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2007-08-16

[] serial experiments lain

ちょびちょび見てて、今日13話まで見終わりました。これはすごかった。かなりおもしろかったですね。

ネタバレ以外に感想を書きようがないので、未見の方はwikipediaでも。

下の英語版のWikipediaのほうが力の入ったページになっています。海外評価の高さをうかがわせますね。各言語にちゃんと吹き替えがしてあって日本語版を探すほうが大変ですよ。

ネタバレ感想

10年前のアニメだからしょうがないのかもしれないけど、さすがによくあるネタだなぁって感じがしながらみてました。肉体から解脱してネットへ行こうみたいなアイデアは、10年前でもわりとあったような気もします。

でもおとなしい玲音も激しいレインもかわいかったし、楽しんで見続けられました。この家族の終わりっぷりも楽しかったです。気が狂ってますなw。serial experimentsって訳すと直列実験?、なんのことやらって最初は思っていたのですが話が進み、なるほど人類の意識を直列する実験のことだったわけね!ってわかった時などは、爽快な感じがしました。

安倍吉俊の絵が魅力があるからかもしれないけど、10年後にみてもあんまり古びた感じがしない絵と動きはさすが。CGくさくなくアナログ表現にも力が入ってますね。

世界征服の理由

このまえ「世界征服」は可能か?( 岡田斗司夫)を読んだばっかりだったので、思ったのですが、世界中の人間たちの意識をつないで、その情報網をコントロールしようなんて、これは立派な世界征服です。そして、前回の記事で述べたとおり、その理由は何かっていうのが問われるでしょう。世界征服して神になりたがったのは、英利政美ですが、彼の征服の理由は、自己の能力の顕示ですね。あの分類でいうと王様タイプかな。

ところで、似たようなタイプの世界征服として、すぐ思い浮かぶのはエヴァですよね。人類補完計画って奴です。正直もうエヴァの細かい筋を覚えてなくて、印象でしかものが言えないのですが、この世界征服の目的は…”怖いから…あるいは寂しいから”ってことじゃないでしょうか。あまりに他人の心がわからなくなった現代を生きる怖さを全てを自己にして解決ってやつです*1。これはユニークな世界征服の理由ですね。

神の概念

さて、このアニメ神の概念が中々深いですね。

ユビキタスという言葉は、ラテン語宗教用語であり、「神はあまねく存在する」という意味である。1991年に米ゼロックス(XEROX)社パロアルト研究所のMark Weiser論文(The Computer for the 21st Century)に発表したのが最初といわれている。このとき彼は、ユビキタスという言葉の持つ『神の遍在』という意味を込めたわけではなかった。

ユビキタス - Wikipediaから引用

実は遍在する神とユビキタスってものすごく相性のいいとりあわせなんですよね。このへんに切り込んだところが、キリスト教が教養としてある海外の人にうけてるんでしょうかね。

ちなみに神も遍在していますが、”私”も遍在しています。であったことがある人ならその人の中にある種の像ってのがあるでしょう。この私の遍在をネットワーク社会の自己の遍在とかけているところもいいですね。自己が遍在するのは別にネットワークに限ったことではないですけど、ネットだと違った人格を演じてじまうのがより顕著です。

そういえば自己の遍在といえば、このアニメに子供っぽい玲音と勇敢なレインと意地の悪いLainと三種類でてきますね。僕はぬるい読者なので、3人目の意地の悪いLainは前の二人とはまた別なのかと思ってましたが…、けっきょくあのLainもひとつの”lain”の形なわけですね。なるほどなるほど。

神の遍在っていうのはキリスト教的な道徳観の基礎になっていると思います。”神様はみてらっしゃいます”とか言いますよね。この神様っていのは自分に遍在している神様であって無信教の徒から言うならば、”良心”と同義だと思いますね。

神にならんとしたのは英利政美ですが、結局神のような存在として残ったのは玲音のほうでした。玲音は最初は自分やありすに都合の良い世界を作りますが、自分のような存在は友人に何もいいことをしないと思い、最終的には自分が直接的な影響を何も及ぼさない、自分の干渉しない世界を作ります。そこで見てるだけっていう選択をし、ありすとどこかで偶然出会うのを楽しみます。

なんていい神様だ!こんな神様に見守られてぇ!

少女が神になるものとしてなるたるが思い浮かんだのでちょっと比較してみます。あれはなんですか、”生命なんてこれっぽっちも大事ではない、だから大事になるようにがんばるんだ”ってことを主張するためだと思いますが、人を全員ぶっ殺して新しい地球を始めますよね。それにくらべてこの玲音の選択の優しいこと。けっきょくなるたるは、一番殺さなきゃいけない自分を殺せてない時点でどうよって話ですよ。まぁこのへんが僕がなるたるを嫌う理由なわけですが、とにかくlainは良いですね。

神は遍在する。これを近未来SFで優しく描いた作品だったと思います。非常におもしろかったです。

*1:この場合のお約束な反論は他者がいなければ、それこそ一人ぼっちの世の中になるってやつです。

ggincgginc 2007/08/17 10:18 lainは私も今年の春先に見てました。私は結構「郊外」と「ホラー」と「効果音」の演出ばっかり楽しんでみてましたが……(笑)。電線がヴゥゥゥンと鳴る音が素晴らしいですね。 
 「遍在する私」は攻殻も同じですが、その前に「分裂する私」を置いているところがlainらしさかな、と思います。そのうち『電脳コイル』とテクノロジー込みで比較したいんですけどね。

acceleratoraccelerator 2007/08/17 12:16 コメントどうもです。

lainは紅茶さんに勧められggincさんの記事にも後押しされ、今回見ましたので、ggincさんが春先に見ていたのはもちろん知っております(笑)。 http://d.hatena.ne.jp/gginc/20070226/1172460617 ですね。

紅茶さんは「郊外」ってテーマが好きみたいなんですけど、僕は東京生まれ東京育ちなんで、いまいちピンとくるテーマじゃないんですよね。宮台真司のまぼろしの郊外は”へぇー”って感じで読んだのですが。

毎回ヴゥゥゥゥンって感じで始まるアレはいいですよね。ちょっと耳障りでlainが”うるさい!”って言ったりするのが共感できたり。

ところで僕はserialっていうのを”直列の”ってとりましたけど、やっぱり”一連の”の方が自然かもしれませんね。experimentsって複数形ですし。

僕の記事では分裂と遍在をごっちゃに書いてますが、分けて考えたほうがいいかもしれません。感性的な話ですけど。
Aさんに対するlainの態度とBさんに対するlainの態度が違うっていうのは分裂かなぁと。Aさんがリアル友でBさんがネット友だと分かりやすいですね。

それに対してAさんのlain像とBさんのlain像、人の心内にある像までもをlainだと思うところが遍在でしょうかね。こういう認識には常識的には至れませんね。ちょっとlainに対する一般的な見方とは外れるかもしれませんけど、上の記事の遍在する神の考察から、僕はここがlainの独特なところかなぁと思っています。

攻殻機動隊はコミック版と映画1作目ghost in the shellしか知りませんけど、この遍在は少佐のグライダー(変種)がいっぱいいることを遍在って言っているのでしょうか。それとも”自分のコントロールが及ぶところまで”が自分とみなすという拡大した自己のことでしょうか。僕は案外この考え方は素朴だと思うんですよね。

電脳コイルはまだ2、3話までしか見てないんですよね。でもきっと近いうちに見ると思いますw。フィクションなのでテクノロジーは想像力に任せて自由に伸ばせますが、かといって量の変化ではなく質の変化を想像するのってなかなか困難ですよね。テクノロジーの違いを議論するということは想像力の差を議論するということでおもしろいことになると思います。できればその技術革新にともなう人の考えたかの変化まで議論できると楽しいですね。

気長に楽しみにしていますよ!

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