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2009-02-07

[]TRPGに役立てる平田オリザ流演劇論

演劇入門 (講談社現代新書)

演劇入門 (講談社現代新書)

平田オリザ脚本家、演出家です。現代口語演劇の旗手で、表現教育(言いたいことをうまく相手に伝える姿勢や技術の教育)を推進しようとワークショップなど開いているようですね。

みなさんあまり気がついてないかもしれませんが、TRPGの文脈でも何度も引用されてきた人物です。今回は思想的なことは抜きにTRPGの技術論として役に立ちそうなことを紹介します。

彼の著書演劇入門は戯曲を書くためのhow to本で、特に台詞の書き方に特化して説明してあります。

説明的な台詞のリアルじゃなさ。

リアルな表現にはイメージ化するプロセスが必要となるそうです。例えばリンゴがあるということを説明する以下の2つの台詞では何が違うのでしょうか。

「このリンゴがおいしいなぁ」

男がなにかを手に取り「おっずっしりくるね」

女「真っ赤でぜんぜん青いとこないでしょ?」

男食べてみて「このリンゴおいしいなぁ」

前者ではいきなり答えを与えられているのに対し、後者ではイメージを作っていくプロセスがあります。この場合後者の最後に答えがでてくる形式のほうが観客は説明的ではなく自然に受け入れられるそうですよ。コツとしては台詞をリンゴという直接的な言葉からではなく、赤いとか丸いと間接的で遠いイメージから順番に並べて一緒にイメージを作っていくことが重要だそうです。

ちなみに、これには全く正反対の立場もありますから注意(2008-05-29 - GMブログ - game master)。演劇とTRPGは違うので、場合に応じてうまく使い分けてください。唐突なことを説明するときほど遠くから入ったほうがよさそうです。

セミパブリックな空間と時間

さて、次は台詞のやりとりがでてきやすく、観客の興味を引くための舞台づくりについて。3つの空間を考えてみましょう。

プライベート
家での家族の会話など。会話は弾むが、お互い知っていることは略してしまい話さないため、観客にとって意味が通る会話にならない。
パブリック
駅の往来など。会話自体が成立しない。
セミパブリック
プライベートとパブリックとの中間的な状態。プライベートな空間に外部から他者がきたような感じ。葬式やパーティなどイベントごとでパブリックな場所をセミパブリックにすることも有効。

ここではセミパブリック、つまりプライベートな空間に他者がくることで会話の意味を外に説明する必要ができることに注目してください。その説明を聞いて、プライベートの会話を観客も納得できるようになります。

TRPGの場合で例を挙げると、酒場が依頼人のプライベートな情報を他者であるPCに語るセミパブリックな空間となりますね。さっきあげたパーティや葬式に出席して、その家の問題を聞くなんてのにも使えます。

また、人物の語らせかたですが、自分で自分のことを語る自分騙りは自己紹介以外ではありえないですね。「俺はTokyo生まれヒップホップ育ち〜」とかいう機会はあまりないです。自分のことは自分が良く知っているはずなので語らなくてもいいはずの情報です。

よってある人物について語らせたければ、その人物を良く知る人物と良く知らない人物を用意する必要があります。

TRPGではPCは何であれ良く事情を知らない側の人物を演じることになりますので。何かに詳しいNPCを出せば事足りますね。逆にPCの情報を語らせたいときにはPCを良く知る人物(他のPCとか)にNPCが尋ねるのがいいかもしれませんね。

また、ちょっと変な応用かもしれませんが、リプレイで素人の人への説明のために、実際の素人を登場させるというテクニックが近いですね。

またあまりなれてないシステムをやるときに、その世界に来たばっかのPCをやると世界を説明する台詞が自然になることもこの応用です。

問題提起を序盤にし想像力をずっと誘導する

芝居ではこの話は何についての話なのか最初に説明し、そこに注意を向けることが重要だそうです。TRPGでも同じですね。今回予告の意味はこのへんにありそうです。事件の中心を用意している場合には今回予告をすると良さそう。

また、演劇では舞台や時間の制約から、全ての出来事を説明できず、省略する必要があるとのこと。TRPGでもシーンの省略は重要でしょう。パブリックなシーンは会話がないので積極的に切っていくべきですね。あと一人で情報収集するシーンを省略して、時間順では先に調べてあるんだけど情報交換しているシーンで判定するなんてよくやられます。

芝居では重要な人物は最初の1/4程度で出そろわなければならないそうです。中盤で新しい要素が加わりすぎるのは観客の想像を壊すとのこと。なるほど。

会話と対話

セミパブリックな場所・時間での対話が状況を観客に理解させるために重要なことはすでに述べました。

もうすこし対話の特徴を説明すると、意外なことに対話は実は冗長率が高いそうです。感嘆詞など意味のない単語を多くはさみ、コミュニケーションの細かい意図を反映するためとのこと。逆にプライベートな会話では言いたいことだけ言えばよいそうですね。登場人数が少ないシーンは本音を話すシーンです。

コンテクスト

うまい俳優の条件としてコンテクストを自在に広げられるというのがあるそうです。コンテクストとは日本語で言うと文脈のこと。誰しも自分の文脈を持っていて、例えば机という言葉で指し示されるものについてのイメージは誰でも持っていますが、ちゃぶ台を机にいれるかどうかなど人によって違いがあります。他人のコンテクストが完全にわかるようになるのは難しいですが、人のコンテクストがわかることは大事です。

PCを自然に演じるとはPCのコンテクストを手に入れることですね。

まとめ

演劇では演者は観客に向かってものを言うのではなく、他の演者に向かって発言するはずですが、他の演者に向けてした発言で観客に状況を分からせる必要があります。観客に自然に状況を分からせる台詞の構成の仕方やそういった台詞がでてきてもおかしない場所や時間について議論しました。

今回の話は現代口語演劇というスタイルに則っているので、演劇のスタンダードな話でもないし、TRPGでこのようにするのが正しいとも限らないことに注意した上でなら、けっこう使える概念が多いと思います。

参考

はてなダイアリー

いざ冒険へ TRPG議論バトン(オモロバトン)

いざ冒険へ 『遊びと人間』 ほか、TRPG雑記

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ggincgginc 2009/02/09 08:08  オリザさんの話と、白石直喜さん(『季刊R.P.G.』で「演劇屋はTRPGの夢を見るか」を提示した人)とを併せると、TRPGにおける演義論の基本的な部分はけっこうできると感じています。

 個人的には、スタニスラフスキー『俳優修業』と『芸術における我が生涯』(最近ようやく岩波文庫に落ちました)、あとかなりマイナーになりますが、スタニスラフスキーと反対の立場に立ったメイエルホリドあたりの技術を貰ってくれば、結構面白いことは言えるかもしれません。

 ただ、最近は演劇的アプローチよりゲームデザインに関心があることと、「TRPGにおける演技って実は、即興脚本家の才能に近いもので、Artとしての〈演技〉とは違うんじゃないかな」っていう疑問を捨てられないこととで、そっち方面での考えは進めていません。むしろ、文章表現を音声でやる何かの芸術(落語とか)の方が参考になるのかな、などと思っています。もっと表現論に興味のある人に進めて欲しいと常々思います。
 
 オリザさんの演劇論は、演劇の脚本に関わる思想をかなり前面に押し出していて、そこがあまり「身体演技」が前面にでないTRPGでも、脚本の技巧に関わるアイディアとしてうまく結びついてくれるのかもしれないな、とこのエントリを読んで思いました。

acceleratoraccelerator 2009/02/10 14:13 >オリザさんの話と、白石直喜さん(中略)TRPGにおける演義論の基本的な部分はけっこうできると感じています。

そうですね。この辺のことはそろそろまとめてネットでも簡単に読めるようにしておきたいです。僕が大きなのサークルに頻繁に出入りしているころには、どうやって演技をしたらいいのか悩んでいる方もよくいらっしゃいました。

演技の基礎的な理解として2つの方向を知っておくと簡単に解決できることもあるんですよね。いわゆる平和主義の戦士問題とか。その戦士に感情移入して戦闘行動をとらないという演技しか知らないのと、平和主義の戦士がどうやったら戦闘行動をとるのか考えてそういう状況を整える演技も知っているのとでは大きく違います。

>オリザさんの演劇論は、演劇の脚本に関わる思想を(中略)TRPGでも、脚本の技巧に関わるアイディアとしてうまく結びついて
これもその通りだとだと思います。いわゆる一般的な演劇の技法をTRPGに取り入れる方向性は全ての方向を探ってはないですが、やっぱり身体論になってしまうので普通に考えると難しい。平田オリザ氏の議論が特別にTRPGに親和性があると思います。

○表現教育
この記事では全然触れませんでしたが平田オリザ氏の活動として”表現教育”の振興というものがあります。

△キャラクターの性格をつかむ訓練として
さすがにggincさんでもご存じないと思いますが、平田オリザ氏のテキストが中学校の国語の教科書に載る時代になっているんですよね。そこでは書かれた脚本の台詞を自分の言葉に置き換える練習などが行われているようですが、これはTRPGの初期訓練としても優れた性質を持つものではないかなぁと思います。

自分のPCの性格をつかむために100個の質問などに答えるケースがありますが、そういうのにも是非取り入れて欲しい方法ですね。彼が主催するワークショップなどで何が行われているのかも気になっています。

△対話の練習として
平田オリザ氏の表現教育に注目が集まる一つの背景はOECD生徒の学習到達度調査(PISA)において日本人の読解力が振るわないというものがあります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/OECD%E7%94%9F%E5%BE%92%E3%81%AE%E5%AD%A6%E7%BF%92%E5%88%B0%E9%81%94%E5%BA%A6%E8%AA%BF%E6%9F%BB

ここで言われる読解力とは文芸の解釈能力ではなく、対話能力の基礎となるべき相手のコンテクストを読み取る技能です。この読解力を育む教材としては”桃太郎はどういう問題解決をするべきだったかグループディスカッションをする”とかそういうものが用いられているようですが、このあたりもTRPGと深い親和性がありますね。
http://blogs.yahoo.co.jp/sybhc579/53460370.html

今回、僕は演劇論としてオリザ氏の著書を紹介しましたが、表現教育として行われていることはTRPGの初期の訓練法として優れていると思われますので、その文脈でも紹介したいですね。

ggincgginc 2009/02/11 00:25 >さすがにggincさんでもご存じないと思いますが、平田オリザ氏のテキストが中学校の国語の教科書に載る時代になっているんですよね。

 おお、そうなんですか(笑)、確かに、私は知りませんでした。確かに、私が高校の頃に80年代の思想家の文章がようやく登場したことを考えると、それくらいの時間差ですね……10年後には『生物と無生物のあいだ』とかが載ったりするのかしら。面白いですね。
 表現教育としてのTPRG、というのは、おそらく「今売れているTRPGシステム」の目指すコンセプトとはかなり違うモノになると思います。しかし、「そういうTRPGシステムがありうるというコンセプト」が認められたり、社会的に認知されたりすることで、翻ってそれまでの本格的なTRPGシステムがより面白い進化を辿るのでは、という可能性を私は考えています。
 ですから、いろんなことを、プロでも草の根でも、考えたり論じたりしていきたいですね。オリザ流から始めるTRPG表現論(あるいはその楽しみ)の追求、期待してます。

acceleratoraccelerator 2009/02/11 03:24 >国語の教科書
これは僕も驚いたので、驚きのおすそわけをさせていただきました。

日本の教育も案外進んでると見直してしましたよ。多分中学生にはその意義がまだ分からないと思いますが、今振り返ると”自分の意見を人を納得させるような論理で言う”のはやっておきたい訓練でした。



あんまり意識していませんでしたが、確かに「今売れているTRPGシステム」はセッション中に長々とした対話を持ち込まないことを一つの売りにしていますね。なるほど、ちょっと方向性が違いますね。

この表現教育は西洋的な”個の重視”に基づいた学習なのですが、日本的な”集団の重視”とはどういうバランスで行うべきなのかはまだまだ議論があるそうです。

国際社会で生きていくには対話と柔軟な問題解決が必要だという文脈で表現教育はなされているわですが、TRPGの場合、気の合う仲間とやっている分には対話がそこまで重要になるわけではないですね。そういった意味では「今売れているTRPGシステム」に対しては表現教育の手法の使える場面も限定されるかもしれません。

または、ggincさんの言うとおり対話を前提としたデザインのTRPGが現れたりするのもおもしろいですね。Aの魔法陣の後継のようなものなら想像できます。

まだしっかり調べてないので分かりませんが、この方向にも面白そうなものが眠っているんじゃないかと、僕も思います。

nerreronerrero 2009/02/11 06:56 おおー平田オリザ懐かしい。高校の時に演劇やっててよく読んでましたよ。全部忘れましたけど。
教科書に載ってんのかぁ。へぇー。もっかい言いますが全部忘れたんですけどね。

明日休みなのに任せてラノベ的云々のエントリー(とそのコメント合戦)も読んでみましたよ。
本筋はあんまり馴染みが無かったんですけど、僕は上に書いた背景を持ってるので、戯曲、もっと砕けて言うと演劇の台本そのものを読み物としてげらげら笑いながら読んでいた類の人間で、リプレイもそのノリで読んでんなぁ、と思いました。
その本の前に実践?演技?もしくは即興があるか、それとも後にあるか、っていうだけで、僕の中でそんなに区別されてないですね。部活レベルですけど、演劇の本番が完全に台本どおりになることって一回も無かったですし、それぞれの本番も毎回なにかしら違いましたし。変わった考えいいぞもっとやれと思いました。

acceleratoraccelerator 2009/02/12 07:30 学生のころ演劇をやっていたというTRPG者多いですね。そういう方が演技の理屈を草の根で語ってもらえたらおもしろいかもしれませんね。うざいって意見もあるかもしれませんが。

コメント合戦は書いている本人が見てさえ意味不明ですがよく読みましたねw
リプレイと戯曲の話はまた別の記事を書く予定なのでそのときにまた。

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