ドーマーの定理について

前回のエントリーでドーマーの定理(ドーマーの条件)について触れたが、コメント欄での指摘を受けて少しぐぐってみると、この財政の維持可能性についての一連の考察の中で、どの部分が本来の「ドーマーの定理(ドーマーの条件)」でどの部分が追加した前提から導かれる拡張なのかということについて誤解していたようなので、補足しておきたい。


この誤解については、畑農教授が「ドーマー条件 三つの誤解」とその関連エントリーに詳しく説明されておられるので、こちらを参照いただいた方が詳しいが、教授の説明を基に筆者なりに解説してみると以下の通りとなる。



そもそもドーマー自身が1944年の原論文で示したのは

  • 国債発行(財政赤字)がGDPの一定割合であれば、国債残高の対GDP比は一定の値に収束し、財政破綻は生じない。

ということらしい。 ここにはプライマリーバランスはもちろん、利子率や経済成長率も出てこない。


しかし教授によるとどこかのタイミングで、この定理に

  • 経済成長率が利子率を上回れば財政は破綻しない。

という拡張された定理(条件)が追加、もしくは置き換えられたらしい。


ちなみにこの拡張でも、財政が破綻しない条件は、オリジナルの定理の「国債残高の対GDP比は一定の値に収束」することのままである。


しかし現実的に考えて、 「経済成長率が利子率を上回れば」計算上「一定の値」に収束するからといって財政が破綻しないとは言い切れない。 一定の値が大きすぎれば、その状態になる前に破綻することは十分に考えられる。

恐らくはそういった考えが入った事もあり、例えば上記エントリーで紹介されていた財政の持続可能性について政府が言及した文章(「新たな成長を目指す日本経済とその課題」)では、「公債残高の対GDP比が将来に向けて発散しない」ことが財政の持続可能性を判断する基準であるという一般認識と、ドーマーの公式として知られる関係式を組み合わせて検証する中で基礎的財政収支、名目GDP成長率、名目金利の関係について以下のように言及している。

財政の持続可能性を判断する基準として、公債残高の対GDP比が将来に向けて発散しないということが一つの基準として広く認識されている。具体的には、公債残高の対GDP比が発散的状況であるかどうかについては、ドーマーの公式として知られている関係式から判断することができる。関係式によると、

  1. 財政収支から純利払いを除いた基礎的財政収支が均衡している下では、名目金利よりも名目GDP成長率の方が高ければ公債残高の対GDP比は漸進的に低下するが、名目GDP成長率よりも名目金利の方が高ければ公債残高の対GDP比は時間とともに発散していく、
  2. 名目GDP成長率よりも名目金利の方が高い場合には、公債残高の対GDP比を安定化させるためには基礎的財政収支を黒字化する必要がある、

ということになる。


「新たな成長を目指す日本経済とその課題」
http://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je06/pdf/06-00105.pdf


又、この文章では「ドーマーの条件」という言葉は使わず、「ドーマーの公式により定義された財政の持続可能性」という呼び方を取っているが、この(1)の前半部分と同様のロジックは

ドーマーの定理(Domar's theorem)とは、1940年代に米国のE.D.ドーマーによって提唱された財政赤字の維持可能性に関する条件のこと。「ドーマーの条件」ともよばれる。財政赤字の維持可能性とは、対GDP比でみた政府債務残高が膨張し続けずに、一定の割合以下で推移することを意味する。プライマリーバランスが均衡しているもとでは、名目GDP成長率が名目利子率を上回れば財政赤字は維持可能であるという内容の定理である。これは、プライマリーバランスが均衡していると公債の利払い分だけ債務残高が増えるが、それ以上に名目GDPが上昇すれば、対GDP比でみた政府債務残高は膨張しないことから理解できる。


「ドーマーの定理とは:証券用語辞典」
http://secwords.com/%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%81%AE%E5%AE%9A%E7%90%86.html

というような形になって紹介されている例も多い。

しかしこの条件(プライマリーバランス均衡 @ 経済成長率>利子率)は文中に説明されている通り「公債残高の対GDP比が漸進的に低下する」条件であり、オリジナルのドーマーの定理にあった「将来に向けて発散しない」という財政が破綻しない為の条件より厳しい条件になっている。 


つまり、これらの議論は全て「国債残高の対GDP比」で財政の維持可能性を評価しようという点は同じであるが、おおざっぱにまとめるなら


国債残高の対GDP比が発散していかない
≒国債残高の対GDP比が将来的に一定の値に収束する

(条件A) 国債発行(財政赤字)がGDPの一定割合であること

(条件B) 経済成長率が利子率を上回ること


+国債残高の対GDP比が安定化する(増加していかない)

  (条件C) プライマリーバランス均衡 @ 経済成長率>利子率

  (条件D) プライマリーバランス黒字 @ 経済成長率<利子率


というような感じだろうか。 (ちなみに条件C,D以外にも「プライマリーバランス赤字 @ 経済成長率>利子率」の組み合わせもありうる。)


ドーマー自身が示したという意味では(条件A)のみが本来のドーマーの定理かもしれないが、(条件B)は財政が破綻しない条件は共有しており、(条件A)(条件B)についてはドーマーの定理と呼べるだろう(実際にそう呼ばれているし)。 一方で(条件C)、(条件D)は財政が破綻しない条件が厳しくなっており、そういう意味ではやはり「ドーマーの定理」と呼ぶのはおかしく、政府の文章にもあるように「ドーマーの公式により定義された財政の持続可能性」というような形で呼ぶ方が正しいと考えられる。


筆者はオリジナル(条件A)の後半部分「国債残高の対GDP比は一定の値に収束し、財政破綻は生じない」がドーマー条件で、上記の各々の条件はドーマーの公式を基にした、この条件を満たす組み合わせ例(拡張)だと思っていたが、それは勘違いで、(条件A)や(条件B)こそがドーマー条件だというのが正しいようだ。


ただ前回のエントリーの話に戻れば、財政の維持可能性、或いは財政再建についての議論としては、「いずれどこかの一定値に収束する」だけでは財政が維持可能とは言えないと考えるのであれば、「足元で(或いは近い将来に)安定化」しない限り財政再建が達成されたとまでは言えないのではないかというのが前提であり、この前提自体はドーマー条件の定義とは直接関係無く、むしろ何をもって財政再建と呼ぶかという定義の問題ということになるだろう。