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2013-03-17

人は二つのシステムを持っている ――  『ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるか?』ダニエル・カールマン著


まあ、なんというか「アダム・スミスの『国富論』やフロイトの『夢判断』に匹敵する新世紀の古典」みたいな書評がでていたりすると、やっぱり読む前に構えてしまうわけだ。
しかも上下巻あわせて700ページ以上だし。

でも「著書はじめての一般書」ということで、決してとんでもなく難解というわけではなく、日常の小ネタに使えそうな話も満載だったりするのである、この本。

(↑上の画像や書名はamazonにリンクしています)

ものすごくざっくりまとめてしまえば、人間がどのように意思決定し、どのように間違えるのか、そのメカニズムを解明していこう、という内容なのだが、著者によれば、人間の脳には2つの思考モードがある。
 一つが「速い(ファスト)な思考」、もう一つが「遅い(スロー)思考」。
著者は前者を「システム1」、後者を「システム2」と名づける。

たとえば、「2×2=」という数式を見ると、とりあえず義務教育を終えた人であれば、なにかを意識することなく瞬間的に答えが分かるだろう。
(これが「7×6=」あたりになると、瞬間的に分からない人が芸能界近辺にはいるようだけれども)

だが、「34×12=」となると、まあ普通の人は瞬間的には分らないだろう。
しかも、これを暗算でやってください、ともなると、かなりじっくりと頭を使うことになるはずだ。
ソロバンの経験のある人だと、頭の中で珠を動かす映像が浮かぶらしいが。

このとき、前者で働いているのがシステム1、後者で働いているのがシステム2、なのだそうだ。
もっとも、この名称を最初に提案したのは、この本の著者ではなく、心理学者のスタノビッチとウエストという人なのだそうだが。

この二つのシステムは、それぞれ違った特徴を持っている。

・「システム1」は自動的に高速で働き、努力はまったく不要化、必要であってもわずかである。また、自分のほうからコントロールしている感覚は一切ない。
・「システム2」は、複雑な計算など頭を使わなければできない困難な知的活動にしかるべき注意を割り当てる。システム2の働きは、代理、選択、集中などの主観的経験と関連づけられることが多い。


たとえば、システム1が働く領域には、「突然聞こえた音の方角を感知する」「すいた道路で車を運転する」「簡単な文章を理解する」「チェスでうまい差し手を思いつく(あなたがチェスの名人だとする)。」といった内容がある。

一方で「白髪の女性を探す」「自分の電話番号を誰かに教える」「あるページにaの文字が何回でてくるかを数える」「歩く速度をいつもより速いペースに保つ」などといった仕事は、システム2の働きだ。

つまり、ちょっと頭をつかうことと、瞬間的にほぼ無意識でできることの違い、と理解しても当たらず言えども遠からずだろう。

だから、人間が何かを考えたり、判断したり、意思決定したり、意見を表明したりするのは、すべて「システム2」の働きのはずである。
ところが、人間の意思や行動は、驚くほどに「システム1」に制約されているんでっせ・・・というのが、つまりこの本の最大のテーマといっていい。

システム1とシステム2は、私たちが目覚めているときはつねにオンになっている。システム1は自動的に働き、システム2は、通常は努力を低レベルに抑えた快適モードで作動している。このような状態では、システム2の能力のごく一部しか使われていない。システム1は印象、直感、意志、感触を絶えず生み出してはシステム2に供給する。システム2がゴーサインをだせば、印象や直感は確信に変わり、衝動は意思的な行動に変わる。万事とくに問題がない場合、つまりだいたいの場合は、システム1からおくられてきた材料をシステム2は無修正かわずかな修正を加えただけで受け入れる。そこであなたは、自分の印象はおおむね正しいと信じ、自分がいいと思うとおりに行動する。これでうまくいく ― だいたいは。


そう、だいたいはうまくいく。
そもそも、人生には物事を瞬時に判断しなければいけない場面が山ほどあるし、いちいちじっくり考えていたら、場合によっては車にはねられて死んでしまったりもするだろう。

だが、システム1は時にバイアスを生み出すこともあるし、また、複雑な問題を単純で分りやすく勝手に置き換えてしまったり、厳密な論理や統計からは外れた判断を、瞬間的に行ってしまうことがある。
それが、人間の「不合理」な行動を生み出してしまうのである。

「システム1・2」の働きを理解するために、著者は、有名な「ミュラー・リヤー錯視」の図を引用する。
ご存知の方も多いと思うが、これである。
f:id:ackey1973:20130317215333j:image:w360
横棒の部分の長さは一緒、という有名な錯視の図だが、もし「納得できない、上のほうが長いでしょ」という方は、定規を当てて長さを計っていただきたい。

・・・ね? 同じ長さでしょ?

この図をもともと知っていた人は、意識的に(システム2の力で)「ああ、あの錯視の図ね、上のほうが長いんでしょ?」と思っただろうし、実際今、定規で長さを計った方は「へ〜っ、本当に長さ一緒なんだ」と納得されたことと思う。

だがしかし、理屈として「長さは一緒」と分っていても、やっぱり長さが違うように見えてしまう。
これで何が言いたいのかというと、人間はシステム1が瞬間的にやりたいように判断することは、人間の意志では止められない、ということなのである。
錯視、というのは、いわゆる目の錯覚にとどまらず、思考にもおよぶ現象である、というのは、以前取り上げた「錯覚の科学」という本が、まさにその話だったわけだが、つまり「システム1」の勝手な振る舞いは、人間の行動の色々な分野に及ぶのである。

本書はまず、このあと、それぞれのシステムの特徴を詳しく見ていき、それが、人間の意思決定にどのように、影響していくかを色々な切り口で解明していくのだが、たとえば、システムの特性を知るのに、こんな問題が出てきたりする。
早押しクイズと思って、できるだけスピードをもって、以下の問題を解いていただきたい。

バットとボールは合わせて1ドル10セントです。
バットはボールより1ドル高いです。
では、ボールはいくらですか?


はい。


どうですか?
瞬間的に「10」という答えが頭に浮かびませんでしたか?

でも、ボールが10セントだとしたら、それより1ドル高いバットは1ドル10セント。
あわせて1ドル20セントになってしまうから、それでは間違い。
正解は、ボールは5セント(バットは1ドル5セント)である。

そして、正解を導き出せた人も、最初の瞬間には「10」という数字が浮かんだのではないだろうか?
つまり、これが「自分で制御できないシステム1の働き」なのである。

・・・と、まだまだ、本書の前半、いわば本論の「前提となる部分」しか紹介していないのだが、このあと、人間の意思決定において、この「システム1・2」たどのように影響していくかを、深く論じていく、と聞けば、興味沸いてきませんでしょうか?

著者は、もともと心理学者なのだが、ノーベル経済学賞の受賞者でもある行動経済学のパイオニア。
経済学の世界では、ながらく、人間は「合理的な行動をする」という前提で物事が考えられてきたが、それに意義を唱え、人間の心理が経済行動にどのように影響をあたえるのかという視点を取り入れた「行動経済学」という分野を確立するのに、大きな功績のあった人だ。
・・・と説明すると、また小難しいか、つまりこういうことらしい。

同じ100万円でも、人によって価値がちがう。
たとえば、年収2000万の人にとっての100万円と、年収600万の人にとっての100万円、というように。
従来の経済学では、これを「同じ100万円」と扱っていたりした。
でも、それっておかしいよね。
じゃあ、その辺のことをきちんと理論的に扱うにはどうしたらいいの?・・・といった問題に取り組んでいるのである。

この場合、絶対的な「100万円」という価値とは別に、ある価値を計るときの「参照点」(この場合は、2000万が参照点の場合と、600万が参照点の場合、という話になる)が大きな影響を与える、とする、「プロスペクト理論」という話になるのだが、説明すると長くなるので省略。

まあ、ともかく、冒頭のシステム1、システム2の話で、あ、なんか面白そう、と思った人には読んでみる価値がある本です。

最後に一つだけ、著者自身がシステム1の呪縛からのがれていなかったという話が面白かったので、紹介しておきます。

著者は大学の先生として、複数の論述問題の答えが書かれた答案を採点するとき、かつては、一人の答案を全部採点して、次に二人目を・・・という具合に採点していたらしい。

ところが、これをまず全員の「問1」の答案を採点し、次に全員の「問2」を採点し・・・という具合に採点方法を変えたら、結果が変ってしまったのだという。

これはなぜなのか?

たとえば、ある人の答案を最初から最後まで採点するとする。
で、1問目がよくできていたとする。
すると、すでに2問目を採点するときには、「1問目が良くできていた」という情報がインプットされている。
そうすると、採点が引きずられてしまうのだ。

公平に採点しているつもりでも「1問目が良くできていて、2問目がいまひとつ」場合は、「2問目は、ちょっと調子がでてないのかな?」と反応し、「1問目がいまひとつで、2問目が良くてできている」場合は、「2問目はたまたまよくできた」と反応してしまうという、システム1の恐るべき作用なのだそうだ。

システム1は、やはり、こういう悪さをしてしまう特性を持っている。

「あの人は冷静で論理的な思考のできる人なのよね、無愛想で人付き合い悪いけど」
といわれた場合と、
「あの人は無愛想で人付き合いが悪いのよね、冷静で論理的な思考のできる人なのだけど」
といわれた場合では、実は与えられた情報は同じなのに、判断が異なってしまったりする。

医者が「この手術の成功率は90%です」といったときと、「この手術では失敗して死亡する確率が10%あります」といったときでは、明らかに「患者が手術を選択する確率」は違うそうだし。
(これも、与えられている情報は全く同じである)。


まあ、こういう類の話は、世間知に長けた人は経験的に分っていることではある。
驚異的な売上げを上げるセールスマンなんていう人は、もう「本能的に」この辺のカラクリを使いこなしていそうだ。
そして、そういうセールスマンに余計なものを買わされないようにするためには、システム1とシステム2の特性を知った上で、きちっとシステム2をフル稼働させる必要がありそうである。
・・・ってこの本、そんな卑近なレベルで語るべき内容ではないのだが。

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