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カンタンな答 - 難しい問題には常に簡単な、しかし間違った答が存在する

2016-03-29

ノーベル賞経済学者ジョセフ・スティグリッツ教授による量的緩和、マイナス金利評

3月に行なわれた「金融経済分析会合」におけるノーベル賞経済学者ジョセフ・スティグリッツ教授の提言については「消費税増税は延期すべきだ」というものが繰り返し伝わってくるが、後日開示された説明資料を読むと、量的緩和マイナス金利等の金融緩和政策に対してかなり批判的に切り込んでいることがよくわかる。

まず以下にスティグリッツ教授提出資料の金融政策関連のページとその日本語訳を示す。

Responding to the situation

これらの状況への対応


Conflicting views about obvious instruments: monetary policy

理解しやすい手段に対する相反する見解 : 金融政策

  • Monetary policy has largely run its course
  • 金融政策は既に十二分に実施された。
  • Never very effective in deep downturns: the only effective instrument is fiscal policy
  • しかし、それは深刻な経済停滞時に非常に有効であったことは一度もない。そのような時に唯一の効果的な手段は財政政策である。
  • Real problem not zero lower bound - slight lowering of interest rates (into negative territory) will not work
  • 本当の問題はゼロ金利制約ではない。(マイナスの領域に入るまで)金利をさらにほんの少し下げても効果はないだろう。
    • Experiments with negative interest rates unlikely to stimulate much, may have adverse side effects
    • マイナス金利の試みが景気を大きくは刺激するとは考えにくく、むしろ悪い副作用をもたらす可能性もある。
  • QE increased inequality, did not lead to significant increase in investment (if any) and because of financial market imperfections/irrationalities may have led to mispricing of risk and other financial market distortions
  • 量的緩和政策は不平等を拡大した。それは(もし効果があったとしても)投資の大幅な増加にはつながらず、金融市場の不完全性あるいは不合理性により、リスクのミスプライシングやその他の金融市場の歪みをもたらした可能性がある。
    • One of main benefits was competitive devaluation - but that’s a zero sum game
    • 主な便益の一つは、競争的な通貨の切り下げとなるかもしれないが、それは、 ゼロ・サム・ゲームにすぎない。
    • In absence of adequate fiscal policies, “only game in town”- matters would have been worse in its absence
    • 適切な財政政策なしでは、「唯一の選択肢」問題は更に悪化する一途となるだろう。

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kokusaikinyu/dai1/gijisidai.html

尚、日本語訳は事務局による日本語訳をベースに筆者で若干修正した。 

たとえば「Monetary policy has largely run its course」の訳は「金融政策は、概ねその役割を全うした。」となっていたが、"run its course"に「役割を果たした」というような意味を含めるのは意訳?のし過ぎだろう。 "run its course"はそのまま訳せば「その自然な経過をたどった」、「一巡した」或いはこの場合単に「実施した」であり、ここでは”has largely run its course"なので「既に十二分に実施した」というとこになる。 

また、この中で出てくる「リスクのミスプライシング」については氏の著書等での主張を考えると「資産バブル」を指していると考えるのが妥当だろう。


つまり、ここでスティグリッツ先進国でこぞって行われてきた金融緩和の結果・経過について

  • 金融政策は既に十二分に実施されたが、それはたいして有効ではなかった。
  • 金利のゼロ制約は問題の本質ではない。このような状況下で少しくらい金利を下げてもほとんど効果がない。
  • マイナス金利もたいして機能するとは思えず、むしろ悪影響をもたらす可能性がある。
  • 量的緩和は不平等を拡大した。
  • さらに量的緩和は(資産バブル等の)リスクのミスプライシングやその他の金融市場の歪みをもたらした可能性もある。
  • 敢えてあげるとすれば主な便益の一つは、競争的な通貨の切り下げとなるかもしれないが、それは、 ゼロ・サム・ゲームにすぎない。

と、わずか一ページで端的に(そしてかなり否定的に)その評価をまとめ上げたことになる。 


尚、これらの金融緩和への評価はこれまでブログで書いてきた筆者の評価とほぼ一致している。これは何も筆者の評価がどうこうというような話ではなく、過度の金融緩和に懐疑的な立場からリーマンショック以降の世界経済の現実を見れば普通に導き出される評価にすぎないというだけの話であり、実際に日本でも多くの経済学者や評論家がほぼ同様の見解をかなり以前から呈している。

過剰な金融緩和が最終的にどれだけの負の副作用世界経済にもたらすのかはまだ予断を許さない段階ではあるが、敢えて一連の金融緩和実験(?)のプラス面をあげるとすれば、魔法の杖であるかのように喧伝されてきた金融緩和がそれほど効果的でもなければ副作用のないフリーランチでもないということが明らかになってきたのは一つの成果とは言えそうである。

2016-03-06

原油バブル崩壊の経緯と今後の予測について

原油価格については油価100ドル/バレルを超えていた2012年頃に、この価格水準は米国量的緩和に起因するバブルではないか?というエントリーをいくつか書いた(「米国量的緩和とエネルギー・食料価格のわかりやすすぎる関係について」、「コモデティバブルはいかに起こったのか?」、「原油価格高騰と先物市場での投機の拡大の関係について」)が、その後筆者を含む多くの人々が予測した通りQE3の終了と共にバブルは崩壊し、現在では当時の数分の一の水準にまで落ち込んでしまっている。

そこで、やや今さらであるが本エントリーでは如何に原油バブルが拡大、崩壊したのかを順を追ってざっくりとまとめてみた。


まず、原油バブルの生成・拡大期に生じたことをまとめると

というところだろう。その後、米国量的緩和(QE3)の終了と共にバブルは崩壊するわけであるがその時に起こったこともまとめると

となり、現状は

  • 米国金融緩和の終了の余波で発展途上国を中心に景気が悪化し、需要の伸びも減速。
  • 一方、低油価で油田開発への新規の投資は世界的に制限された状態となったが、需要の伸びの減速に加えバブル時に開発を始めた油田からの生産開始もあり需給のひっ迫には直ちに結びつかない状況
  • シェール開発は新規投資が大きく制限された状態ではあるが、バブル時代に掘りまくった既存の井戸からの生産に加えて、この低油価でも開発が可能な生産性の高いエリアに絞って開発が継続しているため、事前の予測よりは生産量の減速が緩やか。(又、一部の開発会社がヘッジを行う事で2016年頃までは一定の収入レベルを確保できていることも、総崩れになっていない要因)

といった感じだろうか。で、最後に将来的にどうなるかについて筆者の見解を述べるなら

  • 油価はいずれ上昇する。

につきるだろう。その根拠についても簡単にまとめると

  • 現在の需給はバブルに煽られて結果的に大赤字を出すことになった油田からの生産が支えている面があるが、土地とは違い資源は減耗資産であり新たな投資が大きく落ち込んでいる限り、投資がここまで抑制されたままであれば早晩需給がひっ迫することになる可能性は高い。
  • サウジアラビアイラン等のごく一部の国を除けば既に低油価で採算が取れる油田は残っておらず、埋蔵量が大きいとされるシェールや重質油、或いは大水深域の石油開発を中期的に見て需要に見合うレベルで進めるには少なく見ても50〜60ドル/バレルは必要。つまり油価がこの水準を上回るとの予測される状況になるか、何らかの技術革新によってこの水準が大きく低下するかしない限り、この水準までは回復する。

ということになる。

尚、いつ油価が回復し始めるか?については世界経済の推移やイランの動向等に大きく左右されるため評価が難しいが、低油価が続くほど油価の揺り戻しが厳しくなる可能性が高い。たとえばエネルギー業界のコンサル大手のWoodMac社のレポートでは2014年原油バブル崩壊以降に投資を遅らせた大規模プロジェクトは68件あり、その影響は2021年には1.5百万バレル/日減、2025年には2.9百万バレル/日減になると見込まれているが、低油価が続けばこの規模は更に膨らむ可能性が高い。このような大規模プロジェクトは投資判断から生産開始までの期間が長いため、需給がひっ迫し始めてもすぐに生産に寄与できるようになるわけではなく、この状況が続けば一時的に需給がひっ迫して再び油価が乱高下するケースも十分に考えられる。原油バブル後遺症が実経済に残す爪痕はかなり深刻なものになりつつあると言えるだろう。


この原油バブルを振り返ってみれば、投機権益の売買で儲けることができたごく一部の人々以外は誰も得をしなかったという非常にバブルらしい結末を見たということが言えそうである。これについての筆者の意見は4年前に「米国量的緩和エネルギー・食料価格のわかりやすすぎる関係について」というエントリーを書いた時と全く変わっていないので最後にその結論を引用しておく。

そもそも商品市場における「投機」は発展途上国を含む消費者にとってなんの利益にもならない。ただ値段が上がるだけである。そして往々にして発展途上国におけるコモデティの価格高騰は政治不安を生み、より大きな混乱、貧困をもたらす事にも繋がる。 一方で「投機」の主体となっているヘッジファンドなどは金融政策にあわせてうまく立ち回れば大きな利益を上げる事が可能であり、それは実際に米国経済回復の一助のなっているかもしれない。

しかし、商品デリバティブの発達や先進国の(米国の)量的緩和が世界的に資源・食料価格の高騰を誘発しているのなら、短期的には自国(の一部)の利益になったとしても、それは公平性観点からも、又より長期的な世界経済の安定的発展の観点からもそろそろ再考が必要となっているのではないだろうか?


[追記]

確率は低いかもしれないが、再び油価が暴騰するのではないかと予測されるケースが一つあるので、それについてもおまけに少し触れておく。

シェール開発において最重要の技術の一つが水圧破砕(地下の岩盤を地上から送り込んだ水の圧力で破壊し、そこに含まれる油ガスを回収する技術)であるが、この水圧破砕が地震を引き起こすのではないかという懸念は以前からあった。特に米国ではオクラホマ等のシェール開発が盛んな一部の地域で以前とは比較にならないくらいの頻度で小規模地震が発生しており、ほぼ間違いなく両者の間にはかなり強い因果関係があると考えられている。

これが日本や英国などであれば即「水圧破砕禁止法」を求める声が押さえきれなくなるのだろうが、米国では(少なくとも今のところは)シェール開発の盛んな地域で「水圧破砕禁止法」が実施されるようなことにはなっていない。これはシェール開発が盛んな地域の多くはもともと人口密度が低い地域であったことに加え、米国では陸上油田の権利は基本的に土地所有者に帰属しており、地震潜在的な被害者である住民が直接・間接的に水圧破砕の受益者になっているケースが多いことも関連しているだろう。

ただ、そうはいっても水圧破砕に対する風当たりが徐々に強まっていることは間違いなく、もし実際に大きな被害が出るレベルの地震が起これば一気に流れが変わることは想像に難くない。いずれにしろ水圧破砕が禁止されることになればこれを材料に一気に油価が高騰する可能性は高いし、もしその時にバブル崩壊の余波でシェール以外の開発が停滞したままであったなら今回のバブルを上回る可能性も十分にあるのではないか、というのが筆者の見方となる。(ただ、これまで水圧破砕と関連があるとされている地震は規模が小さいものが殆どであり、水圧破砕が大規模な地震に繋がるかどうかはかなり怪しいので、上記のケースが起こる確率はそれほど高くはないとは思うが、、)


[追記]

ちなみに今さら原油バブル関連のエントリーを書いたのは、3月3日付の「シェール革命の立役者死亡 米チェサピーク創業者、オーブリー・マクレンドン氏」の記事を見て。

筆者は仕事でチェサピーク社とは少し接点があったが、シェール開発の初期に水圧破砕法を積極的に導入した同氏は、水圧破砕法の父と呼ばれたジョージ・ミッチェル氏と共にまさにシェール革命の立役者と言ってよい人物であり、原油バブルの波にも乗って同社が規模の拡大を推し進めていたころにはまさに飛ぶ鳥を落とす勢いであった。

同社はバブル崩壊後は過剰投資のつけがまわって業績が悪化し最近では破産法申請がうわさされるまでになっており、同氏もCEOの座を追われていたわけであるが、水圧破砕法の積極導入によってシェールというそれまでは過小評価されていた資源を一気にメインストリームに引き上げた功績は非常に大きく、今後数十年の世界のエネルギーバランスに多大な影響を与えた人物であったことは間違いないだろう。謹んでご冥福をお祈りしたい。

2015-12-20

軽減税率導入で最終的に負担が増えるのは誰か?

軽減税率に関する議論が分かりにくい原因の一つは、その影響を論じるにあたり何と何を比較すべきか、という点で議論が錯綜している点にある。 ある人は軽減税率と現金給付を二者択一であるかのように論じるが、前回も書いた通り両者は別に二者択一でもなんでもないし、そもそも本人の収入だけでは生活が成り立たない人を軽減税率で救うことができないのは明白であり、軽減税率が採用されるとしてもそれがその他の社会保障と並立になるのは必須である。

そうであるにもかかわらず、これらが二者択一であるかのように主張される原因は、軽減税率導入に際して、導入しなかった場合のケースとの比較で必要となる財源の額が算出され、さかんに報道されている点にあると考えられる。 つまりこの財源を現金給付に使えばもっと低所得者支援になるはずだ、という論理である。


このような見方は必ずしも間違いとは言えないかもしれないが、消費税率は最終的にもっと高い水準まで引き上げざるを得ないと考える立場から見れば、やや近視眼的ではないかと感じる。 結局のところ、本当にそのような現金給付が必要なのであれば、軽減税率を採用してもしなくてもその財源が確保できるところまで税率(国民負担率)を上げていくしかないわけであり、現時点で低所得者支援や再分配機能が弱いという問題は、むしろ増税での財源確保を後押しするはずである。  

よって筆者の理解では、軽減税率の効果を論じるにあたりあえて定量的な比較をするとすれば、それは過渡的な状態ではなく、将来的に必要な税収を確保できるまで税率を上昇させたときに、軽減税率の有無でどのような負担の分担の差が生じるかいう点にあるはずということになる。


この説明では分かりにくいかもしれないので、2014年所得階層別の消費内訳データをベースにざっくりと試算した結果を示してみる。

まず、今のまま軽減税率なしで消費税が15%となったケースで、各所得階層の人がどれだけの消費税を負担するか試算したのが以下の図1、仮に食料と光熱・水道費の税率を全て0パーセントにしたうえで上のケースと同じだけの税収を確保するために標準税率を更に上昇(約24%)させたケースが図2となる。

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ここで、この両ケースにおける消費税の負担の差(年額)を取ると以下のようになり、同じ税収を確保するという前提において、軽減税率有のケースでは、所得の上位30%の負担が増える一方、下位60%は幅広く負担が減るという試算となった。

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確かに本当に支援が必要な低所得者に負担減が集中していないことをもって、低所得者対策としての効果が薄いと言えなくもないが、そもそも両ケースは前提として同じだけの税収を確保しているわけであり、本当に支援が必要であればそこから支援を行えばいい話である。つまり両ケースは現金給付については同じ原資を確保した上で、軽減税率有のケースでは低〜中所得層の負担が減り、高所得層の負担が増える結果となっていることになる。 もちろん他の税制と同様に軽減税率が実際にどのように機能するかは制度の詳細設計次第であるが、少なくとも軽減税率という制度そのものが金持ち優遇でないことは明らかであろう。 


ちなみに前回のエントリーに対し、たとえばこれまで吉野家の店内で食事を食べていたのが、持ち帰りのみ軽減税率になると貧乏人は持ち帰りにせざる得ず、満足感が下がるから軽減税率は駄目だ、みたいなコメントをいただいたが、これも比較の対象がずれており、そもそも消費増税する以上、どこかで消費者としての満足感を下げることは避けられない。その上で軽減税率の有無でどうなるかを考える必要がある。

牛丼の例をとれば、軽減税率がなければ持ち帰りですら値上がりするわけで、相対的には軽減税率無しの方が満足感は低いだろう。もちろん軽減税率無しの場合は必要となる標準税率も低くなるので、食料以外の消費については相対的に満足感が高くなる。では食料の消費における満足感とその他の消費における満足感のどちらが大切だろうか?


以前書いたことの繰り返しになるが食料や光熱・水道費が軽減税率の対象となっている英国に暮らしている筆者の実感から言えば、軽減税率の一番の利点は生活者としての安心感と納税者としての納得感にあると思う。

筆者は幸い軽減税率が無い方が税負担が低くなる所得階層になんとか属しているのではないかと思うが、軽減税率をなくして標準税率を下げるべきとは全く感じない。 生活必需品が安いということが生活者に与える安心感は大きい。もし生活必需品にまで10%を超えるような消費税がかかるようになれば、たとえそれ以外の物品の税率が少しくらい下がったところで生活への安心感や税制への納得感は大きく下がるだろう。 

欧米で広く軽減税率が採用されている事について、反対派は「欧米で採用されているからと言って優れているとは限らない」と主張している。それはそれで一理あるところではあるが、少なくとも様々な問題があることがはっきりしているにも関わらず、現実に軽減税率がこれだけ長く続き、かつ殆どの国で(議論はあっても)実際の撤廃の動きが見られない事は軽視されすぎていると感じる。支持されるにはそれなりの理由があるわけである。


いずれにしろ、日本では推進側の与党ですら痛痒感がどうとかという、よくわからない議論を繰り出して混乱に輪をかけているようにみえるが、もっと本質的な議論として、最終的に税収をどれだけ確保する必要があり、その税収を確保するために、消費税分としては軽減税率無で何%、狭めの軽減税率で何%、広めの軽減税率で何%の消費税が必要です。その場合の消費者、販売者の負担や各種デメリットはこうなります。どれが良いですか? というようなはっきりした議論をしてほしいところだが、今の消費税アレルギーな世論を考えるとこれはこれでなかなか難しいのだろうか。


[追記]

ちなみにネットでちらほら見かける「軽減税率は消費行動の歪みを引き起こし、課税による資源配分の非効率を引き起こすから駄目だ」という意見は、経済学好き?の人々がよく口にする主張であるが、現実問題としてそれが本当に軽減税率の問題としてそれほど大きなものになるのかについては筆者は懐疑的である。

生活必需品である食料の税率を下げることが消費行動の歪みをいくばくか引き起こしたとしても、そこから得られる安心感や納得感を上回るほどの効用の低下を引き起こすという主張は軽減税率のある国で暮らす一生活者としては首をかしげざる得ないし、そもそもここで言う価格が需要に影響を与えることによる「課税による資源配分の非効率」を最小限にするためのルールと考えられているのが、需要の価格弾力性の低い財、つまり生活必需品に相対的に高い税率を課すことが望ましいとするラムゼイルールであり、ざっくり言えば逆進性万歳な話なわけで、税の逆進性を問題と考えるなら、消費行動の歪みはある程度許容する必要があるということになる。(そもそもラムゼイルールの原則に基づけば一律の間接税自体がルールに反していることになるわけで、軽減税率の導入にしてもそこから見れば50歩100歩だろう。)


[追記2]

但し、一律の税率のメリットとしての社会的コストの低さ(無駄な陳情の処理等も含め)は無視できないし、むしろこの一点においてやめるべきという意見はかなり説得力がある。 筆者は税率が高くなる過程では軽減税率の有無にかかわらずインボイスの導入は必要だと考えているので、その導入コストを軽減税率のコストと考えるのは抵抗があるが、いずれにせよ導入に際してはある程度の混乱と業者の負担増は避けられないであろうから、そのあたりで「やはり軽減税率はやるべきでなかった」という議論が出ることは間違いないだろう。 ただ、軽減税率のある社会で生活している筆者の実感から言ってもいったん根付いた後に、「では軽減税率をやめるか?」となるとかなりハードルが高くなることも間違いなく、つまりやるにしろやらないにしろ今こそが分岐点ということになる。

2015-12-11

消費税増税時における低所得者対策としての軽減税率について

与党間で最終調整が進められているらしい軽減税率については世論調査では支持が多い一方、ネットでは圧倒的に反対意見が優勢な状況になっているように見える。

軽減税率は欧米では既に多くの国で採用されており、それが故にどのような弊害が存在するかについても様々な実例があるため、反対意見が出ること自体は当然であろうが、その中には勢い余って(?)本当にそうなのか疑問に思うような反対論もかなり目立つように感じる。その中でも目立つ意見の一つは「軽減税率は金持ち優遇」というものである。


以前にも書いた通り、筆者も軽減税率がベストな低所得者支援策だとは全く思わないが、ネットでよく見かける「消費税増税反対」かつ「軽減税率反対」な人々が主張するように「消費税は逆進的」であり、同時に「軽減税率は金持ち優遇」というのはさすがにつじつまが合わないと考えざる得ない。

もちろん仮にエンゲル係数高所得者の方が高いということであればその限りではないが、そういった事実はないわけで、消費税増税が逆進的なのであれば軽減税率の導入は自ずとその逆進性を緩和するものになるはずである。 ちなみに「軽減税率は金持ち優遇」という根拠を単に軽減税率によって得られる減税額が金持ちの方が大きいという点だけに求めている人もいるようだが、それなら消費税増税による増税額は圧倒的に金持ちの方が多いわけで、「消費税は貧乏人優遇」となるはずであるが、もちろんそういう単純な話ではない。


たとえば以下のような軽減税率批判の一つの根拠となっている、「日本ではエンゲル係数所得によって殆ど変らない」から低所得者層支援としての効果は低いという意見も違う角度から考えると、必ずしもそうとは言えなくなる。

かくも問題の多い軽減税率の数少ない根拠が、「低所得者層支援策になる」というものだ。これはエンゲルの法則――低所得者ほど支出に占める食費の割合(エンゲル係数)が高い、に基づいている。しかし、日本は所得階層毎のエンゲル係数に大きな差がないことが知られている。最も貧しい2割の家計のエンゲル係数は25%であるが、最も豊かな2割のエンゲル係数もまた20%である。

「軽減税率」は、実は低所得者支援策ではない! 飯田 泰之

所得階層毎のエンゲル係数に大きな差はない=軽減税率低所得者支援にならない」というのは確かにそれらしく見えるし、これを連呼している人々も多いようだが、実態を考えるとかなりあやしい話でもある。


下図は家計調査から作成した所得階級別の消費支出の内訳(上位10%と下位10%)である。 確かにエンゲル係数は上位10%で20%に対し、下位10%で26%とそれほど大きな差はないように見える。 

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しかし、これは軽減税率が仮に適用された時に消費税課税対象となる消費支出の割合が上位10%で80%に対し、下位10%で74%になるということを意味しているわけではない。 なぜなら今回軽減税率の検討対象となっている食料以外にも既に消費税が免除されている費目が存在するからであり、主なところでは家賃と医療があげられる。そして賃貸の負担の重さを考えると本当に支援が必要なのは所得下位と分類された人々の中でも特に賃貸生活をしている人々になるのではないだろうか。 

家計調査によると「家賃・地代を払っている人の割合」は上位10%では11.1%なのに対し、下位10%では40.8%となっている。 下位10%の平均住居費は18,902円となっているが、これを「家賃・地代を払っている人」の平均に単純に割り戻すと46,328円となる。ここから仮に食料に掛ける費用が同じで全て非課税とすると「下位10%+賃貸」の人々の総支出に対する消費税対象割合は平均でも32%となることになり、上位10%の人の73%を大きく下回ることになる(金額でいえば前者が約3.9万円なのに対し、後者は約35.3万円となりその差は約9倍になる)。 こういった世帯にとっては「エンゲル係数が25%しかない」のは、家賃をはじめとしたどうしても削れない支払いをすると、食費に掛けられるお金がそれだけしか残らないということを意味しているに過ぎないのではないだろうか。

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さらに言えば、医療の費用も全ての人々が平均的に支出しているわけでなく、一部の人々に偏る傾向がある。いわゆる支援が必要な「低所得者」が誰なのかを決めるのは難しいが、低収入で賃貸に住み、家賃、光熱費、食費、医療費を払うと殆どなにも残らない、というような人々はこの支援が必要な「低所得者」になるだろう。このような人は仮に食費と光熱費軽減税率の対象にすれば、いくら消費税率が上がろうと直接的な影響はかなり限定されるわけであり、消費税増税時における低所得者対策としては一定の機能を持つことは明らかである。


更にもう一点、筆者が英国で実感しているあまり語られない軽減税率のメリットについて書いておくと、それは本当に余裕がある人が自ずとより多く負担するメカニズムが(完璧ではないものの)存在する点にある。

仮に将来的に英国のように消費税が20%、軽減税率が0%になったとしてある食事が店内で食べれば600円、持ち帰りなら500円であった場合、値段に頓着しないは店内で食べる一方、値段にシビアな人は持ち帰りにすることになる。 一般に前者はお金に余裕がある人で後者は余裕がない人であろうから、後者に対しては食事が非課税で提供される一方、お金に余裕がある人には税を負担してもらえるようになるわけである。 又、これのもう一つのメリットは、お金に余裕がある人は収入に対する消費支出の割合が低いケースが多い為、消費税分の価格上昇が購入量の減少ではなく消費性向の高まりによってある程度カバーされる所にもある。

日本のように定年退職後の高齢者が増えてくると、誰が支援が必要かは所得だけでは計りにくくなる。しかしこのようなシステムを通せば、自ずと所得と関係なく本当に余裕がある人がより多く負担するという形に少しは近づけることになるわけである。


最後に以前書いたことの繰り返しになるが、筆者は低所得者支援策として考えた場合、軽減税率がそれほど有効なものとは考えていないし、諸外国の例を引くまでもなく様々な弊害もあるわけで、様々な観点から考えてメリットよりデメリットの方が大きいから採用しない、という選択肢も当然あると考えている。 但し、このメリットとデメリットを考える際には10%-8%の差しかない目先の状況だけにとらわれず、将来的に消費税がさらに上がった場合も想定して比較すべきである。

実際に日本で導入されようとしている軽減税率がどのようなものになるかはまだよくわからないし、上記の単純化した例であっても、"同じ税率であれば"軽減税率をなくして税収を確保した上で、本当に支援が必要な人々だけにピンポイントにお金を配った方が低所得者支援策としての効果が圧倒的に高いことは明白である。そしてより再分配効果を高めるには消費税は高い方が良いし、実際に再分配効果の高い国には消費税率が高い国が多い。

もちろん現金給付は軽減税率のあるなしに関わらず実施可能なわけであり、こういった再分配効果の高い国では両方を手厚くやっている例も多い。そして軽減税率有りで支援が必要な人には給付もきちんと行われるケースと、軽減税率無しで支援が必要な人への給付のみ行われるケースを比較した場合、給付を受ける人々の生活水準が同じとなるように調整されるとすれば、軽減税率が有るケースの方が、給付をもらわない人の間の累進性は高まると考えられる(但し、軽減税率の適用範囲を増やせば増やすほど同じレベルの給付を行うのに必要な消費税率が高くなるというデメリットはあるが、)。


又、もう一つ留意すべきは今後消費税が上がっていく中、一部の人にのみ手厚く現金給付を行なう事がどれだけ世論の支持を得られるかという点である。生活保護ですら風当たりが強い日本において一方で消費税増税して他方で手厚い給付を一部の支援が必要な低所得者だけに行うというのはなかなか受け入れられにくいのではないだろうか。与党内では軽減税率の線引きをどこにするのかが大きな問題になっているようだがが、軽減税率抜きで今後消費税を上げていくケースではどこまでの人々にどれだけの支援が必要かという線引きも更に重要になってくるし、これももちろん簡単ではない。その前にまず現行水準の社会福祉を維持することすら少々の増税では難しい現状もある。 

そうであれば増税サイドでは軽減税率低所得者層に一定の配慮をしつつ余裕がある人々には少しでも負担してもらい、一方給付サイドでもできる限りの手当をする、という二本立ての対策をとることは現実を考えた場合の消極的選択肢の一つとしてはそれほどおかしなものではないはずである。

2015-11-29

20年ぶりの低失業率はアベノミクスの成果?

国内外で「アベノミクスは失敗した」との見方が多くみられるようになりつつあるなか、先日発表になった10月の完全失業率(季節調整値)は3.1%となり、1995年7月以来、約20年ぶりの低水準となった。 確かに雇用は堅調ではあるものの20年ぶりとなると、そこまで景気はいいかな?と首をかしげる人も多いのではないだろうか? 


筆者はその違和感の要因の一つは右肩上がり医療福祉産業の就業者数にあるのではないかと考えている。本エントリーではこの辺りを幾つかのデータを示しつつ考察してみる。


まず、失業率の推移であるが、確かにリーマンショック前の最低失業率 3.6%を0.5%下回っており、2%台にとどきそうな勢いである。 

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この傾向は就業者数の推移にもあらわれており、労働力人口が減少する中、2012年中盤以降、少しずつではあるが増加傾向にある。

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そしてその増加を牽引しているのが先に言及した医療福祉産業、つまり介護関連の産業の就業者数である。 その就業者数は2002年の462万人から2015年5月の805万人まで実に340万人も増加している。 この規模感が分かるように失業者数とプロットしてみたのが以下のグラフとなるが、2002年1月の失業者数がちょうど340万人程度であり、労働人口が減少するなか医療福祉だけは当時の失業者数とほぼ同じだけ就業者数を増やしているわけである。

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また就業者数からこの医療福祉産業の就業者数を除くと以下の通りとなり、こちらは2012年頃からほぼ横ばいとなっている。

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医療福祉産業の就業者数の推移から明らかなのは殆ど景気に左右されていないことで、アベノミクスの影響どころかリーマンショックの影響すらほとんど受けずに右肩上がりに増加してきている。 介護職は非常に求人倍率が高いことが知られており、2015年1月時点で、全職種の有効求人倍率が1.02倍のときに、介護職の有効求人倍率は全国平均で2.42倍、東京に限定すれば4.34倍と深刻な人手不足となっている(http://www.asahi.com/articles/ASH145DJQH14ULFA009.html)。つまりこの分野においては需要>>供給となっており、景気の動向と関係の深い非自発的失業者は限定的となっていると考える事ができるだろう。


よって循環的な景気と失業率の長期的な比較を考えるときには、このような趨勢的なトレンドを考慮にいれる必要があることになる。 厳密な検証は難しいが仮に医療福祉産業の就業者数が2002年から全く変わっていなかったと考えて失業率を試算すると下図のようになり、医療福祉産業の就業者増が失業率を押し下げている事が分かる。尚、試算結果の足元の失業率は3.5%であり、ほぼリーマンショック前の2007年頃の数値と同じとなる。当時もほぼ完全雇用水準と呼ばれており、現状もそれに近いということであればまずまず納得できるところではないだろうか? 

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しかしながら医療福祉産業の就業者増を牽引している介護関連の産業は平均所得が低く、その就業者増が失業率を押し下げているというのは、賃金の押し上げには必ずしもプラスにはならない可能性が高い点には留意が必要であろう。数字上は低失業率、高有効求人倍となっても介護職の就業者が潜在的自発的失業者になるとすれば数字に見えるほどの労働市場のタイト感は高まらないということになるからである。


最後にタイトルの「20年ぶりの低失業率アベノミクスの成果?」について書くとすると、失業率が20年ぶりのレベルまで下がった要因は、失業率の分母側で医療福祉産業の就業者数が数百万人単位で増加したこと(特に労働参加率の低かった女性を中心に増加したこと)であり、アベノミクスとは直接関係ないというのが筆者の理解という事になる。 そもそも失業率をみても就業者数をみても安倍政権誕生の時期の前後で明らかなトレンドの変化は見て取れず、「アベノミクスがなかったらもっと高い失業率だったはずだ」的な主張は否定できないものの、その貢献度が誰の目にも明らかというレベルにいたっていないことは明らかであろう。