achickcanaryの日記

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2012-01-09

いらだちの元は幻想のばあいもあるのでめんどくさいし関わりたくないと思う

| 22:53

ふと思ったんだけど、それがSNS文化ってやつなのか、友好性を保つために世間とか一般的解釈がその代替案もなしに悪いとかいう状況があるんだなと思った。それは梅田さんid:umedamochioに一昨日もidコールを飛ばしたけど、津田さんに言われたように「ウェブ進化論共産党宣言」というのと違ってその問題についても以前に梅田さん自身がちゃんと指摘されていたはずだ。けれどもはてな内ではそのように動いてしまった部分があるのだろう。

一昨日また同じこと繰り返しているのに気が付き、びっくりしたが、実際はてなアルバイターが就職した場合、ある言説についての嫌がらせをやらせると超一流だけれども創造性が低いということはないんだろうか?しかもはてな内のいい部分のノウハウを目当てに半ばヘッドハンティングの主な理由のようにはてなアルバイターを採った企業は結局のところ使い道に困るということが多いんじゃないだろうか。

現在のように行きすぎた部分での資本主義への疑念と違い、労働生産性の低さと自分の自尊心を保つ生き方や働き方は学生の見地から見ると学生時代の青い誤解でしかない。しかも商業的価値観からの自分に対する自己卑下の被害妄想の部分はある。だから弱いんだろうと思う。だから世間の人もある程度のリサーチ以外で大して聞かない。今はそういう感じでそのまま働ける人も多いようだけれども、あたかもそういう態度を自分自身のある程度独自な生き方としないでルサンチマンを他人への蔑視のように書くのはよくわからない。そこが一番よくわからない。そもそも消費に対する抑制のような話が出てきたのは消費者金融法の改正の頃からで、実質昔と所得格差が同年代であるのはどこなのか、それによって使い道がどう変わったのかについて現実的な照らし合わせも不十分なうちにそれだけが空虚に残っているのもよくわからない。必ず消費に対して他人への蔑視があるのは京都学派の伝統に思う。そういう効果がウェブ上で伴ってどういう効果を生んだかについてはてなの人が今更気がつかないわけがない。それが結局どういうことになっているのかというと社員の労働性が低いことにつながっているので他社が傍から見るとざまあとしか思われないだろう。

つまり共通しているのは、現実に実行不可能な絵空事でしかないということ。非モテを大声で叫びながら今は結婚していますというバカがぞろぞろいるのと一緒。たぶんデモ行為やステマに対する批判もそういうところに思う。他の独自性が保てる優先されるべき部分がどこであるかについて多分浸透していない。

このような内容について内田先生のは見てなかったのだがこちらに対して書かれたものらしい。困難な時代を生きる君たちへ (内田樹の研究室) 困難な時代を生きる君たちへ (内田樹の研究室)

finalvent先生はさっきこう優しく言われている。

困難な時代を生きる君たちへ - finalventの日記 困難な時代を生きる君たちへ - finalventの日記

(冒頭の事はいつ何が起こるかわからないという感じでちょっとまだどうこうというところまではわからない。ただ今頃になってまだ何かできることがあって何をしたらいいのかわからないとか思うようになっている。)

ただ、

みなさんがこれから幸福な人生を送るために、どういう努力したらいいのか、その「やりかた」がよくわからないというなら、人まねをしないことです。

っていうのは難しく、意固地な面を自己愛的に特に男性の場合導き出す結果になりかねないかなと思っている。人は元からそんなに創造的であるという人は少ないので、とにかく柔軟に考えろということかもしれない。稚拙であると一人の人物に傾倒し過ぎたりするのかもしれないが。

また、こちらではちょっと難しいが、こう書かれている。

吉本隆明の言う「精神の速度」について: 極東ブログ 吉本隆明の言う「精神の速度」について: 極東ブログ

明白に言えることがあるとすれば、農本ファシストや農本ナショナリスト、つまり、左翼的な言辞で構成されたユートピアに未来などはないということだ。

今はそのはてな村という形でなく違う意味で囲われた世界ができていると思っている。少なくともわたしはそこからは自由だ。 

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