achickcanaryの日記

2010-08-06

偶有性はその人の頭の中から見出される

| 21:50

「脳は、もともと、容易には予想できない要素が本質的な役割を果たすという「偶有性」を前提にその動作が設計されている。そのことは、認識のメカニズムや、意識と無意識の関係、記憶の定着や想起などのプロセスに反映されている。偶有性に適応するからこそ、脳は創造的であり得る。グローバル化に伴う「偶有性」の増大に適応することは、脳本来の潜在的力を発揮することに、必ず資するはずなのである。」

茂木先生は偶有性の海に飛び込めとよく言ってらっしゃるのだけれども、たぶんその時の自分に対して理解できるぐらいの質のものでないと偶有性というか気づきは見いだせないのだろうなと思う。つまり「容易には予想できない要素」の中でもどの程度予測がその人は立っておりそこで自我を切り離して他人からのコントロールも見抜いてその上で見出す。その作業は割と困難だとは思う。なんとなく最近は、受身で、受け皿としての準備が足りない人が多いという感じがしている。

https://twitter.com/hamusoku/status/20111858801

gigazineの記事を読んですげぇ違和感を覚えたのが「量から質は生まれる」って所だった。現実世界なら価格とサービスの兼ね合いから均衡点が生まれ他との差別化が生まれるけど、無料のウェブ上では質のみが他との差別化になるんじゃないかと。」

量が質に変わるというのはだめな人がいるのかなってわたしは最初見た時に疑問だったのだけれども、梅田さん的に言うと「意志」が伴われていない、ということなのかな。

たぶんある種の自分の考え知的創造性も含め、創造性に対してどのように考えていくかで成長差が出てきてしまう。成長なんて望んでいないという人もいるのかもしれないけれども、今時維持だけだって少し何かしらいるはず。そこで個別差で理解差があり何かと問題も生じるのかもしれない。

ですから近似的、類似的な話であっても全く別物のように捉えてられる場合が多い気がする。多少鬱気味になって過敏症気味でないと気づかない。だからと言ってそういう状況に追い込むのはおかしい。

その上、ものすごく必死で議論されているようでも感情的になった場合に、自分の真情を理解しにくいような返答ばかりだと(だから結局ブログの方がいいんじゃないかと思うんだけど)、持続した議論が読みにくいし、そこに気づきはもたらされないで、極端な意見に対して極端な意見というものでもその場ではそれで成立する、と思ってしまう人がいたり。またなんか言い争っているなという印象だけが残り、まとめサイトのようなものはそれはそれで帰結に対して不服申し立ても起こったりする。自分がまとめて俯瞰して出すのがいいのかもしれないけれども、なかなかそこまで精神的に追いつく人というのは少ない。

はてブが携帯電話からの閲覧で強制フィルタリング開始。はてダの強制プライベート化も。 2010-08-05 - 実物日記 はてブが携帯電話からの閲覧で強制フィルタリング開始。はてダの強制プライベート化も。 2010-08-05 - 実物日記

珍しくこういった規制みたいなものをしたなと思ったのですが、公式サイトを狙うほど規制しているわけではないし、前誰かに「寒空の中を歩かせて女性に風邪をひかせてしまう男性」という喩えをされていたけれども、(でももうほんとに寒いところで風邪をひくのは嫌だ)

女性がためらわないでなお且つよそのサイトと違うものというのはもう少しできるような気がしている。あたしが書け?いや書いてるつもりなんだけど。