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洛中乱読乱写日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2011-12-04

人が堕落するスピードは、かなり早い ― 『ユートピアの崩壊 ナウル共和国』 リュック・フォリエ著

多分、海外を紹介するバラエティやドキュメンタリーの類で見たことがある人もいるんじゃないだろうか?
ナウル共和国の歴史と今、についてのレポートが、今回取り上げる本である。



ナウルってどこ?

ほぼ赤道直下の太平洋に浮かぶ孤島である。
人口は1万人程度。本当に孤島一つの独立国なので、公式の首都がない。
まあ、詳細が知りたい人はググればウィキペディアなり、外務省ホームページなりの情報がすぐに出てくる。
(そして「世界の果てまで行ってQ」のホームページもすぐにヒットする。やはり取り上げていたらしい)

この国はかつて、一人当たりGDPが2万ドルを超えるという、今の産油国並みの裕福さを誇った。
なぜか? アホウドリのお陰である。
島に生息するアホウドリの糞が堆積して変化を起こし、その結果、島中をリン鉱石が覆うことになった。
このリン鉱石が化学肥料の原料として、高く売れたのだ。

この島で最初に暮らした欧米人は、流刑地であったオーストラリアから脱獄したアイルランド人であったという。
やがて、そうしたヨーロッパ人が、島を支配し始め、イギリスとドイツによる、太平洋の覇権争いを経て、1888年にはドイツ領になる。
この頃、この島から大量のリン鉱石が算出されることをイギリスの会社が発見し、1907年には輸出が始まる。
ドイツ領でありながら、採掘権はイギリスが押さえるという複雑な関係の中、採掘労働には中国からの移民が従事し、ナウル人は蚊帳の外。

やがて第一次世界大戦でのドイツの敗北を経て、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド三国による「信託統治領」となる。
そうこうするうちに、第2次世界大戦により、今度は日本統治下におかれ、この時、住民がトラック島に強制移住させられるようなことも起こっている。
そして、戦後はオーストラリア等の信託統治領となり・・・とまあ話は若干ややこしいのだが、要は「先進国」の都合で、統治者が次々かわっていったのである。
その間、リン鉱石がもたらす富を、ナウルの人々は、ごくごくわずかしか手にすることができなかった。

そして1968年、ナウルの人々は、ついに独立と、リン鉱石による権益を手にする。
それは、長い目で見れば、悲劇の始まりだった。

独立の結果、ナウル人の暮らしはどうなったか。

国が何から何まで面倒を見てくれる。国の金庫はすでに現金で満ちあふれていたことから、税金を払う必要はなかった。
(中略)
島では電気などの各種公共サービスはすべて無料であった。高校生は国のカネで海外留学ができた。大学生になると、オーストラリアのニュー・サウス・ウエルズ大学やメルボルン大学はもちろん、ニュージーランド、イギリス、アメリカの大学に留学できた。
島ではなんとトイレも国が掃除してくれた。個人の住宅の片付けや掃除のために、国が家政婦を雇ったのである。1970年代のナウルは、国民が仕事に出かけるために毎朝起きる必要がないパラダイス国家であった。


働くのは中国人移民や、キリバス、ツバルなどの近隣の国家から出稼ぎに来た人たちと、ごく一部の閣僚だけ。行政機関の実務もほとんど外国人が行っていたという。
リン鉱石の乱掘によって荒れた島では農作物が育たなくなり、食料は全て輸入された。

政府は有り余るお金を海外に投資した。
国営航空をつかって、さして客もいない日本路線まで開設。
1977年に、オーストラリアのメルボルンにたったナウル政府のビル「ナウル・ハウス」は、当時、豪州で一番高いビルだったという。
オーストラリアやニュージーランド、さらにはアメリカのホテルやショッピングセンター、病院等々に、大量のナウル・マネーが流れ込む。
リン鉱石はいずれ枯渇する、ということが当時から分かっていたから、政府も積極的な投資に出たのである。
野放図な投資のなかには、なにがどこに消えたのか分からないものも多かったようだが。

そうこうするうちに、1990年代には、警鐘が響き始める。
リン鉱石の産出量が減り始める。だが、国の歳出はなかなか減らせない。
全ての人がどこかでつながっているような狭いコミュニティで、政治家は勢力争いをやめることがない。
そして、リン鉱石の採掘のほかに、産業などないのだ。

こうなると「貧すれば鈍する」という奴である。
やがて、マネーを引き寄せるためにタックスヘイブンの仲間入りをして、犯罪支援国家と目されるようになる。
パスポートが密売されるようになる。
アフガニスタンからオーストラリアにむかったボートピープルを、オーストラリアにかわって引き受けることで、オーストラリア政府の支援を受ける。
80年代から国交を結んでいた台湾(中華民国政府)から援助を引き出しながら、2002年、中華人民共和国の方がより多くの援助を提供するとみて、台湾とは断交し、中国と国交を結ぶ。で、05年にはまた台湾と国交を結んでいる。

日本からも援助を引き出している。その代わりにナウル政府が行ったのは「IWC(国際捕鯨委員会)への加盟」と「商業捕鯨への賛成」である。

2006年には、大統領官邸に唯一ある国際回線が通じなくなり、国際社会から「音信不通」となる、というニュースも流れている。
現在、過去の食生活の影響で、世界トップの肥満大国となり、糖尿病が国民病。
銀行は月に一度しか開かず、商店に商品はない。

現在、今まで採掘されなかった地下層からもリン鉱石が採掘されることがわかり、そこに経済再建の希望を見出だしている。
というか、今のところ「それしかない」のである。この島には。
最近も「グルジアに属する南オセチアとアブハジアの独立を国際舞台で正式に承認することと引き換えに、ロシアからの大型支援をとりつけた」そうだが。

本書の著者はフランス人の映像ジャーナリスト。
記述がときに前後したり重複したり、微妙に記述のツメが甘いところもあったように思ったが、全体としては読みやすく、イメージがわきやすい本である。

にしても、なんというか、もうイソップの寓話みたいな話、ではある。
まぎれなく、わずか半世紀足らずの間に起こった事実なのだけれど。

※12月4日夜追記。タイトル、「早い」じゃなくて「速い」が適切な用字ですね。反省。。。

(ご参考に、ナウルの地図など)

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