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2007-08-30

[] シティアドヴェンチャーの作り方

最近ggincさんの紹介などでいろいろ論考を読み、TRPGの構成要素とか意思決定(つまり、葛藤の作り方)について少し深い考え方を持てたように思います。

それを思うと、なんでいまさらシティアドヴェンチャー作るのに苦労してるんだ僕らは…と不思議な感じがしてしまいます。僕はTRPGを再開してそろそろ2年ですが15年ぐらい前、子供の時分に、TRPGにはまっていたころからシティアドが楽しい、シティアドがやりたいって話はありました。なんで簡単な作り方が発明されてないのでしょうね?

ルージュのときも思ったんだけど、最近のアリアンロッドは、シナリオギミックをフォーマット化しようとしているのかもしれないな、と思った。

アリアンロッドリプレイハートフル3巻を読んだ。 - 一切余計

シナリオギミックをフォーマット化するのが最近の流れっていうのが酷いもんですよ。

さて、ここ10年のTRPG者は何をしていたのか?という話になるかと思いきや、実は問題はそこではないように思います。むしろ情報はあるのに、そこまでたどりつかないって話ですね。

この下の方に、トーキョーN◎VAの画期的な発明であるキーワードリンクによるシティアドヴェンチャーの話がされています。T系ウェブラジオは古いバックナンバーを消すので、僕の言葉でまとめなおしましょう*1

古典的なシティアドヴェンチャーは”場所”とか”人”とか”情報を得る方法”を指定して、成功すれば知りたい内容を手に入れるという方向でしたが、キーワードリンクによる場合には”内容”を指定して、方法のうまさは判定で済ます方向です。具体的には”(なんかのキーワード)について調べます”っていう行動宣言してダイスをふり、成功すればマスターが新しいキーワードを含んだ情報を渡す感じですね。ダブルクロスのシナリオもこういう方法で書かれています。

この違いは調査方法を”詳しく描写するか”、”判定で済ますか”の違いが大きいように思いますが、それは表面上のことで”方法を選択するのか”、”内容を選択するのか”の違いが主なように思います。キーワードリンクの方法でも、ダイスを振らず、だれだれに会いにいって何を聞くみたいに方法を指定してもいいはずですよね。

マスターの感覚としても随分違う感じになりますよね。古典的な方法では、マスターはどこにいけば何の情報が手に入るのかを決めておくわけですけど、キーワードリンクのやり方では、なになにを調べれば、何々の情報を得るってことを決めるわけです。たぶん具体的には、シナリオを作ったら人や場所についての重要キーワードを全部抜き出して、そのキーワードの関係を決めればいいことになります。

古典的な方法からキーワードリンク的な方法に変えることによって、”マスターにとっての正解を探るゲーム”から”自分の知りたい情報を集めるゲーム”に変わっていることに注意してください。キーワードリンクが古典的な方法に比べて著しく難易度が低くなる場合というのは、時間の制約がないときで、この場合は出てくるキーワードを片っ端から全部調べるのが最適解となります。モンスターもトラップもないダンジョンで宝箱のみある場合、時間が許すなら全部くまなくまわるのが最適解なことは簡単に分かるでしょう。

シティアドで”マスターにとっての正解を探るゲーム”をしたいなら古典的な方法をとるべきだと思うのですが*2、単にシティアドをやろうって思ったときに、そこまでの自覚はないのではないでしょうか。少なくとも僕にはなかったです。自分がどういうゲームをしようとしているのか無自覚なのは、わりといかんことですよ。

最初のほうに書いた、”情報はあるのに、そこまでたどりつかないって話”に戻しますが、ソードワールドだけで遊んでいる場合、なかなかこの情報にたどりつきません。この二つの方向性の違いは、グループSNE的だとかFEAR的だとかそういうレベルの問題ではないのに、属すコミュニティが違いすぎると情報が共有されないわけです。キーワードリンク的な言い方をすると、"トーキョーN◎VA"とか”キーワードリンク”とかいう言葉は、いくら”ソードワールド””情報収集”を検索しても見つからないわけですねw。このブログの読者はなんだかんだ言ってソードワールドのゲーマーが多いと思いますので、書いてみました。目に付かないところに、案外目の覚めるような情報があるものですよ。

*1:僕はトーキョーN◎VAはルルブは持っているもののそんなに熱心に読み込んだわけではないので、微妙なとこがあるかもしれませんけどね。

*2:ネガティブに聞こえてしまうかもしれません。そういう気持ちも多少あるんですがw僕はTRPGでパズルをするのもたまには悪くはないと思っています。ただパズル的な話にするならパズル的な話だと自覚をもち、PLを集めるときにもそれを先に言ったほうが良いと思います。

紙魚砂紙魚砂 2007/08/31 22:23 とても面白く読みました。

僕の場合「マスターにとっての正解を探る」=「PL側からマスターとコミュニケーションする」だと思うので、6分の1くらいそういう要素を入れますかね。

残り6分の5はPLのやりたい方向に合わせる感じで。PLに合わせる=「GM側からPLに対してコミュニケーションする」ということで。両方あるのが健全かなあと。

それでは

acceleratoraccelerator 2007/08/31 22:42
おおっ紙魚砂さんだ。まさかJGCの会場から書き込みですかw。
モンスターハンターも楽しそうですが、たまにはTRPGにも帰ってきてくださいね(笑)。

「マスターにとっての正解を探る」=「PL側からマスターとコミュニケーションする」っていうのはいい表現ですね。たしかに、その視点を欠いた記事になってしまったかもしれません。

どういうレベルでこのコミュニケーションを行うかについて、趣味もあるかもしれませんけど、Aマホの質問程度のコミュニケーションで意識をあわせられればいいかなぁと僕は思います。

具体的には、こういう方法で○○の情報収集する難易度はいくつですか?的な質問を2、3回は許す方法です。もちろんこんなふうに形式ばらなくてもいいですが、回数を決めなければ無限に質問するのが最適解ですからねw。

JGC、楽しんできてくださいね。

ggincgginc 2007/09/01 10:54  最近はウェブラジオの批判が熱いですねえ。
 ネットで論考書いている人よりも過激なんじゃないだろうか、と思う時が最近あります。「え、そんなこと言っちゃっていいの!?」みたいな。(笑)。
 ウェブラジオで自由に議論できるようになったのは、とてもいいことですね。

 この話自体については、ほかにも「情報収集」をダンジョン・シナリオの手法で回収していく、という方法が取られていますね。
 たとえば『サタスペ』なんかは、「情報ディレクトリ」というやり方で、「情報の場」それぞれがダンジョンの「部屋」と同じようなゲーム的意味を持たせてあります。「情報の重要度レベル=もぐるディレクトリの深さ」を決定してしまえば、あとは情報に近づこうとすればするほど、おかしな事件が起きる(笑)。ダンジョンシナリオと同じ楽しさがあるわけです。河嶋さんがあとがきに書いている通り、「いわゆる『シティアドベンチャー型シナリオをいわゆる『第一世代ゲーム』的手法でデザインしたゲーム」なんですよね。そういう点で、かなり斬新な解決法だったと思います。

 また、FEARのシーン制シナリオ製品の面白いところ(というより「課題として挑戦しがいのあるところ」)は、クライマックスの戦闘“ではなく”、そのクライマックスまでに与えられた情報それ自体をどう「キャラクターの動機」と合致させるか、というキャラクター属性の構築にあると思うんですよね。だから、「単純に情報を集める」のに難易度は要らないんですよ。これはゲームデザイン的な要請です。

 それよりも、キャラの動機付けをどう難しくするか、ということの方にゲームを注力した方が、マスターとプレイヤー双方に“やりがい”が生まれます。ゲーム終了までに動機付けに失敗したらそのプレーヤーは“負け”です。シーン制シナリオにおいては、活躍してないことは死んでいるも同然なんですよね。この厳しさを前提にシーン制TRPGは面白さを設計しているはずなので、本来ならば、実際はこの「活躍」の程度をGMがもうちょっと厳しく評価してもよいかもしれないくらいです。

 そして、FEARのシーン制シナリオをやり慣れている人は、“どう考えてもそこにいるのはおかしいネタキャラ”をねじ込んで、わざわざ動機付けの難易度を上げる傾向があります。うまい人とへたな人の差は歴然としてますが(笑)、うまい人は本当にうまい。ただその目標が“どの程度”達成されればいいのかを評価する基準が、ちょっと難しい。マスターが「動機付けのための難しい状況」をガンガンぶち込んでいって、それでもうまい人はなんとか理屈を付けていくので、マスター側が新しい状況描写を叩き込んでいくことで、うまく難易度を調整していくべきなんでしょうね。シーン制シナリオのよいところは、プレイヤーの腕がよければよいほど、いわゆる“吟遊詩人マスター”がマスタリングをしていることになる(ちゃんと「状況描写に的確に対応する」というゲーム的課題を与えていることになる)、という点だと私は思っています。それをシステマチックにシナリオで提供しているのが、FEARのあのシナリオフォーマットなんだと思います。

 同じ「シティアドベンチャー」でも、デザインコンセプトによって、「情報」が持つゲーム的意味合いはガラリと変わってしまいます。このあたりを研究できれば、面白いかなと思っていますよ。少なくとも、『サタスペ』と『N◎VA』では、「情報」のゲーム的位置づけがかなり違っていますね。それさえ理解していれば、どっちもちゃんと「ゲーム」として成立して、面白いんですけどね。

 話が長くなってしまいました。どうもすみません。

acceleratoraccelerator 2007/09/01 14:31 >ネットで論考書いている人よりも過激なんじゃないだろうか
ラジオだとつい本音がでてしまうのでしょうか(笑)。
ちょっとドキっとしますけど、なかなかいいことを言っていますから、この方向で進んでいって欲しいですね。

>『サタスペ』なんかは、「情報ディレクトリ」
詳細は知らないのですが、この議論では出てきますね。はるをさんが記事にしてたような。 http://d.hatena.ne.jp/shouyou-haruwo/20051028
シティアドで悩んだら、こういうのを参考にしてみれば突破口が開けそうです。

>そのクライマックスまでに与えられた情報それ自体をどう「キャラクターの動機」と合致させるか
ダンジョンものとかシティアドとかウィルダネスとか、いままではそういう”舞台”でシナリオを分類してましたけど、スキルを使って敵を倒すのか、クライマックスに向けて動機をどう構成していくのかなどが、シナリオの構造を決めると思ってシナリオを作ったほうが良いかもしれませんね。

そういう意味で”情報収集そのもの”をゲームとしているシステムはあんまりないかな。この前ggincさんのコメント欄でちょっと書かれていた”狼と香辛料TRPG”を作ったなら、情報の収集と選択がメインのゲームになるかもしれませんね。

ggincgginc 2007/09/01 15:03 >”狼と香辛料TRPG”を作ったなら、情報の収集と選択がメインのゲームになるかもしれませんね

そこにさらに、次の主題を追加すると、さらに多様なゲーム性が出てくると思います。

「クライマックスに向けたリソース管理は、必ずしも戦闘シーンで解決すべきとは限らない」

 これがファンタジーで出来れば、『狼と香辛料』RPGは非常に面白いのになるのではないかと思います。

acceleratoraccelerator 2007/09/01 15:59 狼と香辛料は普通の意味での戦闘はまずでてきませんしね。
ホロに頼ると男が下がるっていう構図がおもしろいところかw。

クライマックスフェイズで何を解決するのかさえ決めれば、とりあえず物語りっぽくなって物語創生としても遊べますね。
商売だけのゲームで、もうかれば勝ちって形にしてしまうと逆に面白みがへるような。天羅やダブルクロスみたいに人間関係の深さをリソースにして、ブレイクスルーにしたほうがいいかもしれませんね。

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