小野善康 「不況のメカニズム」の感想

著者は先日内閣府参与となり名実共に管内閣の経済ブレーンとなった大阪大学教授小野善康氏。菅政権の「増税で景気回復」路線の生みの親でもある。
最初は半信半疑で読み始めたのだが、結果から言えば最近読んだ経済に関する本の中ではトップクラスの面白さであった。


小野教授の「増税で景気回復」理論についてはいろいろな解釈(批判)があるが、本書を基に私なりにまとめると、その基本的な骨子は以下のようになると思う(勝手に補完している部分があるので正しいかどうかは不明)

  • 経済政策は社会全体で消費される生産・サービスが最大化されることを目的とすべき。
  • 流動性(=貨幣)選好により消費・投資に向かわない購買力はその時点では社会に対してなにも創造しない。さらにその結果としての非自発的失業者の存在は労働力の無駄遣いであり、社会の不安要素ともなって流動性選好をさらに高める。
  • 故に失業者に仕事を与えることは労働力の有効利用の観点からも、又社会不安を抑える観点からも重要。
  • 但し借金(国債)で行う従来型の公共事業は、借金を返すためにもその投資効果が問題となるが、すでに資本が蓄積された日本では投資としてペイする案件は少なく、継続性に問題がある。
  • よって消費・投資に向かわない余剰購買力を政府が増税によって吸収し、それを基に失業者に何らかの生産・サービスを行わせることが重要。その結果として社会全体の生産・サービスの総量が増加すれば、構成員である国民もより豊かな社会を楽しめる。
  • (上記の観点から考えると失業者に行わせるサービスは必ずしも民間より効率がよい必要はなく、社会になんらかの価値を創造するものであればよく、具体策については各専門家が考えればよい。)


「増税で景気回復」理論は政府が民間以上に効率的なお金の使い方ができるのか?という観点から批判されることが多いが、上記の理解が正しければ増税によって行う事業の採算性が民間より良い必要性はなく、社会に対してなんらかの価値が創造さえされればよいこととなる。 
もちろんその創造される価値が高ければそれに越したことはないが、小野教授自身はこの点については自身の理論と具体策の間に一線を引いており、それを考えるのは「技術者の役」では無いかとおっしゃっている(*1)。(その事が「具体策が無い」という批判に繋がっているが、小野教授の理論と具体策の優劣とは独立しておりそれ自体は批判に当たらないと思う。)


但し、仮に理論としてはおかしくなくても実際の政策として機能するかどうかは疑問である。

会社や個人が将来の不安に備えて貯金をしようとしている時に政府が増税を原資として「投資としてはペイしないかもしれない」公共事業や「市場価値が投入金額を下回る」サービスを増やす事はたとえ「(理論的には)国民全体としてはプラス」だと政府に言われた所で納得できないだろう(*2)。 さらにこの増税によって日本の国際的な競争力が衰えれば、安価な輸入品を消費できなくなり、結果的に国民全体で見てもマイナスになる可能性もある。

目的の設定も人によっては賛同できないだろう。 この目的の設定から考えると生産(消費)の総量が増加しないワークシェアリングのような施策は意味が無いことになるし、週休2日制や定年制なども否定されかねない。

又、現実問題として一番気になるのは本理論と左派政権との親和性の高さである。 特に今の民主党政権は官公労を有力な支持母体とした左派政権であり、小野理論もいいとこ取りされた上で左翼的ばら撒き政策の採算性に対する非難をかわす為の言い訳に使われてしまう可能性も十分にあると思うし、すでにその兆候も現れてきているように思う。 (小野氏自身が左派系の経済学者なのかどうかはよく知らないがどうなのだろう??)


(追記)実際には本書のかなりの部分は上記の理論の前提となる、「不況のメカニズム」についてケインズの一般理論を基に新たな「不況動学」の構築を試みており、読み物としてはその部分のほうが断然面白い。


1 山形浩生氏との論争参照 (http://cruel.org/econ/ono3.html

2 この点については小野教授も懸念を示している

しかし、人々に政治に対する信頼が無く、いまコストを払えばそれがいつ自分の為になるかわからないと思っていれば、いくら需要不足によって起こる非自発的失業の可能性を論証し、その場合の効率追求のあり方を示し、それに基づいた政策を提示してもなかなか支持されない(p208)