「2013年の第2次安倍政権発足後直後と比べて、身の回りでネガティブに変化したと実感していること」としてあげられた上位三つが以下となっている。

将来の金銭的な不安が増えた 66.3%

収入が減って家計が苦しくなった 30.3%

介護による負担が増えた 17.3%

筆者はアベノミクスの中心であるリフレ政策が実体経済へ影響をあたえる波及経路については殆ど機能しないんじゃないかと疑念を持っていたが、約1000人もの回答を得たアンケートで7割近くもの働く主婦が「将来の金銭的な不安が増えた」と答えていることを考えると、アベノミクス期の労働力人口の増加(の特に中後期)は「将来の金銭的な不安が増えた」と感じた女性が、リーマンショックからの雇用回復を受けて改善した求職環境の中で就職、或いは求職活動を開始して労働力人口を増やし、さらにその後、失業率が下がってもなお減り続ける実質賃金が「将来の金銭的な不安が増えた」女性に加えて、実際に「収入が減って家計が苦しくなった」女性にもこの動きをひろげた結果、過去に例にない水準の女性の労働参加率を背景とした低失業率を達成したという見方もできるように見える。

「(『不安』という)『期待』に働きかける金融政策」は筆者が思っていたよりも機能しているのかもしれない。 



[追記] ついでに書いておくと、男女別の労働力人口の推移を見ると、「民主党時代は失業率求人倍率を見ると景気が回復していたように見えるかもしれないが実は深刻な不況が続いていて求職意欲喪失者が増加していたから労働力人口は減少していたのであり、アベノミクス開始によって真の景気回復が起こって彼らが労働市場に復帰したことによって労働力人口は増加に転じたのだ!」というような話はそのまま受け取るにはかなり怪しい事がわかる。2012年以降に労働力人口を増加させた女性の労働力人口は別に民主党時代も減少しておらず、この増加が「求職意欲喪失者」が労働市場に「戻ってきた」からだ、と言うのは難しいだろう。

2017-10-19

労働力人口の増加はアベノミクスのおかげ?

選挙戦が始まり、与党がしきりにアベノミクスの成果を喧伝する一方、ネットなどでは「アベノミクスの成果って景気の自律回復と明確に区別できるほどのものでもないよね」という声が高まっているように感じるが、これに対するアベノミクス支持派の反論で目立つのは「民主党時代も失業率は確かに下がっていたが就業者数も労働力人口も下がっており雇用回復は見かけだけのものだった。しかしアベノミクス開始以降は就業者数も労働力人口も増加に転じ、この時にはじめて真の雇用回復がなされたのだ、」というようなものである。


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たしかに失業率民主党時代からほぼ同一トレンドで下がり続けたのに対し、就業者数や労働力人口は2012年末頃に減少から増加トレンドへと転じており、タイミングだけみればアベノミクス支持派が喜んで取り上げたくなるのはわかる気がするが、その背景やデータをすこし細かく見てみるとそう簡単な話ではない事が解る。

特にこれらの議論で問題なのは雇用回復の過程において失業率が同一トレンドで下落している途中で労働力人口(労働参加率)や就業者数が下落から上昇に転じること自体はそれほど特異な事でもないし、なにか大きな「きっかけ」がいる話でもない、という点が無視されている事である。

たとえばリーマンショックのひとつ前のITバブル崩壊からの雇用回復過程を見ても、似たような傾向を容易に読み取ることができる(下図)。この時も失業率は下落を続ける一方で労働力人口は2004年頃に下落から上昇へと反転している。


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また、同じリーマンショックからの雇用回復過程を米国で見てみても、タイミング等違う部分もあるが失業率が下落し続ける中、労働参加率は2015年頃に下落から上昇へと反転している。米国ではリーマンショック直後から大規模な金融緩和を行っており、むしろ2015年末には金利の引き上げを始めている。 「リーマンショック直後から日銀金融緩和をしっかりやっていれば労働参加率が下がる事などなかったはずだ」というような主張が怪しい事は明らかである。


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もちろんこれだけでアベノミクスが成功したかどうかを判断する事が出来ないし、細かく見ればアベノミクス前後で雇用トレンドが変わった部分も確かに存在するが、いずれにしろアベノミクス開始後(これも怪しいが)にトレンドが反転したんだから、アベノミクスの成果だ! 反転する前(民主党時代)は失業率が下がろうが求人倍率が上がろうが労働参加率が下がっていたんだから、むしろ雇用は悪化していたんだ!!というような単純な話ではないということである。


まあ、成功かどうかをいうのであれば、アベノミクスITバブル崩壊後に取られた対策と同程度には成功しているとは言えるかもしれないが、あの時代はリフレ派的には白川日銀によって最悪のデフレ金融政策がとられていた暗黒時代だったはずであり、それと同程度の成功というのは受け入れがたいのかもしれない。

2017-01-23

就業者数はなぜ増加に転じたのか

前回のエントリー(「アベノミクスと雇用について」)で、アベノミクス雇用については支持者が主張するほど明確な関係が見て取れるわけではない点について書いたが、頂いたコメント等をみるに、一番肝心のポイントが伝わっていないようなので、今回は補足として、「なぜ就業者数が2012年後半から増加に転じたのがアベノミクスの明らかな成果とは必ずしも言えないのか」に絞って簡潔に論じてみたい。


当たり前であるが就業者数が増加するのは、「非就業者から就業者となった人数」が「就業者から非就業者へとなった人数」より多い時である。通常、リーマンショックのような事が起こった直後は前者が後者よりも少なくなるため就業者数は減少するが、景気が回復するとその関係はどこかの時点で逆転して就業者数は増加に転じる。この両者の関係が逆転する時点は象徴的な意味では転換点と言えるが、景気回復の途上のどこかで起こるマイルストーンというだけでこの時点で急激に雇用の質が変わるなんてこともないし、何かきっかけがなければこのマイルストーンを超えられないというわけでもない。

残念ながら「就業者から非就業者へとなった人数」や「非就業者から就業者となった人数」にぴったりの統計データは見当たらなかったが、それらと連動していると考えられる指標として、労働力調査の結果から「(完全失業者数のうち、過去1年間に離職した人の数)+(非労働力人口のうち、過去1年間に離職した人の数)」と「新規就業者数( 就業者のうち過去1年間に新たに仕事に就いた者)」とプロットすると以下の通りとなる。

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データは地震の影響から2011年1Q-3Qが抜けているが、トレンドとして「過去1年間に離職した人」の数はショック直後の約400万人から直近の250万人まで順調に、かつ大きく減少している一方、新規就業者数はいくつかの波が見られるものの2012年後半以降は概ね350万人±20万人程度のレベルで推移していることが解る。 

これらのデータは求めているもの(「就業者から非就業者へとなる人数」と「非就業者から就業者となる人数」)と若干ずれているため、前者から後者を引いてそのまま就業者数の増減となるわけではないが、「就業者から非就業者へとなる人数」が順調に減少する一方、「非就業者から就業者となる人数」はある程度のレベルで推移し、前者が後者を下回った時点から就業者数が減少から増加に転じるという過程をこれらのデータから推定するのはそれほど不自然な事ではないだろう。 


前回も書いた通り細かく見れば新規就業者数等にはアベノミクスの成果が出ているように見える部分もあるが、いずれにしろ上記の過程を経て就業者数が減少から増加に転じたこと自体をその過程の後半にやっと始まったアベノミクスの成果だ、とやってしまうのはさすがに無理があるだろう。よって再度前回のエントリーの結論をまとめると、「就業者数が減少から増加に転じたタイミングがアベノミクス以降(2013年以降)という見方も怪しい上に、そもそも増加に転じたのは、「就業者から非就業者へとなる人数」がリーマンショック後順調に減少しつづけた結果、「非就業者から就業者となる人数」を下回ったからにすぎず、増加に転じたタイミングで何かが起こったわけでもないし、そのタイミング前後で雇用の質が劇的に変わったということもない」ということになる。


[追記]  以前にも書いたが念のためにもう一度書いておくと、上記はあくまでも「就業者数が2012年後半から増加に転じたのがなぜアベノミクスの明らかな成果とは必ずしも言えないのか」という話であり、「トレンドに表れるような明らかな変化はなくても、アベノミクスが開始していなければトレンドは維持されなかったはずだから雇用が良くなったのはやはりアベノミクスの成果だ」的な話については否定も肯定もしていない。

また、文中にも書いた通り、アベノミクス開始以降の2013年や2016年は新規就業者数のピークがある事から、一時的には効果があった可能性も別に否定しないが、トレンドとして就業者数が減少から増加へと転換したことについてはデータを見る限り「就業者から非就業者へとなる人数」がショック直後の400万人レベルから直近の250万人レベルへと大きく減少した事が支配的な影響を与えていると考える方が自然であろう。

2017-01-09

アベノミクスと雇用について

アベノミクスが期待外れな結果しか残せていないことについてはいまや多くの人々が同意する所となりつつあるが、その一方で今も「アベノミクスは成功したんだ!」と主張する人々が強調するのは雇用の改善である。しかしながらアベノミクス開始以降、雇用が改善しているのは事実であるが、失業率求人倍率の推移をみるとアベノミクスの前後で明確なトレンドの違いは存在せず、リーマンショックからの自律回復が続いているだけとも取れる結果である。

これに対し、アベノミクス支持派の主張は、「失業率だけをみれば確かにアベノミクスの成果は見えないが、労働力人口や就業者数を見れば、アベノミクス雇用を大きく改善したことは明らかであり、同じ失業率の改善でも民主党政権下とアベノミクス以降では中身が異なる」というものである。誰がこの主張を始めたのかはよくわからないが、ざっとネットで調べた感じでは山本博一氏の「「アベノミクスは失敗」に反論。どうみても雇用は改善している」という記事が2015年に出されており、又最近では田中秀臣氏なども同じような主張を持ち出して「よくあるアベノミクス(のリフレ政策)への反論になってない反論の例:「いまの経済回復はリーマンショック後の世界経済復活のせい」「民主党政権時代から自殺率も低下し失業率も低下していた(のでアベノミクスの成果ではない)」」とやっている。

この主張についてもう少し詳しく山本氏の説明を引用すると、

民主党政権下でも失業率が低下しているが、労働力人口が減っていた。

アベノミクス以降は労働力人口が増加しつつ失業率が改善している。

・民主政権下とアベノミクス以降では、失業率が改善していることは同じだが、その中身はまったく異なる。

・特筆すべきは「労働力人口アベノミクス以降で上昇に転じた」こと。

民主党政権下での失業率の低下は、ただ単に就職を諦めて就職活動を諦めた人が、失業者にカウントされなくなっただけである。

というものであり、民主党時代の失業率低下とアベノミクス以降の失業率低下は全く違うと断定しているが、このロジックには少なくとも二つの大きな問題がある。


まず事実だけを見れば、

の2点については下図に示す通り、全く正しい。

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しかしながら、この労働人口の増加がアベノミクスの影響だったかどうかについては「タイミングが近い」以上のことは示されておらず、リーマンショックからの自律回復の延長とどのように区別したのかは不明である。

この点について山本氏はコメントに応える形で

(2)労働力人口と就業者数が増えたのはリーマンショックからの自立回復の延長である。

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まず、(2)はありえませんね。民主党政権下で就業者数は増えていないのですから、回復すらしていません。

失業者が80万人減った分、労働力人口が80万人減っていますので、失業した人が再就職を諦め、非労働力人口になってしまったということになります。

それとも自立回復って、ショックの3年後に起こるものなのでしょうか?

そんな時限的な要素があるのか・・・初めて聞きました。

と否定しているが、聞いたことがなければ調べてみればよいわけで、2001年のITバブル崩壊からの回復過程における失業率労働力人口の推移を同様にプロットしてみると以下の通りとなる。

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この時も失業率は順調に低下を続ける一方、労働力人口は2〜3年程減少を続けた後に漸く増加に転じるというほぼ今回の経緯と同様の過程をたどっていることがわかる。山本氏の言うところの時限的な要素?はITバブルからの回復時にも存在したということになる。


なぜこのような事が起きるかについても少し考察してみると、ショック後に労働力人口が減少する理由の一つが失業した人が再就職を諦め、非労働力人口になること(就業意欲喪失効果)だと考えるなら、この流れに直接的に影響をもつのは求人倍率であるはずである。民主党政権だろうが自民党政権だろうが全体として考えれば求人倍率が低ければ再就職が難しく、求人倍率が高ければ再就職も容易となる。よってショック直後の求人倍率が大きく落ち込んだ時点では、再就職をあきらめる人が多くなるのは避けられないし、求人倍率が1に近づいてくるとその逆転が起きるのもごく自然な推移と考えられる。ITバブル崩壊後の推移を見ても求人倍率が0.8くらいになった時に労働力人口が減少から増加へと転じており、2012年頃に労働力人口が増加に転じたのも単にショック直後から順調に回復してきた求人倍率が一定の閾値を超えた為と考えることができるのではないか。

逆に言えば「2012年以降の労働力人口の増加はアベノミクスの成果だ」と主張する人々は仮にリーマンショック直後にアベノミクスを開始していれば求人倍率が低くても労働力人口は減らなかった(或いはショックがあっても求人倍率は下がらなかった?)はずだというような考えなのかもしれないが、現実問題としてアベノミクス開始は求人倍率トレンドに大きな影響を与えたようには見えないので、このような主張はかなり無理があるだろう。


次にもう一つの問題点について指摘しておくと、労働力人口や就業者数が増加に転じたのは本当にアベノミクス以降だったのか?という点についても疑問が残る。

例えばこの点について高橋洋一氏は以下のような図を示して、「金融政策の効果を見るには就業者数をみればいい」「このデータほど、安倍政権民主党政権金融政策の差を如実に示すものはない。はっきりいって、民主党の完敗である。」(参照)とやっている。確かに高橋氏が加えたラインを見るとアベノミクスの開始前後で大きく状況が変化しているようにも見えるが、雇用のような指標に対してこの二つのラインが連続していないということについては強い違和感がある。

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そこで、試しに2012年以降の就業者数、雇用者数をプロットすると以下の通りとなり、少なくとも高橋氏の示したような大きな変化がアベノミクスの開始と共に起こったようには見えない。アベノミクスの開始が株価為替に与えた明らかな影響と比べると雇用に与えた影響と高橋氏が呼んでいるものはトレンドラインの引き方によって強調されたものにすぎないということだろう。この点については「ニュースの社会科学的な裏側」様でも以前に取り上げられており(アベノミクスで雇用が増えたと言えるのか?」)、就業者数が増加に転じたタイミングは2012年9月頃ではないかと指摘されている。

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ちなみに雇用と直接関係があるかどうかはともかく、先進国経済が本格回復に転じた契機がこの頃にあったとすれば、それは2012年7月末頃ではないかと筆者は考えている。日本ではアベノミクスの成否ばかりが取り上げられる状況で既に忘れられている感があるが、当時の世界経済の最大の懸念は欧州債務危機であり、スペインイタリアの10年国債金利が2012年7月末頃にピークをつけたあたりが転機になった可能性が高い。

日本ではバブル崩壊後のイメージが強いからか政府がなんらかの政策を打つことなしに景気が回復するなんてありえないとでも思っている人々が結構いるようであるが、そもそも今回のショックは欧米が震源地であり、日本は欧米の経済減速とそれに伴う円高等でその余波を食らった形で、震源地の欧米が落ち着けば自律回復しても何の不思議も無い。日本が震源地であってその後始末が大変だったバブル崩壊とは全く背景が異なる。ちなみに為替についても、アベノミクスで大きく円安へと動いたことは事実ではあるが、トレンドとしては欧州債務危機が収束に向かい始めたころ(2012年8月頃)から円安トレンドとなっており、アベノミクストレンドを反転させたわけではない。


つまり雇用にしても世界経済にしても安倍政権は強い追い風を受けてスタートしていたという事であり、当初はアベノミクスが大きな成功を収めそうだという期待が高まったことは確かである。それが虚像であったとしても繰り返し喧伝されていた「景気は気から」という考えが正しかったのなら、この好ダッシュはアベノミクスの成功を自己実現的に後押ししたはずであるが、その後の推移を見るに残念ながら「気」だけでどうにかなるわけでもなかったという事だろう。


[追記]

田中秀臣氏は雇用の改善の他に自殺者数の減少もアベノミクスの成果(或いは金融緩和の成果)だと主張しているようであるが、氏も認めているように自殺者数と失業率の間には強い相関がある訳で、自殺者数の減少がアベノミクスの成果というのは失業率の減少がアベノミクスの成果であるという事を前提としており、後者が自律回復で説明できるのであれば、前者もその結果とみることができるため、結局は雇用の改善がアベノミクスの成果かどうかという問題に帰着するだろう。


[追記]

雇用についても細かく見るとアベノミクスの影響が無いわけではないのだろうが、それは失業率労働力人口トレンドに明らかにそれとわかる影響を残すほどではなかったということ。アベノミクスの成果を主張したいなら株価為替などへの影響を語ればその事実自体にはあまり反論は無いはずなのに、あえて雇用とか自殺者数を取り上げるのは、株価為替への影響が結局多くの人々の生活へ波及(トリクルダウン)してこないことが明らかとなり、開始当初と比べると「成果」としての価値が落ちてきているからだろう。

2016-12-18

なぜ日本のサービス産業の生産性は低いのか?

諸外国と比較した時の日本の労働生産性の低さはある種の意外感を持って語られることの多い話題であるが、中身を見ると良い意味で?イメージ通りな部分も多い。

たとえば、公益財団法人日本生産性本部より発表された「日米産業別労働生産性水準比較」では

・産業別にみた日本の労働生産性水準(2010〜2012年平均)は、化学(143.2%) や機械(109.6%)で米国を上回り、輸送機械(92.7%)でも遜色ない。

・一方、サービス産業をみると、運輸(44.3%)や卸売・小売業(38.4%)、飲食宿 泊(34.0%)などの主要分野で格差が依然として大きい。

http://activity.jpc-net.jp/detail/01.data/activity001494/attached.pdf

と、特にサービス産業における労働生産性米国の半分にも満たないことが指摘されている。 

各産業の後の比(%)はもちろん(日本÷米国)であるが、それぞれの逆数を取ると運輸(226%)、卸売・小売業(260%)、飲食宿泊(294%)となる。これは(日本/米国)を(米国/日本)にしただけともいえるが、見方を変えれば同じ対価に対してどれだけ人手をかけたサービスが受けられるかの(日本/米国)比を示していると考えることもできる。

つまりかなり乱暴に言い換えるなら日本では、運輸、小売、飲食宿泊等のサービス産業分野において、同じお金で米国よりもはるかに人手がかかったサービスを受けられるという事を示している。中身は同じでも「日本のサービス産業の労働生産性は低い」と聞くと不思議に感じる方でも「日本の方が同じお金でより人手のかかったサービスを受けられる」と聞くと納得される方も多いのではないだろうか。

実際に、筆者は米国英国に居住経験があるが、これらの分野でのサービスの選択肢の豊富さときめ細かさ(=手のかかり方)は比べ物にならない。又、こちらの情報によれば、人口千人あたりの事業体数も日本では小売が8.9、飲食が5.7なのに対し、米国は小売が3.2、飲食が1.8しかなく、約3倍もの差がある。見方によっては日本では過剰ともいえるサービスの提供が行われていることがわかる。


なぜこのようなことになるのかについても考察しておくと、これは日本の「おもてなし」の精神も関係ないとはいわないが、むしろ構造的な問題と考えるべきではないだろうか。

飲食や小売などが過剰な競争によって収益性が低くなっているにもかかわらず、なぜ本格的に淘汰されてこなかったかといえば、パートタイムに代表されるコストの低い労働力の潤沢な供給があったことと、超低金利によって事業体の維持コストが低かったことが要因に上げられる。家族経営に準じるような小規模事業体は相対的に見て労働生産性が低くても、それでなんとか食っていけるなら潰れずにサービスを提供し続けられるわけである。

そして、これらの要因は新たに店舗を増やしている企業でも労働生産性を下げる方向へと働く。たとえば東京都心部では同じ系列のコンビニがすぐ近くに何件も建っているような場所がたくさんあるが、このような集中出店は労働生産性観点から言えばマイナスである一方、コンビニの本社にとっては利益の最大化に繋がっている。 ざっくり言えば1店舗のみの出店であれば100の売り上げを見込めるエリアに3店舗出店して200の売り上げをあげようという話であり、店員一人当たりの売り上げは下がるがコンビニ本社の利益は増加し、消費者利便性も向上する。そしてこの場合、金利が低ければ利回り等を考えた店舗の維持コストも下がる為、より多店舗展開を進めやすくなる。 


こういった観点から労働生産性を改善する為に必要なのは過剰競争の緩和であり、つまり収益性が低い店舗の淘汰が進むことであるが、厳しくても食っていけている店をむりやりつぶす意味もないし、利益の最大化を進めるコンビニ等の多店舗展開を制限することも難しい。又、そもそもこれらの分野で淘汰が行われて労働生産性が向上したとしても、淘汰された店舗で働いていた就業者もどこかで働く必要があるわけで、今の日本でその受け皿の候補を考えると大きなものでは介護くらい見当たらない。よってこれらの業種で淘汰が進み、労働生産性が上がったとしてもそれが国全体で見た場合の労働生産性を引き上げることになるかどうかは不透明と言わざる得ない。又、淘汰が進むことによって収益性及び労働生産性が向上するというのは、言い換えれば同じサービスにより高いお金を払うことになるという事であり、積極的に進めないといけないものなのか?という疑問も有る。


一方、このようなバランスを保つ要因の一つとなってきた、「コストの低い労働力の潤沢な供給」については陰りが見え始めている。以前にも書いた(参照)が、本格的に人口減少が始まり、かつ労働参加率の上昇もそろそろ限界が見え始めるなか、これまでとは一転し、コストの低い労働力が不足する時代となりつつあると筆者は考えている。つまり放っておいても人件費の上昇を契機とした淘汰が大きく進む可能性が高く、振り返ってみれば今が日本のサービス業黄金時代だった、ということになるのかもしれない。


[追記]

尚、念の為に書いておくと「コストの低い労働力の潤沢な供給」はこの文脈では原因であって結果ではない。収益性の低い飲食や小売が賃金を下げているのではなく、低賃金労働力の存在が結果として低収益の事業体の存続と薄利多売的な店舗展開を助け、労働生産性を下げているという話である。労働市場が本当の意味でタイトになれば、サービス産業の構造がどうであれ賃金は上がるし、賃金が上がれば淘汰が進み労働生産性も上がる。